魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第五十一話

一月二十八日──土曜日である今日も吸血鬼事件の捜索は行われていた。

 

もちろん芺も参加するため、今も準備の途中だった。今日はウツギではなく柳生芺として出向く。そのため、服装もいつもとは違う機能的なブルゾンだった。中山服のように四つのポケットが着いたアウターの下には耐刃・耐熱効果のあるインナー。そのまた下には同じような性能の鎧下を着けていた。

装備はいつも通りの伸縮刀剣型CADに篭手型、拳銃型デバイス二丁といった具合だった。

 

「では、バックアップを頼む」

「はっ!不肖彩芽、精一杯務めさせていただきます!」

 

彩芽を筆頭とする『相賀衆』が芺を送り出す。彩芽の表情は“本当は行って欲しくない”という心情が見え見えだったが、それを抑えながら懸命に送り出そうとしているのがまた健気だった。

 

「若様……どうか、ご無理だけはしないでください。いつも若様が私達を気にかけてくださるように……我々も若様の事を気にかけているのです」

「ああ、肝に銘じておく。心配するな、二度と同じ轍は踏まない」

「そのお言葉、信じます。では、お気を付けて」

 

彩芽に向かって力強く頷いた芺は、停めておいたバイクに跨り直ぐに出発した。

今日は同乗者もいないため、可能な限りのハイスピードでバイクを走らせる。既に芺は活性化したパラサイトの居場所を察知していた。

大型二輪を駆る芺は、二十世紀初頭頃から流行りを見せたワイヤレスイヤホン型の通信機から連絡を受ける。

 

「達也です。現在アンジー・シリウスと思しき魔法師とパラサイト一体が交戦中。増援の接近も見られますので、行動に移ります」

「了解、もう数秒足らずで到着する。無茶はするなよ」

 

アンジー・シリウス……戦略級魔法師と思しき存在の対処を達也に一任する芺。芺とて達也の全貌を知る訳では無いが、何故かあの男が倒される姿など想像出来なかった。

塀に身を隠す達也自身も、相手が誰であれ負けるつもりは毛頭ない。家で自分の帰りを待つ妹を一人にすることは出来ない。

 

(増援が来るまで数秒と言った所か、後は運だな)

 

いくら達也とて目の前の仮面の魔法師を相手取りながらパラサイトにも目を向け、さらに『スターズ』の兵士達まで対処する事はさすがに無理がある。もちろん()()()になれば全員文字通り塵にする事も不可能ではないが、諸々の理由でそれは憚られた。

 

交戦中の白覆面(パラサイト)とアンジー・シリウスの間に割って入り、パラサイトに信号弾付きの弾を打ち込んだ達也は、この広場に近付く多数の足音を感知した。恐らく『スターズ』の増援の到着だ。

 

そして同時に、達也の救援を知らせる自動二輪のエンジン音も彼の耳に入ったのだった。

 

───

 

「彩芽、吸血鬼と敵対魔法師と交戦中の()()()を発見した。これより保護と鎮圧行動に移る」

「民間人ですか!?わかりました、ご無理だけはなさらずに……!」

「了解──!」

 

芺はバイクに『慣性中和術式』をかけながら飛び降り、目の前の警官に()()()魔法師に声をかける……つもりだったが、向こうから声を掛けてきた。確かにバイクから飛び下りた挙句、そのバイクは綺麗に路上駐車中だ。恐らく路駐と危険走行でOUTだが、真っ当な警察官でなくて助かった。

 

「待て!そ、そこの君!何をしてるんだ!」

「目の前で行われている不当な魔法戦闘行為を諌めようと」

「それは我々の管轄だ!まず君には路上駐車と危険走行……いや、見逃してあげるから早く逃げなさい!」

 

芺は適当に話しを合わせながら周りの気配を探る。『眼』も併用した結果、目の前の四人を合わせて四方に四人ずつが潜んでいる。魔法的な偽装を施しているせいで逆によく目に付いた。

 

(このままこいつらを引き付けていてもいいが……達也君に援護射撃の一発でも撃っておくか)

 

