雷門中のベータちゃん!   作:もちごめさん

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捏造設定一覧
ベータちゃんが無印の時代に生まれたよ!
ベータちゃんに日本人っぽい名前がついたよ!
円堂守とは同級生だよ!でもクラスは違うよ!
木野秋とは幼馴染の友人だよ!
それに伴いベータちゃんと木野秋の過去が捏造されたよ!
エルドラド?プロトコルオメガ?えっ何それは…


前編

「なあ!キミ、必殺技が使えるって本当か!?」

 

 突然のことに、私は面食らっていた。

 

 お昼休みの食休みに、ぼーっと頬杖を突いて空を眺めていた時、教室の引き戸をがらがらがしゃーんと大音響で突破して、目をきらめかせながら私の机にやってきたこの男の子。クラスも違えば話したこともない。米田(ヨネダ)(ケイ)という名前の、ごく普通の女子中学生たる私とはほとんど接点がない男子生徒の奇行に、教室に残ったクラスメイト達が奇異の視線を向けていた。

 

 名前も知らない男子生徒がどんな目で見られていようがどうでもいいが、しかしそれに巻き込まれてはたまらない。私は柔和な笑みを浮かべて、彼との間に一線を引いた。

 

「えーっと、必殺技?それって何のことを言ってるんですか?」

 

「もちろん、サッカーのことだよ!ほら、こう……ズバババーンってさ。すげーかっこいいやつ!」

 

 まあ、そうだろうな。と内心で思いながら、両手を振り回して『すげーかっこいいやつ』を表現しようとする彼に適当な相槌を打つ。

 

「で、どうなんだ?」

 

 まるで子供みたいに……いや実際中学生なのだし子供だが、ともかく純真な眼で私を見つめ、ずいっと顔を寄せて期待に鼻を膨らませる彼に、私は思わず身を引いた。

 

(うわぁ……どれだけ必殺技に興味津々なんですかこの人……)

 

 暑苦しいほどの熱意。サッカーバカ。ドン引きを禁じ得ないこんな阿呆に、一人だけ心当たりがあった。

 

「え、円堂くん……だめだよ違うクラスにいきなり入っちゃ。佳ちゃんもびっくりしてるじゃない」

 

 聞き覚えのある声に、そちらを見やる。開け放たれた教室の扉の陰から女子生徒がひょっこり顔を出していた。「失礼します」と敷居を跨ぎ、教室に入ってくる。新たなるよそ者の登場にクラスの皆が注ぐ視線を一身に浴びながら、居心地悪そうに身を竦ませる彼女を、私は手招きして呼び寄せた。

 

「ありがとう。ごめんね、佳ちゃん。その……色々と」

 

「気にしないで、秋さん。元はこの方のせいなんですもの」

 

 うぐ、と、さすがに『この方』が誰を指すのかには気付いた彼が、気まずそうな顔をする。その様子をちらと見、彼女はため息をついた。

 

「そ、それは分かってるけど……円堂くんをそそのかしちゃったのは私だし……やっぱりごめんなさい」

 

 そう言って彼女は、木野秋はまた彼のほうを見て、二度ため息をついた。

 

 彼女とは幼少のころからの友人だ。きっかけはもはや覚えていないが、幼い頃はよく二人で遊んでいた。その繋がりは彼女がアメリカに旅立ってからも細々と続き、帰国した今でも生きている。時折二人で出かけるような間柄だ。

 

 そんな彼女は今、サッカー部のマネージャーをしている。そのことを話題におしゃべりすることもあって、私はサッカー部のキャプテンがかなりのサッカー好きであることを知っていた。

 

「ああ、そうだ。紹介するね。この人が、前に言ったうちの部のキャプテン」

 

 手で示されたその男子生徒が、ニカッと効果音が出そうなほどの満面の笑みで自身の胸を叩き、告げた。

 

「俺、円堂守。よろしくな!えーっと……ベータ!」

 

