すたーびーと!
──あぁ、最高だ。
私の通う学校の体育館の壇上に作られたステージの上。閉じた瞳から聞こえてくるのは、響いてくる歓声。
それに応えるように、一つ息を吸って声のする方向へと目を開く。すると、そこにあるのは体育館いっぱいに広がる、沢山の人の姿。
その光景に圧倒されて、少しだけ気後れする。何故なら、その人達が見つめるのは、相棒である星型のギターを持ち、ステージに立っている私なのだから。
その時ふと、昔の記憶が蘇る。それは、大好きだった歌をバカにされて、自分までその好きを否定してしまっていた頃の私の記憶。
……でも、昔のように逃げたりなんかしない。だって、私をムテキにしてくれる相棒がいて。更に私の大切な友達であると同時に、かつて沈んでいた私を此処へ導いてくれた最高の仲間達が側に居てくれるから。そんな皆で紡ぐメロディを、バカになんてさせやしない。
──そんな決意とともに私は彼女達と目を合わて。そうして頷き合ってから私はマイクを持って話し始める。その最中にも、ドキドキとした胸の鼓動は、張り裂けそうな程に鳴り続け、目に映る全てがキラメキに満ちている。
そうだ、彼女達と私が出会い、ここに来るまでの道のりは、決して平坦なものなんかじゃなかった。きっと、全ての始まりは偶然だと思う。
昔の事が原因で最低な毎日送っていた私が、星に導かれた先で出会ったのは、この手に握る相棒と、私達と共に歩き、導いてくれる人。
そして、その出会いからは、きっと全てが必然。夢の蔵で見つけたメロディーに誘われ、バンドをする事になった私が始めたのは共に立つメンバー探し。その最中、このメロディーが出会わせてくれた彼女達や、起きた出来事に怯えたり、緊張したり、驚いたり、涙して悩んだりもした。
──有咲ちゃん。りみちゃん。たえちゃん。沙綾ちゃん。共に立つ彼女達を再び見る。彼女達から返ってくるのは頷きのみ。けれど私にとっては、最高のエール。
そう、だからこそ。楽しい時間も、苦しい時間も共に乗り越えて来たからこそ、今この場所に、この五人で立てる事が何よりも嬉しくて、一瞬で終わるかもしれないこの時間を大切にしたい。
さぁ、そろそろ私の語りも終わり。ここから奏でるのは、遠い過去に置いていかれた、
──さぁ! 最高の
☆☆☆☆☆
「──って、夢……?」
ピピピピ、ピピピピ。
無機質に鳴り響くちょっと大きめの電子音と、それによって無理やり開かれた視界。そこにあったのは先程まで見ていた筈のライブの景色ではなく、酷く見慣れた私の部屋の天井で。
いつもと変わらぬ朝の景色であるそれを見て、私は先程まで見ていたものは夢であったと理解し、ほんの少しの溜息を一つ零す。
「にしても、またあの夢かぁ……」
──ここ最近、あの時のライブの時の夢をよく見る。それはきっと、皆と初めて立ったあの舞台を忘れたくないから。
あぁ、どうしようか。たった今目覚めたばかりなのに、先程のあの夢の余韻が、あの熱が、今も心の中に残り続けて燻っている。
そしてその余韻はだんだんと『仮にこの重たい瞼をもう一度閉ざせば、あの夢に戻れるかもしれない』などと思わせる程に魅力的な誘惑に変わり、その誘惑は私の中に二度寝の文字を浮かばせる。
「……って、それはダメだよね。今日は練習の日だし、寝坊しちゃ有咲ちゃんに怒られちゃうもん」
だが、それはいけないと首を振って、なんとかその誘惑を打ち払う。もうすぐライブの予定があるし、練習に遅れを出す訳にはいかない。
……けど、ほんのちょっとだけ眠気覚しにギターに触れてもいいかもしれない──。
「…………えっ」
しかし、ギターへと伸ばしたその手は、ギターを手に取ることはなく、代わりに手にしたのは、未だに鳴り続けている、練習開始時間のギリギリを指し示した置き時計。
「あ、あああぁぁ……! 遅刻だぁぁ!」
そこからの行動は自分でも驚くほど素早かった。顔を洗い、手早くいつも通りに髪を整え、昨夜纏めておいた荷物と相棒を担いで、お姉ちゃん達に「行ってきます!」と言って、その返答を待たずに家を飛び出す。
「はぁっ……はぁ……。急がないと……」
あのライブから半年以上経った、高校二年目の春。いつもの私は、まだ最高には遠いようです。
☆☆☆☆☆
「……で、いきなり蔵に飛び込んで来たって訳ね。かすみん」
