魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調
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第四十八話

ノーヘルの芺の駆る大型二輪はエリカを乗せて千葉家に向かっていた。速度制限は撤廃されたとはいえ、さすがに後ろに人を乗せながら時速百五十kmも出すような非常識さは持ち合わせていなかった。むしろ、百年程前の制限速度ほどのスピードしか彼は出していなかった。

エリカは芺に話しかけるため、エンジン音にかき消されてしまわないよう後ろから彼の耳元に口を近づける。

 

「芺さん……今までどこ行ってたんですか。全く手がかりはなくて……」

 

“まあそりゃそうだろうな”と開きかけた口を慌てて噤む。芺の言うことは正しい。

 

(四葉に情報戦で勝とうと思うなら世界中から技術者を選りすぐりでもしないとな)

 

この芺が行方不明だった期間中に、彼の足取りを追うという事は即ち、あの『四葉』を出し抜かなければならないのだ。いくら柳生家や千葉家が力を尽くそうとも、無理なものは無理なのだ。

 

「……奴らに捕まっていた。まぁ、脱出してきたが」

 

事情を知る者にはこの嘘で通す事になっている。何でも叔母上が強く推すものだから、誰も……芺も茅も反論しなかった。

 

「そう……ですか。でも本当に、無事でよかったです」

「悪いな。エリカ」

 

恐らくエリカは芺の嘘にいずれ気付くだろう。何なら今の問答で勘づかれたかもしれない。エリカは昔から()()が良かった。いらぬ事まで気付いてしまいそうで心配ではあるのだが。

 

「詳しくは千葉家に出した書状を見てくれ。後日改めて直接お礼にも伺わせていただきたい。どうやら警察としてではなく千葉家として動いてくれたそうで……本当にありがとう。世話をかけた」

 

芺は心からの謝罪を述べる。最後に“こんな形で悪いが”と付け足したが、エリカは全く気にしていないようだった。

 

「でも、ほんとに全く足取り掴めなかったのは千葉家の名折れでした。和兄貴も嘆いてましたし……」

 

エリカは顔は見えなかったが、かなりの呆れ顔になっていただろう。芺の捜索とは別に、全く真相に近づけず、気が付けば捜索対象は自分で帰ってきたなんて知った千葉家は今頃大騒ぎだと思われた。

 

「そうか。寿和殿にもお礼に行かねばな」

「それもそうですけど、まずは学校の皆にも言ってあげて下さいね?特にあの女ったら……次兄上がいるくせに……」

 

エリカが“あの女”呼ばわりする女性は、芺の知る限り一人しかいない。

 

「摩利さんがどうかしたのか?」

「聞いてくださいよ!あの女ってば何故か私に芺さんの事聞いてきて……こっちが知りたいってのに。一応、芺さんは対面上は病欠ってなってましたけど……やっぱり一部の人には気付かれるというか」

 

それは芺も気にかけていた事ではあった。実に二週間程学校に姿を見せていない事になる。そうなれば重病を疑う者や、そもそも病欠ではないのではないかと考える者がいても不思議ではないだろう。特に付き合いの長い二年の男連中は、芺が今の今まで病欠した回数が全くのゼロである事を知っているはずだ。

風紀委員関連で一年の頃から世話になっている摩利の洞察力なら怪しまれても仕方がなかった。

 

「それに関してはどうしようもない。上手く情報統制を取らなければならないな。さすがにパラサイトに捕まってましたとバカ正直には言えん」

 

エリカもコクっと頷いて、何故か腰に回す手の力が強まった。

 

(スピード出しすぎたか)

 

少し速度を落とした芺の目に、見慣れた景色が入ってきた。千葉家の門は近いようだ。そこからは双方とも無言のドライブが続いたが、不思議と居心地は悪くなかったそうだ。

 

「着いたぞ」

 

バイクをゆっくりと安全第一に停車させた芺は、自分も一旦そこから降りてエリカの降車を手伝う。ヘルメットを預かり、ハンドルにかけた芺は門までは送って行った。

 

「悪いが俺はここまでだ。くれぐれも俺に送ってもらったことは内緒にしておいてくれ。ここまで来て顔も出さずに帰ったとなれば失礼極まりないからな」

「了解です。……芺さん」

 

手を振って帰ろうとした芺はふと、呼び止められる。

 

「……やっぱり何でもないかな〜……」

「……何なんだ」

 

