青色の眼鏡の心   作:揚げやきとり

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第4話 昼飯は照れさせ合戦

「お疲れ様」

 

 洗濯物を終えて戻ると、料理の方が大変だったろう君が言ってくれた。

 時々思う。悪いな、って。

 だから、『気にすんな!』って感じに笑い飛ばしてくれる君には救われてるんだよ。

 

 そう言ったら、君は笑ってくれるだろうか。

 そんなことが気になって仕方がないのさ、僕は。

 

 

「お疲れ様。どう? 上手にできた?」

 

 出来栄えを聞いてみる。

 君は満足そうな顔をして、細い手を腰の後ろ辺りに当てる。胸がはって息が楽になったようで、君がさらに満足そうな深呼吸をする。集中してたのかな。

 

 なにそのしぐさ。すっごく可愛いね。もっとやっていいよ。って、小声で言ったからかわからないけど、君が少し顔を染めて目線を逸らした。

 照れ隠ししてるのに、君のはなは伸びていた。てんぐみたいに。

 

 「ふふん、今日のは自信作だよ」

 

 

 さらに身体を後ろに逸らして、自慢げな顔をする君。ついでにのびを一つ。

 あぁ、とぉーーーーっても、かわいい。

 

 

「ほほう? 百点満点?」

 

 僕も照れ隠しに口を開いた。

 

「そうだね。前に読んだ料理本の絵くらい、上手くできた」

「そりゃあすごい。すごく楽しみ」

 

 前で腕を組んで、君は活気に満ちた表情を見せる。まゆがしかめられているが、この顔は自信と自慢の表情だ。怒っているわけではない。

 嫁らしい元気さが伝わってきた。嬉しい限りだ。

 

 

「そうだ、先に手を洗ってきなさいね」

 

 ポーズは変わっていないのに、一気に母親味にあふれていってしまう。

 君なら優しい自慢のお母さんになるんだろうけど、お母さんとは結婚できないから、君がお母さんでなくてよかった――のかな?

 もしもそうだったら、お父さんに嫉妬しちゃうだろうね。

 

「なんだかお母さんみたい」

「妻だもの」

 

 的を射た返答だね。

 

 

「いいね。好き」

「うが」

 

 僕も君を射れたようだけど。

 

 

 

 君が、うが、って言葉に詰まる時。

 いつも、君の頬は急に赤く染まるよね。ぶわっと真っ赤に、さ。

 

 ほら、漫画とかである、赤い斜線が横に並ぶ、みたいな感じ。本当にあるんだね。

 伝わるかな? 可愛いのは伝わるはず。

 

 

 

 

 机に観念しておいしくなった具材たちが並ぶ。

 

 

「いただきます」

 

 君が一段と大きな声で言う。

 

「いただきます。おいしい」

 

 僕が普通の声で言って、一口分を口に運ぶ。

 

 

 感想がすぐに出るのは、わざとなんかじゃないんだからね。

 ってのを、君は分かってくれてるんだろう。君がにやっと笑顔を浮かべたから。

 

 

 僕が食べるのに気を取られているすきに、君は途中で少し食べるのを止めて。

 小さな指を絡め合わせて、両ひじをついて、絡めた手にあごをつけて、小首をかしげて。

 とってもきれいな笑顔で、こんなことを言ってきた。

 

「美味しい?」

 

 

 あまりの可愛らしさに体がしびれた感じがした。

 鏡を持ってきて今の姿を見せてあげれば、君は赤面してそっぽを向いてくれるんだろうけど――だめだ。くりっと丸い目に意識が吸われていく。まず腕が動かない。

 おかげで恥ずかしいのを隠すしかなくて、俯きがちになっちゃった。

 

 何とか僕は返答する。

「うん。よく味がついてて、ご飯もおいしく感じる」

 

 

「へへ。嬉しいな。作った甲斐、あるね」

 

 今ならどの角度から君の写真を撮ってもかわいい、って気が付いた。今更だけど。

 逆モナリザだよ、嘘じゃないよ。どうしたらそんなに完璧な喜び方ができるのさ。

 

 君は、にこっ、って。そこらの人がいう天使って、こういうことを言うんだろう。

 にぱーっと癒される笑顔がまだ続く。心まで浄化されていく感じがするよ……。

 

 萌え袖セーターもポニーテールも、考えた人は天才だね。ぐっじょぶ。

 

 

 

「いい妻だよね、君」

 

「わかる。いい妻だよね。さっすが君、わかってるね」

 これは、君の照れ隠し。

 

「うん。僕はわかってる」

 これは、僕の照れ隠し。

 

 

「なんだか、何を褒めているのか分からなくなってきたんだけど?」

 これは、君の嬉しいときの感想。

 

「どうだろ。肉じゃがが美味しいって事と、君の料理姿がかわいいってことでいっぱいかな。僕は」

 これは、僕の嬉しいときの感想。

 

 

 ほほを隠すように組んだ手の後ろに隠れるけど、全然隠れてない君に猫みたいな無邪気さを感じる。さらさらはらはらと揺れる髪に視線が奪われそうになる。

 

 君はいつになく笑顔で言うよね。

 ほら、凄い良い笑顔。僕は夢でも見ているんだろうか。夢なら何度か見ていたい。

 

 

「……君、いいじゃん」

「でしょ」

 これまた僕の、照れ隠し。嬉しいときの感想でもあるんだよね。

 

