E.V.A.~Eternal Victoried Angel~   作:ジェニシア珀里

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第玖話 国際環境機関法人日本海洋生態系保存研究機構

 

 

 

 

 シンジ、トウジ、ケンスケの三人は、駅の改札口へ向かってエスカレーターに乗っていた。

 

「まったく、何様やあのオンナ!何ぬかしとんねん!シンジかて命懸けで戦っとるっちゅーのに。なぁ!?」

 

 トウジがアスカの振る舞いを思い出して腹を立てる。シンジは曖昧に笑うことしかできなかった。

 

「ま、まぁいいじゃないか、初めての日本で気が立ってるんだよ、多分」

 

「それにしても、同い年にして既に大尉とは、凄い!凄すぎる!飛び級で大卒ってことでしょ?」

「僕も特務一尉なんだけどね……」

 

 怒るトウジとは裏腹に、ケンスケはアスカに憧れを抱いたことを隠さない。さっきビデオカメラに収めたアスカの強気な言動をリピートしまくっている。それはいいんだけど、足下には気を付けた方がいいと思う。歩きスマホは危険です。いやスマホじゃないけどね。

 そして改めて、シンジは先程のアスカを思い返した。名字が「式波」に変わっていたり、髪の色も心なしか明るい金髪のようになっていたものの、あの強気な様子は、前史でも飽きるほどに見てきたアスカそのままだった。

 補完計画が失敗した後に残った赤い海で、最後まで自分の傍にいてくれた、大好きな彼女。少しでも気を緩めると、嬉しさで思わず泣き出してしまいそうである。

 

「失礼」

 

 その時、シンジは唐突に声を掛けられた。振り返ると、そこに無精髭の男が立っていた。

 

「ジオフロントのハブターミナル行きはこの改札でいいのかな?」

 

 加持リョウジだった。青いワイシャツに赤のネクタイ、長髪を束ねたその容姿は妙に粗放的。およそ裏の顔など想像できやしない。そしてその手には何やら大きなケースを持っていた。

 

「あ、はい。4つ先の駅で乗り換えがありますよ」

 

 一応シンジは初対面を装っておく。だがこの人、現在はともかく前史ではネルフ&ゼーレ&日本政府のトリプルフェイスだったほどの強者である。シンジ自身の秘密も案外早くバレそうな気がしている。

 

「ふーむ……たった2年離れただけで、浦島太郎の気分だな……」

 

 加持は天井からぶら下がった路線地図を眺めてしみじみと呟いた。

 

「ありがとう!助かったよ。……ところで、葛城は一緒じゃないのかい?」

 

 加持はシンジの方に振り向いて礼を言うと、突然全く別の質問をかましてきた。

 

「ミサトさん?お知り合いで?」

「ああ、古い友人さ。君だけが彼女の寝相の悪さを知っているわけじゃないぞ。碇シンジ君」

 

 言葉が意味深すぎるぞ。良いのかね、そんな質問して?

 さっきは初対面を装ったが、この際だ。シンジはニヤリと笑ってみせた。

 

「ハハッ、どうやらそうみたいですね。加持さん♪」

 

 その言葉を聞いて、加持の目が一瞬ピクリと動いたのを、シンジは見逃さない。だが、加持もそれに答えるかのようにニヤリと笑った。

 

「フッ、君は面白いな。じゃあまた」

 

 加持は手を振って改札口の奥へと消えて行ってしまった。

 

「寝相って……」

 

 ケンスケが妄想を膨らませて顔を赤くする。

 

「なんやアイツ?シンジ、お前知っとるんか?」

 

 トウジは怪訝な表情をして訊ねた。

 

「ま、ちょっといろいろあってね~♪」

 

 シンジは上機嫌に手を頭の後ろに組んで、改札とは逆方向に歩き出した。

 さっきのケースはおそらくユーロ支部からの密輸品。多分この後、父さん達のところにその中身であるはずのアダムを届けに行くんだろうけど、ま、今は見逃しといてあげようか。そうシンジは心の奥底で呟いた。

 しかし、シナリオの異なっている箇所は、一体どこに現れるか分からないものであることに、シンジはまだ慣れていない……。

 

 

 

 

 

 ネルフに到着した加持は、司令室のゲンドウと冬月に会った。

 

