バレンタインの話 *ギャグ
直感は利害の絡む話になるとがくっと成功率が下がるとか何とか
*事前準備
千里眼と黄金律(アヴェンジャー)を駆使して予算を用意します。大体今回は余裕を持って1000万程度。余ったらそれはプールしておいて別の機会で使うだけなのでいいのです。
各人の好みはそれとなく把握しておくこと。特に食べられないものやアレルギーの類、宗教的な理由で避けるべきものなどは重要なので確実に押さえておくこと。
「ところでマスター。物欲に乏しいお前が、一体どういう風の吹きまわしだ?」
「いや…僕は少し、貨幣価値に疎いところがあって、実際どの程度費用が必要かわからないので、余裕を持って多めに用意しておこうかな、と」
ちなみに本人からそういう事を申し出てきそうなダビデやカエサルといった面子に相談しないのはそういうことである。その点アヴェンジャーは加減というものを弁えて…いないかもしれないが。
"原典"からして、必要とあれば大金もぽんと出すような男である。気に入りのマスターに乞われれば断る訳がない。もっとも、彼女は直接的に貰おうとは思わないようだが。
「・・・」
何の為の費用なのだろう、と思考を巡らせているらしいアヴェンジャーに、彼女はにこりと笑顔を向けた。
「楽しいお祭りの準備だよ」
*前日
材料の買い出しと実際の調理はカルデア外で行います。必要量が必要量なので仕方がありません。邪魔が入らない環境というのは重要です。あと、万が一の時の奥の手を使える状態にしておきます。万が一と言いつつ多分ほぼ確実に使う羽目になるけど。
「…。何処かに出かけるのかね、マスター」
「ああ。バレンタインだし、僕もチョコを用意しないとね。大丈夫、護衛はキングがついてきてるから」
「・・・」
エミヤは深く溜息をついた。彼女は酷く不服そうな顔になる。それを見てエミヤはいや、と肩をすくめてみせた。
「君が敵前逃亡を図ろうとしているとは思わないがね…」
「いやいや。折角外に出かけられる状態になっているんだから、直接外でチョコを買ってくるのもありだろう?あまりダ・ヴィンチちゃんの手を煩わせたりするのもなんだし」
「…。参考までに聞きたいんだが、君はどのような手段でカルデアから出かけようとしているのだね」
「そりゃあ勿論、
「気軽に!大魔術を!コンビニに行くノリで!言わないでくれないかな!」
「いや、実際僕のノリとしては割とそういうノリでやってるからなあ」
あっはっは、と彼女は笑ってみせる。エミヤは酷い頭痛がするというような顔をしている。
「心配しなくとも、今日の夕方には戻ってくるから。どうせ暫くはカルデア中てんやわんやだろう?ちゃんと食べられるものが貰えるといいなあ」
「わかっているなら君も手伝ってくれないか」
「僕が手伝いをするのは一番嫌がられるパターンだろう。大体、手伝ったら僕が準備できない」
皆が皆僕にくれるとは思ってないけど、まともなものをくれるか怪しい勢は大体僕にくれるだろう?と彼女はいい笑顔を浮かべてみせた。やけっぱちに見えなくもない。
エミヤが眉根を寄せていると、キングハサンがすっ…と姿を現した。
「心配は不要である。契約者に迫る危険は全て我が殺す故」
「味方の息の根は止めなくていいからねー」
口調こそ軽いが、彼女は冗談でそんな物騒な事を言っているわけではない。まあこの場合悪いのはそれを冗談からの軽口にさせてくれないキングなのだろうが。
エミヤは再び深く溜息をついた。
「当然、マシュやダ・ヴィンチちゃんといった君の動向を把握しておくべきものには伝えての外出なのだろうね?」
「大丈夫、書き置きは残してある!」
「それは大丈夫とは言わない」
エミヤに叱られてしぶしぶダ・ヴィンチに言付けた後、気を取り直して彼女は己の得意とする呪術を駆使して日本の某都市の路地裏に降り立った。ちなみにキングは流石にその姿が現代社会にそぐわなさすぎるので霊体化して付き従っている。着替えるつもりはないらしい。
彼女はと言えば、常の魔術礼装ではなく、それこそそこらの女子学生でもおかしくないような普通の服装に着替えている。見るものが見れば戦闘への備えというか、守護だの加護だのがぽんぽん施されていたりするが、それはそれである。一般人から見ればただの一般人だ。
「とりあえず…本屋からかな」
ぽつりと独り言をこぼし、彼女は特に迷いのない足取りで歩きだす。
『汝はこの街に詳しいのか?』
『いや?地元じゃないし、土地勘は全くないね。一度も来た事がない、というほどでもないけど』
彼女はふふ、と笑う。
『まあ、特にこだわりがなければ直感に従って動いてもそれなりになんとかなるよ』
そう断言し迷いなく動けるのは恐らく彼女だけの話だろう。まあそもそも、端末で地図を見る事もできなくはないのだろうが、そうするつもりすらないようだ。迷子になっても仕方ないというか、寧ろ迷子になって当然の所業である。
とはいえ。目当ての品さえ手に入ればよいのだから、不要と言えば不要なのだろう。目についた店で買えばいいのだから。
本屋で彼女が求めたのは、バレンタイン用の薄いお菓子レシピ集だった。そのまま本屋に併設されたカフェスペースで端末に必要な材料の量を計算させる。その様子を見守っていたキングはふと、気がつく。
『…契約者よ』
「ん?なに?」
『どれだけの量を作るつもりでいるのだ?』
キングの問いに彼女は顔を上げ、きょとんと目を瞬かせて小首を傾げる。
『カルデアに僕が世話になっていない人がいると思う?』
真理である。サーヴァントたちは勿論、職員の尽力によって彼女はこうして今も生きて大地に立っている。特異点へのレイシフトとは、グランドオーダーとは、カルデアの皆がそれぞれに力を尽くしたからこそ成し遂げられたことであった。
『余っても僕のおやつになるだけだし、足りなくなったら困るからね』
そう伝えて彼女はにっこりと笑ってみせる。それを何の労苦とも思っていない顔だった。
幾つかの店を回って(その店の商品を買い占めないように気を付けつつ)計算によって出た必要量に余裕を持って材料を調達した彼女は不動産屋を訪れていた。事前にネットで手続きを終えていたようで、簡単なやり取りをして鍵を受け取る。
そうして向かった先は、ウィークリーマンションであった。一通りの家具などが付いており、すぐに住めることが売りになっている物件である。
「…契約者?」
「さて、張り切ってお菓子作りを始めるぞー、おー」
若干棒読み気味にそう宣言し、彼女は収納から取り出した普段使いとは違うシュシュで髪をポニーテールに結び直し
「…。あ、あれ…?」
「…。他人の部屋でニヤニヤしながらサボってると思ったら突然なんだいマーリン」
「マスターが見えなくなった!」
「女の子には見られたくない時もあるんじゃないかな!」
ソロモンの投げやり気味な言葉に、マーリンはキッと鋭い表情を作ってみせる。
「おはようからおやすみまで、いや、夢の中まで全部見守りたい、そう望むのが悪いというのかい!?」
「下手をすると彼女に変態扱いされてもおかしくない発言だって自覚あるかい君」
などと千里眼魔術師どもが下らないやり取りをしているようだが、そんな事は僕には関係ないのであった。いや、だって本当にどうでもいいし。お世話になっているからチョコはあげるだろうけど、それはそれ。これはこれ。
別に、マーリンの千里眼を遮断する為に観測遮断礼装を持ちだした訳じゃないしねー。
「…なにやら、妙な礼装を用意していたようだな」
「予想はしてたけど、半日じゃあ全然時間が足りなさそうだからさ。まあ、いっつも作ることだけでも一日仕事だからわかってはいたんだけどさ」
毎年材料は
「…汝は、本日の夕方にはカルデアに戻ると宣言していた筈だが」
「時間軸指定して
僕にとっての今日ではないかもしれないが、まあそれはそれ。ドッペルゲンガー問題は、世界を誤魔化すのは礼装でやって、僕自身が此処に籠りきりになっていれば問題なしである。期間中にカルデアの人たちがこの街に来るって事もそうそうないだろうし。
それにしてもあれだな…家具付きと言っても流石にオーブンレンジではないし、ハンドミキサーとかはないんだな……今から買ってくるのと呪術で作るのとどっちの方が速いだろう。
「・・・」
「…うん、やっぱりオーブンとミキサーは買ってこよう。作るより確実だし、予算はあるし」
使い終わった後は収納に入れておけばまた必要になった時に使えるしね。電源?呪術でちょちょいのちょい、と電力供給すればいいのです!まあ、ちゃんとした電源に繋いで使う方が安全だけど。
冷蔵庫は…うん、大丈夫だな。どうせ完成したら収納に仕舞うから、使うのは冷やし固めたり休ませたり、冷暗所に置いておく必要がある時だしね。収納は状態保持できる代わりに熟成はさせられないからなー。
包丁とかまな板とかは普通にある…いや、ボウル系と秤は買ってきた方が良いかな。あと泡立て器。お皿とかはいいや。マドレーヌ型とかは普通に収納の中に入れてあった筈…なくても
「…次の行動は決まったか」
「はい、追加の買い物に行きます!」
追加の買い物は無事に済んで、いよいよお菓子作り本番なのです。まあ、十年以上毎年作ってれば大体のお菓子は経験済みだしある程度のコツだのなんだのわかってくるものなのですます。…。いや、でもやっぱり、お菓子はレシピに忠実にやるのが基本だけどね!
