E.V.A.~Eternal Victoried Angel~   作:ジェニシア珀里

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第拾肆話 彼女の決意

「四人目の適格者?!」

 

 葛城家のテーブルでアスカは目を丸くした。シンジが慌てて人差し指を立てると、アスカはミサトが風呂にいるのを思い出してジェスチャーで軽く謝った。

 

「うん。多分そうなんじゃないかって」

 

 シンジは静かに鞄を下ろしながら険しい顔でそう返した。

 

「でもどういうこと?だって普通にいけばフォースは……」

「うん。トウジになるはずだと思ってた。けど彼女、L.C.L.って言葉を知ってた上に、ユーロから極秘入国してきたらしいんだ」

 

 今日の昼休み、シンジは見知らぬ少女と学校の屋上で邂逅した。それが何者なのか分からなかったが、関係者であることは間違いなく、しかも体型的に15歳前後とあれば、否が応でもエヴァパイロットの可能性が浮上する。

 ユーロ。シンジがドイツとかヨーロッパなどと言わずにそう表現したことにアスカは眉をひそめた。

 

「名前は? ……そいつの」

「『マリ』って言ってた。外見も日本人っぽかったけど」

「マリ?………真希波か!」

「やっぱりアスカ、知ってる!?」

 

 シンジは目の色を変えて慌てて椅子に座った。

 

「聞いたことがあるくらいだけどね。でもユーロ支部で姿は見なかったわよ?何でも派遣されてたって……」

「派遣?どこに?」

「さぁ……そこまでは……。けど、どうして極秘入国なんか──」

 

 その時、ものすごい音と共に脱衣所の扉が開き、髪の毛を拭きながらミサトが慌てて飛び出してきた。

 

「ミサトさん!?」

「あっシンジ君、帰ってたのね。悪いけど今日の私の晩ご飯、抜いといて!」

「ちょ、ちょっと何があったのよ!?」

 

 風呂と着替えに帰っただけとはいえ、ミサトは明らかに何かに焦っていた。ミサトはジャケットを素早く羽織ると、厳しい目つきで衝撃の一言を放った。

 

 

 

「消滅したのよ、アメリカ第2支部と、エヴァ4号機が」

 

 

 

 

 

《E.V.A.~Eternal Victoried Angel~》

 

【第拾肆話 彼女の決意】

【Episode.14 Darkness Creeping】

 

 

 

 

 

「Tプラス10。グラウンドゼロのデータです」

 

 急いで本部へ駆けつけたミサトは、作戦会議室に関係者を招集し、緊急会議を開いた。会議室のデスクに立体的に浮かび上がった映像を見ながら、シゲルが説明すると、ミサトは眉を歪めた。

 

「酷いわね……」

「A.T.フィールドの崩壊が衛星から確認できますが……詳細は不明です」

 

 ミサトの後ろに立っていたマコトが報告する。

 

「やはり4号機が爆心か……ウチのエヴァ、大丈夫でしょうね?」

「4号機は……!」

 

 ミサトがリツコの方を向くと、それに反論するかのようにマヤが咄嗟に声を上げた。ただ、隣に座るリツコの手前、その後の言葉を紡ぐことができなかった。

 

「エヴァ4号機は、稼動時間問題を解決する、新型内蔵式のテストベッドだった……らしいわ」

 

 リツコは珍しく自信なさげに言う。

 

「北米ネルフの開発情報は、赤木先輩にも充分に開示されていないんです」

「知っているのは……」

 

 ミサトは何かを勘ぐった表情で、ある人物の顔を思い浮かべた。

 リツコが顔を歪めて歯を食いしばったのには、誰も気づくことができなかった。

 

 

 

 司令室では、冬月が事故データの資料を見ながら状況を確認していた。

 

「エヴァ4号機。次世代型開発データ収得が目的の実験機だ。何が起こってもおかしくはない。しかし……」

 

 ゲンドウは、司令席に座ったまま、何も言わず、黙ってそれを聞いた。冬月も、それ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 本当に事故なのか……?

