E.V.A.~Eternal Victoried Angel~   作:ジェニシア珀里

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セカンドインパクト発生から、今日で20年。


第拾漆話 見知らぬ明日(前編)

 目を開くと、そこは電車の中だった。

 誰もいない、静かな電車。オレンジ色の夕陽に車内は照らされ、窓の外には見覚えのあるような気がする景色が、右から左へと流れていく。

 

「ここか……」

 

 シンジにとっての精神世界。久しぶりの風景だった。

 また、夢でも見てるらしい。懐かしくも変な感覚が、シンジの周りを包み込む。

 早く起きなければ。近いうちにゼルエルもやってくる。対策しなければならない。

 

 -対策して、何になるの?

 

 いつの間にか、向かいのシートに自分が座っていた。

 

 -結局、考えたことなんて、当てにならないのに。

 

「それでも、世界を救わなきゃ。そのために戻ってきたんだ」

 

 -それが、目的?

 

「そうさ」

 

 -本当は、彼女と二人きりが、良いんじゃないの?

 

 いつの間にか、目の前の自分は綾波になっている。

 

 -世界のコトなんて、どうでも良いんじゃ、ないの?

 

「……違うよ」

 

 シンジは心乱されながら、必死に言葉を紡ぐ。

 

「僕一人じゃ、何もできないんだ……世界を救うことも、アスカを助けることさえも」

 

 包帯を巻いた紅い彼女に変わっていた目の前の存在が、言う。

 

 -本当に寄り添ってくれるヒトなんて、いると思ってんの?

 

「……確かにね。本当はいつでも、孤独なんだ」

 

 だけど。

 

「僕はアスカと、一緒にこの世界を生きたい。だから僕は、この世界を救うために、この世界に抗うんだよ」

 

 -でもさ。

 

 心の声が、三重に響きわたる。

 

 -世界はいつだって、アンタを裏切るのに。

 -世界はいつだって、 僕 を裏切るのに。

 -世界はいつだって、あなたを裏切るのに。

 

 

 

 

 

【第拾漆話 見知らぬ明日(前編)】

【Episode.17 The day of Gathering】

 

 

 

 

 

「結局、アスカは別棟で隔離検査か……」

 

 会議室のモニターを操作しながら、ミサトは寂しげなため息をついた。それを見ていたマコトが、少しばかり悔しそうに呟いて、目の前にコーヒーを置いた。

 

「仕方ないですよ。殲滅されたとはいえ、第9の使徒にずっと侵食されてたんです。あの状態で助け出せたことすら、奇跡なんです……」

「そうよね……」

 

 ミサトはディスプレイを消し、椅子にもたれかかった。マコトが用意してくれたコーヒーを、感謝の意も込めてまずは一口飲む。苦い味と香りが、鼻腔に広がる。

 

「結果的に使徒は殲滅、アスカちゃんは救出できたわけですから安心ですけど、使徒に寄生されてるって分かっていればって、シゲルもマヤちゃんも言ってますよ」

「無理よ。事前の整備ですら何の異常もなし、気付けって方が難しいんだから」

「……そうですかね」

「それに……」

「……それに?」

「……いえ、なんでもないわ」

 

 ミサトは「気付たとしても強行されていた可能性がある」という言葉を、コーヒーとともに飲み込んだ。そのような証拠はどこにもないし、もし本当だったとしても、ここでNERVが分断されるようなことがあれば、今後の使徒戦に確実に悪影響を及ぼすだろう。

 ゲンドウが、加持が、リツコが、一体何を考えながら動いているのか。ミサトは冷静に、未だ見えない真実へと思いを褪せていた。

 

「それより……」

 

 マコトが、マグカップをコトリと置く。そっと視線を向けると、両方の拳を固く握り締めていた。

 

「僕にはどうしても信じられません……パターン青だなんて……」

 

 その言葉を聞いて、ミサトも思わずマグカップを持つ手に力が入った。

 

「……けど、データは嘘をつかないわよ。現にMAGIに異常は見られない」

「ですが葛城さん!」

 

 マコトは声を荒げた。その瞳は、今度は本気の悔しさに揺れている。無理もない話だ。ミサトはそう思い、目を伏せる。

 マヤとリツコから伝えられた耳を疑う事実。それを知る者は、今のところシゲルやマコト、そしてミサトくらいしかいない。ただ、先ほどシンジが拘束されたという件が、どうにもこの事実に関係しているとしか思えない。

