煌めく星々の備忘録   作:星乃宮 未玖

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お久しぶりです。なんやかんやで生きています。


星のない夜。太陽と月は歌う。

 八月が足音が近づいてきた七月中旬の日の夜。私、市ヶ谷有咲は自宅の蔵の中のソファでとある人物を待っていた。蔵には現在、私と飼い猫二匹しかおらず、カチカチと小さく時計の針が刻まれる音だけが響くだけ。けれどその音がよりこの蔵の静けさを強調している気がした。時計を見れば時刻は20時54分、約束の時間まであと少し。

 

「……それにしても静かね。さっきはあんなに騒がしかったのに」

 

 そうして静かに過ぎていく時間の中で、私はそう言葉を吐き出し蔵の中を見渡す。そこに置かれているのは私のキーボードと待ち人のドラムの他にいくつかのアンプだけで、数時間前の騒がしさなんてものは欠片もなく、ただ機材たちが私を見返すばかり。そして私は瞳を閉じてその数時間前の騒がしさに思いを馳せる。

 

──そう考えると、私は随分とあの子たちの騒がしさに馴染んだものね。

 一年近くまでは閉じられた私の城だったこの蔵。それが今では楽器にパーティーサイズのお菓子に勝手に積まれた忍者雑誌が置かれ、様々な色に染まっていた。

 まぁ、雑誌は後で縛ってあのおバカに返却するとして、ここがこんなに騒がしくなるとはかすみんを招いた当時の私も思わなかっただろう。けれど、どこか心地よさを覚える空間の中で膝やソファに乗っている飼い猫たちと戯れながら時間を過ごし、ちらりと時計を見やると時刻は既に21時を過ぎており、待ち人との約束の時間を過ぎ去っていた。

 

「……今日は無理かしらね」

 

 そのことを確認した私の口から漏れたのは、小さな溜息とそんな言葉で。諦めた言葉の反面、心の隅でどこか寂しさにも似た感情を感じながらも、時間だからと仕方ないと割り切り母屋の方に戻ろうかと思い待つのを諦めて部屋の電気を消そうとした私を引き留めたのは、我が家の飼い猫のザンジとバルだった。

 

「……ザンジ? それにバルも。どうしたの?」

 

 電気を消すために立ち上がろうとした矢先、私の進路塞ぐように立ちはだかり動かなくなった愛猫たちに声を掛けても聞こえてきたのは沈黙とうなり声だけで。無理やりどかすわけにもいかず困り果てた私の耳に届いたのは、蔵の扉を叩く音だった。

 

「わっ、はーい! ちょっと待ってー!」

 

 ようやくどういてくれた愛猫二匹の脇を通り、私は蔵の扉を開くと、そこにいたのは薄い桃色のかかった茶髪をした待ち人たる少女──山吹沙綾が息を切らせてそこに立っていた。彼女は急いで走ってきたのか、頬に汗を滴らせながら膝に手を当てて私を見上げながら問いかけてきた。

 

「ご、ごめん。遅れちゃった……。時間、セーフ?」

 

「いや、そこはまぁいいけど……。大丈夫?」

 

 大丈夫、大丈夫。家の手伝いで鍛えてるから。なんてことを言う彼女にタオルを渡そうとタンスを開きながらふと私は考える。思えば、私は出会った時から目の前の彼女に対して軽い苦手意識のようなものを持っていた気がすると。

 

「わっ。ごめんね市ヶ谷さん、明日洗って返すから……!」

 

「ん、いいわよ。別に無理しなくても、また来れる時で。あんたも忙しいでしょ?」

 

 タオルで顔を拭きながら、ありがとうとこちらに笑顔を向ける彼女。その笑顔はとても朗らかで、太陽のように明るいそれが、私の心を波立たせる。

 多分、それが苦手意識の一つではあるのだと思う。私の笑顔はきっと人に冷たい印象を与えるものだから、暖かさを感じさせる彼女の笑顔がちょっと遠いものに感じてしまう。

 

