暁闇   作:新米提督?

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狂言

暁闇2

 

A.S.22年、10月4日────ガレニア共和国シレンク

国境の東から吹く冷たい風が、手元のタブレット形端末に砂粒を撒き散らす。秋のゲルダ半島に特有の季節風だ。ケルドニア共和国第4軍機械化師団司令、リカード・ジームス少将は息をふっと吹いて砂粒を飛ばした後、首だけを連隊長に向けた。

「出発する。全車に通達」

「了解しました」連隊長が大声で車内に命令を伝達するのを聞くともなく聞きながら、ジームス少将はもう一度、大きく息を吐いた。

 

「天気は良くなりそうにないですな」装甲車の耳障りな轟音の中で、連隊長は外を見ながら言った。本来はマナー違反とも言える行為だが、ジームス少将はそんなことを気にする性質の男ではなかったし、連隊長もそれを十分承知していた。

「晴れ上がっていたところで、逆に忌々しいだろうな」ジームス少将は呟くように答えた。「これくらいで丁度いい」

「少将がお考えになっていること、当ててみせましょうか」連隊長は早くも退屈そうに笑った。

「なんだ連隊長、もう退屈したのか」

「2年前までは自分もちゃんと戦車に乗って、前線を走り回っていたものですから」タブレット端末に目を落とす。「人の仕事の跡を、金魚の糞か何かのようについて行くのには慣れません」

「私は金魚の糞かね」ジームス少将は面白そうに言った。この連隊長はまだるっこしい言い方をしない。《上層部には嫌われるタイプだな》ぼんやりとそんなことを思った。ただ、現場組でいる限りは、その方がまだマシだろう。

「これは失礼しました」連隊長は軽く笑った。「しかし、慣れないのは事実です」

「慣れるも何も」ジームス少将はタブレットの暗い画面に反射した自分の顔を見た。深い皺が、そこかしこに刻まれている。今年で56歳────もう少しの間何も無ければ、私は大過なく第4軍機械化師団の司令を勤め上げ、後は本でも書いてゆるりと余生を送れただろうに。そうして、いずれ誕生するであろう孫を楽しみにして…。《無駄だ》ジームスは思考を断ち切った。《この国の軍人という職業を志した以上、そんな余生は待っていないのだ。今、ここが“ホンモノ”────いずれ血が流れ、死体が転がるだろう戦場────なのだからな》「あちらの損害はどうなったかね」

「国境を防備していた師団の大半は戦死あるいは降伏、3割ほどは退却していますが」連隊長は宙に視線をさまよわせた。「どのみちもう一方からの友軍に潰されるでしょう。練度はそこそこですが、平和に慣れ切ったお飾りといった具合でした」特に何の感情を混ぜるでもなく、連隊長は敵の戦力を評価してみせた。

「そうか」《本来は幸せなことだ》戦争で流れる血と硝煙の匂いを知らず、平和なままで今まで過ごしてきたのだから。《できれば、寝ぼけたまま負けてほしいところだ────どちらも損害は少なく済む》タブレット端末が雑音を発した。画面には一つの文字列が並んでいる。

『暁闇に鶴が啼く』

ジームス少将は画面を見つめ、そして窓の外の、深い雲の先の何かを見つめた。「はじまる」厳粛に呟いた。

 

 

────シレンク州中央庁舎

 

「今、この放送をお聞きになっている皆さんに、まずは感謝の気持ちを申し上げます」シレンク州副知事ヘルドゥス・アラメインに似た男はここでひとつ言葉を切った。自分がカメラのレンズを見つめていることを、カメラのレンズが自分を見つめていることで確認して、続ける。「本日、私がこの放送を行いますのは、親愛なるガレニア共和国の国民の皆さま、そしてケルドニア共和国の同胞の皆さまに、我々が行った重大な決定をお伝えする為であります。」メモに目を落とす。「本日、10月4日をもちまして、ガレニア共和国シレンク州、ザッハル州、及びウィドム州全域は、ガレニア共和国の統治より独立し、我々の本来のふるさと、ケルドニア共和国に帰属することを発表いたします。」背中を一粒、汗が伝った。「先の戦争の戦後処理において、我々はカルハジア連邦の一部として併呑されました。その後、現在のケルドニアの同胞、またガレニアの同志達の長く、苦難に満ちた水面下での独立運動、そして自然な時の流れによって、我々は民族自決の理念のもと、独立に成功したのです────引き裂かれた形で」息を継ぐ。「ケルドニア人の人口比率の高い我々三州────ここでは独立三州と呼びます────それは、本来はケルドニアの同胞と共に、同じ体制の下に、発展していくべき地域です。我々は今、再び、あるべき姿に戻ろうという、ただそれだけのことです。そこにはまた、苦難があるでしょう。ガレニアは領土の5分の3を失います。しかしその尊い犠牲こそが、数世紀に渡り戦場となり続けてきた、ゲルダ半島の最終的な平和に向けた最後のピースと言えるのです」台本のまだ半分にも達していなかった。男はあらん限りの集中力を用いて落ち着いた仕草を保ちつつ、残りの台本に従って狂言の自分の番を進めていった。

 

 

「我々の発表はこれで終わりです。ガレニア共和国の首脳が、適切かつ冷静な判断をなされるように、心より祈っております。それでは、ケルドニア、ガレニアの両国民の皆さん、良い一日を」彼はカメラの収録中を示すランプが消えるまで、銅像のようにレンズを凝視していた。

 

「お疲れ様だった」カメラの横の軍人が言った。「完璧な発表だった」

「ありがとうございます」男は答えた。「知事はどうなりましたか」

「死んだ」軍人は何を今更、といった表情で言った。「少々部下の部隊がやりすぎたようでね」

 

 

シレンク郊外────

 

「なんということだ」《野蛮人め!》シレンク州副知事ヘルドゥス・アラメインはテレビを呆然とした顔で見つめ、心の中で罵った。自分によく似た顔が、テレビで盛んに口を動かして言った内容が三州の独立だとは!《本物を軟禁してこのやり口とは、正気の沙汰でない》「なんということだ」彼はもう一度繰り返した。今や自宅の外には四方八方にケルドニアの特殊部隊がいる。電話線はもちろん、インターネット回線も切断されてしまった。

 

今アラメインが使える情報通信機器は、古ぼけたテレビと災害用のラジオ、本当にただそれだけだった。

 




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