魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第五十四話

一月も終わりに近づいた頃の某日──先日、学校に現れたパラサイトを撃退した芺は夜の街を一人、闊歩していた。わざわざ家の最寄りで下りるのではなく買い物を装って遠くで降り、そのまま徒歩で帰っていた。

その前から三人組の男達が道を塞ぐように歩いてくる。西洋風の風貌をしている者もいれば、アジア圏の出身もいる三人の男達は、芺と十メートル程の距離を開けて立ち止まった。同時に芺も歩みを止める。

 

「何か御用ですか」

「しらばっくれるな、柳生芺。……もう少しフレンドリーになれないのか?」

 

礼儀正しい──裏を返せば機械的な口調で話す芺に対して、一番前を歩いていた男が口を開く。その口振りはまるで()()に話しかけるような親しげなものに見えた。

 

「初対面ですから。()をした事はあるかもしれませんが」

「それはYESでもありNOでもある。我々は全にして一。個にして全あるからだ」

「柳生芺。一度我々の呼び掛けを無視したのは混乱によるものだったのだろう。同朋と敵対したのは周りが敵しかいなかったため致し方なかったのだろう。しかし、このタイミングなら問題は無いはずだ。今一度、同胞として手を取り合おうではないか」

 

二人目のアジア系……それもかなり日系人に近い顔の男が手を差し伸べる。

その男達(パラサイト)の誘いに、パラサイト()は持っていた筒から()()()()()()()()()を取り出す事で答えを返した。筒を放り投げ、剣の切っ先を男達に向ける。

 

「有難くもない申し出だな。一度俺と俺の後輩に手を出した貴様らを仲間として迎え入れるつもりも、迎え入れられるつもりも毛頭ない。大人しく投降しろ。処遇については同胞としてそれなりの便宜を図ってやるぞ?」

 

先程までの丁寧な姿勢から一転。礼儀なんぞがなぐり捨てた態度の芺。真っ向からの挑発に男達も穏便に済ませる気を無くしてしまった。

 

「……なぜ、同じであるはずの(お前)が、同じ思考を共有していない!」

「ならば……!」

 

まだ人間らしく希望でも持っているのか、目の前の三人の男が強力な思念の干渉に出た。意識の統合を迫る感応波。しかし一度()()からの声を退けた芺に届くはずもない。むしろ……

 

⦅──俺に従え⦆

⦅!?⦆

 

パラサイト間のテレパシーを強引にシャットダウンすることで何とか事なきを得た三人のパラサイト。ずっと閉められていた芺のチャンネルが開いたことで好機を見出したが、逆に『主導権』を握られるところだった。『柳生芺に従属する』という意識に書き換えられそうだった三人のうち、寡黙だった西洋風の男が睨み付けるようにしてこちらを見ていた。

 

「殺すべきだ。排除すべきだ。やはり奴は危険すぎる」

「同感だ。パラサイト共、ここで息の根を止めてやろう」

 

挑発するように刀を構える芺に対し、三人の男は伸縮するコードの付いたナイフを取り出す。見たこともない得物だが、恐るるに足らない。

 

(不本意だが、()()()()()()のオーダーを遂行するとしよう)

 

芺は申し訳なさそうに通信越しで頭を下げる黒羽貢の事を思い出していた。

 

───

 

「……と、言うことなんだ。真夜様のご命令は以上だよ」

「つまり、吸血鬼を誘い出した上で可能な限り力の差を誇示して殺せと?」

 

芺は突然秘匿通信を寄越してきた黒羽貢に確認する。真夜の命令は、掻い摘んで言うと『未だ芺の存在を認めない者達……ただの剣術家の家と交わった血を持つ芺を雑種と呼ぶ頭の悪い者達を黙らせるため、相応の力を見せて欲しい。柳生芺としての力を存分に振るった上で、パラサイトを殺せ』だった。

確かに四葉の中には、芺達柳生家を毛嫌いする者がいる。司波龍郎の様に膨大な想子量があった訳でもなく、ただの感情で婿を取った挙句に家を飛び出した火夜の行き先……柳生家を認めたくない連中が少なからずいるのだ。