 

「私だって思うところはある。何故こんなことになってるのか、簡単には説明なんてつかないわよ……」

 

 3号機を殲滅した直後、エントリープラグからアスカを救い出す際に検出された数秒間のパターン青。しかもそれが発せられていたのは、エントリープラグやその内側ではなく、ハッチを破壊しようとしていたシンジの方だったのだ。

 無論、反応はすぐに消えたわけで、端から見たらシステムのバグのようなもの位に見えるかもしれない。しかし、

 NERVで使っているコンピュータは「MAGI」なのだ。

 ミサトは眉間にシワを寄せながら、マコトに、そして自分自身に言い聞かせるように呟く。

 

「でも、シンジ君は敵じゃない。絶対」

 

 ミサトは、再びコーヒーに口をつけた。

 

 

 

 ******

 

 

 

 シンジとアスカがいないという構図は、考えてみればサキエルが襲来するまでのものと全く変わらないのである。しかし、真夏であるにもかかわらず、第壱中学校2年A組の教室は、狂ったように冷え切っていた。事情をちゃんと知っているトウジたちにとっても、その光景に疑問は持たなかったものの、居たたまれない気持ちでいっぱいだった。

 そして他の生徒たちも、前日の野辺山での戦闘の概要から、薄々何があったのか勘づいているようだった。

 

「ってことはまさか……」

「碇君と式波さんが戦って……」

「そのせいで、ってか?」

「ねぇ、もしかしたら……」

「あぁ、このままずっと来ない、ってことも……」

 

 噂というものは、時に風船のように、膨らみ続けていくものである。そしてそれは、いつ弾けるか分からないという不安と恐怖を掻き立てる。

 

「碇のヤツ、式波と付き合ってたんだろ……? なのに」

「なのに殺さざるを得ない状況になったのなら……」

「そんな残酷なこと……!」

 

 ガタンッ-

 

 クラスの視線が、1カ所に集中した。その先には、机に手をついたまま、蒼髪の少女が無表情で立っていた。

 否、無表情ではなかった。微かだったが、彼女は悔しげに、そして悲しげに、唇を震わせていた。クラスの誰もが、彼女の暗き感情を、はっきりと認識した程に。

 そして綾波レイは、静寂に包まれた空気を裂きながら、無言のまま教室を出て行った。

 

「あ、綾波さん……!」

 

 その後を、委員長のヒカリが慌てて追っていった。

 2人が出て行ったのを見計らってか、腕を組んだままだったトウジが口を開いた。

 

「……お前らよぉ」

 

 誰かを責める口調でも、諫める口調でもない。ただ、彼らしい言葉遣いで、教室の隅まで届くだけの声で言った。

 

「シンジも式波も無事や。ちゃんと生きとる。そんな心配すんなや……」

「け、けどさ鈴原……」

 

 一人の男子生徒が、おそるおそる訊き返そうとした。だがトウジは、それを静かに制止した。

 

「ワシらには無理なんや……シンジたちの背負ってるモンを全部理解しようなんちゅうコトは……」

「何かを護るための勇気と……覚悟。碇たちはそれだけ本気になってる……。アイツらの本当の辛さなんか、俺たちだって分かりたくても分からないんだ……」

 

 ケンスケも、アスカの席に目をやりながら、彼らの状況を案じて顔を歪めた。

 

 

 

 

 

 

「綾波さん!……っ待っ……て!!」 

 

 ヒカリは早足で廊下を歩き続けるレイの腕を掴んだ。今クラスにいる誰よりも、彼女はレイの苦しさを強く感じていた。

 朝、レイから3人に伝えられた事実。アスカは3号機に搭乗後、使徒に侵食されたこと。その後戦闘を経て、なんとか救出に成功したこと。隔離検査を行われることになったものの命に別状はなかったこと。シンジはその後、上官への侮辱行為として拘束されたこと。

 しかし、彼女は自分のことは喋らなかった。ただ事実を伝えただけ。ヒカリには、彼女が何か抱え込んでいることを察したのだ。

 レイが教室を出て行ったとき、なんとかして彼女を引き留めなければならないと直感して、慌てて後を追っていた。

 

「……碇君、泣いていたの」

 

 消えそうな声で、レイは言った。

 

