年上彼氏と元冷徹少女   作:颯月 凛珠。

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初めまして。

タイトルの通り、もし氷川紗夜に彼氏が出来たら、どんな恋愛をするのだろうか、という妄想が多様に含まれたお話になっています。

そんな暖かそうなお話なのに、敢えて寒色のある『冷徹』を使ったかは、きっとお話を読めばわかってくると思います。

氷川紗夜の、日菜への心境の変化についても是非とも読み取ってくれましたら幸いです。


年上彼氏と元冷徹少女 前編

 ――今の私がいるのは、私以外のおかげだ。

 

 雨の中、傘を差して待ち人を待つ。雨は傘が描く弧を滑りながら、地面にポツリポツリと滴り落ちる。その音は、どこか心地良ささえ感じさせてくれる。

 

「遅いですね」

 

 左手に付けた腕時計で時間を確認して、ため息をつく。そのため息に呼応するかのように、雨混じりの冷たい秋風が私を襲う。

 

「……くしゅっ」

 

 背中に悪寒が走り、次いで抑えられなかったくしゃみの音が辺りに響く。雨で温度が下がった風は、肌寒さを感じさせるのには十分なものだった。

 

「……いつまで待たせるつもりかしら」

 

 もういっその事帰ってしまおうか――。一瞬そんな考えが私の頭を過ぎったが、誘ったのは私だし、流石にそんなことは出来ない。

 

(仕方ないわね。あの人が来るまで、音楽でも聴いていようかしら)

 

 結局、私の中で出た結論は、音楽を聴きながら待つ、というものだった。何時になっても音楽に頼ってばかりの自分に気付き、少しだけ苦笑いする。

 手提げカバンから音楽プレーヤーを取り出し、イヤホンを耳につける。曲はプレーヤーの中に入れてあるものからランダムに選曲されるように設定し、ロングスカートのポケットに仕舞う。次いで傘を肩に預け、腕組みをして静かに目を閉じる。

 

 ノイズと雨音が混ざった数秒。直後、その両方を打ち消すが如くプレーヤーから流れてきたのは、Pastel*Palettesの『もういちど ルミナス』だった。

 

(この曲……。そういえば、できてからもう三年も経つのね)

 

 声に出さず、歌詞の意味を一つ一つ読み取るように耳を澄ませる。

 

 当時の私は音楽性の違いや妹の日菜への劣等感から、あまりパスパレの曲を自分から聴く、という事をしていなかった。妹と逃げない、という約束をしていたにも関わらず無意識に逃げていたのだろう。なんて酷い姉なのだろうか。……まぁ、今はもう全くそんなことはないけれど。

 なぜなら――私は私、日菜は日菜で新しい道を見つけたから。新しい道、と言ってもギター自体は続けている。

 

 私、氷川紗夜は今年で大学二年生になった。学部は教育学部。理由は……まぁ、些細な事ね。

 日菜は日菜で、インテリ女優であったり、アイドルバンドであったりを卒無くこなし、今ではテレビで見ない日は無いのではないか、というくらいの人気を獲ていた。大学も、事務所からそれなりに近い所を選んでいて、どうやら丸山さんと同じところらしい。……丸山さん、大変ね。

 

 曲が終盤に差し掛かり日菜のギターの音がより大きく聴こえる。あの頃より上達した今の私が聴いても、才能に満ち溢れていて、何より音が楽しそうに弾んでいた。日菜自身が『実際に楽器弾いてレコーディングしたよー!』って言っていたし、正真正銘、彼女達の実力が詰まった曲だ。……一応芸能人なのだから、普通はプロの方の演奏の下、ボーカルとコーラスのみを撮る、ということはしないのかしら。

 

 最近になってからこの曲を聴いて、感動したと共に少しだけ後悔した。もし、過去の自分がもっとじっくりこの曲を聴いていたら、きっと当時の私の中の何かが変わっていただろうから。

 

 曲が終わり、静かに目を開ける。眼前には勢いが幾分か収まった雨と――

 

「遅くなってごめんな、紗夜」

 

 ――申し訳なさそうな顔で手を合わせている、私の待ち人がいた。

 

「……っ!こんにちは」

 

 いきなり彼が現れたことで、ビクッと身体を揺らしてしまったが、どうにか挨拶で紛らわす。

 