「いやはや、大変な仕事でしたよ。懸案の第3使徒とエヴァ5号機は、予定どおり処理しました。原因はあくまで事故。ベタニアベースでのマルドゥック計画はこれで頓挫します。すべてあなたのシナリオ通りです。で、いつものゼーレの最新資料は、先ほど……」

 

「拝見させてもらった。Mark.06建造の確証は役に立ったよ」

 

 冬月は一面に張られた窓から見える景色を見ながら言った。

 

「結構です。そしてこれがお約束の代物です。予備として保管されていたロストナンバー。神と魂を紡ぐ道標ですね」

 

 加持は持参した大きなケースを開けて、ゲンドウに中身を開示する。

 

「ああ、人類補完の扉を開く、ネブカドネザルの鍵だ」

 

 ゲンドウは、頭のない人型の神経組織と、カプセルのようなものの入った中身を見、不敵な笑みを浮かべた。

 

「ではこれで。しばらくは好きにさせてもらいますよ」

 

 加持はふらりと身を翻すと、司令室から出て行く。その扉が閉まった音を聞き、外の景色を眺めたまま冬月がゲンドウに問いかけた。

 

「加持リョウジ首席監察官、信用に足る男かね……?」

 

 

 

 

 

《E.V.A.~Eternal Victoried Angel~》

 

【第玖話 国際環境機関法人日本海洋生態系保存研究機構】

【Episode.09 The Way to Live in the Narrow Sea】

 

 

 

 

 

 リツコは今日は自分の研究室ではなく、実験室隣の情報集積室で仕事をしていた。机には2匹の黒猫の置物と、吸殻で一杯の灰皿と、あとはコーヒーの入ったマグカップがある。誰も知らないが、実は今日も、14時間も連続で作業を続けている。

 その背後からリツコは抱き締められる。もちろん、並々ならぬ気配で、その正体が誰なのかは気づいていたが。

 

「ちょっと痩せたかな?リっちゃん」

 

 加持はリツコの耳元で優しく囁いた。

 

「残念、1570gプラスよ」

 

 リツコは肩の力を抜いて、ニッコリと笑いながら返す。

 

「肉眼で確認したいな」

 

 加持はリツコの頬に手を当てて、自分の顔の方に向ける。

 

「いいけど……この部屋、記録されているわよ」

 

 リツコは少し声を低くして答える。

 

「ノン・プロブレム。既にダミー映像が走ってる」

「相変わらず用意周到ね」

「負け戦が嫌いなだけさ」

「でも、負けよ?」

 

 加持はいつまでも身を引かなそうである。元からこういうプレイボーイ的なところがあるのでさほど気に止めてはいないのだが、ガラス窓にへばりつく彼女には問題大有りであろう。

 リツコが向けた視線の先に加持も目を向けると、ミサトが廊下側からガラスに張り付いて鼻息を荒くしている姿が見えた。

 

「怖ーいお姉さんが見ているわ」

「oh...」

「リョウちゃん、お久しぶり」

 

 リツコは体を離した加持に、何でもなかったように声を掛けてコーヒーを啜った。

 

「や、しばらく」

 

 加持もいつものことのように、しれっとした態度でやり過ごす。

 

「何でアンタがココにいんのよぉ!ユーロ担当でしょっ!?」

 

 ドアを開き、ミサトがツカツカと音を立てて部屋に入ってきた。

 

「特命でね……しばらく本部付きさ。また三人でつるめるな、学生の時みたいに」

 

 加持はリラックスした雰囲気で、リツコの机の横に腰を下ろす。その言葉にリツコも微笑む。

 

「昔に帰る気なんてないわよ!私はリツコに用事があっただけなの!アスカの件、人事部に話し通しておいたから。じゃっ」

 

 ミサトはピリピリした空気で、早口で用件を伝えると、さっさと部屋を出て行ってしまった。目が異常なまでに吊り上がっていた。

 

「ミサト、あからさまな嫉妬ね。リョウちゃん、勝算はあるわよ」

 

 リツコは、ミサトの態度を見て加持に話を振る。

 

「さて、どうだろうなぁ」

 

 加持は両手を広げておどけてみせた。

 

 

 

「ところで、アスカの件って何だい?」

「あぁそれ?ミサトったら、アスカとも一緒に暮らそうって、住居手続き勝手に進めちゃってるのよ。シンジ君やレイが住んでるから良いでしょ、って」

「そうそう、そのことなんだが、ちょっと聞かせてくれないか?」

「何?」

 

