魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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描写を一部修正しました。


第四十七話

鉄仙の許可を得た芺は、水を得た魚のように生き生きとしていた。一旦自室に戻り、顔を隠すための狐の仮面。そして耐刃、耐熱効果のある黒いコートを手早く装着する。()()をする時の装束だが、今日は幾分か晴れやかな気分で袖を通すことが出来た。

 

篭手型CADの感触を確かめ、全身の装備を確認した芺は自室の裏口から庭に飛び出る。そしてそのままガレージに向かった。目標はもちろん……

 

(このバイクに乗るのも久しぶりだな)

 

鍵を差し込みエンジンをかけると、心地よいサウンドを奏でる。芺は自分がいない時にもしっかり整備されていたことに感謝していた。

黒い大型二輪に跨った芺は、そのまま道路に飛びだし目的地に向かった。目的地はもちろんパラサイトだ。芺は自分がパラサイト化した事により、パラサイトの所在がある程度分かるようになっていた。今は活性化し始めたためにかなり詳細な位置まで絞れている。もしかすると既に捜索隊と遭遇しているのかもしれない。

 

そう考えた芺はアクセルを更に回した。

 

───

 

次期当主の行方不明という前代未聞の事態に手を差し伸べた吉田家の次男坊、幹比古と、千葉家捜索隊の中でも一番精力的に活動していると言っても過言ではないエリカの二人は夜の都心を歩いていた。もちろん仲睦まじくデートといった雰囲気ではない。特にエリカはピリピリとした殺気を放っていた。

二人はレオと芺を襲った『吸血鬼』……パラサイトを追っていた。今日まで何の手がかりもなかったが、諦める訳には行かなかった。T字路に差し掛かった二人の中に短い会話が交わされる。

 

「ミキ、どっち」

 

問い掛けられたミキの方も、至極当然と言った様子で何かを念じ始める。彼が持つびっしりと文字が書かれた杖を垂直に地面に置いたかと思うと、それは何かを指し示すようにパタンと右に倒れた。

 

「こっちね」

 

エリカは急いでいると言わんばかりにスタスタと先へ進む。恐らく、この先に元凶がいると直感的に感じているのだろう。実の所、幹比古も徐々にパラサイトに近付いている感覚を覚えていた。間違いないという確信に変わった瞬間、幹比古は精霊のざわめきを、エリカは闘争の気配を感じた。

 

「行くわよ!ミキ!」

「え、ちょっ、エリカ!」

 

エリカは持っていた筒から刀剣型CADを取り出し、空いた手で幹比古を引っ張る。増援を呼ぶことを忘れたエリカに連れられて幹比古も意を決して後に続いた。

 

(絶対に……今日こそ芺さんへの手がかりを……!)

 

強い決意を胸にしたエリカと、引っ張られてきた幹比古は公園に辿り着く。息を潜めて中に入ると、案の定二人の人型が見えた。

一人はレオの言っていたパラサイトの特徴と合致する、白覆面に黒コート。そしてもう一人はまるで『鬼』のような女性。こちらも仮面で顔の大部分を隠していた。

 

「もう一人は何者だ……?」

「どっちにしたって怪しいわよ。ミキは白覆面の方をお願い」

 

彼女はそう言い残して茂みから飛び出す。幹比古の制止を待たずして赤髪の仮面女に襲い掛かるエリカ。しかし完全な不意打ちだったにも関わらず、その仮面女は即座に魔法を選択して距離を取った。

 

「──参る」

 

エリカは鬼気迫る表情で剣を構えた。

 

───

 

(あのエリカが苦戦しているみたいだ……一筋縄で行かないのはこちらも同じ。レオの身体に打ち身以外の傷はなかった。という事はあるのは桁違いのスピードとパワー……)

 

幹比古の見立て通り、白覆面は徒手格闘を挑んできた。そのスピードには目を見張るものがあった。元よりパラサイトは処理速度が向上している点もあり、そんじゃそこらの魔法師では太刀打ち出来ないだろう。

 

(だけど、スピードならよっぽど芺さんの方が速い!)

