E.V.A.~Eternal Victoried Angel~   作:ジェニシア珀里

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序章:Dep-1.00
第壱話 使徒、再来


 

 

 

 

 

「…………っ!」

 

 ふと、意識が戻った。夢から覚めたような感覚だった。

 手には、受話器を握っていた。目の前には、オレンジ色の公衆電話があった。

 

『現在、特別非常事態宣言発令中のため、全ての回線は不通となっております……』

「…………へ?」

 

 シンジは、目を丸くして、何度か瞬きを繰り返した。自分のいる場所が理解できなかった。ここって、まるで……

 

 ドォォォン―

 

「わっ!?」

 

 突然の轟音にシャッターが軋む。電線が空を切って揺れる。思わず受話器を手放して耳を塞ぎ、その場に立ち尽くす。刹那、シンジは何かが近づいてくる気配に気づいて振り向いた。

 山の向こうを飛ぶ戦闘機。その山の影から、見たことのある姿を、シンジは再び見たのだ。

 

「サ……」

 

 

 

 サキエル…………!?

 

 

 

 

 

《E.V.A.~Eternal Victoried Angel~》

 

【第壱話 使徒、再来】

【Episode:01 Uncharted Angel】

 

 

 

 

 

 国際連合直属非公開組織、特務機関「NERV(ネルフ)」。その第1発令所の巨大主モニターを、国連軍の幹部が食い入るようにして見ていた。

 

「目標は、依然健在。現在も、第3新東京市に向かい侵攻中」

「航空隊の戦力では、足止めできません!」

 

 オペレーターが悲観的な状況を報告する。

 

「総力戦だ。後方第4師団を全て投入しろ!」

「出し惜しみをするな!なんとしてでも目標を潰せ!」

 

 幹部たちは身を乗り出し、拳を握り締めて指示を飛ばす。一人は焦りのあまり鉛筆の方を折り潰した。

 

 

 

 ******

 

 

 

「な、な、なな……」

 

 なんで……?????

 

 シンジは口許を引き攣らせながら混乱に戦慄していた。目の前にいるのは確かに、一年前に見た第3使徒:サキエルだった。

 ネルフを初めて訪れ、父さんたちに言われるがまま初号機に搭乗し、わけも分からず自分が倒した最初の使徒。

 なのになぜ、また現れているのか。

 というより、この状況は…………。

 

 まさか。

 

 1つの、あり得ない結論へと思考が向かったその瞬間に、サキエルに攻撃していた戦闘機の一つが、サキエルの光矢に打ち貫かれた。そして制御を失った機体はシンジのすぐ傍へと落下した。

 

「わっ……!!」

 

 次いで、頭上に光の輪を宿しサキエルが空を飛び、墜落した機体を片足で踏み潰した。機体は爆発し、爆風に巻き込まれそうになり腕で顔を庇うシンジの前に、懐かしい声が聞こえた。

 

「ごーめんっ、お待たせ!」

「ミ……!?」

 

 ミサトさん!?っと言いかけて、飲み込んだ。先程からのこの流れ、前にも一回経験している。ここまでくると、もう認めるしかない。

 

 時間が、戻っているということを。

 はじまりの日に、戻ってきたのだということを。

 

 戦闘機が再び総攻撃を仕掛け始める。

 

「早く乗って!!」

「は、はい!!」

 

 慌てて車に飛び乗り、サキエルに踏み潰されそうになりながらも、高い運転技術を持つ彼女のお陰で、その場を何とか逃げていった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 一方サキエルは、国連軍の砲撃の雨、大型の爆弾を受けるも、無傷のまま立ち続けている。

 

「何故だ!直撃のハズだ!」

 

 幹部の一人が机を叩き叫んだ。かなりのストレスなのか、音をたてて揺れた灰皿には大量のタバコの吸殻が乗っている。

 

「戦車大隊は壊滅。誘導兵器も砲爆撃もまるで効果なしか……」

「駄目だ!この程度の火力では埒があかん!」

 

 

 

「やはりA.T.フィールドか」

 

 その後方、モニターの様子を眺めながら、一人の初老の男が呟いた。

 

