柳生家の近くに深夜帯にもかかわらずにバイクのエンジン音が鳴り響く。一時間程留守にしていたため、どうやら宴会は始まっているようだ。
芺はバイクをガレージに格納し、早足で家に戻る。部屋着という名の着流しに着替えて芺は父の元へと向かった。
「父上、ただ今戻りました」
「……うむ、入れ」
約一秒程度の間を開けて帰ってきた了承の言葉に、芺は開き戸をゆっくりと開いて中に入る。まず最初に目に入ったのは、スースーと寝息を立てる茅の姿だった。
「場所を変えますか?」
「……いや、起こすのも可哀想だ。小声で話そう」
元より小声で話していた芺は、垣間見える尊い夫婦愛に“この人も人間だな”と思いながら腰を落ち着けた。
机のなくなった部屋で二人の男が正座で向かい合う。さながら茶道でも始まりそうだったが、あいにく二人は剣道家であり剣術家だ。
「茅から概要は聞いた。
「……はい。連絡する事が出来ず申し訳ありませんでした」
「構わん。真夜殿の精神性はよく理解しているつもりだ。確か魔法演算領域のオーバーヒートだったか。それの治療を受けたのだな?」
「はい。その通りです」
鉄仙は大体の内容を茅から伝え聞いていたようだ。特に間違いも齟齬もなかった。芺は方法はどうあれ
「そうか……。まぁ、そこまで手を尽くして貰って何も無く帰してもらった訳でもあるまい。何か
「四葉として名乗りを上げるよう命令されましたが、突っぱねました。しかし幸いにもその要求を飲んでいただきまして……代わりに来年の四葉の慶春会に出席し、四葉の中で私の存在を公式に認めると仰せでした」
あの真夜が要求を飲んだことに驚きを隠せなかった鉄仙だが、後ろ半分の言葉を聞いて唸り始めた。
「相分かった。四葉の中でなら……仕方あるまい。上手いこと譲歩を引き出されたな」
「……申し訳ありません。あれ以上の我を通す勇気も覚悟も私にはありませんでした」
芺は申し訳なさそうに俯く。鉄仙としてもそれは仕方なしと思っており、それを責める気は無かった。
「構わん。お前が無事に戻ってきてくれただけでも十分すぎるほどだ」
「ありがとうございます……っ、父上」
芺は正座したまま半ば土下座の様な格好で頭を下げるが、途中で鉄仙に止められて顔を上げる。
「過ぎた事はもういい。先の話をしよう。明日にも千葉家と吉田家には顔を出すべきだと思っているのだが、構わんな?」
「はい。何時頃出発でしょうか」
「ふむ……帰宅後すぐでいい。お前はまず学校にも顔を出すべきだ。両家には既に通達したが、友人には顔を合わせるべきだろう。変に連絡しては不信感を抱かれるやもしれん」
鉄仙は最もらしい理由を述べたが、それがただ単に芺を学校に行かせてやりたい口実であることは容易に予測できた。
「はい……!お心遣い、誠に感謝致します!」
「気にするな。よし、では皆の所へ戻るぞ。元気な顔を早く見せてやってくれ」
二人は揃って席を立つ。同時に茅も目を覚ました。
「わたしも……」
「……すまんが、芺。先に行っておいてくれ。茅の面倒を見なければ」
「はい、ではその様に。……ありがとうございます、父上」
芺は鉄仙に様々な意味の篭もった感謝の言葉を送る。それに対して鉄仙は微笑をたたえる芺とよく似た表情で笑い、芺を送り出した。その後、深夜まで続くどんちゃん騒ぎが柳生家で催されたのは言うまでもないだろう。
───
次の日の朝、深夜まで騒いだにもかかわらず規則正しい時間に目覚めた芺はすぐさま出立の準備をする。まだ柳生家が静かなのは昨日の騒ぎで疲れてて寝ている者が多いのだろう。いや、それ以上に次期当主の帰還を果たした事による疲労の方がよっぽど大きいはずだった。
二週間程ぶりに制服に袖を通す。柔らかな洗剤の匂いが漂うあたり、恐らく芺がいない間もしっかり手入れされていたのだろう。制服のアウターを着る前に、忘れないように拳銃型デバイス用のホルスターを着ける。達也から“余り物”として渡されたものだ。
