E.V.A.~Eternal Victoried Angel~ 作:ジェニシア珀里
完結に向けた制作再開に伴い、既公開分の本文を一部改訂します。
物語の構成、展開に大きな変更はありません。
ただし、台詞、描写、演出の細部について、現在の制作意図に沿う形で調整を行っています。本改訂分は「Dep-1.01」として公開します。
長く時間をいただきましたが、改めて最後まで進めていきます。
よろしくお願いいたします。
あの時の、彼の強い眼差しが、今日も脳裏に蘇る。
第6の使徒を倒して4日が経つ。地上施設の修復も急ピッチで進められ、第3新東京市の経済市場も回復は間もなくだ。レイたちも、今日は久々に学校に復帰するらしい。
結果は素晴らしいものだった。作戦成功確率9.10%という窮状を跳ね除け、彼らはあの絶望的強力な攻撃力をもつ第6の使徒から生き延び帰ってきた。これには心から喜び、思わず二人を抱き締めてしまうほど嬉しかった。
だが、赤木リツコには、ただ喜んでいる暇などなかった。
かなり体力を消耗したシンジを念のため病院に搬送した後、自身は本部へと飛んで帰り零号機の再調整並びに第6の使徒についての報告書作成を(戦況報告はミサトら作戦部の管轄だが、使徒本体は技術部の領域のため)行わなければならなかった(尤も、零号機に至ってはレイのシンクロ率が82.21%という最高値を記録したので、あまり変更措置はなかったのだが)。
さらには今回の戦闘で実用化に希望が見えた陽電子砲のデータ処理も早急に済ませたかったため、結局リツコはこの3日間ほぼ寝ていない。
それ故にマヤやシゲルなどオペレーターの面々から休むように勧められ、今は自分の研究室のソファに横になっている。
しかし、リツコは眠りには就けなかった。目を閉じると、あの時の彼の表情が浮かんでくるのだ。
『リツコさん、少し、頼まれてくれませんか……?』
ヤシマ作戦が始まる前、リツコはシンジに呼び止められた。いつにも増して真剣な目をしていた。
『……どうしたの、急に?』
『作戦実行中に、リツコさんの名前を大声で叫ぶことがあるかもしれません。もしそうなったら、L.C.L.の圧縮濃度を一時的に上げていただきたいんです』
『あ、圧縮濃度……!?』
リツコは目を見開いた。
『ええ、相対的に110%くらいで構いません。それと、循環冷却システムもフル稼働にしていただけるとより良いんですが……』
『ちょ、ちょっと待って!なぜそれを……』
エヴァの内部システムをシンジに説明したことはない。圧縮濃度も発令所から全てコントロールするため、パイロットが知る必要は全くなく、教えてもいないはずである。
『すみません、今は何も言わず聞き入れてほしいんです。後でちゃんと説明しますから』
『どうして……?』
『……簡単に言えば、精一杯の対策です。綾波を守るための』
《E.V.A.~Eternal Victoried Angel~》
【第漆話 日常と非日常の間に】
【Episode.07 United Front】
リツコも今となってはシンジがなぜそう頼んだのかよく分かった気がした。L.C.L.の圧縮濃度を上げることはつまり、大気圧を上げることに等しい。もちろん上げすぎるとケーソン病などを引き起こしかねないが、1割増程度なら、少し呼吸しにくくなる位だ。
だがそれよりも重要なことがある。L.C.L.は奇妙な液体で、熱伝導性が圧力で急激に変化するのだ。普通の圧力であれば水と同じような感じだが、増圧すると熱伝導率は急激に低下する。
シンジが圧縮濃度を110%に上げてくれと言ってきたのは、自分が呼吸することのできる状態で、使徒の加粒子砲を初号機自ら受け止めるための策だったということだ。マヤが言っていたように、最終的にL.C.L.の温度は47度まで上がったが、もし圧縮濃度を上昇させなければ60度を優に越え、全身火傷は免れられなかったであろう。
