魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第五十話

あの金髪碧眼の留学生が、かの有名な『十三使徒』のその一人──戦略級魔法師アンジー・シリウスである事を知らされた芺は自分の浅慮に後悔していた。確かにあの深雪と拮抗する魔法力に、留学させるには憚られる実力。そして突如現れたUSNAの魔法師部隊。ピースは揃っていたのだ。

 

門下生が運転する車の中でそんなことを考えていた芺は、父親の返答の声で我に返る。

 

「到着しました」

「うむ」

 

正式な和装──煌びやかではなく落ち着いた──に身を包んだ二人の男は千葉家の門を叩く。今日は連日の騒動のお礼とお詫びに来ていた。

千葉家の門徒に案内され、通された部屋には千葉家統領である千葉寿和とその付き人、稲垣が既に座っていた。

 

「この度はご足労いただきありがとうございます。ささ、どうぞ」

 

芺と鉄仙が短く礼を述べながら着席する。すると直ぐに稲垣がお茶を持ってきて目の前に置いた。付き人ともなればこれくらいは出来て然るべきなのかもしれない。

 

「では、千葉家統領殿。この度は愚息……芺の捜索に尽力をしていただき、誠に感謝している。この恩は然るべき形で貴家に報いよう」

「私からも。千葉家の皆様方には私の捜索にあたり快く首を縦に振っていただいたと聞いております。皆様には、最大限の感謝を。本当にありがとうございます」

 

芺の言葉に合わせて鉄仙も起立し、深々と頭を下げる。もしここが和室ならば土下座していたと言わんばかりの頭の下げようだった。

 

「顔を上げてください。我々としても百家として、それより一人の魔法師としてやるべき事をしたまでです。特に私は市民を守る警察であります。何も特別な事はしていませんから」

「ご謙遜を。千葉家からは相当数の人間が動いていたようですからな。警察に属さない人間も協力してくれたようで……感謝してもし切れない」

「いえいえ。あれはウチのエリカが半ば独断でやったようなものですから……お構いなく。では、今後の話をしましょう」

 

寿和は佇まいを直す。芺個人としてはエリカが手勢を率いていたという話は興味があったが、話の腰を折る程のことではない。

 

「芺殿の救出は……当人の脱出という形で成されたとはいえ、まだ吸血鬼事件は解決していません。そして頂いた報告通り……()殿()()()()()()()()()()()()()()()に部隊を派遣しましたが……既にもぬけの殻でした。何かがいた形跡はありましたが……証拠も全く残っておらず、また振り出しという状況です」

 

実際はそんな所に捕まっているどころか整備された最先端の研究所でスヤスヤだったのだが、それは間違っても口に出すべきではない。千葉家が無駄足を踏んだ山中の廃棄施設も既に四葉の手によって工作が為されていた。恐らく芺がこの案を聞かされた時には既に工作が終わっていたと見ていいだろう。末恐ろしいものである。

警察の実証という完璧なアリバイを手に入れた芺。これで全く事情を知らない者はもとより、芺が行方不明になっていたと知っていた者達にも疑われる事はなくなった事だろう。彼自身、前者に関しては全く自信がなかったが。

 

「柳生家としては……言い辛いのだが……今は回せる人員が少ない。しばらくはバックアップチームの派遣に留め、実働部隊は芺一人に任せようと思う。千葉家の捜索隊にはもしもの場合、救援を依頼するやもしれぬ」

「そういう事なら引き受けましょう。あんな事件に巻き込まれながらも、事件の解決に乗り出そうとしてくれる若者を放ってはおけませんからね」

「重ね重ねご迷惑をおかけして申し訳ありません。どうかよろしくお願いします」

 

これが柳生家の出した結論だった。やはり今後の実働部隊を芺だけにするのは内部からも外部からも反発が酷くなると予測されたからだ。特に内部……彩芽達『相賀衆』からは今までにない勢いで反論された。その様子を見て、今後は実働部隊に必ず芺が同行するという条件で芺が折れたのだ。芺とて、残される者の気持ちを理解できるようになっていた。

 

「よし、では話し合いはこれくらいにしましょう。せっかく芺殿が戻ってきたのに暗い雰囲気では申し訳ない。どうです、夕飯を用意させているのですが……」

 