次にネクタイを締めた芺は両腕にCADを装着する。篭手型の完全思考操作型CADだ。もしも制服が半袖なら衆目を集めながらの登校になる所だったが、ここ十数年の気候変動と魔法の影響により、今は長袖の制服が主流になっている。そのため、両腕にCADを付けていてもそこまで目立たずにいられた。
そして最後に太腿の辺りに伸縮刀剣型CADのホルダーを身に着ける。これは彼の先輩である摩利の物と同型であった。
───
第一高校最寄りのコミューターから降車した芺は、程なくして注目を集める事になる。常日頃から副風紀委員長として目を利かせており、九校戦などで実績を残した人物が二週間も姿を見せないとなれば噂程度にはなるものではある。特に二年生間では色々な噂が飛び交ったが、それの払拭をするためにもこのシチュエーションはありがたかった。
「芺先輩……?やっぱり!お久しぶりです!!お元気でしたか?」
芺の可愛い後輩……マーシャル・マジック・アーツ部に所属する一つ下の十三束が声をかけてくる。
「ああ。実は少しばかり療養していた。心配をかけたな」
芺は周りに聞こえるように少しばかり大きな声で話す。傍から見れば二週間ぶりの再開に嬉しさがこみ上げているように見えるだろう。だが病欠という理由付けでは“どんな病気だ?”という類の質問からは逃れられない。
「実は
と、自分の目を指しながら少し言いづらそうにする
それを知らない人々からしても、この時代に眼鏡をかける理由には思い当たる節があるはずだ。もちろん伊達眼鏡をしている人間もいるにはいるためその限りではないが、欠席理由を病欠だったと広めるパフォーマンスとしては上出来だった。
強いて言うなら嘘をつくという事に一々心を痛めていたが、それは必要経費だと割り切らなければならなかった。
その後も後輩や先輩に心配の言葉をかけられる度、返答として前述した理由をプレゼントしながら教室までたどり着く。
2-Aの教室に入った芺は特に気配を遮断していた訳でもないので、当然クラスの一人くらいは物音に反応して出入口を確認するだろう。
「おー……って柳生!?お前どこ行ってたんだよ!?」
「よう。久しぶりだな、心配したか?」
綺麗な二度見をした
「芺君……お元気でしたか?何だか病気だったって聞きましたけど……」
「その通りだ。眼の関係でな。少し療養していた」
「そうだったんですか……じゃなくて!こんなに休むんなら誰か一人には連絡しておいてください!みんな心配してたんですよ?」
あずさは九校戦の際に使っていたCADの製造元を隠していた時ばりに詰め寄ってくる。相変わらず頬を膨らませたリスの様で怖くはなかったが、心配する気持ちは伝わったため芺は素直に謝罪と感謝を述べた。
「すまない。それについては肝に銘じておく。心配してくれてありがとう、あずさ」
「お願いしますよ?お礼はCADを見せてくれるだけでいいですから!」
“まだ見足りないのか”と思った芺だったが、それを口に出すことはなかった。その後も会話を続けていると、勢いよく教室のドアが開け放たれる。
「失礼する!芺君はいるかい?」
「ここだ、沢木。久しぶりだな」
芺が席を少し引きながら手を挙げて場所を知らせる。この高校の中でもトップクラスの美男子である彼は一種別の目線も向けられていた。
「いやはや久方ぶりだね。鋼に聞いて飛んできたんだ。体調は大丈夫かい?」
「連絡もなしに悪かったな。見ての通り元気だ」
「謝る必要は無いよ。僕としては友人が元気である事が分かっただけでも十分だからね」
十三束があの後連絡したのか、一番に現れた沢木。一部の層に受けそうなセリフを少しおどけた様子で話す彼に芺は微笑で返す。
「よお、芺。髪伸びたか?」
「久しぶりだね、芺君」
次いでクラスのドアから二人の男が顔を出した。五十里と桐原だ。もちろん五十里には千代田、桐原には壬生も着いてきている。二人とも芺とは縁があるため見に来てくれたようだった。
