「支部長、沢田シエロと雨宮リンドウの以下2名入室します」
リンドウが珍しく真面目な口調で支部長室への入室の返事をこなす。普段であればそんなことは言わず普通に入るのだが、今日ばかりは客人のこともあり一様形式ばった挨拶も必要かなと考えた結果だった。
シエロはよくやるねぁなどとぼやきながら、未だ憤懣やるかたないといった様子で部屋の中にのろのろと入室し、入って直ぐにフレイの姿を確認し敵意のこもった視線を放つ。
「ん?どうかしたの?お姉ちゃんに喧嘩でも売ってんのかな?」
「俺の方が年上だ!!喧嘩売ってんのはそっちだろうが!!」
「あ~、ハイハイ。シエロも入って速攻喧嘩うんなって。それこそお前の方が年上なんだから、少しは我慢してやれって」
「残念ながら、俺に対して言ってはいけないことを初対面にオブラートにも隠さず言った輩には、我慢なんてしてやる気はないね」
お前もヤルぞと脅すと、リンドウはだめだこりゃと説得を諦める。シエロの視線の先では、フレイが嫌らしい笑みを浮かべてニマニマと口元を歪めている。
そんなフレイの一挙手一投足が更にシエロを腹立たせ、既にシエロの怒りのボルテージはメーターを軽く吹っ切っていた。
「ぐぬぬぬぬぅ」
「シエロ君もいい加減に落ち着いてくれないかな?話が進まないよ」
「まぁ・・・コンプレックスを刺激するのは良くないことだと思うので、いちよう私からも謝っておきます。姉がどうもすいません、噂は聞いてますよ沢田シエロ少佐」
「・・・どうやら妹の方はまだ話がわかるようだな。いいだろう、とりあえずこの件は後だ」
やっと話が進むと、榊は嬉しそうにニマニマ笑っていた。相変わらずわかりにくい支部長である。とりあえずシエロはもう1度だけフレイを一瞥すると、大きな咳払いを一つしてスノーに向き直った。
「独立支援機構クレイドル所属の沢田シエロだ。階級は少佐だが、そこらへんのことでうるさく言うつもりはない。いつまでかはわからないが、極東支部にいる間はよろしく頼む」
「同じくクレイドル所属の雨宮リンドウだ。まぁそのなんだ。お互いいがみ合わないで仲良くやろうや」
「・・・そうですね。できればそういうのは暑苦しいので勘弁願いたいです。先程に自己紹介はしましたが、改めて挨拶します。スノー・テスタメントです。所属部隊はアインザッツグルッペン、階級は特佐です」
「・・・色々とツッコミ所が満載なんだがいいか?」
シエロが表現するにも微妙な表情を浮かべながら言うが、スノーは嫌な顔一つせずどうぞとだけ答えた。アホ面をかましてくれている姉とは随分な違いである。
「まず特佐ってなんだ?そんな階級あったか?」
「そうですね、公式には存在しませんし私以外にこの階級の者は存在しないので知らなくて当然ですね。まぁ平たく言ってしまえば、緊急事態が起こった際に左官級の者が指揮を執ることになった場合に、佐官級の中では一番偉い立場として扱われるってことです」
「つまり・・・なんだ。緊急事態の際に一番偉い奴ってことか?」
「あくまでも佐官級の中です。准将クラスの人間がいれば当然無効ですが、普通に考えればそんな偉い立場の人間が戦場に立つとは考えられません。なのでそう考えてもらっても不都合はないかもしれませんね」
うへぇとリンドウが感心した風にため息をつく。淡々と言っている少女だが、実際問題とんでもないことだ。なにせ未だ成人もしていないような少女が、最高指揮官になれる立場にいるというのだ。
一体どんなことをすればそんな階級を得られるんだと、そう考えるのも不思議ではない。シエロも同じようなことを考えていたのか、大方似たような表情をしていた。とは言え、そのことに疑問を覚えるかどうかと言ったらそうではなかった。
シエロも実戦経験は豊富で、今や実力で少佐まで上り詰めた人間だ。相手を見ればそいつがどれほどの器かどうかは判断できる。