 加持は突然真面目な口調になった。その声の変化に何か重大な様子を感じた。

 

「第3の少年。彼は一体何者なんだ……?」

 

 リツコはキーを打つ手を思わず止めた。

 

「……会ったの?」

 

 冷静な声で訊き返す。

 

「ああ。さっきね。それに経歴書も見させてもらった。………何か知ってるんだろ?」

 

 何を企んでいるのか分からない点で、この男は怖い。

 

「さぁ?知りたければ本人に聞くことね」

 

 リツコは再びコマンドを入力し始める。加持はその横顔を横目でじっと見続けたのだった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 「何だこれ!?」

 

 シンジは自分の部屋が見知らぬダンボールで埋まっている光景を見て唖然としていた。ただし、演技で。

 

「失っ礼ねっ!私の荷物よ」

 

 キッチンの方から姿を現したアスカは、グラスに注いだオレンジジュースをゴクゴクと飲み干した。

 

「じゃ僕のは……ってあれ?なんで式波さんがここにいんの?」

 

 間の抜けた表情をするシンジに向かって、アスカは聞こえるように大きなため息をはく。

 

「あんたバカぁ?お払い箱って事よ。ま、どっちが優秀かを考えれば当然の結論ね」

 

 アスカはシンジの立っている方に近づいて、部屋の入り口に肘をついて寄りかかる。シンジは落胆の声をあげた。

 

「そんなぁ」

 

 でも本音では落ち込んでなどない。むしろ相当楽しんでる感がある。待て待てそこ、僕はMなんかじゃないぞ。イニシャルはS。

 

「しかし、どーして日本の部屋ってこう狭いのかしら。荷物の半分も入り切らなかったわ。おまけに、どうしてこう日本人て危機感足りないのかしら。よくこんな鍵のない部屋で暮らせるわね。信じらんない」

 

 アスカは部屋の扉を何度も動かしながら、自分の不満を遠まわしにシンジにぶつけるようにして言った。

 

「日本人の心情は察しと思いやりだからよ」

 

 いつの間にか帰宅していたミサトが、二人の背後から声を掛ける。

 

「うわあっ!?」

 

 シンジとアスカは驚いて二人同時に壁の方へ身を引いた。

 

「ミ、ミサトさん……帰ってたんですか?」

「あら~、気づかなかった?♪」

 

 相変わらずなノーテンキな声にシンジは思わず脱力する。それが気に入らなかったのだろうか、アスカはシンジをジロリと見て吐き捨てた。

 

「うっとおしいわね。ゴミと一緒にさっさと出ていきなさいよ」

「あら、シンちゃんもここに残るのよ」

 

 ミサトがしれっと告げた。

 

「えぇえっ!」

 

 アスカはシンジの肩越しに身を乗り出して、あからさまな嫌な顔をした。

 

「アスカとシンちゃんに足りないのは、適切なコミュニケーション。同じパイロット同士、同じ釜の飯を食って仲良くしないとね」

 

 というか、イスラフェル戦もないのにいきなり同居とは……なんだかいろいろすっ飛ばしている気がする。

 アスカはしばらくミサトを睨み付けていたが、折れたのかため息をつく。そして再びシンジを睨み付けた。

 

「仕方ないわね……アタシの邪魔したら許さないから!!」

「それとアスカ、あなたの段ボールはここじゃなくて隣に運んどいてくれない?ここまで狭いと過ごしづらいわよ」

「……は?隣???」

「そうよ~?レイなら許してくれると思うし~」

 

 アスカは最後まで聞く前に目を丸くして玄関の方に振り返った。その先に一人の少女を見つけ、さらにギョッとした表情を浮かべた。

 

「な、何であんたがここに……?」

 

 レイだった。

 

「晩ご飯……食べに来たの。貴女は?」

「あ、アタシは今日からここに住むのよ、悪い!?」

「……いえ」

 

 アスカとレイの視線が真っ向からぶつかり合う。何故だかミサトには、妙な火花が散っているのが見えたとか。

 

 

 

 

 

 その夜、シンジはこの一日で起きたことを思い返していた。

 

「フフッ、またアスカと暮らせる日が来るなんてね。まるで花畑だなぁ~……なんてね♪」

 

