バレンタイン話のおまけ
ぐだ子ちゃんによるアステリオスへのお菓子作り教室
「はい、それでは今回はパウンドケーキを作ります。手順としては材料を計って順番に混ぜて焼くだけです。細かい注意はその都度言います」
「うん、がんばる…!」
「ノーノー。力まない力まない。楽しんでやるくらいの方が丁度いいんだよ、こういうのは」
そう言って彼女は安心させるようにへらりと笑ってみせる。
「パウンドケーキのパウンドというのは、質量の単位で、小麦粉、バター、砂糖、玉子をそれぞれ1ポンドずつ使って作ることから付けられた名前です。実際作る時はベーキングパウダーをちょっと混ぜた方が膨らみやすかったり、香りづけにバニラエッセンスを使ったりもするね。アレンジとしてナッツやらココアやらフルーツやら入れることもできるけど、まあ、今回はシンプルにプレーンでね」
調理台の上には先程彼女が言った材料と秤、耐熱ガラスのボール、ゴムベラなどが用意されている。
「それじゃあ、まず、材料を計るところから始めようか。さっきも言った通り、小麦粉、バター、砂糖、玉子は1ポンド…その秤で言うと、100gずつ用意します。あ、全部別々の器に分けてね。玉子は大体Mサイズなら二個くらい」
「わかった」
小麦粉、砂糖、バター、と順に計量して器に分けて入れる。
「ますたあ、このばたー、やわらかいよ?」
「寧ろ、柔らかくしておかないといけないんだ。玉子もそうだけどね、冷蔵庫から出したばかりだと上手く作れないからね。玉子は冷たくないくらい、バターは指がすっと入るくらい…とは言うけど、まあ溶かしバターにはならない程度に柔らかければいいかな。室温ってやつだね」
「ばたーとたまごは、しつおん」
「バターに全部混ぜて行く形になるから、バターはボールに入れようか」
さて。玉子である。あからさまに難関の玉子である。
「玉子はよく溶きほぐしておくんだけど…ちなみにアステリオスは玉子を割った事は?」
「ううん…」
「まあ、今回は黄身と白身を分ける必要はないし、目玉焼きじゃないから黄身が潰れても何ら無問題だ。殻が入らないようにだけ気を付けてやってみよう。とりあえずワンパックあるし」
「がんばる」
「僕の真似をしてやってみてくれるかい。…調理台で軽くヒビを入れてそこから引き裂くようにして殻を割る」
彼女はこんこん、と軽く調理台を叩いて両手の親指を玉子についたヒビに押し入れるようにして器に卵を出してみせた。
「かるく、ひびを…」
ぐしゃり。
ヒビを入れるまではなんとかいったが、割るところで力が入りすぎたのか、玉子がぐしゃりとつぶれてしまった。
「うん、まあ、予想は出来ていたよ。両手の方が力が入り易いからね。というわけで、あえて片手でやってみよう。いいかい?玉子を掴んで大体中指と薬指の間あたりにヒビを入れる。親指は落ちないように添えるだけ。玉子を割る、とは言うが、引き裂く、左右に開くようなつもりで、こうだ」
そう言って彼女は右手だけで玉子を割ってみせた。
「なかゆびと、くすりゆび?」
「人差し指と中指、薬指と小指だな。いや、君なら二本で充分かな?それでも力が入り過ぎてしまうなら、利き手じゃない方の手でやろう。それでも駄目ならデバフをかけよう」
数度のトライの末、二つの卵が器に出された。
「よしよし。それでは、この玉子は溶き卵にします。こっちの奴はまた後でオムレツにでもしよう。黄身と白身が混ざって分けられない状態になれば大体おっけー。焦らなくていいから、優しく混ぜよう」
「おむれつも、ときたまごにするんだよね?」
「ああ。味付けをして焼けばそれでおっけーだ。まあそれはそれ」
そして何とか溶き卵ができた。
「小麦粉はふるっておきます。これはだまにならないようにやることだから、まあ最悪やらなくてもいいといえばいい。やった方が確実だけどね。大体器の30cm位上から振るってやるといいね」
「だまにならないように」
「輸送時の圧力で塊になってしまっていることがあるのだね。後、品質が悪いのだと稀に混入物がある場合があるのでその対策でもある。塊が出来てしまっていた場合は普通に潰してやればいい、んだけど…軽く押してやればいいからね」
「うん」
粉雪のようにふるわれた小麦粉は一旦横においておく。
「ベーキングパウダーとか、ココアとか、粉ものを加える場合は小麦粉をふるう時に一緒にふるってしまえばオッケーだ。今日は使わないから余談だね。さて。今回は金属型を使うので、そちらの用意もする。といっても、型どおりにベーキングシートを切って敷いておくだけだけどね」
材料の準備がすべて終わった。
「それでは、まず、バターに砂糖を加えながらクリーム状になるまで混ぜる。空気を含んで白く、ふわっとした質感になるまでね。今回はこの電動泡立て器を使ってもらおうと思う。優しく、円を描くようにね」
「ばたーとさとうをまぜるんだね」
「砂糖は何度か…そうだね、四回か五回くらいに分けて入れます。その泡立て器は力を入れすぎると回転が止まる安心設計だ。あまりボールに押し付けたりしないようにね」
ボールに入れたバターに少しずつ砂糖を加えて電動泡立て器で混ぜていく。数分ほどでバターは白いクリームのようになった。
「うんうん、そんな感じ。バターに砂糖が混ざったら、そこにまた少しずつ溶き卵を混ぜていきます。バターと玉子は混ざりにくくて分離しやすい組み合わせだから、少しずつ入れて、その都度よく混ぜること。生地が滑らかになったらオッケー。もし分離してどうにもならなくなってしまった場合は、熱めのお風呂位の温度のお湯で湯煎しながらよく混ぜるか、小麦粉を少し加える、という感じかな」