さて。
まずは、肩慣らしにカップチョコケーキから。作り易いように、うーん、とりあえずレシピの二倍量でいいか。材料を全部計って、粉をふるって砂糖以外全部混ぜる。
チョコは軽く砕いてからフードプレッサーで細かくして、マーガリンと一緒に湯せんで溶かす。ここに卵と砂糖を加えて混ぜる。混ざりきったらそこに更に最初にふるっておいた粉を加えて粉っぽくなくなるまで混ぜる。
っと、そろそろ余熱しておかないとな。温度は170度で、焼成時間は18分程度になるかな。まあ、細かくは様子を見ながら早めに出したり更に焼いたり、だな。
混ぜ終わった生地をカップに六分目か七分目程度注ぐ。あんまり入れると大変な事になるからね。適度な量って大事だよね。
天板にカップを並べて、後はオーブンで焼いたら出来上がり、だな。焼き上がった後で表面に粉砂糖とかスプレーシュガーとかかけてもいいけど。
「手慣れているな、契約者よ」
「混ぜて焼くだけだから、お手軽なものだよ。文明の発展は素晴らしいね」
フードプレッサーとかね。まあ、どうしても刻む過程で熱が発生してしまうから、一度に大量には刻めないのだけど。それでも、包丁で刻むよりは楽だし。
さて。焼いてる間に次だな。次は…クッキー。これもまた混ぜて焼くだけのお手軽レシピだね。今回は生地を冷蔵庫で休ませるというか、固めるアイスボックスクッキータイプだけど。金太郎飴みたいにおんなじ模様のクッキーが手軽に作れるんだよね。
色々作ってる内に部屋がだいぶ甘ったるい匂いで満たされてきたような気がする…。しかし、まだまだ全然足りないよなー。でも一旦一人分ずつラッピングするか。収納したいし。あんまり凝ったものにする気はないし、ラッピング袋か紙箱に入れてリボンを掛けて、カードを付ければいいかな?Happy Valentineってね。
この辺はまあ、誰にあげてもいいかなー。というか、ネタに走ったものを渡しても笑い飛ばしてくれそうな人というか、冗談で終わらせてもらえそうな人が少ないんだなー。無難なものはそれはそれで安定感があっていいとは思うんだけど。
各々に配慮した方が良さそうな相手のはまだ作ってないし。甘いのあまり好きじゃない人向けのビターチョコウイスキーケーキとか。サーヴァントとはいえ肉体的に子供な人には渡せない感じの。パウンド型一個で二人分ぐらいかなー。スライスしてラッピングするけど。
それと…どうも味覚がほぼ死んでるっぽい人向けの味より見た目やら食感やら匂いやらを楽しませることに重きをおくメニューとか。単純に味の繊細な違いとかわからんし、ってのなら特に配慮はいらないだろうけど、グルメなのもまあ個人的にベストを尽くすしかないんだけど、楽しんでもらえないのはね。贈る意義を問われるよね。
あと…オルタリアさんとか、ジャンクな方向に頑張らないとだしね…。できれば味見はしたくないし余らせたくもない。ジャンクなのは苦手なんだ…生クリームどーん、とか。味の保証の出来ないものを贈るのはどうかとは思うんだけど。彼女の嗜好は僕のものとはかけ離れ過ぎていてだね…。…。否でも、アルトリアの嗜好とオルタリアの嗜好は異なってるっぽいしな。
「…契約者よ、そろそろ一旦休憩を取るべきではないか?」
「え?あ、もうこんな時間か」
ちょくちょく味見とかしてたんであんまりお腹は空いてないが、一応そろそろ晩御飯の時間だな。何か食べる…。…いや、作るのは気が向かないから何か出来あいのものを買ってこよう。コンビニくらい近くにあるだろう、多分。
「出かけるのか?」
「多分探せば収納の中に
いや、例えばコンビニのおにぎりをちゃんとしたご飯に含めていいかどうかは議論の余地があるよなあ…。レーションよりはちゃんとしているだろうけど。いや、好きだけどね、コンビニのおにぎり。僕はツナマヨ派です。
「汝は計画性があるようでないな?」
「否定できない…」
ところで今回僕が使っている観測遮断礼装。観測遮断礼装としてはわりと低ランクである。何しろ、肉眼では普通に見えるからね。実際目の前に居る相手に対しては何となく目にとまらなくなる程度のものである。つまり、気配遮断に近い。
そもそも、物理的に観測を遮断するのではなく、認識に働きかけて、注視する必要のない路傍の石的な扱いをさせるものだからね。つまり、モブ認識されるための礼装なんだよ。
ちなみにそれを利用した認識改変礼装というのもある。前は現世に出かける時によく刀剣に装備させてた。現世の服装させてもやたらと目立ってたからな奴ら。それもこれもやたらと顔が良いのとかさばるのが多いから…。
でだ。
既に日が陰ってきている時間帯になって、女の子の一人歩きは物騒な感じの状況なので、キングに認識改変礼装を装備していただきました。機械の認識は流石に誤魔化せないかもしれないが、一般人の認識は誤魔化せるはず。やたら背の高いナイスミドルに見えるはず(推定)。
いや。この礼装、そこに居る事に違和感を持たせないことが主目的であって、物理的に見た目を変えるものではないから、他の人がどう認識するのか僕にはわからないんだよね。そもそも僕が既にキングの存在にそこまで違和感を覚えないし。
…。やばいな。だいぶ常識が死滅してきている。幼馴染がアレな時点で美系という定義に対するハードルが爆上がりしてたというのにこの仕打ち。まあそれで困るかというと、他の一般人と話が合わないというだけなのだけど。
…いや、いやいや。僕も一応、一般人…一般…人…?
