E.V.A.~Eternal Victoried Angel~ 作:ジェニシア珀里
第弐拾話 急襲起動
目を開くと、そこは見知らぬ場所だった。
眼前の窓の外は、赤い海の中。
波が揺れているのが、分かった。
「……ここは?」
空気が、冷たい。
寒さが、脊髄を叩く感じがした。
『碇シンジ君』
背後からの声に、思わず振り向く。
『あなたはもう』
その声の主に、僕は驚いた。
『何もしないで』
次の瞬間、爆発と衝撃波に吹き飛ばされる。一瞬見えたのは、見慣れた黄色いエヴァと、見たことのあるような女性の叫ぶ姿。
『碇君、どこ?』
『エヴァにだけは乗らんでくださいよ!』
僕はそのまま、翼を広げる機体から空中を落ちていく。
「何だ、あれ……?」
青空に、月が浮かんでいた。
赤く染まった大地が、呆然とする僕を吸い込んでいく。
『僕は君と会うために生まれてきたんだね』
「……っ!?」
その声に、聞き覚えがあった。
声のする方に振り返る。
紫の機体が、メインシャフトを降下している。
『時が来たら、その少年とこのエヴァに乗れ』
『旧姓は「綾波ユイ」、大学では私の教え子だった』
『DSSチョーカーのパターン青? 無いはずの13番目?』
脳内に響く、人々の声。
紫の機体は、いつの間にか腕を4本にして2本の槍を抜いていた。
『こんな時、「綾波レイ」なら、どうするの……?』
『せめて姫を助けろ、男だろ!!?』
『希望は残っているよ、どんな時にもね』
何が、起こっている?
分からない。何が何だか分からない。
ただ、最後に聞こえた彼女の声だけが、明確な異常を、僕に突き立てていた。
『あれから14年経ってるってことよ、バカシンジ』
【第弐拾話 急襲起動】
【Episode.20 Turbidity and Déjà Vu】
「っ……!!」
目を開くと、映ったのは、見知らぬ天井だった。
カプセル状の何かだろうか、視界は赤く染まっていて、確実に隔離されているような状態だった。
「どこだ、ここ……?」
条件反射のようにシンジは呟く。声は出る。身体も動かそうと思えば動かせる。狭くてままならないことは置いておくとして。
だんだんと意識が覚醒していくにつれ、脳が徐々に回転を始める。無意識に呟いた言葉も、再び自分の耳へと帰還して、シンジの思考に問いかけてくる。
周りを見渡してみる。自分のいる場所からは、ベッドを囲む装甲板に阻まれて、あまり外の様子は見えない。
誰かを呼ぼうかと考えたが、恐らく無意味なのだろうと、すぐに諦める。それに、いずれ誰かが来るだろうと高をくくっている部分もある。
そして意識は、なぜこんな場所にいるのだろうという疑問へと、明確に向く。シンジは記憶を辿り始めた。
「そうか、あの時綾波をゼルエルから助け出して……」
そこからの記憶はない。ただ、あの時は無我夢中でゼルエルに立ち向かっていた、その感覚は残っていた。
だとすれば、また同じようにやってしまったのだ。
「シンクロ率、何%だったんだろ」
アンチA.T.フィールドによってL.C.L.に溶けることになった前史同様、多分400%は超えたのだろう。またリツコさんとかに迷惑をかけてしまったな、と情けないながらもため息をついた。
それと……。
シンジは、あの戦闘の時に瓦礫の上に立っていた、病院服姿の彼女の姿を思い返す。
「……バルディエル」
ヤツに寄生されていたとは、微塵も思わなかった。しかもアスカの人格を乗っ取ってやがった。
幸い、ゼルエルに刃向かっていたことだけが救いだ。使徒殲滅に荷担した事実は、アスカを処分することには直結しないだろう、そう思っていた。
だが、気がかりなのには変わりない。はやく、誰か来てくれないだろうか、シンジははやる気持ちを抑えながら目を瞑った。
その時、扉の開く音が聞こえた。
******
いよいよ訳が分からない。
シンジは手と足に装着された枷を見ながら、キョトンとした表情を浮かべていた。
隔離室からベッドごとストレッチャーで移動させられ、今はエレベーターでどこかに連れて行かれる最中らしい。
解せないのは、自分に填められた枷と、自分に銃を向ける四人の男だ。いやなんで狙われてるんだ。理由は十二分にある気はするけれども。
「……ええ、心肺機能は正常よ。四肢の麻痺もないわ」
それと気になるのは、エレベーターの隅で誰かと会話する一人の女性だった。赤みがかった茶髪で目元は若干鋭い。白衣姿は、どこかリツコさんを彷彿させる格好だ。
あんな人、NERVにいたっけ?