「おい服部……何で隠れてんだ」
桐原が何故か腕組みしながら隠れていた服部刑部少丞範蔵会頭を引っ張ってくる。
それに連なるように五十里達も入ってきた。
「久しぶりね、柳生君」
「そうよー、連絡もよこさずに。啓も心配してたのよ?」
「口ではこう言ってるけど、君がいない間“あいつが帰ってきたら驚かせてやるんだー”って事務仕事頑張ってたから、許してあげてね」
「啓ーーーー!」
二週間ぶりの登校初日に夫婦漫才を見せつけられた芺だったが、皆の温かい雰囲気に思わず笑みが零れる。
「芺、心配したぞ。本当に大丈夫なのか?」
「……ああ、大丈夫だ。心配しすぎだぞ、服部」
もちろん沢木達も本気で心配していたが、その中でも断トツの心配具合を見せる服部。沢木と並んで関わりの深い服部は嫌な勘ぐりをしていた一人でもあるため、かなり気にかけていたのだろう。
「それにしても、あんたが病欠なんて珍しいわね」
だが、もちろん世間話として……話題の一つとしてこの部分に触れられるのは致し方ないだろう。芺はポーカーフェイスを保ちながら、朝から何度目かの説明をする。とりあえずは皆納得してくれたようだ。
「そりゃ災難だったな。でも、中条の言う通り連絡くらいはよこせよ?服部なんて毎日……」
「やめろ桐原!!」
服部が毎日何をしていたのか。真相は闇の中だが、悪いことではないのだろう。沢木達の雰囲気から察することが出来る。
「それでは、今日は久しぶりに飯でも行こうか?快気祝いに奢るよ、芺君」
沢木の提案に二年生男子組が一斉に賛同を示す。どうせならという事であずさや千代田達も巻き込んで“肉行くぞ、肉!!”と桐原が勧める。女子陣も……想い人がいる時点で特に断る理由もなかったのか、友人の快気祝いならたまにはいいかと全員がOKを出した。だが……
「……すまん。今日の放課後は既に先約があるんだ。来週なら空いているんだが……」
それはもちろん嘘ではない。放課後は関係各所にお礼を言いに行かねばならず、他にも校内でやる事も残っている。それが心苦しい判断であることは芺の表情から容易に想像出来た。
「いえいえ!全然私は大丈夫です!二週間も休んでいれば色々と滞っていると思いますし……皆さんは……」
あずさのフォローに皆が頷く。芺はつくづくいい仲間に恵まれたと心底感激していた。それを口に出すには少し恥ずかしさが勝ってしまっていたが。
「そういう事だ。必ず埋め合わせはしよう。悪いが沢木、次に部活に顔を出せそうなのは週明けになりそうだ」
「構わないよ。部活の方には僕が責任もって君の安否を伝えておこう。皆、エースが不在で寂しがっていたからね」
「エース呼びはやめてくれ」
気の置けない友人同士のやり取りをまたする事が出来た喜びを噛み締めていると、この楽しい時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「んじゃ、戻るわ。また昼飯でな、エース」
「啓の言う通りエースの仕事はある程度やっておいてあげたから、週明けたらまた働きなさいよー」
皆が口々にエース呼ばわりしていくのを笑顔で見送る芺。風紀委員会の方もまた働き詰めになりそうだったが、この二週間の空白を埋めるためにはするべきだろう。それが楽しみでもある。
「あ……私はエースかっこいいと思いますから!元気出してください!」
皆が去って今後の事を考えていた芺だが、あずさから見当違いのフォローが飛んできたところで授業の準備を始めた。
「なぁ、沢木、桐原」
教室への帰り際、ふと服部が二人を呼び止める。本来なら五十里も呼びたかったが、そうすると
女子陣に聞かせたくない話だと理解した桐原と五十里は、先に行っておくように壬生に言い、五十里は千代田を連れて帰っていった。
「んで、どうした。授業始まっちまうぜ?」
既に授業準備に入り、人がほとんど居なくなった廊下で服部は小声で話し出す。
「さっきの芺の話……本当だと思うか」
「ふむ……君もそう思うか」
