第三演習室の中でCADを受け取ってきた達也達を迎え、今まさに模擬戦が始まろうとしていた。
摩利から諸々のルール説明を受け、服部と達也は対峙する。生徒会の面々が見守る中、服部は試合展開を構想していた。
(魔法師同士の戦いは先に魔法を当てた方が勝つ。そしてCADによる魔法発動速度でブルームがウィードに負けるはずがない。ましてや相手はウィードの中でも特に実技が不得手と聞く。始まる前から勝負は着いている)
彼の観測はあながち間違ってはいない。むしろ今の状況で予測される限りでは正しいと言えるだろう。
「始め!!」
摩利の合図で試合が開始する。すぐさま服部は基礎単一系の移動魔法で達也を吹き飛ばそうとする……当然直ぐに決着は着いた。
──一方が魔法を受け、倒れ、意識を失う。その様子を見た摩利や生徒会の幹部達は目を見開いた。魔法師同士の戦いは服部の言う通り先に魔法を当てた方が勝つ。そのセオリーは今回の試合でも正しく適応された。それだけなら驚く必要も無い。しかし今回の模擬戦で倒れ伏したのは達也ではなく、服部だったのだ。
服部が魔法を発動するより速く、達也が目にも止まらぬ体捌きで服部の後ろに回り込みCADのトリガーを引いていた。
摩利は全く思いもよらなかった光景を目の当たりにした驚きから一瞬間が空いたが、判然と裁定を下す。
「勝者!司波達也!」
──
倒れた服部を壁に持たれ掛けさせ、摩利達は達也に先程の模擬戦の動きについて尋ねる。
「今のは、自己加速術式を予め展開していたのか?」
その問いに対し達也は“正真正銘の身体的な技術です”と答える。魔法と見紛うスピードに一同は驚きを隠せなかった。それに兄は忍術使い、九重八雲先生に教えを受けていると深雪が補足する。
そして服部を倒した魔法は、振動系で異なるサイオンの波を作り出し、それを服部の地点で合わさるように調整することで強い刺激を与え、船酔いの様な症状を起こしたというらしい。
ここで生徒会の会計である市原鈴音の中に一つの疑問が浮かぶ。短時間で波の合成を指定した地点で起こせる程の処理速度があるならば、実技の評価が低いはずがない……との事だった。
「あの〜……司波君のCADってもしかして『シルバー・ホーン』じゃありませんか?」
その質問の最中に達也のCADについて尋ねたのはCADオタ……CADへの造詣が深い中条あずさだった。
「『シルバー・ホーン』ってあの謎の天才魔工師トーラス・シルバーのシルバー?」
「そうです!!!」
真由美が思い出すように聞くと、あずさは嬉々とした表情で説明を続ける。
シルバー・ホーンとはトーラス・シルバーがフルカスタマイズした特化型CADであり、ループキャストに最適化されているとの事だった。
しかしそれでも疑問は残る。ループキャストは同じ魔法を連続で発動するものであり、達也が放った振動波の違う複数の波動は作り出せないはずだった。よっぽど座標、強度、持続時間、振動数までを変数化した場合を除いて。ここで市原はある可能性に気付く。
「まさか、それを実行しているの言うのですか?」
「多変数化は処理速度としても演算規模としても干渉強度としても、この学校では評価されない項目ですからね」
その言葉に一同が言葉を失っていると、後ろから服部の苦しそうな声が聞こえた。
「実技試験における魔法力の評価は魔法を発動する速度、魔法式の規模、対象物の情報を書き換える強度で決まる」
うっ……と頭を抑えふらつきながらも続ける。
「なるほど、テストが本当の実力を示していないとはこういうことか」
「はんぞーくん?大丈夫ですか?」
「はっ、はい!!」
真由美に心配された服部は姿勢をピンと正し答える。少々頬も上気しており元気な様子だった。
そして深雪の方を向き直り、少し言いづらそうに言葉を紡ぐ、
「司波さん……さっきは、その、身びいきなどと失礼な事を言いました。目が曇っていたのは僕の方でした。許して欲しい」
そう頭を下げる服部に深雪は同じく“生意気を申しました”と頭を下げる。そして服部は達也を見つめた後、この場を去っていった。
服部を見送り、摩利は明るい調子で話し出す。