シンジがまず思ったのはそれだった。
「自分が誰だか分かりますか?」
その女性とは別に、ベレー帽を被った大学生くらいの女性が覗き込んで話しかけてくる。
「え……? 碇シンジ……ですけど」
「大丈夫ですね、反応のタイミングも、おおかた先生のデータそっくりです」
「分かったわ。……ええ。とりあえず、彼女に睨まれることはなさそうよ」
会話している相手の声は、シンジの所からは聞こえない。
「なら、このまま連れて行くけどそれでいい? ……OK、他にも確認は取っておくわ。じゃあ、よろしく」
白衣の女性は誰かに向かってそう伝達すると、端末を切った。その間にも、ベレー帽の女性からの質問が続けられる。
「尿意や空腹感はありますか?」
「いえ……いまのところは」
「分かりました。意識を失うまで何をしてたか、覚えてますか?」
「えと……ゼルエルと、あ、いや、使徒と戦ってました。それで綾波を……綾波レイを助けて、そこからは……」
「なるほど」
シンジは思い切って白衣の彼女に尋ねた。
「あの、アスカは。綾波や皆は、無事なんですか……?」
「…………」
返答は無かった。
「あ、あの……?」
ベレー帽の少女が、バインダーを握る手に力を込めた。顔が、少し険しくなっている。
「先生……」
「私の役目じゃない」
白衣の女性は、小さく答えて、目を閉じてしまった。シンジはその有無を言わさぬ口調に、黙り込むしかなかった。
2人が誰なのかは分からない。
けれど、ベレー帽の女性の横顔が、誰かに似ている感じがした。白衣の女性も、何故か声に聞き覚えがあるような気がした。
エレベーターが地下のフロアへ到着して、シンジの乗せたベッドは巨大な空間へと運ばれて行く。周囲には、何らかの作業を進めるスタッフの声が飛び交っていた。
『補給作業、搬入リストの86%までクリア』
「稼働中のN2リアクターは出力で90%を維持、圧力弁は手動で解放してくれ」
「半径1200以内に艦影なし。未確認飛行物体も認められず」
「乗員の移乗は、Dブロックの船を最優先」
「食料搬入作業の人手がまるで足りない! 至急手当してくれ」
「艤装作業、ロードマップをチェック。武装タンクが予定より3%遅れています」
シンジを乗せたベッドが通り抜けようとしている空間には、何かの操縦席と思われる椅子を先端に付けたアーム状の装置が何本も伸びている。無数の丸い窓がはめ込まれた壁はドーム状に湾曲している。
そして空間に飛び交う会話のところどころに、聞き覚えのある声があった。日向マコトと青葉シゲルの声だ。
ここは自分の知るNERVの第1発令所じゃない。けれどこの2人がいるってことは、一体。シンジの混乱は強まる一方だった。
「艦長さん、BM-03、連れて来たわよ」
白衣の女性が、ブリッジの上で腕を組んで立っている女性に状況を報告する。ストレッチャーの車輪は固定され、目的の場所へと到着したらしい。
「了解です。拘束を解いて」
その女性が冷静な声で指示を出すと、シンジとストレッチャーを固定していた拘束器具が音を立てて解除された。
「ありがとうございます、先生。あとはこちらで。少尉も下がって結構」
「構わないわ、私もサクラも暫くここにいるから。データの方は送っておいたから好きにして」
「わかりました」
シンジは、体にまとわりついた重力を引きはがすようにして、ベットからゆっくりと体を起こす。ずっと横になっていたからなのか、身体が少しダルい。
「い……っつ……」
そして、ブリッジの上に佇む女性の背中に目を向けた。その時、周囲のスタッフたちの妙な気配に気付き、彼らのいる方へと視線を送る。
「え……?」
椅子に座る面々のうちの数名が、各々の持ち場に付きながらも、明らかにシンジのいる方へ意識を集中させていた。
自分へと視線を向ける人々を、シンジは知らなかった。彼らは憎しみか、怯えか。そんな表情を浮かべていた。
「何だ……?」
シンジは自分の置かれている状況が把握できずに動揺する。そして、その答えを求めるようにして、ブリッジの中心に立つ女性の方へ顔を戻した。
