少し時間は遡る。第一高校に現れたパラサイトを撃退した後、結局の所リーナは拘束せずに帰らせた。それには散々異を唱えたエリカを落ち着かせる方が大変だったが、見兼ねた芺がこのままでは更に騒ぎが大きくなり、もし次に敵対行動を取った場合には容赦はしないと啖呵を切る事でようやく納得した。
その後、リーナの方も彼女にとってかけがえのない存在かつ、優秀なオペレーターであるシルヴィアがパラサイトの感染の疑いにより帰国命令を受理。感染しているかどうか判別が現段階ではつかない事。そしてシルヴィアが感染し、敵対した場合情報の漏洩が起こる可能性が高いため早急に帰国させるそうだ。
その代わり、彼女にとって大きな味方となる上司、USNA統合参謀本部情報部内部観察局のNo.2であるヴァージニア・バランスが、アンジー・シリウスの『ヘヴィ・メタル・バースト』を荷電粒子砲に転用する兵器『ブリオネイク』を持って日本に出向。スターズのNo.2であるカノープスも復帰し、彼らも着々と任務達成に向けて動いていた。
そしてこれは第一高校へのパラサイトの来訪の二日後の出来事だった。人払いをした談話室には妖魔を宿した二年生と、三人の男女の一年生が相対していた。
───
「──ごめん、もう一度言ってくれないかな、柴田さん」
突然夕暮れ時の教室……だれもいない部屋に呼び出された幹比古は一粒の冷汗を浮かべながら問う。幹比古を呼び出した張本人──美月は一字一句間違いのないように力を込めて言い直した。
「芺先輩に……『
「待ってくれ……整理したい……」
本来なら戯言として唾棄されるような告白。シチュエーションがシチュエーションなだけに少々胸をドキドキさせながら呼び出しに応じた幹比古は真剣な表情の美月も相まって、頭が追い付いていなかった。全く予想だにしていなかった方向からの情報に幹比古は頭をフル回転させる。
「まず理由を聞こう。柴田さん、何故そう思うんだい?」
「二日前……パラサイトがこの学校に現れた際に私はこの眼でその本体を視ました。……達也さんがそれを吹き飛ばす前、芺先輩は恐らく私達を庇って下さいました」
「うん。それは僕も見ていたよ」
幹比古は真剣な面持ちで耳を傾ける。最初は耳を疑ったが、美月がそんな意味の無い嘘をつくとは思えない。もし錯乱しているようなら……とも考えた幹比古だが、彼女にそんな様子は見受けられなかった。
「その後……芺先輩が渡してくれた勾玉を受取りに来た時に視えたんです──あのパラサイトの本体と同じモノが……芺先輩にも」
「……それがまず事実だとして、何故その時まで気付かなかったんだい?それは混乱していたとか……」
「いいえ、あの時の私は混乱こそしていたかもしれませんが……この眼は今までにないほど活性化していました……見間違えるとは、思えないんです」
“見間違いなら、いいんですが……”と付け足した美月。既にあの事件から二日、もしこれが本当なら美月はさぞ迷っていたと思われる。そして気が違ったと思われるかもしれないのを覚悟して幹比古に打ち明けたのだと。
「でもそれなら、この二日間でも君の眼は耐えられなかったはずだ。もし芺さんがパラサイトなら、襲撃の時のような酷い痛みに襲われると思うし……」
「それも、あの勾玉のせいだと思うんです。二日前も……芺先輩があの勾玉を着けた瞬間、感覚的なお話で申し訳ないんですが……全然気にならないレベルまで視えなくなったんです……でもやっぱり……あの時振り向いた時に見た芺先輩はパラサイトで……」
「落ち着いて、柴田さん」
いつの間にか早口になっていた美月を幹比古はなだめる。彼の目にはそれが恐怖からくるものに見えた。確かに化け物じみた能力を持つあのパラサイトが身近な人間に取り憑いていると思えば、その疑念と恐怖は美月からすれば計り知れないだろう。
「最初は私一人で聞きに行こうかなって思ったんです……でも、もし本当に先輩がパラサイトだったらって思うと……どうしても……」
“怖くて”と言う言葉を捻り出せなかった美月。それは遠慮からくるものだった。美月からすれば芺のイメージは同じ病に苦しみながらもそれをプラスに解釈して前を向いている人間だ。初めて彼に会った時に言われたように、自分の眼が役に立つタイミングもあった。それに二日前も自分達を身を呈して庇ってくれたことを知っている。達也や深雪、エリカ達からも彼の評価は聞いている。
