E.V.A.~Eternal Victoried Angel~ 作:ジェニシア珀里
完結に向けた制作再開に伴い、既公開分の本文を一部改訂します。
物語の構成、展開に大きな変更はありません。
ただし、台詞、描写、演出の細部について、現在の制作意図に沿う形で調整を行っています。本改訂分は「Dep-1.01」として公開します。
長く時間をいただきましたが、改めて最後まで進めていきます。
よろしくお願いいたします。
「初めまして、碇シンジです。よろしくお願いします!」
第三新東京市立第壱中学校。その2年A組にて、シンジは笑顔で自己紹介を行った。懐かしい仲間が沢山いて、もちろんその中には、かつて参号機に搭乗して自身が殺しかけてしまった親友、鈴原トウジもいて、思わず涙が出そうになる。
そんなシンジの感傷の一方で、クラスの女子たちから明るい歓声が上がっていた。
シンジは少しだけ目を瞬かせる。
前史では、こんなふうに笑って自己紹介をする余裕などなかった。だからこそ、自分に向けられた反応の理由も、うまく掴めなかった。
ただ、教室の空気が少しだけ柔らかくなったことは分かった。
(……もしかして、エヴァのパイロットだって既にバレちゃってるのかな?)
……見当違いの不安を抱いているあたり、彼も彼で相変わらずだった。
《E.V.A.~Eternal Victoried Angel~》
【第参話 希望は、明るく】
【Episode.03 Confidence and Intimacy】
「オイ転校生、ちょお顔貸せや」
昼休み、真っ先に声を掛けてきたのは以前と同じ、トウジだった。
「え?い、いいけど……」
シンジは疑問に思った。サクラちゃんなら確か負傷せずに保護されたって聞いたはず……。殴られる理由はないと思っていた。
それでも、あの日の初号機を見たなら、怖かったとしても無理はない。殴られる理由がないとは言い切れなかった。
前史で自分がトウジにしたことを思えば、なおさらだ。
シンジは小さく息を吐き、半ば覚悟を決めて屋上へ向かった。
結果的に言えば、その予想は完全に外れた。屋上に行くなり、トウジは頭を下げたのだ。
「……おおきにな、転校生…!」
「え、あの、ちょ、ちょっとどうしたのトウ……鈴原君!?」
「一回こうして礼が言いたかったんや。ホンマおおきに、ワシの妹を助けてもろうて……!」
(そ、そーいうこと?)
「だけど一つ言っとくわ、妹はまだ渡さへんからな!!」
「えぇ……?」
時は数日ばかり遡る。
「どこや、サクラぁー!!?」
トウジはシェルターの中を走り回っていた。
小学校から直接避難してきたはずのサクラが、どこにもいなかったのだ。
それを知らせてきたのは、洞木ヒカリの妹、ノゾミだった。
ついさっきまでケンスケと談笑していたトウジの顔から、血の気が引いた。
次の瞬間には、もう妹の名前を呼びながら通路を駆け出していた。
「委員長、そっちはどうやった!?」
「ダメ、こっちもいなかったわ……!」
「こっちもダメだ。姿を見た人すらいないってさ……!」
「一体どこ行きよってんねん、アイツ……!!」
ケンスケやヒカリに手を借りてシェルター内を隈無く探したというのに、一向に見つからない。トウジはいても立ってもいられずに走り出した。
「ちょ、鈴原!?」
「ここまで探していないんやったら、外しかないやろ!?俺は探しに行く!!」
しかし当然ながら、民間人のシェルター外出は違法。しかもバカ真っ直ぐなトウジが駆けていったのはよりにもよって係員のいるところで、取り押さえられてしまった。
「離せや!妹がまだ外におんねん、迎えにいかなあかんねや!!」
「大人しくしろ!今は厳戒態勢が敷かれているんだ、外は危険だ、ここは開けられない!」
取り押さえる係員の手をトウジは必死に振り払おうともがいた。
「外が危険ならなおさらや!頼むから迎えに行かせてくれ!!」
「ダメだ!」
そうした言い争いがしばらく続いた。