沢木が唸るように言う。彼らは……恐らく五十里を含めた仲良し男子五人組は、友人としての『カン』で芺の言葉に少しばかり引っ掛かりを覚えていた。
「俺も同意見だけどよ……別に嘘をついててもいいだろ。なあ沢木」
「うん。彼は今まで嘘をつかなかった男だ。そんな芺君が隠したいことを……分かった上で詮索したくない」
「ってことだ。多分五十里も同意見だろうよ。なぁ服部……いいと思わねえか?あいつが元気に帰ってきただけで」
その言葉に服部は瞠目する。大事な事を見落として居たと言わんばかりの顔だ。
「……そうだな。アイツは俺達を裏切るような男じゃない」
「ま、そういうこった。いつか“実は気付いてました”ってドッキリでもしてやろうぜ」
そう言って桐原は服部と肩を組む。“そうだな!”と高笑いした沢木の大きな声は、一時限目の授業の開始を知らせるチャイムにかき消された。
───
放課後、芺は校内の一室を借りてとある二人組を待っていた。父から了承も取っており、この時間は今日のスケジュールに組み込んである。
芺が椅子に座って待っていると、コンコンと規則正しいノック音が聞こえた。
「失礼します」
「ああ、入ってくれ」
入ってきたのは二人の男女。どちらも一年生ながら、方や新入生総代にも選出された優等生。方や二科生入学の欠陥魔法師の劣等生。と言っても、その実力は計り知れないが。
「芺さん……お変わりないようで……安心しました」
「ご無沙汰しています」
開口一番に深雪が走り寄ってくる。こんな美少女に心配してもらえるのは有難いことだが、あいにく芺はそれを事実以上に意味のあることとして受け止める感性を持ち合わせていない。
短い言葉ながらも笑顔で妹に追いついた達也が椅子に座った所で、芺が口を開く。
「突然呼び出してすまなかった。色々と共有しておきたかったし……何より可愛い従兄弟たちと会いたかったのもある」
「もうっ、あまり恥ずかしい事を言わないでくださいっ!」
「あまり深雪をからかわないでやってください。俺は貴方に手刀を振り下ろしたくはない」
言葉こそ物騒だが、随分と笑顔で冗談を言えるようになったものだと芺は感心していた。恐らくどこかの寺の生臭坊主はくしゃみの一つや二つしていたかもしれないが、それはさておいて芺が姿勢を正す。
「呼び出しておいて悪いが、俺もこのあと所用があるのでな。手短だが許してくれ」
「いえ。昨日の今日の事ですから。まずは俺から構いませんか?」
「ああ、頼む」
芺の許可を得て達也が話し始める。
「昨日芺さんから頂いた報告には一通り目を通しました。芺さんの見立て通り、妨害に来た二人組の外国人は『スターズ』と見て間違いないでしょう。そして……『眼』の事は事実ですか」
達也の言葉に深雪が唾を飲み込む。昨日の内に報告書を手早くまとめて達也に『生還報告』と共に送付しておいた芺だが、そこには芺自身の『眼』についての情報も記されていた。もちろん全てを語った訳ではなく、八割の嘘に二割の真実を混ぜたものだ。嘘をつく際の常套手段である。
「パラサイトの視認による感受性の引き上げ……眉唾物ですが……」
「
そう言って芺は達也に理解る様に『眼』を向ける。全てを見通すような虚ろの視線。達也も自分の『眼』を通して見られたという情報が伝わっていた。まともな人間が出来る眼ではないという所感の達也だったが、四葉の血を引く以上まともな人間の方が珍しい。
「達也君の『眼』よりかはいくらか勝手は効かないが……魔法の照準器くらいにはなる」
「……それについては俺も不明瞭な部分が多いので……いずれ腰を落ち着けて検査でもしてみますか」
達也は一瞬言葉に詰まったが、お互いに一旦『眼』を閉じて相談し合う二人。会談は滑らかに進んでいたが、深雪は半分置いてけぼりだった。彼女からしてみれば、やっとの事で芺が帰ってきたのが昨日。にもかかわらず挨拶も程々にここまで実務的になれるのかと甚だ疑問だった。