 

「そう、疑い始めているだろうな、葛城は。だが……」

 

 まさか、本当にただの事故だったとは。

 コンピュータールームのバックヤードで、煙草を吸いながら考え込んでいた加持は、左手に持っていた缶コーヒーを一気に飲み干した。

 裏ルートから手を回し、ゲンドウの計画を妨害しようと加持は企てていた。しかし、いくら嗅ぎ回ってもゲンドウや冬月が干渉した形跡は皆無。至って通常通りに、というのは語弊があるが、アメリカ支部の最高機密(トップシークレット)で行われた4号機の開発実験に、加持が手出しすることなど天地がひっくり返っても不可能だったのだ。

 しかもこれによって、危険で、止められない、消すべきだったシナリオが遂に進み始めてしまった。加持は歯噛みするしかなかった。

 

「シンジ君……すまない……」

 

 

 

 ******

 

 

 

「あっ、シンジお兄ちゃんや!」

 

 向かいの通りから走ってくるランドセルの少女にシンジは手を振り返した。彼女のその弾けんばかりの笑顔が見られる、それだけでシンジは嬉しくなる。

 

「おいサクラ、あんまりはしゃぐとまた怪我するで?」

「大丈夫やって♪」

 

 隣では彼女の兄がぶっきらぼうに、それでいながら幸せそうな笑顔を浮かべている。多分こういう家族思いなところや優しいところが、委員長が惹かれる理由なんだろうなと思った。

 

「こんにちは、サクラちゃん」

「こんにちは!」

「今日もノゾミちゃんのところで遊んでたの?」

「うん!」

 

 委員長の妹:洞木ノゾミと、トウジの妹:鈴原サクラは度々互いの家に行っては遊び合う仲である。特に、洞木三姉妹に感化されでもしたのか、九州新幹線の辺りは殆ど、いやもうほぼ完璧に熟知している模様である。サクラだけに。

 そして今日もまた、洞木家が新しく買った某玩具会社の商品である「N700s系新幹線」をテーマに、小学生にしては本格的すぎる討論をやっていたようで、とても嬉しそうにその事をシンジに語ってくれた。

 

「それでね、N700s系って駆動システムに発熱が少ない炭化ケイ素の素子を使ってるんよ。せやから冷却システムも簡単にできるし、駆動システムをすっごく軽くすることに成功したんやって!あとな、機械の配置ももっと整理して、12両編成とか8両編成とか、いろんな形態で運行させることもできるようになってるんや!早ければ来年度には新しいダイヤで東海道新幹線を……」

 

「……なぁシンジ?」

「ん?どうかした?」

「俺、コイツの兄妹やけど、なんやコイツのことが怖くなってきたわ……」

 

 目に恐怖の笑みを浮かべたトウジの言葉に、シンジも何だか否定することができなかった。

 

「ハハ……将来は鉄道開発研究者かな?」

「俺の妹がこんなに頭良いはずがないんやけど……」

「なんか言うた?お兄ちゃん??」

「いえなんでもあらしません……」

 

 こういう気丈なところはトウジにそっくりだなぁ、とシンジは思う。

 

 

 

 4号機消失の一報を聞き、シンジは何とも居た堪れない気分になった。

 人的被害は死者・行方不明者25名、重傷34名、軽傷146名。これでも前史に比べれば全然マシだったものの、食い止められなかったという事実に悔しさを隠せなかった。

 詳しいことを早く加持から聞き出したかったが、電話だと通常回線のために危険すぎる。自分からネルフに出向いたときに聞くしかなかった。

 4号機消滅。これによって、もはや確定的となった3号機の日本移送、そして、バルディエルの襲来。

 そうなると、誰かが適格者に選出されることになる。その役が、前史では目の前で笑っている親友だった。

 

「ねぇ、トウジ」

「ん?なんやシンジ?」

「………ちょっと寄り道しない?」

 

 トウジは一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐにニカッと笑って、「構わへんで」と言った。

 シンジは決断しかねていた。いつかは、前史でのことを話さねばならないことは分かっている。特にトウジは、3号機に搭乗させられる可能性が残っている。彼のことだから、選出された以上は責任感を持ってやり遂げるはずだ。

 それが、悲劇を生むことになる。

 3号機は何とかして処理せねばならないのだ。しかしゲンドウのことだ。現状では、起動実験の中止はあり得ないだろう。最悪、チルドレンが乗る選択肢は考えておかねばならない。そうなった時、ゲンドウがシンジを乗せるという展開に持ち込むためには、何としてでも最初に白羽の矢が立つトウジを、行かぬように留めておかねばならなかった。

 

 シンジたちは近くにあった駄菓子屋でアイスを買った後、公園に行き、ベンチに腰をかけた。近くで小さなネコが──首輪をしていたからおそらく飼いネコだろうが──、ミャアと可愛らしげに鳴いたのを見たサクラは、ランドセルをベンチに残したままそのネコに駆け寄っていった。

 

「しっかしあれやな。あの時センセがサクラのこと気づいとってくれたから、アイツは助かったんやもんなぁ」

 

 トウジが感慨深げに呟いた。そんな彼に、シンジは少し意地悪な質問をした。

 