「どうかしたか、契約者よ」
「いや…僕もそろそろ一般人を名乗るのが難しくなってきたのかもしれないなって…」
何言ってるんだこいつみたいな視線向けるのやめていただけませんかねキングさん(被害妄想)。僕は本来一般人なのです。ちょっと幼馴染に特殊な属性が付いていたり、軽い気持ちでスカウトに応じたら世界の大事に関わる羽目になったり、地元の神様に何故か気に入られて加護をいただいたりしているだけなのです。僕自身はそこまで特殊な人間ではないのです。
「…世界広しといえど、我を召喚し契約を結び、手を繋いで軽食を買いに行く人間は汝以外にはいないだろうな」
それそこまで特殊なことです?…。いや、まあ、キングと契約を結ぶマスターは通常の聖杯戦争にはそうそういなさそうな気はするけど。そもそもキングが召喚に応じなさそうだし。
「それが悪い事だとは言っていない」
「あはは。嫌な事は嫌だって言ってくださいね。僕そういうの察するの苦手なんで」
メニューを知られたらエミヤとかクレオパトラとかブーディカとか僕の食生活に気を使っている面子に怒られそうな気がしないではないけど!おにぎり三つくらいでいいかな。いや…おいなりさんも捨てがたい…。ツナマヨは確定として、後は…シャケか、焼き肉か、鳥五目や赤飯も捨てがたい…否…朝食分も考えると全部買ってけばオッケー…?
うーん、でも、玉子サンドとかも気になる…僕カラシが入ってるタイプの玉子サンドは蛇蝎の如く嫌ってるけど。ああいや、慣用句的に言うだけで、実際蛇とかサソリとかが嫌いな訳ではないけどね?
辛子玉子はアレだよ…昔、ロリータだった頃のトラウマがね…口を付けたものは残さないの原則を守れなかったメニューというか、予想外の味との未知との遭遇というか。ガチで食べられなかった覚えがだね…ちゃんと考えろよ子供会…的な。成分表示を見るという知恵を付けるまでロシアンルーレットの如き扱いだったからなあ。
あっためて食べるタイプのてりやきバーガーもある…そう…昔、冷蔵庫に入れておいたら弟に食べられて暫く食べ物の恨みは恐ろしいのだぞ的サムシングが発生した因縁のアレが…。僕ハンバーガー店のてりやきバーガーも嫌いじゃないけど、スーパーとかコンビニとかで売ってるタイプのこれの方が好きなんだよねー。
うう、ジャンクな食べ物が誘惑してくる…すごい迷う…メロンパンとか惣菜パンの類も気になる…定番の範疇に入るものならハズレはないだけにすごく迷う…後デザートに焼きプリン食べたい…ドロリッチなうしたい…。
「…あ、はーさんは何にする?」
「不要である。我のことは気にするな」
「ご飯を一人で見守られながら食べるとか何の罰ゲーム!?」
色んな意味で嫌なんだけどそれ…。キングは別に食事できないタイプの躯ではないじゃん?魔力効率は微妙だろうけども。後宗教的にアウトなタイプの食べ物とかあるかもしれないけど。でも、ムスリムの人が選択肢がなくて仕方なくアウトなもの食べても謝ったら神様も許してくれるって聞いた。
「おにぎり一個とか、サンドイッチ一個とか、パン一個とか、いっそサラダとかでもいいからさ、何か一緒に食べようよ。人が居るのに一人でご飯食べるの寂しい…」
別に話がはずむとかそういう展開を望んでいる訳ではない。何となく。ご飯食べるのを見守られるのは気拙いし、その間席外しててだのなんだの言うのも無粋だし。となると、一緒にご飯を食べようと提案するのが一番建設的だということだ。
そもそも口の中にものが入ってる時に口を開くのは行儀が悪いので食事しながら話をするのはあんまり。
「…。では、我はこのメロンパンをいただこう」
意外…否、そこまで意外でもない…?
よし、じゃあ僕は晩御飯分はツナマヨとお稲荷さんと玉子サンドにしよう。朝ご飯分は五目と赤飯とシャケのおにぎりと念のためにてりやきバーガー。あとプリンとドロリッチとみかんゼリー。飲み物はカフェオレペットボトル二つ。そして温かいものも欲しいから、からあげ!よし、完璧。
「…。汝は健啖家だな」
「?二食分ならこんなものじゃない?」
基本的にカロリー効率が悪いというか、すぐお腹空く方なんだよね、僕。意識しなければ無視できるけど。後、お腹空いたなーって思っても放置してるとその内どうでもよくなったりとか。いや、間食をちょくちょくつまむからかもしれないが。
僕は絶対に菓子職人にはなれない。
何故なら、バレンタインの後は大体暫くお菓子を作るのが嫌になるからである。単純作業そのものは苦手ではないとはいっても、割と飽き性というか、集中力が切れるの早いところあるからな、僕。だから全部同じじゃなくて複数の種類のお菓子を作るんだけど。
あと、大体バレンタインで大量のお菓子を作っているとハイになってくる。割とやらかす。
やらかした。
「…えっと、ごめんなさい、キング」
「否…気にせずともよい」
そう言われてもですね。若干目潰し気味にブラウニーを顔面にぶつけてしまった事に変わりはなくてですね。相手が小歌だったら首を差し出せ案件だよこれ。秋津君とかだったら笑って許してくれるけど。…。秋津君たちはもっと僕に怒るべきだと思う…。
弁解が許されるなら、僕はキングにちょっと味見してみてもらいたかっただけなのだけど。
…。いや、冷静に考えると、顔面ではなく仮面…?でもあの仮面表情変わるからな…呪腕さんとかと同じで。
「汝は同じ失敗を繰り返す人間ではなかろう」
「努力しますっ…」
そんなこんなで、四日かかってなんとか用意した材料を大体使いきる程度の量の菓子を作り終わったのであった。もしやこれは最高記録では?色んな意味で。
完成したチョコをラッピングして収納にしまったら、撤収のための後片付けをして…あ、後実家に一箱チョコを贈っとかないとな。差出人欄を偽造しても贈り主は多分バレるだろう。だからといって偽装しない理由にはならないんだけどね。スルーした事になる方が怖い。今のところ実家に帰る予定はないけど後が怖い。
まあ、出奔してきた時点でアレなんだけど。
観測遮断令装は…狭間に入ってから外すか。一応念のためにね。カルデアについてから外すのもありっちゃありだけどね。内緒にしたい時もあるんです、なんとなく。
「ありがとうございましたっ」
ぱんぱんっと手を叩いて…っと、そういえば此処は台所に神棚とかなかったな。…まあいいか。神様は何処にでもいるものだからね。神棚ってのはわかりやすい御座というだけで。少なくとも、僕はそう認識している。
さて。
部屋の鍵を返却して、チョコをクール便に預けたらカルデアに戻るぞう。時間軸設定は…13日の午後5時くらいで良いかな?晩御飯どうなるかなあ。
カルデアに帰還した彼女が一番最初に遭遇したのはランサーのクー・フーリンだった。
「ん?こんなところにいたのか、マスター。…いや、どっか出かけてたのか?」
「ちょっとチョコの用意をしにねー。…。フライングで渡す?」
「おう?俺にもくれる気があるのか、マスター」
「僕が嫌いなものの一つは、仲間外れです」
彼女はそう言って胸を張ってみせる。クー・フーリンはそれに明るい笑顔を返してみせた。
「そーかそーか。一足先に受け取って他の奴らを揶揄ってやるのも一興だが…いや、やっぱりやめとくわ。こういうのはシチュエーションってやつも大事だからな」
