E.V.A.~Eternal Victoried Angel~   作:ジェニシア珀里

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第拾弐話 渦巻く葛藤

 3ヶ月前の事だ。

 

「……っ!?」

 

 突然に目が覚めたその場所は、見馴れたコックピットの中だった。

 

「……エヴァ?」

 

 一瞬、状況が飲み込めなかった。

 ゆっくりと、周囲を見渡して、自分が今何をしているのか、寝起きのようなぼぅっとした感覚に囚われながらも理解を試みた。

 ふと、違和感を感じて左目に手を当てた。

 痛くなかった。しかも、しっかり、物を見ることができる。

 

「……治って……る?」

 

 その時、突如コックピットにアナウンスが響き渡った。

 

『Bereit. Wir werden das Experiment der Evangelion-Normal maschine vom Typ 2 beginnen. Eintrag, Start.(準備完了。これより、エヴァンゲリオン正規実用型弐号機の起動実験を始めます。エントリー、スタート)』

「Experiment!?(起動実験っ!?)」

 

 久しぶりに聞いた母国の言葉に懐かしさを感じたのも束の間、思いがけない指令に思わず叫んでしまった。

 

『?……Was ist los?(?……どうかしました?)』

「Ah ... nein, danke.(あ……いえ、よろしくお願いします)」

 

 何が起こっているのか、全く把握できずに思考の袋小路に迷い込んでしまった。

 だがその結果、「99.89%」という驚異のシンクロ率を叩き出してしまったことは、誤算であると同時に必然であったのだろうと、今にしてみればそう思う。

 

 

 

「式波・アスカ・ラングレー」としてこの世界に戻って来てから、不思議に思うことばかりだった。1年前、自分自身が辿ってきた途を繰り返すようであったこともそうだが、その反面、それまでの経歴は全く異なっていたからだ。

 その1つが、人間関係に関してのこと。

 例えば加持さんだ。今は全くだけど、前の世界では私は加持さんに憧れていたから、こっちの世界でもそうだろうと思っていた。加持さんは世界最強のトリプルフェイス、接し方が変わって、彼の鋭い眼光に止まってしまうのは非常にヤバいと思ったので、無理矢理な演技で加持さんに話しかけた。

 のだが。

 

「加持さぁん♪」

「ん?アスカか。珍しいな、そんなにハイテンションで。何か良いことでもあったか?」

「…………はい?」

 

 逆にヤバい状況を作ってしまったような気がしたのは内緒である……。

 

 もう一人はママだ。こっちは驚いたことに、存在すらも一切不明だったのだ。

 ドイツ支部のコンピューターの私のプロファイルに検索をかけたところ、母親に関する項目全てに、詳細不明を示す「Details unbekannt」の文字がついていた。

 私の生い立ちも全く異なっているという予想外の有り様を知ったのもこのときで、その驚愕の事実に3分以上微かにも動けなくなったのは仕方のないことだった。

 

「式波の代償……か……」

 

 

 

 その2ヶ月半後、私は出現していた第7の使徒を殲滅しながら、再び日本へと降り立った。

 正直、第7の使徒戦はとても楽しかった。少なくとも、空中回転してコアに蹴り込む位には。というのも、ようやく会えると思ったからだ。

 あの、スーパー弱虫の根暗七光バカに。…………ね♪

 

 

 

 

 

《E.V.A.~Eternal Victoried Angel~》

 

【第拾弐話 渦巻く葛藤】

【Episode.12 Swayed of Little Love】

 

 

 

 

 

「むぅー……、2号機の赤は大好きなのに、この赤は本当に嫌いよね……」

 

 アスカは通学路を歩きながらいかにも嫌そうな顔でボソリと呟いた。あれから6日経ったとはいえ、津波のごとく第3新東京市を襲ったサハクィエルの血液は、いまだに流れ落ちていなかった。

 

「血……だもんね……」

 