兄はそういった『感情』が無いから理解は出来る(納得は出来ない)。だが、芺はどうだ。ここまで心配していたのに実際会って一言二言とは従兄弟としてどうなんだと思っていた。
「そして……確か空っぽの情報体でしたか」
「ああ。上手く言語化出来ないが、中身がすっぽり抜け落ちていたような感覚だった。俺の見方が悪いのかと思ったのだが……」
深雪の思いも届かずに二人は真剣な顔で続ける。二人が言うがらんどうの魔法師とはあの『スターズ』と思しき赤髪の仮面魔法師だ。その報告を受けた達也は自分で見聞きした情報と、芺からもたらされた情報のピースを組み合わせて一つの推測に行き着いていた。
「いえ、恐らく俺が見ても同じ結果でした。それらを踏まえ……その赤髪の仮面魔法師の正体を予測しました。恐らく、彼女は『スターズ』総隊長──アンジー・シリウスです」
「……また大物だな。何で日本に……いや、パラサイト絡み以外ありえんか」
「自分も同じ考えです。俺はパラサイトはアメリカから来たと思っています。今朝、自体の深刻化を鑑みて叔母上に直接報告を兼ねて許可を得てきました。既に軍部も動き出しています」
「独立魔装大隊か……『電子の魔女』がいるならパラサイトの場所も割り出せるかもしれん」
「その通りです。厳密にはパラサイトを追う三つの勢力の動きをリアルタイムで補足し、そこから現在位置を割り出します」
「半分ズルだな。さすがは独立魔装大隊だ。それで、三つもいるのか」
芺は独立魔装大隊の規格外の実力に素直に賞賛を送りながら、叔母から独立魔装大隊への接触を打診されていた事も思い出す。どうやら極東の魔王はまたよからぬ事を考えている様子だ。
「はい。千葉・吉田・柳生家捜索隊。加えて十師族七草・十文字が動いています。そして、第三勢力の『スターズ』」
「成程……手を合わせるなら俺達のグループだろうが……」
「とりあえずは独立して動きます。ですが協力をお願いするかもしれません」
「構わん。俺は柳生家として動くが……ある程度は任されている。露払いくらいはやるさ。生憎人手がいなくてな」
柳生家は吸血鬼事件を追う傍ら、芺の捜索にも心血を注いでいたためかなりの疲労が見えていた。彼らを危険に晒さないという本音と、快復までという名目でしばらくは芺が一人で実働部隊を担う事でとりあえず落ち着いていた。
「そう言えばアンジー・シリウスの傷は回復しているようでした」
「そうか。君の
「いえ、普通に接した時に確かめただけですが……」
「確かめたって……『スターズ』にカチコミでもしたのか」
何故かかなり前時代的な言い回しをする芺。それに対して達也はキョトンとしていた。何かがすれ違っている──それを察した深雪が、控え目に芺に告げた。
「えっと……今、当校に留学に来ているリーナ──アンジェリーナ・クドウ・シールズは」
「アンジー・シリウスという見立てでほぼ間違いないと……言ってませんでしたか。
見事なコンビネーションで兄妹間では周知の事実となっていた情報を伝える二人。当の芺は全く気づかなかったのか珍しく目を丸くしていた。
───
「では、また何かあれば連絡してくれ。時間を取らせて悪かったな」
「いえ、ではまた夜にお会いするかもしれません」
「ではまた、芺さん」
可愛い従兄弟二人に送り出されて芺は部屋を出る。同時に達也は遮音結界の崩壊を知覚した。眼を向けるまで気づかなかったが、芺が発動させていたのだろう。
達也は深雪と芺の帰還と今後の吸血鬼事件について話しながら、頭の半分では別の事を考えていた。
(……本来なら問い質すべきだったんだろうが……甘いな、俺は。本気で情なんぞ感じないはずなんだがな)
彼はそう自虐しながら、笑顔で一つ上の先輩の帰還を喜ぶ妹の頭を撫でる。
(この笑顔を奪う訳にはいかなかったと解釈しておくか。恐らく……少なくともしばらくは……)
達也は決心のつかない自分に違和感を覚えながら、隣に歩く麗しき最愛の妹を見つめていた。