魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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第九話

翌日──新入生勧誘期間二日目となる今日も風紀委員会は大忙しだった。巡回を続ける達也に真由美の声で風紀委員会に対する連絡が入る。

 

「こちら生徒会です。第一体育館で乱闘が発生。手の空いている風紀委員は現場に向かってください」

 

「一年司波、了解しました」

 

任務の了解を伝え、達也は走り出す。

また別の場所で別の男も了解を示していた。

 

「二年柳生、了解しました」

 

そう言って芺は走り出す。事実、全力を出せばものの数秒で着くのだが、人が多い場所ではそうはいかなかった。

人気のない場所に差し掛かったあたりで目の前に新しく風紀委員会に加わった新入生、司波達也の姿を見つける。声をかけようとした瞬間、自らの右方向、木の生い茂る中に人の気配がした。目を向けるとそこには黒い服に身を包む男が達也に向けて魔法を発動しようとCADに手をかけている所だった。

 

「達也君!伏せろ!」

 

一方達也は魔法の発動兆候に気付いたが、咄嗟の芺の言葉に反応してしまい身を屈めていた。

魔法に対して伏せてどうにかなるものか、とコンマ数秒で思考し後ろを振り向いた次の瞬間、見えたのは太腿に装着された刀剣型CADを振り抜く芺の姿、そしてその切っ先から凝縮された想子が飛んでいくのを感じた。

芺が居合切りの様な動作で振り抜いたCADの先から剣のように伸びたように見える想子は、間違いなくこちらを狙っていた男の起動式を砕いていた。

男は一瞬怯んだが直ぐに走り出し、魔法で走り去って行く。すぐさま芺は追おうとするが、目の前の逃走する男から明確な敵意を感じ取り、自身にかけているベクトルの方向を横にずらした。すると先程まで芺がいた場所に向かって男の指輪のようなものから見た事もないような魔法が発動され、それは何とか避けたものの男は逃走を続ける。さらに追いかけようとしたがそのタイミングで達也から制止がかかった。

 

「何故止める。アレは魔法の不適切使用では済まない重罪だぞ」

「芺先輩、あの男の手首に何か見えましたか」

「ん?何か巻いていたように見えたが、それがなんだ」

 

違反者をみすみす取り逃した事に気が悪いのか少し言葉に棘があった。

それを窘める為にも達也は少しばかり芺に情報を共有する。

 

「なに?あのブランシュの下部組織だと?しかし何故それを達也君が知っている」

「……それは」

「まあいい、対応はこちらでも考える」

 

言いづらい事を悟ったのか余計な詮索はせずに芺は答え、少し悲しそうな雰囲気で話し出す。

 

「狙われていたのは君なんだぞ」

「はい、分かっています」

 

何の躊躇いも動揺もなく答える達也に芺は頭を抱えつつも本来の任務に戻って行った。

 

──

 

達也への襲撃を迎え撃って間もない頃、芺は人気のない場所でとある人物に連絡をとっていた。

 

「急に済まない彩芽、今少しいいか?」

「はい、どうかされましたか?」

 

電話に出たのは幾分か中性的な声をした女性、彩芽だった。彼女は柳生家に常駐しており、柳生家の諜報や実働を受け持つ一家の生まれだった。小さい頃から関わりはあったもののこれといって特別な感情は抱いてなかったが、過去に任務の際に生命の危機に陥ったところを芺に救われてから彼に個人的に尽くすことを決めた。しかし彼女の性格も相まって竜胆と同じく半ば使用人的な立ち位置に収まってしまっている。歳は芺の一つ上だが、彩芽は芺に対して敬語である。

 

「……仕事を頼みたい」

「はっ、若のご要望とあればこの彩芽、いかなる任務であろうとも」

「反魔法国際政治団体ブランシュの下部組織である“エガリテ”という組織について調べてもらいたい。最優先目標は潜伏場所、次に構成員だ。構成員は分かる範囲でいい、何でも第一高校にも構成員が紛れているようだ」

「承りました。本日中には成果を出してみせます」

「頼もしいな、ありがとう。だが無理はしないでくれ、危険と判断したら直ぐに退くように。単独行動も厳禁だ。いいな?」

 

芺の少し過保護とも言えるような様子に彩芽はクスッと笑う。

 

「若は心配性ですね」

「……悪いか。何にせよ頼んだぞ」

「はい。それでは」

 

そう言って彩芽は端末をしまう。そして早足で柳生家現当主鉄仙の元へ向かい出立の報告をする。

許可を得た後、直ぐに部下が集合する。彩芽達は特に認識阻害に優れた適正を有する一家であり、柳生家の教えを受けている事から戦闘も可能である。

あの後芺から一通のメールが来ていた。

“エガリテの連中は赤、青、白のリストバンドを付けている”

それをヒントに彼女等は端末で情報を集める部隊と、実働部隊で別れ行動を開始した。

 

──

 

芺が委員会活動と部活を終え、自宅に帰宅したところに彩芽が待っていた。

 