「ミサトさん……?」
シンジは既に確信していた。かつての同居人、NERVの作戦部長、葛城ミサトであることを。
「碇シンジ君……でいいのよね?」
ミサトは、奥にいるもう一人の女性へ向かって言葉を発した。
「そうね。物理的情報では、コード第3の少年と完全に一致。生後の歯の治療跡など身体組織は、ニアサー時を100%再現しているわ」
カーキ色のジャケットに身を包んだ女性は、電子カルテを眺めながらそう言った。
金色の髪と知的な声、そして彼女の発する語彙の理系チックさ。
リツコさんだ。シンジはベッドから降りると、素足で床の上に立ち尽くしてブリッジを見上げた。
「深層シンクロテストの結果は分析中よ。……おそらく結果は見えてるけど」
「そうね」
明らかに変だった。リツコは見た感じ、白衣の代わりにジャケットを羽織っている位しか違いは見受けられないが、ミサトの格好はいつものようなラフなものではなくなっていた。鋭い形のサングラスのせいかもしれないが、あのずぼらな性格が一切見受けられないほど、カッチリとしていた。
「面会終了。彼を隔離室へ」
そう言ってミサトはモニターの方に向き直す。シンジは唖然とした表情をブリッジに向けた。
何が起こっているんだ。隔離室? どういうことだ。
シンジは訳も分からず、眉をひそめるばかりだった。
その時。
「デコイ01と05が消滅。波長も補足!」
場内にアラーム音がけたたましく鳴り響き、瞬く間にEMERGENCYの赤文字がメインモニターを埋め尽くしていく。
「なんだろ、これ……?」
「パターン青だよ! 識別コードは?!」
「コード4C、ネーメズィスシリーズです!」
「また来たか……」
「深層が立体的ね。私たちをここに封鎖するつもりよ」
リツコはモニターから得られる情報を的確に読み取っていく。
「まだここを動くわけにはいかないわ。全艦、第二種戦闘配置。主機関連作業のみ続行。目標、全ネーメズィスシリーズ!」
ミサトは、全オペレーター向けて力強く宣言した。
「了解。全艦第二種戦闘配置」
それを受けてリツコがモニターの表示を切り替え、それに引き続き、マコトが作戦の進行を引き受ける。
「対空・対水上および水中戦用意!」
「補給作業を中断。乗員移乗を最優先!」
続くように青葉が受話器を手に取って指示を出す。
『積み残しは置いて行け。乗組員の移動が最優先だ』
『各砲塔、各個に発射準備』
「主機伝道システムは注入作業を継続。急げよ!」
『N2リアクター。出力99%で稼働中』
戦闘配置への切替に伴うオペレーターの指示無線の号令の交錯。そのピリついた緊張感に、シンジはどこか懐かしい感覚に囚われてすらいた。
しかし気になるのは、見たことのないオペレーターたちの手つきだ。説明書を片手に操作するその指の動きは、シゲルやマコトと比べると頼りにならなそうだ。
「ええと、艤装作業をここで中断。隔壁の閉鎖を開始って……これか……?」
「対空監視を厳として、トナーの方位はこれ」
「北上! 甲板作業の状況は?」
シゲルが桃色髪の女性に確認を促す。どうやら彼女は「北上」というらしい。
「それ、私の担当ですか?」
彼女はシゲルの方へ振り返り、初耳だ、という態度を取っている。シゲルはそんな彼女の態度を気にすることなく続けて言い放った。
「兼任だ! 当然だろう!」
「ええ〜! マジィ〜?!」
彼女は、女子学生のようなアクセントで思ったままを声に出す。シンジは思わず呟いてしまっていた。
「……緊張感ないなぁ?」
「しょうがないのよ」
背後から聞こえた女性の声にシンジが振り向くと、白衣を着た例の茶髪の女性がブリッジを見上げていた。
「この軍は戦闘経験のない民間人が4割を占めてる。オペレーター達だって、この緊急事態に艦長達が骨身を削りながらなんとか寄せ集めることに成功した、心許ない集団なのよ」
シンジは女性から告げられた息の詰まる事実に、唾を飲み込んだ。