「離せやって……言うとるやろが……っ!!」
トウジは遂にしびれを切らして拳を強く握りしめて振り上げようとした、その時である。
「何しとんの、お兄ちゃん?」
「……………は!?」
そこには、ずっと探していたはずの妹が、心底不思議そうな顔で首を傾げて佇んでいた。
「サクラ……、お前……いつからそこに?」
「えーとね……さっき来たとこ……」
トウジはホッと胸をなで下ろした。だがそれからすぐに、険しい顔になってサクラを睨んだ。
「一体……今までどこおったんや?」
サクラは兄の怒りを感じたのか、無理やり笑顔を作って答えた。
「学校に忘れ物しちゃって……それで逃げ遅れちゃった」
トウジは目を瞑って息を吐き、サクラの頭をクシャッと撫でた。
「無事で良かったけど……心配かけよってからに……」
「ご、ごめんなさい……」
サクラも咄嗟に謝った。
「怪我はしてへんか?」
「うん!ロボットのお兄ちゃんが助けてくれたんや!」
「……は?」
急に顔を輝かせるサクラに、トウジは思わず目を丸くした。
どうやらサクラちゃんは、あの時自分のことを気遣ってくれたのを理解したらしく、その初号機のパイロットにものすごく感謝しているのだと、シンジはトウジから教えてもらった。
トウジの顔が心なしか怒っているように見えたのは、シンジのことを話す妹のはしゃぐ様子を見たことによるある種の嫉妬だったようで。……妹思いな兄なんですね、ホンマに。
それでも、シンジが「無事で良かった」と安堵した表情を浮かべると、トウジも照れくさそうに笑った。
「そんな感じやし、妹が会いたい言うとるから今日は遊びに来んか?」
「あぁそれなんだけど、今日はネルフで訓練の予定が入ってて……サクラちゃんには申し訳ないけどまた今度行くって伝えてくれる?」
「ほうか……大変なんやな。ま、ワシらの命、お前に預けるっちゅうんはプレッシャーかもしれんが、頑張れな、転校生!」
「うん!あと、僕のことはシンジでいいよ?」
「おう、ワイもトウジでええで!よろしく頼むで、シンジ!」
「こちらこそ!」
そして2人はお互いに強く握手し合った。
「……ん? なぁシンジ、ワシお前に妹の名前教えたか?」
「え」
気を抜いたつもりはないのだが、それでも前史の記憶は顔を出す。
「それにしても……」
「ん?」
「どうして機密事項のパイロット情報を君が知ってるんだろうかね?」
サクラのことについてやんわりと誤魔化しを利かせてから、シンジは少々嫌みを込めて言ってみた。もっとも、その対象は後方のドアのところにいる、かのミリタリーオタクメガネだが。
「あぁそれはなぁ、父親にネルフのお偉いさんがいる友達がおってな、そいつ経由でや」
「なるほどね。どっちみち、いずれ知られることだったんだろうけど」
シンジは、屋上の扉の方へ視線を向けた。
「でも、親のパソコンを勝手に見るのはやめた方がいいよ。相田ケンスケ君」
「なんや、ケンスケそこにいるんか?」
すると、もう隠れられないと思ったのか、ケンスケがドアから姿を見せた。その側にはヒカリも来ていたようだ。
「ごめんなさい、盗み聞きみたいなことしちゃって……」
「大丈夫だよ。それに洞木さんはトウジのことが心配で来てたんでしょ?」
朝のホームルームで唯一歓声をあげなかった女子生徒がこのヒカリである。委員長であることも理由の一つなのかもしれないが、彼女に至ってはトウジに一途なため、言い方は悪いがシンジに対しての興味は更々ない。
「委員長も健気だもんなぁ」
ケンスケがそのシンジの言葉を理解したのか、ニヤつきながらヒカリを見て言った。
「わわ、私は!鈴原が転校生に喧嘩をしかけるんじゃないかって思って……」
「まあ、見ての通り大丈夫だよ」
「ところでさ!!」
ケンスケが思い立ったように急に叫んだ。
「碇、お前本当にエヴァのパイロットだったんだな!!どんな感じなんだよ、エヴァのコックピットって!敵を倒すときの感覚とか、教えてくれよ!!」
