魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第四十六話

「到着致しました」

 

兵庫の運転する車が柳生家の門の付近に停車する。現在は一月二十六日。時計の短針は十一の辺りを指していた。

 

「ありがとう、兵庫さん。素晴らしい運転だったわ」

「恐れ入ります」

 

茅の言葉には芺も同意せざるを得なかった。兵庫の運転する車は防弾、耐熱、衝撃吸収機構と軍用車両並かそれ以上のモンスター力一だったが、その乗り心地の良さは車体の性能だけで齎されている訳では無いという事が容易に理解出来る腕前だった。

 

「では、ご当主様にはよろしくお伝えください。運転お疲れ様でした。どうかお気を付けて」

「はっ。では、失礼致します」

 

荷物を持って門まで見送りに来ていた兵庫は、きちっと礼をして車に戻って行った。忙しい人である。

そして、聞いたことも無いエンジン音を聞き付けたのか、多数の足音がこちらに向かって来ていた。

芺はその気配から、親しい世話役達がそこにいる事を悟った。

 

「どちら様……」

 

竜胆は訪ねてきた二人の姿を見て言葉を失う。芺の視界に入った竜胆の目の下のクマは夜の闇だけが作り出しているものではないように見て取れた。

 

「今帰りました」

「突然出て行っちゃってごめんなさい」

 

「若……茅様……」

 

竜胆は目に涙を浮かべる。彼は声を震わせながら次期当主の帰還を迎え入れた。

 

「よくぞ……ご無事で……!」

「若様……っ!!」

 

「若様が!奥様が帰って来たぞ!!!」「今すぐ皆に伝えろ!!」「悪い……端末が見えねぇ……」「手震えてんぞ!貸せ!」

 

夜の静寂に包まれていた柳生家の庭は、一瞬にして喧騒に包まれる。反応は様々だが、二人の帰還を喜ばない者も、茅の突然の失踪を責める者もいなかった。

柳生家の屋敷からも騒がしい物音が聞こえる。偶然芺達を迎えた使用人や門徒の何人かも屋敷に飛んで行った。

 

「若様……!我ら一同、若様の帰還を心待ちにしておりました……!」

 

芺が帰ってくるなり衆目も気にせず抱き締めに来た彩芽を、芺は手で抑えながら答える。

 

「ありがとう。心配をかけてすまなかった」

「いえ、いえ……!謝罪など不要です!我々は若様が無事なだけで……!」

「あらぁ?彩芽ちゃん、私の事は?」

「なっ、そ、それはもちろん!」

 

しどろもどろになる彩芽。その横から一人の男が芺の肩に手を置いた。

 

「若、竜胆はずっと信じておりました。お二人共、改めてお帰りなさいませ」

 

その一言で涙ぐんでいた者達も含めて、改めて一斉に二人の帰宅を祝福する。口々に言いたかったことを言う様は、些か礼儀に欠いていたが、今日に限っては無礼講だ。

 

「芺……茅……」

 

その喧騒の中でもよく通る声が聞こえる。その声の主に気付いた者達は、一斉に顔を見合わせて道を開けた。

 

「父上……」

「鉄仙さん……」

 

まさに熟練の剣士の容貌の鉄仙は、ゆっくりと地を踏みしめながら無言で二人に近寄る。

そして……

 

「えっ……」

「父上!?」

 

二人を抱き寄せた。普段の厳格な父親の姿から想像出来ない行動に芺は思わず声を上ずらせる。そんなこともお構い無しに、息子と妻を愛する男は涙を我慢するような声で続けた。

 

「よくぞ……帰ってきてくれた。お前達がいなければ、私は……」

 

鉄仙の悲痛とも取れる呟きに、落ち着いてきた周りからも再度すすり泣く声が聞こえ始めた。

今、この場に限っては鉄仙は新陰流を修める柳生家の現当主ではなく、一人の父親として振舞っていた。

 

「ありがとう、鉄仙さん……でも、ちょっと苦しいかな……」

「っ!すまない」

 

鉄仙は申し訳なさそうに謝罪する。こんな夫を見るのは何年ぶりかだった茅は、可愛らしい少女のような笑顔のままもう一度抱き着いた。

 

「ただいま、鉄仙さん。勝手に出ていってごめんなさい。でも、約束通り芺君は連れ帰ってきたから……許しては……」

「それについては見逃せん」

 

この場においては夫婦漫才に水を差す輩はいないことが幸いした。項垂れる茅を引き剥がした鉄仙は芺の前に立つ。

 