 

「うん。凄く良い。理想の夫って感じがする」

 

 そっか。それは――素直に、すごくうれしい。

 ふいをつく褒め言葉に心臓がびくりとはねる。

 

 

「でも、本当に……そのしぐさ、服もあいまってすごいよ」

 

 気が付かなかったけど、僕は俯いていた顔を持ち上げてしまっていた。

 箸をにゃんこの箸置きに置いたのはまだいいけど、右手に右ほほを預けて視線を泳がすと――当然、僕の左ほほは丸見えなわけで。

 

 君が照れていたことも忘れたように笑う。にやー、にややー、と。

 

 

「ふひひ、今日は私の勝ち、ねっ!」

 

 不敵な笑いに子供みたいな雰囲気が浮かんで、さらに心臓が跳ね回る。

 もうぼくがもたない……今日の夜はにやにやし続けて眠れないかも……。

 

「うむむ、まけをみとめよう……。もえそでえぷろんにあのしぐさは反則だあ」

 

 

 しゃー! と声を上げながらガッツポーズを見せてくる君。

 心拍数の上昇が収まらず、鼻血が出てしまうのではとも考えてしまう。

 

 この素晴らしい時間に、君の元気な声がずーっと響いていた。

 

 

 

 

 そして、ときがたって。

 

「ごちそうさま」

 

 僕が先に食べ終わって、作ってくれた君にごちそうさまを言った。

 

「ご飯粒も残ってないね、えらいえらい」

 

 君が返す。また母親っぽくいうけど、僕はそんなに子供っぽくないぞ。

 ――きっと。

 

 

「おいしかった……うん、おいしかった」

 

 さっき味わった味を思い出す。よだれはたらさないぞ。

 

 

「そんなにおいしかったんだ?」

 

 君が言った。

 思い出せば浮かび上がる、料理の上手な嫁の傑作――

 

 

「ほくほくのじゃが芋のさ、たれが煮詰めてくれた、ちょっと崩れてる部分あるじゃん」

「うん、あるね」

「そこが……おいしかった」

 

 僕がそう言うと、君はさっきとは違う笑顔で笑うんだ。

 なにさ、その笑顔。もはやにやにやどころじゃない顔だけど?

 

 

「肉じゃがって肉がメインって思ってたけど、考えが変わったよ。ほくほくしてるだけだと味はしみないんだけど、肉に味がしみるくらいまで煮詰めてくれると、じゃが芋におこげみたいな美味しいところができて……」

 

 ああ、美味しかったなぁ……。本当に作ってもらってよかった。

 そんなことを考えていると、君が驚いたような顔で聞いてくる。

 

「え、そんなにおいしかったの? じゃが芋が?」

「うん。豚肉もおいしかったけどさ」

 

 ごちそうさま、と小さな声で食事を終える君。驚いた顔はそのままだ。

 エプロンがないのでセーターが汚れやすいのだけど、君はそんなことをお構いなし。

 君が机に腕を組んでつっぷせてくる。なにそれ、なにそれ、かわいい! 猫みたい!

 

 

「だからさ、ほんとに……ありがとね、作ってくれて」

 

 また照れて硬直してしまうかと思ったが――感謝の言葉が口に出てくれた。

 ありがとうの気持ちをこめて、もう一度……

 

「ごちそうさまでし――」

 

 

「――んにゃーっ! ほんとにいい夫か、キミは!」

 

 

 がばっと身を起こしこっちに人差し指を突き立ててくる君。

 失礼を案じてか指の先はこっちに向いていないけど、そんなことを考える暇を与えずに君が言う。

 

 『んにゃーっ』なんて心底可愛い声に反応する間もなかった。

 

「め、目っ! つぶる! つぶって! はい!」

「な、な」

 

 机を挟んで向こう側にいる君が言う。両手を重ねてつきだして視界をふさがれ、僕は反射的に目を閉じてしまった。

 がたんと揺れた机が気になったが、何が何だか分からなくて取り乱してしまう。

 

 周囲で足音がしたりした後、君の声が聞こえた。

 

「はいっ、ゆっくり目を開けて!」

 

 

 目を開けると、まず君の柔らかそうな肌が見えた。あまり触らせてくれない腕だ。

 視界がゆっくりと背後に倒れていく。君の手が僕の肩を押していたらしく、床に敷かれたカーペットに横になる形になった。

 

「な、何? 急に……」

 

 僕がそう言うと、君は僕の心臓あたりに頭をのせて、こっちを向いて、言う。

 

 

「ご褒美! ……ほっぺ、さわっていいことにしたげる!」

 

 

 

 

「なぁんだよお、驚いたじゃんかよー」

 

 嫁のほほをぷにぷに触りつつ、僕は言う。

 

「……こうしないと、変なごまかし方して照れ顔隠すじゃん」

 

 感触は未だ衰えない柔らかさの嫁のほほ。こうしていると、ハムスターを触っているような気持ちになっていく。

 

 

「でも、ありがとね」

 

 

 そう言うと、君は黙り込む。ちょっと不服そうに見えるけど、これで一勝一敗ってとこかな。おあいこ、だね。

 

 

 

 雨の音が消えたように響く鼓動が合わさって、オレンジの香りがあたり一面をつつむ。

 

「――しあわせー……」

 

 

 

 なぜかほほをつねられた。

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