芺は腕を横に広げて指をパチンと鳴らす。相撲で言う『猫騙し』に意識を奪われた警察官(偽)達は一瞬ではあるが、その簡易的な視線誘導(ミスディレクション)により思考と行動に淀みを生じさせた。

その隙を狙って飛び上がった芺は腰のベルトにマウントしておいたナイフを二本抜き、視界の奥で戦闘中のシリウスに向かって『舞踊剣』を乗せて投げ付けた。

 

「キサ……ぐぉっ!」

 

いち早く反応した警察官に『重力制御魔法』を発動しながら軽やかに飛び上がった芺は、重力に従って下りながら踵落としを浴びせ、おまけに挑発するように言い放つ。

 

「確かこれは『だんしんぐぶれいず』だったか?お巡りさん」

 

残り三人のUSNA軍兵士は、突如現れた思わぬ邪魔者に対応する羽目になってしまった。

 

───

 

達也はシリウスに決定打を打てないでいた。恐らく『パレード』と思しき偽装魔法。達也の『眼』でもってしても照準不可能なその仮面の魔法師に翻弄されていた。

ただでさえ素早く動くのに加えて、幻影まで使われては少々手詰まりだった。達也は咄嗟に二つの対処法に辿り着き、試してはいるが今の所上手くいっていない。幻影を破壊しても次の達也の攻撃より早く、新しい幻影が出来上がってしまうのだ。もう一つは五感に頼らずイデアにおける本体の座標を割り出しての攻撃だが、これも一種の賭けになってしまう。

 

しかし

 

「!!」

 

双方の死角から突如飛来した二本のナイフ。間違いなくシリウスを狙って放たれた凶刃に、彼女は二択を迫られた。

一つは幻影を使っての回避。だがそれでは恐らくタツヤにその隙を突かれる。

もう一つは飛来するナイフを魔法で叩き落とす。世界最高峰の魔法力を持つ彼女ならそれが可能だった。しかしそれでも結局タツヤから一瞬意識を逸らす事になる。しかし距離が離れた今なら……とシリウスは後者の選択を取った。

 

彼女の誤算は達也の身体技術だろう。いわゆる『縮地』と称されるその体術を達也はかなりのレベルで習得していた。ただでさえ九重八雲の元で体術を学んでいた……否、八雲と組手で競い合っていた彼は、柳生芺という八雲に匹敵する体術の使い手から『詰め方』において鞭撻を受けた事がある。

 

達也はシリウスの防護障壁を分解。さらに幻影を分解。そしてシリウスの予測を超える速度で詰め寄り、彼女を文字通り捕らえた。

 

───

 

少し時は遡る。総隊長への攻撃を許した挙句に合流まで阻害された『スターズ』の兵士三人は、目の前の子供に襲い掛かった。大人気ないとは自覚しているが、明確な敵対行動を取ってきた以上見逃す訳にはいかない。

芺から殆ど兆候無しに魔法が発動される。しかしその魔法は兵士たちには何の効果も与えなかった。芺と兵士の会話を傍観していた男は怯まずに襲い掛かる。最初の内に強引な手段に訴えるべきだったと後悔していた男は……そう考える間もなく地に叩き伏せられた。

仮にも軍隊で──それも『スターズ』で訓練を積んできた立派な兵士が真っ向から伸された事実に、残りの二人は遅すぎるきらいはあるものの気を引き締めた。

 

少年の武装は今の所両腕の篭手と、太股にチラつく鋭い得物のみだ。見たところ短刀程度のリーチしかないが、十分に脅威である。二人の兵士はナイフを取り出して『分子ディバイダー』を起動させた。

それに対して芺は身体に想子を纏わせる。彼と対峙する二人の兵士にはただそれだけに見えただろう。だが仮に達也が芺の姿を精霊の眼(エレメンタル・サイト)を通して見れば、また違った感想を抱くはずだった。

想子(サイオン)が流れているのは身体という漠然とした対象ではない。今、芺は皮膚上に身体中を駆け巡る血液をイメージして想子を流していた。循環する想子は芺の()()に従って体を動かす。同時にその循環する想子は芺を守る堅牢な鎧となる。

