魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第四十四話

「成功したようですね」

 

真夜が嬉しそうに、笑みを我慢できない様子で近付いてくる。

 

「姉様……っ!本当に、本当にありがとう……!」

「いいのよ、火夜ちゃん。貴方のためだもの。このくらい当たり前よ」

「芺君、この治療方法を教えてくれたのは姉様なのよ?ほら、お礼言って!」

 

火夜は涙をぼろぼろ流しながら、芺の背中を押す。芺は押されるがまま真夜の前に立った。

 

「……この度は、命を救けていただいたようで。感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」

「ふふっ、可愛い甥と妹のためだもの。これくらいするのが普通よ。……にしても、本当に芺さんよね?」

「ええ、自分は正真正銘の柳生芺です」

 

芺は()()と変わらぬ様子で答える。時折どこか遠い所を見ているような眼に変わるが、それ以外にこれといった相違点は見られなかった。

 

「本当に……よかった……」

 

茅が崩れ落ちる。かなり足がふらついているようだった。それを芺が支え、先程まで自分が寝かされていた寝台に茅を座らせる。

 

「ごめんね……ありがとう」

 

“いえ”と芺は優しく微笑む。その微笑を称える表情は、芺特有のものだった。その様子に満足したのか、真夜が上機嫌を隠さずに話しかける。

 

「ふふ、本当に良かったわ。間違いなく、これは奇跡よ。魔法師の歴史に残る一ページになりました」

 

芺は目を伏せて無言で一礼する。茅も笑って同意して見せた。

 

「それでね、こんなタイミングで申し訳ないのだけど……一つ提案があるのよ」

 

芺の表情が少し揺らぐ。今の提案のニュアンスは、紛うことなき『命令』を下す時のものだった。この状況で女王が何を望むのか、芺は心の中で身構えた。

 

「芺さん。貴方は四葉を名乗りなさい」

 

場の空気が凍りつく。茅は突然の申し出に言葉を失っており、四葉の魔法師や研究者達も一斉に会話を止めた。芺は次の言葉を待っていた。

 

「そうねぇ……任務の際に使っていた空木(ウツギ)を名乗るといいわ。戸籍とかその辺は全てこちらが工面します」

「……理由をお聞かせ願えますか」

 

芺は真夜の突然にも程がある申し出に、落ち着きを見せながらもっぱらの疑問を尋ねた。

 

「ええ。芺さんの近年の活躍は目覚しいわ。九校戦では第一高校の総合優勝に大きく貢献し、あの『十文字』に食い下がってみせました」

「剣術やマーシャル・マジック・アーツにおいても大会で素晴らしい成績を残しています」

「それに先の横浜事変では率先して行動し、相当数のテロリストを排除した上、あの『人喰い虎』を打倒してみせました」

 

「貴方の魔法的な適正も鑑みるに、四葉として十分な力を持っていると、私は判断しました」

 

「そうねぇ……津久葉とかの養子に入るのはどう?その後正式に柳生芺は四葉の血縁であると協会を通して公表するわ」

 

真夜は麗しい少女のようなウキウキとした口調で語り終えた。皆は絶句している。四葉の研究員も、火夜さえもだ。芺は少し考える素振りを見せた後、躊躇いもなく答えた。

 

「大変申し上げにくいのですが、お断りします」

 

研究員達がどよめくのが容易に見て取れた。それはもちろん、あの『極東の魔王』……最強の魔法師と謳われる四葉真夜の命令を蹴ったからだ。いくら非常識な命令とは言え、正面切ってあの態度で要求を突っぱねるのは憚られるものだ。

 

「……理由を聞いてもいいかしら」

「はい。自分が人間を捨ててまで生きる事を選んだのは、偏に仲間を、身内を護るためです。それにあたり、自分が四葉として名乗りを上げることは不都合にあたります。自分は間違いなく四葉の血を引いていますが、生家は柳生家です。柳生家を護るには柳生家である事が一番であると思われます」