「…まあ、おんなじチョコでも何故かバレンタインに貰ったというだけで価値が上がるもんねえ、何故か」
バレンタインがチョコを贈るイベントになっているのは基本的に日本独自の発展の結果なのだが、このカルデアではその日本式バレンタインで各人の認識が一致しているとみてほとんど間違いない。いや、日本では宗教儀式としての側面がほとんど無くなっているので、却ってその方がいいのかもしれないが。
「何故かってことはないだろう。それだけの意味合いが籠められているって保証されてるようなもんなんだから」
「別に味が変わったりするわけじゃないじゃない?」
彼女はきょとりと首を傾げてみせる。クー・フーリンはやれやれと肩をすくめてみせた後、やや乱暴な手つきで彼女の頭を撫でた。
「マスターもまだガキだってことだな」
「ちょっ、クーさん、頭ぐしゃぐしゃにしないでっ」
*当日
遭遇した順にチョコを投げつけます。いや、食べ物を玩具にしたり粗末に扱ったりするのは宜しくないから比喩的な意味でね?相手によっては物理的に投げつけるのもありだと思うけど。でもやっぱり中身が割れたりする危険性もあるので非推奨。
(メタ的な事をいうと具体的にどうなったかは基本的には公式参照。)
普段からサーヴァントに夜這いをかけられたり朝から突撃を受けたり起こされたりされているからか、早朝から巌窟王がマイルームにやってきたことに関する彼女の反応は薄かった。寧ろ体を起こした癖に若干寝ぼけている。
「おまえが昨夜よこしたカカオの菓子の…こら、レムレムするな。人の話はきちんと聞け」
「まるまるカカオさんはいりません…むにゅむにゅ」
「どんな寝言だ。…否、一応こちらの声は聞こえているのか?」
少し考える素振りをした後、巌窟王はベッドに腰掛けて彼女に問う。
「目覚めの一杯を用意したが、どうか?」
「ブラックはコーヒーもチョコも苦手です」
「砂糖もミルクもあるから好きに入れるといい」
「あああ、オルタちゃん、それは紅茶ではなく砂糖です…あああ、中和されていません…あああ、どろどろですらありません…」
「オルタちゃん、というとリリィの方か。一体何をやらかしているんだ」
「…それは、マシュマロではなくただの鉄の塊…いや、礫では…?食べられないものでは…?」
「いや、本当に何があった!?」
思わず巌窟王が強い口調で突っ込みを入れた時、ぱちり、と彼女の目が開く。そして巌窟王を見てきょとんとした後、首を傾げた。
「アヴェンジャー?朝からどうかした?…いや、朝だよね?今」
「…。ああ、朝だ」
「おはよう」
「…おはよう」
ふわあと欠伸をして、彼女は自分が座った体勢でいた事に気付いて、ん?という顔をする。
「ベッドまで来た癖に座った体勢で寝てたのかな、僕?」
「いや…俺が此処に来たのに気付いて起きたのだ。ほぼ寝惚けていたが」
「んー…所謂マシュの言うレムレム状態かな…?何か変な事口走ったりしてなかった?」
「・・・」
巌窟王の返答がないことに、彼女は何かを察したのか微妙な顔をした。
「僕の記憶にはさっぱり残ってないけど、幼馴染曰く何か昔から寝惚けて予言だか預言だか的なことを口走ることがあるらしくて…しかも何か忠告と見せかけてただの予告だったりするらしいから何の役にも立たないんだけど…何かそういうの?」
「だったとしても困った目に合うのはお前だろうな」
「…。覚悟は、してる」
どんな敵と対峙する事になろうとまあ割と平気そうな顔どころか不敵な笑みを浮かべてさえみせた彼女に悲壮な表情をさせるバレンタインというイベントは実は何かヤバいイベントなのではないかと思わざるを得ない。カルデアという特殊な状況ならではのイレギュラーなのだろうが。
「それで、ええと…アヴェンジャーは、僕に用事?」
「…昨夜の礼に目覚めの一杯を用意したのだが」
「昨夜…ああ、あのチョコだね。なんか迅速に渡しておかないと今日中に捕まらない気がしたから投げつけた(比喩表現)奴」
「白黒の百合の花とは、大した皮肉だとは思ったが、悪い味ではなかった」
「君にぴったりだと思ってね」
にこりと微笑う彼女に巌窟王はコーヒーの入ったカップを差し出す。
「砂糖とミルクは好きに入れろ。…まあ、飲まなくてもいいが」
「ふふふ、いい匂いがするなあ。…でもこれは猫舌の僕が口を付けると火傷する奴」
「む…配慮が足りなくてすまなかった。いつも淹れてやる連中は熱々を希望するからな…」
「いや、うん…前、鶯さんがモーニングティーを用意してくれてた時も身支度整えて戻ってくると丁度よく冷めてたからそういうものかなーって」
というわけで、着替えてから飲むよ、と彼女は苦笑してカップをテーブルに置いてベッドから出て簡易シャワールームの方に向かう。
「待て。鶯さん、とは誰だ?」
「誰って言われても。アヴェンジャーは知らない相手だからなあ…」
ふああ、と彼女はまた欠伸をした。若干眠そうな顔をしながら少し考えた後、
「お茶好きサボり魔で命を大切にしろって言いながら斬りつける系セイバー?」
「サーヴァントか?しかしお前が縁を繋いでいるサーヴァントは」
「否、サーヴァントではないけど」
足を止めて、彼女は言う。
「俺の部下だなあ。うぐまるさんとか平野君とかが夜番だと大体起きたらお茶を用意してくれたと、それだけの話なだけだから」
「…"前"の関係者か。それは、俺とは面識がないだろうな…」
彼女がシャワールームに入った後、巌窟王は深く溜息をついた。
「…。調子が、狂う…」
管制室に皆さんでどうぞ、というメモを付けた籠詰めラッピングチョコを置いて、彼女はマイルームに向けて踵を返していた。何かしら思うところがあったのだろう。
というよりも、
廊下で遭遇した女子サーヴァントとチョコを交換したり男子サーヴァントにチョコを渡したりしつつ真っ直ぐに目的地に足を進めている。
「マスター、マスター、はしゃぐのも良いですが、廊下を走ってはいけませんよ?」
「あ、頼光ママ。んー、走らないように抑えてたつもりだったけど、早足になってた?」
「まま、とは確か、西洋の母を呼ぶ呼称でしたね。ふふ、嬉しいです。母と呼んでくれるなんて」
「あなたがそれで喜ぶなら僕は幾らでも。あ、そうだ。ママにもバレンタイン」
彼女は可愛らしくラッピングされた小箱を頼光に差し出した。
「和菓子の方がいいかなー、とも思ったけど、バレンタインだしやっぱりチョコかなって。緑茶に合う様にミルクチョコで作ったマフィンとクッキーだよ」
「まあ、まあ、まあ…可愛い我が子から手作りのチョコレートをもらえるなんて、母にはこれ以上に嬉しい事はありません。…でも、先を越されてしまいましたね」
頼光は小箱を受け取って嬉しそうに微笑んだ後、いそいそと小さな包みを取り出して彼女に渡す。
「母からのチョコレートです。勿論受け取っていただけますよね?」
「ありがとう、マシュ。…で、僕からのチョコは受け取ってくれる?」
「え、先輩からわたしに、ですか!?」
「うん。というか、そんなに驚く事かな。僕、そんなに薄情に見える?」
少し困ったような顔をして小首を傾げた彼女に、マシュは慌てて手と首を振ってみせた。