「アスカを助け出して……アスカが生きてるって分かって……泣いていたの」

 

 レイは逃げなかった。ガラスのように壊れてしまいそうな繊細な肌に包まれた腕を、身体を、微かに震わせていた。

 

「無事で、嬉しかった。生きててくれて、嬉しかった。だから……許せないの」

 

 ヒカリは思わず、レイの身体を引き寄せた。レイはその勢いに抵抗することなく彼女にもたれかかるようにして、そのまま座り込んでしまう。ヒカリはレイを抱きしめたまま、目を固く閉じて、レイの言葉に耳を傾ける。

 

「許せないの。アスカを、碇君を苦しめた使徒を……碇君たちを閉じ込めるNERVと碇司令を……何もできなかった、私を……」

「……綾波さんは……レイは、悪くない……っ。アスカをちゃんと助けたじゃない……!」

 

 ヒカリはフルフルと首を振る。レイの辛さを少しでも分かってあげたいなんて烏滸がましいのは理解している。それでもこうしないと、レイが本当に壊れてしまいそうで、ヒカリには耐えられなかった。

 

「なぜ……」

 

 レイは、ズキズキと痛む胸に拳を押し当てて、誰に対してなのか分からない問いを、口にした。

 

「なぜ……碇君たちが、傷つかなくちゃいけないの……?」

 

 その問いに、ヒカリは答えることができなかった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 2日後、研究室にいたリツコは目の前に並ぶデータの羅列に頭を抱えていた。

 シンジが拘束されてから、実に3日が経とうとしていた。司令に対して「巫山戯んな」と叫んだのがさすがに尾を引いてしまったのだろう、職員の間ではそう言った同情の波紋が広がっている。

 だがしかし、技術局長のリツコは拘束の理由が単なるものではないことを知っていた。パターン青だ。職員には隠し通せても、NERVトップ2に隠し通すのは無理な話なのだ。

 司令も副司令も、かなり混乱しているのだろうとリツコは推察した。彼らにとってのキーパーソンが、まず倒さねばならないはずの使徒と識別されてしまったのだから。SEELEもこの事態を黙ってはいまい。拘束する理由は十分だ。

 だがそれ以上に、リツコ自身がこの事実に混乱し、そしてこれから取るべき方策に関して結論を出せずにいた。

 こうなった以上、ゲンドウはテコでも動かないだろう。だがシンジのいない状態で、勝てる見通しなどあるのだろうか。

 シンジの言っていた通りなら、あと1週間もないというのに。

 

 

 

 数時間前から、自分の端末から片時も目を離そうとしない同僚に、青葉シゲルは堪えきれなくなって声をかけた。

 

「あんまり無茶するなよ、マヤちゃん……あんまりやり過ぎると身体壊すぞ?」

「…………」

「……マヤちゃん?」

「……ダメなんです、青葉さん。今やめるわけには、いかないんです」

 

 マヤは苦しそうに呟いた。エヴァとMAGIに記録された至るところのデータを必死に集積し、リンク付けとソートを繰り返していた。本来やっておくべき必要量の仕事を終えた後も、ひたすらに。コンソールを叩く指は全く止まらなかった。

 

「ねぇ……」

「……?」

「私たちのやってることって……正しいわよね?」

 

 シゲルはハッとした。自分の勤める特務機関。そこで自分は、本当は一体何のために仕事をしているのか。

 

「正しい……はずさ……」

 

 シゲルは、そう返すのが精一杯だった。だが心の底では、本当は違うのだと警鐘を鳴らしているのを感じていた。

 自分たちは、本当は何も、真実の片鱗も見えていないのだ、きっと。

 

 

 

 彼らを狂わせる「パターン青」。

 それは、人類の敵「使徒」を示す特定波長コードである、とされている。

 その事実は半分正しく、半分間違いである。

 真実とされている間違いに気付いたとき、人は今までの自分を否定しなければならなくなる。

 その恐怖に、人はいつも怯えているのである。

 

 だが幸か不幸か、人々がその間違いに気づく前に、最強の拒絶タイプが、ふたたび街を蹂躙するのである。

 

「レイ?」

 

 朝食を取っていたレイが、箸を止めた。ミサトも咄嗟に箸を止め、レイの表情を覗き込む。

 シンジとアスカがいない葛城家は、とても静かで、二人だけの食事も、とても淋しいものだった。ミサトは努めて明るく接しようとしていた。そんなものは慰めなどにならないのだと、気づいていながらも。

