E.V.A.~Eternal Victoried Angel~   作:ジェニシア珀里

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第拾陸話 正義の形

「……3号機のパイロットに?」

「あぁ、近いうちに2号機が封印されることになる。君は大学卒業済みと、成績も申し分ない。2号機の代わりに搭乗してもらう」

「……3号機は、アメリカから送られてきたと聞きます。危険性は、大丈夫なのでしょうか……?」

「問題ない。当日は私も状況をモニターする。それとも何だ、乗りたくない理由でもあるのか?」

「……いえ。2号機は……だいぶ気に入っていた機体だったので、……つい」

「カラーリングは後に君の好きにさせよう。カスタム仕様も検討するのが交換条件としよう」

「どうだ、式波大尉」

 

 金髪の少女は、拳を強く握り込んだ。

 

「……分かりました」

 

 

 

 ******

 

 

 

 その日は快晴だった。

 雲一つなく、蝉の鳴き声が響き渡り、大陽の陽射しが、強く第3新東京市の地面を焼いていた。

 

 ピピッ-

 

「はい、碇です」

『もしもし、こちらミサト。今、松代で爆発事故が発生したって連絡が入ったの。原因不明でちょっとヤバい状況だから、悪いんだけど至急、NERVまで来てちょうだい』

「……分かりました」

 

 屋上には、シンジとレイの二人だけ。

 同時に端末を耳から外すと、視線だけをお互いに向けた。

 

「……行こう」

「……ええ」

 

 

 

 

 

《E.V.A.~Eternal Victoried Angel~》

 

【第拾陸話 正義の形】

【Episode.16 Schuld und Sühne】

 

 

 

 

 

 トウジたちに、感謝しなくちゃな。そうシンジは思った。3号機の起動実験が間近に迫っていたこと、それにアスカが選出されていること、それに使徒が乗っ取られていることは、トウジたちも既に知るところだった。ショックは、少ない方が良い。そう考えたために知らせていたのだ。

 でも本当は、自分たちが、安心したかったからなのかもしれない。事情を知られていないのと知られているのでは話が変わってくる。どうしてアスカを止めなかったのか、責められるかもしれないのが怖かったのだ。

 トウジたち3人はその話に、ただ頷くだけだった。屋上で、シンジとレイの二人きりにしてくれたのも、もしかしたら彼らなりの気遣いだったのかもしれない。それが嬉しくもあり、少し悔しくもあった。僕はまだまだ、ただの子どものままじゃないか、と。

 シンジは電車に乗りながら目を固く瞑った。

 

 

 

「被害状況は?」

「不明です。仮設ケージが爆心地の模様。地上管理施設の倒壊を確認」

「第3部隊まもなく現着。すぐに負傷者の救助活動にあたらせます」

「わかった。戦自が介入する前に全て処理しろ」

「了解」

「事故現場南西に未確認移動物体を発見。パターンオレンジ。使徒とは確認できません」

 

 発令所には、未だかつてない緊張が漂い、空気が張り詰めていた。息をするのが苦しかった。

 

「2人ともお疲れさま。出撃準備、良いわね」

 

 シンジたちの到着に気づいたミサトが、険しい表情で2人の肩に手を置いた。シンジは努めて冷静に返事を返したつもりだったが、ちゃんとした表情にできているか、もう自信がなかった。

 

「総員、第一種戦闘配置!」

 

 ミサトは振り返り、声を大に叫んだ。

 

 

 

 その後、シンジとレイは野辺山に出撃し、続報を待った。既に陽も傾き始め、張り付くような陽炎の立つ田園に立ち、時間の経つのを目を閉じて、待った。

 そして司令室のモニターには、東御付近で捉えられた映像が送られてきた。それを目にした冬月が、小さく呟いた。

 

「やはりこれか……」

「活動停止信号を発信して。エントリープラグ強制射出!」

 

 ミサトがすかさず言い、マコトが間髪入れずに作業をするが、3号機のエントリープラグは異物に阻まれて射出することができない。

 

「ダメです。停止信号およびプラグ排出コード、認識しません」

「3号機とのコンタクト遮断、通信もできません……!」

「エントリープラグ周辺にコアらしき侵食部位を確認」

「分析パターン出ました……青です」

 