「そんなことはありません。先輩は寧ろ異常なまでに義理がたい方だと認識しています!…いえ、ですので、寧ろ…それだけ準備するだけの時間があったのだろうか、と…」
「んー、まあ、その辺はちょっと、ずるをしていたりとかね。ともかく、はい。マシュ、ハッピーバレンタイン」
「…。しかし、スケープゴートかあ…」
バーサーカーのヴラド三世と別れて、改めてぬいぐるみを取り出した彼女はそれをしげしげと見て呟く。
「まあ、彼は特に皮肉とかはこめてないだろうし、いいか。普通に可愛いし」
もっともヴラドは彼女に可愛いぬいぐるみだと言われて本末転倒と呻いていたが。
人形の類に災厄を引き受けさせる風習は日本にもある。その場合、厄を受け取った人形は燃やしたり川を流したりするので、ヴラドの想定した使い方とはまた微妙に違うのだが。
「あ、おかあさん!どうしたの?それ…ぬいぐるみ?」
「やあ、ジャック。これはチョコのお返しに貰ったものだよ。…そうだな、ジャックにはこのチョコをあげよう」
「ありがとう、おかあさん!…あのね、わたしたちも、おかあさんに渡したいものがあるの」
牛若丸から受け取ったチョコを確認し、彼女はにこりと微笑う。
「牛若丸」
「はい、何でしょうか主殿」
「正座」
二人が現在いるのは快晴の日差しの降り注ぐ砂浜である。勿論正座に適した環境ではない。とはいえ、彼女の忠犬を名乗るだけあって、疑問符を浮かべながらも牛若丸は素直に彼女の指さす場所に正座した。
「食べ物を玩具にしてはいけません」
「はい、主殿」
「刀は人が人を斬る為のものです」
「わかっております、主殿」
「刀をチョコでコーティングするとは何事ですか。チョコも刀も可哀想でしょう。とんだミスマッチです」
「…喜んではいただけませんでしたか、主殿」
少ししょぼんとした牛若丸に、頭痛がする、というような顔をしながら彼女は言う。
「正直、首チョコの方がまだマシだったね。…うん、でも、首チョコなら人間の首よりドラゴンの首とかの方が良いな。食いでもありそうだし」
「では、次の機会があればそうするといたしましょう。任せてください、主殿」
ぱっと顔を輝かせた牛若丸に、彼女は仕方のない奴だ、という顔をした。
「とりあえず、君の気持ちだけは有り難く受け取っておくよ」
そう言って、彼女はリボンを掛けた小箱を取り出して牛若丸の頭の上に乗せた。
「一刻程そのまま瞑想でもして反省しなさい。それを確認するのはその後ね」
「む…はい、精進します…」
牛若丸の返事を確認し、彼女は歩きだす。後でこの子は手入れしてやらないとなあ、と呟いたのは、おそらく渡されたチョコ…というか刀のことだろう。
「うーん、しかし少し残念だ」
「う?」
「君が良ければ、"エウリュアレのチョコのお返しにパウンドケーキを作るための先生役"でもやらせてもらおうかと思ったのに」
そう言って彼女は楽しそうに微笑ってみせる。アステリオスはきょとりと目を瞬かせた。
「えうりゅあれが…ちょこ?ぼくに?」
「ん?てっきりそういうことだと思ったんだけど。…まあ、あの女神様僕に渡す時点で色々葛藤してそうだったからな。
アステリオスは眉を寄せるようにして少し考えた後、言う。
「えうりゅあれが、ちょこをくれたとして、おかえしをよういするの、たくさんなやむだろうけど…せんせいやくは、ますたぁへのおかえしには、ならないとおもう」
「いやいや。君がお菓子を作れるようになることは、僕にとってメリットがある」
「めりっと?」
「美味しいお菓子を作れる人が増えれば、それだけ僕が美味しいお菓子を食べられるチャンスが増えるからね」
真面目な顔を作って、彼女はそんなことを言ってみせる。
「まあ、それはそれ。君が僕が喜ぶものを、と考えてくれたのはとても嬉しい。そうなったら面白かったな、と思っただけだしね。…ああいや、お返しとか関係なく、アステリオスがやる気になれば、僕は手を貸すよ?」
彼女はそう言ってにこりと笑った。
「まあ確かにマウスは腰を据えてデスクトップを導入しない限り使わないかなー」
渡されたお返しを見てニコニコしている彼女に、アンデルセンは不審げな顔をした。
「…何だ、その顔は」
「いやね。俺が前使っていた号が、碧鳥というんだ。正式ではないのだけど、そちらの方が通りが良くて、シリアスな雰囲気を壊さないからね。まあ、正式な号をアレにした俺も悪いのだけど」
無言でマウスを取り返そうとするアンデルセンの手を、彼女はひょいと避ける。
「まあ鳥は鳥でもペンギンだから、青い鳥とはまた違うんだけどね。いや、青い鳥も普通に好きだよ?」
「お前に可愛いところもあるのだなと思った俺が間違いだった。返せ、やはりお前へのお返しなど茶菓子として確保されていたクッキーで充分だ!」
「いーやーでーすー。もう僕がもらったもんね!返しません!まあ茶菓子のクッキーでも別に不満はなかっただろうけどね!」
彼女はそう言ってからからと笑う。
「…。いや、やっぱりどう考えても吊り合ってないよ!?お菓子の対価に受け取るものじゃないよこれ!?」
渡された聖遺物といっても過言ではない品に、彼女は常の飄々とした態度をかなぐり捨ててアルジュナに訴えかける。
「というか、普通に後日君が美味しいと思うクッキーでも買ってきてくれる方が嬉しいな!?こういうもの貰っても扱いに困るというか、君は一体僕に何を求めているの???」
「マスター。それはあなたが私にくださった
「確かにそんなようなことは言ったような気がするけど…!」
明らかに、日頃の感謝、という言葉を強調したアルジュナに、彼女は余計に恐縮したような顔をしている。それを見てアルジュナは目を細め、笑みのような表情を浮かべて彼女の手を取り、
「…それとも、あなたが吊り合わないというのなら、吊り合う様な何かをいただけますか?」
などと耳元で囁きかけ、ぴゃっという悲鳴らしき声を上げた彼女に涙目の腹パンを喰らった。
「…???」
「せっ、背筋がゾクっとした!初見の美容師さんによるヘアカットの時のような寒気がした!お前本っ当現世を楽しんでるよな!!…これで吊り合うとも思わないけど、追加のお菓子だ、喰らえ!!」
というが早いか、彼女は収納から取り出した菓子の入った小箱をアルジュナに投げつけ、脱兎の如くその場を逃げ出した。
暫く何が起こったのかわからないという顔をしていたアルジュナだったが、投げつけられた箱の中身が先程もらった菓子とは別の菓子であること、そちらにもHappy Valentineと書かれたカードが付いていることを確認し、彼女が吊り合わないと言っていた意味を大体飲みこんだ。
「君たち兄弟は本当にもう…もう!」
「…。気に入らなかったか?」
若干しょぼんとしているようなカルナの問いに、彼女は真面目な顔をして数秒考え込んだ後、その真面目な顔のまま、
「込められた気持ちは素直に感謝するけど、趣味が合わない。そりゃあ、僕はピアス穴開いてるけど」
と返した。ガチの返答である。
「というか、これと合わせて違和感のない服装を僕が持っていない気がする」
「トータルコーディネイトというものか…修行が足りなかったようだ。すまない」
「…。そっち方面の修練をするのは個人の勝手だけど、僕が言いたいことは、そういうことではなくてね?」
