Carpe diem   作:lighter

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vita hominis gravior est quam orbis

夜になると周辺は真っ暗だった。街灯なんて便利な物はないため、慣れない道を歩くだけでも一苦労だ。最も、夜目が効いていてほとんど昼間と変わらないぐらいよく見えるのだが。

 

村長の家の前まで行くと使用人が待ってくれていた。そういえば、使用人には相当お世話になっているのだが、まだ一度も声すら聞いていない。

 

「今更なんですけど使用人さんはお名前何ていうのですか?」

 

「ああ、すみません。申し遅れましたね。私の名前はイルキです。ですが、使用人のままで構いません。それが私の全てですから」

 

そう話すイルキには何か強い意思のような物を感じた。何かあったのだろうか。シラガイが不思議に思っているとそれを察したのか

 

「そうですね。少し長くなりますが私がなぜ使用人になったのかお話しましょう。これから短くない付き合いでしょうし」

 

そう言うと彼はぽつりと話し始めた。要約すると、元々彼はこの村の人間ではないらしい。そして気づいたら村長に拾われた。そして彼はその恩に報いるために使用人として仕えているということだった。

 

「残念ながら私自身幼少期の記憶がほとんどありません。気づいたらこの村にいましたから。ですがそれでいいのです。村長が外で死にかけていた私を拾ってくれた。それだけで良いのです」

 

自分が何者なのか。それを一切気にしていない身振りだった。実際そうなのだろう。自分が誰の子宮から産まれたたかなんて重要じゃない。大事なのはこのもらった恩をどう返すかだ。そう言外に言われた気がした。

 

それとは別に、彼の話で一つだけわかったことがある。この村の他にも人間の住処が存在するということだ。イルキが誰かの両親のもとで産まれたのならそれを営む居住施設があるはずだ。最も、シラガイと同じく別の世界からやってきた可能性は否定できないが……。

 

そのまま案内させるといかにも食事をする処といった場所に案内させる。そこには村長と奥さん。その息子であろう人物とその嫁。そして孫と思われる女性の計5名が座っていた。村長に促され座る。

 

「今日から村に滞在することになったシラガイ君だ。仲良くしてやってくれ」

 

「今日から村にいさせていただくことになりましたシラガイです。よろしくおねがいします」

 

簡易な自己紹介を終え食事に入ると、予想通りと言うか、質問攻めに合う。

 

「俺は村長の息子で一応身分は村長代理のダイルだ。よろしく。ところで今日の狩り聞いたよ。なんでも人蹴りで豚バンバラを倒したんだって?一体どんな技を使ったんだ?」

 

「企業秘密です」

 

「秘密かよぉ。まあいいぜ、いつかお前の技も盗んでやる」

 

「私は村長の孫のイレーヌです。これからよろしくお願いします」

 

そう言うと彼はイレーヌに目をやる。年齢は18歳程度だろうか。黒い髪を腰のあたりまで伸ばし、食事やその他の礼儀作法まで完璧でまさに大和撫子と言った言葉が似合う少女だった。

 

「ふふ。この子新しい人が一緒に食事をするっていうか楽しみでしょうがなかったんですよ」

 

イレーヌの母がそうからかうとイレーヌは少し顔を赤くしながら首を振って必死にごまかしていた。

 

「シラガイさんはいつまでここにいるつもりなんだ?」

 

「そうですね。あまり決めていませんが一ヶ月ぐらいの予定です」

 

「そうか。短いようで長いな。まあ楽しんでいってくれ」

 

ダイルはかなり熱血漢という印象を受けた。だが、将来村長という役目を約束された責任感からか、どこか冷静沈着な面も感じる。一方ダイルの奥さんは快活な人物だ。からかうのが好きなのだろう。だが、イレーヌという礼儀作法を教えたのもおそらく彼女であり、根は大和撫子なのかもしれない。

 

雑談中心で食事に時間がかかったが、なんとか食事を終えるとダイルが話しかけてくる。

 