シンジは笑いながら眉をしかめた。こういう世界が好きな人間にとっては、エヴァなどという決戦兵器は興味の塊なのだ。気持ちはわからないでもない。だがそれでも、極秘事項が外に漏れるのを黙認することができないのも事実。すべてが終わるまでは。
「正直言って苦しい世界だよ。起動するためにはコックピットをL.C.L.って液体で満たさなければならないし、息はできるんだけど血生臭くってさ」
「うんうん、それで!?」
ケンスケは尚も興味津々に聞いてくる。
「でも、初号機には母さんがいる」
「「「……え?」」」
「正確には、母さんの魂が取り込まれてる。だから僕は、あれに乗れるんだ」
ケンスケの目の輝きが、少しだけ怖かった。
このまま憧れだけを膨らませれば、いつか本当に近づこうとするかもしれない。
だからシンジは、あえて言葉を選ばなかった。
それを聞いたケンスケはがっくりと肩を落とし、そんなケンスケの頭をトウジは一発叩いた。
「ご、ごめんなさい碇君……お母さん、いないってことよね……」
「ケンスケが気ぃ利かんで、すまんな……」
おそらく、同年代のシンジが搭乗できているのだから自分も乗れるかもしれない。そういった可能性を見出だしているからこそケンスケはエヴァ・ネルフ関係に突っかかってくるのだ。
だが、エヴァは夢の兵器ではない。
少なくとも、誰かが乗りたいと願っていいものではない。
ならば、可能性は0だと早めに納得してもらった方が良いのだ。実を言えば参号機以降は、条件さえ整えば十四歳なら誰でもシンクロ可能になる。
けれど、そんな可能性を今ここで教えるつもりはなかった。
エヴァに近づく理由を、これ以上誰かに与えたくない。
痛い思いをするのは、自分だけでいい。
シンジは、本気でそう思っていた。
それに、自分もエヴァどうこうで人から態度を変えられては堪らない。すべての使徒戦が終われば、自分だって一般人に戻るつもりなのだから。
「いいって。どっちみち母さんは死んじゃいないんだしさ」
******
「いい?シンジ君」
リツコは、再び初号機のコックピットに乗り込んだシンジに声を掛ける。シンジはそれに明るい返事で答えた。
「はい!」
「一昨日のように、使徒には必ずコアと呼ばれる部位があります。その破壊が、使徒を物理的に殲滅できる唯一の手段なの。ですからそこを狙い、目標をセンターに入れてスイッチ」
シミュレーションの画面に仮想の使徒(とはいえ完全にサキエルだが)が現れ、初号機がそれをハンドガンで破壊していく。
「これを的確に処理して。感覚で覚え込んで頂戴ね」
「了解しましたっ!」
シンジは、リツコの指示に従って、操縦桿を操作する。
「結構。そのままインダクションモードの練習を続けて」
「はい!」
リツコはコーヒーを飲みながら、コントロールルームの窓から見える様子を伺っていた。現在ケージの中では、無数のワイヤーに固定され宙吊りになったエヴァ初号機の脳核によって、仮想の戦闘試験が行われている。
「しかしスゴいですねシンジ君、かなりの確率で命中してますよ。射撃得意なんでしょうか?」
「さあ……。少なくとも、怖がる様子が全くないのは確かね。次からは使徒の攻撃パターンも組み込んでのシミュレーションにしようかしら?」
シンジの方は、決して動じることなどなく、むしろ楽しんでいるかのような表情で同じ動作を繰り返していた。
「目標をセンターに入れて、スイッチ。目標をセンターに入れて、スイッチ」
何度も繰り返した言葉を、シンジは合図のように小さく口の中で転がした。
『……ずいぶん落ち着いてるわね』
「落ち着いてるふりです」
(シンクロ率は今回は53.1%か、まぁまぁかな)
シンジはシャワーを浴びながら一人考える。
現在彼は、意識してシンクロ率を下げるようにしていた。サキエル戦での高シンクロ率は完全にユイの影響である、そう誤魔化しておくことで自分が逆行してきた事実を少しでもみんなから遠ざけておく方がよいと感じたからだ。ユイの一時的な覚醒なら父もリツコも納得するだろうし。
