E.V.A.~Eternal Victoried Angel~   作:ジェニシア珀里

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第拾壱話 還りし人(後編)

 

 

 私はなぜ、エヴァに乗っているのか。

 

 優秀だったから?

 

 違う。認めてほしかったからだ。

 

 母に、みんなに。

 

 エヴァという空間は、自分の存在意義だった。

 

 結果を出さなければ、私の価値はない。

 

 だから、無理に強がった。

 

 エリートを気取り、大人ぶり、

 

 自分の「ホンネ」を、圧し殺してきた。

 

 

 

 けれど、全てを失って気がついた。

 

 決して、一人なんかじゃなかった。

 

 私には、支えてくれてる人がいた。

 

 いつでも、求めてくれる人がいた。

 

 そう気づいたとき、思わず涙した。

 

 

 

 だから敢えて、あの世界で拒絶した。

 

 おなじ輪の中に入りたがった自分が、

 

 彼という「他」がいる世界を望んだ。

 

 だから私は、残ったのかもしれない。

 

 

 

 みんなには恨まれるかもしれない。

 

 自分の身ももたないかもしれない。

 

 だけどいい。私は、自由に生きる。

 

 自由に生きていいんだってことを、

 

 彼は、私に教えてくれたのだった。

 

 

 

 

 

《E.V.A.~Eternal Victoried Angel~》

 

【第拾壱話 還りし人(後編)】

【Episode.11 REUNION】

 

 

 

 

 

 猛ダッシュで初号機のところに駆けつけたレイはその勢いでA.T.フィールドを破ると、がっちりと使徒のコアを鷲掴みにした。零号機の手は、掴んだコアのエネルギーによってみるみるうちに高温になってゆく。

 

「くっ……」

 

 レイは増していく激痛に苦しんだ。とはいえ、それも一瞬のことだったが。

 

「レイ、頭下げてっ!!!!!」

 

 1キロほど離れた地点で、陽電子ライフルを持ったアスカが引き金を引いた。

 青白い光は今度こそコアを貫いた。紅いコアは途端に輝きを失い、ガラスが砕けるような音を響かせて破裂し、大量の血を撒き散らして跡形を無くす。

 コアを潰されたサハクィエルは、ゆっくりと羽を下ろした。羽に生えた触手は硬直し、体は黒く変色する。そして、羽の先から触手をまるでドミノのように折り畳んだかと思うと、エヴァの何倍もある巨体から大量の血液を噴出した。

 血の濁流は山を下って街を襲い、第3新東京市のビルや民家を飲み込んでいく。その後に残ったのは、真っ赤に染まった街と、使徒の立ち上げた光の十字架だけだった……。

 

 

 

「ありがとう……みんな」

 

 発令所で使徒の殲滅を確認したミサトは、なんとか作戦が成功したことで、ほっと胸を撫で下ろした。

 

「電波システム回復。碇司令から通信が入っています」

「了解。お繋ぎして」

 

 ミサトが気を抜いている暇もなく、シゲルが報告する。今一度表情を引き締め、モニターの前に背筋を伸ばして立った。

 

「申し訳ありません。私の独断でエヴァ初号機及び零号機を破損。パイロットにも負傷を負わせてしまった他、第3新東京市中心市街地に多数被害を与えてしまいました。責任は全て、私にあります」

 

 ミサトの説明にまず答えたのは冬月だった。

 

「構わん。目標殲滅に対しこの程度の被害はむしろ幸運と言える。予想外の事態への冷静な対応も良かったよ」

 

 続いてゲンドウが口を開く。

 

「あぁ。よくやってくれた、葛城一佐」

「ありがとうございます」

「初号機パイロットに繋いでくれ」

「は?」

 

 ミサトは意外な展開に目を丸くした。

 

 

 

『話は聞いた。よくやったな、シンジ』

 

 エントリープラグの中でゲンドウの声を聞いたシンジは、急な出来事に一瞬戸惑った。

 

「へ……?あ、はい、そりゃどうも……」

 

 そういえばサハクィエル戦後に通信が来るんだった。聞く場所は違えど、そこのシナリオは同じだったのか。

 