 

「……くる」

 

 レイは、何かに引っ張られるように立ち上がった。

 

「待ちなさい、レイ」

「……」

 

 レイのその反応で、多分、次の使徒がやってきたのだと、ミサトも直感で理解した。しかし、今までであれば慌ただしく家を飛び出していたミサトは、席を立たず、逆にレイを引き留めていた。

 

「……まずは、ちゃんと食べてから。自分の作った料理でしょ?」

 

 悔しさを紛らすためか、それとも彼らとの繋がりを消したくないからか、ここ数日、レイは一人で料理をし続けていた。見れば、レイの左手薬指には、絆創膏が巻かれていた。

 

「……はい」

 

 レイがふたたび座ったのを確認したミサトは、彼女が作ってくれた炊き込みご飯を、口へとかき込んだ。

 

 

 

 ******

 

 

 

 緊急事態宣言のサイレンが鳴り響いたのは、シンジが拘束されてから5日も経った後の昼過ぎだった。

 なぜ釈放されないのか、非戦闘職員の間でも不信感が募り続けていた。加えてアスカの意識回復もまだで、そんな状況下での戦闘は開始前から絶望的と言わざるを得なかった。

 リツコは自分が作戦を立案できるような思考回路をしていないことを心底悔やんだ。目の前のミサトのような思いきりの良さも、瞬時の判断力も、攻撃態勢のバランス構築力も、自分にはなかった。

 しかしそんなミサトも、今回ばかりは相手のあまりの強力さに、本気で恐怖を見せていた。

 

「旧小田原防衛線、突破されました!」

「国連軍から通達、全兵器使用許可を下したそうです!」

「ですが、全攻撃が無効にされてます……!」

「なんて奴……!」

 

 分かっていたことだ。なのにもかかわらず、何もできない。リツコはただ歯噛みするしかなかった。

 そして、NERV本部が体験したことのない、異常なレベルの衝撃波が発令所を揺らした。

 

『第4地区に直撃! 損害不明!』

「地表全装甲システム融解!」

「24層すべての特殊装甲が、一撃で……」

 

 マコトはあまりの破壊力に、呆然とした。

 国連軍とNERVは、すぐさまN2を繰り出す。

 今度は、躊躇うことはなかった。

 しかし。

 

『目標健在』

『第二波攻撃、効果なし』

「いいから、市民の避難が最優先だ!」

 

 シゲルが電話口に叫ぶ。

 

「N2誘導弾の第3弾を許可する! 直援に回せ!」

 

 ゼルエルに対しては、N2すら効かない。増すのは、焦りばかりだ。

 

「碇司令!」

 

 唐突にミサトが後ろへ振り返り、険しい表情で叫んだ。

 

「エヴァの出撃を要請します! 零号機、及び初号機を!」

 

 発令所が一瞬、静まり返った。

 

「……シンジ君を解放してください。零号機単体ではあまりにも危険です」

「駄目だ」

「何故ですか!?」

 

 ミサトは啖呵を切った。

 

「葛城一佐、君も知っているはずだ。F区画から出すわけにはいかん。君は世界を滅亡させる気か」

「くっ……、しかし……!」

「ミサト!!」

 

 反論しようとするミサトを止めたのは、リツコだった。

 

「……耐えて、今は」

「……」

 

 リツコはモニターを苦しい表情で凝視しながら、ミサトを一切見ずに、背中で訴えた。

 絶対に何かあるけれど、触れてはいけない何か。ミサトは歯噛みしながらも、リツコのその懇願を受け、わき上がる怒りを心の奥へと押し込めた。

 

「……後で洗いざらい、吐いてもらうわよ」

「分かってるわ……」

 

 長年過ごしてきた「友」だからこそ、言えなかった。

 それでも、「友」だからこそ伝わる心も、あった。

 全てを打ち明ける刻が、そこに迫ってきていた。

 

 そのとき、モニターに表示された「Start-Up」の文字とマコトの報告が、発令所をザワつかせた。

 

「エヴァ2号機、起動!」

「嘘……封印は!?」

「解除されてます。搭乗者も不明!」

「どういうこと?!」

 

 その2号機のエントリープラグ内。ピンクのプラグスーツに包まれた彼女が、呑気に鼻歌を歌いながらストレッチをしていた。

 