 周りでオペレーターたちがどよめいた。「そんなバカな」という不信、「松代での爆発って……」という戦慄、「パイロットは無事なの……?」という心配、様々な声が飛び交う。

 そんな中でリツコは一人、深呼吸をしてから漆黒の機体と会敵する覚悟に、目を開く。

 

(シナリオ通り……か)

 

 明らかな悔しさが、瞳に灯っていた。

 

「監視対象は第9の使徒と認定、殲滅作戦に移行。ただし、パイロット救出を最優先事項とします。全白兵戦用武具の準備を急いで」

 

 近くでそう発したミサトの声も、いつも以上に震えていた。

 

 

 

 

 

「昨日、夢を見たの」

 

 唐突に、モニター越しのレイが話し始めた。

 

「……夢?」

「そう、夢。世界が真っ赤に染まっている夢」

「……真っ……赤?」

 

 シンジは閉じていた目を見開いた。

 

「海も、地面も、空も真っ赤になってたの。そこに私だけ、一人で漂ってた」

 

 サードインパクト。その光景がシンジの脳裏に、鮮明に現れていた。

 

「それで、地面に、たくさんいたの……エヴァのような形をしたモノが。それがなぜか、とても、怖かったの」

「たくさん、って……」

「怖くて、寂しかったの。……ねぇ、碇君」

「……なに」

 

 レイの呼吸が速くなっているのが、シンジにも伝わってきた。弛緩しない緊張と、重なる恐怖が、彼女を震わせていた。

 

「もし負けたら……なにが起こるの?」

「……っ」

 

 事情を知らないレイは、気付き始めていた。もしここでアスカを失うようなことがあれば、この世界が崩壊してしまう、と。仲間がいなくなることへの不安が、レイを本当の真実へと駆り立て始めていた。そんな彼女を責めることなど御門違いだし、気づかれつつある以上、シンジは応えねばならない思いだった。

 そうは思ったが、彼には答えることができなかった。シンジの頭には、前に起こった、あの忌々しい補完計画の残酷な光景が絶え間なく駆け巡っていた。少しでも気を抜けば、過呼吸になりかねないところまで、シンジは追い詰められてしまっていた。絶望の景色を夢に見たレイよりも、はるかに。

 

『目標、接近!』

 

 言葉に詰まっているその間に、因縁の相手は目の前に迫ってきていた。レイは口を滑らせるように呟いた。

 

「3号機……」

『シンジ君、レイ、聞こえる?』

 

 ミサトからの通信だった。

 

「「はい」」

『3号機に、アスカが乗ってるわ。エントリープラグは侵食されて排出できない状態よ。危険だけれど、救出することに異議はないわよね』

「当然です」

 

 シンジは即答した。レイは小さく頷いた。

 

『良いわ。救出後、即座に作戦を殲滅に切替。3号機は、そのまま破棄処理するように』

「「了解」」

 

 太陽の断末魔の下で、悲哀と戦慄の空気が緊張に張り詰める。

 二度目の死闘が、始まる。

 

 

 

 ******

 

 

 

 不気味な咆哮を狼煙に、戦いは始まった。異常な跳躍で初号機へと飛びかかってきた3号機をまず躱すと、後方支援の位置に隠れていたレイが振り返った3号機に背後からスマッシュホークを手にしてタックルを仕掛けた。

 3号機はレイのその俊敏さに一度跳ね飛ばされ、シンジはその隙を狙ってエントリープラグの射出口に手を伸ばす。しかし3号機はすぐに態勢を立て直したかと思えば、初号機の手が届く前に左腕で跳ね飛ばした。

 その背後に回っていた零号機がさらに背後に飛びかかるが、さらにそれを察知したのか3号機はすぐに跳躍して空中に逃げ、そのまま急回転して零号機を蹴り飛ばす。瞬間をシンジがカウンターフレイルチェイン(棍棒付分銅鎖)を振り上げて3号機を振り飛ばす。が、一瞬で態勢を元に戻しながら地面に軽々しく着地する。

 

 この間、僅かに13秒。恐るべき超速の肉弾戦である。シンジとレイは息もつかずに用意されていたソニックグレイブとマゴロク・E・ソードをそれぞれ手に、3号機の背中を狙っていく。

 その戦速に、発令所の面々は目を見張った。ミサトも、リツコも、人知を超えた激しい戦闘に、否が応でも目を奪われていた。

 

「すごい……」

「まさかここまで……」

 

 モニターでの初号機のシンクロ率計測値は、98%を超えていた。初戦闘のサキエルの時のような、いやもしかしたら、ユイが意識下で関わっていないだろう今は、シンジの集中は過去最大レベルになっていて違わない、そうリツコは思った。

 だが発令所に、()()()()は響かない。そのシンジとレイを以てしても、3号機の背中に手の届く気配がなかったからだ。

 

(……どうして……っ!)