 

幹比古は『綿帽子』という風に乗る古式魔法で拳を避けた後反撃しようとしたが、その魔法をキャンセルし、完全に白覆面の拳を見切って身体的な技術のみで反撃した。腕に向かって杖を振り下ろす。しかし、白覆面の展開していた対物防壁魔法に遮られた。

 

(なら!)

 

幹比古はお得意の『雷童子』を放つ。古式魔法と思えない速度で発動する雷に白覆面は回避行動を取る事が出来なかった。

 

(エリカは──)

 

一方のエリカは目の前の仮面にギリギリ食らいついているといった具合だった。相手の指から弾かれた弾を避け、肉薄して連撃を加える。

 

(私は、達也くんの様に相手の魔法を読み取る異能なんて持ってない。でも、芺さんと鍛え抜いた──剣士としての眼がある!)

 

エリカは振り下ろした得物の軽さを利用して、かの有名な『燕返し』のように一瞬の内に斬り下しと斬り上げを行った。その刃から、エリカは確かな手応えを感じた。

 

(髪だけか……もう少し)

 

二人の赤髪の女は距離を取る。すると、仮面女の方の纏められていた髪が腰まではあろうかという程に解けた。その様は異様極まりない様子だったが、エリカはこの攻防のうちに相手が戦士としても一流、魔法師として超一流であることを肌で感じていた。

攻勢に出るべき──そう剣士のカンが告げる。その通りに動こうとした瞬間、遠くからバイクのエンジン音が聞こえたような気がした。

 

───

 

白覆面と相対する幹比古。赤髪の仮面女と相対するエリカ。その全員の耳にエンジン音が聞こえる少し前に、ここに近づく者がいた。

 

「総隊長!()()()()()()()()()()()()、間もなく到着致します」

「間に合いましたか、ベン。謎の二人組に妨害を受けていますので、救援を」

「はっ!」

 

さすがに米軍の戦闘用のスーツは持ってこられなかったが、普段使っている日本刀型CADのダウングレード版を持ってきたカノープスは、移動魔法で一瞬にして状況に介入した。大柄な身体に隠せる程度のリーチしかないが、彼の使う魔法においてさほど問題は無い。

 

「覚悟!」

 

突然茂みから現れたカノープスは、背中を向けていた黒髪の青年に狙いを定める。峰打ちだ。その様子を見ていた赤髪の女が声を上げた。

 

()()!危ない!」

「な……!?」

 

声を掛けられたカノープスは、コンマ一秒の中でその意味を模索した。強力なカウンターの気配もなければ、白覆面からの攻撃予兆もなかった。

そして忠告の意味を知るのはそのすぐ後だった。

 

「ぐっ……!」

 

扇子のようなCADを持つ黒髪の青年に襲い掛かったカノープスの身体は、突如として真横に飛んだ。

そこに唐突に現れたのは、縁日で見るような狐の仮面をつけた黒いコートの男だった。

 

「え……」

 

エリカは一瞬、この場が戦場であることを忘れていた。エリカだけではない、その場の全員がこの乱入者に釘付けになっていた。一番最初に動いたのはエリカだった。

 

「ミキ!危ない!」

 

彼女がそう叫んだ瞬間、仮面女も我に返る。咄嗟にエリカに対して拳銃を向けるが、発砲するより早くエリカに叩き落とされる。それを拾おうと隙を見せた瞬間、エリカの強烈な振り下ろしが仮面女の肩を捉えた。しかし、そのダメージをおくびにも出さず仮面女は魔法を行使する。超一流の魔法力から放たれるカマイタチを内包した爆発。エリカはそれにより吹き飛ばされた。

 

 

エリカからの声が聞こえた幹比古は咄嗟に回避行動を取る。その瞬間、白覆面から放出系の魔法が飛んできていた。幹比古の『雷童子』のエネルギーを利用した攻撃。しかし追撃が来ることは無かった。

突如として現れたその狐面は、白覆面に狙いを定めていた。

 

白覆面は、正直に言って動揺していた。

 

⦅何者だ?同胞のはずだ。だが声も聞こえない。繋がりも分からない。確かに同胞であることは分かるのに、それを証明する手立てがない⦆

 

その同胞らしき狐の仮面が、白覆面の視界から消える。

 

⦅この感覚──⦆

 

次の瞬間、白覆面は腹に鈍痛を受け十メートル以上の距離を吹き飛ばされた。覆面の中が血で塗れる。目の前の狐面から伝わってくる想いは、明確な殺意のみだった。

 

(仲間割れか……?)