『では葛城一佐、後の処理は任せる』

『はい。3人とも、自力で戻ってこられる?』

 

 アンビリカルケーブルを切るタイミングも前史に比べれば全然遅かったために、内蔵電源はまだ1分ほど残されていた。

 

「あ、はい。56番にならたどり着けそうです」

『分かったわ。手の治療しなきゃだからシンジ君が先ね』

「「はい」」

 

 シンジはレイとともに返事をし、ケージへと戻っていった。

 戻る直前に、ふと、遠くにいる2号機を見た。2号機はライフルを片手に、直立したままだった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 シンジは、本部に帰るなり救護室に向かわされた。掌は赤くなり、痣になってしまっていた。そんなシンジに夕食を作るなどという無理はさせまいと、ミサトは自分の奢りで夕飯は外で食べようと言い出した。

 

「どこに行く?折角だから第2東京に行ってパーッとやってもいいわよん♪?」

 

 ミサトは高らかな声をあげた。だがそれに苦笑いしたのがアスカだった。

 

「そんなこと言って、給料日前なんでしょ。極上ビーフステーキとか言われたらどうするつもりなのよ?」

「うっ……」

「近場にいい屋台があるってジャージ野郎に聞いたから、そこにするわよ。エコヒイキも肉が苦手みたいだし、ラーメンなら食べられるでしょ?」

「別に……最近は大丈夫……」

「へぇ、そうなの?ま、とにかく行きましょ?」

「なんか……すまないわね……」

 

 

 

 そんなわけで、アスカやレイも含めた4人は前史同様、あの屋台にやって来た。

 幸い、芦ノ湖南岸はサハクィエルの被害をさほど受けていなかったので、駅伝好きという理由からこの場所に住み着いている屋台のオヤジさんは一足先に第3新東京市に戻ってきていた。これも前史とは変わっていないことだった。

 

「アタシ、鱶鰭(フカヒレ)ラーメン大盛り!」

「私は、ニンニクラーメン」

「僕は、豚骨醤油で」

「私は味噌バターコーンで。合計四つ、よろしく!♪」

「あいよ!」

 

 それにしてもやはり、あまり人のいない第3新東京市は怖いほど静かだった。周囲の電気は落ちているのは非常に不思議で、本当にここが次期首都なのだろうかと疑問に思ってしまう。使徒迎撃用要塞都市であるため仕方はないのだが。

 

(…………ジ)

 

「へいお待ち!味噌バターコーンとニンニク一丁!」

 

 綾波はチャーシュー抜きにはしなかったらしい。普通(とはいえ9割人造だが)の肉ももうだいぶ克服しているようで、最近ではハンバーグにも挑戦し始めていたであろうか。その成長ぶりにはシンジも感心している。

 

(…カ……ンジ)

 

「へい、鱶鰭と豚骨醤油、お待ちどーさん!」

「ありがとうございます」

 

 シンジは礼を言ってどんぶりを受け取る。湯気の上がるラーメンはとても美味しそうだった。割り箸を割り、思いきりすする。

 ふと、ゲンドウの顔が頭をよぎった。前史でも、この場所でミサトに話したから思い出したのだろうか。

 シンジはこの世界に来てから、前史と同じタイミングに記憶が重なることもしばしばあった。今回もそれかもしれない。

 ゲンドウに「よくやった」と直接褒められたのは、前はこのサハクィエル戦が最初で最後だった。そういえば、このタイミングで褒めたのには何か理由があったのだろうか。

 

(バカシンジ……!)

 

 ……ダメだ。

 

 昼間からずっと頭を巡っている。意識を逸らそうとしたがやはり無理だった。

 

 懐かしい響きだった。アスカが呼ぶときにだけ聞くことができた、僕の呼び方。けれど、嬉しいはずなのに、

 

 どうして、腑に落ちないのだろう。

 

「あ、あの、式な……」

「おじさん、ゆで卵二つちょうだい!」

「あいよ~!」

「…………」

 

