煌めく星々の備忘録   作:星乃宮 未玖

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おまたせしました。


あめのひうさぎ、ゆうやけうさぎ(下)

 ──ピリリリ、ピリリリ。

 

「ふぁ……。もう朝っすか……」

 

 スマホのアラームが導いた眠りからの目覚め、それはあまり良くないものでした。自分の心を覆う雲は晴れず、未だに影を落としたまま。…………でも、何故なんすかね。

 

「なにか……なにか、夢を見ていた気が……」

 

 ──そう、夢を見ていた。遠い昔のどこか、懐かしい夢を。

 

 完全に目覚めてしまい、それがどんな内容だったかはもう思い出すことは出来ない。だが、ほんの少しだけだけど気が楽になったから、きっといい夢を見れたのだと思えてくる。

 

「……よし」

 

 そうして顔を洗い、朝食を食べてから再び相棒のギターを手に取って音を奏でる。

 なんとなくだけれど、今なら弾ける気がするのだ。だから、早く調子を戻してもっと上手くならないといけない。これ以上ポピパの皆さんの迷惑にならない為に──。

 

「……違う。これじゃ駄目っす……」

 

 でも、すぐに手が止まってしまう。それは、この演奏では違うと自分でも思ってしまうから。これでは目指す場所に伸ばした手は届かない。……否、寧ろ伸ばした手が遠ざかっているかのような錯覚までしてしまう。

 あぁ、所詮、自分はダメダメなんだって、つい思ってしまう。きっと有咲センパイ……いやポピパの皆さんが聞いたら怒るかも知らないけど、そんなダメな自分がポピパの皆さんのような優しい人に出会えただけでも奇跡に近いものなんだと思う。だからせめて、もう自分が足を引っ張らないようにと頑張っても、自分はどうしても迷惑をかけてしまっている。

 

 ──ポスリ。そんな音を立てて、ベッドに横たわる。柔らかな感覚に包まれつつ、愛用のうさぎのぬいぐるみを抱き寄せて、今日は何をしようかと考える。……こうして家でゴロゴロするのもいいかもしれないが、それはちょっと不健康な気もする。なにより、今は外の空気を吸いたいのだ。

 

「よし……」

 

 とりあえず外に出る準備をしながら、とにかく外に出たかっただけなので、何処に行きたいとかはあまり考えてなかったので、何処に行こうかと考える。

 

 例えば、本屋。友達作りの話題集めとして周りの席に聞き耳立てていた時に耳にした、クラスメイトの方が話していた最近人気の恋愛小説なんかを買ってみるのもいいかもしれない。

 

 例えば、少し前に見つけた喫茶店。少し前に見つけて、落ち着いた雰囲気とデザートが好みだったので、そこでゆっくり過ごすのもいい。……あぁ、そういえば、そこの店長の娘さんがバンドをやっているという話を聞いたので、迷惑でなければ少しお話したい。

 

 例えば、行きつけの小物屋さん。そこはよくうさぎグッズを仕入れてくれるので、もしかしたら新しい発見があるかもしれない。そういえば、そこでたまに白鷺センパイと会うことがあるのだが、今日はどうだろうか。センパイは芸能人というだけあって、色々なアイテムなどの知識を教えてくれるので、ちょっとした楽しみでもある。

 

 そうやって考えると、意外と行ってみたい場所というのはあるもので、悩んだ末に行き着いたのが、何も考えずに歩いて気になった場所へ行くという、なんとも曖昧なもの。まぁ、それはそれで楽しいのでいいのだが。

 

「ん……? あぁ、君っすか」

 

 そうして歩いている途中、肩にかかる僅かな重み。肩を見れば、そこには、青い羽を持つ一羽の鳥の姿。通学途中などでよく会うこの子は、可愛いらしい声で一鳴き。

 

 ──こんにちは。そんな内容であろう声に、こちらも挨拶を返せば、頬に感じる羽毛の感触。

 そうして暫く会話をしていると、何かを尋ねるような仕草と声をし始める。その声に耳を澄ますと、どうやら元気のない自分を心配してくれているらしい。

 

「ふふ……。ありがとうございます。でも、自分は大丈夫っすよ」

 

 その事に感謝しつつ、優しく頭を撫でると、まだ少し心配そうな声で鳴きつつも、あの子は空へと飛び去って行く。その青い体が空へと溶けるまで見送って目に付いたのは、CDショップ。

 