 

 数十秒の戦闘を続け、シンジの不安は増すばかりだった。前史ではこんなに激闘にはならなかった。それは自身が攻めの態勢を取らなかっただけが理由ではない。3号機の速度が、以前よりも明らかに上がっていたためだ。

 もっと激しい攻撃をしなければ、3号機の背中は捉えられない、そんな考えが頭をよぎった。相手の動きを無効化しなければ、自分たちに勝ち目はない。

 だが殲滅することは絶対にできない。大きな傷を与えることはできない。エントリープラグを救い出さなければならない。アスカを、助け出さねばならない。それこそがこのバルディエル戦の根幹だった。だからこそシンジは焦った。

 しかし、その僅かな焦りがいけなかった。一瞬の隙に、3号機の腕が伸びてきたことに気づくのが遅れてしまったのだ。

 しまった。そう思ったときには初号機の脚を掴まれていた。

 

「碇君!?」

 

 レイが直前の攻撃から振り返って次の攻撃を仕掛けようとした矢先にその状況を認識し、瞬時に叫んだ。直後3号機はそのまま初号機を引き寄せるように右腕で後方に振り上げた。その勢いは凄まじかった。狙っていたのか、奇しくもレイの乗る零号機もろとも山腹へと叩きつけられてしまう。さらに悪いことには、弾みでレイが手離してしまったスマッシュホークが零号機の左肩に直撃してしまったのだ。

 

「ぁぐっっ……!!」

『零号機、左腕破損!』

『レイ!』

『神経接続下げて!!』

「綾波っ!」

 

 シンジは右後方で倒れる零号機にむかって叫んだ。しかしその矢先、もう片方の手で首を掴まれた。3号機は初号機の左脚を離してはいなかった。振りほどこうとしたが、紛う事なき、前史と同じ状況に陥ってしまったのだ。

 

「くっ………そぉっ!!!」

 

 なんとか振りほどこうと右脚と両手で3号機を引き剥がそうとした。だが次の瞬間、シンジは目を疑った。

 

「!?」

『拘束具が!?』

 

 発令所からも、驚嘆したリツコの声が聞こえてきた。

 3号機の肩の部分、拘束具を突き破り、新たな両腕が出現したのだ。そして腕は、一気に初号機の首を絞めにかかる。

 

「がぁっ……っ!!」

 

 伸びている4本の腕が、シンジを追い詰める。

 発令所のミサトが焦りの叫びを響かせた。

 

『シンジ君!!』

 

 苦しく顔を歪めるシンジを見て、歯を食いしばってリツコはミサトに告げた。

 

「ミサト、このままだと……!」

「くっ……飛び道具は使いたくなかったけど……」

 

 できるだけ3号機に傷をつけたくはない。だからこその近接戦闘を主とした作戦だったのだが、それすらできないのならば逆に危険だ。

 本当は選択したくない選択だったが、この際やむを得ない。ミサトは覚悟を決めた。

 

「しかたないわね、作戦プランをBに移行! 少しでもいい、シンジ君が態勢を立て直す猶予を作り出して!!」

「待て」

 

 しかし、動こうとするオペレーターたちの手を、低い声が遮った。その声は一瞬にして、場の空気を凍り付かせた。

 ゲンドウだった。そして次の瞬間、信じられない言葉を放った。

 

「N2誘導弾の使用を許可する」

 

 発令所内が驚きの声に染まった。その驚きは、冬月までも思わず訊き返したほどだった。

 

「N2だと!? どういうつもりだ、碇」

「レイ、聞こえるか」

 

 冬月の疑問をも小さく無視し、ゲンドウはレイに呼びかけた。

 

「3号機に奇襲を仕掛けろ。初号機から3号機の腕を解いた直後、初号機と共に緊急退避だ」

 