この魔法と言うよりテクニックや魔法技術に近い妙技を、芺は一度目にしていた。横浜事変における対呂 剛虎戦。その時に彼が使用していた魔法を自己流にアレンジしたもの。パラサイト化によって向上した想子感受性をフルに活用し、想子を知覚し、操る。

 

(沢木の『空気甲冑(エア・アーマー)』に倣って『想子甲冑(サイオン・アーマー)』とでもしておくか)

 

呂 剛虎の『鋼気功(ガンシゴン)』と同等の性質を持つ防御魔法を展開した芺。ネーミングセンスはともかく……傍から見れば活性化した『エイドス・スキン』にしか見えないそれに向かって、二人は問答無用で『分子ディバイダー』を振り下ろした。

肩と腹に向かって繰り出されたそれを、一切合切通さない芺の鎧。これを破るには相応の干渉力を必要されるが、芺の干渉力を破る者自体が稀有である。芺はあの『四葉』の血統。無為な勘ぐりを避ける為に無意識的にセーブしている干渉力を解放すれば、もちろんその魔法力は十師族に並ぶのだから。

 

殺害していいのか考えるのが面倒だった芺は、得物を持つ二人を純粋な肉弾戦で地に伏せる事にした。

腹を狙って突き出された腕を掴み取り、引き寄せる過程で腹に膝蹴りをお見舞する。それだけで大きな隙を晒した男をCAD無しで放った『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』で地面に寝かし(叩き)つけた芺は、次なる目標に目を向けた。

既に体勢を整えた屈強な兵士は卓越したナイフ捌きで斬り掛かるが、残念ながら得物を持つ敵を素手の状態で相手取るスキルは芺の十八番である。

振り下ろされるナイフの間合いの内側に『縮地』で入り込み、その腕を握り潰さんといった勢いで鷲掴みにする。芺の体格からは想像の出来ない膂力と痛みに顔を歪ませた兵士は、次いで放たれた鳩尾への肘打ちによる衝撃と激痛により意識を手放した。

 

そして……

 

「キャアアアアアアアア!!!」

 

と、耳をつんざく悲鳴が聞こえる。そちらに目をやると、どうやら達也がシリウスを捉えて組み伏せたようだった。見ようによっては美男美女のかなりロマンチックな絵面だったが、この耳目に耐えない悲鳴と態度のせいで達也はかなり白けた様子。そして先程までいた仮面の魔法師はおらず、芺も見た事のある金髪碧眼の美少女がそこにはいた。どうやらアンジェリーナ・クドウ・シールズが『十三使徒』アンジー・シリウスであるという達也の推測は間違っていなかったようだ。

 

「アクティベイト!『ダンシング・ブレイズ』!」

 

押さえつけられた挙句に手袋型のCADも達也に看破されたリーナは、音声認識型の武装デバイスで達也にナイフを向ける。四方から達也目掛けて飛来するナイフ。芺はすぐ様対処しようとしたが、目の前の男にそんな援護は不要だった。

達也の背中に迫った四本の刃は、突き刺さる直前に『分解』された。

 

「達也君、怪我はないか」

「ええ、ナイスアシストでした。あのままでは自爆攻撃に出るところでしたから」

 

芺は達也の元へ歩み寄る。既にリーナに着いていた仮面は二つの意味で取り払われ、達也の下には金髪碧眼の美少女がいるのみだ。正体をもう誤魔化せなくなったリーナは強い口調で言い放った、

 

「アザミさんまで……!二人とも後悔するわよ!」

「捕らえたはずのパラサイトに逃げられた時点で十分後悔している」

「……失策だったな。てっきりスターズが張り込んでいるから安心していたが……総隊長の危機となれば止むを得んか」

 

芺は戦闘中にパラサイトが逃げ出しているのを察知していた。しかし周りには警察官に扮したスターズがいるため、彼らに捕縛を押し付けるつもりだった。そのために初めの方に圧縮した空気弾をパラサイトに放って場所を教えたつもりだったのだが……あいにく芺の思い通りには動いてくれなかったようだ。