 いつにも増して笑顔が絶えなかったと自覚すらしている。やっぱり、アスカの存在ってスゴいんだなぁと、シンジは我ながら感心する。

 でも、どうして名字が変わったのだろうか?今まで、名前の変わっている人間はシンジ自身を含めても一人もいない。

 

「式波……か……」

 

 綾波と同じで「波」が入っている。何か意味でもあったりするのだろうか、などと思いつつ、それでもやっぱりアスカだよなあと、みたび頬が緩む。

 

「それにしても、ガギエルかと思ったら代わりにシャルギエルが出てきたし、イスラフェルもスキップで同居するし……まさかマグマダイバーまでやらず終いだったりするのかな……?」

 

 シャルギエルというのは昼間襲来した第7の使徒のことである。サキエル、シャムシエル、ラミエルときて、いきなり名前なしは可哀想だとかで、シンジが勝手に呼称している名称だ。由来は「雪を司る天使」だから、らしい。

 意外と楽しみにしていた浅間の温泉旅行が無くなってしまうのはちょっとばかり寂しかったりする。まぁでも、全部終わってからみんなで行くのも悪くないか。そう思うシンジであった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 第三新東京市の朝はとても清々しい。箱根の山々に囲まれていることもあってか、空気は美味しいし水も豊か。集光システムに朝日が照り始めるのを合図に、町全体が動き出す。ここ5年の新首都候補地としての経済発展を象徴するかのように、街に延びるいくつものモノレールが走り行く。

 その日、ミサトとリツコは、作戦課と技術課の緊急カンファレンスを開いた。

 

「今回集まってもらったのは他でもなく作戦のことについてです。今後も襲来してくるであろう使徒に対する対抗策をなるべくなら練っておいた方が良いかと思って」

「本当はパイロットも呼びたかったのだけれど、学校を休ませることまではしたくないものね」

「まずは、今までの使徒の傾向を見てみるわよ」

 

 ミサトが手元の端末をタップした。第3から第7の使徒の画像がプロジェクターによって映し出される。

 

「はい。昨日までにここに襲来した使徒は4つですね。さらに、ベタニアベースからの報告で第3の使徒も殲滅されたことを踏まえ、合計5体となります」

 

 シゲルが即座に答える。

 

「ですが、いずれのケースも攻撃方法は異なるようです。おまけに、第6の使徒に関しては防御力もかなりのものでした。今後の襲来数も分かりませんが、それらの使徒のスペックも未知数とみたほうがいいでしょうね」

 

 マコトが続けて答えた。

 

「そこで、今回は想像力を働かせてほしいの。まずは考えられる使徒の形態を挙げてみようかしら?」

 

 

 

 

 

 シンジたちも平日は学校で平凡な日々を過ごしていた。二年A組は至って普通のクラスである。エヴァパイロット3人がいるという知られぬ事実を除けば。もちろんこの事を知っているのはトウジ、ケンスケ、ヒカリのみではあるが。

 そして、1週間前に編入したアスカには、既に多くのファンができている。ドイツ人と日本人のクォーターというビジュアル的にも優れた超美人であることや、プライドが放つクールさとその近寄り難い雰囲気が、余計に男子連中には人気らしい。

 

「あのぉ……式波さーん♪」

「うっさいわね!!」

 

 トウジやケンスケと話している時、ふと目を向けると例のごとくアスカが男子連中を蹴り飛ばしていた。そしてそ知らぬ顔で手に持っていたWonderSwanに目を戻す。前史でもアスカは日本のゲームが好きだったよなぁ、と思いながらシンジは微笑む。

 

 ピリリリリリ―

 

 急な着信でシンジは驚いたが、そそくさと教室を出て画面を確認すると、その発信元は加持だった。

 

 

 

 

 

 その電話の内容を家に帰ってからミサトに伝えると、ミサトはあからさまに不愉快な顔をした。

 

「社会科見学?加持がぁ???」

 

 もっとも、それがミサトの感情表現なのだととうの昔に知っているシンジは、クスクスと笑いながら更に言った。

 

「みんなも誘えばいいって。ミサトさんも来ます?」

 

 シンジはダイニングテーブルの上に鞄を置いて荷物を整理する。

 

「アイツに関わると、ろくな事にならないっつーの……!」

 

 ミサトはビールの缶をテーブルに叩きつけた。

 

「ならアタシもパース」

「……私も」

 

 隣の部屋にいるアスカと、今日もちゃっかりといるレイが声を上げる。

 