 レイも、目を見開いていた。左腕を右手で抑えながら、ゲンドウの言葉に硬直していた。

 

「すぐにN2を落とす。爆雷範囲から撤退しろ」

『待ってください。今ならまだ反撃できます。零号機の神経接続を戻してください……!』

「リスクを負う必要はない。2機とも戦闘不能になれば、世界が滅ぶぞ」

『……っ』

 

 画面の向こうで、レイは息を呑んだ。今朝の夢に見た、あの残酷な光景が、如実に表れてしまっていた。

 

「被害範囲も、今ならば少なく済む。作戦を即時殲滅に切り替えろ」

 

 その時だった。

 

 

 

「巫山戯゙ん゙な゙ぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」

 

 突然、シンジの怒号が発令所に響いた。

 

「N2がなんだよ!? 被害範囲がなんだってんだよ!? 今やらなきゃいけないのはアスカを助けることだろ!!?」

 

 シンジは首を絞められながら、ただただ叫んだ。

 

「父さんだって知ってるはずだろ!!? 大切な人を失う苦しみを、辛さをっっ!!!」

 

 シンジは必死に首を絞める腕を振りほどこうと、身体をのたうつ。焦りと怒りが、シンジの声に重い響きを与えている。

 

「N2なんか落とさせてたまるかよ……アスカを、助けるまではっ、絶対動かないからなぁぁっ!!!」

 

 しかしその声も虚しく、ゲンドウが動く。国連軍への直通電話を取ったのだ。

 ゲンドウは初号機のシンジを無視し、N2の投下を強行させるつもりでいた。

 

『碇!?』

『子どもの駄々に付き合っている暇はない』

『まさか、強行するのか!?』

 

 その会話を理解する前に、シンジは、

 気づけば全力で叫んでいた。

 

「アスカァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!」

 

 

 

 ******

 

 

 

 視界が歪んでいる。

 頭が痛い。

 身体が痛い。

 吐き気がする。

 息すらできない。

 

 シナプスが思うように繋がらない。

 この空間すべてが不快に混濁している。

 自我を保っていられない。

 何もかもが、壊れる。

 

 けれど。

 アイツの声だけは。

 ちゃんと聞こえている。

 

 縋るように、呼んだ。

 

 

 

 ******

 

 

 

『待ってください!!!』

 

 司令官と争う声が飛び交う発令所に、普段は物静かな少女の必死の声が響いた。

 

『3号機との通信を繋いでください!』

 

 レイは目を見開いていた。信じられないといった驚きの表情で、3号機に顔を向いたまま訴えた。

 リツコは一瞬でその意味を捉えた。そしてすぐに後輩に向かって叫喚した。普段のクールな姿は、完全に捨て去られている。

 

「マヤ!!」

「は、はい!」

 

 さっきまで一切繋がる気配のなかった、3号機との通信。マヤがキーを叩いた直後、不気味な音が聞こえてきた。

 思わず耳を塞ぎたくなる音に、発令所の面々は一瞬身をすくめた。しかし次の瞬間、その噪音の中で、誰もがはっきりと、耳にした。

 

『……シ…………ン……ジ』

 

 その声に、ミサトが勢いよく身を乗り出した。

 

「アスカ!!?」

 

 絞り出すようなか細い声。けれど明確な意思を持った、アスカの声に、誰もが驚いた。

 

「マヤ、状況は!?」

「わ、わかりません……モニター、Indistinct……依然として不明瞭のままです……!」

「コンタクトは?」

「ダメです、反応は通信だけ!」

 

 咄嗟にリツコとマヤが状況確認に動くが、なぜ通じたのか、なぜ遠隔でコントロールできないのか、理由は分からなかった。ミサトが叫ぶように訊く。

 

「無事なの、アスカ!?」

『ミサ……ト?』

「良かった……無事なのね……」

 

 ミサトは安堵した。しかしすぐに表情を強張らせ、次の言葉を放った。

 

「今すぐに助けるわ。痛みがくるかもしれないけれど、なんとか耐えてちょうだい!」

 

 アスカの生存が確認された今、いくらゲンドウでもN2での殲滅はできない。予定通りのプランBを行使し、一刻も早く救出することをミサトは選んだ。

 しかし、今度はレイがそれを遮った。

 