「さて、色々と想定外のイベントが起こったが当初の予定通り、風紀委員会本部へ行こうか」
そう笑顔で語る摩利に連れられ、達也は風紀委員会本部へ向かった。
──
達也と摩利は風紀委員会本部へ到着し、ドアを開ける。
「少し散らかっているが……」
と、言いかけた摩利の言葉が止まる。なぜなら風紀委員会本部はここに来る前とは打って変わってかなり整理されており、CADがまだ少し棚に納まっていなかったり、備品がちらほら散乱していたりするだけで、まだ完全とは言えないが片付いていると評してもなんら問題は無い状態だった。
摩利が驚いていると、そこにいる男が少々自慢気に口を開いた。
「摩利先輩、お疲れ様です」
「どこいったと思ったら……ここにいたのか、芺」
達也と服部の模擬戦が始まる前に姿を消した芺だったが、そのタイミングで風紀委員会本部の掃除をしていたようだった。
摩利は片付いた本部をほー、と見回しながら芺に質問をなげかける。
「なぜこのタイミングで一人で清掃なんかしてたんだ、私にも声をかけてくればよかったのに」
「新しいメンバーを加えるのに本部があの惨状では風紀委員の面子が損なわれるかと思いまして」
「む……それはそうだが。いや待て、達也君が加わる事になったのはついさっきのはずだろう」
その疑問は当然のものだった。達也が風紀委員会に加わるには服部に模擬戦で勝利せねばならなかった。そして芺がいた生徒会室時点では達也の実力は不明瞭であり、勝負になれば服部が勝利すると思うのが一般的だろう。
「まさか君は元から達也君が勝利すると予想していたのか?」
芺は明言は避けたが無言の微笑で答えた。これ以上の質問は許容しないとばかりに話題を自分からずらす。
「服部はその後どうでしたか?」
「しっかり反省してるようだったよ」
「なら良かった。これであいつも更に腕を磨くでしょう」
「まさか芺……」
疑いの目を向ける摩利を横目に芺は達也の方に向き直り謝罪する。
「服部が君達兄妹に向かってとても失礼な態度を取ってしまった。彼の友人として謝罪させてくれ」
「いえ、服部先輩も反省してるようでしたので」
「そうか、そう言って貰えるとありがたい。えー……と」
芺が少し困った表情をしているのに気付いた達也は微笑みながら芺の心情を察して言葉を発する。
「達也、で大丈夫ですよ」
「……すまない。よろしく達也君。俺の事も芺で構わない」
「分かりました。よろしくお願いします、芺先輩」
達也は芺がこれから深雪とも関わる事もあると思ったからか、下の名前で呼ぶ事を提案した。
摩利はそう笑顔で挨拶を交わす二人を見て妙に仲が良さげだなと思いつつも声をかける。
「まぁ適当にかけてくれ」
達也に着席を促している間も芺はテキパキと片付けを続けていた。
「少々うるさいかも知れませんが、気にしないでください」
その様子を見て達也が芺に声をかける。
「自分も、お手伝いしてもよろしいでしょうか」
「助かるが……気にしなくていい、色々と話す事もあるだろうから」
「いえ、その……魔工技師志望としてこの現状にはちょっと」
と未だ乱雑に置いてあるCADを見て少しバツが悪そうに意見を言う達也に摩利が驚く。
「君ほどの実力があるのに?」
「魔法力の判定基準に君の実力は適していない、と言うやつか?」
芺が生徒会室での問答を思い返し問いかける。
「はい、自分の実力ではC級のライセンスまでしか取れませんから」
そう自嘲気味に笑う達也に芺は優しい口調で返す。
「……そうか、ならデバイス関連について今度教えてくれないか。最近興味があってな、詳しいんだろう?」
達也は少し驚いたが、快くそれを受け入れた。
「……はい、自分でよければ」
達也は思う。この人はやはり実力の判断が出来るのだと。下級生、それも二科生に教えを乞う事を躊躇わなかった姿勢が達也にとっては新鮮で、少し嬉しかった。
摩利も交え清掃を続け、一段落終わった際に摩利が口を開く。
「君をスカウトした理由は……そういえば、もうほとんど説明してしまったな」
「覚えていますが、二科生対策の方はむしろ逆効果ではないかと」
「どうしてそう思う?」