「委細は後で聞こう。お前が行方不明と聞いた時は何かの間違いだと思ったが……今ここにお前が五体満足で立っていることが何よりの事実だ。……よく、無事で帰ってきてくれた」

 

そう言って鉄仙は芺の長い髪をわしゃわしゃと撫でる。それを柔らかな笑顔で嬉しそうに受ける芺と鉄仙の二人の姿は、理想的な親子像だった。視界の端で彩芽が崩れ落ちたような気がするが気の所為だろう。

 

「確か……吸血鬼事件だったか、お前が巻き込まれた事件というのは」

「ええ。……父上、その件でご相談があります」

 

鉄仙は無言で芺の言葉を待つ。こんな時になんだと言った顔だ。

 

「奴らは……ウチの門下生に手を出し、あまつさえ俺の後輩にも同じ目に遭わそうとしました。今後、二度と被害者を増やさないためにも、俺は動かなければなりません」

 

その後に芺が発した言葉の意味は誰もが理解出来た。そうなれば彼らが取る行動は一つ。

 

「若様!もう若様が動く必要はありません!事件の解決なら我々が請け負います!」

 

彩芽は芺の捜索にあたって一番の仕事量をこなしていた。なんの手掛かりもなかったとしても、その働きは目を見張るものだった。その続きをすればいいだけなのだからという意味合いもあるのだろう。

 

「いや、それには及ばない。……父上、恐れながら進言仕ります」

「なんだ」

「この吸血鬼事件から、柳生家は手を引くべきです」

「……それは難しい。二人の捜索にあたり柳生家は千葉家に協力を申し出た。吉田家もご子息づてで協力を申し入れてくれたのだ。それには『吸血鬼事件』の捜査も含まれている。我々だけが目下の目的を達成したからといって手を引いては、協力を申し出てくれた二家に申し訳が立たん。元より人々を危機に陥れるこの事件を放置する事は出来ん」

 

鉄仙の言い分はもっともだった。柳生家とて、一人の犠牲者を出している。結果として今は一人だが、ついさっきまでは二人だったのだ。この事件に関わるのは避けたいが、体面上そういう訳には行かないのが辛いところであった。

 

「はい、それは当然です。ですから、柳生家からは()が出ます。他の人員は危険です」

「若様!/若!!」

 

芺の不遜とも取れる発言に抗議をしたのは彼の腹心的な立場に収まっている竜胆と彩芽だ。鉄仙は見定めるようにこちらを見詰めている。

 

「これ以上若が危険を冒す必要はありませぬ」

「そうです!後は我々相賀衆(あいがしゅう)にお任せ下さい!」

 

柳生家の諜報分野を担う一家──相賀家の生まれである彩芽。彼らは『柳生』が生まれた遥か昔からこの家と手を結んでいる。それは魔法社会になっても変わらなかった。所謂『忍』の流れを汲む相賀家の中でも、柳生家に常駐している腕利き達を含めた諜報部隊は『相賀衆』と呼ばれている。

 

「芺」

 

二人を諌めるように、芺と竜胆達の間に低く通る声が響く。

 

「少し、腹を割って話そう」

 

「お前達は宴会の準備だ!せっかく二人が帰ってきたのだ、パーっといくぞ」

 

「……い、急げ!」「秘蔵の酒も出すぞ!」「よし!今日は俺が料理を……」「バカ!お前は二度と厨房に立つなとあれほど……」

 

鉄仙の鶴の一声で一斉に動き出す柳生家の者達。呆気にとられていた彩芽と竜胆に鉄仙は近付き、二人の肩に手を置いた

 

「ここは私に任せてくれ」

 

さすがの二人も鉄仙に……芺の親にこう言われては引き下がるしかない。事実として今にも飛び出しそうだった芺を拘束できるなら構わなかった。二人は芺に一声かけてから宴会の準備に向かった。

 

「茅、お前も来い」

「ええ」

 

踵を返し屋敷に向かう鉄仙。その後ろに二人は黙って着いていった。

 

───

 

鉄仙の私室に通された二人は行儀良く正座する。鉄仙の前に机を挟んで芺、その隣に茅が座っている形だった。

 

「さて、話を聞こう」

 

一瞬の沈黙が流れる。その静けさを破ったのは芺だ。

 

「……柳生家はこの『吸血鬼事件』において犠牲者を一人出しています。これ以上、柳生家の者が危険に晒されるのを私は看過できません。これからは私が柳生家を代表して捜査に参加します」