 そう、円堂守。とある事情でサッカーから離れていた秋さんをまたそこに連れ戻した、真正のサッカーバカだ。そんな彼が息巻いて必殺技が云々言えば、それはサッカーのこと以外ありえないだろう。

 

 いやしかし、それにしても、

 

「べーた、というのは?」

 

「え?キミの名前じゃないの?米田(ベータ)(ケイ)

 

 どうやら漢字は苦手らしい。さすがサッカーバカ。

 

「円堂くん……それはさすがに……」

 

 心底呆れたといったふうに秋さんが頭を抱える。

 

 能天気に「何が?」と首を傾げる円堂さんに程度の低い冗談であった可能性も消され、私はかぶりを振って言った。

 

「『ベータ』じゃなくて『ヨネダ』と読むんです。ちゃんと覚えてくださいね?ふふ、こんな間抜けな訂正、初めてしました」

 

 円堂さんの顔色が青く逆戻りしていくのを愉快な気分で見届けると、私は「ところで」と続けた。

 

「私のこと、秋さんから聞いたんですよね?ならたぶん、全部真実ですよ」

 

「え!?じゃあ……」

 

「はい。サッカーしていましたし、必殺技も使えましたよ。昔のことですけど」

 

 私がサッカーを始めたのは秋さんがアメリカに発してからであったから、秋さんは私がプレーする姿を見たことがない。しかし手紙には何度も書いた。当時彼女もサッカーにはまっていて、長い間手紙の内容はそれが中心だったのだ。

 

 チームに入って間もなくレギュラーの座を勝ち取ったこと。必殺技を習得したこと。そして、サッカーをやめたことも、私は律儀に書き記していた。

 

「うおおお!マジか!すっげーー!」

 

 見ているこっちが恥ずかしくなるくらい大げさに喜ぶ円堂さんに、私は苦笑する。

 

 その一瞬の隙、唐突に彼の両手が伸びてきて、卓上の私の手は掬い上げられた。

 

 幸いなことに、直後頬を染めて動揺する秋さんの表情に色々察したおかげで冷静を取り戻し、醜態を晒すこともなかった。右手を包み込むようにぎゅっと握られた私は、下世話な感情を引っ込め、その羨望の眼差しを見つめ返した。

 

「じゃあさ、もしよかったらその必殺技、一回俺たちに見せてくれないかなぁ?実はうちの部、皆一緒に練習してくれなくってさ。でも必殺技見ればきっとやる気になると思うんだ。ていうか、いっそのこと入部してくれると嬉しいんだけど……どうかな?」

 

 円堂さんの表情が、期待と興奮から徐々に私の顔色をうかがうものへと変わっていく。その様子に隣の秋さんが一瞬はっとして、次いで気まずそうに眼を逸らすのを意識して認識から外すと、私は円堂さんににこりと微笑んでみせた。

 

「ごめんなさい。どちらもお断りします」

 

「え……あ、そっか……でもその、なんで?」

 

 先と一切変わらぬ笑顔を、私は維持し続けた。

 

「私、女の子ですから」

 

 結局この後、円堂さんは私の適当な理由に首を傾げながら何分か粘ったが、昼休み終わりのチャイムが鳴ると同時に秋さんに制服を引っ掴まれ、引きずられて帰っていった。

 

 

 

 

 

 午後の授業も終わり、週一の委員会当番をこなしてすっかり夕暮れ模様に染まった空の下。要約すれば『早く帰れ』という意味合いの校内放送を背中で聴きながら、校門を出た私はぼんやりと物思いにふけっていた。

 

「サッカー、かぁ……」

 

 昼休みに見た円堂さんのあの表情。サッカーが好きで好きでたまらないと、全身でその思いを発する彼のことが、妙なもやとなってずっと頭に残っていた。

 

 そこから絶えず生まれ続けるのは、彼の瞳の色と同じく、羨望だった。

 

 私にも、サッカーに熱中していた時期があったのだ。

 

