──全ての始まりは、いくつかの不幸だった。
不幸の始まりは、とある日の事。その日、花園たえは教師から頼まれて、授業で使うとある備品を、保管室のあるフロアまで運ぼうと向かっていた事だった。
「うう……。バランス悪いし、重いっす……。……いや、でも自分が頼まれた訳っすから、他の皆さんに迷惑かける訳には……」
そして、起こった一つ目の不幸。それは、その備品がいくつかの段ボールの中に入れられていた事だった。
その積まれた段ボールを見てたえは、大変だが一度に全部運べば楽ではないだろうか。そう思った彼女は、用事があり急いでいた事もあって、それを一気に運ぼうとしてしまったのだ。その結果、バランスの悪い積み方となり、階段を上るのにも苦労してしまったのだ。これが続けて起きた、二つ目の不幸。
「えっと……、確かこの階っすよね……。……よし、あと一踏ん張り」
三つ目の不幸は、彼女が曲がり角を曲がろうとした際に、バランスを崩さない事に気を使いすぎて、反対方向から向かって来た、同じように角を曲がろうとする存在に気付かなかった事であった。当然、彼女からしてみれば前は見えないので、その人物を避ける術は無く、
「きゃあ!」
「あぁっ! 大丈夫っすか!? …………よっと。すいません、センパイ。自分が前をよく見て……なく……て……」
そして、そのぶつかってしまった人物こそが最後の不幸。彼女が荷物を置き、その人物に謝罪に向かえば、そこに居たのは彼女もよく知る人物だった。
「し、白鷺……センパイ……」
「あいたた……。もう、たえちゃん? ダメよ、ちゃんと前を見て歩かないと……」
──白鷺千聖。子役として名を馳せ、今はアイドルバンド「Pastel*Palettes」として活躍している、彼女の通う学校において、その名を知らぬ者は居ないであろう程の有名人。
そんな人物と彼女が何故知り合いになったのか。それは少し前に行われた、とある合同ライブでの事だった。
いくつかのガールズバンドを集めて行われたそのライブ。それに両者の所属するバンドがそれぞれ参加していた事がきっかけとなり、以降こうして顔を見れば世間話する程度には、 お互いの距離は縮まっていた。
(びっくりしたけれど……たえちゃんはいい子だし、注意すれば分かってくれるわよね)
そう、千聖も怒っている訳ではない。短い期間ではあるが、花園たえという人物の人柄を知っているからこそ、一度言えば分かってくれる。そう思い、千聖も軽い注意だけで済まそうと思っていた。
(……あら?)
しかし、その注意に対し彼女からの返答がない。まさかとは思うが、逃げたという訳ではないだろう。ならば何故。そう思い彼女の方を見てみると──。
「た、たえちゃん……何をやってるの……?」
そこに居たのは、五体全てを地面に伏して、謝罪の意を示している花園たえの姿だった。その姿に混乱する千聖をよそに、彼女はより深く頭を下げる。
「も、申し訳ありませんでしたぁぁ!」
放課後の人の減ってきた学校。そこに、悲痛な叫び声と困惑した声が響いた。
☆☆☆☆☆
「おたえ遅いわね……。一人で良いって言ってたけど、一体いつまで掛かってるのかしら?」
放課後となり、暫く経った教室にて、市ヶ谷有咲は一人呟いた。その理由は、つい先程に教師に頼み事をされて、席を外した花園たえについて。
彼女は自身の所属する「Poppin'Party」というバンドにおいてキーボードを担当しているのだが、彼女がキーボードというものに触れたのは、彼女がバンドを初めてからであった。
だからこそ、その経験は他のメンバーに比べても少なく、それがコンプレックスになっている部分もあり少しでも練習量を増やす為、時折ではあるが、バンド全体の練習以外にも用事のないメンバーと一緒に放課後の教室などで練習を行っており、今日もそうしようとしていたのだが……。
「はぁ……。かすみんは用事で先に帰って、沙綾はまだ手伝い……。りみりんはまた学校に炊飯器持ち込んでお米を売ろうとしたら、それを氷川先輩に見つかって逃走中……。それで手の空いたおたえと練習しようと思えば、この状況……」
