魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第六話

その日の夕方、芺は風紀委員会本部で散らかった部屋を見て溜め息を漏らしていた。

 

「ちょくちょく片付けてはいるのですが」

「やっぱりあれは君だったのか、悪いね」

 

そう悪戯っぽい笑みを浮かべる女子生徒はこの風紀委員会本部を統括する渡辺摩利。彼女は片付けが苦手でこの本部の惨状を生み出す一翼を担っていた。

芺が机の上に散らかった物を端に寄せ書類の整理を始めようとすると、摩利が思い出したように“そうだ”と切りだす。

 

「今日の昼にな……えーと、司波深雪はわかるな?彼女を生徒会に正式に勧誘したんだが、兄も一緒にと言い出してな」

「はあ」

 

少し興味をそそられたのか芺が一瞬視線を向けた。その様子を見て摩利は楽しそうに続ける。

 

「生徒会には二科の生徒は任命出来ないから無理だ、となったんたが……それならと私が風紀委員会に勧誘したんだ」

「はあ……え?」

 

一瞬理解が遅れ驚いた芺の手から書類が滑り落ちる。期待していた反応が見れて嬉しそうな摩利に芺は散らばった書類を拾いながら尋ねる。

 

「何故彼を、それに本人は承諾したんですか」

「今から承諾させに行くところだ」

「はぁ……」

 

摩利さんらしいといえば摩利さんらしいか……と、少し呆れ気味の芺はとある懸念を伝える。

 

「しかし、二科の生徒を風紀委員会に加えるとなると服部はかなり反発すると思いますよ」

「そこで君の出番だ」

 

服部は魔法師としてとても優秀で、正式な試合では一度も敗北を喫していなかった。が、服部は極端なまでに実力主義であり、実力で劣る二科の生徒を差別している節がある。友人としてもそこは悩みの種であった。

そんな彼が二科の生徒が風紀委員会に所属する事を黙って見ていると思えないのは摩利も承知の上、そこで芺に手伝ってもらおうという事だった。

 

「分かりました。ですが何故そこまでして司波達也を?」

「追って話すよ、生徒会室に行くぞ」

 

あ、片付けは……と言おうとした芺の想いは届くことは無く、彼は黙って摩利の後に着いていくのであった。

 

───

 

達也は風紀委員会への勧誘を断るつもりで生徒会室の前に来ていた。

少々申し訳ない気持ちもあったが今日の実技も踏まえて自分の実力では不十分と判断した結果だった。

 

「失礼します──司波達也です」

「司波深雪です」

 

二人の来訪を待っていた摩利と真由美が歓迎する。生徒会室の中には先程より人が増えており、その中には昼には姿が見えなかった者もいた。そのうち一人は達也が気にかけていた芺であり、会計である中条 あずさが操作する端末を見ながら彼女の隣に立っていた。

 

「よっ、来たな」

「いらっしゃい深雪さん。達也君もご苦労さま」

 

二人は明るい口調で挨拶したが、それに引替え芺は気づいていないようだった。しかし少し遅れて気付いたのか、眉を少し上げた表情をしながら片手を少し上げて“お疲れ”と微笑をたたえる。彼も達也を歓迎しているようだった。

 

(そういえば、あの人も風紀委員だったか)

 

そして、もう一人の男。服部が司波兄妹の目の前にコツコツと歩み寄り新たな生徒会の一員である深雪に挨拶をする。しかし、隣に佇む達也には一切目もくれず言葉も交わさない様子を見て深雪は目を細めた。

摩利が説明のために達也を風紀委員本部に連れていこうとすると、予想通り服部がそれに対して待ったをかける。

 

「渡辺先輩、待って下さい」

「なんだ?服部刑部少丞半蔵副会長?」

 

それに対して服部は赤面しながら訴える。

 

「フルネームで呼ばないでください!」

「ならなんだ?服部半蔵副会長?」

「服部刑部です!」

 

と、自分の名前に関して思う所があるのか摩利と言い合いを続ける。このままなんの諍いもなく終わってくれれば、と芺は思っていたがそれも叶わず。服部は咳払いをして極めて真面目な調子で話し出す。

 

「その一年を風紀委員に任命するのは反対です。過去、二科生(ウィード)を風紀委員に任命した例はありません」

 

確かな差別意識を孕んだ発言。それを風紀を守る風紀委員の前で堂々と発した服部に芺は彼の方を一瞥し少々怒気を含んだ声で注意する。

 

「服部、二科生をウィードと呼称するのは禁止されている。それ以上は看過出来ないぞ」

「……芺、取り繕っても仕方ないことだろう。それとも全校生徒の三分の一以上を摘発するつもりか?」

 