「…………」

 

 正直な話、入ろうか少し迷った。今の自分がそこで何かを得ることが出来るのかという不安と特に理由はない、だけれどどうしようもなく心惹きつけられる感覚に身を任せたいという衝動。

 

「……よし」

 

 そうして悩む事暫くして、今日の方針が決まった。

 

☆☆☆☆☆

 

 ──いらっしゃいませー。

 

 店員さんの声が空調の効いた空気と共に、店に入った自分を出迎える。……だがどうしようか。

 

「つい入っちゃいましたけど、何を見ましょうか……」

 

 

 いざ入ったはいいものの、いざ欲しいCDとなるとなかなか思いつかないのだ。それに、少し前に欲しかった物を買ったばかりなので、あまり余裕がないのもある。

 ……まぁ、次に買いたい物のチェックと思って色々見てみよう。

 

「ほう……。ふむふむ……。あ、パスパレの皆さんのもある」

 

 そうして見始めた店内には、最近話題のボーカロイドを使用した方々のものや、往年のアーティストのアルバム、先の白鷺センパイが所属するアイドルグループの新譜などが並んでいて、つい目移りしてしまう。

 

「ん……?」

 

 そんな時、ふと目に付いたのは少し小さめのコーナー。そこには「懐かしのバンド特集」とあって、見知った名前や、初めて見たものもあって、でもとりわけ目を惹かれたのが一つの名前。

 

「『RAZES』……?」

 

 ──RAZES。

 

 その名前を見て、自分はその名前を初めて見た筈なのに、まるでずっと前から知っているような、まるで今日これを手にする為に導かれて此処に来たようなそんな錯覚をしていまう。

 

 ──これを買わなければならない。今買わないと、きっと後悔する。

 何故だろう。胸のドキドキが止まらない。朝までの鈍った思考とは違い、熱く、加速する思考が自分の頭の中を駆け巡る。

 先程感じた、この店に誘われた時以上の衝動が、無意識のうちに自分の手をCDへと伸ばさせる。なんとなくだけど分かる、そこに自分の求めるものがある。きっとこのモヤモヤを吹き飛ばすような「なにか」が自分を待っているような気がする。

 

「あっ……」

 

「あら?」

 

 そうして伸びた手がCDに触れようとした時に重なったもう一つの手。それに慌てて、手を離してもう一つの手の主を見ると、見知った人がそこに居た。

 

「紗夜センパイ……?」

 

「花園……さん?」

 

 そこに居たのは、自分の通う学校の風紀委員でもあり、実力派バンドとしても知られる『Roselia』のメンバーの一人でもある、氷川紗夜センパイだった。

 

「どうして紗夜センパイがここに……? この人たち好きなんですか?」

 

「いえ、そういう訳では……。花園さんこそ、この方達が好きなのですか?」

 

「あっ……。自分も偶然見つけただけで……」

 

「そう……ですか……」

 

「はい……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 き、気まずい……。会えば挨拶や軽く音楽について話す事はあるけど、余り気軽に会話する方でもないし、どのような話をすればいいのだろうか。

 ……あ、そういえば、前にりみセンパイがこういう行き詰まった時の対処法を教えてくれたんだった。確か「仲良くなりたい相手がいれば、まずはその相手を自分のフィールドに引き込むべし」でしたっけ。少し怖くもあるけど、とにかくチャレンジしてみよう。香澄センパイだって何度も乗り越えて来たのだ、自分が出来なくてどうする。

 

「花園さん……? どうかしたの?」

 

「あ、あの!」

 

「っ! な、なんですか……?」

 

「一緒に喫茶店に行きませんか! 勿論自分が全てお出しするので!」

 

「え、えぇと……。そんな急に言われても……」

 

「え? ……あ、あぁ! そうですよね……すいません」

 

 ──やってしまった。紗夜センパイにも用事がある事くらい、よく考えたら当たり前だろう。緊張していたとはいえ、いきなりにも程がある。

 

 どうしよう、なんと言えばいいのか分からない。やっぱり自分はダメダメなんだ。どうして自分は──。

 そんな思いばかり駆け巡って、少しづつ視界がぼやけていく。頬を伝う熱く冷たい水は、何度拭っても止まることはなく、膝が崩れそうになる。

 

 

「花園さん!? どうしたんですか!? ……とりあえず、ここでは迷惑になりますし、付いてきて下さい!」

 