 言葉を遮られ、シンジは口を閉ざした。

 聞いてどうするというのだ。そもそも何を聞こうというのか。

 複雑に絡みつくような心地のする感情にシンジは戸惑った。もどかしい思いに顔を歪めた。

 ゆで卵の殻をさらりと取ってラーメンに乗せ、尚も食べ続けるアスカを横目に見ながら、シンジも思いっきりラーメンを啜った。

 ラーメンは、信じられないほど美味しかった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 帰ってきたのはそれから1時間後。今日の戦闘はいつになく大変だっただろうから早く寝るように、とのミサトの気遣いで、シンジもアスカもレイも、自分の部屋に戻った。

 だがシンジは寝ることができなかった。布団に横にはなったものの、目を閉じることができず、白い包帯の巻かれた手を見つめていた。

 こうやって自分の掌を見つめるのは、実は結構久しぶりかもしれない。この世界に来てからというもの、こんな風に見た覚えはなかった気がしている。

 その脳裏には、この世界だけではなく、前史も合わせたシンジの、14歳にしては至極濃すぎる記憶の数々が流れていた。

 

 ……なぜ今頃、過去がこんなにフラッシュバックする。

 シンジはその手でいろんなことをしてきた。ネルフに連絡しようと受話器を握ったのを皮切りに、ケージで倒れた瀕死のレイを抱き起こし、ライフルの引き金を引き、光の鞭で火傷し、綾波の乗ったエントリープラグのハッチを必死で回し、トウジの乗った参号機のプラグを潰し、量産機にロンギヌスの槍で貫かれ。不可抗力とはいえ綾波に悪いこともしたし、男として最低なこともした。

 アスカの首を絞めたのも、この手だった。

 それを改めて思い返し、シンジはため息をつく。数々の出来事を背景に、ここに生きている。それが「碇シンジ」なのだと。

 

 ……なぜ。なぜ今頃こんな感傷的になっている。

 手を握ってみる。以前から、自分の心を落ち着けるために無意識にやっていたこの動作。

 この世界に来てからはしていなかったが、今日はなぜか、こうせずにはいられなかった。この世界に来て、ここまで心が揺さぶられたのは今日が初めてだった。

 なぜだろうか。

 

 

 

 そんなことを考えていたせいで、シンジは背後の襖が開いたことに気がつかなかった。

 布団が微かに揺れて、ようやく誰かがいると気づくと同時にそれが誰なのか分かって思わず身体を跳ねさせた。

 

「……!?ち、ちょ……」

「こっち向かないで」

 

 アスカだった。振り向こうとしたシンジを、すかさず声で封じた。

 

「あ……う……ん」

 

 どうしていいか分からずに、シンジは身体を固めた。

 

「七光り……ちょっとだけ居させて」

「…………うん」

 

 アスカは息を吐くように小さな声でこっそりと言った。シンジは返事だけ返すと、手元に転がっている音楽プレイヤーに手を伸ばし、再生ボタンを押した。とてもじゃないがこの状況、長くは耐えていられそうになかった。

 

「ねぇ……七光り……」

「っ……なに…?」

 

 イヤホンを耳につけようとして、阻まれた。シンジはその手の行き場所を失い、イヤホンを握ったまま静止した。

 

「昼間……どさくさに紛れて、名前、呼んだでしょ」

「あ、ご……ごめん……」

 

 目を泳がせながら、シンジは小さく返す。

 

「………どうして?」

「……え?」

「だから、どうして名前で呼んだのよ」

「え……と、それ、は……」

 

 返答に迷った。どうするべきか、この時のシンジには全くわからなかった。

 

「…………答えて」

「っ…………」

 

 語気を強めてアスカは訊いた。

 

 シンジは悩んだ。このままはぐらかしたとして、今のアスカが諦めるとは思えない。だが、話してしまっていいのか。

 過去のアスカのことを……

 しばらく悩み沈黙した末に、シンジは呟いた。

 

 

 

「……惣流……」

 

 

 

 どこまで明かしていいかはわからない。だが、知らないということは、非常に不愉快だろう。自分も同じだったから。

 

 アスカが「何よそれ?」と訊き返してくるのを待った。

 

 応答は、なかった。

 

 少しして、背後から抱き締められただけだった。

 

 

 

「え……ちょ……っ?」

「…………っ……」

 

 アスカはシンジの背中にしがみつき、肩を震わせていた。

 