「俺には繊細な料理は向いていないようだからな」
「だからって極端なんだよ君ら!チョコを口実に聖遺物級のものを贈ってきやがって!!僕のチョコは朝のニュース終わりの星座占いレベルの重要度です!もっとライトな感じです!」
怒っています、というポーズをしてみせる彼女に、カルナは困っています、というポーズを返した。
「参考までに聞きたいのだが、今のところマスターが嬉しかったお返しの品はなんだ?」
「え?うーん…。あ、ベオウルフが焼いてくれたお肉美味しかったよ。あとカエサルが用意してくれたご飯もおいしかった。ラーマがくれたバナナとか槍のヴラド公のハンバーガーも美味しかった」
「…思った以上にマスターが食い気重視で驚いている」
「ああ、いや、別に食べ物以外が嬉しくなかったわけじゃないよ、うん。バーサーカーのヴラド公のくれたぬいぐるみは可愛かったし。そのヴラド公に指導してもらったっていうアストルフォのぬいぐるみも可愛かったし。メッフィーのくれたマスコットも可愛かったし。…ええと、キングにもらったお香も好みの匂いだったし、アンデルセンのくれたマウスは可愛かったし、ゲオルギウスがくれたアクセサリはなんか落ち着く匂いがするし」
しかし彼女が最後に挙げたゲオルギウスからの贈答品は聖人聖女の祈りの込められたガチの浄化能力持ちの聖遺物である。彼女自身が元々浄化特化型なので割と誤差みたいなものだが。
「………マスター。お前が喜ぶものに対する印象から想定される人物像が就学前の女児になるのだが」
「一応義務教育は終わっていますが何か?」
「次の機会があれば考慮しよう」
「いや、いい。…別に、全く嬉しくないというわけじゃないから」
君が真剣に考えて用意してくれたことそのものが嬉しいよ、と付け加えて彼女は少し困ったように笑った。
「あ、王様」
「雑種どもに菓子を配り歩いているようだな、小間使い」
「バレンタインだからねー。…ってわけで、王様はどれがいい?」
彼女はそう言ってラッピングされたお菓子の詰まったバスケットを取り出してキャスターのギルガメッシュに見せる。
「王様は特別に三つまでなら選んでいいよ」
「何を言っている。その籠ごとまるごと寄越せ」
「いやです」
二人とも真顔である。一抱えあるバスケットを挟んで真顔で見つめ合う男女。シュールな光景だ。というか、ギルガメッシュは一人でそれだけ食べるつもりなのだろうか。
「小間使い」
「駄目です。他の人の分です。…そりゃあ、余りが出るように多めに作りましたけど流石にこれ全部一人に渡すと足りなくなる危険性があるので駄目です。というか、僕が食べる分がなくなるので嫌です。…大体、保存が利かないし、一度に沢山食べるとお腹壊しますよ」
「サーヴァントが腹を壊すと思うのか貴様は」
「二日酔いになるんだから腹を下す事もあるでしょう。まあ、気のせいみたいなものかもしれないけど、それならそれで、そうなるように全力で呪っちゃうぞ♪」
「洒落にならん。やめろ」
なにしろ、彼女の師匠役たる
「まあともかく。選んでください。店売りの高級品には及びませんけど、それなりのクオリティはあると思うので」
「自信家なのか謙虚なのか分からん自負よな。…否、貴様の作った菓子がそれなりである事は知っている故全部寄越せ」
「だーめーでーすー」
どちらも譲るつもりはないようだった。お互いにどのような意図があるかはともかく。
膠着状態に陥ろうとしたそこに、新たな人物が現れる。
「…ん?キャスターの
アーチャーのギルガメッシュである。若干愉しそうな顔をしているので、ある程度は状況を察しているのであろう。キャスターのギルガメッシュも彼女も、うわ面倒くさい奴が来た、みたいな顔を一瞬したが、すぐに普段通りの顔をして言う。
「バレンタインだからね!」
「アーチャーの
「我を除け者にするつもりか貴様」
「はいはい、ギルさまの分はこれ!」
彼女は収納からラッピングされた箱…およそホールケーキが一つ入る程度の大きさ…をアーチャーに押し付けてふん、とそっぽを向いた。
「…。どういうことだ小間使い」
「だって王様は何を渡しても大人の対応で受け取ってくれそうだけど、ギル様は何を渡しても文句言いそうじゃん。それなら僕が楽しく作れて、文句言われてもさらっと受け流せるものがいいじゃん?」
アーチャーは僅かに眉を歪め、渡された箱を開ける。
「というわけで、ジグラットケーキwith宝物庫クッキーを作ってみました」
「何だそれ我が欲しいぞ」
「…やらんぞ」
箱の中には七つ目の特異点で彼女が実際目にしたジグラットをデフォルメしたココアケーキとそれを囲むように扉の形をしたクッキーが並べられていた。問題は、そのケーキのド真ん中にエルキドゥの宝具を模したクッキーがぶっ刺されていることだろうか。
何とも言えない顔をしているアーチャーに気付いて箱の中を覗き込んだキャスターがうわあという顔をした。
「何故ジグラットがエルキドゥにエヌマ・エリシュされているのだ小間使い」
「もうその辺りはハイになってた弊害的な何かとしか…なんか気が付いたらそうなってた」
「・・・」
「作るのはすっごく楽しかった!」
自由すぎるマスターである。これで不敬と殺されないのは彼女ぐらいのものだろう。笑顔がきらっきらに輝いている。作った本人は本当に楽しかったのだろう、おそらく。
「黄金の、浮かない顔をしているようだが、どうした?あまり廊下を占拠しているとまたソリに轢き潰されるぞ」
アーチャーがやってきたのとは反対方向からオジマンディアスがやってきた。
「あ、ファラオだ。ファラオはチョコどれがいい?甘いやつ?ちょっとビターなやつ?どちゃくそ甘いやつ?」
彼女はそう言ってバスケットをオジマンディアスに見せる。オジマンディアスはそれを見てふむ、と少し考える素振りをして、
「まるごとではいかんのか?」
「貴様もか!」
とはいえ、彼の場合は軽い冗談のようなものだったらしく、彼女の叫びに、ははは、と笑ってバスケットから包みを一つ取り出し、そのままそれを開けて一口つまんだ。
「うむ…うむ…これはネフェルタリが喜ぶ味だな。…良いぞ、褒めてつかわす」
「恐悦至極。…で、王様は結局どれがいい?…あ、ガトーショコラのホールケーキとかの方が良かったならそれはそれで出すけど」
「む、他にも選ぶ余地があるのか?」
「渡すの決まってるのを除いたらラッピングしてあるのは此処にあるのとおんなじ奴だけだけどね?没にしたのと自分が食べるためにとってあるやつが幾らか」
興味深げな目をしたオジマンディアスに気付き、彼女は僅かに目を泳がせる。
「…。ファラオに渡そうかなと思って作ってみたけど没ったのも実はあります」
「なんだ?見せてみるがよい」
「…チョコスフィンクス(デフォルメ)」
彼女が収納から取り出したのは、ミルクチョコで作られたと思しきスフィンクスだった。それもオジマンディアスの攻撃の仕上げに顔面からビームを出す奴である。ポーズは猫のようにすまして座っている形だが、小型のフィギュアのような立体物になっている。
「ふむ。良い出来ではないか」
「食べるのを躊躇うようなものはチョコとして駄目なのです。お菓子は食べるためにあるものですから」
