魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第五十三話

リーナと深雪の決闘。そして捜索隊の結集が済んだ後日のある日の昼休み──芺は服部や沢木らと昼飯を共にしていた。そんな中、芺の鋭敏な感覚が招かれざる客の来訪を察知する。

 

(この気配……何故ここに『吸血鬼(パラサイト)』が……!)

 

「ん?どうした芺」

「いや、すまん。先生からの呼び出しだ」

 

そう言いながら芺は弁当を片付ける。ちなみに彩芽のお手製だ。その様子を見た沢木はどういう訳か芺の片付けを手伝い始めた。

 

「芺君。僕が教室に届けておくから行くといい。何やらお急ぎのようだからね」

「……助かる。あずさにでも渡しておいてくれ。悪いが、またな」

 

芺は何か言いたげな服部を残してそそくさとその場から立ち去った。服部は気付いていないようだが、沢木は芺の一瞬放った闘気を逃さなかった。この高校の中で芺と殴りあった(直訳)回数が一番多い沢木だからこそ気が付くことが出来たのだ。

やんごとなき事情があると察した沢木は芺をいつも通りの笑顔で送り出した。

 

 

そして『魔』の気配を察知したのは芺だけではなかった。いつも通り上機嫌で幹比古を弄っていたエリカ。達也にパシられた(意訳)幹比古。そして……

 

「痛っ……!」

 

類まれなる霊視力を持つ美月だった。

───

 

芺は人目のない場所で真由美に連絡を取る。先日の達也に呼び出されたメンバーでの会談で真由美は情報関係の統括。実働部隊は十文字克人を筆頭に組織されることになった。そのお陰で柳生家は事情を慮られ実働隊から除外されており、後衛部隊として七草と協力する運びとなっていた。しかしながら芺だけは実働隊に配属され、柳生家内部からの反発は十師族『十文字』代表代理からの一言と、芺からの“他の家から頂いた恩に可能な限り報いたい”という意志を尊重した形で非常に渋々ではあるが合意となった。

その役割分担に従って芺から連絡を受けた真由美は急いでオペレーター席に着く。

 

「どうしたの?芺君」

「パラサイトが出現しました。既に校内に侵入されています」

「わかっ……ええ!?ちょっと待って……。……どうやら本当のようね、すぐに皆を呼ぶわ!」

「恐らく校門にいますので、迎撃に入ります」

「ダメ。達也君や十文字君が来るまで待ちなさい。……パラサイトが一人でどうこう出来る相手では無い事はあなたが一番よくわかっているはずよ」

「……了解。接近した後、待機します」

 

芺は“もう既にパラサイトに対する弱点は克服した”とは言えず、大人しく真由美の言葉に従う。事実として芺がここでパラサイトを蹴散らしても色々と怪しまれるだけだ。芺は校門付近に潜伏することにした。どうやらパラサイトは大学からの機器の搬入するトラックの中に潜んでいたようだ。

様子を伺う芺に援軍が到着……する前に別の人物がそこに現れた。

 

(なぜリーナさんがここに……まさかパラサイトと内通しているとでも言うのか?いや、そんなはずは……)

 

リーナ……アンジー・シリウスともあろう者がパラサイトと内通しているとは考えにくい。事実として現在までの状況の中でシリウスはパラサイトと敵対していた。そして何よりリーナは昨日の決闘の後の尋問でパラサイトを捕縛するために動いており、同時に身内にパラサイトがいる可能性が高いとも言っていた。

もしも彼女らが共謀関係になくただの知り合いだと言うならば、同僚のパラサイト化に気付けないほどパラサイトが周囲に溶け込んでいるということになる。それはそれで恐ろしかった。

 

「戦況はどうだ?柳生」

「十文字先輩。恐らくリーナさんと話している女性がパラサイトです」

 

いきなり話しかけてきた十文字に驚くことも無く淡々と事実を告げる芺。見る限りリーナとそのパラサイトと思しき女性は知り合いのように見えた。リーナの方は何かを必死に訴えているようにも見える。

十文字の後ろからエリカに幹比古、美月といった面々が続々と登場する。そして芺の眼には反対側に身を潜める達也と深雪の姿が見えた。どうやら布陣は整ったようだ。特筆するとすれば美月からの視線の方がこの現状では懸念事項だった。

 

「芺さんの言う通り……彼女がパラサイトで間違いありません。普通の魔法師であれば認識できない精霊に忌避を示しています」

 