「アス……カ……?」

「っ、こっち向かないでって……言ったでしょ……っ」

 

 咄嗟に振り返ろうとしたシンジを、アスカはさらに強く抱き締めた。

 アスカは、泣いていた。

 

「……っ……うぅっ……」

 

 シンジがアスカの泣く場に遭遇するのはこれが2度目だった。前史でのアラエル戦、その直後に彼女が流していた涙は、絶望と恐怖に怯えている涙だった。

 だが、今回は違った。

 

「バカ……」

「え……」

「本当に、バカなんだから……っ……!」

 

 アスカはすがり付くように泣いた。シンジは身動きもとれず、ただ呆然と彼女のすすり泣く声を聞くだけだった。

 

 惣流。

 

 その二文字はアスカを震わせた。シンジの放ったその短い単語は、彼がこの世界の人間ではないことを示すには、

 そう、「アスカ」と同じ道を辿ってきたことを示すには、十分すぎるものだったのだ。

 

「……そ……っか」

 

 シンジは今、漸く理解した。アスカも自分と同じで、あの崩壊した世界から戻ってきた、逆行者だったのだ。

 惣流・アスカ・ラングレー。シンジを最後まで拒絶し、本当にその存在を求めてくれた、唯一の女性(ひと)。シンジが、一番好きだった女性(ひと)

 いつのまにか、シンジも涙を流していた。どうしてアスカは黙っていたのだろうか。どうして自分はアスカに気づいてやれなかったのだろうか。

 そんな悔しさと共に、どうしてこれほどまでに、彼女のことで心を揺さぶられるのだろうかと自分自身に問うた。

 まさか、また会えるなんて。

 胸の奥から抉られるようなほどの嬉しさに、涙はとどまる気配を知らず、溢れ続けたのだった。

 

「久しぶり……アスカ……」

 

 

 

 

 

「……落ち着いた?」

「……ええ。アンタも大丈夫?」

「うん」

 

 その後、そのままの体勢で10分以上も泣き続けた二人は、ミサトを起こさないようにそっと部屋を抜け出し、冷蔵庫から2Lのミネラルウォーターを取り出してきてその半分を飲み干した。

 

「まさか、アスカも戻ってきてたなんてね……」

 

 鼻をすすりながらシンジは笑った。

 

「ええ、こっちも驚いたわよ。名前変わってるの私だけだから、てっきりアンタもこの世界の住人かと思ってたもん」

「そういえば、名前……」

「あぁそれ?私も疑問に思ったのよね。なんかよくわかんないけど、経歴もまるで違うし」

「……どういうこと?」

「なんかね、ママがハッキリしてないのよ。キョウコって名前の人、今にも過去にも、一人もいないの」

「そう……なの」

 

 シンジは少し言葉を濁した。母のことが大好きだったというアスカに少し申し訳ないと思った。

 惣流アスカの母:惣流・キョウコ・ツェッペリン。エヴァ2号機の初期起動実験の被験者。だが実験は失敗し、魂がそのまま2号機に取り残され、精神状態が崩壊したまま自殺してしまう結果となった。その過去があり、惣流アスカは自分の存在意義の否定を恐れ、無理に強がり、意地を張り続けていた。

 量産機との戦いの時に、2号機に眠っていた母の存在を理解し、一瞬とはいえ立ち直ることができた。だからこそアスカにとって、母の存在というのはとても大きいのだ。それはシンジも同じだった部分もあるから、その母親がいないかもしれないというのは、アスカを想うシンジにとっても少し心を痛めるものだった。

 

 そんな風に心配そうな顔をするシンジを見て、アスカはフッと微笑んだ。

 

「違う世界だから仕方ないわよ。聞くところによると、加持さんとも全くと言っていいほど関わりなかったらしいから」

「えっ、あれ元からなの!?」

「何よ、そんなに驚いて」

「いや、てっきり、君だからだと……」

 

 アスカが加持に興味を持っていなかったのは、彼女が過去から遡ってきていたからだと、シンジはついさっき納得したばかりだった。アスカはそれを聞いてカラカラと笑った。

 

「どうしてそう思ったのよ~?」

 