そんな人間を“怖い”と評するには彼女は優しすぎたのだ。
「なら、僕も着いていくよ」
「え……?」
「柴田さんも、いつまでもこの疑いを持ったまま生活したくないだろう?それに……もしそれが本当なら、然るべき対処を考えなきゃならない。もう一度じっくり視てみればいいんだよ。君の眼で確かめるのが一番だ」
「……はい!……でも、もし襲われたりしたら……」
「達也に付き添いを頼もう。彼なら一緒にいても怪しくないし、何より僕らの知り合いで芺さんに対応できそうなのも、パラサイトに対処できそうなのも達也だけだ」
「分かりました。……ありがとうございます、吉田君。こんな話を聞いてくれて」
「えぇ!?い、いや……そんな……うん、こちらこそありがとう。打ち明けてくれて。じゃあ、その段取りで行こう」
彼らはそう言って教室を出る。この時、まだ幹比古は楽観視していた。彼は二日前のパラサイトとの戦闘で、本体は達也が吹き飛ばしたのを知っている。そのため、取り憑くチャンスはないと思われた。この二日間で取り憑かれたのならば、件の戦闘の際に見たという美月の証言とも食い違う。幹比古の提案は、単に美月を安心させたいがためのものだった。
まさかあの柳生芺がパラサイトに取り憑かれた上に今の今まで誰も気付かないはずがない。現にあの人は生還したのだ──
その考えが呆気なく打ち砕かれることを彼はまだ知らない。
───
「──という事なんだ。達也、お願いできるかな」
「そういう事なら同行しよう。もしそれが本当なら一大事だ」
達也は表情を崩さずに答える。芺を呼び出すのは達也に任せた。どういう訳か司波兄妹は芺と学年が違う割には仲が良いのだ。準備はトントン拍子に整って行った。丁度密談に適した談話室と芺の予定、達也の予定が空いていたのだ。
ハイスピードで整ってしまった事に心の準備が追いつかなかった美月と幹比古だが、今更キャンセルとは行かない。それに事が事なら早々に解決しなければならないのだ。微動だにしない達也とは正反対に落ち着かない様子の幹比古と美月が居る部屋のドアがノックされる。
「どうぞ」
「失礼する。達也君、何の用……ん、なぜ幹比古君と柴田さんが?」
当然の質問。しかしそれに対しても敏感な反応と嫌な勘ぐりをしてしまう達也以外の二人。とりあえず座るように促して、美月と幹比古は顔を見合わせて正面から問うた。
「突然お呼び出ししてすみません。芺先輩、単刀直入にお伺いします!先輩は……何かを隠して……いえ。その……」
美月は一瞬言い淀む。内容が内容だけに最後の一歩が踏み出せないようだった。それを察して幹比古が話始めようとした瞬間、それを遮るように美月が幹比古の腕を待って下さいと言わんばかりに掴む。その行動に幹比古が驚いているうちに、美月は芺を真正面から見据えてこう言った。
「失礼極まりない発言だとは分かっています。……芺先輩、貴方はパラサイトに憑依されてるのではありませんか」
正直な話、少々単刀直入が過ぎるんじゃないか?というのが芺の感想だった。それには達也も幹比古も同感だった。証拠に幹比古は見るからに焦りが見える。しかしその二人とは別に芺は返事をしなければならない。芺は心苦しかったが、同時に後輩の成長を喜んでいた。恐らく芺の正面という位置と、直接尋ねてきたことから、この会談は美月が仕組んだものだと勘づいていた。
(その勇気には敬意を評さねばならんが……まあ、隠せるならそれに越したこともないな)
「……唐突すぎる言い分だな。何か証拠はあるのか」
わざと声を低くして目を鋭くして聞き返す芺。それにも怯まず美月は答える。
「私は、つい先日、一度この眼でパラサイトをしっかりと視ました。その状態で先輩の姿を見た時、それと同質のものが私の眼に写りました。未だにその光景は目に焼き付いています……答えてください!なぜなんですか!先輩はパラサイトなんですか!?そうでないと言ってください!」