芺はフッと笑い声を漏らす。すぐに姿勢を正した芺は、真面目な調子で少し目を伏せた。

 

「それじゃ、ずっと迷惑をかけてすまなかったな」

「そんな事!本当に帰ってきてくれただけで十分です。じゃあ、また学校で」

「……ああ、また明日」

 

そう言って芺は千葉家のエリカ親衛隊の集合を感知したのか、すっと踵を返してバイクに跨った。フルフェイスのヘルメットを着けているため顔をは分からなかったが、手の振り方から笑顔だったのだろう。黒いコートを羽織ったエリカも笑顔でそれに振り返し、その姿が見えなくなるまでずっと見送っていた。

 

そのまま跳ねるような足取りで家の門を叩いたエリカ。どう考えても家の中が騒がしいのはあの先輩のせいだろう。

 

「エリカか!?」

 

別段見たくもなかった出迎えの男……寿和の顔を見たエリカは、別に機嫌を崩すことも無く“ただいまー”といつも通り間延びした声で家に入っていった。()()を噛み締めたエリカは寿和を無視してそのまま自室に向かおうとする。

 

「待てエリカ、今しがた柳生家から書状が届いてな……落ち着いて聞けよ」

 

 

「芺君が、帰ってきたらしい」

 

「はーー!やっとかあ。やっぱウチらの捜査の賜物かしらねー」

 

そう言ってエリカは手をヒラヒラさせながらルンルンと自室に入っていった。

“……何か反応違くない?”と疑問に思った寿和。彼の見立では聞いた瞬間飛び跳ねるように喜んで昔みたいに抱き着いてくるところまでは予測していたのだが……

 

「統領!!お嬢にはお伝えいただけましたか!!」

 

考えに耽っていた寿和の耳に門下生……いわゆるエリカ親衛隊の一人の声が聞こえた。

 

「おお……まぁ」

「そうでしたか!!これでエリカ嬢も元気を出す事でしょう。個人的にも彼は見所のある青年でしたから……いやぁ、良かった」

 

“よっぽどコイツの方が喜んでないか?”と心の中の誰かにツッコミを入れる寿和。親衛隊も退散した所で彼は目を瞑って手を顎に当てて考え始めた。

 

よく思い出してみればエリカは見慣れぬコートを着ていた気がする。だがどこか既視感があるのは……他にもエリカの帰宅時間。微かに聞こえた二回のエンジン音。謎の上機嫌エリカにあの反応……彼の中でパズルのピースがはまっていく。

 

「ははーん……」

 

顔の横にひし形の星を幻視するような訳知り顔をした寿和は、一人納得してその場を後にした。

 

───

 

「総隊長……戦闘に間に合わず申し訳ありませんでした……」

 

ハンターR(レイチェル)ハンターQ(クレア)は同時に頭を下げる。しかし彼女らも人員の少ない中、シリウスが処断した黒覆面……チャールズ・サリバン(デーモス・セカンド)の後始末を行っていたのであり、責める要素は特に無かった。

白覆面を追っていたこの総隊長と呼ばれる赤髪の仮面──アンジー・シリウスは治癒魔法で自分の肩を治療しながら、今回の作戦のデブリーフィングを行っていた。

 

(いったーーーい!!!これ完全に折れちゃってるし!エリカがあんなに強いなんて聞いてないわよ!それにあのベンを重症に追い込んだ狐面!パラサイトかと思ったらあの顔絶対アザミさんじゃないのよー!!全く、日本の魔法師はどうなってるのーーー!!)

 

アンジー・シリウス──アンジェリーナ・クドウ・シールズの悲痛な叫びはともかく、救援に駆けつけたベンジャミン・カノープスの一時戦線離脱は中々の痛手だった。アドレナリンの分泌量が多かったのか撤退までは持ちこたえたが、その後直ぐに意識を失い現在も治療中だ。

 

「総隊長。カノープス少佐が目を覚まされました。デブリーフィングに参加したいとの事です」

「彼の容態はそれに耐えうるのですか?」

 

アンジー・シリウスの仮面に隠された鋭い眼光が報告に来た魔法師を貫く。

 

「肯定であります!会話だけなら問題はないかと思われます!これはカノープス少佐のご意思を尊重しての具申であることをお許しください!」

「わかりました。伺います」

 

シリウスはその医療魔法師の先導で簡易的な医務室に向かう。一つだけあるベッドにカノープスは寝かされていた。

 