「もし僕が気づいてなくて、サクラちゃんに怪我を負わせてたら?」

 

 トウジは少し驚いたように振り向いた。そして少し考えてから、トウジは力なく微笑んだ。

 

「もしそうなってたら、ワシはセンセをドついてたかもしれんなぁ……。まぁセンセがわざとそんなことやるなんて考えられんし、ありえへんけど」

「いや」

 

 やはりトウジは良いヤツだ。実際、前史ではそうだったのだから。

 

「トウジのその答え、正しいと思うよ」

 

 シンジは笑った。

 

「最初に会った日の昼休みさ、僕はトウジに殴られるつもりでいたんだよ。サクラちゃんがいたことに気づいてたっていっても、戦闘で瓦礫が飛んだかもしれない。最後には使徒は爆発したし、もしそれで怪我でもしたら、傷つけた張本人を責めたくなるのは、当然の心理なんじゃないかな」

「……そうかもな」

「僕だって、大切な人を傷つけられたら、自分でも止められないほど怒り狂うと思うよ。エヴァを占拠して、ネルフをぶっ潰すくらい、僕は多分やるんだと思う」

 

 かつてトウジを殺しかけた苦い記憶を思い出しつつ、シンジは言った。いつもは内向的だったシンジが、過去にしたことないほど激昂した。彼は、それほど大切な友だったのだ。

 

「ネルフをぶっ潰すて……そら流石にアカンやろ……」

「ッハハ、本当にね……。でも、そうしてでも守りたいってことなんだ。もっとも、助けられなかった自分を責めるかもしれないけどね」

「なるほどな。悩んでたんは、そういう理由からか?」

「え?」

 

 シンジが振り向くと、トウジはアイスの棒を咥えたままに、いまだネコと戯れるサクラの方を見ていた。

 

「なぁセンセ? 俺なんか、センセや綾波や式波みたいにエヴァにも乗っとらんし、ネルフともほとんど関わりは持っとらん。背負ってるもんも、同じ14歳でも違いすぎる。それでも、悩んでるセンセの話を聞くことくらいはできるやろ?」

 

 シンジは参ったと言わんばかりに夕日に染まる空を仰いだ。

 

「ありがとう、トウジ。実は……」

 

 

 

「なるほどな。3号機のパイロットか……」

 

 結局、前史のことは話せず終いだったが、3号機が輸送されてくることと、トウジがそのパイロットの候補者になるかもしれない可能性について、シンジは粗方話した。

 

「心配なんだよね。あの機体は4号機を失ったアメリカで建造されてるから。そもそも、それが理由で日本に押し付けられたから、かなり危ないのは変わらないと思う」

「ほんで、そいつには乗らんでほしい、もし話が来たら断ってほしい、と」

「うん」

「センセの頼みや、そう言われればそうするわ。けど……そうしたらその3号機、誰が乗るんや。シンジか?」

「いや、できれば誰も乗せたくないんだ」

「そない危険なものなんか……!?」

 

 トウジは表情をこわばらせてシンジに詰め寄った。

 

「うん。今回だけは、乗れば犠牲になってしまう」

 

 トウジはシンジの顔を見て確信した。アメリカで建造されたから欠陥がある、それが誤魔化しであるということに。

 

「……シンジ、お前はどうするつもりなんや」

「3号機に不具合があるとでも言って解体させるように仕向けてみる。それでダメなら……僕が乗る」

 

 トウジは一瞬、止めようかと思った。シンジの目が、その言葉を現実にしてしまいそうだったから。しかし同時に、彼の目が異様な自信に満ちているような気がして、ただ、警告の言葉しか、発することができなかった。

 

「……気ぃつけろや……シンジ」

「分かってる。だからくれぐれも、ケンスケと委員長以外には内密にね」

 

 そうは言うものの、おそらくもう既に、クラスのみんなには、それどころか学校中で噂になっていると思う。シンジ、アスカ、レイの3人が非常事態宣言の度にいなくなっている事実を踏まえれば、3人がエヴァのパイロットであることは否応なしに勘づかれる。

 だがそれでも、危機から少しでも離れたところにというのが、シンジの精一杯の願いだった。トウジもその意を察したのか、力強く頷いた。

 

「あぁ、もちろんや。任しとき」

「……ありがとう」

 

 シンジは、寂しげに微笑んだ。

 

「あぁ~っ」

 

 遠くでサクラが声を上げた。

 

「また外れたぁ……」

 

 シンジとトウジもその言葉につられて手に持っていたアイスの棒を見た。「当たり」と書いてあればもう1本。しかしこれがなかなか……。

 