「ああ。使徒に対し通常兵器では役に立たんよ」

 

 そして彼の傍で、座ったまま肘をついて顔の前で手を組み、狼狽する幹部たちを静観する眼鏡の男が応える。

 その時、国連軍の幹部の下へ緊急用の電話が入る。

 

「分かりました。予定通り、発動いたします」

 

 幹部が背筋を正して電話を受けた。

 

 

 

 ******

 

 

 

 シンジはサイドミラーから小さく見えるサキエルと国連軍の戦闘を見ながら、脳のフル回転を続けていた。

 どうして戻って来られたのだろうか。

 

 サキエル。公衆電話。ミサトさん。L.C.L.の海。

 

 アスカ……。

 

 

 

 もしかして……。

 

 

 

 物思いに耽ったのも束の間、攻撃していたVTOLがサキエルから離れていくのが視えた。瞬時にシンジは思い出して叫んだ。このあとに起こることを伝えるべく。

 

「あの、戦闘機、離れてくんですけど!」

「え、ウソ!?」

 

 ミサトは車をドリフトで急停止させ、双眼鏡を荒々しく取り外の様子に目を凝らした。サングラスをかけていてわかりづらいが、その表情がどんどん焦りの色を見せていく。

 

「ちょっとまさか……N2地雷を使うわけ!?伏せてっ!!」

 

 言うなり、ミサトはシンジを抱えてシートに伏せた。

 戦略自衛隊最強の兵器、N2地雷。その爆風に車ごと流されながら、シンジはもはや余裕の表情を見せていた。

 

(ってて……これで国連の人たちは倒せたもんだと思い込んでるんだよね……使徒のA.T.フィールドって、そんな生易しいもんじゃないのに……)

 

 

 

 ******

 

 

 

 そんなシンジの思う通り、ネルフでは国連幹部が喜びの表情を浮かべ、ついでに後方二人を軽く皮肉っていた。しかし、A.T.フィールドを張るサキエルに決定的ダメージを与えることなど到底できはせず、主モニターの回復によって映し出されたサキエルを見て、軍幹部の面々は完全に落胆したのであった。

 遂に国連軍は指揮権をネルフに完全譲渡。幹部の一人が、先程まで座っていた眼鏡の男に告げた。

 

「今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを見せてもらおう」

「了解です」

「碇君、我々の所有兵器では、目標に対し有効な手段が無いことは認めよう。だが、君なら勝てるのかね?」

 

 幹部の一人が、男を見据えて嫌味を言う。

 

「そのためのネルフです」

 

 そうして、左手で眼鏡を上げた特務機関NERV総司令:碇ゲンドウは、自信のある表情を覗かせた。

 

 

 

 ******

 

 

 

 その彼の息子である少年:碇シンジは、N2地雷の爆風で転がされたアルピック・ルノーから何とか這い出した。

 

「大丈夫だった?」

 

 やけに空元気な声がシンジに問いかけた。

 

「ええ。口の中がシャリシャリしますけど……」

 

 非常事態なのにも関わらず、おかしくなるほど能天気なテンションの運転者に半ば呆れながら応えた。

 

「そいつぁ結構♪それじゃ、いくわよぉっ!!せーのっ!」

 

 彼女の掛け声を合図に、シンジもルノーに背を当て、力を込める。少しずつ車体を傾け、タイヤを地面に着地させる。

 両手に付いた砂埃を払いながらシンジの方を見た彼女:葛城ミサトは、シンジの方を見た。

 

「……ふぅ、どうもありがとっ。助かったわ」

「いえ、僕の方こそ、ミサトさん」

「あら、いきなり下の名前とはね。改めてよろしくね、碇シンジ君」

「はい!」

 

 この世界では初対面であることを忘れていたシンジは、一瞬失敗したと思いながらも、晴れやかな笑顔で答えたのだった。

 

 

 

「ルノーが動いてくれて良かった~、ローンがまだ12回も残ってんのに、いっきなり廃車じゃあシャレになんないもんねっ。直通の特急列車も頼んだし、これで予定時間守れるかもっ!……って、なーんにも聞かないのね、シンジ君」

