「お疲れ様」
洗濯物を終えて戻ると、料理の方が大変だったろう君が言ってくれた。
時々思う。悪いな、って。
だから、『気にすんな!』って感じに笑い飛ばしてくれる君には救われてるんだよ。
そう言ったら、君は笑ってくれるだろうか。
そんなことが気になって仕方がないのさ、僕は。
「お疲れ様。どう? 上手にできた?」
出来栄えを聞いてみる。
君は満足そうな顔をして、細い手を腰の後ろ辺りに当てる。胸がはって息が楽になったようで、君がさらに満足そうな深呼吸をする。集中してたのかな。
なにそのしぐさ。すっごく可愛いね。もっとやっていいよ。って、小声で言ったからかわからないけど、君が少し顔を染めて目線を逸らした。
照れ隠ししてるのに、君のはなは伸びていた。てんぐみたいに。
「ふふん、今日のは自信作だよ」
さらに身体を後ろに逸らして、自慢げな顔をする君。ついでにのびを一つ。
あぁ、とぉーーーーっても、かわいい。
「ほほう? 百点満点?」
僕も照れ隠しに口を開いた。
「そうだね。前に読んだ料理本の絵くらい、上手くできた」
「そりゃあすごい。すごく楽しみ」
前で腕を組んで、君は活気に満ちた表情を見せる。まゆがしかめられているが、この顔は自信と自慢の表情だ。怒っているわけではない。
嫁らしい元気さが伝わってきた。嬉しい限りだ。
「そうだ、先に手を洗ってきなさいね」
ポーズは変わっていないのに、一気に母親味にあふれていってしまう。
君なら優しい自慢のお母さんになるんだろうけど、お母さんとは結婚できないから、君がお母さんでなくてよかった――のかな?
もしもそうだったら、お父さんに嫉妬しちゃうだろうね。
「なんだかお母さんみたい」
「妻だもの」
的を射た返答だね。
「いいね。好き」
「うが」
僕も君を射れたようだけど。
君が、うが、って言葉に詰まる時。
いつも、君の頬は急に赤く染まるよね。ぶわっと真っ赤に、さ。
ほら、漫画とかである、赤い斜線が横に並ぶ、みたいな感じ。本当にあるんだね。
伝わるかな? 可愛いのは伝わるはず。
机に観念しておいしくなった具材たちが並ぶ。
「いただきます」
君が一段と大きな声で言う。
「いただきます。おいしい」
僕が普通の声で言って、一口分を口に運ぶ。
感想がすぐに出るのは、わざとなんかじゃないんだからね。
ってのを、君は分かってくれてるんだろう。君がにやっと笑顔を浮かべたから。
僕が食べるのに気を取られているすきに、君は途中で少し食べるのを止めて。
小さな指を絡め合わせて、両ひじをついて、絡めた手にあごをつけて、小首をかしげて。
とってもきれいな笑顔で、こんなことを言ってきた。
「美味しい?」
あまりの可愛らしさに体がしびれた感じがした。
鏡を持ってきて今の姿を見せてあげれば、君は赤面してそっぽを向いてくれるんだろうけど――だめだ。くりっと丸い目に意識が吸われていく。まず腕が動かない。
おかげで恥ずかしいのを隠すしかなくて、俯きがちになっちゃった。
何とか僕は返答する。
「うん。よく味がついてて、ご飯もおいしく感じる」
「へへ。嬉しいな。作った甲斐、あるね」
今ならどの角度から君の写真を撮ってもかわいい、って気が付いた。今更だけど。
逆モナリザだよ、嘘じゃないよ。どうしたらそんなに完璧な喜び方ができるのさ。
君は、にこっ、って。そこらの人がいう天使って、こういうことを言うんだろう。
にぱーっと癒される笑顔がまだ続く。心まで浄化されていく感じがするよ……。
萌え袖セーターもポニーテールも、考えた人は天才だね。ぐっじょぶ。
「いい妻だよね、君」
「わかる。いい妻だよね。さっすが君、わかってるね」
これは、君の照れ隠し。
「うん。僕はわかってる」
これは、僕の照れ隠し。
「なんだか、何を褒めているのか分からなくなってきたんだけど?」
これは、君の嬉しいときの感想。
「どうだろ。肉じゃがが美味しいって事と、君の料理姿がかわいいってことでいっぱいかな。僕は」
これは、僕の嬉しいときの感想。
ほほを隠すように組んだ手の後ろに隠れるけど、全然隠れてない君に猫みたいな無邪気さを感じる。さらさらはらはらと揺れる髪に視線が奪われそうになる。
君はいつになく笑顔で言うよね。
ほら、凄い良い笑顔。僕は夢でも見ているんだろうか。夢なら何度か見ていたい。
「……君、いいじゃん」
「でしょ」
これまた僕の、照れ隠し。嬉しいときの感想でもあるんだよね。