「寄せ集め、って……。やっぱりここ、特務機関NERVじゃ無いんですね……?」
「……詳しいことは、後で赤木副長が教えてくれるわよ。とにかく、暫くはここにいた方が良いわね」
「そうですね。今動いたらいろいろと危険です。エントリーブロックの方が安全ですし」
2人の背後でシンジを連れて来るためのストレッチャーを固定する作業をしていたベレー帽の少女が、腰に手を当てて立ち上がり、そのまま伸びをして身体の疲れをほぐしながら呟いた。確か「サクラ」と呼ばれていただろうか。
「あれ……?『サクラ』?」
シンジは何か大事なことを見落としているような感覚に陥る。その名前に聞き覚えはあるし、同じ名前の少女には自身も何回か会っているのだ。
だが、そうだとすればこの世界は、予想と経験を超越した未知の状態に突入していることになる。シンジのこめかみを嫌な汗が伝う。
「せやけど、艦橋での戦闘配置、緊張しますわぁー」
「ここに来ることはあまりないものね。タイミングは最悪だけど」
2人の会話もどこか緊張感には欠けるものである。だが状況を見るに、この2人は本当に戦闘には何も関わりが無いのだろう。それに、この軍自体が組織されたばかりというなら、オペレーター達のもたつきも確かに理解できる。
だが、NERVでないのならば、一体どこなんだ。この2人の、それにこの艦にいる人々の正体は何だ。コード4C、ネーメズィスシリーズと呼称されたパターン青は新たな使徒なのか、それとも。
シンジは与えられた情報から状況を理解すべく、知識総動員で頭を回す。しかし、ミサトが次に発した言葉に、シンジの表情はそれらの情報を超える驚きに支配される。
「……了解。各対空システムを連動。初号機保護を最優先」
「初号機……!?」
さらに次の瞬間、メインモニターが一斉に切り替わる。咄嗟に北上と呼ばれた女性が真剣な声で状況を叫ぶ。
「来ました! 目標の光の柱を確認、えっと……数がなんだか増えてます!」
「目標コアブロックは捕捉不能。おそらく位相コクーン内に潜伏中と思われます」
シゲルが冷静を保ちながら報告を続けるものの、艦内の緊張感は先程までとは違い、一気に変貌を遂げる。
リツコは事の展開を懸念しているようだった。
「まずいわ。このままだと飽和攻撃を浴びる」
「接触まで、あと600秒!」
北上がカウントダウンを開始する。リツコは作戦の変更を申し出ていた。
「葛城艦長。艦隊の即時散開を提案します。乗員の定数および練度不足。おまけに本艦は艤装途中の未完成。おまけに、攻撃目標たるコアブロックも捕捉できない。つまり、現状での勝算はゼロです。ここはいつも通り撤退を。なすすべがないのよ。葛城艦長!」
しかし、ミサトはそれを聞き入れることはなく、リツコを含む皆が驚愕する予想外の発言をかましたのだ。
「……だからこそ、現状を変えて後顧の憂いを断つ。副長、飛ぶわよ」
「飛ぶ……? まさか、主機を使う気!?」
「全艦、発進準備! 主機、点火準備!」
「「「ええぇっ!!!?」」」
その場にいた誰もが、その宣言に驚きを隠さない。ミサトがとんでもない賭けに出ようとしているのだと、周囲の反応からシンジも感じ取る。
リツコやオペレーター達は、次々と艦長・葛城ミサトの発言を撤回するように求める。
「いきなり本艦での実戦は無茶よ。葛城艦長」
「同意します! 試運転もなしに、危険すぎます!」
「重力制御も未経験です。自信ありません」
「勝てない戦は無しがいいな。私まだ死にたくないし」
「死ぬときゃ死ぬ、そんだけだ。若いもんが細かくいうな!」
「ええー! 年寄りなら慎重に行くもんでしょ!?」
だんだんとオペレーター達同士の言い争いへと移行していく艦内に、再びミサトが語気を強めて言い放つ。
「無茶は承知! 本艦を囮に目標を引きずり出します。神殺しの力、見極めるだけよ。分かってるでしょ、時間がないのよ」
強引に自分の判断を押し通すミサトに、リツコは未だ不安な感情を拭い去ることができていない様子だった。