「ハハッ、当たらへんもんやなぁ」

「そだねー」

 

 サクラの足下で、ネコが不思議そうに「ミャァ?」と鳴いた。

 

 

 

 ******

 

 

 

「先に、エヴァンゲリオン5号機が失われ……」

「今、同4号機も失われた」

「両機の損失は、計画の遂行に支障をきたしますが」

「修正の範囲内だ。問題はなかろう」

「エヴァ3号機は米国政府が是非にと君へ差し出した。君の国の政府も協力的だ」

「最新鋭機だ。主戦力に足るだろう」

 

 重苦しい暗い空間の中、ゲンドウと冬月は、ゼーレのモノリスに囲まれていた。ゼーレの面々が一通り言い終わると、ゲンドウがNERVの要求を告げた。

 

「使徒殲滅は現在も遂行中です。試験前の機体は信頼に足りません。零号機修復の追加補正予算を承認頂ければ」

 

 しかし、そう簡単に要求が飲まれることはない。それが既に分かっているからか、ゲンドウは光るサングラスの奥で目を僅かに細めた。

 

「試作品の役割はもはや終わりつつある。必要はあるまい」

「左様。優先すべき事柄は他にある」

「我らの望む真のエヴァンゲリオン。その誕生とリリスの復活をもって契約の時となる。それまでに必要な儀式は執り行わねばならん。人類補完計画のために」

 

 ゼーレの要求はいつも一方的なものである。人類補完計画の遂行、その目的はゲンドウとて同じなのだが、如何せんその行動原理が違いすぎる。計画を遂行する最高責任者にゲンドウを据えているにもかかわらず、結局は自分達が進めているという変な話だ。しかしここで歯向かう訳にもいかず、ゲンドウは更に声を低く落として応える。

 

「分かっております。すべてはゼーレのシナリオ通りに」

 

 その言葉を合図に七体のモノリスは一斉に消滅する。

 

「……真のエヴァンゲリオン」

 

 光が戻るとブルースクリーンの何もない空間が広がる。

 

「その完成までの露払いが、初号機を含む現機体の勤めというわけだ」

「それがあのMark.06なのか?偽りの神ではなく、遂に本物の神を作ろうというわけか」

「ああ」

 

 冬月はゼーレの真意について考えを巡らせる。

 本物の神。それを創り出すことが、人類補完計画の最終過程なのだ。執行者が、ゼーレが思いのままに操れる、神となりしエヴァンゲリオンを。

 しかしゲンドウも、指を咥えて見ているつもりなど端からない。ゼーレの計画はしっかり利用する予定でいる。その為にも。

 

「初号機の覚醒を急がねばならん」

 

 

 

 

 

「それで、3号機が危ないって情報は確かなのね?」

 

 酔いが回って若干呂律が怪しい様子だったが、ミサトのその真剣な目に、加持は思わずため息をついた。やはり、あの事故があってから何かに勘づいたようで、何度かMAGIに秘匿アクセスを試みているようなのだ。

 

「あぁ、詳しいことは分からないが、おそらく、使徒に乗っ取られている」

「なら、早く殲滅しないとマズいじゃない……!」

「そう簡単にいけば苦労しないさ。今はまだパターンオレンジ、せっかくの戦力候補を、あの上層部が手放せるわけがない」

「……そうよね。ちなみにそのソースはどこなのよ」

 

 加持は一瞬回答に詰まった。今の状態で、ミサトにはシンジが逆行者であることを知られるのは避けたいからだ。それに、この問題にミサトを関わらせたくないというのが心底にあった。ただ、いずれは関わることになってしまう以上、隠すのも無意味だとは分かっているのだが。

 

「……とある整備士から聞いた。あんまり深くは言えないがな」

「そう……」

 

 あまり深追いできないことを悟ったのと、加持が話せない事情を抱えていることに勘づいたミサトは、苦々しいといった感じに顔を歪めた。

 しかし、まだ話は終わってないとばかりに、再度身を乗り出した。

 

「それと、ゼーレとかいううちの上層組織の情報、もらえないかしら」

 

 加持は声のトーンを落としてミサトに顔を近づけた。いくら大衆居酒屋の個室とはいえ、誰がどこで聞いているか、分かったもんじゃない。

 

「例の計画を探りたいのなら、止めておけ」

「そうもいかないわよ。人類補完計画……NERVは裏で何をしようとしてるの?」

「それは……、俺も知りたいところさ」

 

 加持はひどく真面目な表情になった後で、不意に表情を緩めてぐったりと背もたれに寄りかかる。それを聞いてミサトもがっくりと肩の力を落として席に座り直した。

 