感極まって本音が漏れた美月は頭を下げながら半ば叫ぶ様に問い掛けた。幹比古の遮音結界がなければ周りに響き渡っていたであろう力の篭もった問いかけに、芺は観念することになった。何より、悲痛な美月の叫びと幹比古の心配と疑いが入り混ざった複雑な目線に申し訳が立たなくなってきたのだ。
「……」
芺はふと立ち上がる。それに気付くのに一瞬遅れが生じる程の自然な動作。思わず幹比古は美月の前に立ち塞がった。今にも泣きだしそうな顔だったが、そこには美月を護るという明確な意思を感じ取れた。
「……君達は、無茶なことをする」
「……白状しよう。俺は──パラサイトだ」
その瞬間、幹比古が取り出した呪符に想子が流れる。彼が得意とする魔法、『雷童子』だった。しかしそれはあっけなく達也の『術式解体』により阻止された。
「何するんだ達也!」
「落ち着け幹比古。……この人に敵対の意思はない」
「……その通りだ。今まで隠していた事を謝罪させて欲しい」
そう言って芺は深く頭を下げる。頭を上げた芺の双眸には人外のそれが宿っていた。
「俺は疑いようもなくパラサイトだ。しかし人格や思考に影響は出ていない。現状、君達に害を為す事はないと思われる」
「思われるって……そんな」
「すまない。その保証をするには余りに危険だ。俺は自らに取り憑いたパラサイトを屈服させて事なきを得たが、いつ俺がパラサイトとしての本能に操られるか分からん。……その時は躊躇うな。全力を持って俺を止めてほしい」
芺は淡々と告げるが、他の美月や幹比古にとっては青天の霹靂も甚だしい。しかし芺の発言に嘘をついている様子はない。先日の襲撃の際に芺が執拗に攻撃を受けていた理由も分かる。
「いつから、ですか。もしかして先日の襲撃の際に……?」
「いや、それは違う。俺がパラサイトに取り憑かれたのはレオ君が入院し、俺が行方不明になったタイミングだ」
「自分本位な願いで大変恐縮だが、この事はくれぐれも口外しないで欲しい。もし俺が……柳生家の次期当主ともあろう者が妖魔に宿られているともあれば我々が被る痛手は尋常ではない。それに……他の連中に無用な心配をかけたくない。もちろんこれはもし俺が我を失い君達に敵対した場合はその限りではない。裏切り者として糾弾し、然るべき対処をしてくれ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「……本当に芺先輩はパラサイトで、でも他のパラサイトとは敵対していて……もしもの場合は……」
「整理が追いつかない……芺さん、今なら悪い冗談で済みます!だから……」
「事実だ。混乱させてしまって申し訳なく思う」
その言葉に幹比古は力無く項垂れる。彼の古式術者としての能力から芺に宿る『魔』の存在を少なからず感じ始めたのだろう。
「……分かりました」
「柴田さん!」
芺の要望に一番最初に答えたのは美月だった。
「少なくとも私は先輩のご要望を受け入れます。……ですが、その代わりに芺先輩にも一つだけ約束して欲しいことがあるんです!」
「……言ってくれ」
「私は未だにパラサイトが怖いものだと言う他によく分かりません……でも、貴方が貴方である限り、絶対に吉田君やエリカちゃんを裏切らないと約束してください!」
芺は少し驚いたように目を見開く。一つの瞬きを挟んで普段の表情に戻った芺は意志のこもった声で答えた。
「約束しよう。俺が俺である限り、俺は仲間を、皆を護り続ける。決して裏切らないとここに誓おう」
「……ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはこちらだ。……ちなみに……他の二人はどうだろうか」
芺は少し遠慮がちに訊ねる。急に話題を振られたにもかかわらず達也はキリッとした表情で淀みなく答えた。
「俺も美月と同様です。貴方が敵対しない限り、俺は芺さんの要望を聞き入れます」
「僕は……」
幹比古は迷っていた。吉田家としては妖魔の類を許容するわけにはいかない。しかし、吉田家が受けてきた妖魔退治はあくまで人類に仇なす存在のみだ。ピクシーを初め、芺のような存在を妖魔として処理するのは心情的に憚られた。
「無理にとは言わん。今の俺は巷を騒がす殺人犯共と同質の存在だ。信用は無いに等しい」