それに、今はまだドイツにいるアスカが、自分の情報を聞いて傷つくことも避けたかった。
エヴァだけが居場所だと信じていた彼女を、シンジは知っている。その居場所を奪うつもりはない。
とはいえ、いつか、エヴァ以外の場所にも立てるのだと伝えたい。けれど、それはシンジが一方的に与えるものではない。彼女自身が、彼女の足で見つけなければ意味がないから。
ところで、今日の訓練はもう終わった。日はだいぶ傾きつつあるが、帰る前に一度、病棟の彼女の下へ赴いてみようとシンジは考えた。
綾波レイ。ここ二日間忙しく、邂逅は少々遅くなってしまったものの、会えるのは楽しみだった。
「お邪魔しまーす……綾波、いる?」
扉を開くと、彼女は身体全体に包帯を巻き、ベッドにもたれかかっていた。
それでも、前史のように初号機ケージに駆り出されることはなかったので、比較的怪我の治りは早いように見られる。
「……あなた、誰?」
やはり開口一番はそれだった。
包帯の白に埋もれるようにして、レイはベッドの上にいた。
表情はほとんど動かない。声も細い。けれど、それでも彼女はここにいる。
その事実だけで、シンジの胸は少し苦しくなった。
前史で、彼女には守ってもらってばかりだった。
最後の最後まで、自分は何も返せなかった。
だからこそ、今度こそ守ってみせる。そう決意していた。
「初めまして。僕は碇シンジ。サードチルドレンとして呼ばれたんだ」
そこまで言ってから、シンジは少しだけ言葉を探した。
「……君と同じ、仕組まれた子供だと思う」
「い、かり……?あなた、碇司令の息子?」
「うん。初号機パイロットとして呼ばれたんだ。どう? 身体の調子は」
「……問題ないわ」
「そっか」
返ってくる言葉は短い。
けれど、シンジは急かさなかった。
レイの言葉は、いつだって少しずつだった。無理に引き出せば、きっと壊してしまう。
ふと、レイが怪訝そうにシンジを見た。
ほんのわずかな変化だった。前史の彼女を知らなければ、見落としていたかもしれない。
「……碇、君?」
「ん?どうかした?」
「……私と、同じ感じがする……」
「…………え?」
「……いいえ、なんでもない」
「……そう?」
気にはなったが、シンジはそれ以上訊き出すことはできなかった。
そしてシンジは、この時一つ誤算していたことがあった。
たまたま防犯カメラの映像をチェックしていたリツコが偶然この会話を聞いてしまったのだ。
リツコはシンジの言った「サードチルドレン」の8文字に、言い様のない不審感を抱いたのだ。
シンジはまだ気づいていない。
この世界が、シンジの経験した世界とは、大きく異なっているということに。
******
2週間後。
ネルフ本部第1発令所では、新たな移動物体が海より接近していることを捉えていた。
「移動物体を光学で捕捉」
青葉シゲルが目標の映像をモニターに回す。
『E747も、対象を確認』
「分析パターンは青。間違いなく、第5の使徒ね」
モニターの情報を確認したリツコが、ミサトの方に振り返る。
「総員、第一種戦闘配置!」
ミサトの号令で主モニターの表示が切り替わる。
「了解、地対空迎撃戦、用意!」
指示を受けた日向マコトが号令を掛ける。
『第3新東京市、戦闘形態に移行します』
『中央ブロック、収容開始』
街じゅうの高層ビルが、ロックを解除して次々と地下に収納されていく。それと入れ替わるようにして、迎撃用兵器を搭載したポッドが着々と地上に準備されていく。
『中央ブロック、及び第1から第7管区までの収容完了』
「政府、及び関係各省への通達終了」
オペレーターの通知に続いてシゲルが報告を入れる。
『目標は、依然侵攻中。現在、対空迎撃システム稼働率48%』
「非戦闘員及び民間人は?」
ミサトが最終的な確認を済ませる。
「既に、退避完了との報告が入っています」
シゲルが状況を伝えた。