 全く、分かっているくせにわざと聞いてくる。こういうところは昔と全然変わってないんだから。そうシンジは思う。

 でも、そんな彼女だからこそ、愛しく感じてしまうのだ。

 

「……独占欲、強いんだろ?」

「………覚えてたのね」

 

 シンジはにっこりと微笑んだ。

 

「忘れるわけないよ」

 

 あの赤い海で、アスカから受けた告白。

 

「あんな顔見せられたら、二度と離せやしないさ」

「………バーカ」

 

 あまりにも唐突すぎる、直球すぎる口説き文句に、アスカは頬を真っ赤に染めてシンジから顔を背けたのだった。

 

 

 

「それにしても、どうして戻ってこれたのかしら……ほーんとそこのところ、謎で謎で仕方がないわよ」

「確かに、もうダメだなーって思ってアスカの手を握ったはいいけど、気がついたらサキエルの日だったし」

「サキエルの日って、アンタが初めてここに来た時よね?」

「そそ。最初の二、三週間はそんなにシナリオも変わってなかったからね、その間はいろいろ楽だったんだけどさ。……楽じゃないミサトさんは相変わらずだったけど」

「にしても、めいっぱいからかってやろうと思ったのに、何だか最近調子いいのよね。なんだかつまんない」

「まぁまぁ。ミサトさんにはいざというときに役立ってもらわなきゃ。無能じゃ困っちゃうよ」

「アンタ、あの女を思いっきり利用してるわね……」

「…………結局はね」

 

 自分のエゴとは、よく言うものだ。

 

「けど、アンタのやってることは正しいわよ。少なくとも私は、そう思う」

「……ありがとう」

 

 どちらからともなく笑い出す。逆行してから今までの時間を隅々まで埋めていこうとするかのように、二人は話し続けた。

 

「アスカはいつ戻ったの?」

「アンタと同じくらいよ。確か、2号機のシンクロテストの直前だったかな?戻ったばっかだからワケわかんなくて、シンクロ率最高記録叩き出しちゃった♪」

「嘘!?凄いじゃないか!」

「そういうアンタも99.89だったんじゃない?」

「へっ!?なんでわかったの……!?」

「愚問ね、アタシも同じだったからよ」

「へぇ~……なんか意味でもあるんかなぁ、99.89?」

「さぁね。それはそうと、そんな数値出して感づかれたりしてないわよね?」

「大丈夫。僕のこと知ってるのはとりあえずリツコさんと加持さんだけだよ。父さんもかなり翻弄されてるみたいだし♪」

 

 シンジはそう言い、まさにその父親譲りの不敵な表情でニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 ゲンドウと冬月はようやくネルフ本部へと帰ってきた。暗い中でも、第3新東京市と芦ノ湖が赤く染まっているのが見てとれた。

 

「またゼーレに小言を言われるな」

「ああ。だが、被害はこれでも最小限に抑えている。第8の使徒殲滅の遂行、印象は悪くない筈だ」

「死海文書では、あと4つか……」

「ああ。…………冬月」

 

 ゲンドウは急に立ち止まった。

 

「……ゴルゴダに電話を繋いでくれ」

 

 

 

 ******

 

 

 

「ほはよぉ……」

 

 一夜明け、窓からは次第に陽の光が射し込んでくる。目が覚めたミサトは一升瓶を手に、あくびをしながら襖を開けた。

 

「あ……おはようございます、ミサトさん……」

 

 シンジは目の下に隈を作って弱々しく答えた。結局、延々とアスカと話を続け、結果的にほぼ徹夜となってしまったのだ。眠たそうな目とは裏腹に、満面の笑顔を浮かべてはいるが。

 

「ん?大丈夫、シンジくん?かなり眠たそうだけど」

「……えぇ、結局寝つけなくって、あんまり休めてないんです」

「もー、育ち盛りなんだから、ちゃんと寝とかないとダメよ。……仕方ないから、たくさん昼寝しときなさいね?今日は学校休みみたいだし」

「はい、ご心配お掛けしてすみません。でも今日はネルフに少し用事があるので……」

「あらそうなの?」

 

 ミサトは空の瓶をテーブルに置いて髪を縛り直した。

 