「えっ?……は、はい」

「さっきから、あたしばーっか話してんだけど?」

 

 それもそのはず、シンジはミサトの話を聞きながら、いろいろなことを考えていたためだ。

 

(N2の爆発で残ってたローンって、全部払いきれたのかな?それにしても、何だかんだで最後までもったんだもんなぁ、この車。意外と丈夫だよね。それにしてもミサトさん、あの時は本当にすみませんでした……キスまでして僕を送り出してくれたってのに、結局まともなこと何にもできなくて……)

 

 とかなんとか。

 

「あ、……すいません」

「謝ることないけど……ただ、さっきのでっかいのは何ですかーとか、何が起こってるんですかーとか、聞きそうなもんじゃない?」

 

 確かに。ですが、こちとらぜーんぶ知ってるんですよねぇ……。

 

「いえ、あの、聞いても何も答えてくれないだろうと思って……」

 

 咄嗟に考えた言い訳がこうなるのも無理はなかった。

 

「妙に気を回して決め付けるのね……子供らしくないわよっ♪」

 

 全部分かってるのも意外と厄介なものだなと、シンジはミサトに気付かれないように苦笑いした。

 

「ちなみにさっきのは、使徒と呼ばれる謎の生命体でね……」

 

 とりあえず今現在、碇シンジは初心者。退屈になりそうだと思いながらも、どうやら聞くしかなさそうである……。

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

「特務機関NERV?」

 

 ガムテープで応急措置を施されたルノーが桃源台中央駅へと辿り着いたとき、ミサトの話はシンジの向かう先の組織に移っていた。

 

「そ。国連直属の非公開組織」

「父のいる所ですね」

「まねー。お父さんの仕事、知ってる?」

「人類を守る大事な仕事だと先生からは聞いてます。これから父のところへ行くんですか?」

 

 下降を始めた貨物列車の中で、シンジは訊いた。

 

「ええ、そうなるわね。あっ、そうだ。お父さんから、ID貰ってない?」

 

 ミサトの声にはっとして、シンジはバッグの中を漁る。中からクシャクシャになった紙とIDカードが出てきた。その紙に書かれてる乱雑な字にそっと苦笑いしつつ、繋ぎ止めているクリップを外してミサトにIDを預ける。

 

「どうぞ」

「ありがと。じゃ、これ読んどいてね」

 

 そう言って、ミサトは『ようこそNERV江』というパンフレットをシンジに手渡した。

 

「ネルフ……か」

 

 シンジは、手渡された資料の表紙をじっと見つめ、微笑んだ。

 

 

 

「すごいっ!本当にジオフロントだ!」

 

 わざとらしいなぁとは思いながらも、シンジは驚くフリをしてみせた。貨物列車の走る線路は、空中に掛かる橋のように高い高い場所から地下へと続いていた。眼下には、広大な空間が広がり、湖や森林が見える。天井からは無数のビル群が突き出し、採光窓からは太陽の光が差し込んでいる。

 

「そう、これが私たちの秘密基地、ネルフ本部。世界再建の要、人類の砦となるところよ」

 

 ミサトは窓の外を見つめるシンジを見て説明する。もちろん、全て知っております。

 貨物列車の終着地点に到着した後、エレベーターに乗って更に地下深くへと降りて行く。世界再建とはいうものの、本当は壊滅を目的としているとは間違っても言えるわけがない。そんな辛い場所であったネルフも、苦々しい思いもあれど、やはり懐かしさを感じるシンジだった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 エレベーターのドアが開くと、白衣姿の女性が中へ乗り込んで来た。

 

「到着予定時刻を12分もオーバー。あんまり遅いから迎えに着たわ。葛城二佐。人手もなければ、時間も無いのよ」

 

 女性は毅然とした態度でミサトを責めた。プールにでも入っていたのか、輝かしい金髪が少し濡れている。

 

「ごめんっ!」

 