 

突然飛び膝蹴りを受けたベンは、全身黒のコートに顔を覆い隠す狐の仮面を見て彼をパラサイトとだと認識した。顔を覆い隠す仮面に黒コートといった風貌は報告を受けていた他のパラサイトと一致する。

カノープスは仮面女の元へ飛んだ。

その間に幹比古はエリカの元へ。狐面は逃げる白覆面に対して拳銃型デバイスを向けていた。

 

「総隊長、どうしますか」

「仲間割れかどうかは不明ですが、任務を遂行すべきです。あの狐面の顔を見ておきたい。フレディかどうか判断がつきません」

「では!」

 

その異国からの軍人二人は、当初の目的を遂行すべく二体のパラサイトに襲いかかった。回り回って粛清対象が目の前に戻ってきたのは何の因果か。それを知るものはこの世界でも極一部だろう。

 

「ミキ!狐面の人を助けるわよ!」

「ええ!?彼は本当に味方か!?」

「うん!私を信じて!」

 

幹比古はもうどうにでもなれ、といった風にCADを構える。エリカも再度赤髪の仮面女に狙いをつけた。

 

(あの剣……間違えるはずがない)

 

かの狐面は、片方を逃げようとしたが地面にとてつもない重力で叩き付けられた白覆面。もう片方を軍人二人に挟まれていた。その異国からの刺客は顔を見合わせると、まずカノープスが狐面に対して一気呵成に攻めかかる。それに合わせて赤髪の仮面女が狐面の横腹を狙って動き出した。芺は視界を()()()()()。芺の眼が、情報次元を捉えた。芺は迫り来る赤髪の仮面に()()を合わせる。選択したのは移動魔法。しかし移動のプロセスだけを踏むれっきとした攻撃魔法だ。しかし、その半秒足らずで発動された魔法は赤髪の仮面に何の影響も与えなかった。

 

(何故だ?使()()()は合っているはずだが……)

 

芺はまだ精霊の眼(エレメンタル・サイト)に慣れていない。今まで他の人間を狙う際にに使っていた方法と同じ手法を取ったのにもかかわらず、まるですっからかんの身体の様な姿が見えた事に違和感を覚えていた。しかしその間にも二人は明確な敵意を持って迫ってくる。芺が多少強引な手を使おうとしたその時だった。

 

「はあっ!!」

 

それを遮るようにエリカが赤髪の仮面女に刃を向ける。カマイタチによって衣服は少々破れているが、そんな事はお構い無しのようだ。

狐面の男は白覆面を抑えつけていたが、永続的に作用する魔法など存在しない。どんなに強力な魔法でも断続的に行使し続けなければ効果は失われる。

そして狐面には文字通り()()()()()()()を振るう男を相手しながら白覆面にも意識を割く余裕はなかった。現時点では分析が済んでおらず、剣で受けることは躊躇われたため狐面は尋常ではない身のこなしで回避に徹していた。

カノープスは全く当たらない刀を振りながら、人体にかかる負荷を無視できない速度でこちらの攻撃を避ける狐面の男に奇妙な違和感を抱いていた。

見た目はパラサイトの特徴と合致しているし、人体の限界ギリギリの速度で動いているのにかかわらず全く負荷がかかっていないのか、全く動きが止まらないのも、報告に受けていたように肉体が変質していると考えれば合点がいく。

しかし、どこか致命的な勘違いをしているような気がする。USNAから脱走した兵士の中には東洋人はいなかったはずだが、目の前の狐面から除く黒髪は日本人のものだ。彼自身もその髪に見覚えもない事実がその猜疑心にハッパをかけていた。本当にパラサイトなのかは不明だが、敵対行動を働いてきた時点で軍法的には問題ないだろうと、カノープスは片刃の剣を振るい続けた。

 

狐面の目的は第一に安全確保。第二にパラサイトである。彼は斥力を発生させて刀を振るう謎の黒人と距離を取り、反動で自分の身体を半ば強引に後ろに吹き飛ばして白覆面の方へ向き直った。

 

「アクティベイト!『ダンシングブレイズ』!!」

 