「けれど、肝心の点火システムは未設置なのよ。まさか……エヴァを使う気?」
ミサトは有線のレシーバーを手に取った。
「マリ!」
『8号機、まだ無理!』
シンジは瞬時に目を見開いた。通信の相手は真希波マリだ。しかしまだ用意が整っていないらしい。
ミサトはすぐさま通信先を切り替え、もう1人の名前を叫んだ。
「アスカ!」
シンジは息を呑んだ。艦内に、彼女の声が響き渡る。
『もうやってる。ようは点火器をぶち込みゃいいんでしょ?』
「頼むわ」
アスカの声を聞いたミサトは、表情を変えずに短く答えた。
「しかし、主機周辺は結界密度の問題が……それに、換装作業中でしょ?」
『今さら結界密度問題(それ)言っちゃう?』
アスカが呆れた声でぼやいてくる。
『まったく、良くも悪くも慎重なのは変わらないわね、リツコ。それに引き下がるつもり無いのはこっちだって承知済みだし。気にせず出るわよ! エヴァ改2号機、起動!』
シンジは思わず、円形の窓に駆け寄って外の光景を食い入るように見つめる。赤黒く染まった水中に目を凝らすと、右側から真紅のエヴァの姿が現れた。
『改2号機、起動』
『換装作業はステップ6を省略、臨時形態で対処します』
「主機点火作業用コンテナをDP87に。以降はコアブロックと改2に委任します」
2号機はシンジの目の前を横切って行く。その姿は、まるで水族館にある巨大な水槽の中で優雅に泳ぐサメのようだった。
「エヴァ……2号機」
4つの目の光が1つ欠けていたり、左肩の拘束具が無かったりと、死闘だったゼルエル戦の代償はあまりにも大きいようだった。しかし無事に動いている姿は、やはり安心する。シンジも、眉間に皺を寄せながらも、口元に笑みを浮かべた。
そして、なによりも。
「アスカ、無事なんだ……。……っ、良かった、本当に」
これまでに何があったのかは知らない。しかし、聞こえてきたあの口調、あの明るい声。
アスカだ。
バルディエルじゃない、紛れもなくアスカだ。その事にシンジは、涙を浮かべた。
「全艦、第一種戦闘配置!」
ブリッジ上のミサトが、もはや聞き慣れたかけ声を強く叫ぶ。艦内の照明が赤に変わり、オペレーター達の指令の声が艦内に響き渡る。
『全艦、第一種戦闘配置。繰り返す。全艦、第一種戦闘配置』
「戦闘指揮系統を移行。主要員は戦闘環境へ」
「重力バラスト、準備」
「了解。全ベントをチェック」
「艦の主制御をアンカリングプラグへ集中」
「了解。ディセンド準備。インジェクター確認。カウント入ります」
シンジは意を決して、ミサトを呼び止めようと声を出す。
「ミサトさん!!」
オペレーター達の声が止む。艦内のアラート音だけが、規則的にその場の面々の鼓膜を震わせていた。
シンジは拳を握り締めて問いかけた。
「新たな敵なんですよね? 手伝わせてください。僕にできることは無いんですか!」
しかし。
「チッ……」
「え……」
オペレーターの1人が、北上が舌打ちをするのが聞こえた。シンジはそれに驚き、オペレーターたちの表情を次々と確認する。そして唖然とする。
緊張が走る。あきらかに嫌われている。自身が想像していたよりも、はるかに深刻な憎悪だった。
「……どういうことですか、ミサトさん?」
オペレーターの乗ったコントロールデスクと、ミサトを乗せたブリッジが、戦闘隊形に移行するために艦内の上部へと移動を開始する。
無言のまま、ミサトとシンジの距離は、みるみるうちに離れていく。なす術の無いまま立ち尽くすシンジは、自分だけでは正解を導き出せなくなるほどまで膨れあがった疑問と、自分に向けられた敵意に対する恐怖に震えながら、ミサトの目をなんとか見据え続けることしかできなかった。
ミサトはサングラスを外して、シンジの方を見下ろす。その視線は、明朗快活だった彼女のものとは思えないほどに、恐ろしく冷たかった。
そして、少しの静寂の後、ミサトはただ一言、言い放った。
「碇シンジ君。あなたはもう……何もしないで」