「それは四葉になっても可能だと思うけど」

「四葉は魔法師にとって畏怖の対象……『触れてはならない者達(アンタッチャブル)』です。自分はそれを望みません。自らが恐怖する存在からの庇護は、いらぬ誤解を生むどころの話ではありません」

 

その場にいるほとんどが、気温の低下を感じた。誰かが冷気を発している訳では無い。絶大な緊張感、緊迫感から来るプレッシャーによるものだった。

 

「……もう一度言うわ。四葉を名乗りなさい」

「丁重に断らせていただきます」

命の恩人()のオーダーが聞けないのかしら」

「命を救って下さったことに対しては惜しみない感謝を。しかしそれとこれとは別です」

 

そこからの行動は早かった。茅の制止を振り切って真夜は魔法を発動する。芺が手を掲げるより早く、突如として世界は夜に包まれた。燦然と輝く星の海──そこから一筋の光が、何本も生まれたように見えた。

しかしその万物を貫く不可避の槍を生み出す闇は、すぐに砕け散った。『流星群(ミーティア・ライン)』の防御は困難だ。あの十文字家の『ファランクス』さえも貫き通す。それが四葉真夜が最強の攻撃魔法師と言われる所以だ。防御も回避も許さない魔法。しかし、CAD介した魔法である限り起動式の露出は避けられない。魔法という枠組みに嵌っている以上、この特性は無視できない。

 

芺から鋭い想子光が迸る。それは弾丸となり、寸分の狂いなく『流星群(ミーティア・ライン)』の起動式を打ち砕いた。『術式解体(グラム・デモリッション)』ではない、ただの『サイオン粒子塊射出』。芺はこの局面で、至難とされる一瞬しか表出しない起動式の破壊を成し遂げてみせた。

この一連の攻防を経て、真夜は満足そうに声を漏らした。

 

「うーん、起動式の破壊ですか……まぁ、及第点としましょう」

「恐れ入ります。ご当主様の手加減無しでは成し得ませんでした」

「いいのよ。それとやはり……芺さん。貴方……『視』えていますね」

「……さすがの慧眼です」

 

芺は恐縮してみせる。その意味は肯定だった。実の所、芺の眼は目覚めた時から視力が回復しているどころか、痛みも引いていた。それに加えて、彼はその気になれば限定的に()()()()()()を見ることが出来るようになっていた。

 

「その力は便宜上『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』と呼ぶことにしましょう。魔法師が皆持っているイデアにアクセスする能力。それの拡張版と言った所でしょうか。といっても、その拡張がもたらすアドバンテージは絶大ですが……まさか、パラサイトと融合する事で発現するとは思いませんでした」

「『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』……」

 

芺の眼は、確かにイデアに存在するエイドスを認識する事が出来た。先程もイデアに表れた起動式に向かって想子の塊を放ったのだ。

 

「恐らく元から高かった想子感受性が更に伸びた結果でしょうね。どうですか、他に『視』えるものはありませんか?」

 

芺は周りを見回す。と言っても『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』を使っているため、顔は動いていなかったが。

 

(これは……霊子(プシオン)か……?)

 

芺は生来から『霊視放射光過敏症』を患っており、活性非活性にかかわらず霊子(プシオン)を知覚することが出来た。否、出来すぎるためにこの病気を患う者は見え過ぎる霊子(プシオン)が眼に負荷を与えるのだが、芺は九重寺にて霊子感受性のコントロールを行い、かなり負荷を軽減することに成功していた。それでもコントロールを失えば対パラサイトの時のような結末になる程には()()である事は否定出来ない。

しかし、デメリットだけではなかった。霊子感受性と想子感受性は比例するとされており、芺は想子の扱いが人一倍上手かった。そのため無系統魔法や、独立情報体……精霊のざわめきから情報を得る技術を得意としていたのだ。

しかし先程から、霊視放射光による眼の痛みがない。自分が濃密な霊子(プシオン)を発しているはずにもかかわらず、全く異常が見られなかった。それに加え、魔法が発動される度に霊子(プシオン)を感知する事も可能で、それでも目に痛みは来なかった。