先程まで狐面と攻防を繰り返していた男が唐突に声を発した。『起動』の意味を含む言葉に、狐面は『眼』を背後に向ける。そこには四本のナイフがそれぞれ別方向から狐面に迫って来ていた。

 

(なるほど。『舞踊剣』と似ているな)

 

狐面は振り返らずにその四本のナイフの移動方向に対して対極の方向に重力をかけた。その四本のナイフは自らにかかっている命令と相反する方向への重力により、その場で力を失ったように地面に落ちた。

夜闇に紛れる四本のナイフを一瞥もせずに地面に叩き落とした理屈にカノープスは疑問を呈せずはいられなかったが、戦闘中にそんな時間はない。

狐面は幹比古と争う白覆面に引導を渡さんとまた一歩踏み込んだ。

 

「アクティベイト!『ダンシングブレイズ』!!」

 

先程と全く同じセリフが聞こえた。歯牙にもかけずに防がれた一手を何の工夫もせずに再度使用する。本来なら愚考かつ愚行と言われても仕方がない。だが、この場においてはそうとはならなかった。

狐面の耳に聞こえた『呪文』の術者は、先程の良く鍛えられた喉から響く低い声ではなく、初めて耳にした女性の声だった。

 

狐面の『視界』に先程と同じような軌道を描く四本のナイフが映る。だが、全てが同一という訳では無い。速度は一回り速くなり、干渉力においては今まで感じた中でもトップクラス。あの深雪にさえ匹敵する程だ。

狐面はダメ元で先程と同じ手法でナイフを叩き落とそうとするが、そのナイフはとどまることを知らなかった。干渉力が違うのだ。

 

狐面は急激にブレーキを掛け、手に持っていた伸縮刀剣型CADで物理的な対応を取る。魔法が弾かれる以上、彼にはこの手しか取れない。振り向いた彼の目には、エリカと白兵戦を繰り広げる赤髪の仮面。そして妖しく光る刀を煌めかせながら飛びかかってくるカノープスが見えた。

狐面は第一刃、第二刃をいとも簡単に弾く。しかし第三、第四の刃は絶妙にタイミングをずらして着弾し、何より第四の刃に剣を振るえばカノープスの攻撃に対応出来なくなる間合いだった。

熟練のコンビネーションとも言える技。しかし、不幸にも相手はただの剣士でもただの人間でもない。

狐面は三本目のナイフを弾く、そして四本目のナイフに対して()()()()()()()()()()()。足の付け根を狙うそのナイフが狙い通りに深々と突き刺さる。目標に着弾して魔法の効力を失ったナイフを移動魔法で雑に抜いた狐面は、そのまま剣に高密度の想子を纏わせてカノープスの『分子ディバイダー』と鍔迫り合いに持ち込んだ。まさか『分子ディバイダー』と剣を合わせに来るとは思っていなかったのか、一瞬剣を通して驚きが伝わってきたが、それで隙が生まれるような男ではないようだ。

 

(あのナイフを飛ばす魔法……そしてこの剣……まさかUSNAの『スターズ』か?)

 

この薄紫色に妖しく光る日本刀型の武装デバイスを扱う黒人の男。狐面が()で見る限り、かの有名な『分子ディバイダー』と思しき術式が発動されていた。薄板状の仮想領域を物体に挿入し、クーロン引力のみを中和し、クーロン斥力により分割する魔法。電子の電荷の符号を見かけ上逆転させることで、電子が正の電荷を持つように振る舞い、電磁気的引力が斥力に逆転する。その結果領域内では分子同士の結合が解かれ気体化するとんでもない魔法だが、狐面はその詳細を知らない。

 

(その程度の()()()なら……)

 

狐面はパラサイトの排除のため容赦なく剣を踊らせるカノープスに対して、わざと隙を見せる。狐面は動かず脚の傷の再生に力を入れていた。もちろんその隙を逃すカノープスではない。

 

カノープスの『分子ディバイダー』がついに狐面の首を捉えた。しかし……

 

「なっ!?」

 

確かにカノープスの刃は狐面の首を捉えていた。証拠にコートに仕込まれた首元を守るはずの鉄板は綺麗に分割されていた。が、そこから先に進むことは出来なかった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()──、正解に思考が至った刹那、突如として地球の重力が横方向に働いたのかと錯覚する速度でカノープスは公園の街灯に叩きつけられ、そのまま茂みの中に消えていった。

その光景を見て唖然としていたのはエリカ達だけではない。むしろ赤髪の仮面が最もこの中で狼狽していただろう。

 

(ウソ……ベンの『分子ディバイダー』が防がれた!?)