『だめ……、攻撃しないで……!』

 

 目を見張ったまま、レイがもう一度呟いた。

 

『攻撃したら……だめ……』

 

 一切動こうとしないレイに、今度こそ発令所は静まり返った。響いたのは、ただ3号機の不気味な音だけだった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 どういうことなのか、リツコも、ミサトも、誰も理解できていないその状況下、レイも冷静を保っていたわけではない。ただただ信じられない「彼らの叫び」に、震えていただけだったのだ。

 そう、その不気味な音に、ちゃんとした言葉があるのだと、レイたちだけが気づいていた。

 彼女の脳内にだけ、その音が声となって伝導する。

 

(レイ……アンタは、分かるのね……?)

「…………っ」

(その通りよ……。私はもう、首から下が、全く言うことをきかないの。バルディエルの侵食のせいで、プラグ深度はおそらくマイナス。エヴァとの神経接続は、理論値を超えてるわ……)

 

 神経接続の理論値限界。それは、エヴァとパイロットの物理的なシンクロが100%であることだ。すなわち、通常ならば痛みが多少緩和されるはずのエヴァの負傷が、そのままパイロットの負傷に直結してしまうことを意味する。

 その理論値を超えている- 攻撃することができないとレイが叫んだ理由は、そこにあった。

 

 一方のシンジは、詰まりそうな息苦しさに必死に抗っていた。抑えられていない脚を3号機の腕に絡めるように引っかけ、何とか引き剥がそうと試みる。しかし腕の数は相手が4本に対して自分は2本、完全に不利な状況だった。

 

バルディエル(コイツ)を侮ってたわね、私たち……。コイツの怖さは、侵食力でも物理的な力でもない、圧倒的な寄生力だった)

「だったら……どうすりゃ良いんだよ……!!」

 

 シンジは絞り出すように叫んだ。さっきまでの声量はない。首を絞められ、L.C.L.が身体にまわらず、とても悪い状況に陥っていた。ただ、シンジの意識ははっきりしていた。

 

「世界のために納得したんだ……っ、アスカと生きるために、僕はエヴァに乗ったんだよ……!」

 

 なぜ。

 なぜ運命は、またしても自分から大切なものを奪おうとするのか。

 

「また……何もできずに終わるってのかよ……」

 

 涙が、L.C.L.に溶けた。自分がいかに無力だったのかといことを、未来を知っているのにも関わらず大切な人を救えないことを。シンジは痛感してしまった。悔しくてたまらなかった。

 

 だが、悔しいのは何も、彼だけではないのだ。

 次の瞬間。

 全てのスピーカーを震わせる声の直後、シンジの首が、さらに強く絞められた。 

 

「……自惚れてん……じゃ……ないわよ……!」

「がっ…………!?」

「アスカ!?」

 

 レイは声を荒げた。端から見れば、バルディエルがさらに体重をかけたように見えた光景だったのだが。

 今加わった力は、アスカの意思によるものだった。レイは脳の奥深くで、そう認識した。

 

「何……何をしてるの……!?」

『頸椎部の生体部品に侵食が拡大、生命維持に支障発生!』

『まずいわよリツコ!』

『くっ……マヤ、初号機の神経接続を40%カット!』

『ダメです! 遠隔システムに異常発生、信号不通!』

『何ですって!?』

『コントロール、全く利きませんっ……!』

「アスカ、やめてっ……!」

「うるさい!!!」

 

 怒号が、空気を凍り付かせる。

 

「シンジ! アンタは……っ、自分が神にでも、なったつもり……?!」

 

 息も絶え絶えに、アスカは声を絞り出した。

 

「目を……覚ましなさいよ……っ! この世界を、操れるなんて……できるワケないでしょ……!? アタシたち、は……ヒーローには……なれない。……消えないのよ! この罪はっ……」

 

 アスカも、シンジも、理解はしているのだ。自分のシナリオ通りに世界の時計を進めることなどできないということを。ただ、本当にその事実を納得し、認められるかは、別の問題だった。

 3号機搭乗の命令が下されたとき、アスカは悟った。自分が犠牲にならなければ、誰も望まない結末を迎えることになるのだと。自分やシンジが考えてきた回避策は、全て潰えたのだと。