見た目についてはシエロも同じような感じなので何も言えないが、少なくとも身に纏う空気は尋常ではなかった。それは先程から空気とかしているフレイも同じだ。どちらも年齢からは考えられない威圧感が感じられる。
会議室であった時も感じていたことだが、改めて再認識せざるを得なかった。彼女達2人はシエロやリンドウよりも実力が上だと。
「とんでもないのが来たもんだねこりゃ」
「そう感じられるあなたも相当なものだと思いますよ、シエロ少佐。正直噂なんてあんまり当てにしていませんでしたが、想像以上です。雨宮中尉もやはり相当のやり手のようですし」
「ん~そうだね。こりゃ噂以上かもね~」
「そりゃどうも。そう思うんなら態度を改めてくれると嬉しいんだがね、このズレテール」
「ず・・・ズレテール?」
シエロの言葉に首をかしげるフレイ。そんなフレイを見てシエロはハッと鼻で笑うと、嫌らしい笑みを浮かべて懇切丁寧に話してやることにした。
「アバズレポニーテールでズレテールだ。頭の方も残念なようでちょうどいいじゃないか?」
「なっ・・・ぐっ、言ったわね・・・このパツキンチビ!!」
「ハァッ!?今なんつったコラァ?もっぺん言ってみやがれ洗濯板女ッ!!」
「んなぁっ!?い、一番言っちゃいけないこと言ったわね!!上等よ、表に出なさい!!どっちが上かわからせてやるわ!!」
バチンバチンと激しく火花を飛ばし合う2人。言ってることはどっちも同レベル且つ幼児レベルなのに、放っているプレッシャーはどちらも洒落にならないものだった。2人とも殺る気満々と言わんばかりに、メンチの切り合いを行っている。
どうしたものかねぇと榊が呟いたところで、フレイの頭をスノーが思い切り殴りつけた。途端に意味不明な悲鳴を上げてその場に崩れ落ちるフレイ。あまりの早業に唖然としているシエロの目の前に現れると、礼儀正しく頭を深々とスノーが下げた。
「うちのバカ姉がご迷惑かけてすいません。シエロさんにも責任が無いといえば嘘になるでしょうが、先に言ったのは姉ですからね。素直に謝罪申し上げます」
「・・・本当に正反対だなお前ら」
「姉と一緒にされると不愉快ですね」
「姉妹仲悪いのか?」
リンドウが気絶した姉を見て呆れながら聞くと、スノーは特に何も言わずに更に1発姉をどつく。すると再び妙な悲鳴を上げて意識を取り戻すと、恨めしそうな顔をしてスノーを睨む。殴られた箇所を痛そうにさすると、子供のように頬を膨らませた。
「毎度毎度姉をポンポンと殴るのはやめて欲しいんだけどなぁ」
「言って分からないから殴ってるだけです。それが嫌ならわかって欲しいですね」
「相変わらず厳しいんだから」
「それより姉さんも、もう1度自己紹介を済ませておいて下さい。円滑なコミュニケーションを築くには、第一印象が大事ですから」
既に最悪だけどなと、シエロはジト目でフレイを睨む。睨まれたフレイも同じようにシエロを一瞥した。そんな2人を見て何か文句でも言うのかとリンドウは心配そうにスノーを見たが、ものの見事にスルーだった。
「フレイ・テスタメントよ。階級は特尉、階級についての説明はスノーがしてると思うから省略するわ。戦場で一緒になったら、まぁお互い足を引っ張らないように頑張ろ、以上」
「長々と語られるよりはマシだったな。安心しろ。いくら腹が立つからといって、後ろから斬りかかったりはしないから」
「ええ、そう願うわ。新種のアラガミを狩ったとは言え、洗脳された仲間を斬り殺しちゃった時みたいに殺られないように」
「!!・・・貴様」
「冗談よ冗談。そんなに怒んないでって」
そう言って笑うフレイだが、その目の奥は笑っていなかった。シエロはなぜそのことを知っていると訝しんだが、その理由は聞くまでもなく榊が答えることになる。
「彼女達はロシア支部の研究者から聞いているからね」
「ロシア支部から?何でロシア支部が知ってるんだ?」