「ときたまごを、まぜる」
「器から直接入れるとドバッと入ってしまいそうなら、スプーンで加えるのがおすすめだね」
何度かに分けて溶き卵を加え、生地を混ぜ終えた。
「泡立て器を使うのはここまで。小麦粉も少しずつ加えていくけど、こちらはゴムベラで混ぜます。切るように混ぜる、というんだけど…切れ目を入れるように縦にゴムベラを入れて、すくいとって手首を返して生地を上に置いて…とこれを繰り返す感じだね。ボウルを回転させながらやると手早くできるはず」
「これで、まぜればいいの?」
「うん。注意するのは、生地を練らないこと。生地に粘りが出ると巧く膨らまないで固まっちゃったり生焼けになったりしてしまうからね」
全ての材料が無事に混ざり、生地が完成した。
「それでは、完成した生地を型に流し込もう。真ん中がちょっとへこんだ形になるようにね。オーブンは予熱170度で四十分から五十分。ただし、パウンドケーキは大体十分ぐらいで一回オーブンから出して、上面にナイフで切れ目を入れます。こうしないと変な所に割れ目ができてしまう事があるからね。それを気にしないなら、切れ目は入れなくてもいい」
「まんなかを、へこませるの?」
「こう、縦にくぼみを作る感じだね。これは中までしっかり火が入るように必要なことだね。こういう焼き菓子はどうしても外側の方が熱が通り易いので、真ん中に厚みがあると生焼けになってしまう場合がある」
「なまやけはだめ」
「うん。生焼けだと美味しくないからね」
「真ん中に竹串をさして、生地が付いてこなければ完成。型から外して、冷まします。特に金属型は焼けた後は手早く出しておかないと余熱で焼けすぎたり水分が籠ってべたついたりすることがある。…ああ、当然熱くなっているから、素手で触ってはダメだよ」
「ちなみに生焼けになっていた場合、上面にアルミホイルをかぶせて焼き直すといい。或いはいっそ、スライスしてフライパンで焼いてしまってもいいかもしれないな」
「…料理番組かな?」
「別にそういう意図でやってたわけではないんだけど…」
二人がケーキを作っているところをわくわくした顔で見ていたナーサリーライムとジャック、観客になりつつメモを取っていたマシュとイリヤ、保護者の様な顔で観客をしていたクロエと子ギルとアレキサンダー、何処で用意したのかビデオカメラを構えていた呪腕のハサンを見ながらのドクターの言葉に、彼女は肩をすくめてみせた。
ついでにエミヤも若干ハラハラした顔で観客席にいた。途中手伝いに行こうとしてランサーのアルトリアに止められたりもしていた。保護者参観だろうか。
「ますたあ!おしえてくれて、ありがとう!」
「どういたしまして。よし、ついでだから付け合わせというか、トッピングも追加しよう。フルーツを切ってクリームを付けよう」
「くりーむ?」
「良く冷えた生クリームを蓋付きの小瓶に入れてしばらく上下に振るとホイップクリーム状になる。そのまま振り続けるとだんだん固まって最終的にはバターになる。ホイップクリームとバターの間にクロテッドクリーム風の状態がある。…まあ、どの段階で止めるかは好みなんだが」
「クロテッドクリームはお茶会のスコーンに欠かせないクリームね。そんな簡単に作れるのなら、私にも作れるかしら」
「クロテッドクリーム風になるまで大体五分超ぐらい振る必要があるので、言う程簡単でもないかもだ。まあ、泡立て器を使うよりは手軽には違いないだろうけど。…ああ、振る強さで時間当たりの出来具合には差が出るから、時々状態を確かめながらやった方が良いね」
「まあ。それは腕が疲れてしまいそうだわ」
ううん、と頭を悩ませるような顔をするナーサリーに微笑した彼女の袖を、イリヤが引く。
「あのあの、アイカお姉さん、今度、私にもお菓子の作り方、教えてもらっても、いいですか…?」
「うーん、と言われても、僕にできる基本アドバイスはレシピをじっくり読んで忠実に、ってところだよ?基本的に、お菓子はレシピ通りにすれば食べれるものはできるからねぇ」
「あうううう…」
「イリヤさん涙目ですね~」
「ああ、それとも、お菓子作り用語の解説をすればいいのかな?湯煎とか、角が立つまで、とか予備知識がないとわからないのもあるかもしれないしね」
「そ、そうなんです。バレンタインの時も…湯煎のやり方とかよくわからなくて試行錯誤してたら余計に時間が…」
彼女はちらりとエミヤを見た後、にこりと笑ってみせた。
「まあ、アドバイス役なら引き受けよう。ちなみに、何を作りたいのかな」
「バレンタインの、リベンジがしたいです…」
「あー…チョコクッキー?」
「です…」
「んとね。一つ言うとだね」
「はい?」
「クッキーは、まあ焼いたクッキーに湯煎したチョコを掛けるとかは別として、生地をチョコ味にするならココアを混ぜる方が確実だし、或いはチョコチップを混ぜてチョコチップクッキーの方が良いのでチョコの湯煎は必要ないかもだよ?」
「はううっ」
「湯煎したチョコを使うレシピと言えば、ガナッシュを使うものとか、ケーキ系だね。ガナッシュ系だとトリュフとか生チョコとか型抜きチョコとかがあるし、ケーキで言うとフォンダンショコラやガトーショコラとかかな」
何を作る?と彼女はまた首を傾げる。
「あの、先輩!」
「何?マシュ」
「わたしも、先輩とお菓子作り、したいです!」
「ん、いいよ。何作る?」