 急に泣いてしまった自分に驚いたのだろう。慌てたように自分の手を引き、周りに頭を下げる紗夜センパイに更に申し訳なさが重なって、でも、自分には俯く事しか出来なかった。

 

 

☆☆☆☆☆

 

「それで、どうしたんですか? 花園さん?」

 

 あのCD店を出て暫く、自分が行こうかと迷った喫茶店の角の席。自分の前に座る紗夜センパイが問いかけてくる。その表情は難しい顔をしていて、「あの……」だの「その……」みたいな言葉しか出てこない。

 

「はぁ……。花園さん、私は別に怒っている訳ではないので、落ち着いて下さい。ただ私は、いきなり花園さんが涙した理由を聞きたいだけですので。それに今日は練習も無いので、ゆっくりでも構いませんから」

 

「は、はい……」

 

 そう言う紗夜センパイの言葉に甘えて、少しづつ気持ちを落ち着けて話す。自分が上手く……というより、納得できる演奏ができなくなった事。そのせいでポピパのメンバーの皆さんに迷惑をかけてしまっている事。そういった事をゆっくりと吐き出す。

 ……でも、少し不思議だ。こうして話すだけなのに、気持ちが楽になってくる。或いは、そんな自分の懺悔にも近いそれを紗夜センパイは頷きながら、しっかりと聞いてくれたからなのかもしれない。

 

 そうして自分が話し終えると紗夜センパイは、話している間飲んでいたコーヒーの入ったカップを置いて「なるほど」と言い、自分にハンカチを渡ししてくれた。

 

「これをどうぞ、花園さん。まだ涙が出てますから」

 

「……すいません。こんな話を聞かせてしまって」

 

「いいえ、そんな事無いわ。真剣に困っている後輩を放っておく程薄情な人間じゃないわよ。……それに、そういった事は私もあったから」

 

「え? そうなんですか?」

 

 なんというか、少し意外だと思うと同時に納得もした。あんな綺麗な音色を奏でる人がとも思ったけど、そこに行き着くまでたくさんの努力を積み、困難を乗り越えてきたのだろう。きっと今の自分みたいな状態にも何度も陥った筈だ。

「えぇ。──花園さん、きっと貴女は理想の自分と今の自分の差で苦しんでるじゃないかしら?」

 

 その言葉に息を呑んだ。ずっとモヤモヤしていた何かが明確になったというか、欠けたパズルのピースが埋まったような感情に包まれる。漸く自分は、この苦しみの正体を知れたのだ。

 

 ──ならば知りたい。紗夜センパイがどのようにして、この苦しみを乗り越えて来たのかを。それを知れば、自分の求める答えが分かる。

 

「な、なら……。教えてもらえませんか? 自分がどうしたらいいのかを……!」

 

「えぇ。……花園さん、貴女がギター……いいえ、音楽を始めたきっかけを思い出せる?」

 

「え? きっかけ……ですか? なにかこう、効率的な練習等ではなく?」

 

「えぇ。そんな時に無理に練習しても逆効果よ。……それで思い出せるかしら?」

 

「音楽を始めたきっかけですか……。はい、もちろん思い出せます」

 

 ──自分が音楽を始めたきっかけ。それなら今でも思い出せる。今は遠い幼い頃に出会った「神」との思い出は、今も自分の中にあり続けているから。

 

「そう……。なら大丈夫よ、花園さん。そのきっかけを大切に持ち続けている限り、貴女はきっと前に進めると思うわ」

 

「そう……ですか? でももし、それでもダメだったら──」

 

 それは、不安から出てしまった咄嗟の言葉。だって、それでダメだったら自分のきっかけは、「神」との思い出はどうなってしまうのか。

 その恐怖で言いそうになったその言葉の続きを、紗夜センパイは人差し指を立て、自分の口元に寄せることでせき止めさせる。

 

「それ以上はいけないわよ、花園さん。そう思うのは仕方のない事かも知れない。でも、そう思ってしまえば、もう前に進めないもの。

 ……それに、それでもしもダメなら、そこはもう私じゃなくて、貴女のバンドの他のメンバーに相談するべきよ」

 

「相談……ですか?」

 

 相談する。それは、自分がしようと思っても結局出来なかった事。だって、相談したらポピパの皆さんに失望されるかもしれない。その不安が自分の心を縛りつけていたから。

 そんな事を思う自分を、紗夜センパイは鋭い目で見つめてくる。でも、そこに怒りといったものはなく、まるで自分を見透かすような、そんな瞳。

 