どうやら真夜はその認識を今のうちに摘み取り、来年の芺の紹介の時には暖かく迎えたいらしい。芺としては四葉に認められたい訳でもないが、無視も出来ない。それに吸血鬼の排除は芺の望む所でもある。ただ、捕獲ではないのが気掛かりであったが、後の処理は黒羽家が担当するそうだ。

芺に課せられた命令はパラサイトを力を誇示するように殺す。頭の硬い連中に芺の価値を見せ付ける。それだけだった。

 

それを肝に銘じた芺は、目の前の三体のパラサイトに意識を戻す。同時に活性化したパラサイトを見ても全く『眼』に異常が無いことを確認した。

 

(まずは一体、確実に落としておくか)

 

その瞬間、パラサイト達の視界から芺の姿が消える。すぐ様背中合わせに三方向を警戒する態勢に入った三体のコンビネーション……一矢乱れぬ行動を軽く褒め称えながら、芺はゆっくりと歩を進める。そして一番近いパラサイトの首を鷲掴みにした。締め上げられた首の骨がミシミシと軋んで悲鳴をあげる。それと相反するように声さえ出せないまま、一体のパラサイトは心臓を貫かれた。

 

⦅なっ!?⦆

 

突然視界から消えたと思えば、また突如として姿を現した芺を全く捉えきれなかったパラサイト達は思わず距離を取る。

彼らが感じたのは明確な恐怖。古来から生物とは得体の知れないものに最も恐怖するものだ。だからこそ先人達はその得体の知れない怪異達に名前を与えたり、はたまた祈りを捧げたり、時によっては物理的な手段でその恐怖を克服してきた。

しかし今、この恐怖を退けるには些か頭も時間も力も足りなかった。同胞が刺し殺されるまで接近にさえ気付けなかった。ポジションが違えば自分が死体になっていたという予測は、彼らの恐怖と警戒心を加速させる。

 

自分に対する『畏怖』『警戒心』を感じ取った芺は、真剣を鞘に収めた。居合のような構えを取る芺を見て先手必勝と思ったのか、二体のパラサイトは魔法で距離を詰めようとした。しかし、動く間もなく身体中が凍り付くような感覚を覚える。

 

明確な『死』の恐怖。芺から放たれる『剣圧』を至近距離で肌で感じた二体のパラサイトは、自分の身体と頭が袂を分かったような錯覚に陥り、思わず自分の首元に意識を向けた。

 

 

 

次の瞬間、その錯覚は現実のものとなる。

 

芺が()()()()真剣を振り抜いた。虚空を斬り裂く芺の刃。その刹那、二体のパラサイトの首から鮮血が噴き出す。既に夜の帳が降り、閑散とした街中の歩道に真っ赤な液体が美しい紋様を描いた。

まるで真剣で斬り付けられたような傷から大量の血をまき散らした二体の化物の肉体は活動を停止し、その中から『本体』が飛び出す。浮遊していた最初の被害者と共に、彼らは背中に追い縋る死神から逃げるようにこの場から一目散に去っていった。

 

パラサイトを撃退した芺は平常通りの様子で通信機を起動する。

 

「芺です。吸血鬼の肉体を破壊しましたので、後の処理は手筈通りお任せします」

「……りょ、了解しました。直ぐに向かいます」

 

その様子を録画しながら人払いの結界を張っていた黒羽家の者達は、自分の首が繋がっていることをお互いに確認して後始末に向かう。途中で二部隊に別れ、パラサイトの本体を追跡するチームと死体を回収するチームに分散する。

 

「ウツ……いえ、芺殿、お怪我はありませんか」

 

仮にも現当主の甥である芺に相応の敬意を持って話しかける黒服。その中に含まれた畏怖はあまり心地のいいものではなかったが、先程の攻防……否、一方的な殺害模様を見ていればそれも頷けるだろう。

 

「はい。お構いなく。何かお手伝い出来ることはありますか?」

 

普段と変わらぬ調子で尋ねてくる芺。つい先日、自分に重症を負わせたはずのパラサイト三体を一蹴したのにもかかわらず、肉体的にも精神的にも全く動じていなかった。

 

「いえ……後は我々が。万が一という事がありますから撤退をと伺っております」

「分かりました。認識阻害はかけていますが直に効果は失われますので……後はお願いします」

 