 ボールを奪って、ディフェンスを抜いて、シュートして。ある日突然飽きてしまったけれど、その時までは私も円堂さんと同じように――いやさすがにあそこまで狂った熱ではなかったが――四六時中サッカーのことばかり考えているような子供だった。

 

 あの時の熱をまた感じたいという思いは、今でも残っている。

 

 秋さんのこともそうだ。彼女の周辺で色々があった時期と私がサッカーをやめた時期が、何の因果か重なってしまったせいで、秋さんは私がサッカーをやめた理由がそれにあるのではと不安を抱いてしまっている。

 

 言葉での説得はだめだ。何を言っても信憑性を演出できない。なにせやめたのは幼子から抜け出せたとは到底言えないような歳の頃。飽きた理由などもう覚えていないのだ。

 

 秋さんの憂慮を払拭するためにはその根底、私がサッカーに飽きたという事実からひっくり返すほかない。

 

 そういった意味でも、円堂さんのことが羨ましかった。あの頃のような熱量があれば、そんな面倒も、「キミ暇でしょ?」と先生に捕まって、やりたくもない委員会の仕事を押し付けられることもなくなるのに。

 

 そんな煩わしい空虚を埋められるというのに。

 

「――ぃ」

 

 ふと、私はそれに気が付いて、足を止めた。

 

 極々小さな音が耳の中に入り込み、芋づる式に夢想の中にあった聴覚が正常を取り戻す。

 

 音の大部分を占めるのは、緩やかでいて力強く流れる川の奔流。いつの間にか私は橋の上にいた。

 

 すでに四分の三ほど渡りきってしまったそのトラス橋の側面には、町名をアピールする稲妻を模した大きなシンボルマークがででんと張り付いている。

 

 こんな橋は私が知る限り一つだけだ。そしてそれは、私の登下校ルートに含まれていない。

 

 どうやら上の空で歩いているうちに、どこかの角を曲がり損ねてしまったようだった。

 

「――ぉーぃ」

 

 人の声というものは、雑多な音の中でも以外に目立つものだ。水音と車の走行音をかいくぐり、二度目にして私はその呼び声の発生源を見つけ出した。

 

 欄干から身を乗り出すと、河川敷のサッカーコートで円堂さんと秋さん、そして数人の少年少女が笑顔で手を振っていた。

 

(円堂さん一人なら適当にあしらえたのに……)

 

 小学生くらいの子供がいるとなれば、無視するわけにいかないじゃないか。

 

 まさか狙ってやっているわけではなかろうが、多少の憤りを覚えながら彼らに手を振ってやる。反応が嬉しかったのか、ぱあっと瞳を輝かせ、さらに激しく全身を振り回す小学生たちを目にしてしまえば、私にはもうその期待を裏切るようなことはできなかった。

 

 観念して堤防の階段を降りると、私は一瞬にして小学生たちに取り囲まれた。かけられる言葉は「すげー」とか「ホンモノだー」とか要領を得ず、まるで自分が有名人かあるいは珍獣にでもなったような心地だった。

 

 自分の何が彼らの琴線に障ったのか、さっぱりわからず適当に笑顔を作ってやることしかできない。一歩離れた位置でその様子を見守る二人に子供たちをどうにかするつもりはないらしく、円堂さんに至ってはむしろその輪に加わりたがっているような気さえした。

 

 唯一秋さんが苦笑していることが私の感性が正常であると証明してくれてはいたが、やはり彼女にもそれを解決してくれる気配はなかった。薄情者め、と恨みがましい視線を秋さんに送ってやるも、彼女はそれに気付き、「ごめんなさい」と眼で言ったきり手元のボードを読むふりをして顔を隠してしまう。

 

 そうしているうちに子供たちのほうもヒートアップし始めて、いつしか喧噪の中には「好きな食べ物は?」等、訳のわからない質問が散見されるようになっていた。

 