「だめよー。和をもって尊しとなーす。二人も行ってきなさい♪」

 

 ミサトはアスカとレイも参加するように促す。

 

「……それも命令?」

「……ですか?」

 

 アスカはプレイ中のゲームを持ちながら、不満そうな顔を覗かせた。一方のレイは不満というより興味自体が無いようで、疑問の声をあげつつリビングにちょこんと座り、積んである洗濯物をペンペンと一緒にたたみ始めていた。

 

 

 

 

 

 その頃、ゲンドウと冬月は、月面に展開するNERV第7支部:タブハベースを訪れていた。とはいえ、この場所の管轄はゼーレである。二人を乗せた宇宙船は、浮遊するかのように静かに、関連施設の上空を飛び続けていた。

 

「タブハベースを目前にしながら、上陸許可を出さんとは……ゼーレもえげつないことをするな」

「Mark.06の建造方式は他とは違う。その確認で充分だ」

 

 ゲンドウは流れに逆らわずに落ち着いた態度で話す。

 

「しかし、5号機以降の計画などなかったはずだぞ?」

 

 ゲンドウと冬月は、宇宙船の小さな窓から月面の様子を覗き見ながら話す。そこでは、『Mark.06』と呼ばれたエヴァに拘束具を取り付ける作業が行われていた。

 

「おそらく、開示されていない死海文書の外典がある。ゼーレは、それに基づいたシナリオを進めるつもりだ」

「だが、ゼーレとて気づいているのだろう。ネルフ究極の目的に」

 

 二人の乗った宇宙船の前を、ロンギヌスの槍を運ぶ巨大な輸送船が通り過ぎて行く。

 

「そうだとしても、我々は我々の道を行くだけだ。例え、神の理と敵対することになろうともな」

 

 その時、ゲンドウはMark.06の指の上に座っている少年の姿を確認する。少年は上半身裸の状態で、宇宙空間に存在していた。

 

「人か?まさかな……」

 

 冬月もゲンドウが見ている方を確かめる。

 

「初めまして、お父さん」

 

 冬月の声は果たして聞こえていたのだろうか。目覚めた少年、渚カヲルは、ゲンドウたちが乗る宇宙船を見てそっとつぶやいた。

 

 

 

 ******

 

 

 

 二日後、シンジたちは神奈川県旧横浜市の国際環境機関法人日本海洋生態系保存研究機構……やたらと名称が長いので略称として「日海保存研」とでも言っておこう、そこにやって来た。

 

「凄い!凄すぎる!失われた海洋生物の永久保存と、赤く染まった海を元に戻すという、まさに神のごとき大実験計画を担う禁断の聖地!その形相の一部だけでも見学できるとは!まさに持つべきものは友達ってカンジ!」

 

 ケンスケは海に浮かぶ巨大な施設を目の当たりにして、まるで羽が生えたように飛び回っていた。もちろん、手にはしっかりビデオカメラを握っている。

 シンジもこの世界に来て驚いたのだが、セカンドインパクトで海は赤くなり、生物が生息していない。おかげで魚が非常に貴重なものと化し、海は海という感じが全くしない。その「復元」という一大計画、実行するとなると、かなり大変だというのは聞かずとも分かった。

 

「こんなスゴい施設があったなんて……」

 

 ヒカリが茫然として言った。何しろ日海保存研の施設の総面積は芦ノ湖の1.5倍は軽く越えているようなのだ。その巨大さには開いた口も塞がらない。

 隣ではレイもペンペンを抱えたまま施設を見上げていた。なぜペンペンがここにいるかについては割愛するが、どうも最近、レイがペンペンを抱えて癒やされている姿をよく見かけるものだ。

 口が塞がらないといえば、一昨日アスカがパスすると言ったときにもシンジは思わず言葉を失ったものだ。てっきり、アスカは加持のことが好きだと思っていたから、当然この誘いにも否応なしに飛びつくだろうと予想していたのだ。この予想外もシナリオの改変によるものなのか。

 その加持は、どうやらこちらの世界ではこの「日海保存研」の総合統括部渉外係長という肩書きを持っている、らしい。

 

「渉外係長って……ただネルフに出向してるってだけじゃない」

 

 アスカが呆れたように言う。

 一方のトウジはシンジの肩に腕を回して、満足げな顔をしていた。

 

「ホンマ感謝すんでぇ」

「ハハッ、お礼だったら加持さんに言ってよ」

 