 

芺は真夜にその旨を伝えた。

 

「パラサイトと化した事で鋭敏な感受性はそのままに放射光への耐性ができたのかもしれません。そして霊子(プシオン)の知覚技術の向上……貴方の精霊の眼(エレメンタル・サイト)は、達也さんとはまた少し違う特性も持っているようですね。いえ、むしろ精霊の眼(エレメンタル・サイト)は別の……」

 

思慮に耽ける真夜を言葉を聞き、芺は心の中で合点がいった。なぜ真夜がここまで精霊の眼(エレメンタル・サイト)なる異能に詳しいのかと疑問だったが、どうやら達也君もこの力を持っているらしい。恐らくこれが達也君の『奇跡』を支えているのだろう。芺は直観的にそう感じた。同時に真夜の仮説を芺は支持する。

現に、芺は達也の様に全ての物体の構造情報を読み取れる訳では無い。達也のようにエイドスを視認することは出来ても、その情報を遡る事は不可能だった。芺が()()出来るのは、あくまでも魔法的な──想子(サイオン)や特に霊子(プシオン)に付随するものだけだった。

例えば魔法式を()て、それがどの様な事象改変をもたらすかは感覚的にしか分からない。自分の認識に対して、返ってきた手応えで理解しているだけだからだ。起動式に関してもどこにあるかは分かるが、その『意味』を理解する事は出来ない。だが、座標が分かっているから壊しようはあるといった段階だった。

この程度の知覚能力では当然達也の精霊の眼(エレメンタル・サイト)には及ばない。達也は他にも精霊の眼(エレメンタル・サイト)によって多数の技術を会得している。芺の精霊の眼(エレメンタル・サイト)は一般的な魔法師が持つ知覚能力が鋭敏になった程度のものだった。

しかし、芺はどういう訳か発動された魔法の()()()()()()を察知する事が出来た。あくまで感覚的なもので説明は不可能であり、今後の研究課題の一つではあった。

 

──と、今は結論づけることにした。突然獲得した異能だ。分からない事の方が多いのは当然だった。達也君に教えてもらうか──そんな事を考えていると、ふと芺は自分にもたれ掛かる何かを感じた。

 

「……火夜ちゃんは貴方が眠っている間、不眠不休でずっと看てくれていたのよ。かなり疲労困憊ね。念の為点滴を打って寝かせてあげましょう。彼女が倒れたら元も子もないわ」

「はい。お心遣い、誠に感謝致します」

 

芺は再度深く頭を下げる。そこには感謝の気持ちしか無かった。先程の攻撃も、芺を試す為のものだというのが分かっていたからだ。

 

「それと、紛いなりにも私の『流星群(ミーティア・ライン)』を破った御褒美として、四葉として公表する事は白紙とします」

「はっ。重ね重ねご容赦をいただき感謝申し上げます」

「そんな堅苦しくならないで。貴方は私の甥、もっと親しげでも構わないのよ」

「……善処致します」

 

真夜は可愛らしい少女のような笑みを浮かべる。

 

「ですが、四葉の中では名乗りを上げてもらいます。貴方はもう既に四葉として無視できない存在なのよ。そうねぇ……今年はもう終わっちゃったから……来年の慶春会に出席してくださる?」

「はい。仰せのままに」

「もう、次はその堅苦しい喋り方も治してらっしゃいね」

 

真夜は上機嫌に声を掛けてその場から去っていった。芺も真夜の提案を一度蹴っている状況で、下手に出られては断わりづらかった。彼自身も四葉の中で名乗りを上げること自体は構わないと思っていたし、場合によっては四葉の中で個人的なコネクションを作れるようになれば僥倖といった程度だった。芺はまだ、自分が現当主の甥である事実を重くは見ていなかった。

 

───

 