幹比古が放った精霊に反応を示したことから芺の発言の裏付けが取れた。十文字は腕を組んだまま芺の方に目を向ける。

 

「柳生。パラサイトとの戦闘経験の豊富なお前に意見を聞きたい」

「……リーナさんには後で話を聞かねばならないでしょうが、とりあえずはパラサイトを行動不能にしたいと思います。俺とエリカでどうにか動きを止めれば深雪さんが氷漬けにしてくれるでしょう。ミキ……比古君には騒ぎにならないような結界と柴田さんの防御を。十文字先輩にはパラサイト……そしてもし妨害してくるようであればリーナからの攻撃を防いでいただければと思います。イレギュラーに対してはこちらのイレギュラー(達也)で対応しましょう」

「わかった。異論はないな」

 

十文字は周りの下級生達に意見を聞く。異論が無いことを各々が確認し、それを持って幹比古が印を結んだ。

 

「分かりました。行きます!」

 

幹比古が声を発すると同時に六枚の呪符が六角形を紡ぎ出した。それにより六角形の範囲内のトラックやリーナ達の姿と音は外からは認識できなくなる。

 

「幹比古の結界か、いい腕前だ。視覚と聴覚の遮断結界……実体の移動を阻止する効果は……ないな。七草先輩、司波です。実験棟資材搬入口付近の監視装置のレコーダーをオフにしてください」

 

結界の発動に気付いた対岸の達也達も動き出す。当然芺達も既にパラサイトに肉薄していた。それにいち早く気付いたのはリーナだった。

 

「危ない!……何をするの──エリカ!」

 

エリカの鋭い一撃をリーナに突き飛ばされる事により間一髪で避けたパラサイト。言葉を発することも出来ずに尻餅をついている。

 

「観念しなさい」

 

どうやら反撃の様子はなく逃げ出そうとしているようだ。そして間髪入れずに追撃に入るエリカに向かってリーナは咄嗟に対象を吹き飛ばす魔法を選択した。しかしその魔法はあえなく十文字の障壁に防がれる。そして間もなくエリカの刃がパラサイトを捉えた。

 

「……え?」

 

リーナの口から気の抜けた声が漏れる。あろう事か彼女の同僚……ミカエラ・ホンゴウがエリカの刃を素手で受け止めたのだ。突然襲われた事にも理解が追いついていなかった彼女は、そのタイミングでやっと同居人であるシルヴィの空気を振動させて会話を伝える魔法を通じて真実を聞く。

 

(リーナ!聞こえますか!例の白覆面の正体がわかりました。……ミアだったんです。白覆面の正体は、ミカエラ・ホンゴウです)

 

「……ミア。貴方が白覆面だったんですか」

 

その言葉に振り向いたミアことミカエラ・ホンゴウの眼は、もはや人の持つそれではなかった。その間にも武装デバイスを片手に突撃するエリカ。それに対してミカエラ・ホンゴウは先程と同じように素手で防ごうとした。それに対してエリカはニヤリと笑い、急停止した。

 

「よくやった、エリカ」

 

ミカエラ・ホンゴウを捉えたのは死角からの一閃。黒く点滅する力場に覆われた芺の伸縮刀剣がパラサイトの片脚を斬り裂いた。神経も筋肉も骨をも直接割断され、無残にも鮮血を迸らせたパラサイトは敵意と恨みの篭もった目線で芺を睨み付ける。そしてパラサイトが何か行動を起こすより早く、辺りが急激に冷気に埋め尽くされた。パラサイトはそのままの格好で美しい氷の彫像と化した。

 

「あっけない幕引きだったわね、深雪」

「やはり力を合わせれば捕縛も容易か」

「……そーですね 」

 

今まで足を引っ張りあっていた千葉家達と十師族達。彼らが力を合わせた瞬間この様だ。芺の諦観混じりの独り言にエリカも同意せざるを得なかった。あのパラサイトでさえも問答無用で氷漬けにする深雪の魔法力に舌を巻いていたところで、皆がリーナに詰め寄る。パラサイトと知り合いであるならばこれも仕方ないだろう。方やリーナは手の空いているソルジャーを呼び、荒っぽい脱出を画策していた。

 

「他の資材搬入に来た人達は?彼らはワタシ達の素性を知らないただの民間人よ……殺したの?」

「人聞きの悪いことを。少し眠ってもらっただけだ」

 

「こいつはどうされますか。柳生家が預かっても構いませんが」

 

芺はリーナを視界に入れることなくパラサイトを見て至極真面目な調子で語る。その実四葉の研究機関に回すつもりだった。納得したのかエリカもそれに同意する。しかし

 