理屈は通る。
理屈は通るのだ。
だからこそ、リツコは眠れなかった。
彼からはまだ詳しく話を聞けていない。なぜ圧縮濃度や循環冷却システムのことを知っていたのか。加えて、あの瞬間に記録した98.38%というシンクロ率。そして、レイに向けたあの言葉。積もる謎は深まるばかりだ。
彼に対する恐怖なのか、期待なのか、それとも科学者としての興味なのか、果たして自分でも分からないのだが、とにかくシンジのことを考え始めると時間の経つのも忘れてしまうリツコなのだった。
「なんか、すっごい久しぶりな感じがする……」
「そうね……」
その頃、シンジとレイは二人連れだって5日ぶりの学校へと登校していた。ラミエルが校舎にぶちまけた血液は昨日の大雨でほとんど流れ落ち、先生方の作業のお陰で校庭も結構元に戻っていた。
今日はまだ緊急の職員会議があるらしく午前で授業が終わるため、放課後はレイの服、洗顔用品、布団、その他諸々必要なものを買いに行くことになった。コンフォート17マンションに引っ越してきてすぐに行きたかったのだが、シンクロテストだとか起動実験の準備だとかラミエル戦だとかでかなりバタバタしてしまい、結局今に至る。
隣を歩くレイはいつにも増して足取りが軽そうであった。表情は相変わらず乏しいが、それでも、以前のような遠さはなかった。
「碇君……今日はよろしく……」
少し声を小さくして(元から小さいのにそれ以上小さくできるのは正直驚きだが)おずおずと頼んでくるその様子からも、レイの内面の変化を見てとれる。シンジはそれを嬉しく感じ、いつもの笑顔をもって頷いた。
「うん!」
******
「しっかし、ワシらがついてきてホンマに構わんかったんか?」
「そうだよ、せっかくの買い物なんだから、碇と綾波と、二人っきりで行ったらいいと思うんだけど~?」
第壱中学校からさほど離れていないデパートに、シンジたちはやって来た。トウジとケンスケ、ヒカリも誘っていて、5人での行動になっている。
「い、いやさ、僕一人だと何かと偏りそうじゃん?みんなの意見も聞きたいし、特に委員長を呼んだのは、女子の方が分かることもあるかなって思ったからね」
ニヤニヤとしながら詰め寄ってくる二人に、シンジは言葉を濁しながらも回避を図った。多分、言わんとしていることは判る……。
その奥では、ヒカリとレイが服選びに没頭しているようだった。ヒカリは自分なんかがレイのものを選んでしまってよいのかと躊躇っていたが、女子としてのファッションセンスを教えてあげて頂戴とシンジに頼まれ、快く引き受けてくれた。
服選びなどしたこともないレイは、ヒカリからいろいろな事を聞いて四苦八苦しながら選んでいく。時折気に入ったものを試着してはシンジたちにも見せに来るのだが、不思議なもので試着してきたそれらの服は外れなしに似合っていて、そこのところレイのセンスとヒカリの手腕の凄さが見てとれる。
結果的に3時間も買い物に費やしてしまったのだが、5人とも有意義な時間を過ごせたと感じているため、良しとしている。男子連中はこの後荷物持ちの役目が待っているのだが……(もっとも、荷物持ちが必要になることも、シンジは最初から計算に入れていた)。
「はぁぁぁ……ちかれたぁー……」
リツコは研究室にやって来てテーブルに突っ伏し、盛大にため息をつく親友に深く同情した。昨日、階級が一つ上がりめでたく「一佐」へと昇進した作戦部長の彼女の目の下には、くっきりと黒い線が入っている。大方、使徒殲滅の戦況報告と地上施設大量損壊の始末書を何十枚と書かされ、自分と同じく徹夜が続いていたのだろう。
「お疲れ様。そっちも大変みたいね」
ブラックのインスタントホットコーヒーを差し出しながら、声をかける。今日は同じ境遇に居るからか、珍しく本音が続くものだ。
「ええ。もー無理……、通常兵器といえど、ホント侮れないわぁ……」