手作りものは日持ちしませんからね!と彼女はキャスターを見ながら言う。ついでアーチャーにも、近日中に食べきってくださいね!と呼びかけた。
「余への献上物であろう。良いぞ、素直に渡すが良い」
「頭からパクっといけない人にこの子はあげません」
「そういえば太陽のは以前ひよこの菓子を可愛らしいからと暫く食べるのを躊躇っていたな」
「あれは寧ろ躊躇なく頭からかじれるこやつの方が間違っていると思うのだが」
ちなみに彼女はそのひよこの饅頭を可愛いと思わないわけではない。可愛いが、それはそれ、お菓子はお菓子、とのことだ。
「というか、没にして自分が食べる用の箱に入れていたということはお前自身は頭からパクっと食べられるのだな、小間使い」
「だって別にちょっと形が凝ってるだけでチョコ塊というか型抜きチョコですもん。一応ただの溶かしたチョコとガナッシュの二層構造にはなってますけど」
別に魔術がかかっているなどということはないため、走り回って襲いかかってきたりはしない。某女史のチョコや、チョコサーヴァント、チョコモンスターたちとは違うのである。
そもそもサイズも手のひらサイズだが。
「アイカ」
「ふぇ?」
オジマンディアスに呼ばれて振り返った彼女の目の前に、ひょい、とスフィンクスの幼生らしきものが差し出される。
「献上物への褒美だ。それも余に渡して大人しく受け取るが良い」
「か、可愛い…!」
彼女はキラキラ瞳を輝かせて大人しくチョコスフィンクスをオジマンディアスに渡してスフィンクスの幼生を受け取った。彼女に抱っこされた一体の他に二体、足元に懐いている。
「未知の感触…不思議な匂い…ぷにぷにの肉球…あ、羽がある…可愛い…かわいい…」
「ニトクリスとクレオパトラには秘密にしておけ。知れば倒れるやもしれぬ故な」
「わかった。ありがとうございます、ファラオ」
興味がないのか、何かを感じ取ったのか、彼女はスフィンクスに関する詳しい追及やつっこみを放棄した。代わりに本当に嬉しそうな笑顔を浮かべてみせた。オジマンディアスは満足げだが、ギルガメッシュは若干不満げである。
少しの間もふもふした後、彼女はスフィンクスに自分の肩に乗るように示す。スフィンクスが大人しく彼女の肩に乗ると、彼女は改めてキャスターのギルガメッシュに向き直った。
「それで王様はどうする?…というか、手が空いてる時なら、言われたら作るよ?王様なら無茶な注文とかして来なさそうだし」
「…ほう。言ったな?」
「王様はオルタリアさんみたいに極端な嗜好はしてなさそうだからね」
「フン…。では我はこれを受け取っておくとしよう」
といってキャスターはバスケットから包みを三つほど取り出した。それも適当に取ったように見せてそれぞれ中身の異なるものである。
「返礼は…。…小間使い。貴様、色気より食い気の上に花より団子とは、本当に年頃の娘か?」
千里眼で何かしら見たのか、キャスターは呆れたような視線を彼女に向ける。全くもって事実に相違ないが、それこそ年頃の娘にかける言葉ではない。
「そもそも、僕にとってバレンタインって手作りチョコ菓子縛りでどれだけ相手を笑顔に出来るものを用意できるかを追求する、って感じのイベントだからなあ…。大体僕、無性愛者だから色恋沙汰とか興味の埒外だし」
「まあ良い。どうせまだ他の雑種どもに菓子を配りにゆくのだろう?後で時間を開けておけよ」
「…。僕普通に君が美味しいと思うクッキーでも買ってきてくれたらそれで嬉しいんだけどな?」
「王の返礼がそこらの雑種と同じでは示しが付かん。大人しく平伏して受け取れ」
「うへえ」
サンタオルタとお互いの用意していた菓子の交換をした彼女はへらりと笑って言う。
「しかし、何というか、こうしてプレゼント交換みたいになってくると、バレンタインというよりもクリスマスみたいd「トナカイ」
鋭い声が彼女の台詞を遮る。
「バレンタインはクリスマスではない。良いな?」
「あ、はい」
ベディヴィエールに渡されたものがクッキーを詰め合わせた缶詰であることを確認し、彼女は本当に嬉しそうに微笑みを浮かべた。
「ありがとう、ベディ。すごく嬉しいよ。百点満点あげたいくらい。やっぱりベディが円卓の良心だね!」
「喜んでいただけて光栄な限りです、が…その…私の他の円卓の騎士が何か拙い事を…?」
「ううん。気にしなくていいよ。あれはあれで楽しかったから」
「…マスター、正直に仰ってください。誰が何をやらかしたのですか」
「いや、やらかしたって程じゃないよ。男性陣で美味しいお菓子をくれたのがベディしかいないってだけだから」
ちなみに女性陣は若干名、問題のあるものを渡している者もいたが、基本的にチョコを彼女に渡している。そして本人の証言通り、男性陣からの非食物のお返しも彼女は笑って受け取っていた。
「あの四人ですか…マスターを困らせたのでなければ良いのですが…」
「んー、んー、あー、いや。マーリンはまだ遭遇してないんだ。多分そろそろ会えるんじゃないかって気がするんだけどねー」
「そうですか…。…マスター、無いとは思いますがマーリンが如何わしいものを渡してきた場合は、すぐに廃棄するのが宜しいかと」
「否、奴は多分何か無難の範疇にかろうじて入るものを用意してると思うんだ?」
彼女はそう言って楽しそうに笑う。
「やあ、マイロード」
「恐らくわかっているだろうけど、君へのチョコだ。受け取るがいい」
彼女がそう言ってマーリンに差し出したのは綺麗にラッピングされた箱である。少々意外そうな顔をしつつ、マーリンはそれを受け取った。
「中身を確認しても?」
「寧ろこの場で確認してほしいな♪」
にっこり、と微笑う彼女に、マーリンはそれが本命ではないが十把一絡げのそれではないことを察した。これは明らかに受け取った時の反応を楽しみにされている。
「いやいや、実のところ僕は糖分を貰っても栄養にさえならないんだけどね――」
等と言いながら包装を解いて箱を開けて、その中身を確認した途端、マーリンの動きが停止した。どのような表情を浮かべるべきかわからないということを隠す事さえできないほどに戸惑っている。
「マーリン?」
「………マイロード???」
「
箱の真ん中に堂々と鎮座していたのは、銀色のカジキである。とはいえ、その銀色は包み紙の色であろう。そのインパクトから戻ってきて落ち着いて見てみれば、周りにはチョコで出来た白い薔薇の花がクッションのように敷き詰められている。
「いやあ、その反応だけでも作った甲斐があるなあ」
彼女は本当に楽しそうに笑っている。それにつられたように、マーリンは苦笑のような表情を浮かべてみせた。
「君は本当に油断ならない人だよねぇ」
「おまけはカジキだけだと寂しいかな、と入れたものなので他意はない。そして、別にネロに作った余りだったりもしないぞ」
「それはツンデレなのか事実なのかどっちだい???」
彼女はにぃ、と微笑うだけでマーリンの問いに返答をしない。
「うん、まあ、有り難く受け取るよ…。そして、受け取ったからにはお返しをしないとね」
マーリンはそう言って小さな包みを彼女に渡す。彼女は受け取ったその中身を見て顔をほころばせた。
「わあ、普通に可愛い」