 

「どこ見てんの……よ!」

 

自らが信頼を置くNo.2を軽く凌駕する干渉力を見せた狐面に驚きを隠せなかった赤髪の仮面──アンジー・シリウスは反応を遅らせながらもその世界トップクラスの処理速度でエリカの鋭い剣技に対応した。

 

(イレギュラーが多すぎる……!撤退すべきね。ベン……!)

 

拳銃でエリカを牽制し、卓越した処理速度で移動魔法を選択するシリウス。彼女はその場で地面に向かって三発程度銃弾を撃ち込んだ。すると、そこから眩い光が放たれる。視界を奪う白い光に全員が思わず目を瞑った。

しかし、肉眼では見えなくとも『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』であれば認識し、魔法の照準は可能だ。

狐面は恐らく逃げるつもりであろう仮面女ではなく、その先の白覆面に向かってCADの銃口を構えた。脚を潰す重力場を発生させる魔法だ。

 

「もらったぁ!!」

 

その一瞬の静寂を打ち消す咆哮が轟く。狐面の男は咄嗟に身体を仰け反らせ、迫る刃を避けた。見たこともない移動魔法で茂みから飛び出し、狐面に突貫したカノープスの刃は残念ながら狐面の肉体を傷付ける事はなかった。狐面を着けていた男は、斬り抜けていった男の方に好戦的な視線を向けていた。

 

「伸びるのか、その剣は。……コイツは特注品なんだが」

「ふん……!その顔、覚えたぞ。『狐の仮面(マスクド・フォクシー)』」

 

狐面の顔から、真っ二つになった仮面が剥がれ落ちる。公園の土の上に手でブレーキをかけて停止したカノープスは、狐面の男の素顔を見てしてやったりと不敵に笑った。満身創痍の中であの鋭さを発揮した事には素直に賞賛物だった。

カノープスはスターズの中でも『分子ディバイダー』の扱いはトップクラスに上手い。現に彼は特殊なデバイスを使いこなし、『分子ディバイダー』の間合いを操る。白兵戦において得物の間合いを自由自在に操れる事のアドバンテージは非常に大きかった。

二人の軍人は、光に包まれてその場から姿を消した。どういう仕組みかは不明だが、今はそれに構っている暇はない。

 

(あの白覆面は……さすがに逃げられたか)

 

カノープスの妨害のおかげでまんまと白覆面には逃げられてしまった。あの謎の二人組……恐らく『スターズ』だが、どういう目的で来ているのかは不明だ。報告書が分厚くなりそうな今回の攻防に黒コートの男は、狐のお面を拾いながら嘆息していた。

 

「お前達、怪我はないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、えええ!?芺先輩!?」

 

(何で芺先輩が!?何故ここに?いやまず今までどこいってたんだ!なんで急に帰ってきたんだ!?それにこのザワつく感覚はなんだ!だめだ!聞きたいことが多すぎる……)

 

幹比古が夜間にもかかわらず大きな声を上げる。情報量の多さに幹比古の頭は洪水を起こしかけていた。当のエリカは俯いてワナワナと身体を震わせていた。

 

「ちょ!エリカ!?」

 

エリカが突如として正体を表した芺に文字通り突進する。そこには全くの手加減がなかった。

彼女はそのまま芺にぶつかったように見えたが……

 

「エ、エリカ……?」

「うぐっ……ぐすっ……」

 

エリカは芺に飛びついたかと思うと、芺を強く抱き締めて、そのまま彼の腕の中で涙を流し始めた。急に可愛い妹分に抱きつかれた芺は珍しく困惑顔だ。

 

「やっぱり……芺さんだ……っ」

 

「おかえりなさいっ……」

 