 

「どうする?今なら追いつけない事もないが……」

「それには少し手間がかかりそうですね」

 

 

 

「お前達!両手を上げてCADを地面に置け!」

 

と、傍から見れば金髪の女子高生を後ろ手に拘束する達也と、大の大人四人に殴る蹴るの暴行を働いた芺を囲むように警察官が出てくる。拳銃を構えながらも冷や汗を流しているのはどう考えても計画の破綻からくる焦りだ。そして銃を向けられた両名は顔を見合わせる。刹那、達也は捕らえたリーナを押し出して警察官の行動を阻害し、その隙に飛び上がる。警察官の肩に片足を落ち着けた達也はサッカーのキックを彷彿とさせるモーションで首をへし折る容赦ない蹴りを放った。

同時に芺の後ろから銃を突きつける警察官──に扮したUSNAの兵士も、急激に姿勢を屈めた芺に足払いを受ける。前に向かって歩いていた兵士は前のめりに倒れ、起き上がる前に拳銃を持つ腕を踏み抜かれた。

 

「なっ……二人とも!本物の警察官だったらどうするつもりよ!」

「そろそろ茶番はやめてもらいたい、アンジー・シリウス。君に協力している以上、本物だろうが偽物だろうが同様に処理せざるを得ない」

「その通りだ。警官の扮装程度で怖気付くと思っているなら大間違いだ。我々日本の魔法師の覚悟を甘く見ないでもらおうか」

 

芺の言葉に同調して達也は鋭い目付きでリーナを睨む。芺は心中で“少しは怖がってくれ”と願っていたが、達也に限ってそれはないだろう。

 

二人の覚悟に気圧されたのか、リーナは頭を下げる。

 

「……これは失礼致しました。確かに見くびっていましたね。同じ魔法師として謝罪します。ワタシUSNA軍の参謀本部 魔法師部隊『スターズ』総隊長──アンジェリーナ・シリウス少佐。アンジー・シリウスというのは先程の変装時に使う名前です。さて──」

 

淡々と語るリーナに、警察官に扮した兵士が拳銃を手渡す。恐らく特化型のデバイスだろう。

 

「ワタシの素顔と正体を知った以上、スターズは貴方達を抹殺しなければなりません」

 

その言葉に芺の眉がピクリと動く。

 

「仮面のままであればいくらでも誤魔化しようはあったのに……残念です。本当に残念ですよ、二人とも。貴方達の事は一目置いていたんですけどね。……さような──」

 

“さようなら”と言いながら拳銃を構えたリーナの言葉が途切れる。一本の鋭利なナイフが頬を掠めたのだ。鮮やかな血がリーナの白い肌から滴る。リーナは全くそれに反応出来なかった。芺の事を忘れていた訳では無い。むしろあのカノープスを重傷に追い込んだ彼は達也と同等レベルの警戒対象だ。にもかかわらず誰も対応することが出来なかった。

全員の認識から一瞬だけ抜け落ちたような──それは別にしても、本来ならばその敵対行動に対しスターズの面々はすぐさまナイフを投げた男に攻撃を仕掛けるべきだった。追撃の様子が無いとはいえ、野放しにして良いものではない。だが、彼らは動けなかった。本能に訴えかける恐怖が、彼らを地面に縛り付けていた。リーナ自身も震える身体を抑え込み、平常に見せかけるのに精一杯だった。

 

「お前は今、抹殺の対象に達也君を含めたな?」

 

達也は芺から何らかの魔法の発動を感知していた。発動の兆候はなかったものの、発動しているのは『精神干渉系』の類だということは分かる。

 

(やはり使えたか──にしても……リーナは芺さんの逆鱗に触れたな?)