「こんにちは。ごめんな、待たせちゃって」

 

 濡れた髪をさすりながら、彼が言う。

 どうやら私の動揺はバレずに済んだようだ。もしバレてたら、からかわれるに決まってる。彼はいつも私の動揺や小さな失敗をネタに、弄んでくるのだ。その都度私は怒るのだが、『怒った紗夜も可愛い』と恥ずかしい事すら言ってくる。もう、何なのかしら……。

 

「そんなに謝らないでください。私も今来たばかりですから」

 

 肩で息をしている彼にそう告げる。本当は曲を聴く前と合わせて二十分ほど待っていたのですが。

 

「本当に?」

「本当です。それより、何故傘を差していないんですか?」

 

 すんなりと嘘をついて、今度は私が問いかける。

 

「忘れた」

「……そんなことだろうと思いました。ほら、濡れてしまいますから、とりあえず傘に入ってください。話はそれからしましょう」

 

 そう言いながら、自分の肩に預けていた傘を彼へと傾ける。所謂『相合傘』なのだが、彼とはもう幾度もしてきた行為なので、既に慣れていた。

 

「ありがとう」と言いつつ私の傘の中に入ってくる彼。私の身長では彼が屈まなければ傘に入れないので、傘を彼の手に託す。

 しかし傘に入ったからといって、その前に濡れていた部分はそのままなわけで。彼は一つ身震いをすると、鼻をすすっていた。

 

「風邪、引きますよ」

 

 ハンドバッグの中に常備しているハンドタオルを取り出して、彼の髪を拭いてあげる。

 

「何から何までありがとな、紗夜」

「い、いえ。これくらいはお礼を言われることでもありませんよ。それに、妹の他にもう一人弟ができたみたいで新鮮な気持ちになれました」

「……一応紗夜より歳上なんだけどなぁ」

「ふふっ……冗談です」

 

 悔しそうに口を尖らせる彼に笑みを向けながら、どちらともなく歩き出す。

 

「ところで、なんで遅れたんですか?」

「うっ……いきなり痛い所を……」

 

 今度は彼の肩が揺れ、その際に私の肩に少しだけ触れる。

 

「……女の子ですか?」

 

 彼に触れたことにより上がった心拍数を隠すため、わざと低い声でそう呟く。

 

「いかにも俺が過去に浮気したことある、みたいに言うのやめてくれませんかね?」

 

 このやり取りも何度か繰り返して慣れつつある。もちろん彼の事は信じてるし、ほかの女の子に誘われても彼が全て断ってることも知っている。

 

「ゼミの提出物を出し忘れてよ。教授に小言言われてたんだよ」

 

 あの教授め……と小声で恨み言を呟く。

 

「教授は悪くありません。そもそもあなたが忘れなければ小言を言われることもなかったと思いますが」

「うっ……」

 

 彼の動揺により傘が揺れ、乗っていた大量の雨粒が、光を反射して地面へと落ちる。

 

「忘れるということは仕方がないとは思いますが、メモをするなり早めに出すなりするべきですよ」

「返す言葉もございません」

 

 しょんぼりする彼の横顔を見ると、自然と頬が緩む。心が満たされていると、そう感じる。

 

 ――彼は、どうなんだろうか。

 

 ふと、そんな考えが脳裏を過る。私といて、彼は満たされているのだろうか。

 傘を持つ彼の手に、そっと自分の手を重ねる。彼の大きめな手は雨に濡れたからか、いつもより冷たかった。

 

「紗夜の手、温かいな」

 

 ――それでも、見上げた先にある彼の笑顔はいつも通り温かくて。よく、手が冷たい人は心が温かい人、と言うけれど、まさに彼はそれを体現しているかのように感じた。

 

「あ、あなたの手が冷え過ぎてたんですよ。さぁ、早くどこか休める場所にでも行きましょう」

 

 直ぐに手を離し、恐らく赤くなっているであろう頬を両の手で隠す。彼に触れていた手の方が温度が低く、火照った頬に心地良い。

 

「ところで、休める場所って言ってもどこかあるのか?」

「商店街の方に良い雰囲気のカフェがあるんです。一応、予約は取ってあるので」

「カフェの席を予約って……。紗夜らしいなぁ……」

 