 ミサトは右手を立ててサッと顔の前に出すと、腰をかがめて彼女の機嫌を取った。この道の途中でやっぱりミサトは迷ってしまったのだが、シンジはご愛敬ということで口出しはしていなかった。もっとも、ここの構造を知っているとバレては癪だ。

 

「ふぅ……例の男の子ね」

 

 その女性は、一息つくとシンジの方を見る。

 

「技術局第一課・E計画担当責任者・赤木リツコ。よろしくね」

 

 リツコは、白衣のポケットに手を入れたままシンジに自己紹介をした。

 

「はい!」

 

 シンジは、久しぶりに対面したリツコに笑顔を見せて力強く返事した。ただ、それと共に一つ疑問を感じながら。

 

(…………『葛城二佐』?)

 

 

 

 真っ暗な空間にシンジを案内したリツコは、照明のスイッチを入れる。

 

「碇シンジ君、あなたに見せたいものがあるの」

 

 シンジの目の前に巨大なロボットの顔が浮かび上がる。シンジにとっては懐かしい戦友であり、自分を守り続けてくれた母の棲む、紫の巨人。シンジは動じることなくその紫鬼の顔を見据えた。

 シンジの横に立ち、リツコが説明する。

 

「人の作り出した、究極の汎用人型決戦兵器・人造人間エヴァンゲリオン。その初号機。我々人類の、最後の切り札よ」

 

 シンジは微笑み、目を閉じた。

 

「なるほど、これが父の仕事ですか」

「そうだ」

 

 シンジたちのいる空間に低いバリトンが響く。

 

「……久しぶりだな」

 

 シンジが上を見上げると、高い位置に設置されたコントロールルームのガラス窓から、ゲンドウがシンジを見下ろしていた。

 

「父さん……」

 

 シンジはゲンドウの目を直視した。

 

 

 

 

 

 シンジは、もはや父に対してそれほど憎悪は感じていなかった。前史でのサードインパクトの時、ゲンドウの言葉も聞こえてきていた。

 

『すまなかったな、シンジ』という、謝罪の言葉が。

 

 淋しかったのだ。心の拠り所であったユイを失い、他人を信じられなくなった。避けてしまっていた。だからリツコさんにも手をかけてしまったし、多くの犠牲を払いつつも、ユイに、母さんに会いたいという願いを一瞬たりとも崩せなかったのだ。そうシンジは思った。

 やはり親子なのだと感じさせられる。シンジも、ゲンドウも、他人と関わるのが苦手だったのだ。そしてそれが、あのサードインパクトと、壊れて何もなくなってしまった世界を生み出すきっかけになってしまった。事実、自分たち親子が起こしたようなものだ。

 

 

 

 

 

「……出撃」

 

 ゲンドウは、何の前触れも無く出撃を命じた。

 

「出撃!?零号機は凍結中でしょ!?……まさか、初号機を使うつもりなの!?」

 

 ミサトは、ゲンドウの言葉を聞いてリツコに詰め寄る。自分が知っている話の流れとは違うことに困惑し、そして驚愕したのだろう。

 

「他に道は無いわ。碇シンジ君?」

 

 リツコはシンジの方を見た。

 

「はい」

「あなたが乗るのよ」

 

 リツコは鋭い視線をシンジに向けた。

 

「え?」

 

 シンジは目を丸くして見せた。

 

「このロボットに、ですか?」

「そうだ」

 

 ガラスの向こうでポケットに手を入れて立っているゲンドウが、シンジを見下ろす。

 

「じゃあ、僕がこれに乗って、さっきのと戦えってこと?」

 

 シンジは再びゲンドウを見る。

 

「そうだ」

 

 ゲンドウは即答する。

 

「…………」

 

 視線を初号機に移し、暫く沈黙した後、シンジはゆっくりと口を開いた。

 

「……嫌だ、と言ったら?」

「……帰れ」

 

 二人の目が、真っ向からぶつかり合った。

 

「なぜ、僕なの?」

「他の人間には、無理だからな」

 

 ゲンドウは言い切る。

 

「へぇそう?僕、ロボットなんて一回も乗ったことないよ?もっとゲーム上手い人呼んだ方がいいんじゃない?」

 