「お帰りなさい、若」

「ただいま。急に仕事を頼んで悪かった」

「いえ、お役に立てるならそれ以上に嬉しい事はありません」

「ありがとう。進捗はどうだ?」

 

彩芽は“それなら”と少し自慢げに芺を柳生邸の一室に誘う。そこは和風な様相からは想像もつかない程の電子機器が並ぶ情報室だった。

部屋に入ると芺の来訪に気づいた者達から“若!/芺様!”と声が上がる。諜報に勤しんでくれた彼ら一人一人に労いの言葉をかけていると、彩芽が端末を持ってきてくれた。一同の注目が集まる中彼女は芺の隣に座り、端末にUSBを挿し込む。写し出された画面には芺が欲する情報──エガリテの潜伏場所から沢山の構成員の名前──が集約されていた。

 

「……これは驚いた。さすがは彩芽達だ。君達に頼んでよかった」

「……っ、ありがとうございます」

 

と、手を合わせて嬉しそうに反応する中

 

「いやー!頑張った!」「あん時はバレるかと思ったぜ」「若のためならー!」

 

そう大声で口々に喜ぶ諜報班を見て芺は思わず顔が綻ぶ。いい仲間を持ったものだと芺は喜びを隠せなかった。

 

「まさか一日足らずでここまでの情報をかき集めるとは。相応の返礼を用意しなくてはな」

 

皆が喜ぶ中、彩芽は一人それにおずおずと返す。

 

「そんな、我々は若のお役に立てれば……」

「相応の働きには相応の報酬を出すのが俺のモットーだ。そうでなければ俺の気が済まないんだよ。だから受け取ってくれ」

 

彩芽の顔がパァっと明るくなる。

 

「はっ!ありがたく頂戴致します!」「今日は飲むぞー!」「さすがは若様ー!」「俺何もしてねぇー!」

 

かなり根を詰めた作業だったのか段々とハイになってきた諜報班を彩芽が諌める。

それを尻目に芺はバレないようにその場を去っていった。彼は喧騒は好きだがそこに自分がいる事を良しとしなかった。あまり密に人と関わってこなかった彼は未だ賑やかな場所に抵抗がある上に雰囲気を悪くする恐れがある……と本人はそういう場所にはいたがらなかった。

そんなことを考えながら芺は自室に着く。

 

(エガリテにブランシュか。何をしようとしてるかは分からんが、これ以上第一高校に手を出すようなら……)

 

──

 

新入生勧誘期間から一週間が経ち、一般生徒のCADの携行も制限されるようになったことで第一高校も徐々に平穏を取り戻していた。

そんな中、夕暮れの校舎にその平穏を叩き壊す事態が発生する。

芺があずさと会話しながら風紀委員会本部に向う準備をしていると、耳障りな音と共に校内放送から声が聞こえた。

 

「全校生徒の皆さん!僕達は学内の差別撤廃を目指す有志同盟です!僕達は生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します!」

 

なんの前触れもなく起こったイレギュラーな事態にあずさは混乱する。

 

「ど、どうしましょう!」

「落ち着け。恐らく放送室だな、俺は現地に向かう。あずさは生徒会の指示に従うといい」

「え、は、はい!」

 

芺は早口でまくしたて、勢いよく立ち上がり放送室に向かった。

 

「委員長!状況は」

「私も今来た所だ。十文字、扉は開かないのか」

「既に鍵が盗まれているらしい。マスターキーもな」

「立派な犯罪行為ですね」

 

そう冷たく言い放ったのは生徒会会計の市原鈴音だった。その発言に摩利は同調し、厳しい表情で放送室を見つめる。

 

「当然だ。芺、いけるか」

「少々手荒になりますが、二人までなら外傷は与えずに取り押さえられます」

「いえ、待ってください。だからこそこれ以上刺激しないように穏便に対処せねばなりません」

「なに……?」

 

意見の食い違いが生まれだした所に遅れて司波兄妹が現れる。

 

「すみません!どの様な状況ですか」

 

達也の参戦で一旦話し合いは終了し、達也への状況説明が始まる。

 

「電源をカットしたので、これ以上の放送は不可能だろう。ただ、連中は内側から鍵をかけて立てこもっている」

「外からは開けられないんですか」

「奴らは事にあたり、既にマスターキーを盗んできているそうだ」

「明らかな犯罪行為じゃないですか」

 

その言葉に市原が賛同を示し、摩利に意見を述べる。

 

「その通りです。だから私たちもこれ以上彼等を暴発させないように慎重に対応すべきでしょう」

 

摩利が少々不機嫌な様子で反論する。

 

「……こちらが慎重になったからといって、向こうの聞き分けが良くなるかどうかは期待薄だがな。多少強引でも早急な解決を図るべきだ」

 

そう言いながら芺に目配せをすると、彼も頷きで同意を示す。意見が対立する中、達也は十文字に所感を問うた。

 