******
『小中学生は各クラス、住民の方々は各ブロックごとにお集まりください。第7管区迷子センターは、第373市営団に設置してあります』
避難所に集まった住民の中に、トウジとケンスケの姿があった。ケンスケは、持っていたビデオカメラのワンセグテレビから情報を得ようとするが、「非常事態宣言発令中」の画面に切り替わったままであることにうんざりしていた。
──本日午後12時30分、日本国政府より特別非常事態宣言が発令されました。新しい情報が入り次第、お伝えいたします。
「うぅ……、まただよ……!」
ケンスケはビデオカメラに付いた小さなモニターをトウジに向けて見せる。
「また文字だけなんか?」
「報道管制って奴だよ。僕ら民間人には見せてくれないんだ、こんなビッグイベントなのに!」
「なーにがビッグイベントや。戦っとんのはあのシンジやで?」
地上では既に戦闘が始まっているようで、その衝撃が地下の避難所にも時折小さな轟音として届いていた。
「ねえ、ちょっと二人で話があるんだけど」
ケンスケは落ち着かない様子でトウジの方を見る。
「なんや?」
「ちょっと、ね」
「しゃあないなぁ……委員長!」
トウジは友人の懇願に一旦乗ることにし、ヒカリの前に立つ。
「何?」
女友達と談笑していたヒカリは会話を止めて振り返る。
「ワシら二人、便所や!」
「もう、ちゃんとすませときなさいよ!」
ヒカリは、しょうがないわねといった様子で、トウジのぶっきらぼうな態度に眉をひそめた。
******
その頃、地上では国連軍の兵器がシャムシエルに向かって一斉射撃を行っていた。
「税金の無駄遣いね」
リツコは全く効果がない攻撃にため息をつく。
「この世には弾を消費しとかないと困る人たちもいるのよ」
ミサトは、ひとまず関係者が気が済むまでだまってやらせることにしていた。とはいっても、国連側もすぐに諦めたのか、早速シゲルから報告が入る。
「日本政府から、エヴァの出動要請が来ています」
「うるさい奴らね、言われなくても出撃させるわよ」
腕を組んで立っていたミサトは、低い声で愚痴をこぼす。
『エントリー、スタートしました』
既にスタンバイしていたシンジの下にオペレーターのアナウンスが聞こえる。
「L.C.L.転化」
マヤが準備を進める。
「発着ロック、解除」
リツコが指示を出す。
(頼んどいたから多分大丈夫だろうけど……ま、悪くても山に飛ばされなけりゃ大丈夫か)
シンジは今朝の会話をぼんやり思い出しつつ、ストレッチをして発進の合図を待っていた。
「シンジ君、出撃。いいわね?」
シンジは軽く肩を回し、深く息を吐いた。
怖くないわけではないが、それに飲まれない方法を、前史で嫌というほど覚えている。
「はい、いつでも行けますよ~」
「よくって? 敵A.T.フィールドを中和しつつ、ガトリングの一斉射。練習通り、大丈夫ね」
リツコは、シミュレーションで教えた通りやればいいと指示を出す。
「了解です。ただ、100%本当に効くんですか?」
「そんなのわからないわ、でもこれが一番の作戦なの! 頼むわよシンジくん!」
間髪入れずにミサトが怒号を飛ばす。その声が、前回以上に硬く聞こえた気がした。
使徒を前にした時、彼女はいつも少しだけ呼吸を忘れる。前史で知った彼女の傷を思い出し、シンジは胸の奥を重くした。
きっと、彼女もまた逃げられないのだ。
自分と同じように。
「分かりました。ですが、最終的には現場の判断で進めます。ご承知くださいね」
******
トイレに移動したトウジは、用を足しながらケンスケに問いかけた。
「で、なんや?」
「死ぬまでに、一度だけでもみたいんだよ」
「…………」
「本物なんだよ!今度いつまた、敵が来てくれるかもわかんないし……」
「ケンスケ、おまえなぁ……」
予想していた事とは言え、トウジはケンスケが本当にエヴァを見に行こうとしていることにほとほと呆れ返ってしまった。
「このときを逃しては、あるいは永久にっ!なあ、頼むよ。ロック外すの手伝ってくれ」
