「はぁ……。香澄のやつ、やっと寝たか……。まったく、いつまで騒ぐんだっての……」
秋の夜、蔵の地下へと続く階段に座り、虫除けマットを張った蔵の扉から月を見つつ、私は呟く。そして地下にある練習スペースに視線をやれば、そこから少し見えるのは、まるで猫の耳のような髪をした少女──戸山香澄。
そもそも、こいつはいつも強引なのだ。こいつがバンド始めた時もそう。今日だって「お月見パーティをしよう!」なんて無茶振りをするのだ。毎度それに付き合う私達の身にもなって欲しい。
……まぁ、そんな日々も嫌いじゃない自分がいる辺り、もう手遅れなのかもしれない。
「……よっし。ねむてーけど、片付けでもすっか」
ぐっと背伸びを一つして、階段を下り、飲み終わったグラスや、お菓子の乗っていたお皿などを纏めつつ、寝てしまったバンドの仲間達に毛布を被せる。香澄、りみ、沙綾……。って、あれ?
「おたえのやつ、何処に行ったんだ?」
おかしい、寝ているメンバーの中におたえが居ない。確かさっき香澄が騒いでいた時にはいたと思ったのだが、何処に行ったのだろう。そう思い、蔵の外にある靴を確認するとそこには4対の靴しかない。
「はぁ……まったく。なんでこうも私に負担がかかるんだ……」
まぁ、とりあえずおたえを探しに行こう。いくらあいつが考えの読めない事をするとはいえ、勝手に自宅まで帰るというのはないだろうし、香澄が寝たのも十分くらい前なので、そう遠くには行ってない筈だ。
「あ、有咲だ。どうしたの? こんなところで?」
「はぁ……。おたえ、どっか行くならせめて一言言えよ……。探したんだぞ」
案の定、おたえはすぐ近くの公園の遊具の上に座っていた。その手にはギターを持っている事から、どうやら演奏でもしていたらしい。
こっちが探していた事を知っているのか、いないのか、いつもと変わらぬ調子でいる彼女に呆れた目で答えると、彼女はコテンと首を傾げる。
「? 私、りみにちゃんと出掛けてくるって言ったよ?」
「りみ? ……あー。そういえば寝る直前になんか言おうとしてたな……」
確かにりみが寝る直前に、モニャモニャと何か言っていたのは覚えていたが、これの事だったのか。言ってくれれば良いのにとも思ったが、寝てしまったものは仕方ないだろう。
そして、私の言葉を聞いたおたえは、ちょっと驚いた顔でこちらに振り返る。
「あれ? りみ寝ちゃったの?」
「そうだよ。まぁ、りみだけじゃなくて、沙綾と香澄もだけどな。……そんで、片付けしようとしたら、お前がいないから探しに来たんだよ」
「そっか……。悲しいすれ違いだね。うん」
「いや、お前が皆に言えば済んだ話なんだけどな……」
「……!」
「……なんだよ、その顔」
呆れてつい出てしまった言葉に、おたえは何を思ったのか、目をパチクリさせて身を乗り出すが、私にとっては嫌な予感しかしない。経験上、こういう時のおたえは十中八九突拍子のない事を言うのだ。
「有咲……もしかして、天才?」
ほらやっぱり。もうこのテンポにいちいち突っ込んでいては自分の体がもたないので、無視して話を続ける。まぁ、我慢出来ずに突っ込んでしまう事もあるが、それが私なりのおたえとの上手い付き合い方だと思っている。
「はぁ……。もういいや。で、おたえはなんでこんなところでギター弾いているんだ?」
「ん? ……ほら、あそこ」
その私の問いに、おたえは指を空のある場所に指す事で返す。その先にあるのは、煌々とした月の姿。
「月か?」
「うん。ここって月がよく見えるでしょ? だから、ここで歌えば月のうさぎにも届くかなって」
「ふーん……」
そうして再びギターを奏でるおたえを見てると、なんというか、おたえらしいと思う。
こういうロマンチストというか、ファンタジーなのは私のノリじゃないから分からないが、周りに縛られない、独特の世界を持つ人というのは少し凄いと思う。……まぁ、それに振り回されるのは勘弁だが。
「ねぇ有咲、今のどうだった?」
「ん? まぁ、いいんじゃねーの?」
「そっか。……ありがとうね、有咲。探しに来てくれて」
月明かりを背に微笑むおたえの姿は、本当に美しく、そういった趣味がないはずなのに、ついドキリとしてしまう。
「は? べ、別に大した事じゃねーよ……」
「あ、有咲。もしかして照れてる? ふふ、可愛い」
「照れてねぇ! そんで可愛いくもねぇ!」
ああもう、やっぱりおたえの考える事はよくわからない。なんでそんな恥ずかしい事をあっさり言えるのだ。
そして、それでなぜ、直ぐにまたギターを弾き始められるのだ。彼女のそういうところが本当に狡いと思う。
「あっ……」
「……どうした?」
演奏を聴いてしばらくした頃、不意におたえは上を見上げ、寂しげな声を出す。つられて同じ方向を向けば、そこにあるのは雲に覆われた月の姿。
「……ねぇ、有咲。また弾いてもいいのかな?」
「……別に、好きにすればじゃねーの? お前が届けたいなら、雲に隠れていようが届くんじゃねーの?」
──だけど、そういう所もきっと、おたえらしさであるのだろう。だから、移りゆく空と違い、彼女には変わらないで欲しいと思う。
誤解されやすい彼女ではあるが、他の誰かがなんと言おうと、少なくとも私は、そういうおたえらしさというのは嫌いではないのだから。
そんな事を考えながら、月明かりの下で行われる二人だけの演奏会。それは、しばらくしてやって来た、見回りの人に怒られるまで続いたのだった。
「有咲ってさ、もしかしてロマンチスト?」
「お前に言われたくねーよ……」