波動実験艦武蔵 ~遥か遠き起源の惑星〜   作:朱鳥洵

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皆さんお久しぶりです!
いやはや、怒涛の2話投稿から時間が空いてしまいました。
今回は戦闘後の平穏を描く回となります。
それでは、あらすじから。

あらすじ
 1944年10月の地球、シブヤン海へと迷い込んだ武蔵。
 5度にも渡る空襲で武蔵は傷つき、近藤艦長は左腕を失ってしまう。
 エンジンが使えず遂に沈没したかに見えた武蔵はしかし、沈没する中突如息を吹き返し、撃沈されかけていた空母瑞鶴の横をすり抜けるショックカノンの光とともにワープ、惑星を離脱する。
 幻想の惑星であった昔の地球を去った武蔵に、とある座標が送られてくる。それはアケーリアスへの道を示す最後の座標であった。


第22話 「神秘への道」

 戦場を脱した武蔵は、傷ついた艦体を修理する為に道中いくつかの星に立ち寄りながらも、一路示された座標へと向かっていた。

「艦体修復率80%……上々ですね」

「そうだな」

 モニターを見つめる柑奈の背後に立つ有賀が頷く。

 艦橋の修復は完了し、落下した天板や割れた宇宙儀、破損した艦長席も今は元どおりになっている。

 天板の撤去作業中に数名が吐き気を催して医務室へ行くほどの凄惨な傷跡があった艦長席を見返し、有賀は顔を曇らせた。

「まだ気にしてるんですか?」

「まだって……あれからまだ1週間だ。艦長は……」

 

 

医務室

「鎮痛剤、もう切れたんですか?」

 当直を担当していた奈波が聞くと、近藤は苦笑いを浮かべる。

「すまないな……まだ、痛むんだ」

「美佳ちゃんから聞きましたよ。相当無理してたって。……その様子だと傷口が痛むわけじゃなさそうですね」

 近藤をちらりと見た彼女は笑顔で言うと、踵を返して棚を開けた。

「無くなった左腕が痛むんですよね。脳が無いと認識するまではまだ時間がかかりますし」

「……君は将来、いい医者になるな」

「私は医師じゃなくて看護師志望です。えーっと確か先生からのメモは……」

 手にしたメモと瓶を交互に見返して、駆け足で戻ってくる。

「これですね。一回で多く飲んだらダメですよ?」

「あはは、わかってるよ」

 ビンを持った右手を振りながら出て行く艦長の背中を見つめ、彼女は椅子に座り込む。

「……無理してる……よね」

「やっぱりそうだよね」

 不意に聞こえた声に顔を上げると、手に袋を持った美佳がそこに立っていた。

「どうしたの、美佳ちゃん」

「ん? 暇だから差し入れ。何食べる? 色々あるけど」

 袋を開けて中身を見せる。

「…………ねぇ、美佳ちゃん」

「何?」

「見える限り、この時間に食べるものじゃないと思うんだけど。ほら、カロリー的に」

「気にしたら負けだよ? いっつも食べてるし」

 その言葉に、改めて美佳の身体をまじまじと見つめてため息をつく。

「いいなぁ、太らない体質……」

「何言ってんの奈波の方が細いよ」

 言いながらフライドポテトをつまむと、そのまま奈波の口へとねじ込む。

「んぐっ……」

「最近ちゃんと食べてないの、知ってるんだからね」

「そうかな……?」

「そうだよ。ほらほら、もっと食べよ?」

 食べやすいように袋から出した彼女は、笑顔でポテトを口に運ぶ。

「美佳ちゃん、いつも通りですごいね」

「……ううん。こうしてないとさ、どうにかなっちゃいそうだから」

「どうにか?」

「うん……艦長の傷だって、ちゃんとできていればって……」

 俯いた美佳の髪を撫でて、奈波は穏やかな顔を見せた。

「あの時、美佳ちゃんは最善策をとった。だから艦長は壊死もなくああやっていられるんだよ? 兄妹だよね、本当」

「……どういうこと?」

「お兄さんもずっと自分の事責めてるって、技師長たちが話してた。そうやって自分のせいだって……本当、兄妹って似るんだね」

「それはなんか癪に障る……」

「えーなんで?」

「なんでも!」

 やけくそとばかりに雑にポテトを口に入れ、むすっとした顔で咀嚼する彼女を見ながら奈波もまた一本を口に運ぶ。

「そうしてると、ハムスターみたいでかわいいよ」

 膨らんだ頬をつつきながら微笑む彼女から、美佳はふいと顔をそらした。

 

 

観測ドーム

 機器の再起動のために薄暗いドームへと足を踏み入れた水月は、ほんのりと光を放つ赤い石を前に立ち止まる。

「……これのせい……」

「憎い?」

 背後から聞こえた声に見向きもせず、水月はケースに手をかざす。

「それはわかりません。でも一つだけ言えるのは、コレがなんなのか明かさないと武蔵は前へ進めない。だから、前に進むために」

「流石、冷静に物事を見る力があるわ」

 彼女に並んだカレンは、その紅い瞳で石を見つめる。

「それはどういう意味ですか?」

「あら、単純な褒め言葉のつもりよ。そう受け取ってもらえる?」

「……分かりました」

 再起動した機器がドームへと明かりを灯す。

「本日より観測ドームの利用を再開します。担当員はタイムテーブルに従って部署についてください。繰り返します――」

 全艦に向けて放送をかけた彼女は、小さく息を吐くと星空を見上げた。

「……ここでも、星は綺麗」

 

 