「俺は、彼らとの交渉に応じても良いと考えている。元より言いがかりに過ぎないのだ。しっかりと反論しておくことが、後顧の憂いを断つことになろう」

「では、この場はこのまま待機しておくべき、と」

「それについては決断しかねている。不法行為を放置すべきではないが、学校施設を破壊してまで性急な解決を要する犯罪性があるとも思われない」

 

そのどちらとも言えない十文字の発言を聞いた達也は、何か当てがあるのかおもむろに通信端末を取り出し誰かに連絡を始めた。数回コールが鳴り、達也は話し始める。

 

「壬生先輩ですか、司波です。それで今どちらに?はあ、放送室ですか。それはお気の毒です。いえ、馬鹿にしているわけではありません。先輩ももう少し冷静に状況を」

 

達也の殆ど分かり切った問いと皮肉めいた口調に壬生は抗議しているのだろうか。そしてその突拍子もない行動に摩利達は声を漏らす。

 

「ええ、すみません。それで本題に入りたいのですが、十文字会頭は交渉に応じると仰られています。生徒会長の意見は未確認ですが……」

 

達也はそう言いながら市原に目を向けると、彼女は頷きを持って返す。

 

「いえ、生徒会長も同様です。という事で交渉の日時について打ち合わせをしたいのですが。いえ、先輩の自由は保証します。はい、では」

 

達也はそう言って電話を切り、摩利達の方へ向き直る。

 

「すぐ出てくるそうです」

「今のは壬生沙耶香か?」

「ええ、待ち合わせのためにとプライベートナンバーを教えられていたのが思わぬ所で役に立ちましたね」

「手が早いな君も」

「誤解です」

 

そんな会話の中で妹の深雪の様子がおかしくなっていることなど露知らず、達也は摩利に進言する。

 

「それよりも、態勢を整えるべきだと思いますが?」

 

完全に手荒な真似はせず交渉に移るつもりだった摩利は“態勢?”と訝しげな表情だ。

 

「中の奴らを拘束する態勢です」

「君はさっき“自由は保証する”と言っていたはずだが」

「俺が自由を保証したのは壬生先輩一人だけです。それに俺は風紀委員を代表して交渉しているとは一言も述べていません」

 

狡猾とも言える手腕に一同は驚きに目を見開く。芺も何故か嬉しそうに摩利に小声で囁く。

 

「やはり彼はイイ性格をしていますね」

「おい……!」

 

と脇腹を小突かれる。そしてそんなやり取りをかき消す様な冷ややかなセリフが達也の耳に飛び込んできた。

 

「悪い人ですねお兄様は」

「今更だな、深雪」

「そうですね……」

 

ここで達也は普段のじゃれあいとは違う深雪の雰囲気に気づく。そして深雪の人形のように白く美しい手が達也の制服を掴んだ。

 

「でも、お兄様。壬生先輩のプライベートナンバーをわざわざ保存していらした件については……後でゆっくりお話を聞かせてくださいね」

 

後日、とある副委員長は“明確な恐怖を肌で感じたのは久方振りだった”と述べていた。

 

そして達也の言葉通りに風紀委員会中心に態勢が整えられる。

 

「渡辺、柳生。出来れば手荒に取り押さえるのは控えてくれ」

「構わんが、向こうの出方次第では力ずくになりかねんぞ」

「中の奴らは恐らく司波の言葉で油断しているだろう。取り押さえるのは容易なはずだ」

「……分かった。そういう事だ、全員一人づつで構わん。丁寧に対処しろ」

 

そう言って摩利は風紀委員に命令を下す。そして周りに聞こえないように一言。

 

「芺、丁寧に頼む」

「……分かりました」

 

放送室のドアが開け放たれる。その瞬間風紀委員達がなだれ込み、芺も中の人間を捻り上げCADを取り外し、彼らは瞬く間に制圧を完了した。もちろん、壬生以外の人間を。

 

「どういうことなのこれは!私達を騙したのね!?」

 

自分だけの自由が保証されていると気付いていなかった壬生は達也に少々ヒステリックな様子で詰め寄る。そこに深みのある声が聞こえた。

 

「司波はお前を騙してなどいない」

「十文字会頭……」

「交渉には応じよう。だが、お前達の要求を受け入れることと、お前達の取った手段を認める事は別問題だ」

 

壬生が悔しそうな表情をする中、その発言に待ったをかける者がいた。

 

「それはその通りなんだけど……」

「七草」

「彼らを離してあげて貰えないかしら」

 

あずさを具して現れた真由美は壬生の元へ歩みを進める。

 

「だが……!」

「分かっているわ摩利。でも壬生さん一人では交渉の段取りも出来ないでしょう?当校の生徒である以上、逃げられるということも無いのだし」

「私達は逃げたりしません!」

 

声を荒らげる壬生に真由美は彼女を含めた周りの人間にとある決定を伝える。

 

「学校側はこの件について、生徒会に委ねるそうです」

「壬生さん、これから貴方達との交渉の打ち合わせをしたいのだけど、着いてきてもらえるかしら」

「ええ、構いません」

 

と、彼女らの打ち合わせが始まった。今はまだあそこまで大きな事件に発展することを予測していた者はいなかっただろう。

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