 シンジは絶対に反対する。是が非でも止めようとするかもしれない。そのことすら、アスカには全て分かっていた。

 だから、シンジが本気で悔しがってくれたことに、本当に嬉しかったのだ。それと同時に、シンジに辛い思いをさせてしまう自分の不甲斐なさに、この1週間、ずっと心を痛めていたのだ。

 

「痛いわよ……アタシだって、苦しいわよ……っ。運命に……っ、押し潰されてっ……、悔しいわよ……」

 

 けれど、アスカはもう二度と、後悔したくなかった。今までやってきたこと、前史での罪、今受けるべき罰、それら全部を、自分の証にして、生きたい。

 この選択も、間違ってなかったと信じるために。

 アスカは感情をそのまま、シンジにぶつけた。

 

「でも……、前に、未来に、顔、向けてかなきゃ……何も変わらないでしょ……!?」

 

 アスカは、自分の意思でシンジの首を絞める。

 自分の言葉で、シンジと向き合う。

 

「抗う……っ本気の、覚悟を、持ってよ……っ!」

 

 それが、彼女の「正義」だから。

 

「アンタの……! 力で……っ!」

 

 全てが止まって。

 

「救ってみせなさいよ……! 碇シンジ!!!!!」

 

 動き出す。

 

 

 

 ドォン-と、鈍い音が響き渡った。

 首に焼け付くような痛みに表情を歪めたまま、でも視線は標的から外すことなく、シンジは息を吸い込んだ。

 

『……ジ君!! 大丈夫!? シンジ君!?』

 

 スピーカーから届いている発令所の声が、次第に言葉の形を取り戻していく。

 3号機は再び態勢を立て直し、再び初号機に飛びかかる。初号機に蹴り飛ばされてもなお、3号機の動きは俊敏なままだった。対して初号機はシンジの消耗により動きが鈍くなっている。圧倒的に不利な状況に、変わりはなかった。

 だが、シンジの瞳に宿る光はさっきまでとは違っている。攻めることはせず、3号機の動きをしっかりと目で追い、的確に避けていく。

 

「……綾波……っ」

 

 4本の腕の猛追から逃れながら、シンジは小さく、しかしはっきりと呼びかけた。

 

「チャンスは……1度……」

 

 レイがその言葉を受け取った後、佇むこと数秒。ふと、気づいて駆け出した。幸い、3号機は零号機に目を遣ることなく、初号機への襲撃に徹していた。レイは走りながら、発令所に叫んだ。

 

「ミサトさん……!」

『レイ! どうしたの!?』 

 

 レイは小さい武器コンテナにやってくると、スイッチを踏み、ハッチを開いた。そして収納されていたハンドガンを取り出し構えながら、告げた。

 

「5秒間のカウントを、お願いします……!」

 

 その言葉を聞いたミサト。疑問に思うところはこの際関係ない。

 彼らに、全てを託すことを決断した。

 

『……分かったわ』

「……ありがとうございます!」

 

 3号機の攻撃を躱しながらシンジは、心の中で、呼びかけた。

 

(3号機のコントロールを、取り戻す。だから、)

 

 アスカに対しての、心からの本音。

 

(だから……帰ってこなかったら、……許さない)

(……上等、よ……。やってやろうじゃないの)

 

 アスカは笑って、目を閉じた。

 

 

 

 ******

 

 

 

(聞こえてるわよね)

 

 アスカは静かに、呼んだ

 

(悪いけど、3号機は返してもらうから)

 

 -無駄よ。

 

 自分ではない自分の声が、アスカの心に応える。

 

 -エヴァは私が支配してる。アナタに取り戻せっこないわ。

 

(そうね、アタシひとりだったら無理ね。でもね、A.T.フィールドを、)

 

 アスカは、不気味に笑ってみせた。

 

(心の壁を、もし開いたら、どうなるかしら?)

 

 目の前の自分自身-バルディエルが、怪訝な顔で首を傾げた。

 

 -ヒトは、心の壁を作って、自分を保ってる。A.T.フィールドがあるから、アンタの存在がある。

 

(心を開いたら、それはアタシの形が崩れるかもしれない。アンタを受け入れることにもなりかねない。分かってるわよ、それくらい)

 

 -それなら、どうして?