芺は茅を病室に運んだ後、花菱兵庫という執事に案内され、貸し与えられた一室に腰を落ち着けていた。叔母上からのお達しはしばらく──茅が治るまで──外のしがらみがないここでゆっくり休んでいきなさいとの事だった。実の所誰とも連絡が取れない場所でしばらく軟禁なのだが、これ以上わがままは通せなかった。事実、芺は過程と結果はどうであれ命を救われているのだから。芺は真夜に命じられた報告書……パラサイトと獲得した異能についてまとめ終わると、今頃自分を探しているであろう者達に思いを馳せながら、眠りについた。

 

───

 

真夜は茅の看病を指示し、芺を花菱兵庫に任せて自室……書斎に戻って来ていた。もちろん葉山も同席している。真夜はいつになく上機嫌だった。年端もいかぬ少女が欲しいものを手に入れて喜んでいるような様子だ。

 

「〜~♪」

「真夜様、いつになく上機嫌でいらっしゃいますな」

 

葉山は紅茶を真夜の前に起き、主に向かって恭しくお辞儀する。

 

「ふふ、仕方ないでしょう?だって……

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

真夜の少女のような笑みの中に潜む邪悪な感情に一瞬寒気を感じた葉山は、目を閉じて同意を示した。

 

「私としても賭けだったけど……天は私に味方してくれたようね。パラサイトの憑依実験、とても良いデータが取れたわ。精霊の眼(エレメンタル・サイト)もどきの発現は予想外だったけど……芺さんの体調も問題ないようですし。霊子(プシオン)についても研究が捗りそうで……ふふ、芺さんには感謝しなくてはならないわね」

「……そうでございますな。しかし、やはり安全性は懸念材料かと思われます」

「分かっているわよ。もし暴走するような事があれば達也さんにお願いするわ。あの子なら万が一にも敗北しないでしょう」

「そうであることを願うばかりでございます」

 

葉山は手を胸に当てて一礼する。

 

「……何か言いたいことがあるのでしょう?構わないわよ」

 

真夜は葉山に発言を許す。この家で真夜に真の意味で意見できる立場にあるのは葉山くらいだろう。

 

「では、恐れながら。柳生芺の特性を鑑みるに……達也殿だけでは遅れをとる可能性が()()()あると予測します」

「続けて」

「はっ。柳生芺の強みは何も白兵戦だけではありません。四葉の任務で分かるように彼の強みは暗殺・暗闘にあります。もしこちらが一度敵対する姿勢を見せれば、自らを倒し得る達也殿に対し、先手を取ってくる可能性が少なからずあると私めは愚考致します」

「……それはつまり、達也さんの『再成』の弱点を突かれる可能性があるという事?」

「ご明察の通りでございます」

「そうねぇ……もし我々に牙を剥く事があればそれなりの対応を考えねばならないかもしれないわね」

 

真夜は一呼吸置いて、天井を見上げながら続ける。

 

「……でも、葉山さんはあの子の事をよく分かっていないわ。芺さんが私達に、達也さんに刃を向けるだなんて絶対に()()()()()。これは確実よ。だって彼は“仲間を護る”ためだけに生きてるのだから。それに……」

「……?」

「いえ、なんでもないわ」

 

その言葉を最後に真夜は葉山を下がらせた。自分の時間に入る前に、明日の支度を一通り指示しておいた真夜は、一人になった部屋でゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それに──この世の理不尽を破壊し得る魔王には、相応の家臣がいなくちゃ困るでしょ?」

 

その恍惚とした表情から零れ出る呟きを、葉山でさえ聞くことはなかった。

 




伊調です。

何故か急にお気に入りが増えていて嬉しさと驚きが入り交じっています。
私も人間なのでお気に入り増えると嬉しいですし、減ると悲しいんですが、何が言いたいかと言うといつも読んでくださってる方ありがとうございます!

突然お礼を述べたのも、ここまで突飛な設定を公表しておきながら、受け入れてもらえるのかと心配だからだったりするのですが、以前から述べているようにこのお話は私の妄想の産物ですので、何卒ご理解いただければ嬉しい限りです。

今後とも、よろしくお願い致します。

ずっと後書きで自分の名前を誤字っていた伊調でした。

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