 

芺から迸る魔法はリーナ達を捉え、逃がさないでいた。兵士の何人か……リーナを含めて顔を青ざめさせている者もいる。どんな魔法を使ったのかは不明だったが、ある程度予測は着いた。

 

(『マンドレイク』か……?にしては出力が弱いような気がするが……)

 

達也が一秒に満たない時間の中で考察している中、リーナは心中で豹変した芺に恐怖を抑えきれないでいた。目の前の芺に、高校で言葉を交わした芺の面影は全く無かったからだ。

 

(怖い……ワタシが恐怖を感じているの?ただの剣術家に?でも、何を考えても、どう抗っても『死』のイメージしか湧かない……一体……この人は──何者なの?)

 

「質問は無視か?アンジェリーナ・シリウス。お前がどのような立場であれ、俺の仲間を害するというのなら──俺はお前を許しはしない」

 

そう淀みなく紡がれる言葉が、虚偽の類ではない本気であるという事は否が応でも察せられた。このキレっぷりにはさすがの達也も驚いたが、もし深雪にリーナが同じセリフを吐いていたら……と考えるとそれも納得する事が出来た。

そして噂をすれば何とやら──そこに新たなプレイヤーが現れる。

 

「芺さんの言う通り。そんな事はさせないわよ、リーナ」

 

芺の静かに──されど猛々しく燃え盛る怒りとは対照的な、逆らう者全てを凍てつかせるような意気を含んだ氷雪の乙女の言葉が耳に飛び込んでくる。

 

「深雪!?」

「……っ!」

 

芺だけでも許容範囲ギリギリだったのにもかかわらず、殺気満々の深雪が現れたことで限界を突破したスターズの兵士達は目の前の脅威の排除に動いた。皆が深雪に意識を持っていかれたタイミングは好機だったと言えるだろう。

芺に襲い掛かる二人の兵士。芺の手元には伸縮刀剣型のCAD。何らかの魔法を発動した芺は、その場から動かずに手に持った凶器で虚空を横薙ぎにした。

威嚇か──と首から血を噴出させて崩れ落ちた二人以外は勘違いした事だろう。現に芺は襲い掛かってくる兵士に向けて剣を薙いだだけだ。だが、それが齎した結果は兵士の絶命。それは倒れた兵士の裂けた首からドクドクと溢れ出ている大量の血液から察する事が出来るだろう。

 

(今のは何だ?全く起動式は見えなかったが……CAD無しで発動したのか。芺さんが剣を振るった瞬間、スターズの兵士の首が裂けた。『圧し斬り』の飛刃という可能性もあるが……これ以上の考察は現時点では無意味だな)

 

この先芺を可能な限り怒らせない方向で接する事を決めた達也は一旦思考を打ち切る。もし剣を振るだけで直線上の対象に斬撃を浴びせる等といったバカげた魔法であれば困る事この上ないが、必ずタネはある。しかしそれを調べるには余りにも刹那的過ぎた。その上、恐らく芺に『眼』を向けると彼にも気付かれる可能性が高いため、そうおいそれと精霊の眼(エレメンタル・サイト)は向けれなかった。

残りの二人はというと、深雪の魔法で足元を凍らされ……その隙に闇から音もなく忍び寄っていた『忍び』に昏倒させられていた。

 

「発言を撤回しないと言うならば、次はお前だ。アンジェリーナ・シリウス」

「いやぁ、怖い怖い。芺君、あまり少女を一方的に恫喝するものじゃないよ。それに、相手を考えなさい」

「芺さん、俺は大丈夫ですから……リーナには訊きたい事があります」

 

方法は二極的だが、双方芺を落ち着かせようとする達也と何故かここにいる九重八雲。八雲の方は完全無視だったが、当の達也の言葉は剣を収めるに足りたようだ。それと同時にリーナは殺気から開放される。纏わりついていた『死』の気配は芺から放たれていたと改めて確認した。ただの剣術家の出──そう侮っていた自分は浅慮だったという事実を叩き付けられた気分だった。

 

「お兄様、申し訳ありません……言いつけを守らずに出しゃばった真似をしてしまいました。お許しください、お兄様」

「いや、危ない状況だったのは確かだ。助けに来てくれて嬉しかったよ。深雪、ありがとう」

「お兄様……もったいないお言葉です……」

 

深雪を気遣って多少なりとも嘘をつく達也。かなり凄惨な現場にもかかわらずこの姉妹は通常運転だった。

 