だが。
「断る!!」
と、トウジは強く言い切った。
そう、その日の朝、シンジはトウジに向かって頼んでいたのだ。
「あのさ、多分、今日あたりまた使徒が来ると思うんだ」
「またかいな。物騒な話やな」
「それで、ケンスケのことなんだけど」
「あいつがどないしたんや?」
「たぶん、シェルターを抜け出して戦闘を見に行こうとする」
トウジは一瞬だけ黙り、それから苦い顔をした。
「……言いそうやな」
「止めてほしい」
「そら止めるけどな。危ないからやろ?」
「うん。それもある」
シンジは少しだけ視線を落とした。
「でも、本当はそれだけじゃないんだ」
「なんや?」
「ケンスケは、エヴァが好きなんだと思う。兵器とか、作戦とか、そういうものが。気持ちは分からなくもないよ。知らないものって、遠くから見ると格好よく見えるから」
シンジは、窓から見える第3新東京市の街並みを見た。
「でも、エヴァは見世物じゃない。使徒との戦いも、イベントじゃない。そこには、怖がってる人がいて、死ぬかもしれない人がいて、誰かの家族がいる」
「……シンジ」
「だから、ケンスケには知ってほしいんだ。見るなら、ちゃんと見なきゃいけないって。格好いいところだけじゃなくて、怖いところも、嫌なところも」
「それをワシに言わせるんか?」
「それはごめん。僕が言うと、たぶんうまく言えないから。パイロットの僕が言ったら、責めてるみたいになるかもしれない」
トウジは頭を掻いた。
「難儀な頼みやな」
「うん」
「けど、分かった。あいつがアホなこと言い出したら、止めたる」
「ありがとう」
「その代わり、ちゃんと帰ってこいよ。説教する相手がおらんかったら困るやろ」
シンジは小さく笑った。
「うん。帰ってくるさ」
「えぇ~!?」
「完璧アイツの予想通りやな……あんなぁ、地表に出て怪我でもしたらどないすんねん」
「このシェルターの上は神社だぞ?そんなところで戦闘なんかするわけないって」
ケンスケも一歩も引こうとはしない。
トウジは一つ大きく息をついて、ズボンの紐を結び直した。
「……さっき、なんて言うた?」
「え?」
「敵が来てくれる、言うたやろ」
「あ……いや、それは言葉のあやで」
「言葉のあやでも、言うたらあかんことくらいあるやろ」
ケンスケの顔から、少しだけ勢いが抜けた。
「地上で戦っとるんは、シンジや。ワシらと同い年の、さっきまで教室におった奴や」
「それは、分かってるけど」
「分かってへん。お前、エヴァを見たいだけや。シンジを見てへん」
「……っ」
「ワシかて、兵器とか作戦とか、よう分からん。けどな、妹が外におった時、死ぬほど怖かった。あのデカいのが暴れとる下に、サクラが一人でおるかもしれん思ったら、頭おかしなりそうやった」
トウジは拳を握った。
「今も同じや。誰かの兄弟や、誰かの子供や、誰かの友達が、地上におるかもしれん。そこにシンジもおる」
「……」
「それをビッグイベント言うて見に行くんやったら、せめて見たもん全部背負う覚悟くらい持てや」
ケンスケは何も言えなかった。
「カメラ向けるんやったら、エヴァだけ撮るな。そこに乗っとるシンジも見ろ。怖がっとる人間も見ろ。壊れた街も、逃げとる人も、全部や」
「……トウジ」
「それができへんのやったら、今日はここにおれ」
沈黙が落ちた。
水の流れる音だけが、やけに大きく聞こえる。
「……とりあえずさ」
ケンスケは、気まずそうに視線を逸らした。
「手、洗おうぜ」
「……お前なぁ」
「いや、話は分かったよ。分かったけどさ。ここ、トイレだし」
トウジはしばらくケンスケを睨んでいたが、やがて大きく息を吐いた。
「締まらん奴やな」
「トウジにだけは言われたくないよ」
ケンスケは蛇口をひねった。
冷たい水が、二人の間に残った重さを少しだけ薄めていく。
「でも……今日は出ない」
「今日は、やなくて毎回や」
「それは約束できない」
「おい」