 突然、茶化すような口調に変えてシンジは言った。ゲンドウの目の奥が、少し歪んだように見えたのは、気のせいではないだろう。

 

「……適性がお前にしかないのだ」

 

 シンジの目が、異様な力を持っているように感じたゲンドウは、少したじろいだ。

 

「乗るなら早くしろ。でなければ、さっさと帰れ!」

 

 ゲンドウがそう怒鳴った直後、ジオフロント内部が微かに揺れた。揺れに気づいたゲンドウは天井を見て「奴め、ここに気付いたか」と小さくつぶやいた。その時だった。

 

「わかったよ」

 

 シンジが不敵な笑みを湛えながら言った。

 

 

 

 

 

 シンジは数時間前、といっても感覚的にではあるが、あの崩壊した世界で一度は死んだ。そこに悔いは全くなく、むしろ、隣で手を堅く握った彼女と、最期まで一緒にいられたのはシンジにとっては最も幸福だったといえるかもしれない。

 だが、この赤い世界が創られなかったら、とも思った。

 シンジは、一つの生命になるよりも他人と過ごす日常がやっぱり好きだった。そして、何度傷ついても、それでも自分で前に進んでいける個という存在を大切にしたいと思ったのだ。

 そのために、サードインパクトは起こさせてはならない。絶対に食い止める。あの赤い世界だけは、作らないようにせねばいけないのだ。

 みんなと共に、みんなと幸せに、

 

 アスカと、生きるために……。

 

 それが、碇シンジの、彼の願いであるから。

 

 

 

 

 

「えっ?」

「シンジ君!?」

 

 ミサトとリツコは驚いた。2人は、シンジは絶対拒絶するものだと思ったからだ。

 

「いいの、シンジ君!?」

 

 それなのに、それを受け入れたシンジを見てミサトは、慌てて問い直した。

 

「ええ、さっきの巨大生命体、倒さないと大変なことになるのは目に見えてますし、あれを倒すために父さんが僕を必要としてるのなら、それに応えるくらいの孝行はしないとですし」

「け、けど、死ぬかもしれないのよ!?心の準備とか……」

「あ、大丈夫です。今までさんざん死ぬ思いしてますから」

 

 半ば自嘲気味に笑ってみせる。実際、前の世界では何度死にかけたことか……。もしかしたら、今でさえも死んだあとの幻想みたいなモノを見ているのかもしれないわけだし。

 

「ただし、条件があるよ」

 

 シンジには、ここ数分で考えた計画があった。サードインパクトを防ぎ、みんなが幸福になるような世界を作るための。まだじっくり考えねばならないことも多くあるが。

 シンジに鋭い目を向けられて、ゲンドウが聞き返した。

 

「何だ」

「まず一つ、戦闘の時は現場の判断を優先させること。二つ、住居は自分で決めさせてくれること。そして三つ、」

 

 一回息を吐き、今度はあからさまに父を睨み付け、こう言い放った。

 

 

 

「僕への謝罪」

 

 

 

「へっ?」

「なっ……!」

「プッ……!」

 

 ミサトは呆然とし、ゲンドウは言葉を失い、リツコは思わず吹き出してしまった。まさかそう来るとは、誰も予想してなかったのだろう。

 これはちょっとした遊びだ。シンジも、流石に今まで自分に酷くしてきた父親の言うことをポンポン聞くつもりもない。それ故の冗談だった。

 

「今すぐにとは言わないよ、今まで僕にしてきた仕打ち、対応、それからこの『来い』っていう主述もなにもないただの紙切れ一つで僕を呼びつけた挙げ句脅迫じみた言葉で僕をこのロボットに乗せようとしたことに対して謝って頂戴。それじゃ、出撃に関することはこの金髪のお姉さんに聞けばいいの?」

 

 ゲンドウはもはや何が何やら分からなくなりつつあった。これがあのシンジなのだろうか。完全に取り残されたゲンドウは、くぐもった声しか出なかった。

 

「あ、ああ……」

「じゃ、よろしくお願いします、リツコさん」

「え、ええ」

 