 シンジは徐に答えるが、その言葉の裏に別の意味があることにはアスカも既に気づいている。

 全てが崩壊したあのサードインパクト後の世界。その赤と、全くと言っていいほど同じであるからだ。

 学校も辛うじて今日から再開するが、校庭も校舎もまだ赤かった。……今夜から明日の朝にかけて雨らしいから多少はマシになるだろうが、気持ちのいいものでは到底ない。

 

「セーンセ!!」

「「わっ!?」」

 

 突然、シンジは後ろから飛びつかれ、それの勢いにアスカまでもが思わず飛びのいた。肩に腕を回してきたトウジは、相変わらずのジャージ姿でニカッと笑った。

 

「トウジ!!」

「相も変わらず美少女と仲良く登下校とは、ホンマ羨ましいやっちゃなぁ~」

「……だってさ、アスカ」

「はん、アンタに褒められても嬉しくもなんともないわよ。それに、アタシの他にも美少女はたくさんいるでしょうが」

「……は?」

 

 冷やかしのつもりで声をかけたはずのトウジは、思わぬ切り返しに目を丸くした。

 

「ほらシンジ、早く行かなきゃ。アンタ今日日直でしょ?」

「あぁそうだった! ごめんトウジ、また後で!!」

「お、おぅ……?」

 

 トウジは去り行く二人を呆然と見送った。そこに、背後からケンスケが険しい表情でやって来た。

 

「なぁトウジ……あいつら、今……」

「あぁ……『アスカ』に『シンジ』やと……?」

「……というか、式波のあんな表情始めて見たぜ」

 

 ケンスケはそう言うと人差し指と中指で眼鏡を整える。

 

「……なーにがあったんやろなぁ?」

「この一週間で……」

 

 二人は職員室に駆け込むシンジとアスカを眺めながら、怪訝な表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

「「なんだ(や)とぉぉ!?」」

「だ、だからそのままの意味だよ……」

 

 場所と時間は変わって2A教室ホームルーム直後。世紀末のような驚愕の表情を浮かべたケンスケとトウジに、シンジは頬を赤らめながら一瞬たじろいだ。

 

「碇……碇だけは味方だと思ってたのに……」

「あ、あの……?」

「裏切り者や……」

「えぇぇ……いいじゃないか。僕だって恋はするんだよ?」

「その相手が式波なのが一番信じられないんだけど……?」

「そうや、あんな乱暴で顔が堅くて自分勝手で我儘で思いやりのカケラもあらへんあの女のどこgぅ!?」

 

 視界から一瞬でトウジが消えたかと思えば、アスカが()()()拳を握り締めていた。

 

「何か言ったかしら、えぇ?? 色黒万年朴念仁ジャージのス・ズ・ハ・ラ・クン???」

「っでで………な、…なんやとぉ!? シンジ、やっぱおかしいやろ、お前と式波が付き合うとガゥハァッ!!」

 

 体勢を立て直し、起き上がったかと思えばトウジは再び消滅した。無論、彼の言うことも当然理解はできるのだが、それも含めてシンジはアスカのことが大好きなのであり、今更それを覆せる事象など存在しないのだ。なので、今のところ、殲滅されたことに対する同情くらいしかしてやれそうになく、窓に激突して目をまわす彼に、シンジは黙って手を合わせた。

 

「つくづくウルトラバカ。ヒカリが可哀想でならないわね……」

 

 微かに聞こえたその意見に、シンジも深く同調した。委員長も大変なものである……本当に。

 

「ところでシンジ、今日の弁当は?」

「あぁはいはい。これがアスカのね。あとこれ、綾波に渡しといてくれる?僕、先生に呼び出し受けててさ」

「りょーかい♪」

 

 アスカは弁当袋を2つ受けとり華麗にかしこまポーズをしながら、職員室に向かうシンジを見送った。

 

「あーぁ、式波のこと、陰で少し狙ってたんだけどなぁ……」

「アンタには絶対に靡かないから心配しないで?」

 