「二科生の上級生は同じ立場のはずの下級生にいきなり取り締まられる事になれば、面白くないと感じるでしょう」
「だが一年生の方は歓迎すると思うがね」
「一科生の方には歓迎に倍する反感があると思いますよ」
「反感はあるだろうさ。だが入学したばかりの今ならそれほど差別意識には毒されていないんじゃないか?」
その発言に達也は昨日の校門前での騒動を思い出す。
「どうでしょう。昨日はいきなり“お前は認めないぞ”宣言を投げつけられましたし」
その言葉に芺が反応する。
「……それも済まなかった。森崎にはよく言い聞かせておく」
「森崎とはお知り合いなんですか?」
「家柄上ボディーガードの仕事をする事もあってな、森崎家が同じ場にいることも珍しくなかった」
達也は八雲との会話を思い出し、彼が言っていたことの裏付けが取れたことに気がつく。
「そうだ、森崎で思い出したのだが」
「?なんでしょう」
それに対し芺は少し人の悪い笑みを浮かべ答える。
「先程通達が来ていた。教職員推薦枠で森崎が風紀委員会に所属することとなっている」
「え?」
そういって持っていた備品のCADを落とす達也を見て摩利が嬉しそうにからかう。
「君でも慌てる事があるんだな」
「そりゃそうですよ」
そのタイミングで風紀委員会本部のドアが開き、二人の男が入ってきた。
「はよーっす!」
「おはようございます」
その内の一人、辰巳達が摩利と芺の姿を確認すると口を開く。
「お、姐さん。いらしてたんですかい。それに芺も」
「委員長、本日の巡回終了しました。逮捕者、ありません」
そう報告したのは沢木。それに合わせ辰巳も姿勢を正す。報告が終わったのを確認し芺が口を開く。
「巡回お疲れ様です」
「君もお疲れ様」
「おー、ありが……ぶへっ!!」
辰巳が感謝を述べ終わるよりも早く摩利が細長く丸めた紙で辰巳をはついていた。
「姐さんって言うな!何回言ったら分かるんだ、お前の頭は飾りか!」
「そんなポンポン叩かないでくださいよ〜……」
ずっと叩かれっぱなしだった辰巳は、本部の片隅で整理をする見慣れない生徒について質問する。
「ところで委員長、そいつは新入りですかい」
「一年E組司波達也。生徒会推薦枠でうちに入ることになった」
「へぇ……“紋無し”ですかい」
達也の肩……本来エンブレムがあるはずの場所を見てそう言い放つ辰巳にすぐさま沢木が訂正を入れる。
「辰巳先輩。その表現は禁止用語に抵触するおそれがあります。この場合二科生と言うべきかと」
二人の少々差別的とも取れる物言いに摩利は机に腰掛け、忠告とも言える発言をする。
「お前達、そんな単純な了見だと足元を掬われるぞ?なあ芺」
話を振られた芺は一瞬間を置いて不敵な笑みを浮かべながら答えた。
「はい。ここだけの話ですが、先程服部が足元を掬われました」
その言葉に驚きを隠せない辰巳と沢木は思わず達也を見つめる。
「そいつが、あの服部に勝ったってことか?」
「ああ。正式な試合でな」
「なんと!入学以来ほぼ負け知らずの服部が新入生に敗れたと?」
「そいつは心強え」
「逸材ですね委員長」
達也は彼らのそのセリフに驚いた。またもやあっさり実力を認められたのだ、それも上級生の一科生に。
「意外だろう?」
摩利は自慢気にそう告げ、そのまま続ける。
「この学校にはブルームだウィードだとつまらない肩書きで優越感に浸り劣等感に溺れる奴らばかりだ。正直いってうんざりしていたんだよ、私は。幸い真由美も、部活連代表の十文字も私がこんな性格だって知ってるからな。生徒会枠と部活練枠はそういう意識の比較的低いヤツを選んでくれている。優越感がゼロって訳にはいかないが……実力の評価がきちんとできるヤツらだ」
芺はウンウンと頷いている。
「ここは君にとっても居心地の悪くない場所だと思うよ」
摩利が話し終わった後、辰巳と沢木が達也に近づき手を差し出した。
「3-Cの辰巳鋼太郎だ。よろしくな司波。腕の立つヤツは大歓迎だ」
「2-Dの沢木碧だ。君を歓迎するよ、司波君」
二人の好意的な態度に少し驚きながらも達也は差し出された手を握った。
「一年の司波達也です。こちらこそ……よろしくお願いします」