「ほんとにごめんね。市ヶ谷さん……」

 

「だから、タオルくらい全然大丈夫だって……」

 

「いや、タオルのこともだけど……ほら、私の練習にも付き合ってもらってるし……」

 

「そっちのことならもっと大丈夫よ。なんたって私はポピパのマネージャーでもあるんだからね。メンバーの練習に付き合うくらい当然でしょ」

 

 そんなことを話しているうち、ふと私は彼女がどうしてこの夜の練習を始めたのか気になった。彼女がポピパの仲間になったのは七月七日。全体の練習については定時制の方に通っている彼女のことを考えて夏休みにすることにはなったが、その間の練習として本人の希望でこの夜の二人だけの練習をすることになったけれど、その理由を本人から聞いたことがなかった。

 

「ねぇ、沙綾」

 

「ん? どうしたの、市ヶ谷さん」

 

「そういえばなんだけど、貴女がこの練習始めた理由ってなんだったの? 別にあの子達なら待っててくれたでしょ?」

 

「それは……」

 

「いいから。どうせここには二人しかいないんだし、さっさと吐いちゃいなさい」

 

 汗を拭き終えドラムスローンに座って練習の準備をしていた彼女にそれを問うと、彼女は言いづらそうに口をモゴモゴさせる。その様子が何故か気に食わなくて、ちょっとだけ問い詰めると、彼女は何かを決意したのか、静かに話し始めた。

 

「いやぁ。別に深い理由とかはないんだけどね……。久しぶりにちゃんとドラム叩くから普通に勘を取り戻したいのと……やっぱり、香澄ちゃんに失望されたくないからかな」

 

 彼女の言葉に、はぁ……と思ったより気の抜けた声が出た。だってそんなことであの子、かすみんが貴女に失望なんてするわけないのに。むしろ貴女が這い上がるまで背中を押し続けるだろうに。

 

「別にあの子はそんなこと……」

 

 しないでしょと、そう言いかけて止めた。だって、きっとそれで貴女は納得しないでしょう。そのことは彼女から向けられる不信感の混じった目がなにも言わずとも答えてくれる。その目は私のことを信じてない目ではなく、きっと自分自身を信じきれていない目だと、似たような目をしている女の子を既に知っている私には分かる。

 ……でも、ちょっと安心した。かすみんや本人から聞いてはいたが、気丈で明るい彼女の奥底にある弱さとも言える部分を直に知ることが出来たからだろうか。それはほんの少し違う気もする。何故、私は彼女の弱音に安心感を得たのだろう。

 

「あー……そういうことね」

 

「え、どうしたの? 市ヶ谷さん」

 

「いや、こっちの話よ。……というか、私から話振っておいてなんだけどそろそろ練習始めなきゃ。あんまり時間もないんだし」

 

「あっ、それもそうだね。じゃあ『Yes! BanG_Dream!』からでいい?」

 

「ん、オッケー。録画も回すけど沙綾も私の演奏に気になることがあったら言ってね。私の練習でもあるから」

 

「はーい。じゃあいくよ」

 

 そうして録画の準備をして、彼女のカウントでキーボードを弾きながら頭の片隅でぼんやりと考える。──なんとなく理解した。多分、私が抱く彼女への苦手意識の正体は、正反対の存在に対する者への羨望とそれに対する恐怖に近いものなんだと思う。そして、先程の安心感は正反対の存在という認識がほんの少し薄れたからだと思う。

 

 暖かく、朗らかな太陽のような笑顔の彼女に対して、冷たく、ゾッとさせるらしい月のような私の笑顔。

 

 大多数の人といても平気だが深い関係の相手に一歩引く彼女に対して、あまり多くの人と接するのが苦手だが深い関係の相手に一歩踏み出せる私。

 