「えぇ。強く絆を結んだのなら、どんな些細な事でも力になってくれる……きっと、仲間とはそういうものでしょう? ……それとも、貴女達『Poppin'Party』の他のメンバーはそこまで薄情なのかしら?」

 

「っ! そんなこと……そんなことありません! 『Poppin'Party』の皆さんはとても優しくて、尊敬できる人達です! いくら紗夜センパイでもポピパの皆さんの事を悪く言わないでください!」

 

 その紗夜センパイの言葉につい頭にきてしまい、テーブルに手をついて声を荒げてしまう。でも、どうしても『Poppin'Party』の皆さんの事を悪く言われるのが、いくら相談に乗ってくれた紗夜センパイでも許せなかった。

 

「……そう。安心したわ」

 

 でも、そんな自分の言葉に、紗夜センパイは何故か穏やかな笑みを浮かべ、優しく自分の頭を撫でる事で返してきました。

 

 そうして自分の髪を崩さないように触れられる優しい感触に戸惑う自分に、紗夜センパイは再び口を開いた。

 

「そうやって自信持って言えるなら、きっと大丈夫よ。……それと、最後に一つだけ。こんな時、仲間同士でぶつかりあったりするかも知れない。でも、そこで焦らず、貴女達のペースで進む事。それがきっと一番大事な事だと思うわ。……分かったかしら?」

 

 紗夜センパイは自分の頭から手を離し、そう言って微笑む。

 そうか。紗夜センパイは、いや『Roselia』は、そうやって乗り越えてきたんだ。紗夜センパイの顔を見れば分かる。そこには強い絆があるんだ。

 

 ──でも、絆なら自分達も負けてなんかない。例え実力は遠くとも、自分達が出会い、育んできたこの音楽()だけは、誰にも負けるつもりはない。

 

「……何か、掴めたかしら?」

 

「はい! ありがとうございました! 紗夜センパイ! ……それと、ご迷惑おけてしてすいません。何か今度自分に手伝える事があればなんでも言って下さい!」

 

「……さっきも言ったけど、別にいいわ。……ああ、でもそうね、一つだけお願いしてもいいかしら?」

 

「はい! なんでしょうか!」

 

 そう言った自分に、紗夜センパイが手渡してきたのは一つのCD。なんだろうと受け取って見れば、それは先程自分が手を伸ばしていた物だった。

 

「あの……。紗夜センパイ、これは……?」

 

「……これは恥ずかしい話なのですが。このCD、買ったはいいものの、家に既にあるのを思い出しまして、花園さんが欲しそうにしていたので、よければと思いまして……」

 

 ──あぁ、それはきっと嘘だろう。だって、自分の手を引いてCD店を出る間際、紗夜センパイがこれを買っているのを視界がぼやけながらも見たのだ。でも、それを突っ込んでしまえば、それは紗夜センパイの心遣いを無下にすることになる。なら、ここで返す答えは礼以外にない。

 

「ありがとうございます……! あっ、でもお代は……」

 

「私が間違って買ってしまったものですし、別にいいですよ。……でも、そうね。そこまでお礼がしたいのなら、今度のライブ、貴女らしいギターを聞かせてもらえるかしら?」

 

「自分らしいギター……ですか?」

 

「えぇ、今回の事で貴女が掴んだもの、それを次のライブで見せてくれれば、私はそれで満足よ」

 

「は、はい……」

 

 ──それじゃあ、楽しみにしているわ。用事があるから、私はもう行くけど、頑張ってね、花園さん。

 

 そう言って、最後に自分の肩に手を置いて、紗夜センパイは店を出て行く。その感触にしばらく浸り、自分も出ようと思った時、伝票が無いのに気づく。店員さんに聞けば、紗夜センパイがもうすでに支払っているとのこと。

 

 「あぁ、やっぱり敵わないなぁ」

 

 ──よし、次の自分の目標が決まった。今度は少しでも、紗夜センパイのこの優しさに報いれるようになろう。その為には、自分のきっかけをもっと大切にしよう。

 

 夕暮れの近づいた空。そこに、自分は小さく誓いを立てるのでした。

 

☆☆☆☆☆

 

 夕暮れの街を、少女は歩く。ほんの少し俯いた視線の先の手に握るのは、とあるバンドのCD。それの曲名等を見ながら、少女は曲がり角に差し掛かる。

 