 正門を出て、商店街へと続く、歩行者道と車道が分けられていない道を歩く。正直、スピードを全く落とさずに横切っていく車が多いこの通りを歩くのは、少しだけ怖かったりする。

 

「紗夜、お前はこっち」

 

 それを知っているからであろう、すぐさま彼がわたしとの位置を代わってくれた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 それに対してお礼を言う。このような少しの心遣いが、凄く嬉しい。今までずっと、自分と日菜を比べてきたせいで、心に余裕がなかったから。

 彼女と自分を比べなくなった今、その負のスペースが消え去り、新しく彼という存在がピッタリとハマりこんでいる。Roseliaでもない、あの頃の一人でもない、私だけの居場所。

 

 もし昔の自分が今の自分を見たら果たしてどう思うだろうか。変わろうとしていた私が、こんな変わり方をしていたら、彼女はどう――。

 

 雨の勢いが増し、傘に当たる度にバラバラと音を立てる。そういえば、あの秋の日もこんな感じの雨が降っていた。そして、隣には彼ではなく、日菜がいた。

 

「紗夜とどっか行こうとすると、毎回雨が降るよな」

「言わないでください、気にしてるんですから……」

 

 言葉とは裏腹に、心は少しだけ踊っていた。あの日以来、私は少しずつ雨を好きになっていた。

 雨は規則的な音を立てている割には、その大きさや落ちてくる速度は不規則で。決められた音楽の中で先走ったり、目立とうとする彼女にどこか似ている。名前とは真逆だけれど。

 

 目的地までの道のりを、雨の音を聴きながら談笑する。彼のゼミの話、ギターの話、バンドの話……。

 

「紗夜って本当にギター好きだよな」

「好きではありますけど……私にとってギターは、他人との架け橋なんです」

 

 私の返答に、彼はどこか納得したように頷いた後、イタズラっぽい笑みを浮かべる。

 

「なるほどなぁ……ちな、俺とどっちが好き?」

「な、何を言ってるんですか!!」

 

 私をからかう事に余念のない彼。私の事を玩具とでも思っているのでしょうか……?

 

「あなたのそういう所が嫌いです」

「酷くない?」

「言われて当然です」

 

 そもそも意味合いが違う好きという感情を、天秤にかけること自体間違っている。

 私は彼の事を人として好きだし、ギターのことも物として好きだ。そういう差別化をしっかりしておかないと。

 

 ……それでも、敢えて言うならば――。

 

「そんなの、比べる必要はありませんから」

 

 ――両方、同じくらい好きですから。と、口の中でそっと付け足す。

 

 以前、日菜に向かって『私にはギターしかないのよ!』と言ったことをふと思い出して、苦笑いする。彼には伝わらないけれど、私なりの彼への告白。

 

「さぁ、早く行きましょう。時間になってしまいます」

「えぇ……俺のモヤモヤが深まったんだが……?どっちなの?俺とギターどっちが上なの!?」

 

 隣でぶつくさ言っている彼の顔を見て、自然と頬が緩む。

 

 

 

 ――今の私がいるのは、私以外のおかげだ。

 これが正しい変わり方だったかどうかは、私には分からない。それでも、少なくとも『教科書』であった頃の私では無くなっているはず。

 

 傘から手を出して、雨粒を拾う。

 あと数秒もすればこの雨粒も手に浸透するか、零れ落ちるかで消えてしまう。だから、少しでも今この瞬間を大切にしたい。いつか終わってしまうかもしれない、二人だけの空間を。

 




読了お疲れ様でした。

氷川紗夜という女性は、昔から人と自分を比べてきて、自分をほとんどの場合下に見てきてしまった少女なので、きっと自分をちゃんと見て、評価してくれる方にはデレデレになってしまうのではないでしょうか?

常にストイックだった彼女は、きっと心を許して休める、安らぎの場所を提供してくれる人に恋をしてしまうのではないでしょうか?

押し付けがましいですが、少なくとも自分は氷川紗夜にはいつかちゃんとした幸せを掴んで欲しいと、そう願っています。



今回回収できなかった伏線は、後編で回収致します。

もし、もっと続きが見たいという方がいらっしゃれば、気が向いたら書き続けますので、よろしくお願いします。
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