「とにかく、体調には気をつけてね。ところでまだ寝てるの?」

「アスカですか?いえ、顔洗いに行ってるはずですが」

「シーンジぃっ、洗顔フォームの予備どこにしまってあんのよぉ!?」

「へっ?予備って、そんなに残ってなかったんだっけー?っとミサトさん、ちょっとこのブロッコリー頼みますね」

「えっ?あっ、ちょっとぉ!?」

 

 菜箸を押しつけられ、何も言えぬままミサトは一人キッチン台に取り残された。仕方がないので、鍋に浮かび茹でられているブロッコリーを適当にかき回した。

 その背後で、既に朝食を食べに葛城家に来ていたレイが、食器棚からミサトの弁当箱を取り出していた。

 彼女の視線は、洗面所の方へと向いていた。

 

 

 

 

 

 信号が青に変わり、伊吹マヤは横断歩道を渡る。第3新東京市のほとんどの企業がまだ営業を再開していない中、特務機関NERVは今日も通常運転である。

 途中、ジオフロント行のケーブルカーにて、青葉シゲル、日向マコトと合流した。

 

「あっ、おはようございます!」

「おっ、おはようマヤちゃん、今日も早いね」

「そういう日向さんたちこそ、まだ7時半ですよ?」

「ハハッ、確かにね。でも休んでられやしないからなぁ」

「僕は第8の使徒の落下現場の現地視察、シゲルはエヴァ3機の修理計画の立案、マヤちゃんの方は赤木博士と陽電子砲の再改良やるんだっけ?」

「はい……本当、やることが多いですよね」

「仕方ないさ、それが俺たちネルフなんだし」

「それに……」

 

 3人は、隣の車両に座っている少年少女をチラッと見た。

 

「大人が逃げてちゃダメだもんな」

 

 マコトが微笑みながら言った。

 

「……ですね」

「だな……。でもマコトお前、ちゃっかり一番奥に座ってる葛城さんの方をじっくり見つめてるよな」

「…………不潔です」

「いや何でそうなるんだよぉ!?」

 

 

 

 

 

「へーぇ?まさか貴女も……」

「そ、本当の名前は『惣流・アスカ・ラングレー』。今のところ他言無用で頼むけど」

 

 学校が休みなのを最大活用、シンジとアスカはネルフに赴き、協力者であるリツコにアスカのことを話していた。

 

「それはそうとリツコ、角砂糖あと2つ頂戴……流石にコレは苦すぎよ……」

「そうかしら?」

 

 二人の目の下には濃い隈、そして時折シンジが背を向けて欠伸をする仕草。これらから、リツコは二人がほぼ徹夜の寝不足なのではと踏んで、かなり高濃度のコーヒーを淹れていた。苦さでいえばエスプレッソ超えだ。

 

「おかげで目は覚めましたけどね……」

 

 シンジは自嘲気味に笑った。

 リツコはシュガーポットをアスカに渡すと、話を切り替えた。コーヒーをあえて苦くしたのは、本当は二人と真面目にある話をしたかったからだった。

 

「ところでシンジ君、アスカ、この世界にいるイレギュラーは、あなた達だけで大丈夫なのよね?」

 

 シンジは突然の質問に目をパチクリさせた。

 

「……というと?」

「ミサトとか加持君とか、一番はレイね。前の世界の記憶を持ってたりしないかってこと」

「……ええ、とりあえずは」

「それと何の関係があんのよ」

 

 コーヒーに砂糖を加えたアスカが不思議がった。

 

「この間シンジ君が言ってたじゃない?『サードインパクトが起こった後、地上に残されたのはシンジ君とアスカだけだった』って」

「「あ……」」

「これまでのシンジ君の証言のなかで、疑問に思うところを私なりに考えてみたのよ。それで、あなたたちが何故この世界に来られたか。それを紐解く鍵がそこにあるような気がしてきたの」

 

 リツコはこういう謎や疑問を見過ごせるほど寛容ではないのだ。不思議に思ったことはとことん突き詰める。第二東京大時代のとある教授から教わったことだ。

 

「…………」

「あとは、そっちの世界の記憶を持ち合わせたままこの世界で生きていられるその理由なんだけど」

 