芺の制止も届かず、服部は摩利の方を向きなおりまくし立てるように続ける。

 

「風紀委員はルールを守らない生徒を実力で取り締まる役職です。実力で劣る二科生(ウィード)には務まりません」

「確かに風紀委員は実力主義だが、実力にも色々あってな」

 

摩利は達也を指差し、服部に説く。

 

「達也君には起動式を直接読み取り、発動される魔法を正確に予測する眼と頭脳がある」

「まさか!基礎単一行程の起動式だって、アルファベット三万字相当の情報量があるんですよ!?それを一瞬で読み取るなんて出来るはずがない!」

「常識的に考えれば出来るはずもないさ、だからこそ彼の特技には価値がある」

 

信じられないと言わんばかりに服部は芺を見る。だが彼も“事実だ”と発し、言葉を続ける。

 

「彼の能力は今まで罪状が確定できずに軽い罪で済まされてきた未遂犯共に対し、強力な抑止力になる」

 

芺は事前に受けていた摩利の説明と八雲からの情報を照らし合わせ、服部を説得しようとする。

 

「その通りだ。それに私が彼を委員会に欲する理由はもう一つある。一科の生徒が二科の生徒を取り締まり、その逆は無い。この事実は一科と二科の溝を深める事になっている。私が指揮する組織が差別意識を助長するのは、私の望む所ではない」

 

服部は怯んだが、二人の発言を受けて尚姿勢を崩さない。

 

「会長!私は生徒会副会長として、司波達也の風紀委員会任命に反対します。魔法力の無い二科生に風紀委員は務まりません!」

 

兄を侮辱する発言に耐えきれなくなったのか深雪が声を上げる。

 

「待って下さい!確かに兄は魔法実技の成績が芳しくありませんが、それは評価方法に兄の力が適合していないだけなのです!実戦ならば兄は誰にも負けません」

 

随分と大きく出たものだ、と芺が考えていると服部は深雪に言い聞かせるような口調で喋り出す。

 

「……司波さん、魔法師とは、事象をあるがままに、冷静に、論理的に認識出来なければなりません。不可能を可能にする力を持つが故に、社会の公益に奉仕する者として自らを厳しく律する事が求められています。魔法師を目指す者は、身びいきに目を曇らせる事があってはならないのです」

「お言葉ですが、私は目を曇らせてなどいません!お兄様の本当のお力を持ってすれ……」

 

そう語る服部に深雪は興奮した様子で反論する。すっかりヒートアップしてしまった妹を達也は手で制し、ネクタイを正しながら服部の前に立つ。

 

「服部副会長。俺と模擬戦をしませんか」

「なに……?」

 

達也のまさかの発言に生徒会室の面々は驚きで目を見開いた。実技が不得意と自称する二科生が、成績優秀……もちろん実技も相当な実力を有するであろう服部に挑戦をしかけたのだ。当の服部は驚きのあまり声を震わせ怒りを露わにする。

 

「……思い上がるなよ、補欠の分際で!!!」

 

フッと笑う達也に服部は怒り心頭のまま“何がおかしい!”と声を荒らげる。

 

「先程、ご自分で仰っていたじゃないですか。魔法師は冷静を心掛けるべき、でしょう?」

 

達也の的を得た発言に目を細める服部を見て、芺は小声で“これは一本取られたな”の“これは一本”まで口に出してしまったが、あずさに無言で袖を引っ張られ口を閉じた。どうやら怒り心頭の服部には聞こえていなかったようだ。達也は続ける。

 

「別に、風紀委員になりたい訳では無いんですが……妹の目が曇っていないと証明するためには、やむを得ません」

 

服部からすれば明らかにこちらを舐め切っている達也の発言に眉を曇らせながらも勝負を受け入れる。

 

「いいだろう……身の程を弁える事の必要性をたっぷり教えてやる」

 

──

 

達也と深雪はCADを受け取りに行き、服部達は先に第三演習室に向かおうとしていた。

その道中に摩利がある事に気付き真由美に問いかける。

 

「ん?芺はどこに行ったんだ」

「それがね……分かり切った勝負を見る必要は無いので用事を済ませてきますってフラ~っと」

「懸命な判断でしょう」

 

と、服部は当然のように言い放つ。自分の勝利を揺るぎないものと信じているセリフだ。

 

「でも、録画を後で見せてくれとも言ってたのよね~」

「興味が無いのかあるのかどっちなんだ……」

 

真由美と摩利が頭を抱えていると、もう第三演習室の付近まで来ていた。

──既に、賽は投げられている。

 


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