 小走りで去るシンジの背中を見送りながら小さく呟いたケンスケに、アスカはニッコリと笑って答えた。

 

「……そんな眩しい笑顔で言わないでくれよ……」

「フフン、落ち込むだけ落ち込みなさい?♪」

 

 相田ケンスケ、この瞬間にKOである。

 

「そっかぁ、でも確かにアスカ、転校してきてから碇君のことずっと気にしてたもんね♪」

 

 ヒカリが微笑ましげに言った。

 

「うぇ!?まさかバレてたの!?」

「自覚はあったんかいな……」

 

 ようやく起き上がったトウジも呆れるばかりだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「あら珍しいわね。今日はエレキじゃないの青葉君?」

 

 ミサトが作戦会議室に入ると、そこでは青葉がアコースティックギターを弾き鳴らしていた。今は休憩時間ということもあり、部屋には彼一人だけだった。かく言うミサトも休憩に来ただけであり、近くの椅子に腰を下ろした。

 声をかけられた青葉は手を止めて立ち上がった。

 

「あぁ葛城さん。なに、たまには電子音じゃなくてこういう自然な音もいいかなって思ったんすよ」

「なるほどねぇ。ちなみに何弾いてたの?」

「『Hedgehog's dilemma』って曲ですよ。20年ほど前に作られた歌詞はない曲ですけど」

「Hedgehog……ヤマアラシのこと?」

 

 しばらく前に聞いたことのある単語だった。

 

「ええ。直訳すると、『ヤマアラシのジレンマ』っすね」

 

 ヤマアラシ……か……、とミサトは思った。

 

「青葉君、まだ時間大丈夫かしら?良かったら聞かせてくれない?」

 

 

 

 元はピアノ曲だという「Hedgehog's Dilemma」。優しく流れるような、どこかジャズに似たギターソロ。けれど、少しもの悲しげな旋律。およそ「葛藤」を表すには文句なしだった。

 その、虚空に流れていそうな音を聴きながら、ミサトは、数日前にリツコと話したことを思い出した。

 

「どうだったかしら、レイの様子は?」

「問題ないわ。なんか変な筒状の水槽に入れられてたけど。特に変なこともなかったし」

「そう。ならよかったけど」

「って、あの水槽とやらはいったい何なのよ。司令の趣味とかじゃないでしょうね…」

「否定はできないけれどね…」

 

 リツコは引き攣った笑みを浮かべた。全面ガラス張りとは、誤解されても文句など言えるだろうか。もう少し良いシステムを構築しても良かったのではとため息をつく。

 

「でもそれ以上に重要なのは、レイが人の手で創られた存在だってこと。何かあったりすると大変でしょ?だからたまには検査しないとなのよ。レイには本当に申し訳ないけど……」

「なるほどねぇ…」

「クローンの素体を破壊するまでは記憶のバックアップもやってたんだけれどね」

「今となっては、完全に無意味っつーことか…。……それはそうとリツコ、一つ聞いていい?」

 

 ミサトは表情を再度正し、リツコに向き直った。

 

「司令は何を怖がってるの?」

「……どういうこと?」

 

 リツコはミサトからの意外な質問に思わず聞き返してしまった。

 

「あの日の昼食、レイと碇司令の話を聞いて不思議に思ったのよ。碇司令は、もしかしたら故意にシンジ君を避けてるんじゃないかって……」

 

 リツコは視線をミサトから外し、天井の一点を見つめた。遂にミサトも気づいたか、と改めてゲンドウの弱点を認識させられたように思ったのだ。

 

「……あの家族はね、とても複雑なのよ。ユイさんも含めて」

「ユイさん……って、シンジ君のお母さんのこと?」

「ええ。碇司令がああなったのは、ユイさんがいなくなってからだもの。それ以前は不器用ながらも、表情豊かな人だったわ」

 

 ミサトは過去のゲンドウをイメージしようとしたが、リツコの言葉通りにどうしてもならず、人差し指で頬をかいた。

 