 リツコはそう言うとタブレットにある文字を打ち込んだ。

 

「輪廻(りんね)……?」

「そう。人が何度も転生し、また動物なども含めた生類に生まれ変わること。普通、人は誰でもこれを経験すると言われているわ。嘘か本当かはともかくも、前世の記憶を持ち合わせてることもしばしばある」

「でもリツコ、私たちの場合、輪廻というよりは逆行じゃ……?」

「ええその通り。あなた達二人は、まるで同じ時間、同じ場所から生活しているの。でも逆行の事例は今まで、ただ一つもないわ」

「…………」

 

 シンジとアスカは息を呑んだ。

 

「あなた達の壊れた世界を完全に理解した訳じゃないし、この考えが適用されるか定かじゃないけど、一つ仮説があるの」

「……何ですか」

 

 シンジはコーヒーをテーブルに置いて前屈みになった。

 

「人の、リリンの還るべき場所。リリスの力よ」

「リリス……?」

「これを説明するには少し時間がいるけど、整理しながらついてきてくれるかしら?」

 

 シンジとアスカは一瞬目配せし、すぐに強く頷いた。

 

 

 

「15年前、葛城博士……ミサトのお父さん、彼が調査隊を組織して南極に行ったのは知ってるわよね。もちろんミサトも同行していたわ。その時、セカンドインパクトが引き起こされてしまった。けれどそれから15年後、すなわち今年、使徒は再び、サードインパクトを引き起こすためにこの街に襲来する、そう予言されていたのよね?」

「え、ええ」

「なぜ15年も空いたのか、気になったことはなかった?」

「そういえば……」

「サキエルからシャムシエルまではたった3週間、その後も1か月経たずで襲来してたってのに……」

「セカンドインパクトの時、アダムはバラバラになったんじゃないかしら?」

「そういえば……あの後、魂はカヲル君になって、肉片は復元して父さんが……」

「しかもその肉片、復元されたのはつい最近じゃない?」

 

 リツコが確信めいた声色で訊く。

 

「そうそう、加持さんが私のボディーガードを口実についてきたのも、アダムを密輸するためだったわ」

「……やはりね。アダムが生きるのも儘ならない状態だったから、その同系民族の使徒は15年間もここに来られなかったのよ」

「……ってことは……!」

「アダムの子である使徒、それと同じに、リリスの子であるリリン、私たちは、リリスなしには生きていけないの。あなた達の世界では、リリスはレイの形をしたまま崩れ去ったって言ってたじゃない?その崩壊が、本当にリリスの『死』だったかっていうことよ」

 

 シンジとアスカはハッとした。

 

「……そうよ、リリスが完全に消滅したのなら、私たちはその時点で死んでたはずだわ」

「そうだ、生きてたんだ。……そういえばあの時、あの赤い海の上で綾波も立ってた、一瞬だったけど……」

 

 それを聞いて、アスカは途端に目を吊り上げた。

 

「……ってまって待って待って!?シンジ、あんた戻ってくるとき何か聞こえたりしなかった!?」

「え……、何かって、何さ……?」

「こぅ、説明できないけど、脳の奥に響くような……」

「……っ?!」

 

 

 

 

 

『世界が、終わることは、決してないわ…………』

 

 

 

 

 

 逆行のトリガー、それを仕組んだ正体を、シンジは掴んだ気がした。それもなんとなくではなく、ほぼ確信に近かった。

 

「…………綾波だ」

 

 はっきりと思い出した。あの瞬間に聞こえた声は紛れもなくレイのものだった。碇ユイでも、初号機でもなく、リリスとなった綾波レイだった。

 

「世界が終わることは決してあり得ない。けれどリリスもアダムも崩壊に追い込まれて、あの地球の意識生命的な歴史が終わりそうだったんだ。だからリリスは、綾波は、自らが完全に死ぬ前に意識だけをこの世界に引き継がせた」

「その時、地球に残っていた生命が、たまたま私たちだけだったってことね……」

「だからさっき、綾波とかがこの世界に戻ってきてるかって訊いたんですか……」

「ええ。世界に、終焉など存在しない……面白いわね」

 