「いや、ここは十師族として俺が預かろう。得た情報は恙無く全員に共有する。都内を騒がす吸血鬼事件の犯人を預かる責任を柳生家に負わせる訳にもいかん……構わんな?」

「……自分としては異論はありません」

「我々も情報さえ頂けるのでしたら問題ありません。お願いします」

 

達也もそれに同意する。どこかエリカは納得がいっていない雰囲気だったが、口に出す程のものでもないようだった。

 

 

 

 

 

予兆に気が付いたのは幹比古と芺だけだった。

 

「危ない!」

「総員回避!!」

 

咄嗟のことで具体的な指示ができなかった芺だが、それに一々突っ込むものはおらず、その疑問はどこからともなく空中から放たれた雷撃に掻き消された。十文字が全員を障壁で守り、達也が雷撃を放つ魔法式を解体する。

 

 

それとは別にミカエラ・ホンゴウ……パラサイトを包囲する面々の耳にパチパチっという何かが弾けるような音が聞こえた。そしてどうやらその音は氷漬けになったパラサイトから放たれているようだった。

 

「まさか……」

「自爆!?」

「全員離れろ!」

 

咄嗟に達也は深雪に覆い被さるようにして爆風の影響を受けないように回避する。芺も近くにいたエリカを庇い、目の前に障壁を築き上げた。そこには芺があの日──辛酸を舐めさせられたあの日に見たパラサイトと同質のモノがいた。芺の眼に映るは妖艶にも見える触手を伸ばす不定形の物体。それは達也の目にも映っていた。

 

(術者の姿は少なくとも……視える範囲にはいない。あれは……霊子(プシオン)の塊。あれがパラサイトか!)

 

肉体を爆散させたパラサイトは空中から全員に向かって電撃の雨を浴びせる。パラサイトの全容を把握する芺にとっては回避も容易だったが、それ以外の人物にとっては至近距離から発せられる電撃に対応が遅れていた。

 

(肉体を封じても無意味だったか……浅はかだった。彼らの前で大っぴらに精神干渉を使うのは憚られるが……まずは『定着』させられるか試す他あるまい)

 

芺はパラサイトは本来普通の魔法師には認識が難しいが、一度強烈に認識されれば物質的かつ情報的にも認識が容易になる事を真夜から聞いていた。芺にパラサイトを同化させる際に取れたデータらしく信憑性は十分だった。

芺は視界を情報次元にまで拡げる。芺の双眸は先程ミカエラ・ホンゴウがエリカの刃を素手で受け止めた際に垣間見せた眼とどこか似ていたが、それに気付くものはここにはいない。芺は自らに備わった異能……精霊の眼(エレメンタル・サイト)もどき改め『霊魂の眼(ソウル・サイト)』を通して見えるパラサイトの攻撃を全て捌き切っていた。特に実体を持たない敵を相手取るスキルを持たないエリカを援護する。

 

「エリカ、可能な限り俺から離れるな」

「……はい」

 

悔しさを滲ませた声でそれに応じるエリカ。芺は『霊魂の眼(ソウル・サイト)』を通して見えるパラサイトの触腕を干渉力を持たせた刃で叩き斬りながら隙を伺っていた。霊視力のコントロールを無意識的に抑える事に関しては無意識下で行ってきた。しかし逆に霊視力を意識的に高める事は芺にとってはまだ慣れておらず、そのためにはある程度集中せねばならなかった。

パラサイトと同化した事で更に増した霊視力でさえ、ただ視る事だけでは物質次元に刻み付ける程までは叶わなかった。

 

(芺さんはまさか敵が視えているのか……?いや、それよりパラサイトは逃げようと思えば逃げれる状況なのになぜ逃げないんだ……?)

 

その疑問に行き着いたのは幹比古だけではなかった。達也と十文字も同じような疑問に行き当たっていた。

 

「……司波、どう思う?」

「どうやら我々をこの場に留めたい理由があるようですね。少なくとも俺には拘束する手段がありません」

「そもそもどこにいるのかわからん……柳生が狙われているな……あいつは何をしている」

 

傍から見れば虚空を剣で斬り裂いている芺。十文字の疑問も頷ける。

 

「柳生!敵が見えるのか!」

「……はい!ですが!」

 

芺は何か別の事に集中しているのか会話がままならない。十文字達には弾幕でこの場に留めようとしているのに対し、芺に対しては明確な殺害の意思を持って雷撃が降り注いでいるのだ。それを二人分対応しながら『眼』でのアプローチを試み、対応策を思案する芺にこれ以上の仕事は厳しかった。