「……はい、そうです……」
私達の練習場所である蔵。そこに今いるのは、そこの主である有咲ちゃんと、その前で座り、項垂れる私のみ。
結論から言うと、私は間に合ったのだ。そう、間に合いはしたのだが──。
「それにしても、びっくりしたわよ。だって、練習始める一時間前に『ごめんなさいぃぃ!』なんて言いながら、かすみんが蔵に飛び込んでくるもの。しかもその原因が、昨日かすみんが遅れないようにって、あえて一時間前にセットした目覚ましに気づかなかったからって……」
「はい……。バカな私の早とちりでした……。ごめんなさい……」
「いや、誰もそこまで言ってないわよ……。てか、別に怒ってる訳でもないし」
まぁ、遅れでもしたら注意もするけど。そう言いつつ、有咲ちゃんはテーブルの上にあるノートパソコンを閉じて、私に立つように促す。
「さ、早く来ちゃったものは仕方ないし、ちょっと早いけど私達だけで練習を始めよっか」
「うん。……あ、でもいいの? さっきチラッと見えちゃったけど、ゲームしてたんじゃ?」
「あぁ、これ? 別にゲームしてたんじゃないけど……。んー……まぁ、かすみんなら見せてもいっか」
別にまだ時間あるし。そう言いつつ、有咲ちゃんはテーブルの上のノートパソコンを手に取り、私の方に向ける。その画面の中、ピョコピョコと可愛らしく動くその姿は──。
「これ……。私?」
──そう、その姿は、まるで私のような形をしていた。
その画面の中の存在に釘付けに私を見て、有咲ちゃんは少しだけ照れたように頬を染めて話し始める。
「その……さ、かすみんは覚えてる? 年末にやった映画鑑賞会の事」
年末に行った映画鑑賞会。確かクリスマスの前くらいにりみちゃんが提案したそれは、年末の練習の休みを利用して、皆で好きな映画を持ち寄り、親睦を深めつつ、それを観ながら年越ししようというもの。
その計画は、流石に年を越すのはマズイと言いつつも、そういった事を一度やってみたいと呟いた沙綾ちゃんの一言で年越しとまではいかずとも実行に移されたのだけど──。
「う、うん。覚えてるよ……。でもそれって、確かたえちゃんが……」
そして始まった鑑賞会。私が持ってきた人気の恋愛映画、りみちゃんの持ってきた戦国を駆けるニンジャ活劇、沙綾ちゃんの持ってきた温かい家族愛に満ちた物語、有咲ちゃんの某有名なSF物語。それは、途中私が恋愛映画を持って来た事でからかわれるなんて事があったものの、おおむね平和であった。……問題が起きたのは、メンバーの中である意味一番真面目で、でもちょっと不器用なたえちゃんの持ってきた映画だった。
「そう。おたえが持ってくる映画だし安心してたんだけど……」
「で、でも、見応えはあって私は良かったと思うよ……?」
たえちゃんの持ってきた映画。それはとあるバンドの結成から解散、その後のメンバーの人生を綴ったものだった。その全編を通して観れば、見応えのある映画であった。見応えはあったのだが──。
「そりゃあ、見応えのあるというのは否定しないし、むしろ認める。
──でも、なんで解散のシーンがあんなにも生々しいのよ」
「そ、それは……」
──そう、バンドの解散のシーン、その内容が生々し過ぎたのだ。
メンバー同士の三角関係。そこが原因となって起きた音楽の不和。そうして解散に至って行くその描写が余りにも生々しくて、その時の空気は筆舌に尽くしがたいものだった。
なによりの悲劇は、持ってきた本人であるたえちゃん自身も、私達と楽しもうとして、あえて内容も知らずに買ったというのだ。
「でも、たえちゃんも反省してたし……」
「いや、終わった後に土下座までされたら、ねぇ……」
「う、うん……」
そう、むしろ大変だったのはその後の事だった。土下座しながら謝り続けるたえちゃんを励ますのに苦労した。それは、あのりみちゃんですら自分の持ってきた映画をもう一度観ようとフォローを入れる程だった。
「いや、りみりんは絶対自分のやつもう一度観たかっただけでしょ……。まぁ、それは置いといて、それを観て思ったのよ。
──私達もここまでではないにしろ、いつか似たような事になるんじゃないかって」
「それは……」