そう言って芺は帰路についた。返り血を魔法で発散し、何事も無かったように()()する姿にはどこか恐ろしさを覚えるが、それを振り払って黒服は後始末にかかった。

 

───

 

この顛末を書斎でお付きの執事と共に鑑賞していた真夜は心底上機嫌と言った様子で口を開いた。

 

「見ましたか葉山さん。ふふ、まさかここまでとは……いえ、元よりこの程度は出来たはず。やはりあの子は自身の霊視力が足枷になっていたけど……それも解決されましたし、あれが芺さんの本来の実力なのね」

「誠にその通りでございます。彼の『遁甲術』は破られた回数を数えるには未だ片手で足りますからな」

 

芺の得意とする魔法の一つ──『鬼門遁甲』。使い慣れたこの魔法は全くと言っていいほど発動の兆候を感じさせない。人々を術者の望む方向へ誘導することができる魔法。

この魔法の本質は、分岐点において特定の方角に意識を向けさせる、あるいは向けさせないことである。

時間と方向の組み合わせで意識に干渉する魔法であり、限りなく練度を高めた芺は本来不可能なはずの、戦闘中に自分のいる方向に意識を向けさせないことで姿が消えたような錯覚を与えるように使用する。

そのため、戦闘中にもかかわらず術中に嵌った先程のパラサイト達は芺の姿を認識することが出来ずにずっと立ちつくしており、悠然と歩く芺に気付くことさえなかったのだ。

しかし分岐点を設定する都合上、戦闘中の連続使用には向かず、連続で使おうものなら演算領域をそちらに割かねばならないという弱点もある。そして対策を知っている敵にはかなり効き目が薄くなるのが難点だった。それに、これは稀有なケースだが精神干渉に類まれなる耐性を持つ者もいるにはいるのだ。

しかしこの魔法は対策法を知らない相手には脅威であり、芺の潜入能力の大半はこの魔法に支えられている。

 

真夜は嬉しそうな笑みを浮かべたまま葉山の方に向き直った。

 

「特に……二体のパラサイトを葬ったあの『技』。見えましたか?」

「いえ……残念ながらこの老骨の目には抜刀しただけにしか見えませぬな。得意の『圧斬り』でございましょうか」

 

確かに葉山の推測はあながち間違っていない。芺は『圧斬り』の使い手でもあるし、あの夜中では『圧斬り』特有の黒く点滅する刃は視認性において大きなアドバンテージを持つ。今まで見たことは無いが、かの千葉修次の様に『圧斬り』の間合いを操作できたとしても驚く程ではない。それならば明らかに剣の間合いの外で『斬り付けられた』のも納得がいく。

 

「そうね……芺さんならそれも可能でしょう。でも……違うわ」

 

 

 

 

 

「あれはれっきとした『()』の魔法……。私達の血を引いたあの子が、柳生家で育ったからこそ会得した、彼だけの魔法」

 

葉山は精神干渉系魔法によってあの結果をもたらす魔法を咄嗟に思い出すことが出来なかった。しかし、記憶の底から一つの魔法を引っ張り出す。

 

「分かりましたか?葉山さん。この映像を見せれば、彼らも四葉である以上、芺さんの処遇には()()頷いてくれると思うのだけど」

 

“彼ら”とは芺達の事をよく思っていない連中の事であり、何より葉山もそれに大きく頷いていた。葉山は別段芺に対して特別な感情を抱いている訳では無い。仕える主の甥に対して、主の命に従って払うべき敬意を払っているだけだ。

しかしもし葉山が“彼ら”の立場であり、この映像を見せ付けられては芺に対して()()の対応を迫られるだろう。今まで通り無下に扱うには些か覚悟が必要だった。

 

葉山のお墨付きを得た真夜は映像の再生を止める。彼女は特に手を加えることも無くその映像をスタンドアロンの端末に保存した。人に見せる上では無編集の方が“柳生芺の力”を伝えやすいと思ったのだろう。

 

 

これは少し先の話にはなるが……後にこの映像を見た者達は口を揃えてこう言った──

 

 

 

 

 

 

──彼は先々代……『四葉の死神』の再来だ──と。

 

 

 

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