「やっぱり見たいもんは見たいんだ。……でも、次に見る時は、ちゃんと考える」
トウジは手を振って水を払うと、呆れたように肩を落とした。
「ほんま、頑固なやっちゃな」
「トウジほどじゃないよ」
******
射出前、シンジは一度だけ避難所の方角を思った。
トウジなら、きっと止めてくれる。
ケンスケが本当に分かってくれるかは分からない。
それでも、今日だけは地上に出ないでいてほしいと願った。
エヴァを、ただの憧れにしないために。
「発進!」
ミサトの号令で、初号機は地下発射台から打ち上げられた。
『A.T.フィールドを展開』
エントリープラグ内のコックピットにマヤの音声が流れる。
「とりあえずはガトリング砲の一斉掃射……と」
シンジは、練習したことを思い出して呼吸を整える。
「作戦通り。いいわね、シンジ君?」
ミサトが最終確認を取る。
「はいっ」
シンジは、射出口の物陰から身を翻してシャムシエルの正面に出ると、ガトリング砲を連射させる。シャムシエルは、初号機の攻撃を浴びて炎に包まれた。シンジは一心にトリガーを握り締める。
「バカッ、爆煙で敵が見えない!」
ミサトが主モニターの状況を見て叫ぶ。巨大な薬莢が駐車している車を押しつぶす。大量の弾を撃ちつくした初号機が、ガトリングの回転を止めると、シンジはすぐにそそくさと右側へと跳ね逃げた。
すると爆煙の中から、先程初号機がいた場所に向かって光の鞭が放たれた。シャムシエルの放った攻撃で建物が竹を割ったように切れて倒壊していく。
「予備のライフルを出すわ、受け取って!」
ミサトの合図で、新たなライフルが格納されたケージが、地上から射出される。
「……シンジ君?シンジ君!?」
シンジはケージに向けて動こうとはしなかった。ミサトは、モニターに移る初号機に向かって必死に声を掛けた。
「A.T.フィールドは中和しました。でも、効いてるようには見えませんけど」
シンジは煙の向こうを睨みながら、ゆっくりと機体を横へ流した。
「そうね、この様子だと多分パレットライフルも効果は見込めないわ」
リツコがシンジの戦いぶりに感心しながら言う。傍ではミサトが歯ぎしりをしている。
「シンジくん!!何やってるの、早く戦って!!」
「そう慌てないでください。相手の攻撃方法を整理しますと、恐らくあの光の鞭だけかと思います。ムカデみたいな足が気になるとこですけど、多分、直接の攻撃には使わない」
「だ、だからなんだっていうの!?」
「初号機、これより近接戦闘に移ります」
そう言うや否や、プログナイフを取り出してシャムシエルの背後に飛びかかった。
「A.T.フィールド、全開!」
そしてシャムシエルが気付くか気づかないかの瞬間に、シンジはその赤紫の背中をプログナイフで切り裂く。
シャムシエルは光の鞭で反撃に出ようとするも、初号機が背後にいるためか上手く捉えることができない。A.T.フィールドを展開して上手く弾き返しながらシンジは再度ナイフを降り下ろしてシャムシエルのコア目指して次々と切り裂いていく。
途中アンビリカルケーブルを切断されるも、すぐにコアを捉えたシンジは最後のトドメにかかった。ナイフに両手を添えると、コア目掛けて一気に振り下ろす!
(シャムシエル……すまない!)
「はぁぁぁぁっ!」
初号機の一刀がシャムシエルのコアに深く食い込み、傷口は火花を散らしてダメージを与えていく。
初号機は、火花を浴びながら、使徒に食らわした攻撃の一点に体重を乗せる。そして数秒の後にコアが破裂、大量の血液が初号機に降り注いだ。
「パターン青、消滅!!」
「目標は、完全に形象崩壊しました」
マヤとシゲルが使徒の状況を伝える。ミサトは腕を組みながら無言で立ち、モニターを睨み続けていた。
「はっ、はっ、はっ……」
シンジは肩で息をし、プログナイフをウェポンラックに片付ける。そんな中、
完全に予想外だった結果に半ば呆然としていた。
(どういうことだ、「形象崩壊」って……?)