「さってと、あの子には悪いけど、ちょっと貸してもらうよん♪」

 

 真希波・マリ・イラストリアスだった。

 

「目標、ジオフロント内に侵入!」

「エヴァ2号機と会敵します!」

「2号機との相互リンク、プラグ側からカットされています! こちらからの干渉は不可能、通信もできません!」

「誰なのか分からないけど、恐らくは……」

「一人でやりたいってことね。……零号機は左腕が完治してない、バックアップに配置して! あと……」

「なに……?」

「リツコ……一方通行(いっつう)でもいい、こっちの声、2号機に流せない?」

 

 ミサトは苦く表情を歪めた。 

 

「一人で戦わせるわけには……いえ、一人だけで戦わせたくない」

「……わかったわ、やってみる。マヤ!」

「はい!」

 

 マヤは目の色を変えてコンソールを操作し始めた。

 

 

 

 

 

 2号機はジオフロント内の地表へ到着する。マリは新しいプラグスーツの感触をもう一度確かめて、コックピット内で深呼吸する。

 

「やっぱり新型は気持ちいいにゃん、動きやすいし胸もピッタリだし♪ それにこの機体もなかなかいいじゃん? 他人の匂いのするエヴァも悪くないってね」

 

 さて、とマリは一度伸びをしてから、インダクションレバーへ手をかける。

 

「ふぅ、第5次防衛線を早くも突破、か。ソッコーで片づけないと本部がパーじゃん!」

 

 そう言ってマリは、2号機の両手に装備させたハンドガンを天井に向かって乱射する。ジオフロントの天井からは、使徒が迫っていた。ゼルエルは、まるで空から舞い降りる堕天使のように、黒いローブ状の体をなびかせて下りてくる。

 最強の拒絶タイプ、ゼルエル。その防御力たるや、凄まじかった。

 

「うーん、A.T.フィールドが強すぎるぅ。こっからじゃ埒があかないじゃん!」

 

 マリはハンドガンを後ろに放り投げると、武器コンテナを開いて、サンダースピアを装備する。

 

「よっ、と。これで行くかぁ〜? にゃあっ!」

 

 助走を付けて高く舞い上がった2号機は、使徒の頭上からダガーを突きたてて奇襲を仕掛ける。

 

「ゼロ距離ならばっ!」

 

 鉄板のように硬いA.T.フィールドにダガーを突き立てたマリは、肩のウェポンボックスを開いてニードルガンを連射した。しかし、ゼルエルは全ての攻撃を完全に防いでしまった。

 

「なっ……!?」

 

 直後、全身が叩かれたような衝撃を受けた。A.T.フィールドで2号機を遠くまで吹き飛ばしたのである。

 

「いってってってぇ……うぐぅ……」

 

 天井から落ちてきたビルの残骸に叩きつけられた2号機は、奇妙な態勢に倒れ込む。全身に痛みが走っていく。しかし、ゼルエルは休む暇を与えずに第二波を放ってきた。

 

「……!? やっば!」

 

 マリは間一髪、バク転をして使徒の攻撃をかわす事に成功する。

 

「にゃろ〜、なんてやつ……」

 

 明らかに劣勢だったのだが、マリの口角は上がっていた。

 

 

 

 ******

 

 

 

 ガンッ、と言う音を立てて、シンジは扉を破ろうと体当たりした。しかし、重厚な黒い扉はびくともせず、シンジは焦るばかりだった。

 さっきの地響き、絶対にゼルエルだ。時期的にそろそろだとは思っていたけれども、一つだけ誤算があった。シンジは未だに、独房から出ることができていないのだ。

 今回ばかりは話が違う。ゼルエルに、正面から太刀打ちできるような者など、誰一人としていないのだ。

 しかも、アスカには戦闘は無理だ。だとすれば、今ゼルエルに対抗しているのは零号機だけ、綾波しかいないじゃないかと、シンジは推測していた。

 

「くっそ……っ、誰か!!」

 

 このままだとまずい。綾波が危険すぎる。もし前史のように倒されたら、本気で全滅だ。

 なのに。この独房を出なければ、初号機に辿り着くことすら不可能だというのに。

 

「っ……どうする、どうすればいい……!?」

 

 焦るばかりだ。目を閉じ、部屋を歩き回り、座り、立ち、ふたたび扉をこじ開けようとし、脳を全力で稼働させていく。だが、一向に答えが出ない。シンジは今までにないほど焦っていた。

 シンジは、自分が拘束された理由を知らなかった。前史同様に稚拙な恫喝を行ったことが、理由だと思い込んでいたのだ。しかしここまでくると、シンジも確実に疑いを持った。

 なぜ父さんはまだ自分を呼び出さない? なぜこんなに長期間閉じ込められている? なぜ?