「それでなんだが早速今から見張りの仕事をしてもらう。今回は俺が案内するよ」

 

そう言うと家から夜道を歩き、数分経つと門までたどり着いた。そこには守衛が二人おり、どちらも経験豊富そうな益荒男だった。ダイルが守衛の二人と数十秒会話をするとシラガイに後は彼らの指示に従ってくれと言い家に戻っていった。

 

「あんたが噂のシラガイだな。俺はガルブ。隣がサイシィだ。今日は夜の見張りをやってもらう。いいね?」

 

「わかりました」

 

筋肉隆々な方がガルブ。どちらかというとインテリっぽそうなのがサイシィのようだ。

 

「じゃあまずは見張りのやり方だな。まあやり方と言っても簡単だ。見張り台に立って魔物が近づいてこないか随時チェックする。それだけだ。あとは時折下に行って周囲を警戒する」

 

「暗くてあまり見えないんじゃないんですか?」

 

「いやいや魔物ほどではないが人間も暗さに目が慣れてくるだろ?そうしたら見えるようになるさ」

 

暗順応か。自動車の免許を受けるときに習った記憶がある。だがそれでも限界はあるだろう。やはりこの世界の人間は視力がとても発達しているのか。

 

「見張り台は東西南北4つある。まずは俺と一緒に見張りの練習をしてもらう」

 

そう言われガルブに付いていく。サイシィの方は別の見張り台の方へ向かって行った。

 

「そういえばお前はここに来る前はどこにいたんだ?俺たちも村の外のことはほとんどわからなくてねえ」

 

「いえ、それが私にもわからないんです」

 

そう告げて村長に話したことを同じことを言う。するとガルブは何を冗談をと笑うかと思ったが意外に真剣な表情だった。

 

「そうか。にわかには信じがたいが俺もぶたバンバラの狩りに一緒にいてね。偶然お前の戦いを見ちまったんだ。お前のあの謎の蹴り。確かにそれぐらい不思議なことがおきてねえと説明がつかねえからな」

 

「自分でもこの力が何によるものなのかよくわかっていないんです。なので自分を見つめるためにも一旦居を構えておいたほうがいいのかなと思いまして」

 

「そうだな。自分のやりたいことを見つけるっていうのは大事だ。どうせ一度きりの人生。やりたいことをやらねえとな」

 

やりたいことをやる……。その発言にシラガイはなにか思うことがあり考え込んだ。自分はこの世界で何をすればいいのだろう。前世ではただ怠惰に生き、そして死んだ自分になにかできることはあるのだろうか。偶然手に入れてしまったこの力で……。

 

 

気がつけば朝になっていた。ずっと考え事をしていた。ガルブも何かを察したのかあまり話しかけてこなかった。最も、後半は一人で大丈夫だろうと思われ一人で見張り台に立っていた。

 

見張りは三交代勤務らしい。現代の工場などのシフトでよく採用されている勤務形態だ。こういうとこだけ無駄に発達しているなあと思いながらも小屋へ帰る。普通なら寝るところなのだが、あいにく自分は寝れない。だからといっていつまでも寝ないと怪しがられるので寝たふりをすることに決めた。

 

横になると考え事で終始頭の中がいっぱいになる。自分は一体何者なのか。この世界は一体なんなのか。だが、今まで通り考えても考えても答えは出ない。ある者は言った。なぜ人は生きるのか。それを見つけるために生きるのだと……。

 

 

なにか夢を見ていたような気がする。自分は寝れないのだから夢は見ないのだろうけど、それでもなんとなく夢のようなものを見た。そこには大きなクジラがいた。それはあまりにも巨大で、絶対的な存在として君臨していた。そのクジラがこの世界を見て笑っていた。まるで母親が赤ん坊を見つめるように。だがその瞳は母性ではなく狂気に満ちていた。純粋で無垢故の狂気。まるで赤ん坊のようだと。その時は思った。

 