「今の司令の態度からは、想像もつかないわねぇ……」

「仕方ないわよ。ヤマアラシのジレンマって、知ってる?」

 

 リツコは少しだけ話題を変えて質問した。

 

「ヤマアラシ?あの、トゲトゲの?」

「ええ。ヤマアラシの場合、相手に自分のぬくもりを伝えたいと思っても、身を寄せれば寄せるほど身体中のトゲでお互いを傷つけてしまう。人間にも同じことが言えるわ。特に司令はね。ユイさんを失ってからずっと、その痛みにおびえて臆病になってるんでしょ」

「ヤマアラシのジレンマ、かぁ……」

「けど……、」

「?」

 

 

 

『あの子は逆に、その状況を打ち破ろうとしているわ』

 

 ミサトの脳裏に、強烈な印象を放つ少年の姿が浮かび上がる。

 彼が来てから何もかもが変わった。殻に閉じこもって傷つかないよう怖がっていたミサトの棘を折り、他人に無関心だったレイを仲間として受け入れて関わるようにさせたり、精神的な傷を髄まで負っていたリツコを救い上げた。

 リツコの言うとおり、彼は人との関わりを拒むことがなかった。むしろ、幾ら傷つこうが、人との距離は縮めるべきだと、そう伝えてくるかのようだ。

 ただ……ミサトには一つだけ、どう考えを巡らせてもわからないことがあった。

 他人を変え続け、シンジは、何をしようとしているのか。

 

(あなたは一体、何を望んでいるの……?)

 

 

 

 そんな疑問を巡らせながらミサトが家に帰ると、なにやら奥でギャーギャー騒ぐ声が聞こえた。

 

「ねぇアスカ、無理しなくても良いんだよ?夕飯くらい僕が……」

「うっさいわね、たまにはアタシがご馳走したいの!それぐらいわかりなさいよ……」

 

 気になってそーっと覗いてみると、心配そうにオロオロするシンジと、気合い十分に棚から調味料を取り出すエプロン姿のアスカがどうやら夕飯のことで言い合っていたのである。

 

「でも、包丁とか大丈夫?手伝うこととかあれば……」

「だから良いの!確かにアタシ不器用だけど……でもやっぱり挑戦したいの!だからシンジ、さっき買いそびれた玉ねぎ買ってきて」

「そ、そう……?じゃあ、なんかあったらすぐ呼んでよ?」

「はいはい、分かってる」

「本当に気をつけてよね?」

「分かってるっての!」

 

 その雰囲気から、だいぶ長いこと言い争っていたらしいとミサトは推測できた。ついに折れたのか、シンジはアスカの方を気にしつつ外に出て行った。隠れていたとはいえ、ミサトに全く気づかなかったところ、本気でアスカを心配しているようである。シンジが外出したのを確認したアスカは、小さく笑った。

 

「全く、本当に心配性なんだから。あれじゃ相当過保護な父親になりそうね……」

「そうね。とりあえず、ツッコミどころだらけなのは分かったわ」

「ヒャエッ!?!?」

 

 ミサト帰ってたの!? と文字通り飛び上がったアスカに、問い詰める価値ありとミサトはニヤリと笑った。アスカは一瞬ヤバいと思ったが時既に遅し、彼女の不気味な笑みに、絶対逃れられないことを悟ったのである。

 そしてミサトは、つい直前まで疑問に思っていたシンジのことも、彼らの、青春を楽しむ姿を見ると、なんかどうでもいいように感じてしまうのであった。

 

「ま、いっか♪」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 その後、夕飯を終え、片付けも風呂も済ませ、何とか誤魔化して寝ようとアスカは試みたのだが、やはりミサトからは逃げられるはずもなくあっさり確保され、シンジ共々根掘り葉掘り聞かれる羽目となった。

 当然時間は遅くなり、翌日二人が寝不足になったのは必至だった。二人の目の下には今日もうっすら隈ができていた。

 