 かすみん()に見出だされた彼女と、かすみん()を見出だした私。

 

 ……そして、まだ生きている彼女の父親と、もういない私の父親。反対となる部分はざっと挙げればこんなものだろうか。それが羨望の部分。

 

 別に、父親のことでとやかく言うつもりはない。簡単にだが彼女の事情も聞いているし、私は父親の死を受け入れている。

 

「でも、それでも……」

 

 父親の生きている彼女がほんのちょっとだけ、羨ましくなってしまうのだ。もし、お父さんが病に倒れても這い上がることができたのなら……と、そう思ってしまうのだ。

 そして、その事を私は恐れている。今は大丈夫だが、いつかの時、私がこの思いに耐えきれなくなってしまったら。その時の私は彼女に酷いことを言ってしまうのではないかと恐れていたのだ。

 

 でも、今はほんの少し大丈夫な気がする。それはきっと、私の恐れが彼女の恐れと似た色をしているのだと知ったから。私と彼女は全てが反対なんかじゃない。それが分かったのなら、これを繰り返せばきっと私の恐れもいつか解けるだろう。別に感情を押し殺したりはしないけど、私の不和が原因でこのバンドに悪影響を与えるのは、すごく嫌だ。

 第一、メンバー間のいざこざで解散危機なんて、アニメやゲームのありがちな鬱展開や殺伐とした世界だけでいい。そんなのはかすみん(星の物語)には似合わないし、させはしない。その為なら私の羨望も恐怖も、いくらだって解いてみせる。

 

 ──そうして気がついたら演奏は終わっていて。顔を上げると彼女……沙綾が心配そうな顔を浮かべていた。

 

「お疲れ市ヶ谷さん。……すごい集中してたね、私の何度も声かけたのに」

 

「はぁ……はぁ……。ごめん沙綾、もう一回やっていい? ちょっと考え事してた」

 

「え? 私はいいけど……。大丈夫? なんか大事な事?」

 

「ん、まぁそうねぇ……」

 

 そこで言葉を切って沙綾の顔をじっと見る。……そこには最初の頃のような苦手意識は、あまりない。

 

「いーや、やっぱりなんでもないわ」

 

「え? そこで切られると気になっちゃうんだけど! ねぇ、市ヶ谷さん、私変なところあった!?」

 

「あぁ、ごめんごめん。そういうことじゃなくて……そうね、じゃあこうしましょう」

 

 そう言って私は沙綾にピンと指を指して言う。

 ──今度会う時、その市ヶ谷さんって言うの禁止ね。ちゃんと詰まらず名前で呼べたら考えてた教えてあげる。

 こう私が言うと、沙綾は呆気にとられたような顔をして、問いを投げてきた。

 

「え、それだけでいいの?」

 

「えぇ、一回試しにやってみなさい。ほら」

 

「えっと……あり、さ……ちゃん?」

 

 私が促すと、沙綾は少し照れくさそうな顔をしながら戸惑いを含んだ声で私の名前を呼ぶ。それがどうにもむず痒いような気がして、こっちまで照れそうになってしまう。そんな私に唇を尖らせながら沙綾は抗議の声をあげる。

 

「ねー……! 自分で言わせておいて照れないでよー」

 

「べ、別にいいじゃない……! ほら、練習再開するわよ!」

 

 あっ、横暴だー! なんていう沙綾の声を聞かない振りをしながら再びキーボードの前に立つ。心はもう軽く、今度はしっかり集中して演奏できる気がした。

 

 

 

 

 

 

 


 

 そして、いくつかの時が流れた蔵の中。そこには五人の女性がいた。掃除をしているらしい女性達は、各々雑巾がけや掃き掃除、掃除機をかけたり部屋の物の仕分けを行っていた。

 

「あれ、これなんだろ……?」

 

 その中の一人、物の仕分けをしていた猫のような髪型をした女性は、手に取った一つのDVDケースを前に首を傾げていた。白い無地にマジックで『A&S 7/14』と書かれたそれは、女性の記憶には無いものだった。