 

 使徒が戸惑っているのを目の当たりにして、アスカはなんだかおかしかった。

 やっぱり本当に闘うべき相手は、自分自身だったのだ。

 アスカは優しく、応えた。

 

「笑って欲しい人が、いるから」

 

 

 

 ******

 

 

 

「行くわよ!」

 

 ミサトが叫んだ。それに合わせて、発令所のメインモニターが一斉に切り替わり、大きくタイマーが映し出される。

 

「カウント開始します!!」

 

 マヤの声に、レイはスッと目を瞑り、深呼吸をした。

 頭の中にあるイメージは、かつてのラミエル戦。

 この一発で、全てを決める。そう信じて。

 再び目を開く。

 

「5……! 4……!」

 

 1秒1秒が、とても長く感じた。

 首を長く絞められ、今も3号機の攻撃をよけ続け、シンジの体力はもう限界を超えていた。

 でも、彼は動き続ける。

 ただ、彼女にもう一度会いたい。その想いだけで。

 

 

 

 そして、アスカも。

 

「3……! 2……! 1……!」

 

 0のタイミングで、アスカは目を見開いた。

 

「A.T.フィールド反転っ!!」

 

 レイが放った弾丸は、真っ直ぐ3号機のコアへ向かって直進していく。そして読み通り、バルディエルは弾丸に向きを変え、A.T.フィールドを展開したのだ。

 アスカのやったこと、それは前史でのアルミサエル戦でレイがやったことと、まさに同じ事だったのだ。ただ1つ違うのは、使徒を3号機に抑え込み殲滅すること「ではなく」、ほんの一瞬、コントロールを奪うという目的だけ。

 バルディエルの気配を手放したのを感じた一瞬に、アスカは全神経を左腕に集中させる。意識の電気信号が、バチバチという音を立てながらアスカの感覚へと帰還する。

 

「全残電力直轄接続、高機動モード展開、主線神経系統切断っ……!」

 

 操作を声に出して自分を鼓舞し、ぼやける視界の隅を経験と感覚で的確に制御していく様は、エリートとして過ごしてきた、彼女の意地によるものだった。

 そして最後の力を振り絞り、激痛に耐え、両手で左操縦桿に全体重をかけて押し込んだ。

 

「逆侵っっ!!!!」

「碇君っっ!!!」

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 3号機の動きが停止した。その一瞬の隙にシンジは飛びかかった。2つの機体はそのまま地面に勢いよく倒れ込み、山々に重厚な音が響き渡る。

 次の瞬間、初号機は再び3号機によって振り飛ばされる。発令所に一瞬、凍り付くような緊張が襲った。

 しかし次の瞬間、ミサトはモニターの端に消えた初号機の左手に、口角を上げた。

 

『レイ、今よ!!』

「はい!!」

 

 間一髪で、初号機は3号機からエントリープラグを引き摺り出していた。レイは停止した3号機に向け、再び構えたハンドガンの引き金を、躊躇うことなく引き続けた。

 首と肩、腹部を連続で撥ね飛ばされた3号機は、完全に沈黙した。

 

『パターン青消失っ!』

『救護班急いでっ!』

「アスカっ……!!」

 

 発令所に次々と指示が飛び交う中、シンジは自分の乗るエントリープラグを強制射出させ、必死に駆け出していた。

 初号機の腕を滑り落ち、一目散にエントリープラグのハッチへとひた走る。

 沸騰したL.C.L.が充満していて、息苦しい。

 何度も躓く。それでも足は止まらない。

 ハッチのレバーを掴み、回そうとする。だが、バルディエルの侵食体のせいなのか、一度は回したことのあるはずのレバーが回らない。

 さらに力を込めたそのとき、レバーが折れた。だがシンジは驚きもせず、今度は素手で、プラグの部品の僅かな溝に指を捻じ込む。

 

「アスカ……っ!!!」

 

 手が爛れ、血が滲むるのも厭わず、シンジは残っている全ての力を腕に込めた。

 

 

 

 ピッ-

 

 

 

 発令所のマヤのモニターに、1つの表示が灯った。

 その瞬間、アスカの乗っているハッチが、爆ぜた。

 

「アスカっっ!!!」

 

 彼女は、ぐったりしたまま、プラグの中で横たわっていた。シンジは縋るようにアスカの身体を抱きしめた。

 

「…………っ」

 