「でも、ああでもしないと倒せなかったんじゃない?」
「確かにねー……」
正直言って、仕方がない。あれ以上の作戦を立案できなかったのが悪いのだ。ミサトも、自分も。二人は、再びため息をついた。
「でも、これからはもっと上手くやらなければね。見たところ、使徒も進化している様子よ?」
リツコの言葉に、ミサトは天井を仰いだ。
「そうよねぇ……考えたらキリないけど、襲来してくる使徒のパターン、ある程度は予測しておくべきかしら……」
「備えあれば憂いなし。今回のヤシマ作戦は作戦成功率9.1%だったのよ?あれは奇跡だったってこと、しっかり覚えておくべきね」
「ええ……分かってるわ」
ミサトは髪を掻き分けながら呟いた。
「ところで、明日少し、シンジ君を貸してほしいんだけど……いいかしら?」
「ん?どしたの一体」
「えと……、追加点検よ。調整が上手くできてなくて……」
******
リツコは嘘をついた。本当はシンジと初号機の調整など少しも必要などなかった。むしろ、ハーモニクスは不思議なほどブレることがない。リツコがシンジを呼んだのは、他でもなく自分の仮説の答え合わせをするためだった。
シンジは「いずれ話す」と言っていたため、その時を待つべきかどうかとも考えたが、リツコはこの謎をこれ以上先送りにしたくなかった。何と言っても、エヴァにかかわることだ、真実を早く知りたかった。でなければ安心して眠れもしない。
「リツコさん」
「何かしら」
「検査、じゃありませんよね」
リツコは答えなかった。
答えなかったことが、答えだった。
それを、シンジはやって来て早々に見抜いたようだった。彼のこの高い洞察力は、リツコにとってはもはや恐怖だった。
「ええ……教えてくれるかしら?」
シンジはリツコの目を真っ直ぐに見た。射竦めるようなその目に一瞬ビクリとする。暫しの沈黙のあと、シンジは目を伏せて微笑した。
「分かりました。ただ、信じられない話とかも数多くあると思います。それは承知してくださいよ?」
「……ええ」
シンジはソファから立ち上がった。
リツコの机へ、まっすぐ視線を向ける。
「そこにありますよね」
「……何が?」
「ダミープラグ関連区画の、開閉用端末です」
リツコの喉が鳴った。
答えていない。答えていないのに、肯定したも同然だった。
「リツコさん。僕は、あなたが隠しているものを見に行くために来ました」
「シンジ君」
「僕が勝手に取ってもいいです。でも」
彼の声は静かだった。
けれど、退く気配はなかった。
「知らなかったことには、もうできません」
「……」
「リツコさんが、決めてください」
リツコは、しばらく動けなかった。
だが、シンジの視線は逸れない。
彼は待っている。リツコが、自分の手でそれを選ぶのを。
やがて、リツコは引き出しを開けた。
指先が、冷たい端末に触れる。
「……行きましょう」
二人はエレベーターに乗って地下へと降りていく。辿り着いた先は、人工進化研究所・3号分室だった。
「ここ……は」
「開けてもらって良いですか?」
シンジは視線を扉に、いや、扉のその先に向けながら頼んだ。リツコは言われるがままそこにカードキーを通す。もはや、後に戻ることはできないことをリツコは悟る。
扉が開くとシンジは拳を握りしめて歩き出した。その異様な雰囲気に気圧されながら、リツコはおそるおそるついていく。
レイの部屋とそっくりな空間。ここは、彼女の生まれ育ったところだ。むしろここで育ったからこそ、レイにはあの無機質な部屋が与えられていたのだ。
シンジは足音も立てずスタスタと奥へと進んでいく。次第にせり出した足場の下には巨大な空間が広がり、無数のエヴァの残骸が転がっている。数え切れないほどの大きな物体は、人の骨格のような形をしている。10年前に破棄された失敗作で、エヴァの初期型制御システム。そしてシンジの母が消えたところ。
