青色の眼鏡の心   作:揚げやきとり

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第3話 炊事と洗濯は君と僕で

「ねえ、ご飯食べない?」

「これまた唐突だね」

 

 君から昼食のお誘いを頂いた。

 今は――嫁を散々いじりまくった後。これだけは覚えていた。

 

 

 

 

「何食べる?」

「何でもいい、って言ったら君は嫌がるかな?」

「嫌がるね、私は」

 

 

 君が嫌がった表情をして見せるけど、

 君は全然嫌じゃない、ってこと。

 知ってるよ、僕は。

 

 

 ――なんでだろう。自分の頭の中で考えた言葉なんだけど、

 

 『知ってるよ、僕は』

 

 って言葉にすごく、なんというか……ときめいた。

 

 僕だけが知る君の一面というか、君のことを知ってることを……その、嬉しく、きらびやかに感じた、というか……そういう存在になれたことを感謝した、というか。

 

 うーん、うまく言葉にできないぞ――

 

 

 ぐちゃぐちゃする思考をなだめつけて、返答を考える。

 

「でも、何でも食べるよ? 実際」

「そうなんだよね。そういう所がなんとも」

 

 やっぱり、君は別段(べつだん)嫌だとは思っていなかったらしい。

 その証拠に、作ったような嫌そうな顔から、ちょっと嬉しそうな顔になる君。

 

 無理に、嫌そうな顔を作らなくてもいいんだからね?

 って、言いそびれた。

 

 

 

「その『何食べる?』は、何か意見を求めた『何食べる?』だった、んだね?」

 

 

 代わりに、君の気持ちに寄り添えたから。これはこれでいいとは思うけど。

 けれど、まわりくどいことはしなくてもいいんだからね。してもいいけど。

 

 

 

「うん」

 

 素直な返事。素朴な返答に含まれた、君の子供みたいなあどけなさがのこる首肯、じつはだいすき。

 髪がふわっと揺れて、オレンジの香りが漂ってきた。

 

 

 

「じゃあ、肉じゃがが食べたい」

「具材は?」

「買ってある」

 

 僕の部屋の冷蔵庫に、整理されて仕舞ってある具材たち。ほとんどは昨日買った。

 

 お肉とかは冷蔵庫、玉ねぎとかは冷蔵庫の隣の棚にあるよ。

 って君に伝えたら、君がいい顔をして「ほほぅ?」だなんて返してくるもんだから、僕の働きも無駄じゃなかったね。

 

 ちょくちょく見せる動きが探偵を思い出させる君。ミステリーな本が最近のお気に入りなんだろうか?

 

 

 

 「さっすが。私の夫だけあるね」

 

 さっきのいい顔が見れただけでも、僕は満足だったんだけど。

 小さなあごに手を当てて、いつかテレビで見た評論家みたいなしぐさで褒めてくる君が見れて、僕はとっても報われた気がした。

 

 別段、買い物が大変だったとかじゃなく。

 別段、君の嬉しそうな顔を見た――いには見たいけど、目的はそれじゃなく。

 

 

 これまで、ずーっと積み重ねてきた頑張りがまとめて報われた、というか。

 

 

 僕は勿体ないほどの人をもらっちゃったらしい。まぁ、僕は具材を買っただけで。

 

 それで君の笑顔と、愛妻お手製肉じゃがが手に入って、美味しいごはんが食べられる、なんて。贅沢な話でいて――きっとすごい奇跡なんだろう、とおもう。

 

 

 これからも、感謝できるありったけの人に感謝することにするよ。

 

 

 

 なんて。

 

 そんな事を君に言ったら、ちょっと顔を赤らめながら、

 『その贅沢の分、好きって言え』

 だなんて言われちゃうかもだから……言ってみたい気持ちを抑えるよ、僕は。

 

 

 贅沢の分言えだなんて言われたら、僕は死ぬまで言い続けるだろうからね。

 

 

 

「肉じゃがが食べたかったから、買ってきちゃった。野菜も新鮮だよ」

 

 顔を赤らめさせられてしまった僕が理由を述べる。

 君が作ってくれた、肉じゃがが食べたかった。って、言いそびれちゃったね。

 まぁ、またいつか言えるさ。

 

 料理中、エプロン姿の時の君に言ってしまったら君はどうなってしまうんだろう。

 包丁を持っている時は避けてあげようと思った。君が痛いのはつらい。

 