「あいたっ」

 

「っ……おっと」

 

 いざ曲がろうとしたその時に、少女の身体に掛かる衝撃。どうやら、誰かとぶつかってしまったらしい。尻餅をつきながら見上げた視線の先にあるのは、逆光で顔のよく見えないものの、少しくたびれたスーツを着た、少し老いた男性。

 

「すまねぇな、嬢ちゃん。前を見てなかった。大丈夫かい?」

 

「……? いえ、自分も前を見てなかったので……。すいません」

 

 その男性の声に少女は少し引っかかる。遠く、何処かで聞いたような、違和感を抱きつつ、少女は差し伸ばされた男性の手を取ろうとした時、男性の視線が別の所にあるのに気づく。その視線の先には、少女がぶつかった際に落としたCD。

 

「あの……?」

 

 その姿を不思議に思った少女が声をかければ、男性は慌てたように謝りつつ、少女を立ち上がらせる。そして、落としたCDを拾い上げると、それをほんの少し懐かしげに、けれど悲しそうに少しの間見つめて、少女に手渡す。

 

「ほらよ、嬢ちゃん。良かったな、傷は無いみたいだぜ。……って、ぶつかった俺が言うのも可笑しいか。改めて悪かったな」

 

「あ、ありがとうございます……。って、それはいいんですが……。あの、オジサンはどうしてそんな悲しそうな顔を?」

 

 それを彼女が聞いたのは、ただの好奇心だった。だが、まるで誰かが死んでしまったかような顔をしていた男性は、その問いに対し、顔に笑みを浮かべる事で返す。

 

「いや……なんでもないさ。ただ、この世界で一番だって思ってたバンドがこれでな。それが解散しちまった時の事を思い出しただけさ」

 

「解散……ですか……」

 

「なんだ、知らなかったのかい。嬢ちゃん」

 

「は、はい。今日初めて手に入れたので……。そういったのは全然」

 

 少女の言葉に意外そうな顔をした男性は、二、三度「そうか……」と呟き、口を開く。

 

「なら、これはおススメだぜ。なんたって、俺が思う最高のギタリストのCDだからな」

 

「へぇ、そうなんですか?」

 

 そう少女が問うと、男性は嬉しそうにそのギタリストの魅力を語り始める。

 弾き方がどうとか、ライブでのハプォーマンスについて、果ては人柄など、まるで実際に見てきたかのように語る男性に、少女は少し疑問を抱きつつも、不思議な懐かしさから、相槌を打ちつつ男性の話に耳を傾けていた。

 

 そうして少しの時間が過ぎた頃、男の電話から着信音が鳴る。「悪い」そう一言告げ、少し離れた場所で電話に出た男性は、話を終えると彼女の元へ戻り、手を合わせる。

 

「すまねぇ。人と会う約束してるのすっかり忘れちまってた。ありがとうな、オジサンの昔話に付き合ってくれて」

 

「いえ、とても為になる話を聞けて楽しかったっす。ありがとうございました」

 

「はは、そう言って貰えるとありがたいな。……それじゃあ、オジサンはここで」

 

 ──じゃあな、坊主。俺たちの夢、撃ち抜いてくれてありがとうよ。

 

 お互いが歩き始めた瞬間。最後に言い残した男性の言葉に、少女は足を止めて振り返る。だって、少女を「坊主」と呼ぶのは、ずっと自身がもう一度会いたいと、そう思っていた人物以外いないのだから。

 

「待って──」

 

 しかし、振り向いた先にあるのは雑踏のみで、先程までのくたびれたスーツの姿はもう見えなくなっていた。

 

 ──漸く会う事が出来たのに。もっと、もっとあの人と話したかった。

 

 「……ん?」

 

 そうしてまた俯いた視線の先にあるのは、先程と同じCD。しかし、一つだけ違うのが、ジャケットの裏面に貼られた一枚のメモ。

 

「ふふ……。不器用すぎますよ」

 

 それを読み、少女はまったく不器用な人だと笑い、再び歩き始める。夕暮れが過ぎ、星の出始めた空の下。その姿はもう、俯いてなどはいなかった。

 

☆☆☆☆☆

 

 その日の夜。少女は自身の「きっかけ」の場所でギターを鳴らし、夢を撃ち抜く歌を歌う。

 

 天には輝く星々が見守り、風は少女の歌声を、遠い何処に届けるように優しく運んでいうのだった。

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