「久方ぶりの食事だってのに、仕事の話ばっかりだ」

 

 加持は少し不満そうな表情をする。もちろん、ゲンドウの真の目的も、ゼーレの思惑も、加持はシンジから聞いているため知っている。だが加持は、以前彼が言った一言を思い出して、口を閉ざしたのだ。

 

『ミサトさんを、悲しませないであげてください』

 

 彼のその言葉がとても大きく、加持に響く。人類補完計画は、触れたが最後、命をかけねばならないパンドラの箱。前史で加持は、ミサト達よりも早く抹殺された。それほど危険なものだからだ。

 だが、ミサトが次に発した言葉で、加持は、その危険を承知の上で、彼らが守ろうとしているモノが想像を絶する大きさなのだと実感してしまうのである。

 

「学生時代とは違うわよ。色んなことも知ったし、背負ってしまったわ」

「……お互い、自分のことだけ考えてるわけにはいかないか……」

「シンジ君たちなんか、もっと大きなものを背負わされてるし……」

 

 そう、大きすぎる。それこそミサトが考えている以上に、シンジとアスカは巨大な障害に立ち向かっている。そして自分たちはそれを知っていながら、弱冠14歳である彼らに救われている。紛れもない事実なのだ。

 

「ああ、子供には重過ぎるよ。だが、俺たちはそこに頼るしかない。とんでもない皮肉だな……」

 

 

 

 

 

「何よ、これからキャンプにでも行くの?」

 

 翌日、迷彩服に身を包んでいたケンスケはその高圧的な声の主を瞬間的に理解して振り向いた。

 

「キャンプというか、戦闘訓練だよ、式波」

「戦闘訓練んん??」

 

 アスカは心底怪訝そうに首をかしげた。

 

「そうさ!これから仙石原行って……って、すっげー見下してるなお前……」

「そりゃそうよ。アンタみたいなちゃっちい装備じゃ、本物のゲリラ戦には対抗しきれないわよ」

「それくらい分かってるさ。でもさ、心構えだけでも固めといた方が、後々どっかの場面で活きてくるんじゃないかって思うんだよ」

「心構え、ねぇ………」

「いつまでも君らに頼っていちゃあ申し訳が立たないし、それにあれだ、『自分の身は自分で守れ』とか言うだろ?」

 

 先日、マコトと約束したこともある。使徒が現れる以上、この街に安全など残されてはいない。それならばせめて、自分が今できることをやろうと、そう思うのだ。

 

「……確かに。アンタもただのオタクじゃなかったってことね」

「ハハハ、ひでぇ評価だな。式波は今から買い物?」

「ええ。今日はシンジもレイも戦闘訓練だし、早く帰ってカレーでも作っとこうと思って」

 

 なるほど、とケンスケは納得する。ここ最近、シンジとアスカとレイが仲良く料理している様子が3人の弁当を見ているとよく分かる。両手に花かよ羨ましいヤツめ、と少しだけシンジに対して嫌みを送念しておく。

 これまで隠れて女子の写真を撮っては密売していたケンスケからみても、アスカはレイと並んで学校トップの可愛さを誇ると確信している。

 ただ、彼ら三人の様子を見ていると、なんだか理想の世界に自分も生きているような気がして、変な話だが、幸せになってしまうのだ。

 

「相田」

「ん、おっと!?」

 

 突然飛んできた細長い何かを、慌てて両手で受け止めた。投げつけられたのは何の変哲もないコーラで、当のアスカ本人は不敵な笑みを浮かべて手首を回した。

 

「それなりの反射神経はやっぱりあるわね」

「……試したのかよ。もらっていいのか?」

「えぇ。私からの奢りよ、ありがたく思いなさい」

「ハハッ、式波が奢ってくれるとはね。明日は雪かな?」

「ハンッ、言ってなさいよ」

 

 二人は軽口をお互いに叩き合った。しかし、その瞳の奥に揺らいだ違和感に、気づくことはなかった。

 

 

 

「……情報は全て揃ったね。いささか遅かったけど、これが限界かな」

 

 とある暗い研究室の一室。また中学生ほどの少女は、安心したような、後悔するような表情を見せた。その言葉に、モニターから目を離さずに、鋭い目つきの女性ははっきりと、しかし優しく、少女に語った。

 

「仕方がないわよ。すでにここは、未確定の結末に向かっているわ。プログラムの行く先を知れる者は、この世には存在しない」

「だけど、同じ幻想を辿れないという点で、生命はみな平等なんだよね」

「そう。世界は調和と秩序で成り立っている。全ての根底にあるのは、ただひたすら『無』だけ。でもそこから何を選ぶのかは、私たち個々の決意よ。……貴女みたいにね?」

「……そう言って頂けると嬉しいです。ありがとうございます、先生」

「何言ってるのよ。闘いはこれからよ?」

「はい、わかってます!」

 