芺は鉄仙に判断を委ねるように目線を向ける。

 

「では、お言葉に甘えさせて頂こう。貴殿と剣術談話でもしたいものだ」

「はっはっは!私のような若輩者でもよければ、酒のつまみにもお相手しましょう」

 

既に吉田家には向かい、お礼と詫びを済ませていた鉄仙はありがたく好意に預かる事にした。しかし……

 

「父上、私は……」

「お前も食べていけ。今日くらいはいいだろう」

「せっかくですから。芺殿にも食べて行ってもらいたい。去年はウチのエリカが柳生家にお邪魔したようだし、そのお礼と思って」

 

捜査のことが気がかりだった芺は、寿和にそうまで言われてしまっては断る理由も無くなってしまっていた。彼自身もそう悪い気はしていなかったことはここに明記しておく。

それに気付いたのか今日は千葉家も捜査に実働部隊は出さないと教えてくれた。

 

「では、準備が出来るまで道場にでも来られますか。ウチの者も芺殿と会いたがっている奴らがいましてね」

「そういう事なら芺、行ってきなさい。最近身体も動かせてなかっただろう」

「はい!では、そのように。寿和殿、よろしくお願いします」

 

そう言って芺は寿和と稲垣に連れられて道場に向かう。鉄仙も稲垣に連れられて先に道場に向かった。芺は準備のため寿和に連れられて別室に向かう。

道着に着替えた芺は道場に向かう。その間寿和と他愛もない会話を交えながらだったが。ああいう厳格な場所でなければ、二人はいい兄貴分と弟分のような雰囲気になる。道場の扉の前でふと、思い出したかのように寿和が少し声の音量を上げた。

 

「そういえば」

「はい、何でしょう」

 

そう言って芺は悪戯っぽい笑みを浮かべる寿和の方を向く。そして……

 

「昨日の事は黙っててやるから安心しろよ〜?」

 

そうニヤケ顔で語った寿和は、目を見開く芺を見てしてやったり!といった表情をする。満足そうな笑みを浮かべた寿和は、芺には目もくれずに道場の門を開けた。

 

「その節は……大変申し訳ありませんでした……。ご挨拶差し上げようかとは思ったのですが……時間も時間ですし、私も服装が相応しくないものでしたので。父もいなかったものですから……すみません」

「ご挨拶はまだ早いんじゃないんか!?あーいや、いいんだ。若い者しか出来ない特権だからな、うん」

「……?」

 

首を傾げる芺。それもそうだ。芺はてっきり昨日千葉家に来たのにもかかわらず顔を出さなかったことを責められていると思っている。しかし、寿和はあんな夜中にエリカと時間を共にした事に対しての言葉だった。それも自分のコートを貸してやるという中々に()()()()()事をしていたため、寿和は面白がって言っていた。

そのため、とてつもなく申し訳なさそうにする芺にどこか引っ掛かりを覚えながらも声をかけることは無い。

誤解はそのまま、絶妙なすれ違いを果たした二人は道場に足を踏み入れた、

 

 

───

 

「なあっ!?」

 

相変わらずこの人はリアクションが大きいな、という感想を抱きながら対戦相手の懐に入り込み一閃──を寸止めした芺。

既に十人を超える人数と実戦形式の組手を行っていた芺だが、一向に息を切らす様子さえ見せない。最小の力で最大の威力を出すことを信条としている芺ではなければかなり怪しまれていただろう。事実、寿和や鉄仙には怪しまれているのではなく、単に驚かれている。

 

「まだまだ芺殿は元気だぞー!他に誰かいないの「こんのバカ兄貴ーーー!芺さん来てるなら言えってのー!」

「ぐおぉ!?」

「エリカお嬢!他家の当主様方がいる前で粗相はおやめください!」

 

道場の扉が勢いよく開け放たれたかと思えば、そこから飛び出してきた赤髪の少女が寿和に飛び膝蹴りをかました。その後ろからいわゆる『エリカ親衛隊』の何人かが顔を青ざめさせながら着いてくる。

 

「これは柳生家ご当主様、ご無礼を致しました……」

「……いや、元気なのは良い事だ。仲が良いのは素晴らしい」

 

親衛隊が鉄仙に平謝りしているのを尻目に、寿和をダウンさせたエリカは芺の元へ歩み寄ってくる。彼女もここの道着を着ており、得物も持っている事から準備は万端のようだ。

 