 激しくどうでもいい問答に当たり障りのない返答を繰り返しながら、その収拾のつかなさに困惑が憂鬱に変換されていく。その最中(さなか)、頭を捻って質問の次弾を考える子供たちの中の一人、ピッグテールの女の子が意を決したように一歩前に進み出て、緊張と興奮のまま言った。

 

「あ、あのっ!円堂ちゃんたちから聞いたんですけど、お姉さんがサッカー上手だって、本当ですかっ」

 

 勢いに任せて女の子が言い切った瞬間、周りの子供たちも目の色が変わった。やはり同じように緊張を見せながら、興味津々に私へ視線を集中させている。

 

「なるほど」

 

 大体の事情は飲み込めた。

 

「上手だったかはわかりませんけど、サッカーはしていましたし、必殺技も使えましたよ」

 

 一斉に「おお」と歓声が上がる。どうせ円堂さんが色を付けてしゃべったのだろう。その中でも女の子の喜びようは際立っており、円堂さん張りの瞳のきらめきに私は頭痛がする思いだった。ただでさえ少ない女性サッカープレイヤー。しかも必殺技が使えるのだと、寄せられる期待が実に重苦しい。

 

「じ、実はわたしも必殺技の練習してて……でも、あの、あんまりうまくいかなくて……その……」

 

 と、話すうちに緊張のほうが勝ってきたのか、段々としどろもどろになっていく女の子。顔を真っ赤にして縮こまってしまう彼女に、背後の円堂さんがニカッと笑った。

 

「俺は必殺シュート使えないし、キーパー技の特訓もしなきゃならないからさ。もしよかったらベータ……じゃなくて、米田にコイツのコーチしてほしいんだよ」

 

 円堂さんに頭へ手を置かれ、女の子がぶんぶん首を縦に振る。

 

 だからそんな風にされると、断るに断れないじゃないか。

 

 悩んだ末にどうにもならず、私は内心でため息をついた。

 

「……まあ、アドバイスくらいならできると思いますけど――」

 

「よっしゃ!じゃあ練習再開だ!頼んだぜ、ベータ。マコは頑張れよ!」

 

 言質をとるや否や、円堂さんのその一声で子供たちは蜘蛛の子を散らすようにコートに戻っていった。唯一女の子、マコだけがガチガチに緊張しながら、「よ、よろしくお願いします!」と頭を下げていって、私はたちまち寒々しくなったその場で、サッカーバカを筆頭とした子供たちの忙しなさにただ圧倒されていた。

 

(というかあの方、またベータって呼びましたね……)

 

 気を付けようという気持ちはあるみたいだが、もう円堂さんの無意識で『米田』の字に『ベータ』というルビが焼き付いてしまっているのだろう。この頑固さ。修正は諦めた方が賢明かもしれない。

 

(今後深く関わることもないでしょうし)

 

 呼び方なんてどうでもいいか。

 

 そんなことを考えながら立ち尽くしていると、ずいぶん控えめな音量で秋さんの声が右耳に届いた。

 

「あ、その……佳ちゃん。こっち座る?」

 

 ドリンクやらタオルやらを置いてあるベンチに腰かけて、見慣れてしまった気まずそうな表情の秋さんがその隣の空席をポンと叩いた。

 

 私は誘われるがまま、その席に座る。人数の関係か、コートの片面だけを使って守備と攻撃の練習を始めた彼らの微笑ましいサッカーを眺めていると、やはり秋さんがおずおずといったふうに口を開いた。

 

「今日は、本当にごめんね?お昼の時も今も、私が不用意に佳ちゃんのこと話したせいで迷惑ばっかりかけちゃった」

 

「もう……だから気にしないでって言ったじゃないですか。今度もそうですけど、そのことについて秋さんを迷惑に思ったことはないです」

 

 攻撃チームの男の子が放ったシュートと、それを危なげなくキャッチする円堂さんを見届けて、私はそう言うと秋さんに向き直った。

 

 苦笑を浮かべる彼女に『しいて言えばそれが迷惑なんですけど』と内心で思い、しかしそれをおくびにも出さず私は言った。

 