 極秘の研究室であるかのような雰囲気が漂う空間で、少女は覇気のある声で鋭く返事をした。

 

 

 

 ******

 

 

 

 やたらと広く薄暗い部屋に机が一つ。NERV総司令である碇ゲンドウを眼前に、シンジは制服の右ポケットに手を突っ込んで、直立していた。

 

「……何の用だ」

 

 ゲンドウがぶっきらぼうに応える。自身の息子がアポも取らずに訊ねてくることなど、初めてのことだった。しかし表情には出すことはしない。光の反射でそのサングラスの奥の瞳が揺らいでいるかどうかは、シンジには確認できない。

 

「ダミーシステムの話、聞いたよ」

 

 その一言に、そばで立っていた冬月の方が微かに動揺した。

 

「……誰から聞いたのかね?」

「加持さんからです。この間、スイカ畑で彼の手伝いをしていたときに少しだけ」

「……」

 

 ゲンドウは相変わらず少しの動作も見せない。サングラスの奥では、こちら睨み付けている可能性が高いだろうけれど、その真意はまだ分からない。

 張り詰めた空気の中で、シンジは冷静に分析しつつもシナリオ変更の必要はないと判断。そのまま再び口を開いた。

 

「パイロットの代わりに、僕らのパーソナルデータを用いたプラグ、すなわちダミーって呼ばれてるシステムを用いてエヴァを制御する。凄く良い計画じゃないですか。何でも近々導入するとか」

 

 シンジは無邪気な子どものような笑顔で、自然に話す。この薄暗い空間には場違いな雰囲気だったが、それを完全に無視して喋り倒す。

 

 自身の手で計画が破綻させたダミープラグの話を持ち出すという、ある意味カマをかけているようにも思えるシンジの言動。しかしその実、「スイカ畑で聞いた」発言を除けば全て真実であり、それを利用しようと画策しているのだった。

 この前日、シンジはようやく加持と接触することに成功。偶然を装ってリツコの研究室に向かい、前史の存在を知る極秘の三者会談を開いていた。そこでシンジは、とある真実を知ったのだ。

 

 

 

「ダミープラグの計画が?」

「再始動!?」

 

 加持から聞いたその内容に、シンジは思わず大声をあげて驚いた。リツコの方も思わず眉をひそめた。計画を破綻させた2人にとって、その一言はあまりにも衝撃的すぎたのだ。

 

「ああ。ゴルゴダラボって知ってるか、シンジ君?」

 

 対する加持は、彼らの反応も予想通りとばかりに、微かに笑みすら浮かべながらシンジに訊いた。シンジはまたしても初出の用語に首をかしげる。

 

「いえ……前のサードインパクトでもそんな情報は……」

「そうか、やはりな……」

「……どういうことですか」

 

 状況が理解できないシンジに、リツコが険しい顔で助け船を出す。

 

「ダミープラグの元になる魂、それがレイであることは、シンジ君のいた世界とおそらく同じ。けどそのプラグシステムは、この本部で作られてるわけじゃないのよ」

「そうなんですか!?」

「ああ。NERV中国支部、新上海基地に存在しているダミーシステム開発事業部さ。それを俺達は『ゴルゴダラボ』って呼んでる」

「ゴルゴダラボ……」

「魂がなければ、レイがいなければ絶対起動できないはずなのに……碇司令は何故……?」

 

 リツコはシンジの驚きとはまた別の方向で動揺していた。ゴルゴダラボの存在は知っているどころか、ダミー計画の遂行を執っていた者としては密接に関係する組織である。

 しかしコアとなるレイの魂がないのでは、結局のところゴルゴダラボでのプラグ建造も全く意味を為さない。だからこそ、ゲンドウの意図が読めず、リツコは焦りにも似た疑念を抱いたのだ。

 

「…………いや、むしろそれがいいだろう」

「えっ?」

 

 そんな中、加持が呟いた。

 

「むしろ、って?」

 

 リツコは咄嗟に訊き返した。

 

「初号機と弐号機が特殊すぎたんだ。参号機以降の機体は、大人を乗せさえしなければ、つまり14歳の人間なら誰でも乗れる。ほら、初号機と弐号機には基本的にシンジ君とアスカしか乗れない理由さ」

 