だがシンジはそれらにも、目もくれなかった。考えてみれば、彼には母親が消えた記憶も残っていた。ここの存在を覚えていても無理はない。
けれど、この先は絶対に知り得ないはずのテリトリー。知っていていいはずがない。
それなのに、シンジは迷わなかった。真っ直ぐ先を見据えて足を進めていく。
そして竟に来てしまう。領域外の、空間に。
「……ダミープラグ」
「……」
「それを生産している工場、ですよね?」
「……ええ。まだ、開発途中だけれど」
「でも完成しているモノはある」
シンジは何も言わず、リツコの手元を見た。
リツコは数秒だけ躊躇い、それから端末のスイッチを入れた。
壁面の照明が、低い音を立てて順に灯っていく。壁一面のガラスの向こうは蜂の巣のようになっていて、その一つ一つに無数の少女が横たわっている。
リツコは全身を震わせた。自分の罪の象徴であり、呪縛であり、幻想である存在。
「本当は全部、今ここで、壊してしまいたいんですよ。でなければ綾波は、永遠にヒトになれませんから……」
シンジの声は低かった。背中も震えているようだった。どれほど辛い思いがあるのか。リツコには想像ができなかった。
「リツコさん、僕は、」
サードインパクトの起こった世界から
この世界に飛ばされてきたんです
現代の科学理論では、逆行だとか転生だとか、あるいはパラレルワールドの存在だとか、実際には説明不可能だ。科学者であるリツコも当然周知している。そのような説、非科学的だと一笑されて終わりだ。
だがこの時、リツコは不思議にも納得してしまった。およそ予想していたからかもしれないが、それ以上にシンジ自身の告白が現実味を帯びていた。
「……驚かないんですね」
「……そうね」
感心したような様子のシンジに、呟くようにして答える。
「あなたのいた世界では、もしかして私達、使徒に負けたのかしら?」
一応聞いたが、おそらく答えはNOだと思った。奇妙な確信があった。
「いいえ、サードインパクトを起こしたのは、僕です。父さんや、ゼーレに利用されて」
リツコの手の中で、端末が重くなった気がした。
「使徒は全部倒せましたよ。二つに分裂するもの、空から降ってくる巨大なもの、細菌状に寄生するもの、精神汚染を仕掛けてくるもの、アダムの魂を植え付けられたヒト型のもいました。それら全部、倒しました。……多くの犠牲の中でね。でも本当の敵は使徒なんかじゃなく……、同じ、人間だったんです」
リツコは黙って聞いた。
「ゼーレと父さん、二つの人類補完計画がありました。ゼーレは人類の新生を、父さんは、母さんに会うことを、それぞれ夢見ていたんです。それに利用されたのが、初号機パイロットである僕であり、リリスの分身である綾波だった。最終的には、他人と共に生きることを選んだ僕によって、両方の計画は崩れ去ったんですけどね。でもその後には何も残らなかった。綾波の形をしたリリスも崩壊し、赤い海に、僕と、僕を最後まで拒絶し続けたアスカの、二人だけが残されたんです。本当、ついこの間のことみたいですよ」
シンジの説明は、妙に整っていた。
まるで、実験結果を報告しているかのように。
だが、端末を握る指だけが白い。
言葉が整えば整うほど、その奥にあるものが見えてしまうようだった。
「食料も水もなく、死ぬのは必然かと思われました。けど何の因果か、僕はネルフに来るあの日まで、戻っていたんです」
シンジは微笑み、リツコに向き直った。
「サードインパクトの時、一瞬とはいえ僕はみんなと一つになり、ネルフで一体何が起こっていたのか、その事実を知りました。それで、あの悲劇を二度と繰り返してはならないと、そう決意したんです」
「それで……ミサトや、レイを……?」
「ええ。ですが、やはり完全に同じって訳でもないみたいですね。このダミープラント、前は水槽形式でしたからね。それにこの前の使徒も、まさか変形するとは思いませんでしたし。ついでに言うと、確か『第6の使徒』でしたっけ、僕のいた世界では『第5使徒ラミエル』って言ってました」