シンジは以前より深くコアにナイフを捻り食い込ませた筈だった。それは前史において、シャムシエルからサンプリングされたS2機関をエヴァ4号機に搭載実験をすることによってアメリカの第2支部が消滅したことを踏まえた計画であり、今回はコアのS2機関をプログナイフのマイクロウェーブを使い、分解するだけで構わないだろう、そう思ったからこそだった。
しかし、攻撃の方法は前とほぼ同じだったにも関わらず、使徒のS2機関はおろかサンプル体さえ消滅したのだ。唯一、硬化した光の鞭を除いて……。
数時間後、山腹にある神社のそばに、一人の少年の影があった。彼はいつものように、ビデオカメラを構えて第3新東京市の方角を映し始めた。
遠くに、初号機の姿はもうなかった。
代わりに残っていたのは、切り裂かれたビルと、砕けた道路と、薬莢に押し潰された車だった。
ビッグイベント。
昼間の自分の言葉が、やけに軽く耳に残った。
ケンスケはしばらくファインダーを覗いていたが、やがて静かにカメラを下ろした。
「……シンジの話、聞かせてもらわなきゃな」
今度は、エヴァの話ではなく。
そこに乗っていた、友達の話を。
☆あとがき(2019.03.06)
ケロロ軍曹のようなシャムシエル。光の鞭のヒュンヒュンヒュンヒュンする感じはスゴい楽しい使徒です。そういえば、オリラジのあっちゃんがエヴァ賢者になったときに再現したシャムシエルの動き、スゴい面白かったなぁ~♪
ミサトさんの扱いあまりよくないですけど、ラミエル戦までにいろいろ変わります。どうなるかはお楽しみに。
あと、ここからは公式版に関する考察なんですが、トウジがTV版にて参号機に搭乗した理由として、コアにはトウジの母の魂がインストールされてるだとか、もしくは妹のサクラがインストールされてるだとか、皆さん様々な考察をなされていることと思います。
私は、初号機、弐号機の起動実験を通して、エヴァと大人のシンクロは不可能と判断され、零号機以降は大人による起動実験自体行われていなかった、さらに零号機でレイが一発でシンクロした(失敗はしたけど取り込まれなかった)ことを踏まえ、参号機以降は最初からチルドレンによる起動を図ったということだと推察しています。
ただし、零号機は結局のところプロトタイプで設計上の問題点があったため、搭乗できるのは使徒の力を持つレイがギリギリだった。そのためTV版拾伍話でのシンジによる零号機起動実験でも零号機は拒絶、錯乱の中で発令所にいるであろうと思ったE計画責任者のリツコを殴ろうとしたのだと思うのです。結果的に零号機とシンジから目を離せなかったレイが殺害されそうになったと、ネルフスタッフは勘違いしたようですが。
また、初号機と弐号機はそれぞれ碇ユイと惣流キョウコが取り込まれ、彼女らの意思によって制御される結果になってしまい、そのため彼女らの子供しか基本的にシンクロできなくなっている。
といったところが私の結論です。勝手すぎる解釈かもですが。
それは違うだろ、とか、ここはこうじゃねぇの?、とか、意見は色々ございますことでしょう。そこは尊重いたします。異論は認めます。ただ、なぜこの考察するかというと、
この物語を成立させるための裏設定になるためです♪
なので疑問点があれば言っていただいて構いません。できる限り説明いたします。が、考察を削除しろというのはナシで(^^;
よろしくお願いします。。。
さて、新劇場版の世界線に来てしまったシンジ君。狂いゆく経験済みのシナリオに、彼はどう立ち向かうのか。次回はラミエル戦突入前閑話です、お楽しみに!!
…………あとがき、長いな。(苦笑)
★2026.05.28 追記
現在公開中の本文は、過去に投稿しました内容を現在の制作状況に合わせて再調整したものです。
2019年当時、衝動のままに書いていた勢いを残しつつ、現在の自分が必要だと判断した部分にのみ手を入れました。
作品はまだ途中です。
ですが、終わらせるための作業を再開しています。
これまで読んでくださった方、待っていてくださった方に感謝します。
引き続き、よろしくお願いいたします。