「まさか…………僕まで付き合わされるなんて……」

「ホントごめん……油断してた……」

 

 午前で放課になった学校はともかく、この後昼過ぎに調整テストがあるということ、ミサトはまさか忘れていたのではなかろうか。

 

「いや、出かける前にミサトさんがいるのに気づかなかった僕も悪かった……」

「ってか、ただいまって言わないミサトが悪いわよ。……まぁ別に知られちゃダメってわけじゃなかったけど……」

「でも今のタイミングで知られたくは無かったよね……唐突すぎて」

「そうね……」

 

 シンジとアスカは二人して溜め息を吐いた。しかし、この二人はまだ楽しそうな表情ではいた。

 違ったのは、後ろを歩く、レイの方だった。

 

 

 

 ネルフで昼食を取った三人は、シンクロテスト施設のL.C.L.に浸けられたエントリープラグで、定期的なデータ収集と調整が行われていた。

 

『パイロット、2次シンクロ状態に異常なし。精神汚染濃度、計測されず』

「なんか、イレギュラーな事態がないと退屈ですね。使徒とか現れないもんですかねぇ?」

 

 シンジが皮肉っぽく愚痴を言ってエントリープラグ内で大きく伸びた。それを聞いていたコントロールルームのミサトは、オフィスチェアに乗ってぐーるぐーると回りながらノー天気に答えた。

 

「いーんじゃないのぉ?使徒の来ない、穏やかぁな日々を願って、私らは働いてんの、よっと」

 

 勢いをつけてクルクルと3回転くらいする。使徒襲来の時のような緊張感は全くなく、ミサトの言う通りひっじょーに穏やかである。

 

「昨日と同じ今日、今日と同じであろう明日。繰り返す日常を謳歌。むしろ、感謝すべき事態ね」

 

 リツコはコンソールに寄りかかりながら、コーヒーを飲む。そして、本当は早く事態を収束させたいというシンジの本音を読み取って、小さく微笑んだ。

 

「それにシンちゃんは、使徒がいなくなっても楽しい日常が待ってるじゃな~い♪♪」

 

 ミサトはニヤリと笑った。その一言にシンジとアスカはギクリと顔を硬直させた。思わずリツコも苦笑いする。

 

「ミサト……」

「そ、そうですね! 普通の中学生生活、送ってみたいなぁ~……!?」

「そ、そうよね!エヴァがなくなったらどうなるのか、まあまあ興味あるし!?」

 

 変にたじろぐ二人の態度に、マヤは首をかしげた。

 

「……何かあったんですか、アスカとシンジ君?」

「教えたげよっか?♪」

「「ミサト(さん)っっ!!!!」」

 

 その時アラームが鳴った。モニターにはAll Clearの文字。リツコはマヤの肩にポンと手を置いた。

 

「マヤ、そのことは本人たちから聞きなさい。ほら、終わったわよ」

「は、はい…? とりあえず、チェック終了です。モニター、感度良好」

 

 マヤの報告を受けて、リツコはパイロットに通信を入れる。

 

「お疲れ様。三人とも上がっていいわよ」

 

 

 

 通信をこっそりプラグ間通信だけに切り替えたアスカは操縦桿を動かしながら、モニターに映るコントロールルームのミサトを睨みつけた。その手の動きから、イメージではコントロールルームを殴っているらしい。

 

「ミサトの奴……後で覚悟しときなさいよ…」

「……どうするつもり?」

「相田にでも頼んで加持さんとのスクープ写真」

「oh……」

 

 まさかこんなところでケンスケの隠し撮りの技術が応用されそうになるとは。アスカといえど、意外とえげつないことを考えるものだなと、シンジは冷や汗を流した。(とはいえL.C.L.に溶けてしまって見た目には分からないけれど)

 

「『目には目を、歯には歯を』。一石二鳥なんだし、いいでし…」

 

 そう言ってシンジの映るモニターに目を向けた時だった。

 

『L.C.L.排水開始、3分前……』

 