 

(確かに情報次元の中で何処に位置しているかは視えていても、それが現実世界の何処に対応するのかは分からない。……芺さんはそれさえ視えているのか?どちらにせよ相手は霊子(プシオン)情報体。座標が分かっても構造が分からなければ攻撃手段がない。現に芺さんとて攻撃を防ぐにとどまっている)

 

達也の推測はほぼ正解であるが、厳密に言えば芺はパラサイトに対して攻撃手段を持っている。彼らに精神干渉系魔法は一定の効果が表れるのだが、それを十文字や七草の前で使うには余りにもリスクが高すぎるため使えないのだ。

 

(だが……打開策が見えん……使うしかないか)

 

「エリカ。……すまないが数秒援護が出来なくなる」

「大丈夫です。……何か策があるんですよね」

「ああ、効くかは不明なのが難点だが。行けるか?」

「任せて下さい!持ちこたえます!」

 

そう言ってエリカは芺の元から離れる。芺に降り注ぐ殺意の雨は止まないが、ある程度はマシになっていた。

その間に達也はリーナに訊ねる。

 

「何か知らないか」

「……吸血鬼(ヴァンパイア)の本体はパラサイトと呼ばれる非物質体よ。パラサイトは人間に取り憑いて変質させる。取り憑く相手に適合性があるらしいんだけど、宿主を求めるのは自己保存本能に等しいパラサイトの行動原理らしいわ」

 

達也は芺から聞いたパラサイトについての報告書の内容と照らし合わせて概ね事実だということが分かる。

 

「……つまり、俺たちの誰かに取り憑こうとしているのか。……どうやって」

「知らないわ。ワタシが教えて欲しいくらいよ」

「使えん」

「悪かったわね!」

 

(情報生命体のエネルギー代謝システムは全くの未知。だが無限に魔法を撃ち続けることが出来るとも思えない。取り憑く事が出来ないと判断したなら別の場所に宿主を求めて移動してしまうかもしれない。だからといってわざと寄生させるなど取り得る手ではない……打開策が見えない……!)

 

それと同時にエリカに更に攻撃が集中し始める。どうやら本格的に焦ってきたのか芺への報復は棚に置き、同化を試みているようだった。それを見て芺さんは何をしている──と幹比古は芺の方を見やる。そこには見たことも無い目付きをしながら虚空を睨み付ける芺の姿があった。しかしすぐに眼を少し痛そうに抑えた後、エリカの援護に入った。

 

(……ダメだ。俺の霊視力では物質次元に刻み付けるのは不可能だ。時間がかかりすぎる……止むを得んか……)

 

と、芺がある覚悟を決めるのと同時に、強く意思の篭もった声が芺の耳に飛び込んでくる。

 

「……吉田君。結界を解いてください。何処にいるか分かるかもしれません」

「……駄目だよ。妖気を抑えた状態でもあれだけ影響があったんだ。失明の可能性だってあるんだよ」

「魔法師であることを選んだ以上、リスクは覚悟の上です」

「でも……」

 

幹比古の言う通り、先程の昼休みにパラサイトが校内に現れた際、ただ校内に侵入されただけで、教室にいた美月は持っていたサンドイッチを落として思わず目を抑えなければならない程の症状に見舞われた。校内に近づいただけでもそれ程なのに、実際に視るなどリスクが高すぎた。だが、美月は更に力を込めて訴える。

 

「エリカちゃんが危ないんでしょう?それに……さっきの芺先輩の姿を見て分かりました。私なら……私の力なら出来る気がするんです。今役に立たなかったらこの力は無意味なものだし、私がここにいる意味もありません」

 

「……分かったよ。でも約束して。決して無理はしないと。自分のために誰かが犠牲になることなんてエリカは望んでないはずだから」

「……約束する」

 

美月が決意の篭もった眼でそう約束する。美月にとって芺の最も大きなイメージは霊子放射光過敏症であることだった。その芺が眼を抑えた様子から、恐らくパラサイトを『眼』で見ることが状況の打開に繋がる事を察したのかもしれない。

美月の強い決意を前にして、観念した幹比古は結界を解こうとした。そうなれば美月を守るのは彼女のかける眼鏡だけ。それは美月も分かっていた。怖かった。しかしそれよりも彼女の決意がそれを上回っていた。

 

(年下の女の子に覚悟で負けてどうする。……先輩として、この程度は必要経費か)

 

「幹比古君!」

「はいっ……」

「これを柴田さんに!」

 

と言って突然芺は制服で隠していた首飾りを引きちぎる。そして幹比古に向かって抜群のコントロールで投擲した。それを受け取った幹比古は詳細は分からずとも、この勾玉が持つ効果を直ぐに理解した。

 

(これは……!)