「すみません、総隊長。遅れを取りました」

 

カノープスは開口一番に謝罪する。重傷を負っていながら軍人としての責務を全うしようとする姿勢は尊敬に値するものだ。

 

「構いません。今回は異常事態(イレギュラー)が過ぎました。では簡潔に。貴方の容態が第一です」

「はっ。お気遣い痛み入ります。あの二体のパラサイトについては特定はなりましたか?」

「いえ、白覆面の想子パターンの採取には成功しましたが……特定には至っていません。想子パターンが変質している可能性が高いですね。そして、狐面の方はパラサイトではありませんでした」

 

その言葉にカノープスは訝しげな表情をする。

 

「あの狐面はパラサイトではないと?」

「ええ。顔も純日本人ですし……ベン、貴方が見たのはこの顔で間違いありませんか?」

 

そう言ってシリウスは『柳生芺』と書かれた顔写真付きの簡易的なパーソナルデータを見せる。それは調べれば分かる情報しか乗っておらず、本当の意味で簡単なデータだった。

 

「ええ、この男で間違いはありません。アザミ・ヤギュウ……成程、それならあの強さにも納得がいきます」

「かの『人喰い虎(マン・イーティング・タイガー)』を下したと言われる若き『虎狩り(タイガー・ハンター)』……。恐らくあの二人組と共謀関係にあっとして間違いないでしょう」

 

あの呂 剛虎を真っ向からの近接戦闘で打倒したと噂される芺の名は、少しの尾ひれを付けてUSNAにも伝わっていた。実際は二回も致命傷を受けた手負いの虎を三人がかりで辛勝した事こそが事実なのだが。噂とはそんなものである。逆に言えば『化成体』をほぼ片付けるまで呂 剛虎を相手していたのは芺一人であるし、蹴りをつけたのも芺だ。

芺が()()()になれば一瞬で終わらせる事も可能だったというのはただの言い訳にしかならないだろう。

 

シリウスはふとベンの身体を見る。寝かされている分には外傷は見えないが、街灯に叩き付けられた時に背骨を二本。打ち付けられた際の衝撃で軽い脳震盪も起こしているらしい。しばらくは絶対安静との事だった。

 

「気を付けてください、総隊長。奴は危険です」

「はい?」

 

考え込んでいたシリウスは唐突なベンの真剣な表情に若干の素の反応をしてしまうが、誰も怪しむ者はいなかった。

 

「総隊長も見ていたでしょう。奴は私の『分子ディバイダー』を()()()()()()()。もし彼の干渉力が私より低ければ一瞬で首を落とされている。まともな精神性をしている人間は敵の刃を首で受けるなんて出来るはずがない。例え間に合わなくとも無意識的に手で抵抗するか回避行動を取るはずです」

 

「だが奴は全くそんな素振りを見せずにあの賭けに出ました。今なら分かります。あれは奴の()()でした。相手の干渉力が明確に分からない以上、あの行動に打って出る事が出来る人間など『スターダスト』にもいないでしょう」

 

「……そう、ですね」

 

『スターダスト』とは遺伝子強化により数年来での突然死を余儀なくされた死兵達。シリウスはベンの言葉を噛み砕く振りをして何とかその場を凌いだ。

カノープスの進言は、()()()()()()()()()()()()()()事を除けば概ね間違った事を言っていない。さすがの芺とて相手の干渉力が分からない状態でそんな賭けに出るほど自分の命は軽視していない。自分の干渉力の方が上だという圧倒的な確信があったからこそ、首を狙わせて隙を作っただけなのだ。

しかし、それに気付くことなど不可能。カノープスがこう考えるのもやむを得ないだろう。

 

(アザミ先輩ってそんなにクレイジーなのかしら……)

 

リーナが最後に見た芺は風紀委員会本部で顔を合わせた時だ。発音の難しい『柳生』に困っていると、ファーストネームで呼ぶように気を使ってくれる程度には普通の人間だった。エリカ達の話から聞くにしても仲間想いの人間であり、そこまでの異常性は感じなかったのだが……

しかし人はどんな刃を隠し持っているか分からない。現に自分はアンジェリーナ・クドウ・シールズとして生きながら、アンジー・シリウスという仮面を被っているのだ。

カノープスの部屋から出たシリウスは治癒魔法で肩の骨折を癒しながら、椅子に体重を預けていた。

 



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