「それに訊きたいことはこれから聞けばいいだけだしな」

「力ずくで尋問するつもり?四対一なんてずるいじゃない。アンフェアよ」

「アンフェアって……貴方達何人でお兄様方を取り囲んでいたのよ」

「まあそう言うな。アンフェアという言葉は自分が不利な状況にある時に相手から譲歩を引き出す方便だ」

「方便ですって!?」

 

”本気にしたら負けだ”と付け足す達也。深雪も兄の言葉を信じて疑わない。その様子に八雲は笑いを堪えていた。達也はフッと口元を緩ませる。

 

「……何がおかしいの?」

「いや、尋問したところでリーナは意固地になって口を割らないだろうと思ってね」

「そこはせめて『意地』と言って!」

「そろそろ他のグループも駆けつけてきそうだし……」

「ちょっと!ワタシの言うこと聞いてる!?」

 

お互いに銃と拳銃を向けあっており、周りに死体や昏倒した兵士が転がっているにもかかわらず、彼らを取り巻く雰囲気は高校での日常風景を彷彿させるものだった。

すっかり気が抜けてしまった芺にマフラーをつけた坊主が肩を組んでくる。ニヤニヤしているその顔を見て芺は思わずため息を吐いた。その間もリーナから『視線』を外すことはなかったが。

 

「リーナ、フェアに取引といこう。一対一で勝負しようじゃないか」

「たつ……」

 

呼び止めようとした芺を八雲が手で制す。一瞬突き刺されるような錯覚を覚えた八雲だが、少し目を見開いて芺を見るとその時には大人しく引き下がっていた。

 

「君が勝ったら今日のところは見逃すことにする。その代わり俺が勝ったら訊かれたことに正直に答える。これでどうだ?」

「……いいわ」

 

リーナは渋々と言った様子でその申し出を承諾する。しかしそれとは対照的に大きな声でその取り決めに待ったを掛けるものがいた。

 

「待ってください!お兄様、リーナとの勝負は私にお任せ頂けないでしょうか!」

「ミユキ、貴女何を……!」

 

芺はそろそろ胃痛が痛くなる頃合いだった。ふと八雲からの視線を感じて睨み返した時には既に視線を外されていた。明らかに肩で笑っていたが。

 

「……リーナ、覚えておきなさい。私はお兄様を傷付けようとする者を決して許さない。貴女は私の友人だけど、お兄様を殺そうとした事は断じて許せることではないわ。貴女には私の手でその罪を思い知らせてあげる。安心なさい──殺しはしないから」

「……フーン、ミユキ貴女、ワタシに勝てると思ってるの?シリウスの名を与えられたこのワタシに」

 

芺の醸し出す恐怖から開放されたと思えば、次は深雪からの殺気が飛んできた。しかし深雪に対してはまだ対抗のしようがある……と、心のどこかで思っているのかまだ余裕を見せるリーナ。彼女の言う通りシリウスの名には大きな意味があるのだ。付随するプライドも実力もUSNAで随一だろう。

 

「いいのか、達也君」

「ええ、深雪が消耗したリーナに敗北するとは思えません。策はあります」

「場合によっては止めるぞ」

「それは俺も同じ考えです」

 

深雪の思いには全面的に同意している芺だが、深雪が心配でもあった。目の前の戦略級魔法師はそう呼ばれるに足りるだけの実力や、軍人としての実戦経験もある。深雪の実力を疑っている訳では無いが、()()で勝てるのか気がかりであった。もし深雪に傷が付くような事があれば達也が黙っていない。

落ち着きを取り戻した芺は自分の事を棚上げしながら、万が一の構想をしていた。

 

「……では、深雪とリーナの二人に勝負をしてもらう」

 

その決定を告げる達也。渋々ながら芺も決戦上である河川敷に向かう。バイクで出発した司波兄妹と、九島家の秘伝──『仮装行列(パレード)』──の流出を防ぐベく釘を刺しに来た八雲の車に乗るリーナを追って、芺も最近は出番の多い大型二輪のアクセルを開いた。


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