 

「あっ、これ懐かしいー!」

 

 その様子を見てか、猫のような髪型の女性の横で同じ作業をしていた薄い桃色のかかった茶髪の女性がそのDVDケースを覗きこみ、声をあげる。茶髪の女性は瞳に懐かしさを浮かべながら、DVDケースを手に取りまじまじと眺めていた。

 

「沙綾ちゃん、これなにか知ってるの?」

 

「うん、知ってるよ。……あ、そっか。この時香澄ちゃん達いなかったもんね。おーい、有咲ー!」

 

「んー? なんか困るものでもあったー?」

 

 沙綾と呼ばれた女性が香澄という女性の問いに答えると、少し離れた場所で掃き掃除をしていた女性に声をかけ、その声に有咲と呼ばれたクリーム色に近い髪の女性が近づいて、その手の中のケースを見ると嫌なものを見たかのように顔を歪める。

 

「うっわ……それそこにあったのね。最近見てないからどこいったかと思った」

 

「私もー。てっきり有咲が処分したかと思ってた」

 

「そんなわけないじゃない。あれでも一応私達の活動記録だし……というか沙綾はコピー持ってるでしょ」

 

「あ、バレた?」

 

「バレるに決まってるでしょ……全く」

 

 思い出の品なのか、DVDケースを囲みながら軽口を叩き合う沙綾と有咲。その話についていけない香澄はおずおずと手を挙げながら、二人に声をかける。

 

「えっと……それで、そのDVDってなんなの?」

 

「あぁ、ごめんかすみん。って言ってもそんなに大したものじゃないんだけどね」

 

「そうそう。ほら、ポピパが出来た時、二人で練習してた時のやつだよ」

 

「あ、その時のなんだぁ……ねぇ、これ後で見てもいい?」

 

 自分がいないところの二人。その様子が気になった香澄は二人にそう問いかける。その問いに有咲は顔をげんなりさせ、沙綾は平然と答えた。

 

「え、私はまぁいいけど……見てもそんなに面白くないわよ」

 

「私もいいよ。……あっ、そうだ香澄ちゃん。そのDVD、有咲のレアな表情あるよー」

 

「はぁ!? ちょっと沙綾、なに言って……」

 

「有咲ちゃんのレアな表情!? 見たい!」

 

「あ、ちょ……かすみん!」

 

 突如とした沙綾の言葉。それに目を輝かせながら、分かりやすいところに置いてくるね! と言い残し、その場を離れた香澄をゆっくり追いながら、唇を尖らせた有咲は口を開く。

 

「いきなりびっくりするじゃない……あの録画止め忘れてたやつのことでしょ」

 

「そうそう。あの時のお返し」

 

「よくもまぁ覚えてるわね……」

 

 そう言いながら小さく溜息をつく有咲を横目にしながら、沙綾は兼ねてから疑問を投げかける。

 

「ねえ、有咲」

 

「ん、なに?」

 

「あの時の隠し事、結局なんだったの?」

 

 その問いに有咲は少し驚いたような、或いは意外そうな顔をして口を開いた。

 

「……そこまで覚えてたの」

 

「ううん、思い出したのはさっき。でも、ちょっと気になって」

 

 沙綾がそう言うと、有咲は暫く考え込むような仕草をした後、首を振って答える。

 

「……ごめん、なんだったか忘れちゃった」

 

「そう。……大丈夫?」

 

「えぇ、それより行きましょ。こうなるとあの子たちは休憩しちゃうでしょうし」

 

「あはは、そうだね。じゃ、行こっか」

 

 小さく笑い合いながら、二人は歩く。晴れやかなその表情に、一欠片の曇りはなかった。




また気ままに書いていきたいと思っているので、もしまた目にする機会がございましたらよろしくお願いいたします。

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