シンジは乾いた笑みを漏らした。
「なので、経験していると言っても当てにはできませんけど。……それでも、僕を信じてくれますか?」
嘘だと切り捨てるには、材料が多すぎた。
L.C.L.の圧縮濃度。第6の使徒への予測。ダミープラントの存在。
そして何より、彼の目にある疲労は、十四歳の少年が演じられるものではなかった。
「信じるわ。嘘だと切り捨てる方が、よほど非科学的だもの。それに、私に納得させるために、ここに来たんでしょ?」
「……確かに」
シンジはガラスに触れた。すぐ先には、無数の綾波レイが無感情な目でこちらを見ている。
「生きているんですよね、彼女達も」
「そうね……けど、これはただの容れ物でしかないのよ。魂がない、それって、本当にヒトであるとは言えないものね」
ふと、レイの顔が頭をよぎった。もちろん、ここにいる無数のスペアとは違う、今のレイのである。
ヤシマ作戦の後、シンジを初号機から救いだし、シンジに肩を貸しながら歩いてきた彼女は、笑顔を湛えていた。頬には涙が流れていた。
レイも、感情を持つ、人間なのだ。その代わりになる者などいないのだ。だがこのままでは、レイは永遠に、道具として利用されるだけになってしまう。
そして、自分も同じだと悟る。自分も、母・ナオコの代用品として、道具として利用されてきた。
リツコは手にした端末を見つめた。シンジがこれを渡したのは、自分にはっきり自覚させようとしているからなのだろう。
真実を知っているということは、当然ゲンドウとの関係も分かっているはずだ。目を背けたいほど不愉快な形の関係も。
それでも、確かに自分はゲンドウを愛した。初めて自分を求めてくれた彼を、多分、嫌いになることなど絶対にできないのだ。
かといってこのままでは、歯止めが利かなくなる。全てを知っていたはずの自分が、知り得ない世界の事とはいえサードインパクトを防げなかったのだ。それは自分自身が追い詰められ、何もできなかった事を意味する。
大方、MAGIと自爆しようとして失敗でもしたのだろう。MAGIの中の母は、それこそ自分のように、否、自分以上にゲンドウを愛したはずだから。
その事をシンジが敢えて言葉に出さなかったことに、彼の気遣いを感じて感謝した。そして、リツコは決断する。
今だ。
破滅への道を絶つなら、今しか。
リツコは端末を握り直した。
その手に、シンジの手が重なる。
「今ここでこれを壊せば、父さんが黙っちゃいませんよ。僕も、リツコさんも、もしかしたら殺されるかもしれない。ダミーシステムの計画も、これで全て終わりになります。先の未来も、予想がつかなくなる。それでも、構いませんか?」
シンジの言葉は重かった。ボタン一つで人生が変わるとは、皮肉なものである。それでもリツコは、微笑み、前を見据えて力強く頷いた。
「未来を変える。そのために、この手を乗せているんでしょ?」
敵わないなと言わんばかりに、シンジも微笑んだ。
「ふふっ……仰る通りです」
二人は、同時にダミープラントの稼働停止コードのスイッチを押した。
「あの、僕のこと、まだ誰にも言わないでくれませんか?」
シンジは帰り際にリツコの研究室でコーヒーを飲んで一息ついていた。そんな彼に唐突に頼まれ、リツコはキョトンとした。
「どうして?」
「いえ、逆に言えば、リツコさんだから話せたってとこなんです」
「ミサトじゃ駄目なの?」
「ミサトさんは、優しいから。きっと、僕を守ろうとして混乱します」
「レイは?」
「……綾波には、まだ言いたくありませんから」
父さんはもってのほかですし。とシンジは付け加えた。
「実際、僕がなぜこの世界にいるのか、自分でもよく分かってないので、そこで説明しても意味を為さないと思うんです」