そういった理由から今日は二人でしようと言う話になり、たえと始めようとした練習。しかし、その練習も準備中にやって来た教師からの頼まれ事によって一時中断。直ぐに帰ってくると言って飛び出して行った件の少女は未だ帰らず、自分はここで一人きり。そんな事考えつつ、彼女は溜息を一つ。
──もう時間だし、おたえが戻ったら練習場所を蔵に変えようかしら。
続けて呟いたその言葉も、誰も居ない教室にただ響くのみ。それに続けて響く溜息が一つ。
(仕方ない。おたえを探しに行きましょうか)
そう思い、席を立とうとしたその時に扉の開く音。その音に待ち人かと思い振り向けば、そこにいたのは待ち人ではないが、彼女のよく知る人物。
「あ、有咲ちゃんだ。良かった……ポピパの子まだいた……」
「あれ、彩先輩。どうしたんですか? ここ、一年の教室ですよ?」
──丸山彩。白鷺千聖と同じく「Pastel*Palettes」に所属する、常に努力で自らの道を切り開いてきた、まさしく努力の人と呼ぶに相応わしい人物。
しかし、有咲としては、ライブで共演したとはいえ、アイドルという立場の違いがある彩とはあまり関わりの薄い人物である。そんな彩が、何故一年生の教室に、しかも自分に用とはなんだろうか。そう思い彼女に「何かあったんですか?」と問えば、返ってきたのは「とりあえず来て欲しい」とという返事だけ。
(仕方ない。おたえにチャットだけしていきましょう。……それにしても、彩先輩の用って本当に何なのかしら)
そう思いつつ、彩に着いて行き、辿り着いた場所に居たのは──。
「千聖ちゃん、有咲ちゃんが居たから来てもらったけど……。まだ落ち着いてないみたいだね」
「ええ……。有咲ちゃん、来てもらってすぐで悪いのだけれど……、たえちゃんを落ち着かせてもらって良いかしら? 私達じゃどうしようもなくて……」
「お、おたえ……。何してるのよ……?」
そこに居たのは、困ったように有咲を見る千聖と、何故か千聖の前で土下座をしている花園たえが居た。その衝撃につい震えてしまう声で有咲が問いかけると、少し額を赤くしたたえが、ここまでの経緯を説明し始める。それを適度に聞きつつ、有咲は今の状況について思考を巡らせる。
(どうしようかしら……。正直千聖先輩ってちょっと怖いのよね……。何を考えてるか分からないというか……、とにかく、状況は分かったし後は穏便に──)
「あ、ところで有咲ちゃん、たえちゃん。この後って時間あるかしら? よかったら一緒にお茶でもどう?」
──嘘でしょ。
咄嗟に出てしまいそうになったその一言をなんとか飲み込み、有咲は横に立つたえを見る。ようやく落ち着きを取り戻したその顔はその一言で、狩りの標的となったウサギのような表情に戻っている。
(……ダメね、おたえが限界そう)
「千聖先輩、おたえもちょっと疲れてますし、今日はやめにして、また今度都合のいい日に、改めてそれはやりませんか?」
千聖の目を見据える。そこに映るのは疑うような眼差し。それを見て有咲は自身の思惑を悟られている事を理解する。芸能人である千聖が、オフである日がそうそうとあるものではない。そこを有咲は狙ったのだ。無論、それは時間稼ぎに過ぎない。だが、今はたえをこの場から離す事が目的、であればこれが最善手。
そうして数瞬、千聖が口を開く。
「……そうね。ちょっと急ぎ過ぎたかもしれないわね。また今度にしましょう。都合の良い日があれば連絡して貰えるかしら?」
「ええ、分かりました。では、失礼しますね。ほら、おたえ。行くわよ」
「は、はい! ……あの、千聖先輩。本当に申し訳ないです!」
そう言って去っていく有咲とたえ。その背中を見送り、千聖は側に立つ彩に問いかける。
「……彩ちゃん」
「……な、何? 千聖ちゃん?」
「……私の顔って怖いのかしら?」
その問いの答えに困った彩が他のメンバーに相談をし、『ポピパと仲良くなろうの会』なるものができるのは、また別のお話。
ありがとうございました。これより下はアンケートになります。