「てことで、ご飯前の最後の運動にどうです?」

「そうだな、受けて立とう」

 

エリカの乱入で騒がしくなっていた道場の雰囲気が、一気に凍り付く。その正体は芺から放たれるプレッシャー……視界に捉えなければそこにいるかどうか怪しくなる程の気配の無さと相反するように、人の本能的な部分に訴えかけてくる『圧』を感じた。

 

(また、強くなったか……)

 

エリカは一筋の汗を垂らしながら、不敵に笑う。自分の圧に屈さなかった事に満足したのか、芺もプレッシャーを解除して同じく構え……はしなかった。

構えのない……いわばノーガードの様な佇まい。しかし新陰流をよく知るものからすれば、それは極意の一つ──

 

「『無形の位』……去年の十月頃からこそこそと鍛錬していると思っていたが……フン、まだまだだな」

「まだまだですが、形にはなっているのでは?」

 

寿和がいつもとは違う真面目な調子で尋ねる。その様子はいつものおちゃらけたプレイボーイ風ではなく、正しく千葉家の統領を任された剣士の目だった。

 

「……正直驚いたのは認めよう。芺は剣の才能こそ無かったが……その努力を怠らぬ精神性だけはどんな剣士にも引けを取らぬと自負している」

 

新陰流には様々な『形』があり、その『形』を相手によって使い分ける事により、どんな相手に対しても有利に……否、負けないように立ち回ることが可能だ。それこそが新陰流が『不敗の剣技』と呼ばれる所以である。本来ならば不敗と言うのは“負けない”だけであり“勝てる”という意味は含まないのが一般的だが、新陰流は違う。

真の意味での『不敗』。新陰流を極めた過去の偉人達は文字通り『必勝の剣士』と呼ばれていた。

 

そしてそれは魔法により速度が増した剣術勝負においても同様である。芺の卓越した……いや、パラサイト化により処理速度であれば世界有数のレベルにまで達している芺の『新陰流剣術』は半ば強引にではあるが『無形の位』を成立させていた。

言い方を変えれば後出しジャンケンとも言い換える事の出来る剣技。相手の動きに対して特攻を取れる『形』を後出しで打つ。それが構えのない構え。『無形の位』の真骨頂である。

 

「……凄いですね、貴方の息子さん。あれは既に高校生の程度を優に超している」

 

寿和が、エリカに対して完全勝利を収めた芺を見てしみじみと語る。同じく芺を見る鉄仙の目はどこかもの哀しい瞳をしていた。

 

───

 

「もー!芺さんあれズルですってば!」

「なんだ、人様の剣技にケチをつけるのか。まだまだだな」

 

と、芺は抗議するエリカの前に置いてあった肉をひょいと取る。その限りなく無駄のない無駄なテクニックを見たエリカは“あー!”と取られてから気が付いた。

 

「昔から言っているだろう。何時いかなる時も気を抜くなとな」

「屁理屈!詭弁!これでイーブンです!」

 

そう言いながら芺の前に置いてある肉を取るエリカ。二人とも中々に騒がしかったが、芺の帰還おめでとう会という事で半ば宴会状態になっていたため、あまり目立たなかった。千葉家の者達も連日の捜査続きで披露が溜まっていたのかかなりのはっちゃけようだ。

その様子を上座に座る千葉家当主……丈一郎は複雑な面持ちで見ていた。エリカが大人しく食事の席に座ったことはいいが、その横には今日の客がいるからだ。

 

「すまぬな、鉄仙殿。うちのバカ娘が」

「気になさるな、丈一郎殿。ささ、一杯」

 

そう言って鉄仙は手土産として持ってきた上物の酒を注ぐ。

 

「では、貴殿も」

 

お互いに酒を注ぎあった所で二人はまた談笑を続けた。

 

「いやはや、改めて感謝を述べます。丈一郎殿。愚息がああして笑顔で食卓に並ぶことが出来たのも皆様の協力のお陰ですな」

「何を言うか。我々は結局しっぽも掴めなかった。脱出は偏に芺君の力によるもの」

 

そう言って二人はまた酒に手をつける。

 

