とある日の質屋「流星堂」。そこの一人娘である市ヶ谷有咲はその日、自身の所属するバンドの練習もなく、暇を持て余していたので自宅であるこの店の店番の手伝いをしていた。
「……」
カウンターに肘をつき、飼い猫兼この店の二匹のマスコットの片割れであるザンジと戯れる有咲。猫じゃらしを揺らす彼女の視線の向こうにあるのは、つい先ほど訪れた珍客達の姿。
「ねえ見てりんりん! こっちにこんなのもあったよ!」
「あこちゃん……見て……。こっちにも……こんなのが」
丸いピンクの星の戦士のソフトを手に持ち、連れ立った少女に手招きする紫色の髪の少女──宇田川あこ。その呼びかけに答えつつ、自身の手に持った赤い帽子の土管を進む配管工のソフトの方に手招きする黒髪の少女──白金燐子。
「はぇー……」
様々なレトロゲームに目を輝かせる二人というのは、「Rselia」に厳格なイメージがあった有咲にとっては少し意外なもので。いや、あこについては何となくわからなくもないが、燐子についてはゲームというより本を読むイメージが強かったので特に意外だった。
(あー……でもMCとかで仲良さそうだったし、白金先輩も案外そういうところもあるのかも……って私は何を考察しているのかしら)
「ねえ、有咲さん! 少しいいですか?」
「え? ああ、うん。どうしたの?」
ボーっとあこと燐子の関係について考えていた有咲は、近づいてきたあこの声に驚きつつも笑顔で返す。あこはその様子に不審がりつつも、その手のレトロゲームを持ちながら、有咲に問いかける。
「あの、ここにあるゲームってどれくらいあるんですか? あこ、ゲームショップ以外でこんなにレトロゲーム見つけたの初めてで……」
あぁ、なるほど。有咲はあこの問いに納得する。確かに他の質屋にゲームも置いてないこともないが、ここまでのものはあまりないだろう。それに、ここまでゲームがあるのも、ここに置かれているものは本来は有咲の私物であり、それをキーボード購入資金のために置いていたのだ。
「えっと……。ちょっと待っててね……」
(さて、あとどれくらい残ってたかしら……。確かあの人が買ってくれたの以外だと倉庫にもあるから……)
以前親切なオニーサンに購入されたものを除きつつ、指折りしながら数を考える有咲。その有咲の様子を見ながらあこと燐子は小声で話す。
「有咲さん……すごい考えてる」
「うん……あこちゃん、そっとしといてあげよう?」
そうして有咲が考えることしばらく。おおよその数をまとめた有咲は二人の待つ場所に向かう。
「おまたせ、待たせちゃった? ……はい、これが今店に並んでる分」
「いいえ…こちらこそご迷惑を……」
「別に大丈夫ですよ。それで、ここにあるゲーム以外にもまだ倉庫にあるけど……見てみる?」
「いいんですか!?」
「うん。私も丁度倉庫から品出しするところだったし、そのついでよ。……それじゃあザンジ、店番よろしくね」
そうして有咲が示した数。その数に燐子とあこの目の輝きが一層強くなり、共に頷く。その自身の予想通りな反応に、同類を見つけた自分の顔が少しにやにやしそうになるのを抑えつつ、彼女達は倉庫へと足を進める。
──にゃあ。
この店の頼れる店番は、彼女の言葉に応えるように一声あげ、去りゆくその背を見えなくなるまで見届けていた。
「……はい、着きました。わかってると思いますけど、ここにあるのも売り物なので気を付けて触ってくださいね」
「うわぁ……」
「すごい……」
そうしてたどり着いたのは、いつも有咲たちの使う蔵の近くの倉庫。様々な物ひしめき合うそこの一角に置かれたゲーム機のハードの数々に二人は目を輝かせ、感嘆の声を漏らす。
(……二人とも、目がキラキラしてるわね。そういうところあるあたり、やっぱりゲーマーっぽいわ……)
そうしてゲーム機を眺め始める二人を傍目に、有咲は店頭に出す予定の手近にあったスーパーでファミリーなコンピュータを手にして、二人が来店してからずっと気になっていたことを問いかける。
「そういえば、二人はどうしてここの事を知ったんですか?」
「え? どこで……ですか?」
「はい。正直な話、わざわざうちに来るのって特別な事情を持った人が多めですし。だからどうして知ったのか気なって」
「あぁ、そう言われれば確かに! ……どうしようりんりん。これ、言っちゃっても大丈夫かな……」
「うん。多分大丈夫だと思うよ。市ヶ谷さんも多分その辺りの事情には詳しいだろうし……」
それはある意味当然ともいえる有咲の問いかけ。それに二人が話し合うのを見て、有咲はもしかしたら聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれないと思い、別に答えにくいなら答えなくてもいいと言うが、二人はそうではないと言い、ゆっくりではあるが話し始める。
『レトロゲーム……ですか?』
それは二人が流星堂に訪れる数日前のこと。バンドの練習も終わり、自宅に帰った二人は共通の趣味であるオンラインゲームにログインしていた。そうしてゲーム内で合流し、暫くデイリークエストや必要武器の素材集めを周回していた二人は、フレンド欄に最近ログインのなかったフレンドがログインしているのに気付いた。
その人とはオフ会で会う程度には仲の良いフレンドであったこともあり、すぐにチャットで連絡をして久しぶりだと声をかけ、ログインの減った理由を聞いてみた返答がこれだった。
『あぁ、偶然行った店でね。まさか質屋にあそこまで掘り出し物があるとは思わなかったよ……。それで懐かしくてやりこんじゃってね……』