 シンジはこみ上げる涙を、抑えきれなかった。

 

 生きている。

 

 アスカの鼓動が、聞こえる。

 テスト用のプラグスーツがいつものモノよりも薄かったこともあって、アスカの心音が、呼吸が、温もりが、シンジの心に、はっきりと伝わってきていた。

 

「よか……った……っ……」

 

 シンジは、さらに強く、きつく、彼女の躰を腕に抱え込む。

 

「……い……たいわよ……バカ」

「っ! アスカ!?」

「まったく……なんて顔、……してんのよ」

「……だって……っ!」

 

 アスカは、咽び泣くシンジに、柔らかく微笑んだ。

 

「でも……許す」

「……え……?」

「やっと、……抱きしめてくれた、し」

 

 シンジは、その言葉に、もう一度、しっかりと彼女を抱いた。

 そういえば今まで、シンジの方からアスカを抱きしめたことはなかった。恥ずかしかったのと、自分に彼女を抱きしめる資格があるのかという不安があったからだ。

 

「やっぱりガキだよ……。俺は……っ」

 

 でも、もう二度と離してやるもんか。

 絶対に、2人で生きるんだ。

 シンジは、決意と夢と、自分の願いに心を沈めた。

 そうしているうちに、彼らはエントリープラグの中で、静かに眠りについたのだった。

 

 

 

 レイは、無残に破壊された3号機の上からその様子を眺め続けていた。

 絶対的な安心感と、左腕に走る鈍い痛みと、少しの不安が、彼女の心を渦巻いていた。

 それは次第に、1つの決意へと、辿り着く。

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 モニターを操作していたマヤが、1つ、瞬きをした。

 駆けつけた救護班から「パイロット2名の命に別状なし」の報告を受けた発令所は歓喜と安堵感に包まれ、それでも冷静に事後処理を行う指示が飛び交っている。ミサトもマコトの机に両手をつき、涙こそ見せないものの感極まっている。リツコも一時の絶望からの奇跡に目頭が熱くなっていた。

 が。

 

「どうかしたの、マヤ? 急にマギのシステムファイルチェックなんて始めて」

「いえあの、あり得ないんです……」

「……何が?」

 

 システムチェックの結果が出る。エラーはない。

 

「……A.T.フィールドです」

「……まさか、残ってる……?!」

「使徒じゃないんです」

「……へ?」

 

 リツコは、マヤが何を言っているのか、分からなかった。

 

「使徒だったら、3号機か、3号機のエントリープラグ『内』に現れてるはずです。パターン青の観測時間も、ほんの2秒以下なんです」

「どういうこと……?」

 

 マヤは、震える声で、こう告げた。

 

「エントリープラグの、()()……ハッチを破るあの瞬間だけ、現れてるんです……」

 

 

 

 

 

 

 




☆あとがき

ジェニシア珀里です。今回も読んで頂いた皆様には、心からお礼申し上げます。本当にありがとうございました。
文体が変わり、雰囲気が変わり、展開が暗く、ここまで読んでくださった皆様全員に楽しんで頂ける文章が書けたという自信は、ごめんなさい、実はありません。
本当のことを言うと、昨年1月の執筆当初からこの章のプロットだけは書き続けていたのですが、第拾伍話を投稿してなお、これじゃない感が凄かった。
悩みに悩み抜いた果てが、この結果です。正直疲れた。笑
そして辛かった。彼らにとっての罪と罰を描いていて、いつしかこの物語を書く自分自身の正義って何だろうと考えるようになり、この物語で私が書きたい事って何なのかと、自問自答するようになりました。

『E.V.A.』はまだ続きます。むしろ、本当の闘いはまだ始まってないわけですから。
ですが、皆様のおかげで、この第拾陸話を経たおかげで、このシリーズの先が再び見え始めました。
更新頻度が高くなると断言できるわけではないのですが、皆様に楽しんで頂けるように、精進します。
これからも、何とぞ何とぞよろしくお願い致します。

最後、不穏な終わり方でしたが、とりあえずアスカが無事に助かってくれて本当に良かったです。(安堵)
次回もお楽しみに。(- v -)

ついでに、『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』も近づいてきている予感がしますので、私のTwitterID、置いておきますね。笑
ジェニシア珀里→@LASR_eva2020SC

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