 

「君、料理できたっけ?」

「ううん。全然出来ない。包丁を持ったら指がなくなっちゃうくらい、できない」

 

 僕の言葉に、汗をたらした時のような顔で君が反応する。

 雨の音がしとしとと聞こえる中で、会話は続く。

 

 

「さっすが、私の夫だね。本当、君は私がいなきゃダメなんだから」

「それ、嫁として言いたかったセリフ?」

「うん。今、とっても満足」

「そっか。じゃ、僕はそのダメな夫を演じよう」

「まけずぎらいちゃんめ」

 

「おにあい、でしょ」

「あちゃー。一本取られたね、こりゃ」

 

 額に手のひらをぱしー、っと君がする。ふんわりセーターがもふっと揺れて、間髪入れずにぴたりと止まる。僕の思考も通行止め。

 

 そんな拍子にかかとが浮いて、姿勢を崩して両手をわたわた。空気を上下にかきまぜる片腕を掴んであげると、君はバランスを取り戻した。

 ちょっと余裕の抜けた声で『さ、はじめようか』と君が。

 

 

 よきかな。

 

 

 

 ちょっとして。

 とんとんと、包丁の動く音が聞こえる。

 まな板もしっかり洗って、綺麗にしてあった。嫁のため。

 包丁もちゃんと研いであった。腕力のない嫁のため。

 使い道の分からない長い箸も買ってきていた。嫁のため。

 具材はちゃんと冷蔵の方法を八百屋さんから聞いておいた。嫁のため。

 

 その成果は報われたんだろう。

 

 

 嫁のエプロン姿。さっきの萌え袖を少しまくってたくし上げて、エプロンつけて。

 色はベージュの、丁度ミルクを半分くらい入れて、砂糖を落としたコーヒーの色。

 

 例えに砂糖は余計だったかな。まあ、ちょっと甘い方がいいよね。

 コーヒーも、恋も。

 

 作業のしやすさのためか髪を一つにまとめてゴムでしばった君。ポニーテール、すごく、すごくいいね。肩より首の長さくらい長い髪。どんぴしゃり、僕の好み。

 

 履いたスリッパが移動するたびにぺたぺたと音を立てる。こういうところ、新妻っぽくて幸せを感じるよ。

 実は熟年夫婦だったりするけど、新妻の頃の気持ちは忘れずにいたい。

 

 

 って、言葉で言えればいいんだけど、

 さっきいじりすぎた罰なのか、料理中は声を掛けてくるなって言われちゃった。

 つるの恩返しみたいだね。僕は自制が効くから声は掛けないでおくよ。

 

 

 

 代わりに、洗濯機の前に来た。

 一人で生活する部屋としては多い洗濯物。君が勝手にきて勝手に洗いにだす。

 

 おかげで僕のこの洗濯の時間は幸せだよ。ありがとね。

 ねえ、話しかけちゃだめかな?

 

 

 洗濯に行く僕の足音を聞いて、君は僕のことを考えてくれるんだろうか。

 考えなくてもいいや。ごはんを食べたら、もっと考えてくれるんだろうし、

 そんなの、気にするほど僕はしっかりしていないもんね。

 

 片思いな恋だったとして、生きていける自信はないけど。

 

 

 ベランダの扉を開けると、強い日差しのお出迎え。

 眩しいね。眼鏡に反射して視界が回復するのに時間が掛かった。

 手提げの防水バッグに入れた洗濯物が音を立ててくれれば、表現も粋な物になるけど、それはちょっと怖いかも。――なんて、表現を気にする。こりゃ職業病かな。

 

 お洗濯ってのは気持ちが良いね。

 一度始めればやる気はなくとも終わらせられるし、終わったら君も喜んでくれると思うと、とってもやる気が出るよ。凄いね、君。

 

 でも、やっぱり、ちょっと寂しい気も、したり。

 さっきまでずっと話してたのにね。ごめん。ちょっと欲深かった。

 

 

 でも、僕は――いつでも君と話していたい、なんて、思ってたり。

 それを君は知ってるから、こんな罰を与えたんだろうね。

 

 

 ちょっと、効果はばつぐんかも。

 

 

 

 雨音がぱてぱてと打つ音に変わる。

 そろそろ雨は上がるだろうか、と思った。

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