──それは違うよ、なんて言えなかった。だってそれは、私も感じていた事だったから。今はこうしていられる私達。だけど、それはいつまで続くのか、明日にもバラバラになってしまわないか。──きっとその不安が、私にあの文化祭ライブの夢を見させているのかもしれない。
そしてそれは、有咲ちゃんも同じ。いや、もしかしたら私以上に悩んでいたのかもしれない。ポピパが私と有咲ちゃんの二人だけだった頃からずっと有咲ちゃんはポピパの事を考えてくれていた。それは皆知ってるし、有咲ちゃんがポピパの事を一番想っているって皆分かっている。それは、その映画の後にたえちゃんが真っ先に謝っていたのは有咲ちゃんだった事から分かる。
「だからね、何か一つでも私がポピパでいた証が欲しかった。そうやって考えるうちに作ろうと思ったのが、これ」
そう言って笑いながら有咲ちゃんはパソコンを撫でる。その泣そうになりながら笑う姿が、いつかの私に重なる。なら、私のする事は一つ。
──有咲ちゃん。そう呼びかけて、ギターをケースから取り出し構える。そして奏で、歌うのは、私の始まりと歌いたいという思いを綴った曲。それを歌い終えて、私は有咲ちゃんの手を取り、抱き寄せて指を絡める。
「有咲ちゃん」
「……なによ」
少し涙ぐんだ声がする。だけど有咲ちゃんの顔はあえて見ない。それは、有咲ちゃんは自分の弱い姿を見せたくないというのを知ってるから。
「私もね、不安だったんだ。いつかポピパがバラバラになっちゃうんじゃないかって」
「……かすみん」
「でもね、それはきっと私や有咲ちゃんだけじゃない。皆が感じているんだと思う。だから皆ポピパを終わらせたくはないって思ってる。──それは有咲ちゃんもそうでしょ?」
首元に感じる熱と、縦に首を振る感覚を感じつつ、有咲ちゃんの作りかけのゲームの画面を見る。あのライブを模したエンディングと思しきシーンの画面にあるのは『END』ではなく『To be continued』の文字。
「だからきっと大丈夫。皆がそう思ってる限り、きっと、いや、絶対に私達は立ち上がって前に進んで行けるから」
その言葉に有咲ちゃんの言葉での返答はない。けれど首元から伝わる感覚はより強くなる。
そうして暫くして『もう大丈夫』と言った有咲ちゃんの顔は涙の跡はあれど、とても晴れやかなものだった。
☆☆☆☆☆
「改めて、ありがとうね、かすみん。励ましてくれて」
その少し後、涙で濡れた顔を洗って帰って来た有咲ちゃんと、練習の準備をしながら会話する。時間は既に練習開始の二十分前、そろそろ誰か来るかもしれない。
「大丈夫だよ。私も、有咲ちゃんには沢山励ましてもらったもん。これくらい平気、平気」
その私の言葉に、有咲ちゃんは手を止めて、少し遠くを見つめる。
「どうしたの? 有咲ちゃん?」
「いや、本当にかすみんは強くなったねって」
「え? そうかな? 確かにお姉ちゃん達には、明るくなったって言われるけど……」
「うん。ポピパとしてずっといた私が言うだから間違い無し! ……だからさ、かすみんももっと自信持って良いんだよ」
「有咲ちゃん……」
その言葉に泣きそうになる私を、今度は有咲ちゃんが宥める。そんな事をしつつ、準備の終盤。有咲ちゃんがノートパソコンを片付ける時に、私はふと気になった。
「そういえば、有咲ちゃん。あのゲームはどうするの?」
「え? そりゃあ納得いくまで最後まで作るわよ。未完成のままとか絶対許さないし」
それもそうか、有咲ちゃんはゲームが好きだし、きっと妥協したくないのだろう。──それに、未完成のまま置いていかれるのは寂しいと知ってるから。
「じゃあさ、そのゲームが出来たらポピパの皆で一緒にやろうよ。有咲ちゃんのポピパへの想いが詰まったそのゲーム」
「その言い方は恥ずかしいけど……。まぁ別に良いわよ、でもいつになるか分からないからね。あくまで優先順位はバンドだし」
大丈夫、大丈夫。と言いながら、私は気付く。その事で大事なことを聞いていない。
「有咲ちゃん、今気になったんだけど、そのゲームの名前ってもう決まってるの?」
「名前? あー……、名前ねぇ。後でゆっくり考えようって思ってまだ付けてなかったのよね……。うん、どうせなら今付けようかしら。良い感じに纏まりそうだし」
──そう言ってちょっと考えた後に出された名前。それは先程有咲ちゃんに歌った曲と同じもので、だけど何故かとてもしっくりくる名前だった。