 当の金髪のお姉さんは笑いを堪えるのに必死だった。ネルフ総司令のゲンドウが14歳の子どもにしてやられたのがひどくツボだった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 初号機の発進準備が着々と進められ、作業の進捗状況が伝えられる。初号機のケージから発令所に戻ってきたミサトとリツコはモニターを見守る。

 

『第3次冷却、終了』

『フライホイール、回転停止。接続を解除』

『補助電圧に問題なし』

「停止信号プラグ、排出終了」

 

 オペレーターの一人:伊吹マヤはモニター越しに状況を確認する。

 

『了解、エントリープラグ挿入。脊髄連動システムを解放、接続準備』

『探査針、打ち込み完了』

『精神汚染計測値は基準範囲内。プラス02から、マイナス05を維持』

「インテリア、固定終了」

 

 マヤは、シンジが乗り込んだエントリープラグが無事に固定されたことをリツコに報告する。

 

「了解。第一次コンタクト」

 

 それを受けてリツコが指示を出す。

 

「エントリープラグ、注水」

 

 プラグ内では、シンジが入ってきたL.C.L.に悲鳴をあげた。もちろん、わざとらしいよなぁとは思いながらだが。

 

「うわっ、何ですか!?この水!あっ、あぁっ!」

 

 コックピットの中がオレンジ色の液体で満たされていく。シンジは、みるみるうちに液体に包まれ、思わず息を止める。

 

「大丈夫、肺がL.C.L.で満たされれば、直接血液に酸素を取り込んでくれます。すぐに慣れるわ」

 

 リツコは、マヤの後ろに立ってモニター越しにシンジを落ち着かせようとする。

 

「ゲホッ……!え……L.C.L.って言うんですか、これ……」

「ごめんなさい、説明してなかったわね……」

 

 それも、さっきのゲンドウのやり取りのせいですっかり忘れてしまっていたからなのだが。

 

『主電源接続完了』

「第2次コンタクトに入ります。インターフェイスを接続。A10神経接続、異常なし」

 

 マヤが報告を続ける。

 

『L.C.L.転化状態は正常』

『思考形態は、日本語を基礎原則としてフィックス。初期コンタクト、全て問題なし』

「コミュニケーション回線、開きます。ルート1405まで、オールクリア。シナプス計測、シンクロ率…………えっ……?」

「どうしたの?」

 

 マヤの報告が止まったのに疑問を感じたリツコは、モニターを見て驚愕した。

 

 

 

「シンクロ率……99.89%!?」

 

 

 

 エヴァに初めて乗るはずのシンジの出した数値を見て、リツコは驚き、目を見開いた。

 

「ハーモニクス、すべて正常値。暴走、ありません……!?」

 

 モニターを見つめながらマヤが告げる。

 

「どういうこと……?」

 

 リツコは、呆然とモニターを見つめた。

 

「リツコ、行けるの?」

 

 ミサトも驚いてはいたが、使徒が迫っている手前、今は気を取られている場合ではないと、リツコを促した。

 

「え、ええ、OKよ」

 

 それを聞いて頷いたミサトは力強く号令を掛けた。

 

「発進準備!」

 

 

 

 

 

『発進準備!』

『第1ロックボルト外せ!』

『解除確認』

『アンビリカルブリッジ、移動開始!』

『第2ロックボルト外せ!』

『第1拘束具、除去。同じく、第2拘束具を除去』

『第1番から15番までの、安全装置を解除』

『解除確認。現在、初号機の状況はフリー』

 

 そして遂に、エヴァンゲリオン初号機の体が現れた。

 

『内部電源、充電完了。外部電源接続、異常なし』

「了解、EVA初号機、射出口へ!」

 

 初号機を乗せたブリッジがゆっくりとスライドして、発射場所へと移動していく。

 

『各リニアレールの軌道変更問題なし』

『電磁誘導システムは正常に作動』

『現在、初号機はK-52を移動中』

『射出シーケンスは、予定通り進行中』

『エヴァ、射出ハブターミナルに到着』

「進路クリア、オールグリーン」

「発進準備完了!」

 