「うん。凄く良い。理想の夫って感じがする」
そっか。それは――素直に、すごくうれしい。
ふいをつく褒め言葉に心臓がびくりとはねる。
「でも、本当に……そのしぐさ、服もあいまってすごいよ」
気が付かなかったけど、僕は俯いていた顔を持ち上げてしまっていた。
箸をにゃんこの箸置きに置いたのはまだいいけど、右手に右ほほを預けて視線を泳がすと――当然、僕の左ほほは丸見えなわけで。
君が照れていたことも忘れたように笑う。にやー、にややー、と。
「ふひひ、今日は私の勝ち、ねっ!」
不敵な笑いに子供みたいな雰囲気が浮かんで、さらに心臓が跳ね回る。
もうぼくがもたない……今日の夜はにやにやし続けて眠れないかも……。
「うむむ、まけをみとめよう……。もえそでえぷろんにあのしぐさは反則だあ」
しゃー! と声を上げながらガッツポーズを見せてくる君。
心拍数の上昇が収まらず、鼻血が出てしまうのではとも考えてしまう。
この素晴らしい時間に、君の元気な声がずーっと響いていた。
そして、ときがたって。
「ごちそうさま」
僕が先に食べ終わって、作ってくれた君にごちそうさまを言った。
「ご飯粒も残ってないね、えらいえらい」
君が返す。また母親っぽくいうけど、僕はそんなに子供っぽくないぞ。
――きっと。
「おいしかった……うん、おいしかった」
さっき味わった味を思い出す。よだれはたらさないぞ。
「そんなにおいしかったんだ?」
君が言った。
思い出せば浮かび上がる、料理の上手な嫁の傑作――
「ほくほくのじゃが芋のさ、たれが煮詰めてくれた、ちょっと崩れてる部分あるじゃん」
「うん、あるね」
「そこが……おいしかった」
僕がそう言うと、君はさっきとは違う笑顔で笑うんだ。
なにさ、その笑顔。もはやにやにやどころじゃない顔だけど?
「肉じゃがって肉がメインって思ってたけど、考えが変わったよ。ほくほくしてるだけだと味はしみないんだけど、肉に味がしみるくらいまで煮詰めてくれると、じゃが芋におこげみたいな美味しいところができて……」
ああ、美味しかったなぁ……。本当に作ってもらってよかった。
そんなことを考えていると、君が驚いたような顔で聞いてくる。
「え、そんなにおいしかったの? じゃが芋が?」
「うん。豚肉もおいしかったけどさ」
ごちそうさま、と小さな声で食事を終える君。驚いた顔はそのままだ。
エプロンがないのでセーターが汚れやすいのだけど、君はそんなことをお構いなし。
君が机に腕を組んでつっぷせてくる。なにそれ、なにそれ、かわいい! 猫みたい!
「だからさ、ほんとに……ありがとね、作ってくれて」
また照れて硬直してしまうかと思ったが――感謝の言葉が口に出てくれた。
ありがとうの気持ちをこめて、もう一度……
「ごちそうさまでし――」
「――んにゃーっ! ほんとにいい夫か、キミは!」
がばっと身を起こしこっちに人差し指を突き立ててくる君。
失礼を案じてか指の先はこっちに向いていないけど、そんなことを考える暇を与えずに君が言う。
『んにゃーっ』なんて心底可愛い声に反応する間もなかった。
「め、目っ! つぶる! つぶって! はい!」
「な、な」
机を挟んで向こう側にいる君が言う。両手を重ねてつきだして視界をふさがれ、僕は反射的に目を閉じてしまった。
がたんと揺れた机が気になったが、何が何だか分からなくて取り乱してしまう。
周囲で足音がしたりした後、君の声が聞こえた。
「はいっ、ゆっくり目を開けて!」
目を開けると、まず君の柔らかそうな肌が見えた。あまり触らせてくれない腕だ。
視界がゆっくりと背後に倒れていく。君の手が僕の肩を押していたらしく、床に敷かれたカーペットに横になる形になった。
「な、何? 急に……」
僕がそう言うと、君は僕の心臓あたりに頭をのせて、こっちを向いて、言う。
「ご褒美! ……ほっぺ、さわっていいことにしたげる!」
「なぁんだよお、驚いたじゃんかよー」
嫁のほほをぷにぷに触りつつ、僕は言う。
「……こうしないと、変なごまかし方して照れ顔隠すじゃん」
感触は未だ衰えない柔らかさの嫁のほほ。こうしていると、ハムスターを触っているような気持ちになっていく。
「でも、ありがとね」
そう言うと、君は黙り込む。ちょっと不服そうに見えるけど、これで一勝一敗ってとこかな。おあいこ、だね。
雨の音が消えたように響く鼓動が合わさって、オレンジの香りがあたり一面をつつむ。
「――しあわせー……」
なぜかほほをつねられた。