 既に施設の中に入っていた加持が窓の向こうで手を振って合図を送った。管理区域のゲートの前に到着した一同に向かって、モニター越しの加持が事前に断りを入れた。

 

「もっとも、こっからがちょいと面倒なんだけどな」

「「「「「「え?」」」」」」

 

 

 

──長波放射線照射式滅菌処理室

 

 一同は下着姿にされ、レントゲンのようなフラッシュを浴びる。次に、熱蒸気による滅菌室に入れられて、熱い思いをさせられる。

 

──有機物電離分解型浄化浴槽式滅菌処理室 LEVEL-01

 

 続いて一同は、巨大な水槽に張られた液体の中に放り込まれる。次に、低温による滅菌処理で寒い思いをさせられる。

 

──有機物電離分解型再浄化浴槽式滅菌処理室 LEVEL-02。

 

 再度水槽の中。更に、巨大な送風機が壁を埋め尽くす部屋で強風に晒される。

 

──有機物電離分解型再々浄化浴槽式滅菌処理室 LEVEL-03。

 

 再々度水槽の中。そして……

 

 ……チン♪

 

 まるで電子レンジで料理が出来上がったかのような音が鳴り、モニターに入室を許可する表示が出る。

 

 -全滅菌処理工程完了

  人間 - 6名

  鳥 - 1羽

  入室 可(第3段階滅菌区域まで)

 

 シンジたち一同は施設に入館する前から体力を奪われたぐったりとしてしまっていた。絶滅危惧種の保全施設でこういうのがあるとは知っていたが、まさかここまでとは。

 しかし、そんな気持ちを一気に吹き飛ばしてくれる美しい光景が目の前に広がっていた。色とりどりの魚の群れ、イルカが踊り、クジラがゆっくりと泳ぐ巨大な水槽。

 

「うほー!でっかい水槽やなぁ!」

「スッゴい……!!!」

 

 トウジとペンペンははしゃいで走り回り、ケンスケは早速ビデオカメラを回した。

 シンジも目の輝きを取り戻して水の世界を見つめた。

 

「セカンドインパクト前の生き物……まるで水族館だ」

 

 クラゲや海ガメ、サンゴまでもが生きているその水槽は、海を知るシンジの人生の中でも、とても神秘的だった。

 

「クワーッ!」

 

 ペンギンの群れを発見してペンペンが大喜びする。ペンペンが身振りを加えて姿勢を正すと、ペンギンたちから拍手喝采が沸き起こった。ペンギン同士、意思の疎通はできるのであろうか。

 

「ほえー!生きとる!」

「凄い!凄過ぎる!」

「おっ背中に何か背負ったやつもおるぞっ!」

「カメって言うらしいよ」

 

 トウジとケンスケはテンションMaxで施設を歩き回る。

 

「アスカも行こうよ!」

 

 そう言ったのはヒカリである。アスカの転入早々に意気投合し、関係は至って良好だ。

 

「うん。けど、本当すごい施設ね~。こんなに大きい水族館はアタシも初めてよ」

 

 感心したようにアスカは言いながら、ヒカリに引っ張られてペンギンの水槽に向かっていった。

 そんな彼女らの行動も含め、施設を一通り見渡したシンジは、水槽に手を触れるレイに気づき、声をかけた。

 

「何か面白いものでも見つけたの、綾波?」

「……いえ。ただ、少しモヤモヤするの……」

「……どうかしたの?」

「少し、可哀想だと思う」

「可哀……想?」

「ここでしか生きられない命……もっと広いところで、泳がせてあげたい……」

 

 弾かれたようにシンジは息を呑んだ。

 そうだ。ここに生きているとはいえ、今は限られた空間でしか存在できない……。

 レイが言いたいのは、この生き物たちに、本当に「自由」があるのか、ということなのだろう。

 少し前まで、彼女自身がそうだったように。

 

「そこの2人!!」

「「!?」」

 

 2人は思わず呼ばれ振り返ると、アスカが腰に手を当てて仁王立ちしていた。

 

「アンタたちもこっち来なさいよ、クラゲもいるわよ?」

「クラゲ?」

 

 アスカの傍の水槽には、確かに白いクラゲがフワフワと漂っていた。

 

「……キクラゲ、あるの?」

「……あんたバカぁ?」

 

 ……レイがこう言ったのは、おそらく昨日の夕食の中華炒めにキクラゲが入っていたからだろう……。

 