 マヤがモニターのステータスを確認し、リツコが最終確認を取った。

 

「了解。……構いませんね?」

 

 ミサトは後ろの司令席へ戻ったゲンドウの方を振り返る。ゲンドウは先ほどのシンジの恐怖から立ち直り、机に肘を付いて顔の前で手を組み、落ち着き払った態度で答える。

 

「もちろんだ。使徒を倒さぬ限り我々に未来は無い」

「碇。本当にこれで良いんだな?」

 

 ゲンドウの傍らに立っていた冬月コウゾウが念を押す。ゲンドウは、無言をもって応えた。

 

 

 

 

 

「発進!」

 

 ミサトの合図と共に、初号機が射出口内を急上昇で通り抜けていった。コックピット内のシンジは、上昇スピードによって発生したこれまた懐かしい強烈な重力に耐える。

 リツコの発した自分のシンクロ率の数値を聞いたとき、シンジも唖然としていた。かつてはオーナインシステムと呼ばれたエヴァ、そこでまさか、100%近いシンクロ率を叩き出せるのは、自分でも信じられなかった。可能性とすると……

 

(……母さん?)

 

 初号機の中に眠っているはずの母:碇ユイの力。それしか考えられなかった。シンジは発進の直前に半信半疑でそう呼びかけてみた。けれども返ってきた言葉は、

 

『手を出さないから、思う存分、やってみなさい』

 

 だった。

 

 それなら、これってもしかして、僕自身の力なのか?

 

 さっきのミサトさんといい、僕のシンクロ率といい、どうやらただやり直してるわけじゃないらしい。

 少しだけ不安になって、眉を寄せた。だが、すぐに目の前に見えるサキエルに鋭い視線を向け、操縦桿をガッチリと握りしめた。

 

 

 

 

 

 決めたんだ。

 

 僕はやる、やってみせる。

 

 全てを、護るために。

 

 

 

 

 

 残酷な天使の闘いが、再び始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




☆あとがき

こんにちは、この度エヴァ逆行作品を書かせていただきます【ジェニシア珀里】と申します!
最初に申しておきますと、私は以前より「君の名は。」や「名探偵コナン」等のファンでもあり、そっち方面での二次創作を書かせてもらってます♪
それに伴って、結構コナンからのオマージュというか台詞を引っ張って来てたりします。「……嫌だ、と言ったら?」とか。(ゲンドウはそこで「力ずくで、乗せるまで」と言うべきでした笑)

初めてなので、なぜこの作品を書こうと思ったか、その経緯について書いておきます。
実は、元々はロボットアニメには全く興味ありませんでした。小学生の頃とかは、ジブリやらに一辺倒で。ただ、父親が一時期TVシリーズのDVDを連続して借りてきてたので、一緒に見てました。まっったく理解できてなかったけど(苦笑)
ハマり出したのは高校の時です。時期にして2016年。そう「君の名は。」……の年ですがそれだけではなく、「シン・ゴジラ」の年でした。あれの総監督を庵野秀明監督が手がけ、もちろん劇伴もエヴァの鷺巣さん。いつものEM20も炸裂し、見応え有りの素晴らしい作品で、エヴァももう一回観てみようと思ったのがきっかけ。
しかもちょうどその頃、私は鬱状態に陥っていてですね。通っていた高校の勉強についていけず、なんともまぁ……辛かったわけで(^^;
そんなときに新劇を、しかもQなど見たら、そりゃあもう自己投影といいますかなんといいますか。
今となっては、もう笑い話ですが♪

さて、シンジ君、EOEの世界から精神的にものすごく成長して戻って参りました!実際、ゲンドウを憎んだりしないのかと言われるかもなのですが、私的にはEOEでのあの一言がすごく印象に残ってるんですよね。なのでそこは作風として捉えていただけると幸いです。(まぁ、やられたままだとシンジ君も可哀想なので、度々ゲンドウに対して精神攻撃を仕掛けて楽しませます笑)

あと、お気づきの方もいるかと思いますが、

この小説の原典は、「エヴァ」ではありません。
「エヴァ」では。

それでは、次回更新もお楽しみに♪

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