遂に今作も最終回です。大きなところは前回までで終わっておりますので今回はエピローグという事になります。
それではあらすじから。
あらすじ
辛くもアケーリアスを元の宇宙へと押し戻しディンギル艦隊を退けた武蔵。
しかし、地球へと帰還した有賀、柑奈そして美佳にはまだやる事があったのである。
そして近藤もまたある決意をしたのであった。
凪いだ海に白波を立てて巨艦が着水する。
ドックに入りタラップを下ろした武蔵に別れを告げたクルー達はそれぞれ帰路につく。
――その日から、1ヶ月。
「だいぶ遅くなっちまった」
「うん。でも良かった」
「本当だよお兄」
夕焼けに染められた海岸沿いの道を歩く3人の話し声が聞こえる。
有賀と柑奈の足を遮るように前へ出た美佳は、2人に笑いかける。
「あんなにガッチガチなの見たこと無かった」
「ふふっ、ホントにね」
「正座してさ、あんな……くふふっ……『お嬢さんを僕にください』だって……くっ、くくっ……!」
「おい、何がおかしい」
腹を抱えて肩を震わせる妹を睨む。
彼女はそんな兄を見上げ、大袈裟な手振りと共に演説する。
「いやいやお兄、普通に考えなよ。5年もだよ? 5年も柑奈さんと一緒にいるんだよ? 当然柑奈さんからお兄のこと聞いてないわけないじゃん」
「……?」
「つまり、そんなお兄があんなにガチガチになるまでもなくご両親は結婚を認めてたって事だよ。そうでもないと見知らぬ男のところに通わせたりしないって。ねっ?」
「ねー」
女性2人、目を合わせて笑い合う。
――なんだよ2人して。
むくれた顔で顔を逸らした有賀の目には、夕陽に飛び立つ駆逐艦が映った。
衝突防止灯を輝かせた影から海へと視線を落とした彼に、柑奈と美佳の会話が届く。
「そういえば、柑奈さんの事なんて呼べばいいんだろ……」
「美佳ちゃんの好きなように呼んでいいよ?」
「んーじゃあ……やっぱりお姉ちゃんかな。優しいお姉さんって感じ」
「そっか。私、美佳ちゃんのお姉さんなんだ」
「そうそう。これからよろしくね、お姉ちゃん」
2人並んで歩き出す彼女達の背中を見て自然と笑みが溢れる。
「お兄、置いてくよー?」
「ああ、今行く」
その2人と歩みを合わせた有賀は、新しく家族になる彼女の横顔を見つめていた。
「そういえば、引越しっていつ?」
食卓に並んだ料理に箸を伸ばしながら美佳が口を開く。
「色々あるし、来週くらいかなって。義哉さん、お部屋って……」
「部屋なら余ってるよ。好きなとこ使ってくれ」
「えっ? お兄と一緒の部屋じゃないの?」
「いや、それは柑奈が嫌だろ」
「でも多分、義哉さんのお部屋にいる時間が長いかもですよ?」
「それならそれでいいけど」
「ふぅん……」
含みのある笑顔で2人を見つめた美佳は、「じゃあ」と一つ提案する。
「結局部屋一緒にしても変わんなくない?」
「そういう問題じゃなくないか」
「違うの?」
「違う」
言い聞かせるように言い切った有賀。
それにむくれる美佳の頭を撫でて、柑奈は微笑みながら口を開く。
「でも、挨拶が遅れたのも分かってくれたし良かった……」
「それは……すまない。俺のわがままで」
「いいえ。わがままではなく、責務でした。亡くなったクルーのご家族への報告……義哉さんがやりたいと思った事ですから」
彼の横に立ち手を重ねた柑奈は、見上げる彼に笑いかける。
「義哉さんの思いは、私の思いでもあります」
「……ありがとう」
「今日から私、義哉さんの妻ですから」
少し恥じらいを込めて放たれた言葉で、部屋には少し暖かい風が吹いた気がした。
翌日。
武蔵のドームから外された赤い石について確認したいことがあると連絡が入り、柑奈、有賀、美佳は科学研究棟へと向かった。
「水月」
一室に入ると、水月が彼らの方を向く。
側にはカレンの姿もあり、彼女は何かを考えているようだった。
「どうしたの?」
「それが……これだよ」
指差した方を見ると、赤い石が粉々に砕け散っていた。
「……どうしたの、これ」
「分かんないけど……今日来てみたらこの通り」
「ひとりでに?」
「うん、そう」
破片の一つを手に取ると、柑奈は眉をひそめて次の瞬間コンピューターの方へと駆け出した。
キーボードを叩くと不明なログがあり、それを展開する。
「やっぱり……!」
古代アケーリアスの文字で表示されたその文は、なんらかの警告文であるようだった。
「警告ね」
「はい。解読すればもしかしたら……」
「このくらいならできるかも……ちょっと時間くれるかしら」
「お願いします、カレンさん」
彼女の隣から歩いて水月の元へ来た柑奈は、石のかけらを見つめる。
「あの星にとって武蔵の役目が終わったから、こうなったのかな」
「どうだろう。でもこれで、私達はまた自由に飛べる」
横目に見る親友の顔は、水月にはとても輝いて見えた。
「そうだね」
微笑んだ刹那、カレンが2人を呼ぶ。
「分かったわ! あの石が割れたのはお役御免だったからじゃない。この宇宙にアケーリアスを呼ぶ必要がなくなったから割れたのよ」
「どういう事です?」
「つまり、未来10年から20年以内にアケーリアスはまた現れるということね」
「また、現れる……」
人差し指を立てて解説するカレンとは対照的に、柑奈の視線は下を向いていた。
「それなら話が早い」
そんな彼女の肩を叩き、有賀は笑顔を見せる。