「というか、そもそもサッカーのことで秋さんが私に遠慮する必要はないんですよ?私がサッカーをやめたことと秋さんがサッカーから離れたことは、全く関係がありませんから」

 

 建前でも何でもない。間違いなく本心で、事実だ。会うたびに必要のない懺悔をされるのは飽き飽きなのだ。

 

 けれどやはり、いくら真剣そう伝えようとも秋さんには届かない。相も変わらず彼女は自責の念に囚われたまま、申し訳なさそうに顔を歪めるばかりで、わかっていたとはいえ嘆息せざるを得ない。

 

(ままならないものです……)

 

 私は秋さんの過去に遠慮してサッカーをしないのではなく、単に飽きたからサッカーをしないだけなのだ。

 

「そう、ね……」

 

 秋さんが曖昧に笑う。

 

 何度言っても聞き入れてもらえない。私のその理由が遠慮した故の建前だと、頑なに信じ込んでしまっている。

 

「佳ちゃんはさ、どう思う?」

 

「……はい?」

 

 私が気落ちしている間に、秋さんの視線はコートの賑やかな練習風景に移っていた。何のことかと訝しむ私に彼女が指をさす。

 

「マコちゃん。佳ちゃんから見てどんな感じがする?」

 

 その先を辿って、件のマコを発見する。彼女は攻撃側のチームのようだが、そういえば一度もシュートした姿を見ていない。それどころか保持したボールは軒並みすぐに奪われてしまっていて、初見だが動きもどこかぎこちないように見えた。

 

「なんというか、まだ緊張してしまっているみたいですね。身体がガチガチでうまく動けていないように思えます。必殺シュートを覚えられる素質があるだけに、本来の動きが見れないのは残念です。他のメンバーは楽しそうにしているのだから、その波に乗ってしまえばいいのに……」

 

 私に注視されていることに気付いたのか、マコの顔がさらに赤みを増した。ちらちらと何度も私のことを伺い見て、その度に動きが悪くなる。

 

 ここまで重症であるのなら、私はもう帰った方がいいのではなかろうか。

 

 痛々しさすら感じるその姿に、後ろ向きな考えが頭をよぎる。実際三割くらいは本気で撤収の言い訳を考えていたのだが、マコを傷つけないような言葉を探し始めて間もなく、その思考に秋さんの手によって堰が下ろされた。

 

「……だよね」

 

 その声の色に、私ははっとして振り向いた。

 

 どこかすごく遠い場所から肩に触れられたような、釈然としないその感覚は、しかし気にする間もなく掻き消えた。

 

 瞬きする間に秋さんの表情から苦悩の色は消えていた。少しだけ明るさを取り戻した彼女に私は疑問を覚えるも、その問いは発声されることなく、次の瞬間、私の思考は意識ごと秋さんの言葉に向いていた。

 

「あっ!佳ちゃん見て。マコちゃんが必殺シュート打ちそうだよ!」

 

 一拍と空けずに私の視線はコートへ行った。ゴール手前ではなるほど、フリーのマコがボールを蹴り上げ、高所からのボレーシュートを放たんと、今まさに脚を振り上げている。ボールの周囲を彩る集った力の光芒は、まるで彗星のようだった。

 

 溜めもシュート体勢も大きな問題は見当たらない。荒はあるが、これなら七割ほどは完成しているといえそうだ。

 

 後はそれをどう放つか。前段階でこれだけ完成しているのなら、彼女の実力的にもすでに必殺技の形はできているのだろう。

 

 はたして私が口を挟む隙があるのか。アドバイスすると言った手前、何か言うことを見つけねばと若干の不安感を抱えながら、私は固唾を飲んで彼女を見守る。

 

 きっと私だけではない。円堂さんも他のチームメイトも、このままマコの必殺シュートが放たれるさまを想像しただろう。

 

 しかしそこに黒点が一つ。ほんの一瞬、私とマコの視線がかち合ってしまった。

 

 彼女はまたしても、自身の緊張に心を乱されたのだ。

 