「いやいや、千葉家の捜索があったからこそ吸血鬼は活動を停止していたのだ。その隙をウチの息子が運良く突いただけのこと、誠に感謝申し上げる」

「はっはっは。これでは千日手だ。ここは一つ、お互いの頑張りの賜物という事で手を打ちましょう」

 

「「はっはっは!では、乾杯」」

 

逆にその様子を肘をついて頬を膨らませながら見ていたエリカ。()()()()()にはあるまじき様だが、それを見ている者は余りいない。

 

「不満か?」

「別に……と言えば嘘になりますけど」

 

エリカはただでさえ千葉家で上手くいっていない。どこまで行っても彼女は()()()()なのだ。折り合いの悪い父親が自分を食卓の端に起きながら、芺の父親と楽しそうに会話しているのは少しばかり複雑なのかもしれない。

 

「色々思う事はあるだろうが……今は飯を食え。せっかくの飯が冷めるぞ」

「……はーい」

 

本来なら芺が座るべき席……鉄仙の横の空席を見つめていたエリカは目の前にあるまだ湯気を立てる美味しそうな夕飯に手を伸ばす。

 

(あんな奴と一緒じゃなくてどうせなら……って、何考えんだ私)

 

丈一郎の方を恨めしく睨み付けていたエリカは、無意識に芺の方に目線を向けると、我に返ったようにハッとした顔をする。

 

「どうした。俺の顔に何か付いているのか」

 

そんなよくあるセリフを吐く芺だが、残念ながら本当にソースを付けていたのは彼も予想外だろう。

それを聞いた芺は恥ずかしそうに拭くが、まだ取り切れていなかった。

 

「一応言っておきますけど、まだ付いてますよ」

「……どこだ。せっかくのソースなら無駄にしたくないのだが」

 

唇に舌を這わせながら自問する芺。聞いていた者は“そっちか”と総ツッコミをしている所だが、エリカはほとんど無意識的に……

 

「ここです。残念ながら無駄になりましたね」

 

顎の上の辺りに付着しているソースを拭き取る。それを見て千葉家の女連中が一斉にガッツポーズをしていたが、それにエリカが気付くことはなかった。

 

───

 

「……」

「どうした丈一郎殿。険しい顔をしておられるぞ」

 

半ば宴会状態の食卓で、上座に座る二人の当主。そのうち一人の目は自分と愛人の子を見詰めていた。

 

「いや、少し先の事を考えていただけだ」

「やはり『吸血鬼事件』ですか。少しでも解決に近づければよいのですが」

「……まあ、それもそうだ。その点については鉄仙殿にも引き続き協力して頂きたい」

「それはもちろん。しばらくは芺一人に任せることになりますがな」

「いやはや、百人力とはまさにその事でしょう。事件に巻き込まれた直後だと言うのに彼には負担をかける」

 

そう言いながら二人は客人でありながら下座の方に座る芺の方を見やる。もう既に食後のデザートのタイミングになったため、それもそこそこにエリカと談笑しているようだった。

 

「すみませんな、ウチのバカ娘の相手までさせてしまい……」

「いえいえ。愚息も楽しんでいるようですから。千葉家の皆さんにはうちの息子に暖かく接して頂いて感謝しておるのです」

 

芺は親しくしているとは言え、他所の家の者であることには変わりない。それも来る度に道場に現れては門徒をコテンパンにしていくのだが、それは招かれての事なのは彼らも理解している。加えて、どんな相手にも礼節を欠かさない芺の振る舞いに剣士としての憧れを抱く者までいた。

そんな事もあり、柳生家の者達は千葉家においてかなり歓迎されている。他の流派との手合わせは刺激としても経験としても上質なものでもあるのだろう。あまり手の内を明かしたがらない魔法師達にしては少々一般的とは言えないが、やはりまだ剣道家としての名残があるのかもしれない。

 

そんなこんなで宴会は終了を告げた。明るく煌びやかな一日から一転。明日は吸血鬼事件の捜査を再開しなければならない。

千葉、吉田、柳生家捜索隊。十文字、七草捜索隊。そして謎の第三勢力である『スターズ』。そして介入するのは司波達也というトラブルメーカー。どうやら一枚岩ではない勢力もいるようだ。

彼らの思惑がこの事件にどのような結末をもたらすのか。それを知る者は誰一人としていない。


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