 また何か、大きく裏切られた心持ちになる。逆行したことが意味をなさないほどに台本が変わっている。

 裏切られることには慣れてきてしまっている。それは理解している。だがやはり、こみ上げる悔しさを抑えることができない。

 

「ちくしょう……開けよっ!!」

 

 両足を壁に張り上げ、腕に全力を込めて、扉を引き剥がさんとばかりに身体をのけぞらせた。それでもやはり、扉はびくともしなかった。

 

 

 

 

 

 身体中の痺れるような痛みと共に、彼女は目を開けた。

 視界が紅く染まっていた。自分の呼吸の音が、狭い空間に反響して響いている。

 

「ここは……」

 

 見たことない場所だった。というか、閉じ込められていた。

 

「どこ……?」

 

 その時、鈍い振動が、身体を揺すった。

 

「…………!?」

 

 瞬間、脳が完全に覚醒する。

 思わず自分を閉じ込めているカプセルに全身の力を込めていた。

 数秒の後、バキィン-と音を立てて、カプセルは二つに破壊されていた。

 

 

 

 

 

 マヤの操作状況を見ながら、リツコはミサトに告げた。

 

「ミサト、何とか繋がりそうよ。けど、」

「パイロットがさらに通信を切れば、そこまでよね」

 

 ミサトはリツコの言葉を引き継ぐように答える。

 

「ええ。持って10秒くらいだから」

「わかった」

「センパイ、コンタクトいけます!」

「ありがとう、マヤちゃん」

 

 ミサトは前屈みになって、言う。

 

「2号機へ、作戦部長の葛城です。一つだけ命令よ。……危険だったら、即時撤退するように」

 

 どっこいしょ、とマリは立ち上がった。ジオフロントは既に荒廃した瓦礫の山々に埋め尽くされつつあった。

 遠くでゼルエルが動き出していた。時間の猶予も、あまりない。そしてスピーカーからは、ミサトの声が聞こえていた。

 

「せーっかく通信切ってたのに。やっぱり本部の人間は只者じゃないってことかにゃ」

 

 少し間合いを取った位置に待機する2号機。再度通信システムを弄くり回した後、マリは拳をパンッと叩く。そして、紅い眼鏡の縁を、スッと持ち上げる。

 

「危険なのは百も承知。死にさえしなけりゃ何とかなる。作戦部長さんには悪いけど、試す価値は十分だよ」

 

 マリの顔から、笑顔が消えた。

 

「ヒトを捨てたエヴァの力、見せてもらうわ」

 

 そうして、マリは叫ぶ。

 

「モード反転! 裏コード、ザ・ビースト!」

 

 瞬間、エントリープラグ内のモニターが落ちて赤く染まる。2号機の肩に装備されていた拘束具が木っ端微塵に吹き飛び、そこから2本の突起物を出現させ始めた。

 

「我慢してよ……エヴァ2号機。私も……我慢する……」

 

 操縦席の上に立ったマリが前かがみになると同時に、2号機も同じ姿勢になって背中から突起物を出現させる。背中に左右5本ずつ計10本、さらには腰の辺りから更に4本の突起物を出現させた2号機はこの後、驚異的な能力を発揮することになる。

 

「エヴァに、こんな機能が……」

 

 主モニターを見つめるマコトが驚く。ミサトも、2号機の変貌に目を見張った。マヤは内部の状況を報告する。

 

「リミッター、外されていきます! すべて規格外です! プラグ内、モニター不能! ですが……」

「恐らくプラグ深度はマイナス値。汚染区域突入も、いとわないつもり……?」

 

 リツコはマヤのモニターに映し出された数値を見て、このイレギュラーなパイロットがやろうとしていることを察した。

 マヤは想定の範囲内を超えた数値を見て叫んでいた。

 

「ダメです! 危険すぎます!」

 