士官部屋群廊下

「ちょっと待ってくれ」

 背後から呼び止められた来島が振り返ると、こちらへと駆けてくる泰平の姿が見えた。

「なんですか」

「いや、最近のアイツの様子を知りたくて」

「……それなら私じゃなくて技師長か妹さんに聞いてください」

「でも部下からの視点で見られるのは君だけだろ?」

 歩き去ろうとした彼女の足が止まる。

「…………。私は、近くで見てはいませんから」

 肩越しに泰平を見て、来島は足早に去っていった。

「理沙ちゃん、やっぱり相当心にきてるのかな」

「見てたのか」

 振り向きもせずに口を開いた泰平の肩に、丹生が手を乗せる。

「あなたが気にしてるのは有賀くんじゃないんでしょう?」

「なんだ分かってたのか」

「あんだけちょっかい出してたら分かるって」

 彼の視界に入った丹生は、来島が走り去った通路を見つめて柔らかく拳を握る。

「わたしはさ、レーダー見て報告するだけだから……でもやっぱり、有賀くんと理沙ちゃんはそういかないんだよね」

「二人して真面目すぎるんだよ。あの規模の戦い、沈んでてもおかしくなかったんだ」

 言ってから頭をかきむしった泰平は、わざと足音を立てながら部屋へと歩き出した。

「まったく、素直じゃないんだから……」

 微笑んだ丹生は踵を返し、元来た道を戻る。

 

 

 ――それから2週間。

「わかったってどういうこと、水月?」

「そう、わかった。これの目的が」

 輝きを残す赤い石を艦長以下9名が囲む。

「本当か?」

 柑奈に合わせて疑問を口にした有賀へと頷くと、水月は石版の画像を映し出す。

「この石版に書かれていたのは、後世これを目にした人類への挑戦。その力を、その決意を、そして過去を乗り越える強さを試していた」

「試していた……俺たちを」

「そうよ」

 有賀の呟きに答えたカレンが前に出る。

「これはそのためのデバイス。ヤマトがイスカンダルへ向かった時に同乗させていたユリーシャのような役割を果たす装置なの。だからこんなに小さかった」

「……その推理に、石のサイズは関係あるのか?」

「大アリよ泰平。これまで人類が遭遇したアケーリアスの遺産はどれも惑星規模、こんな手に持てるものは無かった。そして、この石から放たれる経過を受信するのが、これを回収した惑星ミラストル」

「それは前も聞いた。その口ぶりでは、これはハナから持ち去られることを想定されたものという事だな」

「その通り、艦長。そして武蔵は試された。惑星ジルバの人々を救い、サルガッソーで危険を顧みず仲間を救い、そして過去の戦争で、『戦艦武蔵が死して終わる』という道を壊してみせた」

 我が物顔で語る彼女の言葉に眉をひそめた来島が口を開く。

「でもそれをするためには、遥か未来を予期する必要があります。テレサじゃあるまいし、無限にある未来の中からそれを探すことは……」

「ええ。でも、この武蔵に乗せられたその時からデータベースを読み取って地球の歴史を知り、敵味方の識別を読み込めばできないことはない。あのミラストルという星は宇宙に散らばった端末から情報を集めるデータステーションなのよ」

「じゃあ、ミラストル以降の武蔵の旅は全て仕組まれたものって事ですか?」

「私はそう思っているわ、柑奈。でも武蔵がサルガッソーの付近を通ったのは紛れもない偶然。本来の段取りとは違うけれどその役割を果たしたということね」

 泰平と目を合わせて首を傾げた有賀は、それで、と割り込む。

「結局のところ、俺たちに試練を与えて何がしたかったんだこれは」

「アケーリアス文明の最大の遺産へと案内するに足るか否かを判断するため、だと私は思うわ。根拠は簡単、武蔵があの地球を脱した直後に座標が表示されたからよ」

「……それだけのために、か」

 目を伏せて、床のモニターに映る地球を見つめる。

 ――ただ、そのためだけに武蔵はあれだけの犠牲を払ったのか。

「最後の試練は、自分のために戦えるかを試したんじゃないかしら」

 そんな彼の顔を見て、カレンは口を開く。

「武蔵はずっと、他の誰かのために戦っていた。でもあの時これは武蔵に、自分の身を守るための戦いを強いた」

「どうしてそんなことを……」

「大義のない戦いで、自分のエゴを押し通せるかを試したかった……とか」

 有賀の顔つきが険しくなるのを横目で見た柑奈は、少し慌てて「でも」と入る。

「これで武蔵は全部の試練を抜けて、アケーリアスを観測できるって事ですよね」

「そういう事ね。でも石版には気になる記述があって、『種まく方舟をこの宇宙へと引き出す』ってあるのよ」

「つまり、アケーリアスはこの宇宙に無いと……」

 彼女の言葉に頷くと、カレンはモニターの表示を変えた。

「ええ。指定されたこの宙域は銀河間空間で惑星はおろか小惑星すら無いわ」

「行きゃ分かるなら行った方が早い」

 笑顔の泰平に頷いたカレンは艦長へと視線を移す。

「なら行こう。長かったこの旅の、最後の場所へ」

 エンジンに火が灯る。

 ほとんどの傷を治した武蔵は、ワームホールへと突入した。

 向かうは銀河系外縁部。そんな彼らを見つめ続ける艦隊が一つ――。

 

 

 ――第22話 「神秘への道」――




ありがとうございます!
残り4話、ラストスパートです。頑張っていこうと思います。
どうか最後まで武蔵の旅を見守ってください。
それではまた次回、よろしくお願いします!

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