エリカは泣きじゃくりながらも、顔を上げて笑顔でこう告げた。幼なじみである幹比古は、今まで一度も見たこともないエリカの姿を見て、ついに彼の脳が処理できる許容量をオーバーしたのか……“よかったね、エリカ”と仙人のような顔をしていた。

 

「すまん、エリカ。心配をかけたのなら謝ろう」

「いや、謝罪なんて良いです。それよりも……」

 

エリカは懇願するように芺に縋り付く。まるで妹が兄に欲しいお菓子をねだるように。少し考え込んだ芺は、合点がいったような顔をしてエリカの頭を撫でた。

 

「そうだな。まずは……ただいま」

「……っ、はいっ!!」

 

エリカは落ち着いてきていたが、また感情が決壊を起こしたのか芺を強く、強く抱きしめた。肉体の性能が高い芺でなければそこそこにダメージを受けていたであろう。

 

「エリカ、悪いが落ち着いたら離れてくれないか。少し……その格好は目に余る」

 

芺は微笑を称えたまま、控えめにエリカに尋ねる。頭にはてなマークを浮かべながら自分の姿を確認したエリカは、先程仮面女にカマイタチをご馳走されていた事を思い出した。下着が見え隠れする奇抜なファッションのまま芺に抱き着いていた事に急に羞恥心を覚えたのか、顔を赤くしたまま固まってしまった。

 

「これを着ておけ。さすがにその姿を衆目の前に晒すわけにはいかない」

 

と、芺は着ていたコートを脱ぐ。発散系の魔法で汚れや匂いを綺麗さっぱり無にしたコートを芺はエリカに着せた。当のエリカは少し不満そうにしていたが、さすがに破れた服のまま帰す方が悪いだろうと芺は自分を納得させた。

 

「ありがとうございます。ちゃんと洗濯して返しますね」

 

サイズのせいでロングコートになっていたが、黒にエリカの真紅の髪がアクセントになり、かなり見映えはよかった。

芺もそこまで遠慮してしまってはエリカが恐縮するだろうし、変な疑いをかけられる可能性を考慮してそれに頷いた。

 

「よし、そろそろ動いた方がいい。招かれざる客共が押し寄せてくるぞ」

 

当然、こんな街中で魔法戦闘を行っては誤魔化すにも限度がある。すぐに各組織から尖兵が送られてくるだろう。芺の先導の元、黒いコートを羽織った上機嫌エリカと、悟りを開いた風の仙人幹比古は公園の入口まで集まってきていた。

 

「積もる話はあるが、今は退避が先だ。エリカ」

 

芺はそう言うと、ここに来るまでに使ったバイクのヘルメットをエリカに手渡す。

 

「また後日正式に二人の家には説明に伺う。今はここを離れるぞ。エリカ、送っていこう」

 

ヘルメットを手渡されたエリカは一瞬の間が空いたが、すぐに嬉しそうな表情のまま芺の駆る大型二輪の後部座席に乗り、芺の腰に手を回した。

 

「お願いしまーす♪」

 

「では、幹比古君もすぐにここを離れるように。君には感謝してもしきれない、ありがとう」

 

芺はそう言い残すと、ハンドルを握った。エリカは発進してもいないのに芺に引っ付いていたが、それを咎める者はここにはいない。エンジンをふかしたその車体はすぐに見えなくなった。

 

(ノーヘルは罰金……とは言えないな)

 

我に返った幹比古は、後部座席に座るエリカの嬉しそうな表情を見て注意をやめた。

さっきは押し寄せる情報量に頭がパンクしたが、今なら幾分か冷静に考えることができる。

 

芺の突然の帰還と、パラサイトと敵対する第三勢力。エリカを一蹴した赤髪の仮面、あの芺さんに傷を与えかけた剣士。そして、芺から感じるどうしようもない()()()。その直感に近い感覚は、論理的な説明をする事は不可能だった。端末を確認してみれば、芺の帰還を伝えるメッセージが本家から届いていた。本当についさっき帰ってきたようだ。

まだ疑問は残る。今までどこで何をしていたのか。それを芺さんから聞かなければならないが、今はとりあえず──

 

(芺先輩が帰ってきた事をみんなに伝えないと──)

 

幹比古は端末を操作しながらそそくさとその場を後にした。気温に反して暖かい気持ちだった事は、心の中にそっとしまっておいた。


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