 滑らかに動いていたマコの身体が強張ると、タイミングがずれたためにボールの光芒が四散した。

 

 あの彗星のような輝きは見る影もない。このまま行けば普通のボレーシュートか、あるいは無理に放とうとして必殺技の残滓に身体を流されることになるだろう。そしてマコには、そんなことを冷静に考えられるような余力は残されていなかった。

 

 無理を押してアドバイスをお願いしたお姉さんの前で無様は見せられない。何が何でも必殺技を打たなければと、そんな思いが先行してしまったのだろう。空中で体勢を崩したマコが、瞬間的に選んだのはそっちだった。

 

「グゥ……ッ!」

 

 ボールに向けて無理矢理身体を捻り、肺が潰され空気が漏れる音がする。苦しげに顔を歪め、彼女はやっとの思いでボールを足に触れさせた。

 

 しかし案の定、ボールはわずかに明滅したかと思うと、次の瞬間そのあり余った威力でマコの身体を吹き飛ばした。

 

「あ、危ないっ!」

 

 秋さんの悲鳴。マコが背中から落ちていく。

 

 だがこの結末を予期したのは私だけではなかった。本来であればマコのシュートを受け止めるはずだった彼、最も近くでマコの不調を目にしたであろう円堂さんは、マコが体勢を崩して落下するよりも早くに動き出していた。

 

「きゃんっ!」

 

「うおっ!」

 

 結果的に、マコが地面に激突するよりも早く、円堂さんのキャッチが間に合った。もちろんキャッチしたのはボールではなくマコ自身の身体だ。

 

 小学生の女の子とはいえ、さすがに高所から降ってきた人体を完璧に受け止めることは難しかったらしく、ドスンと尻もちをついてはいたが、どうやら二人とも無傷で済んだようだった。

 

 秋さんの「よかった……」というため息に心底同意して胸をなでおろし、浮きかけた腰を落ち着ける。円堂さんに救われたマコも、恥ずかしいやら申し訳ないやらで顔色を滅茶苦茶にし、それを円堂さんに慰められていた。

 

 その慰撫の輪に他のメンバーも加わって、マコの感情も落ち着きを見せ始める。多少ヒヤッとさせられたが何も問題はない。むしろこの事件でマコの緊張も吹き飛んでしまったようで、その表情には笑みさえ見れた。

 

 まさに雨降って地固まる。皆がその光景に破顔し、温かさを覚える。しかし、その清涼な雰囲気に水を差す者が、イナズママークの橋の下から現れた。

 

「おいおいおい!だれですかあ、こんなもん蹴りやがったのはァ!」

 

 嫌味たらしいだみ声に、皆の視線がそちらへ向いた。

 

 彼らは男二人組だった。長身痩躯の男と、反対に小柄で横に幅広い男。いかにも不良といったふうな格好で、こちらを威圧するように睨みつけている。

 

 そしてその足元に一つ、サッカーボールが転がっていた。

 

 それが意味するところにすぐさま気付いた円堂さんは、慌ててそいつらの元に向かう。そのほとんど同時に、私もまた席を立った。円堂さんを見る不良たちの眼にありありと浮かぶ尊大な気配は、どう考えても彼の謝罪だけで済ます気があるように思えなかったからだ。

 

 その危惧は残念なことに的中してしまった。しかも想像よりも暴力的に、だ。

 

 どっ

 

 鈍い音。不良たちに頭を下げていた円堂さんが、お腹を抱えて崩れ落ちる。小太りのほうが問答無用で前蹴りを打ち込んだのだ。

 

「円堂くん!」

 

 悲痛な声を上げる秋さんを制し、私は前に出た。奴らを刺激しない程度の笑みを顔に張り付け、怯える小学生たちの前を通る。

 

 円堂さんには悪いが、最初の原因を作ったのはこちらだ。無論、暴力に訴えた奴らが正義とは程遠いところにいることも事実だが、それを言ったところで奴らは原因を笠に着て、引き下がることはないだろう。