「シエロ君が最近までいたドイツ支部の研究者が、ロシア支部の重役と知り合いだったらしくてね。どちらも僕と同じく、フェンリルの創設メンバーで優秀な研究者さ。そこで極秘に情報を交換していたらしいからね」
「創設メンバーがね・・・博士、あんたの知り合いなのか?」
リンドウがタバコを取り出しつつ聞くが、支部長室が禁煙になったのを思い出しタバコを胸にしまい直した。最近俺も吸い過ぎかなぁとシエロが思っていたが、それはシエロも気になることだった。榊の知り合いであればろくなもんじゃなさそうだと失礼なことを思っていたりする。
「まぁ知り合いといえば知り合いだがね、彼とはあまり気が合うわけでもないから面識はほとんどあってないようなものだ。そこで、今回はその娘さんがこちらの支部に来てもらっている」
「娘が?本人じゃないのか」
「本人は本人で色々忙しいみたいだからね。まぁ本部の重鎮ともあればいろいろあるんだろうさ。でも、その娘さんもかなり優秀らしいから心配はないと思うよ」
「なるほどね。金の卵ってわけか」
研究者の子供ってのはみんなそうなのかねと、シエロはソーマを頭の中に思い浮かべる。ソーマもソーマで、今や立派な研究者の端くれである。それを考えれば普通なのかなとシエロは深く考えないことにした。
「で、その娘さんってのはもう来てるのか?来てるんなら来てるで、俺としちゃぁ早く紹介してもらいたいんだが。任務もまたいつはいるかわからんしな」
「それについては概ね同意だ。最近暇かと思うと忙しくなったりして、気を休める暇が俺としちゃ欲しいんだが」
「いちようここについたって連絡はあるんだけどね。さっきもいちよう電子メールが届いて・・・」
榊がそう言ってメールを確認しようとした時だった。突然部屋の外で奇妙なうめき声が聞こえてきて、シエロは首をかしげてそちらへ向く。すると数秒の後に支部長室の扉が開き、目の前に倒れふした奇妙な人間が呻いていた。
余りにも言葉にしづらい光景に、その場にいる誰もが沈黙して空気ごと固まっている。やっとのことで気を持ち直したのは、それから5分後のことで痛そうにデコを抑えている少女が真っ先に口を開いた。
「うぐぅっ・・・なんで毎度いつもいつも転ぶのか・・・」
「え~と・・・こういう時はなんて言えば良いのかな?」
「・・・そうですね。とりあえず、目の前のロリっ娘が誰なのか聞くべきじゃないでしょうか?」
「いや、それあんたが言うべきじゃないヘブフォッ」
最後まで言うことなく、フレイが再びスノーに沈められた。本当に学習しない姉である。一方でロリっ娘呼ばわれた少女はカチンと固まり、数秒後に怒りを爆発させた。
「だ、誰がロリっ娘か!!私はこれでもフェンリル本部お抱えの重鎮だぞ!!28歳だぞ!!偉いんだからふざけたものいいは控えろバカ共!!」
「・・・・・・えっ?冗談だろ?年齢一回り半ぐらいサバ読んでないか?見えないって」
「き、貴様ァ!!これ以上我をバカにするかっ!!」
むきーっと、自称28歳のフェンリルの重鎮は歯をむき出しにして暴れだす。さすがの榊もこれには呆れるかなとシエロが視線を向けると、榊はいつもと変わらぬ表情で待ってたよと当たり前のように言葉を吐いた。
「・・・冗談だろ?」
これには流石のリンドウもびっくりである。無理もない。自称28歳は実際はどうかは知らないが、見た目は長い金髪をツインテールに縛った身長140cm弱の子供だ。これで納得しろというのは無理がある。
だが榊の反応はふざけた様子が微塵もなく、否定的な要素はまるで見当たらなかった。
「マジか」
「大マジだバカ者が。全く、人を見かけで判断するなど言語道断な」
「いやぁすまないねぇ。でも彼らも悪気があったわけじゃないんだ。許してあげてくれないかね?乃木坂ルチア技術顧問」
「しかも技術顧問かよ。なんか凄い大物っぽい」
「ぽいじゃなく大物だバカチビ」
「ぶっ殺す!!」