 かつて、シンジが二人に話したことだ。

 初号機と弐号機にはそれぞれ、碇ユイと惣流・キョウコ・ツェッペリンの魂がインストールされていた。起動実験に伴う事故という、あくまで偶然の結果ではあったが、そのせいで初号機と弐号機は、基本的にシンジやアスカしか乗ることのできない特殊機体となったのだ。

 言うなれば母と子の魂の共鳴。だからシンジは400%のシンクロ率を叩き出したし、アスカは量産機との戦いで覚醒した。

 しかし参号機以降は、大人による起動実験は行われていなかった。それはつまり、正真正銘の正規実用型-14歳のチルドレンであれば誰でも搭乗できる機体であったのだ。

 

「……ってことは、14歳の人間のパーソナルデータがあれば、起動はダミーでも可能かもしれない……?」

 

 リツコは加持の考えていることを理解して、目を見開いた。今回の試験では、機体の操舵は完全無視して良い。よって、既にバックアップを取ってあるレイのパーソナルデータ、それを用いることで、起動のための最低条件であるL.C.L.電荷、パルス、ハーモニクス同調を試みようというのだ。

 加持も、真剣な目で頷いた。

 

「碇司令の行動が、今回ばかりは吉に出そうだな」

 

 しかしリツコは、険しい顔を崩さずにさらに問う。

 

「でも……これ、提案できるの……?」

「そうだな、リッちゃんとシンジ君は意図的にダミーを破壊してる。しかもシンジ君はダミーについては知らないと思われてるだろうし、同じくダミーに関わっていない俺が言うのもリスクはあるだろう。だが、そんなに悠長なことも言ってられないだろう。俺が進言する」

「……分かったわ」

 

 その時、沈黙を貫いていたシンジが口を開いた。

 

「いえ、僕にやらせてください」

「「!?」」

 

 リツコは慌てた。

 

「ダ、ダメよシンジ君。だいいち、ダミーのことをどうやって知ったと説明するの」

「それは何とかして考えます。もしダミーの使用が却下されたとき、パイロットに志願するように話を持って行かなければなりませんから」

 

 シンジの思わぬ提言に、加持も思わず声を荒げた。

 

「まさか……犠牲に、なるというのか!?」

「いえ、死んだりなんかしませんよ。そもそもバルディエルを覚醒させるなんて考えてませんから。でもやっぱり、こんな危険なこと、アスカや綾波にさせるわけにはいかない」

 

 シンジの意思は確固なものだった。

 

「シンジ君、どうして……? ダミーで起動できるならそんな危険なこと……」

「……誰も搭乗しなくて済むなら、もちろんそっちの方が良いに決まってます。でもあの父さんのことだ、有人での起動実験を図る可能性が高い」

 

 そう、そもそもダミーで起動を試みるという前提が苦しいのだ。加持もそれに気づき、歯を食いしばった。

 

「相手がゼーレなら、尚更か……」

 

 エヴァをダミーシステムで起動したことをゼーレに知られれば、ゼーレはすぐさまダミーの量産に移る。そうなれば、見える未来は黒赤の血に染まった惨劇の湖だ。

 ゲンドウの計画は阻止すべきだが、それ以上にゼーレに主導権を握らせてもまた追い詰められるのは確かだ。まさに背水の陣、シンジはそれを承知で、犠牲になることを買って出たのだ。

 具体的な作戦はこうだ。松代での実験中に人為的なエラーを発生させ、パターン青の検出をMAGIで偽造するというものだ。つまり3号機の電源を入れるなど端から考えてはおらず、バルディエルに乗っ取られる前に3号機を殲滅してしまえばいい。

 ただしリスクもある。悪いことに、「3号機の起動」がどのフェーズにおける状態を指すのか、シンジにもリツコにもわからないのだ。実験過程に不審な点を残してはいけない中で、バルディエルの覚醒タイミングを図らねばならない。かなりギリギリでの闘いを強いられるのは間違いないだろう。

 

「ダミーを押し通すことが最善ですけどね。もし3号機でダメなら、ダミーは初号機で使わせましょう。無論、母さんは僕が追い詰められてる状況じゃないとダミーを受け付けるはずないので起動なんかできませんし」

 

 シンジは有無を言わさぬ鋭い目で二人を見据え、自分の決意を静かに響かせた。

 

「バルディエルの覚醒前に、何とか3号機をできるだけこっちのコントロール下に引きこむんです。ヤツが進化しているとはいえ、肉弾戦になれば2号機と零号機で上手く食い止めてくれます」

「……わかった。だがシンジ君、君は一番疑われるべきでない人間だ。だからこの情報のソースだけは、俺から聞いたことにしておいてくれ」

「……ええ、分かりました」

 