「お前も、柳生家の一員だが」

 

鉄仙の言い分は正しい。彼は結論を急いだ。

 

「前置きはいい。言いたいことを言え」

 

鉄仙は息子の考えていることが分かるようだった。鉄仙の鋭い目付きが芺を射抜く。

発言を求められた芺は一瞬目を閉じた。そして決意が固まったのか鉄仙の眼を正面から見据える。

 

「俺は、これ以上柳生家の者が危険に晒されるのが耐えられません!ですから!その役割を俺が担えるのなら、俺は喜んで柳生家の者達の盾となり、外敵を排する矛となりましょう!お願いします父上!これ以上、柳生家から帰らぬ人が出れば……俺は……」

 

茅は目を見開いていた。芺が父に対してここまで激烈な感情を顕にする事は今までになかったからだ。その強迫観念に囚われているようにも見える芺の変わりように茅は唖然としていた。

 

「それがまかり通らん事はお前も理解しているだろう。お前が行方不明になっている間、ここに残された者たちがどれほど……お前を心配していたか」

 

「お前は一度、吸血鬼とやらに敗北したのだろう。その元へみすみす送り返す訳には断じていかん。だが、お前がどうしても吸血鬼事件を追うのなら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私がこの家の門を塞ごう」

 

 

 

 

鉄仙から実際に斬られたかと錯覚する程の『剣圧』が放たれる。剣を持たず、魔法も使わずにここまでの『剣圧』を放てるのは反則としか言い様がない。

 

「鉄仙さん!?」

 

それに対して茅は彼の名を呼ぶ事で制止しようとした。だが、鉄仙は留まる気配をまるで感じさせなかった。だが芺も負けじと『剣圧』で対抗する。

 

「この事件に関わっているのは柳生家だけではないのでしょう。そこには吉田家や千葉家も含まれている。そしてそこには、俺の大切な後輩達もいます。彼らも、俺が護るべき身内だ。俺は、彼らを助けに行きます」

「既に吉田家と千葉家には書状を出す。じきに伝わるだろう」

「今実際に動いている者達はどうでしょう。彼らに伝わるより早く、彼らは吸血鬼と相対するかも知れません」

 

茅は小さく“芺君……?”と恐る恐るといった調子で訊ねる。今まで彼が父にも、父以外にもここまで食い下がった記憶は無かった。芺は物の判別はしっかりつく子だった。自分に非があると分かれば、すぐに反省する素直さを持ち合わせていた。

 

「悔しいが、お前が行方不明になってから吸血鬼は発見されるどころか手掛かりも見つけられなかった」

「今日に限ってもそれはないと?父上、俺は一度奴らと相見えました。断言します。()()()()()()()()()()()()

 

沈黙が流れる。芺の確信を持った言葉にも鉄仙は目を瞑ったままだ。

 

「父上、俺は俺を探してくれた……大切な仲間たちのために、剣を握らなければなりません。どうか、お許しを」

「ダメだ。一度遅れを取った事実がある以上、危険すぎる」

「なら、俺より戦闘能力が低い者も任に就かせるべきではありません」

「実力が全てを決める訳ではない」

「同感です。ですから、俺が」

 

芺は自分がとんでもない理論を展開していることを理解している。だが、彼にとっては柳生家の者達を初めとする自分の仲間達が危険に晒される──自分は安全な場所で仲間が、身内が危険に晒されるなど耐えられなかった。その感情は抑えきることが出来なかった。

 

「お前はここにいろ。相賀衆や他の家に任せれば良い」

「俺も行かせてください」

「許可できん」

「どうしてもですか……」

「どうしてもだ」

 

再度……いや、何度目かの沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは芺。芺は強い意志の篭もった眼を閉じたかと思うと、その場で素早い動作で立ち上がり部屋から出ようとした。もちろんゆっくり歩いてではない。追っ手を振り切らんとばかりの鋭さだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

次に響いたのは茅の制止の声でもなく、鉄仙の怒号でもなく、金属と金属が触れ合う甲高い音だった。

 

 

 

 

恐らく机の下に隠していたか、袖に隠し持っていたと思われる短刀を振り抜いた鉄仙。お陰で机は真っ二つだったが、芺も驚異的な反応速度で腰のホルダーに装備していた伸縮刀剣型CADを抜いていた。