 ミサトは主モニターに映る2号機の姿をじっと見据えた。

 聞いたことがある。エヴァ開発時に設定された、隠されし秘匿コード。人の域に留めておいたエヴァを解放するための暗号。それを知る者は、初期の開発に携わっていた、ほんの一握りの人間だけのはず。

 つまり。いま、2号機に乗っている人間は、只者じゃない。NERVの中枢を、もしかしたら人類補完計画すらも知っているかもしれない人間だ。ミサトの首を、嫌な汗が伝う。

 

「身を……捨ててこ、そ……浮かぶ、瀬も……あれっ!」

 

 マリは拳に力を入れてぐっと身を縮めると、全てを解放させるようにして目を見開く。

 マリの叫びと共に咆哮を放った2号機は、アンビリカルケーブルを引きちぎる勢いで突入していく。恐ろしいほどの脚力で宙に舞った2号機は、ゼルエルの放ったA.T.フィールドを突き破って懐に迫っていく。

 しかし、ゼルエルは分厚い鉄板のようなA.T.フィールドを追撃させて自分の間合いを死守しようとする。一旦跳ね返されたものの、2号機は再度助走を付けて飛びかかると、強化ガラスを一枚一枚割っていくようにして、A.T.フィールドに殴りかかっていく。

 

「ぬぁぁーっ!! おぉるぁぁーっ!!」

 

 人を捨てたエヴァ。そのパイロットもすなわち、人を捨てるつもりでいる。マリの半狂乱状態が、それを物語っている。彼女は何層にも重なるA.T.フィールドを叩き続けた。

 しかし、ゼルエルがそれを黙って見ているはずが、ない。

 

「はっ……!?」

 

 帯状の腕をドラム缶状に丸めると、それを勢いよく伸ばして2号機を切りつける。前史と形が変わっていたとはいえ、その腕の先は微粒子をも切り裂く程の鋭利さを誇るのである。

 強力な刃物となって襲い掛かった腕を振り上げた途端に、2号機の左腕は切断されて湖に落下する。切り落とされた左腕と切りつけられた右腹部から大量に出血する。

 

「うぅ……うぅうっ……」

 

 連動するように、マリの身体にも焼け付く痛みが走る。手で押さえながら呻き声を上げ、必死に耐える。冷静さは、既に失われている。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」

 

 マリは左腕を押さえながら、丸腰で使徒に突っ込んでいく。しかし、使徒は正面から狙い済ましたかのように、2号機の顔面目掛けて帯状の腕を突き出す。2号機は頭部を粉砕されて後ろに倒れこんでしまった。危険ならば撤退しろという命令は届いていなかったのか。それとも敢えて無視されたのか。どちらにせよ、自分たちに2号機を救う手立てはないのか。光景を見ていたミサトは拳を硬く握り締める。

 裏コードの存在を知っていたリツコが小さく呟いた。

 

「エヴァの獣化第2形態……。ヒトを捨て、闘争に特化させても勝てないなんて……」

 

 ミサトが主モニターを見ながら立ち尽くす。

 リツコは、ただただ願うだけだった。

 ゲンドウが、誰かが、シンジを解放してくれることを。

 

 その時だった。

 

「……!? 赤木博士!」

 

 突然に、シゲルがリツコを呼んだ。

 

「なに? どうしたの?」

「これを見てください!」

「……E区画303……えっ、ちょっと?!」

 

 画面に表示されていたのは、「LOST」の文字だった。

 

 

 

 

 

 





☆あとがき

ジェニシア珀里です。
データ量が30キロバイトを超えたので、前後編に分けました。後編はまだ書いてません。行き当たりばったりで書いているため、一寸先もどうなるか全く分かってません。
けれど前話から結構早く書けたのは、暇だったからなのか何か吹っ切れたからなのか。(笑)

それはともかくとして。
REBUILD(再構築)って、一回壊すからこそ成り立つのだと知りました。逆に言えば、壊さないとできないんですね。
庵野監督の苦しさとか辛さとか覚悟とかは、そういうところにもあるのかも。
「我々は再び、何を作ろうとしているのか。」
この言葉に倣って、一言だけ。


「我々はなぜ、エヴァに心惹かれるのか。」


さて、そろそろ本格的にヤバくなってきます。
次回もよろしくお願いします。
感想・コメント、バシバシお待ちしております!
(作者のモチベになります。笑)

あー、イチャラス(LAS)を書きたいー!!!笑
(↑早よ物語進めろやい。)

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