「マスターの好みは割合判りやすいからねぇ。ところで、このチョコに込められた気持ちがけして甘いものや感謝の気持ちだけではないような気がするのだけど?」
「そりゃあね。ある意味、僕にとって君は特別だもの」
にこり、と彼女は笑う。
「君がもし、"やらかし"たら、君を殺して僕も死ぬ覚悟で主従ごっこしているからね。ああ。僕はやるよ。かなりやる」
「あはは、"主従ごっこ"だなんて、ひどいなあ」
二人とも笑顔だが、甘い雰囲気など欠片もない。より正確には、彼女から向けられる視線がマジである。本気で殺すつもりがあるのだろう。
「しかし、君のチョコは手作り縛りなんだろう?型抜きチョコって奴かい?型から手作り?」
「寧ろこんなチョコを市販品で探す方が難しい気もするけどね、僕は。うん、まあ、型は魔術でちょちょいと。詳細は食べてからのお楽しみだけど、ただの型抜きチョコではないぞ。もう二度と作らん。というかハイになってなければ作らなかった」
クッキーと一緒に焼いてたブラウニーでキングに目潰しかけちゃったしなあ、と彼女は呟いた。結構な事をやらかしている。どんな状況でやらかしたのかは不明だが、身長差的に事故で起こる事態には思えないのだが。
「僕は一体何を渡されたんだい???」
「見てわからないのかい、チョコ菓子だよ」
「聞いてくれよソロモン、マスターのくれたチョコ、クッキーで骨が、ビターチョコで内臓が作ってあったんだ。手間を掛けるところが間違っていると思わないかい?」
ちなみに肉の部分はガナッシュである。
「何の形か聞かないことにはとんだグロチョコの想像しかできない発言だよね。何の形か知ってるけど」
「今日は朝から大変だったようですね、マスター」
「んー、でもまあ楽しい限りだよ。ってわけで、はい。ジャンヌにも」
「え、あ、はい…先を越されてしまいましたね…。では、私からもどうぞ、マスター」
「ありがとう」
にこりと微笑う彼女に、ジャンヌは少し照れたような安心したような笑みを返した後、ふっと真面目な顔をする。
「ところで、あの子とそのリリィのチョコレートのことなのですが…」
「ああ、うん。とても努力家だよね、あの子たち」
「…あの子の様子からして、何かあったのではないかと思ったのですが…大丈夫だったようですね」
「僕は、食べられるものを貰えた時点で問題はないと思うよ」
「それはハードルが低すぎるのではありませんか…?」
「僕ひとりで食べるには少し多いようなので、他の子…ナーサリー・ライムやジャックたちが欲しがったら分けてあげても良いですか?」
「もちろん。というか、そもそも、そうなる前提で君らにあげた分は少し多めで被らないものにしている。お菓子のわけあっこするの、楽しいからね」
「…まさか、そこまで織り込み済みとは。おねえさんのことを少々見くびっていたようです」
「ドクター、ゲーティア、ハッピーバレンタイン…って、あれ。ゲーティアはいないのか」
「いや…まあ、確かに彼は君が訪ねて来た時によくかち合うけど、四六時中僕の部屋に入り浸っている訳ではないからね?」
苦笑いを浮かべるドクターに、彼女はチョコが入っているのであろう包みを差し出す。
「ちなみに和菓子ではないですよ。面倒なので」
「いや、普通にチョコレートだろう?というか、手作り縛りで和菓子が出るとは思わないって」
「いや、餡子を出来合いのもので買ってくる事を良しとすればそこそこ手軽に作れないこともないんですよ、和菓子。そして、ドクターも何処をとは言いませんけど見てましたね?千里眼で」
「いやあ、はっはっは」
「まあ、僕は女神ではないので覗き見されてもそれだけで殺したりはしないですけどね。見られたものによっては分からないですけど」
表情は笑顔に分類されるものではあったが、明らかにマジで言っていた。つまりこれは軽口ではない。
「…。それは僕ではなくマーリンに言うべきじゃないかい?」
「反論をさせない為には本人がいないところで言うべきかなって」
酷い暴論である。
「まあ、それはそれとして。ドクターには追加でこれ」
と言って、彼女は別の包みをドクターに渡す。
「追加?どういう意図だい」
「お酒のおつまみにも出来るオランジェットです。ダ・ヴィンチちゃんと飲むときにでもどうぞ」
「…。…いや、彼女、否、彼、いや…いや、うん。とにかく、ダ・ヴィンチちゃんは僕と飲もうとは思っていないと思うけど。…
「んー…まあ、ダ・ヴィンチちゃんではないかもしれないけど、ドクターに渡しとくのが一番いいかなって何となく思ったから。大丈夫、僕は好みじゃないけど、ドレイクは美味しいって言ってた」
「なにそれこわい。君の何となくって本当はただの思い付きで片付けられない場合があるじゃないか」
「いやあ?酒呑み向けにオランジェットを作ったらちょっと多すぎて、僕のおやつ分にしようかと思ったけど、僕の好みじゃなかったのでお裾分けするだけだから、そう深い意味はないよ?」
「すごいこわい」
なにしろ彼女は、無意識に受け取った神託で実際に事態を知覚する前に対策を用意しているタイプである。何となくそうしておく方が良いと思った、は大体、こんな事もあろうかと、に繋がるタイプとも言う。要するに、そうしておく必要があるという天啓をふわっとしたフィーリングで処理しているのである。
つまり、彼女がドクターにオランジェットを渡しておいたら良いと思ったのなら、ドクターはいずれオランジェットを必要とする事態に陥る可能性が高いのである。どういう事態かは知らないが。
「うん…いや…そのことはその時になってから考えよう。それはそれとして、チョコのお返しを渡さなくっちゃね。ちゃんと用意してあるから、ちょっと待ってね」
「うわさむっ、つめたっ。何でこんなところに居るんだい君」
「…
「正直、用が無ければこんなところまで探しに来ないよね!僕寒いの嫌いだし」
ゆっくりと振り返ったゲーティアの頬に手を触れ、彼女はまた冷たい!と声を上げた。
「サーヴァントだから平気なのかもしれないけど、こんな冷えるまでこんな寒いところにいるとか、もしかして
二人の現在地はカルデアの屋上…というより、地上部分の屋根の上である。当然ながら、快適な環境ではない。ただの普通の人間であれば長時間留まれば凍死する危険性さえあるだろう。少なくとも三十分もすれば凍傷は逃れられまい。
ゲーティアは僅かに彼女から視線を逸らし、目を泳がせる。
「…今日は、どうにもカルデアの何処に居ても居心地が悪くてな」
「あー」
居心地の悪さから人のいない場所を探した結果、此処に辿り着いた、とかそういう話らしい。彼女は僅かに呆れたような、仕方のない奴だ、というような顔をしている。
「っていっても、知らない訳じゃないよね、バレンタイン。少なくとも知識としては知ってるでしょ?」
「…一応はな」
「という訳で僕から君にチョコを……いや、その前に中に入ろう。寒い」
「チョコがたくさんもらえたのは想定内だけど、なんか…お返しでもらったものがよく考えると大変なものが多いぞ???」
「受け取った時点で気が付かなかったんですか、先輩…」
「うーん。消えものじゃなくて形が残るものは召喚触媒になるなあ、とは思った」
まず、使わないだろうけど。