 オペレーターのアナウンスが三人のプラグ内に響く。直後、シャットダウンのためにモニターの映像は遮断された。

 

「……?」

 

 さっきまでの表情とは打って変わり、アスカは顔を強ばらせた。

 消えたモニターに一瞬映った表情が脳裏に焼き付く。アスカは目元を吊り上げ、金色に輝く自身の髪を手櫛で一撫でした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ヘアックショイ!!」

「なんやケンスケ、風邪でも引いたんか?」

「ん……いや、何でもないよ、大丈夫大丈夫」

 

 まさか噂されているとは露知らず。ケンスケはいつものビデオカメラを持ったまま盛大なくしゃみをした。

 トウジとケンスケは今日も町を遊び歩いていたところだった。ケンスケがまだ少しムズムズする鼻をかきながら顔を上げると、前の横断歩道に、大きな紙袋を持った見覚えのある姿があった。

 

「なぁケンスケ、あそこにいるのってもしかして……」

「あぁ、確かネルフの日向マコト一尉だよ。碇たちの上司、葛城さん直属の部下さ。日向さーん!!」

 

 私服姿ではあったが、太縁の眼鏡はやはり印象深いらしい。ケンスケはマコトに向かって手を振った。

 

「あれ?君たちは確か、第7の使徒が殲滅された後に葛城さんが連れて来てた……」

「はい!第一中学校2年A組の相田ケンスケです!!」

「どうも、鈴原トウジ言います」

 

 当然のことながら、シャムシエルの時にNERVのお世話になってはいないため、二人とマコトが直接会話するのは今回が事実上初めてである。

 

 

「今日はどうしてこんなところに?非番ですか?」

「あぁ……今日は仕事もあまりないからって、葛城さんの洗濯物を取りにね……」

 

 マコトは手に持っている紙袋に目を落とし、苦笑いした。先ほどクリーニング店から電話があり、数日前にジャケットのクリーニングを出していたことをようやく思い出したらしい。しかし現場管理職のミサトは始末書の仕事が今日もたんまり残っている。そこでマコトをパシリに出したのだとか。

 

「……それって給料出るんかいな?」

「……一応はね。ま、これも人類守る仕事の内!どんな些細なことでも、役に立てば嬉しいものさ♪」

 

 キリッと一言決めたマコトに、NERV大好きっ子のケンスケは思わず息を呑んだ。

 

「カッコいい……! 俺やっぱり、将来ネルフで働きたいっす!!」

「そ、そうかい……?」

「はい!日向さんのような優秀な人のもとで!」

 

 信号が変わっているというのに、マコトは詰め寄るケンスケのおかげで歩き出せない。トウジは呆れてため息を吐き、首根っこをつかんで横断歩道を渡り始めた。

 

「えっ、あっ、ちょっ……」

「すんまへんなぁ。コイツめっちゃミリタリーオタクやってんで……」

「いやまぁ……嬉しいけど……」

 

 マコトも、今一度紙袋をしっかり抱え直して横断歩道を渡る。

 

「でも、ネルフもいつなくなるか分からないよ?」

 

 少し遠くの空を見上げて、マコトは少しゆっくりと話し始めた。

 

「特務機関なんて大層な名前ついてるけど、結局は使徒を殲滅するためだけに結成されたような組織だし、使徒が来なくなったら僕たちの役目は終わりだからね。もちろん終わりとか来るのかどうかは分からないけど、そういう橋の上に立ってるんだよ、僕たちは」

 

 マコトは続ける。

 

「僕も今はネルフでこうやって頑張ってるけど、優秀かって考えたらそうでもないのかもしれない。いっつも葛城さんには迷惑かけっぱなしだし、シンジ君やアスカちゃん、それにレイちゃんたちが身を挺して戦ってるところで僕は発令所で指示出してるだけだし、いささか疑問なんだ」

「そんなことないです!!」

 

 ケンスケは堪らなくなって声を上げた。

 