ブリッジは天井付近に差し掛かると、球状の殻に包まれて見えなくなった。そして、その球体は回転しながら上昇を続け、天井のハッチが大きな音を立てて閉じた。シンジは言葉を無くしたまま、球体の消えた先を、ただじっと、見続けた。
握り込んだ手には、血が滲み始めていた。
「……どうする?」
白衣の女性が、ポケットに手を入れたまま近づいてくる。
背後ではベレー帽のサクラさんが、不安そうな顔で自分を見ていた。
「戦闘の様子、見ていく?」
女性は不敵な笑みを浮かべながら、シンジに問いかけた。シンジは息を大きく吸い込み、歯を食いしばって頷いた。
「それにしたって、大した演技力ね、彼女」
「……えっ?」
白衣の彼女は、艦上に上っていったコアブロックを見て微笑んでいた。
「……ミサト」
「……何?」
「もう少しあったでしょ、……言い方」
「…………」
「まあ……彼らの手前、仕方ないのかしら……」
「始めるわよ、……副長」
「……ええ」
******
「まいったなぁ。姫に先を越されちゃうとは」
8号機の機体に腰かけながら、真希波マリはため息をついた。エヴァの起動にはそれ相応の時間がかかる。第2種戦闘配置の一報を聞き、マリは第4巡洋副艦整備甲板からすぐに8号機へと向かったのだが、今回はどうやらお役御免のようだ。
一方のアスカはまるでこうなることを予見していたかのように、ずっと2号機に張り付いて左腕の換装作業を進めていたのだ。
最近の彼女の動向には目を見張るものがある。臨機応変な対応を見せ、その場においてベストな方策を導出している。
数年ぶりに「目覚めて」からも、ひたすら前だけを向いて、その地位を自分で確立させてきたのだ。
「それもこれも、……全部彼のためなんだよねぇ」
マリは主艦底部に設置された遠隔カメラの映像をモニターに映すと、小さく微笑んだ。
『全艦、第1種戦闘配置。繰り返す、第1種戦闘配置!』
マリは8号機の起動準備を進めながら、コアブロックからの新たな指示を、のんびりと待つことにした。
「渋柿の長持ちとは言うけど。こっからが本番だってこと、覚悟しときなよ、ワンコ君」
☆あとがき
『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』の公開日、ジェニシア珀里は東京に行きたい。世界最速上映をこの目で見届けたい。
そんな思いもありますが、所謂地方の人間は、昨今の状況を鑑みて行くべきではないのでしょうし、緊急事態宣言で最速上映自体どうなることやら。あぁ、悲しきことかな。笑
まぁとにもかくにも、公開が延期され、まだまだ先は長いなとか感じていたと思ったら、もう年明けですよ、あと20日切ってしまいましたよ。笑
公開までの一日一日はひたすらに長いのに、まったく不思議なものです。笑
さてそんな『シン・エヴァ』、どんな物語になるのか、最新予告を見ても毛頭想像ができません。それが余計にワクワクするものですが、本当に連日連夜ソワソワソワソワしております♪
当作も今回からDep-3.0:Q章へと入った訳ですが、シン・エヴァの試写会感想でも言われているような「エモさ」を書きたいなって思いがあるんです。書けんのか、って話ですけどw
正直今回は箸休めです。ほとんど『:Q』を踏襲してますし。笑
次回以降、どうなるか楽しみです(←自分で言うかw)
感想、一言でも良いのでお待ちしております♪
☆追記(2021年3月8日)
ようやく、決まりましたね。
二度の公開延期を経て、ついに終幕の火蓋が切られる。
私も、この後午前10時15分から、鑑賞してきます。
新世紀エヴァンゲリオン第壱話が放送された
西暦1995年10月4日から今日まで、
その日数、9287日。
アニメを、映画を、全てを超越した物語の辿り着く先を、
この目に焼き付けて、
最後のエヴァを、
見届けましょう。
そして私もEternal Victoried Angelを、
きっと決着へと導きます。
今後の当作を、ご期待ください。
西暦2021年3月8日午前3時10分 ジェニシア珀里