 

 

 虎視眈々。年相応な笑顔を見せるシンジのその瞳の奥には、静かに機会を窺う炎が揺らめく。

 シンジが考えを巡らせているここからのシナリオ分岐は3パターンだ。まずはダミーを使用する予定があるかどうかの質問だ。

 

「そのダミーシステムが起動すれば、僕らがエヴァに乗って戦う必要はなくなるわけだけど……導入の時期って決まってたりするの?」

 

 あくまでダミーという事象に興味を持つ子どもとしてゲンドウに問いかける。ここで使用・導入予定があれば詳しく話を聞く体で3号機の話に、ないと断言された場合も4号機の爆発事件の話から3号機に振っていく。

 ゲンドウは姿勢を変えずに返答する。

 

「利用予定はない。現時点ではゴルゴダラボからの完成予定も上がってきていないからな」

「そっか。この間のアメリカでの4号機だっけ? 消滅してから少し怖くってさ」

「話はそれだけか」

 

 ゲンドウはさらに低い声で告げた。シンジはゲンドウの動揺を確信した。

 

(早く出て行け、ね。そうはいかないよ)

 

「いや、ここからが本題だよ。その4号機の消失で、3号機がこっちに送られてきたでしょ? 2回にわたる運用実験の失敗、それがどうにも不安でね」

「2回? 4号機以外にもあったと言うのかね?」

「ほら、零号機の話ですよ。僕が来る前に、試験に失敗してたじゃないですか。別に父さんたちに落ち度はなかっただろうけどさ」

 

 冬月は納得したように頷いた。

 3号機の起動実験、その危険性を、かつてのレイを例に訊いてみて、中止に引き込む。ここが2つ目のシナリオ分岐点だ。

 ただ、おそらくここはほぼやる方向で押し通されるだろう。ここで「そうだな、危険だからやめようか」となるはずがないのはシンジも知っている。

 

「問題ない。零号機や4号機の反省を活かし、起動はきわめて慎重に行う予定だ」

 

 そこで3つ目の分岐点、思いついたようにダミーの使用提案。ここでダミー使用を検討し、その方向に持って行ってくれれば御の字だ。

 その提案を退けられた場合、加持やリツコとも話した最終手段。シンジ自身が3号機搭乗に志願する。なんとか説き伏せることに全力を注ぐ。

 

「でもさー、やっぱり心配だよ。これで何かあったら、父さんたちもいろいろ大変なんじゃない?」

「何が言いたい」

「いや、今思いついたんだけどさ。せっかくなら、ダミーを使ったら? ってさ」

 

 ゲンドウと冬月が少しだけ顔を上げる。僅かな動揺か、はたまた驚きか。

 

「まだ完成予定はないみたいだけど、導入予定なのは間違いないでしょ? それまでは僕らが使徒に対抗するからさ」

「不可能だ。3号機の起動は急務、ダミーが完成するのを待っている余裕などない」

「危険性よりも即戦力としての面を重視するってこと?」

「その通りだ。使徒に勝つ、それが我々の生きる唯一の道だからな」

「そっか。じゃあしょうがないね」

 

 シンジは残念そうに眉を下げた。こうも真っ向から言われては、反論するのは逆に危険。

 しかし最終提案は押し通す。バルディエルが覚醒する前に3号機をシンジのコントロール下におく。シンジが乗ることによるデメリットはないため、押し通せるはずだ。

 

 しかし、シンジは大事なことを見落としていた。

 

 気づくべきだったのだ。この世界では、セカンドインパクトを引き起こした光の巨人が「4体」であったことに。

 

 

 

 




☆あとがき

お久しぶりです。ジェニシアです。
お待たせして申し訳ありません。
これまで1年半、書き続けてきましたが、書いててキツくなってきました。でも最後までしっかり書くつもりです。今後もゆっくりですが、お付き合いください。

どうしても、避けては通れぬ道があるのです。
偶然か、必然か。それは誰にも分かりません。
執筆者である、私でさえも。
こんなことで庵野監督の本当の辛さがわかるはずもありませんが、それでも感じてしまうのです。
エヴァQを創ったあと、壊れてしまった監督の気持ちが。
私はただ、彼らの思うままに描くだけです。
その先に見える希望を信じて。

そろそろ新劇場版とも一線を画す設定になってきました。
今後は独自解釈を多く含むことになりますが、お付き合い頂ければ幸いです。



☆追記 2022.2.3
現在執筆中の第23話以降の展開に整合性を持たせるべく、ゴルゴダベース→ゴルゴダラボと変更致しました。

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