「なるほど……」
「リツコさんなら常に冷静だし、頭も良いって思ってたので打ち明けられたんです」
「フフ、信頼されてるのね。いいわよ、これはとりあえず二人の秘密ね」
「ありがとうございます。ところで……」
シンジはマグカップを机の上に置いた。
「これからどうします?」
シンジはばつが悪そうな表情でリツコに訊いた。
「そうねぇ……あの人のことだから明日にでも私を営倉だか独房に放り込むでしょうね。でも……」
リツコもマグカップを置いた。
「大丈夫じゃないかしら?科学者としても、MAGIを扱えるような私の代わりはまだ見つかってないし、初号機を一番上手く扱えるシンジ君もそう。レイについても同じ。あの子を失えば、零号機も計画も止まる。もう、替えは利かないわね」
シンジは頷いた。
「それと、今回は技術部長の肩書きを利用させてもらうわ。同じ部長同士なら、あの子は絶対動けるでしょうし」
リツコはニヤリと笑った。そしてデスクの受話器を取った。
「ええ、私よ。マヤを呼んで頂戴?」
******
ミサトは司令室へと向かっている。その表情は怒りに満ちてかなり険しくなっている。
リツコが独房に拘禁されたと聞いたのは今朝のこと。詳細は不明。誰に聞いても何も知らないという。ただ、リツコを敬愛するマヤだけは、リツコが殺されるかもしれないと不安で泣きそうになっていた。
一体何が起こっているのか、強い不審感を憶えたミサトは、上層部に直接問いただそうと歩いている。
一方そのゲンドウは、真っ暗な独房でリツコに対して問いただしていた。
「何故ダミーを破壊した」
低い声がリツコの耳に届く。その声がいつもよりも低く聞こえるのは、おそらく気のせいではなく、ゲンドウが憤っているのだと推察できる。
「現実を見ることにした、ただそれだけです」
リツコは不思議と、この状況を楽しんですらいた。
もちろん、恐怖はあった。ゲンドウを裏切った痛みも、確かに胸の奥に残っていた。
それでも、奇妙な高揚があった。
初めて、彼の前で自分の言葉を持てた気がした。
私は、あなたの人形じゃない。それを知らしめるには絶好の場所だった。
「……どういう意味だ」
「レイは道具ではありません。もちろん私も。これ以上、他人のエゴに縛られたくないですから。私は、これからは自分の信念に従って生きていくんです」
リツコは立ち上がり、口元に笑みを湛えたままゲンドウを真っ向から睨み付けた。
「……君には失望した」
ゲンドウは一言言い残し、その場を立ち去った。
笑いが漏れた。
自嘲か、安堵か、自分でも分からなかった。
男と女はロジックじゃない。ひどく曖昧であやふやな関係。自分も彼も、お互いに欠けたものを満たそうとすがっていただけなのだ。
でも私はもう違う。新たな人生に向けて歩き出すのだ。
人の心とは、複雑で、難しい。
それでいて、なんて凄く面白いものなのだろう。
リツコは、独房で一人笑いながら、そう思ったのだった。
ゲンドウは指令室に戻ってすぐに、作戦部長のミサトに問い詰められた。
「一体どういうことでしょうか?」
「……ネルフに離反した為だ、それ以上の理由はない」
「ですから、その離反内容を聞いています。知られてはならないことでもあるのですか?」
「君は知らなくて良い情報だ。これ以上の詮索は君の立場を危うくするぞ」
「……ネルフの秘密主義も、全く怖いものですね」
ミサトは呆れた。あくまでこの男はシラを切り通すつもりらしい。だが、半ば脅迫じみた言葉で警告されても、今回のミサトは折れなかった。
「いいでしょう、真実はまた後程お聞かせ頂くということで。ですがとりあえず、解放だけでもしてください。赤木技術部長には居てもらわなければ私達使徒殲滅チームが困ります。現に第6の使徒戦では、シンジ君と赤木博士の功績によって、初号機及び零号機をほぼ無傷に留めています。それに、ネルフ一の頭脳を失えば、殲滅のための作戦精度が低下するのは必至です」