一瞬にして沸点を通り越すシエロ。支部長室から吊るしてやるとルチアに迫ったが、実際には手を出すまでもなく後ろに下がろうとして白衣の裾を踏みつけて自爆していた。
今度は後頭部を派手に打ち付けてのたうち回る姿は、やはり28歳には見えなかった。あまりのバカバカしさに毒気を抜かれると、シエロはもはや怒る気もなくしてソファに深々と腰掛ける。
ふとスノーに視線を向けてみると、のたうち回るルチアを無表情で見下していた。心なしか、フレイを見下している時より視線が冷たい。
その視線に気付いたのかそうでないのかはわからないが、ルチアはのたうち回るのをやめて偉そうに薄い胸をこれ以上ないくらい張って見せると、ポケットから取り出したIDを掲げてみせた。
「どうやら本物みたいだな。ってなんだよ、まだ27歳じゃないか。サバよんでんじゃん」
「う、うるさい!!あと1ヶ月で28だあまり変わらんだろ!!」
「どうでもいいことなら怒んなくてもいいんじゃないですかね?」
リンドウまでもが呆れて言うと、やはりルチアは悔しそうに歯ぎしりを始める。このままではいつまでたっても進まないと思ったのか、榊がわざとらしく咳払いをして注目を集める。
「ふざけるのはそこまでにして、そろそろ彼女に自己紹介でもしてもらいたいんだがね」
「そうね。こうしているのは時間の無駄だわ。まだ私たちは部屋に案内もしてもらってないし」
スノーもそれに便乗すると、ここぞとばかりにフレイが偉そうに同意していた。いつの間に復活したのだろうか。
「悔しいが正論だな。いいだろう、よく聞け者共!!私は乃木坂ルチアだ。ロシア支部には父親が勤めているが、今は忙しいので代理として私が来た。
例のアラガミの情報については既に受け取っている。これから私も全面的に協力するつもりだ。ということで敬えよ」
「めんどくさいから最後の言葉はスルーするが、そういうことなら協力は惜しまないさ。さっきはすまなかった、素直に非礼を詫びるとする。俺は独立支援機構クレイドルの隊長沢田シエロだ。これからよろしく」
「同じく雨宮リンドウだ。俺たちはせいぜいアラガミを狩ることぐらいしかできないが、サンプルが必要になったとかだったら言ってくれ。協力はおしまんさ」
「本日付けで極東支部に就任することになりましたスノー・テスタメントです。それとこっちは・・・」
「フレイ・テスタメントです!!見た目はともかく、今後共よろしくルチア嬢」
フレイは相変わらず失礼な物言いだったが、ルチアは流すことにした。せっかくクールな自己紹介をしてみせたのだ。ここで台無しにしたくないと考えると、偉そうにうむうむと頷く。
そして改めてシエロ達の方に視線を移し、先程までとは打って変わって鋭い目付きへと変貌を見せた。
「ロシア支部から来た2人は父から聞いてしってたけど・・・そうね、あなたたちが噂に名高い沢田シエロと雨宮リンドウだったわけね。面白い、せいぜいその名に恥じない働きを期待しているわよ」
「・・・偉い性格変わったな、そっちが地かよ?」
「さぁね?ロリっ娘呼ばわりした奴にはおしえてやらない」
ニマニマと嫌らしい笑みを浮かべるルチア。その心のうちはシエロでも読み取れず、ただ漠然とした薄気味悪さだけが感じられた。やはりこの若さで顧問というのは伊達ではないらしい。
「(やれやれ、ロシア支部から3人の助っ人ねぇ。何やらとびっきりに嫌な予感がするが・・・果たして吉と出るか凶と出るか)」
シエロがスっと目を細めてルチアを睨むが、睨まれた本人は既に榊と話し合っていてシエロには見向きもしなかった。ただしその口元は、誰にも気づかないレベルでひっそりと今までにないくらいの冷たい質を持った笑みを浮かべていた。
ロリ博士登場の回。
相当な腹黒な上に最低に酷いことを考えています。
のちのち発覚する博士の思惑ですが、今はまだ幼女分の一面が強い彼女でした。