芺の言い分は自分を俯瞰的に見た言葉だ。それは幹比古も理解していた。これがもし今までの幹比古ならここで意志を伝える事は無かっただろう。しかし幹比古もまた、この第一高校に通い、様々な経験を経て魔法師としても人間としても成長していた。
「僕は……まだ気持ちの整理が着いていません。でも、貴方が芺さんのままであることは理解しているつもりです。……何より、柴田さんが勇気を見せたのに、僕がひよっていては示しがつかない。僕も貴方を信じます。そして、もしもの事があれば……吉田家として貴方を封印します」
「数ヶ月前の君からは絶対に出ない言葉だ。……君なら出来ると信じている。幹比古君、ありがとう」
「えっ……いや、お礼を言われるような事は……」
芺の感謝の意味を咄嗟に理解できなかった幹比古があたふたする中、芺は挨拶を残して部屋を出る。
残された一年生たちもスピーディすぎる展開に置いて行かれそうになりながらも何とか持ち直していた。幹比古と美月が先に帰宅し、達也も彼らに帰りの挨拶を告げた。
「上手く行きましたね」
「出来ればこうしたくはなかったんだがな」
と、幹比古達が帰った廊下の反対側から芺が目を伏せながら歩いてくる。
「達也君。なぜ気付いていたのなら何も言わなかった。俺がもしパラサイトに精神を乗っ取られていたらどうするつもりだ」
芺の言う通り、達也は既に芺の中にパラサイトが在る事に気が付いていた。達也の眼はその程度の事を見抜けぬほど節穴ではないのだ。しかしだからこそ見逃していた理由が分からなかった。達也にとって自分と妹の日常を破壊しうる対象は排除の対象になるはずだった。
「単純な話ですよ。慢心に聞こえるかもしれませんが、俺なら、芺さんを止めることが出来ます。例え相討ちになったとしても、俺は倒れませんから」
傲岸不遜。しかして何の誇張も虚勢もない宣言。しかし次に達也の口から出た台詞は意外に意外を重ねたものだった。
「それに……俺にだって従兄弟である先輩に銃を向ける事に、何も思わない訳ではありませんから」
そう少しはにかむように付け足す達也。その様子に芺は驚きを隠せなかった。まさか達也がこんなセリフを口走るとは思ってもみなかったからだ。
達也もまた、周りに変化を撒く過程で自らの精神状態にもある意味変化が起きていた。深雪風に言えば、“優しくなった”のだ。芺の帰還を喜ぶ深雪の笑顔を守りたかっただけとはいえ、それは今までの達也からすれば考えにくい行動だった。
「君も優しいな。だがその時が来たら容赦なく俺を止めてくれ。俺もそんな時が来ないように、全力を尽くそう」
それに達也は微笑を浮かべて一礼を残して去っていった。全くどっちが先輩か分からない達観ぶりだ、という感想を抱いた芺もその場を静かに後にした。
その一週間後、司波兄妹……主に達也は九重八雲の元でとある修行を積んでいた。それは情報の海を漂うパラサイト本体を直接攻撃する手立て。どうやらただ肉体を封じるだけではダメだと言うことが先日の襲撃の際に分かったため『パラサイト』に攻撃する手段を見つけようと達也は励んでいた。だが、非凡な能力を持つ達也でさえもまだ完成には至っていなかった。情報次元の標的に想子弾を当てることは出来ても、それを作用させることが出来ていないのだ。そしてその点だけなら限れば……
「芺君の方は順調だね。出力は弱いが……きちんと
「達也君の編み出した技術と相性が良かっただけです。それに俺は『術式解体』はそうポンポンと撃てないですから。意味のある技になるかどうか……」
「いいや、この『遠当て』において重要なのは拒絶の念を込めることだ。『魔』の類いに対しての攻撃なら、こちらの方が大事だよ」
対して苦戦する達也に“出来ない人間にはどんなに努力しても無理”という旨の発言をした八雲だが、とある妹からの凍てつくような視線を受けてフォローを余儀なくされる。
「達也君なら自分に合った攻撃方法を編み出せそうな気もするが」
「そんなホイホイと新しい魔法を開発できるものじゃありませんよ。買い被りすぎです」
芺の発言には恐縮した達也だが、同じ様な内容の深雪の発言には笑顔で頷くしかない兄であった。達也といえど妹の輝くような笑顔には勝てないのである。