それに、まだ切り札もある。ミサトはポケットから音声レコーダーを取り出した。
「それと、これはレイからの伝言です」
『赤木博士を解放してください。でなければ、私は本日以降、零号機には搭乗しません』
「なっ……」
傍で聞いていた冬月は言葉を失った。
「私を脅すつもりか」
ゲンドウはとりわけ低い声でミサトを睨み付けた。ミサトはすました顔で首を傾げた。
「さあ、どうでしょうか。とにかく次回以降、作戦遂行は厳しくなると思いますのでご承知おきを」
ミサトは踵を返し指令室を出ていった。部屋には未だ手を組んだゲンドウと直立不動の冬月が残された。
「……碇、どうするんだ?……彼女の言っていることは至極正論だぞ?」
「分かっている……」
結局、ゲンドウはリツコを切ることができなかった。その日のうちにリツコは釈放され、今は自分の研究室でミサトと相対していた。
「……はぁぁ!?」
リツコからダミープラントのことを打ち明けられたミサトは口をあんぐり開けて絶句した。驚くのも無理はない、一緒に生活している人間が、厳密には人間でなかったのだから。
「怖いわね……ここ」
「……そうね」
ミサトは何か言いたげに頭や首筋を掻いたが、言葉が出てこないようだった。予想を遥かに越える事実、やはりミサトには理解し難かったのだろうか。
「でも、これで良かったんだと思いますよ。赤木博士は、とても聡明ですから」
ミサトとリツコにコーヒーを出しながら、マヤが言った。
「それはそうとマヤちゃん驚いたわよ、まさかあれ演技だったなんて」
そう、ミサトを焚き付ける起爆剤として、先程マヤには演技をしてもらったのだ。その演技力は、目の前のミサトも驚くほどのもの。
「先輩のためです。それならば私は火の中水の中です!」
そう言って胸の前で拳を握りしめる彼女を見、つくづく、この後輩は可愛いものだと思うリツコなのだった。
「ところで、そろそろよね、あの子が来るの」
「そういえば……」
「実に2年ぶりかしら?あなたが向こうに行ったのは大学卒業してすぐだったものね」
「そうね~。あっという間だわ」
「そうね……」
昨日のシンジも、『ついこの間のことのよう』だと言っていた。リツコにはその言葉が、シンジの前史での辛さを象徴する一言だった気がしている。
思わずため息が漏れてしまう。前史の自分は果たして何をしてあげたのだろうか。おそらく、自分のことで精一杯だったのだろう。改めて自分自身が不甲斐なく思えてしまう。
「ん?どうかした?」
「いえ……、大したことじゃないわ。……大したことって言えば、その日確か碇ユイさんの命日だったような」
「そなの?」
☆あとがき(2019.06.06)
今回のストーリー、後々の伏線になるかもしれない……どうなるかは今後の僕次第ってね……(汗)
リツコとシンジが綾波のダミーを破壊しました。あのシーンは僕もだいぶ辛かった。だから、早い内に訣別させておきたかったわけです。お陰で後半の内容が薄い……(^^;)
ゲンドウは翻弄されまくってます。お労しや……(笑)
今日はこれからバイトです。皆様もお疲れ様でございます。
pixivでも公開しております。感想や評価等いただけると嬉しいです♪(今後の励みになりますので。笑)
さぁーて、次回はあの娘が帰ってくる!!!
ようやくだァァァァ!!!!!!(精神崩壊)
★2026.05.28 追記
現在公開中の本文は、過去に投稿しました内容を現在の制作状況に合わせて再調整したものです。
2019年当時、衝動のままに書いていた勢いを残しつつ、現在の自分が必要だと判断した部分にのみ手を入れました。
作品はまだ途中です。
ですが、終わらせるための作業を再開しています。
これまで読んでくださった方、待っていてくださった方に感謝します。
引き続き、よろしくお願いいたします。