首を狙い済ました一閃を、右手の伸縮刀剣型CADで弾いた芺。茅は芺の全てを見通す様な眼と、鉄仙の行動に思わず身を震わせていた。

 

「よく間に合わせたな」

 

鉄仙はどこか満足したように語り掛ける。芺はポーカーフェイスのままだったが、声は気持ち柔らかく感じた。

 

「……伊達に貴方の息子はやっていませんから」

「ふん、言うようになったものだ。……最初は反応さえ出来れば及第点をやるつもりだったが……まさか弾き返されるとは」

 

鉄仙はそう言いながら右手をさする。反撃を予測していなかった上に、かなりの衝撃を貰ったようだ。

 

「知らない内に鍛えたか。反応速度もさることながら、動きのキレも増している。その実力があってなぜ負けた?」

 

「お前には色々と聞きたいことがある。茅共々な」

 

核心に迫るような問い掛けに茅はビクッと体を震わせる。芺も目を瞑り俯いていた。

 

「だが、それは後でもゆっくり聞ける。お前の言葉を信じるならば、今優先すべきは実働部隊の救援だ」

「父上……?」

 

突然の父親の発言に思わず聞き返す芺。その様子を見て鉄仙は芺の目をしっかりと見据えてこう答えた。

 

「私は、心配だった。お前が後輩を守る為に戦い、その後姿を消してな。最悪の事態も想定した。だがお前はここに生きて帰ってきてくれた。白状しよう。私は一人の父親として、お前を死地に送り出したくはない」

 

鉄仙は淡々と述べる。だからといって気持ちが篭もっていないという訳でもない、棒読みでもなく、ただ懺悔するように呟いた。

 

「だが、それはお前の力を信用していない事と同義だ。同時にお前は多大なストレスを感じる事だろう。仲間を助けたいという気持ちを踏みにじる事にもなる」

「それは親として、可能な限り避けたい。お前に危険な目に遭って欲しくないが、同時にお前の気持ちも尊重したい」

 

普段、感情の起伏を滅多に見せない鉄仙が熱弁する姿に芺はじっと見入っていた。

 

「そして、今……一度剣を合わせて分かった。お前なら大丈夫だ。俺の息子はそんなに()()()()()()事を改めて実感した」

 

「相賀衆を連れて行け。だが彼らは後方からのバックアップに留め、代わりにお前の撤退の判断を任せる。それでどうだ」

「父上……!」

 

芺は父親の決断に顔を輝かせる。元より芺の意見を尊重する気だった茅は顔で“本当にいいの?”と聞いていた。

 

「もし竜胆達が騒げば私が説明する。だが、帰ってきたらお前達も私に事情を説明してもらう。これは約束だ」

「はい、ここに約束致します」

 

芺は胸に手を当てて一礼する。茅は唇を尖らせて“やれやれ”といった調子だ。些か嬉しそうではあるが。

 

「では行け!今日は千葉家と吉田家が実働部隊だ。柳生家はバックアップに相賀衆が出ている。さっきの話は覚えているな?」

「はい!では、直ぐに戻ります!」

 

そう言い残すと、芺は全速力で自室に向かっていった。恐らく準備を整えるのだろう。その後ろ姿を見送りながら二人の夫婦は語り合っていた。

 

「あんな芺君初めて見たわね」

「まるで別人のようだったが……感情の起伏があるのは良い事だ。それに強い意志を感じたのでな。お陰でつい熱くなってしまった」

「ふふっ。『不動』と恐れられた貴方が息子の事になると熱くなるなんて……そういうとこ、好きよ?」

「……ふん、お前もさっさと宴の準備に取り掛かれ」

 

分かりやすく鼻を鳴らした鉄仙は、ゴソゴソと真っ二つにした机を片付け始める。茅も黙ってそれを手伝うのだった。




伊調です。

最近は後書きが多くて申し訳ありません。

あまり数字には口を出さないようにしてきましたが、一つの区切りという事で。お気に入りが1000件を突破しました。これを読まれている時には下回ってる可能性もありますが、現時点では突破しました。

非常に嬉しいです。こんな作品に需要があるのかと常々思っておりますが、非常に嬉しいです。いつもありがとうございます。
そして誤字報告してくださってる方にもここで感謝を。相も変わらず誤字が多くて本当に申し訳ない。本当に助かっています。

近頃は少し設定を出しすぎたせいで展開が遅くなっていますが、次からやっと動きが出るかと思います。

少々長くなってしまいました。これからもよろしくお願い致します。

伊調でした。
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