 

 

 

 

「いっただっきまーす!」

 

 屋外の休憩スペースにシートを広げ、一同は昼食にすることにした。弁当を作ってきたのは、シンジとヒカリである。

 

「んむっ!!」

 

 ケンスケはシンジの持ってきた卵焼きを頬張り、思わず目を見開いた。

 

「碇……お前、スゴいな!?」

 

 ケンスケはあまりの美味しさに感嘆とした。トウジは感想を言う前に次々と二人の料理に交互に箸を伸ばしていく。

 

「毎度毎度……どうしてこうも美味いのよ?」

 

 アスカも卵焼きを口に放り込んでその味を噛みしめていた。

 

「おお、見事な焼き方と味付けだなぁ」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 加持はヒカリの料理を食べて絶賛する。ケンスケもそれを聞いてヒカリの作ってきた唐揚げを一つつまみ上げた。

 

「ヒャー……あの9割人造肉が、調理次第でこうも美味しくなるとは……、まさに驚愕だよ!」

 

 ケンスケもその味を絶賛する。

 

「ホンマ、三ツ星シェフ並みやで……独学なんか、コレ?」

 

 三ツ星シェフの料理を食べたことがあるのかどうかはさておくとして、トウジの言葉にヒカリは顔を赤らめた。

 

「ま、まあね。昔から時々お姉ちゃんと作ったりしてたから……でも碇君には敵わないわよ」

「そ、そんなことないよ……」

「でも、いつもお弁当は碇君が作ってるんでしょ?」

「しかも綾波と式波の分まで。よくやりよるよなぁ?」

「ハハハ……ミサトさんはいつもレトルトばかりだし、綾波とか式波さんに頼むのも気が引けるからさ、僕が作るしかないんだよね。ま、やりたくてやってる部分もあるし♪」

 

 シンジは家でのことを思い浮かべながら笑った。

 

「シンジ君、台所に立つ男はモテるぞぉ」

 

 加持が箸を振って言う。

 

「だってさ!」

「ん……いいやっ!ワシは立たんぞぉ!男のすることやないっ!」

「前時代的、バッカみたい」

 

 アスカが軽蔑するような目でトウジに突っかかる。

 

「なんやとぉっ!ポリシーは大事なもんなんやで」

「ますますバカっぽい」

「んんなんやとぉぉっ!」

「鈴原、食事中よ!」

「まあまあ、とにかく食べてよ食べてよ、たくさん作ってきたからさ♪」

 

 その会話の端で、レイがキクラゲ入りの味噌汁を飲んで一人ポカポカしていたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 その頃、ゲンドウたちの乗った宇宙船は、地球を背景に無重力空間を飛行していた。冬月は、窓から外の景色を眺めていた。

 

「これが母なる大地とは……痛ましくて見ておれんよ」

 

 南極点付近にぽっかりと穴を開けた地球。その黒い穴の周辺には赤や紫などの多色の輪が広がっている。

 

「だがしかし、この惨状を願った者たちもいる。人さえ立ち入ることのできぬ、原罪の汚れなき浄化された世界だからな」

 

 ゲンドウは窓の外を見ることはせず、天井を見つめていた。

 

「私は人で汚れた、混沌とした世界を望むよ」

 

 冬月は地球をまじまじと見続ける。

 

「カオスは人の印象に過ぎない。世界は全て調和と秩序で成り立っている」

 

 ゲンドウは瞬きもせずに一点を見つめている。冬月は、ゲンドウの言葉で顔を機内に戻して呟いた。

 

「人の心が、世界を乱す、か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




☆あとがき

庵野監督の描いてる世界って、スケールでか過ぎ……と、今更ながら感じているジェニシア珀里ですご無沙汰しております。

このシリーズ書いてみて分かったんですが、何やら途方もなく恐ろしい作品に手を出してしまったような気がしております。設定、一から見直しとかないとややこしいことに。笑

さて皆さん、ここまで来ていろいろと不思議ではないでしょうか?「アイツ、変だ」と思われた方、65%くらいはその通りだと思います。
なので、次回も楽しみにしていてください♪


次回のタイトルは予告しておきます。

【第拾話 還りし人(前編)】
【Episode.10 Common Destiny】

僕の中での超重要編となります。

それはそうと、今夜の0706作戦、スゴく楽しみです♪

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