 

聖遺物(レリック)だって……!?柴田さん!これを!恐らくこれには妖気の類を抑える効果がある。即ち装着者を『魔』から護ることにも繋がるはずだ。今から結界を解く。いくよ!」

「……はい!」

 

美月は芺から受け取った勾玉を握り締めながら、恐怖を押し殺して前を見る。幹比古の言うことを疑う気はない。あの芺がわざわざ投げて寄こしたのなら大丈夫のはずだ。彼女は幹比古が張っていた美月を守るための結界の解除を肌で感じ、顔を上げる。その瞬間、彼女の眼を激痛が襲った。

 

(身体中が痛い。……でも、こんなの気にならない!!私がやらなきゃ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが……パラサイト……」

 

美月の眼には明確に認識することが出来た。パラサイトの触手さえも克明に視認した美月は叫ぶ。

 

「あそこです!エリカちゃんの頭上約二メートル。右寄り一メートル、後ろ寄り五十センチ。そこに魔物が使っている接点があります」

 

その正確な座標を聞いた幹比古は呪符を構える。

 

(対妖魔術式──『迦楼羅炎』)

 

『魔』に対する特攻術式が、パラサイトを焼いた。

 

(あれは……幹比古の『精霊魔法』……?曖昧にしか捉えられなかったパラサイトの座標が今はハッキリと視える。美月が視認したことにより物質次元における存在が強まったのだろうか。だとするならば自らの属性情報に変更を加える程の力を持つ視線にパラサイトが気付かぬはずがない。今度は美月が危ない!)

 

達也の推測は正しく、パラサイトの伸ばす『糸』は美月を目掛けて一直線だった。

 

「来ます!」

「どこに!」

 

恐怖と痛みの余り勾玉を握りしめてしゃがみ込む美月。それを守る幹比古は『何か』が接近しているのを肌で理解した。

 

「ミキ君の正面前方二メートル!」

「!!」

 

その声に反応して幹比古は妖魔を切り裂く『切り祓い』を放つ。しかし迫る第二撃に対応する事は叶わなかった。パラサイトの伸ばす糸が目にも止まらぬ速度で彼らを貫かんとしていた。

しかし次に彼らの耳に入ったのは誰かが地面に倒れる音。そして眩い閃光だった。

 

「芺せんぱ……え……?」

「……心配ない。無傷だ」

 

幹比古と美月は揃って顔を上げる。しかし幹比古は達也がいる前方面。しゃがみ込んでいた美月が見上げたのは、芺が吹き飛ばされた背後だ。

結果から言うと、パラサイトは本体ごとどこかに消し飛んでいた。達也が『術式解体』で吹き飛ばしたのだ。芺はと言うと、どうやら美月を狙った直接攻撃を身体でガードしたらしい。しかし彼の干渉力を突破することは出来なかったのか、芺に傷を負わせるには至らず、芺は威力を殺すために後ろに飛んだだけのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なん……で……」

 

そんな小さな悲鳴にも取れる呟きを聞いたのは幹比古だけだった。未だ顔を青ざめさせている美月を見て、幹比古は咄嗟に彼女の背中をさすって落ち着かせようとする。

 

「……そうだ、パラサイトは消えた。すまないが勾玉を返してもらってもいいか」

「……は、はい……」

 

芺は美月の震える手から差し出された聖遺物(レリック)を受け取り、ポケットにしまう。どうやら身につけているだけで良いようだ。

 

「逃がしてしまったな……役に立てなくてすまなかった。……十文字先輩。俺のプランの練り込みが浅かったために起こった始末です。どうか責めは自分に」

「いや、お前一人が背負う責ではない。それに逃がしたとはいえ無傷ではあるまい。今回は被害が出なかっただけでも良しとすべきだろう」

 

(戦術目的の達成という観点から見れば今回の結果は零点に近い)

(辛うじて損失には至らなかったというだけ……いや、俺に関してはマイナスか)

((無様なものだな……))

 

突然の招かれざる客。それに対して全く歯が立たなかったエリカや目を伏せるリーナ。未だ眼を抑えて落ち着かない様子の美月。

我らが第一高校の面々を包む空気は想像以上に重苦しいものだった。


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