「碇から聞いてます。日向さんにはいつも励ましてもらったり、支えてくれてるって言ってました。例え危険なエヴァのパイロットではなくても、日向一尉は立派な戦士ですよ!」

 

 目力が強い。ケンスケの語気に少し圧倒されながらも、マコトは嬉しくなった。

 

「そう……なのかな。ありがとう。少し、元気出たよ」

 

 いつの間にか3人は桃源台中央駅に到着していた。マコトは自動販売機を見つけると立ち止まり、コーラを3本買った。

 

「これはお礼だよ。話、聞いてくれてありがとう。もし、君が大人になってもネルフが残ってたら、その時は是非スカウトさせてくれ」

 

 そう言うと、コーラを1本ずつ、ケンスケとトウジに手渡した。

 

「は、はい!是非!!」

「ただし」

 

 マコトはケンスケの頭にポンと手を置いた。

 

「ただし、今ある青春を、しっかり謳歌すること。ネルフに入ったら、忙しくてたまんないからね」

 

 それじゃあ、とそう言うとマコトは駅の改札へと消えていった。

 

「やっぱりいい人だなぁ……日向さん」

「確かに、骨のある大人やと思うわ。にしてもケンスケ、お前ホンマにネルフに入るんか??」

「当然だよ!人類のための仕事、日向さんも言ってただろ?些細なことでも、役に立てば嬉しいもんさ。トウジもさ、目標とか夢とか、大きく持っといた方が絶対いいさ」

 

 ケンスケは日向からもらったコーラを開けて喉に流し込む。

 

「せやなぁ……」

 

 夢、と言われて、トウジは彼らのことを思い浮かべた。アイツらは、シンジたちはエヴァのパイロットという、命がけの使命を負っている。けれどもそれに臆することなく、闘い続け、しかも青春もちゃんと謳歌している。

 今朝も、目の下に隈を作っていながら楽しげな表情を浮かべていたシンジとアスカ。最初こそ付き合っているのが信じられなかったが、見ている内にだんだんと微笑ましくなってきた。

 そうか、コイツらは未来に希望を抱いているんだ、だからあんなに笑えるんだと、トウジはその時、気づかされたのだった。

 

 だが……。

 同時に浮上した疑問に、コーラを一口飲んでトウジは考えた。

 

「彼女」は、どうなんやろか……?

 

 

 

「マヤ!」

 

 いつもの制服に着替えたアスカは、一直線にリツコの研究室に向かっていたその中途で目的の人物に邂逅する。即座に声をかけ、彼女が振り向くのを待たずに足取りを速めて近づいた。

 

「あらアスカ……ってどうしたの?顔、怖いわよ……?」

 

 アスカはマヤの前で立ち止まると、彼女の手にあるファイルを一瞬見た。そして素早くマヤの目へと視線を戻す。

 

「それ、今日のデータよね?」

「え、ええ。そうだけど?」

「見せてくれる?」

 

 アスカは真剣な顔で呟いた。

 

「い、いいけど……アスカ、今日は何も問題なかったわよ?シンクロも安定してたし……」

「私じゃないわ」

 

 被せるように言ったアスカの目は、マヤもたじろぐほど鋭かった。

 

「綾波レイ。彼女のデータを見せて」

 

 

 

 

 




☆あとがき

どうも、ジェニシア珀里です。
今回はかなり閑話休題でしたね。でも執筆時間は一番長かったかも……。(日常を書くのが実は一番難しいのです。。。)

だがしかし、しかぁし、今回も言います。私は、
伏線を作るのが大好きなのだぁぁ!!!!
(あれ、前にこれ言ったのは他の作品だったかな……?笑)

さて、彼女は一体この後どうするのやら。
次回もお楽しみに♪

(ちなみに、マヤさんはアスカの真剣さに聞きたいことは聞けなかったみたいです笑)


追記:図々しいことは重々承知ですが。

   感想がほしいです。
   意見質問感想等、心の底から待ってます。m(_ _)m

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