気がつくと昼食の時間になっていた。昼食は村長の家で済ませ、今日も狩りにでる予定だった。狩りの集合時間に行くとすっかり人気者になっていた。あの蹴りを見た者もそうでない者も畏敬と興味で一杯といった感じだろう。今日はイカマンと呼ばれる魔物を討伐するらしい。イカマン、それっぽい魔物を倒した記憶がある。どうやら美味しいらしい。難易度もぶたバンバラよりはるかに低いらしく討伐人数も少ない。皆も軽く雑談混じりに行進していく。

 

特に苦戦することもなく討伐する。だが、この時彼は何か胸騒ぎを感じていた。うまくいき過ぎている。それに昨日見た夢と合わせると嫌な予感を感じせざるを得なかった。心なしか早足になり、帰る時は皆に声をかけられるも、どこか上の空で返事をしながら歩いて行くと、視力が人一番良いシラガイだけが最初に気づく。村が赤い。そんなはずはない。出発する時は何も変わった様子はなかった。これは幻なんだと、自分に言い聞かせるように皆と歩く。

 

どれくらいこの現実から逃避しながら歩いたのだろう。実際はそんなに時間は経っていないはずだが、シラガイにはあまりに長い時間に感じた。終わりのない階段を歩いている気分だ。そして村から近づくに連れ、周囲の人たちもその異常さに気づく。嘘だろ……。という誰かの小声とともに皆が察してしまう。

 

その時の皆の顔は生涯忘れることはできないだろう。唯一の居場所と信じていた村が焼かれている。自分は何のために生きてきたのか。誰のためにこの狩りをしてきたのか。自分の存在理由がすべて否定されたような、絶望とも諦観ともとれる表情をしていた。

 

誰もが歩みを止め、ただ村の方角を見ていた。皆がこの現実から直視できずにこの空間だけ時間が止まったように感じた。そして理解すると同時に全力で村へ走っていった。まだ助かるかもしれない。僅かな希望を胸にいだいて。

 

そして村に着くとそこは暗澹たる状態だった。家や田んぼは全て焼かれ、守衛は殺されていた。そこにはガルブの姿もあった。昨日まで気さくに話しかけていた仲間の死に耐えられなくなり、嗚咽をもらす。皆は家族の安否を確認しに、それぞれの家の所に走って行った。だが彼はガルブの前から動くことができなかった。人はいずれ死ぬ。そんなことはわかっていた。だが、あまりに突然で、悲惨だった。

 

しばらく放心していると、村の方から男性の悲鳴が聞こえた。しまった。まだ中に魔物がいるのか。村人は皆村に入っていった。急いで村へと走るとそこには先程まで一緒にイカマンを狩っていた仲間たちの死体があった。目の前にには複数の魔物。そこにはいかにも凶暴そうな赤茶けたオーガが複数いた。

彼は我を忘れてオーガに突っ込んでいった。

 

その時の記憶はあまり覚えていなかった。気づいたらオーガは全滅し、返り血に染まった自分の姿だけがあった。そして今自分にできること、まだ誰か生存者がいるかもしれない。というかすかな希望を抱き、村を必死に見て回った。だが、調べても調べても出てくるのは死体だけで、気分が悪くなる。実際に嘔吐した。女性はほぼ例外なく犯されていた。死体の顔を見れば、どのように凄惨に犯されてのかは想像するに難くない。胸クソ悪い想像を振り払いながら懸命に探すが、それでも見つからなかった。

 

自分があの時もっと予感を察知し先に戻っていれば村は助かったのではないか。いや、そもそも狩りには行かずに村を守るべきだったんじゃないのか。すでに過ぎたことは戻らないと知りつつも自分を責めないとこの憤りをどこに発散したらいいのかわからなかった。

 

ぽつり、と音が聞こえる。空を見ると雨雲が太陽を覆っていった。すぐに雨は強くなっていく。血は洗い流され、火は鎮火し、辺りには焼け跡だけが残っていた。この雨は悲しみを洗い流してくれる恵みの雨なのか、これからの未来を呪う血の雨なのかは、わからない。

 

 


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