「近いうちに現れるなら、また調査でもなんでもできるし歪みも大きなものにはならないはずだ」
「気にしてたんだ、お兄」
「まあ一応な」
妹の横槍にはにかむ。
「けれど、わざわざ地球の武蔵に向かっての警告って事は……」
「その時はその時だ。なに、なんとでもなるさ」
彼の言葉に笑顔になった柑奈はそのまま頷く。
「はい、そうですね」
肩に乗せられた彼の手に手を重ね、彼女は微笑んだ。
――それから2週間。
「……退役、ですか?」
武蔵の眼前にあるドックの桟橋から艦を見ていた近藤はそこから視線を移す。
軍装に身を包んだ武蔵のクルーの前で、近藤は有賀に答えた。
「ああ、そうだ。俺は軍を降りる」
「それはどうして……」
「そろそろ潮時かと思ってな。次の世代に後を託そうかと思っただけだ」
という訳で、と近藤は有賀に近づく。
「次はお前に任せる」
「…………はいっ⁉︎」
「明日には正式に辞令が来るはずだ」
「辞令……?」
「ああ。武蔵の全指揮権をお前に任せるようにと」
「いや、そんな……自分はそんな資格ありませんので」
一緒固まった近藤は次の瞬間笑い出した。
「お前、この事気にしてるのか?」
左肩を指差して、彼は有賀の肩に手を置く。
「こんなもんかすり傷だ。それと、前回の任務で戦死したクルーの家族に会いに行ったそうだな。俺はそういうお前の真面目さを信頼している」
「それでも、自分の指揮で艦長は傷を負って、クルーを……」
「2年旅して35人の戦死は破格の少なさだ。それにお前が挨拶に行った人たちの中でお前を責めた人はいたか?」
「……いえ」
「そうだろう。誰もお前を責めたりしない。まあ、お前は真面目すぎて自分を責める傾向にあるのは事実だ。でも、お前はもう1人じゃない」
ちらりと柑奈を見て、近藤はうなずく。
「大丈夫だ。上手くやろうとしなくていい。俺がそうだったようにみんなが助けてくれるさ」
「……しかし」
「義哉さん」
反論しようとした彼を遮ったのは柑奈だった。
「みんなで乗り切りましょう。私達ずっと、そうしてきたじゃないですか」
彼女を先頭にクルー達はまっすぐに彼を見つめていた。
「分かりました」
「おう、後は任せた」
有賀の肩を叩くと、近藤は踵を返しひらひらと手を振りながら去っていった。
そんな彼の背中を敬礼で見送り、彼らは大きくそびえる武蔵の艦首を見上げる。
下半分を海水に沈め、主砲を損傷した主砲が持ち上げられているその艦は、前よりも圧力を感じた。
「不安ですか?」
有賀の隣に立った柑奈の問いに、彼は首を振る。
「いや。さっきより不安は無い」
「よかったです」
「……これから、柑奈には負担をかけるかもしれない」
「今更ですよ。大丈夫です、私はずっとそばにいますから」
そんな2人の背中を見ていた丹生と美佳は目を配ると、クルーに退出を促していた。
「アイツ、やっと気が楽になったんじゃないか」
「なんですか航海長、それはあたしが負担だったと?」
ぐいっと迫る美佳に「いやいや」と苦笑いで返すと、泰平はエレベーターの天井を見上げて続けた。
「これまではああやって、弱みを見せて頼れる人っていなかっただろ。だから」
「今回の旅はだいぶ強がってましたよね」
「妹にカッコ悪いとこ見せられないもんね」
「それはやっぱりあたしのせいじゃないです……⁉︎」
口々に言う来島と丹生の言葉に肩を落とす。
「でも美佳ちゃんがいなかったら素直にならなかったんじゃないかな……戦術長も、柑奈も」
微笑んで壁へと視線を落としていた水月の言葉に全員がうなずく。
「あーあ、わたしにもいい人いないかなー」
エレベーターが到着すると同時にそんなことを言いながら丹生は歩き出した。
「そういえば三原さん、この後何か?」
「ん、あぁ暇ならどっか行かねぇかって思ったんだけど」
「ええ、私は暇ですけど……どこに行くんですか?」
そんな会話と共に泰平と来島が離れ、その姿に丹生は頬を膨らませる。
「私だけ相手いないじゃん……」
「大丈夫です、わたしもですから」
「悲しいですよ2人とも」
丹生と水月を冷ややかな目で見て、美佳は端末へと目をやる。
「じゃ、あたしも用があるのでこれで」
「彼氏でも?」
「まさか。奈波と出かける約束してるんです」
それだけを言い残し、敬礼をして彼女は走り去った。
――この2年でだいぶ変わりましたね。
そんなことを思い、一ノ瀬もまた家路につく。
夕刻、ドックから出た有賀と柑奈は潮風と共に飛び立つ駆逐艦の光を見つめていた。
「次の任務はもしかしたら、これまでより過酷になるかもしれないな」
「それでもきっと大丈夫ですよ。武蔵なら」
笑いかけて彼と手を握る。
「きっと、私達なら……」
「ああ、そうだな」
ポケットに入れられた有賀の端末には、司令部からの辞令が届いていた。
彼らの旅路はこれからも続くだろう。
たとえこの地球がなくなったとしても、人々が探究をやめない限り。
武蔵はまた宇宙を征くだろう。
新たな謎を追い求めて――。
――第26話 「帰還。そして新たな――」――
波動実験艦武蔵〜遥か遠き起源の惑星〜
―完―
ありがとうございます。
これにて「波動実験艦武蔵〜遥か遠き起源の惑星〜」は全話終了となります。
しかし僕はこの艦の旅を終わらせる気は毛頭ありませんので、またいつしか続編を書こうと思います。
長く読んでいただきありがとうございました!