 口元を歪めるリツコの表情は、隠された謎に挑む科学者の顔だった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 そのレイは、現在ある実験のためにと一人呼び出され、NERV地下実験施設の円筒状水槽のL.C.L.に浸かっていた。その部屋の隅にはミサトもいた。

 

「レイ、食事にしよう」

「……はい」

「……」

 

 司令室に移動する3人。ミサトがこの場にいることがゲンドウはおもしろくない。ミサトは現在パイロット3人の保護者代理人。しかもここしばらくでネルフ職員にとってのミサトの株は現在進行形で上昇中。なので、下手に退出を指示して迂闊に職員の反発を買うこともできない。ゲンドウにはまだ時間が必要だった。

 対するミサトは、シンジに頼まれてこの場に入り込んでいる。レイのダミーは既に破壊されたと聞いているが、念のため、ゲンドウが変なことをしないようにそれとなく監視しててほしいと言われていた。

 

「……碇司令」

「……なんだ」

「……あと、どれくらいかかりますか」

 

 レイが質問する。レイは誰に注文したのか、綺麗な形のオムライスを端からパクパク食べていた。

 

「……」

 

 ゲンドウは目を逸らした。司令室の隅でカップラーメンをすするミサトの時折向ける鋭い視線が非常に怖かった。

 

「……今日中には終わる」

「……わかりました」

 

 レイはホッとした。

 早く帰りたかったのだ。家族であるシンジに早く会いたかった。そこでレイは、ふと思い至る。

 シンジとゲンドウも親子だが、どこかよそよそしい感じがする。でもシンジはそんなに他人行儀な言い方はしたことがない。

 となると、避けているのはゲンドウの方か。

 

「……碇司令」

「……なんだ」

「碇君のこと、どう思いますか」

「……」

 

 ゲンドウは返答に困り、シャトーブリアンを切り分けていたナイフとフォークの手を止めた。そのことについては、考えることをやめていたから。

 ゲンドウの脳裏に、シンジを駅に置き去りにした時の光景が蘇る。ユイを失ってから、父親としての自分が怖くなったのだ。

 このままだと、お互いに傷つけあってしまう、その怖さに怯えているのだ。だからこそゲンドウは常に孤独に震えているのだ。

 残念ながら、ゲンドウはその事に気づけないでいるのだが。

 

「……今はそのような余裕はない。だから考えていない」

「そう……ですか」

 

 部屋の隅でパイプ椅子に座るミサトは、二人の様子を伺いながら厳しい目つきで一気にラーメンのスープを飲み干した。

 どうでもいい話だが、ミサトはこの時、カップラーメンより1時間前にすでに食べ終えたシンジの弁当の方が断然美味しかったという。もっとも、比べるだけ無駄だったが。

 

 

 

 




☆あとがき

支離滅裂とはよく言うものです、はい。
今回は、感動の再会だったはず……うん。(苦笑)
あと、レイのオムライスについては、
ただ単に私の好物だからです。(苦苦笑)
なお、ゲンドウは最高級ということで。(笑)

還りし人、正解はアスカでした。私の物語で「アスカ」というキャラクターを描くに当たっては、新劇場版を見て以来ずっと考えさせられている「惣流から式波への設定変更」の謎を取り入れようとしていました。

実は企画当初はシンジとアスカの二人が逆行することしか決まっていなかったのですが、ただ逆行するのもなんとなくありきたり、書いてても萎えそうな気がしてたので、「だったら新劇場版の世界線でいけば……!」と思い立ったのです。(加持に興味をもたない様子、やたらとWonderSwanを持ち出す行動、その他諸々から、もしかしたら本編でも逆行してんじゃないのかと破を初めて見たときに思わされたこともあるほどなので。)

さてですが、「エヴァ」という作品は、旧世紀版も新劇場版も例外なく《上げて落とす》のが大変得意な作品だと思っております。

私の物語は基本的にスパシンですが、その上で、
「少々覚悟していただきたい部分」もこの先ございます。

それをお伝えして、今日は終わりにします。
ではまた。

追記:ラーメン屋のオヤジが駅伝好きなのも私の趣味です。箱根と言ったらエヴァと並んで箱根駅伝。あと数年で100回ですね♪
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