『へぇ……。あこ、レトロゲーってあまりやったことがないんですよね……。古くてもDSくらいしか……』
『そっか……。DSか……もうあれも古いに入るのか。そっか……』
『あっ……。と、とりあえずクエスト行きますか……?』
そうしてチャットの文面からも分かる程に気落ちした様子のそのフレンドと気分転換にクエストに行った二人。
しかし、あこはどうしてもフレンドの言うレトロゲーが気になり、なかなかクエストに集中できずに、スキルの誤爆を三回を超えた辺りでフレンドからチャットが飛んできた。
『あこ姫さん、大丈夫ですか。少しスキル誤爆多い気がするので……』
『あこちゃん……大丈夫?』
『ごめんなさい……。ちょっとさっきの話が気になって……』
『あぁ、なるほど……。どうしますRINRINさん。私は大丈夫ですけど……』
『ごめんなさい……。私も大丈夫です。すいません、付き合ってもらっているのに』
『大丈夫だよ。それじゃあまずは──』
「……それで、その人の話に出て来たのがここだったと」
「はい……。突然すいませんでした。」
「いや、それは別に構わないですけど……。いやぁ……。まさか白金先輩がオンラインゲームとはねぇ。それは予想外だったわ」
時間にして十五分程度続いたその話。それを聞き終えた有咲はふとため息を漏らす。正直なところ、彼女は二人がゲーマーだとは感じていたものの、それはあくまでオフラインでのゲーム、あるいはソーシャルゲームの類かと思っていたので、二人のプレイするゲームがまさかMMORPGだとは思わなかった。
「そ、そんなに意外……ですか……?」
「あ、いえ! 別にそういう訳じゃないんですけど……。なんというか、そういったものより本とか読んでるイメージがあって……」
「あぁ……。確かに家や学校では本を読むことが多いので……。あまり間違いでは……。なんというか……すいません……」
「いえいえ! 白金先輩が謝る事じゃないのでやめてください! むしろこちらが申し訳ないというか……」
その有咲の様子に燐子は謝罪するが、燐子の雰囲気のせいか逆に申し訳なくなってしまった有咲は手を振って謝罪を止めさせ、一息入れようと壁に掛けられた時計を見やる。そうして見上げた視線の先のチクタクと無機質な音を奏でるそれは、もうすでに十五時に差し掛かろうとしていた。
「って、もうこんな時間ですか……。どうですか、お茶をお出ししましょうか?」
「えっ……。でも流石に……迷惑では……」
「全然大丈夫ですよ! お二人はお客さんですし。それに、変なことを言ってしまったお詫びといいますか……」
「そんな……。こちらも全然気にしてないのに……。でも、そういう事でしたら……いいよね、あこちゃん。…………あこちゃん?」
暫く続いた二人の遠慮のぶつかり合い。その果てに根負けした燐子はかあに声を掛けるが、あこは置かれたいくつかのゲームを見るのに集中していたのか、もう一度声をかけられて漸く気づく。
「ん? どうしたのりんりん。」
「あのね……市ヶ谷さんがお茶出してくれるって……。だから呼んだんだけど……」
「あっ、ごめんりんりん、有咲さん……。ちょっと見るのに集中しちゃってて」
「ううん……大丈夫……。お父さんにいっぱいお話したいもんね……」
「あぁ、うん。私もいいけど……」
(お父さん? そういえばなんでうちに来たかは聞いたけど、宇田川さんがなんでレトロゲーに興味を持ったのかは知らないのよねぇ。ま、聞けたら聞けばいいかしら)
あこの口から出た「お父さん」というワード。有咲はそれが気になったが、先に一息つこうと客室と向かった。
燐子と手にゲームを抱えたあこの二人が帰宅し、閉店した後の流星堂。有咲はリビングから聞こえる祖母の夕飯の支度の音を聞きつつ、溜息を漏らしながらカウンターの上に陣取るザンジに触れる。そうして思い出すのは、あこから聞いたゲームを探しに来た理由。
──あこ曰く。幼い頃に彼女は父のやっているゲームを見ていたらしい。しかし、最近になり彼女の父が久々にプレイしようとしたところ、いつかの大掃除か何かで紛失してしまったらしい。
そのせいか元気のない父に誕生日にサプライズで送りたかったのだという。
(それにしても"お父さん"かぁ……)
あこの話を振り返りながら、有咲はふと思う。
──もしも。もしも父がまだ生きていたのなら、今はどんな風に生きていたのか。
寂しさにも似た感情を抱きながら、有咲はそんな「もしも」の未来予想をする。
──もしも父が生きていたなら、休みの日は一緒にゲームをしていたのかもしれない。
──もしも父が生きていたなら、今もライブで父のギターを弾く姿を見ていたのかもしれない。
──もしも父が生きていたなら。いつか語っていた宇宙一熱いロック・フェスティバルを開催していたのかもかもしれない。
(……でも、違う。だって、そんな「もしも」の世界なら──)
思い浮かんだ「もしも」の数々。それを有咲は打ち払う。きっとその世界はその世界で幸せなのだろう。だけどその世界では、この世界にあるモノがありはしない。
──だってそんな世界なら。あの下を向いていた未来の星のカリスマに出会う事なんてきっと無かった筈だから。
思い返すのは運命の始まった日。父の命日に飾っていた
それらは全て「もしも」じゃない過去が積み重なった結果で。だからこそ自分達は「今」を生きて行くのだと。それに、父はきっと見守ってくれていると、有咲は信じている。
「……よしっ!」
リビングの方から聞こえる祖母の声に返事を返し、有咲はパチンと自ら手を叩きカウンターから立ち上がる。リビングへと向かう途中に口ずさむのは、父の遺したメロディ。
──ほら、いつだって夢の鼓動はすぐそこに。