 

 何の実ももたらさない奴らに付き合うことはない。その考えで私は奴らを適当に追い払うべく口を開いたのだが――

 

「おっ!見てくださいよ、安井さん!結構いい女!」

 

「なんだ、お前このザコの彼女か何か?だったらちょうどいい。こっち来いよ。俺らとデートしよーぜ?こんなくだらねえ球蹴りなんぞやめてよォ。なあ、わかんだろ?」

 

 吐しゃ物みたいな性欲濡れの視線と、あまりにも不快な内容の言葉に、私の『下手に出てやろう』という最後の情けはあっという間に消え去った。

 

「あら、今どきの不良は随分と饒舌なんですね。おサルさんよりも小さい脳味噌で言葉を話せるなんて、私すっごく驚いちゃいました。まあその代わり……ふふ、内容はとても陳腐で下劣なものでしたけど。アウトローを気取る前に、きちんとお勉強なさることをお勧めします。おバカさんのままでは誰もデートなんてしてくれませんよ?」

 

 掛け値なしで満面の笑みと共に、あざとく小首を傾げてやる。

 

 まあ所詮、中学生に程度の低い難癖をつけるしか能がない不良擬き。小太りは言葉を理解するのに時間がかかっている様子だったが、一方長身のほうは気が抜けるほどあっさり私の挑発に乗った。

 

「は、ははッ!言って、くれるじゃねえの、この(アマ)ァ……」

 

 青筋を立てた長身が、怒りを抑えきれないのか唇の端を痙攣させてゆっくりと近寄ってくる。

 

「ベ、ベータ……ッ!」

 

「佳ちゃんッ!」

 

 次の瞬間起こるであろうことを予見した円堂さんと秋さん、そして子供たちから痛心の視線を感じる。しかし私はそれに答えることなく、柔和な笑みで長身と対峙し続けて――一瞬だけ、地面に転がるサッカーボールに眼を向けた。

 

「女だからって、オレに舐めた口利いたらどうなるかァ……教えて、やるぜェッ!!」

 

 見せつけるような前動作の後、迫力も何もないテレフォンパンチが私の顔面めがけて飛んだ。

 

 秋さんの悲鳴と、下卑た不良の表情。そして迫るへなちょこな拳。それらすべてを冷静に見切って、まさにそこしかないというタイミング、私は動いた。

 

 サッカー尽くしの今日一日で鮮やかに蘇った過去の記憶、現役時代は何度も打ち放った必殺技の要領で、私はサッカーボールを踏みつけた。

 

 靴の裏でボールが滑り、土が巻きあがる。ほんの少し靴の角度を変えてやれば、ストンピングされたボールは強烈にバックスピンして、跳ね飛んだ。

 

「ぐほっ!」

 

 抑えから放たれたボールは狙い違わず、アッパーカットのように長身の不良の顎を捉えた。威力と回転の力を余すことなくその一点に伝えた結果、ボールは不良の身体すら持ち上げ、吹き飛ばす。

 

 数メートル飛んで墜落した長身の不良は起き上がらない。代わりに、大口を開けて唖然とする小太りな不良のほうに、私はまた全開の嫌味を笑い告げた。

 

「あらお可哀そう。『くだらない球蹴り』なんて言ってしまったから、ボールが怒ったんでしょうか。不思議ですねぇ」

 

 そこまで念入りに教えてやって、ようやく小太りも状況を理解したのか、その顔に怒りが満ち始める。敵愾心に肩を怒らせながら私を睨め付け数歩進み、そして目の前に降ってきたボールに脚を止めた。

 

 吹き飛ばされた片割れのことを思い出したのか、小太りはボールを凝視したまま歯を食いしばり、硬く握りしめた拳を震わせた。

 

「くッ……この……こんなもん……ッ!」

 

 忌々しげに吐き捨てると、小太りは大きく脚を振りかぶった。弾むボールに集中するあまり重心さえふらふらで、なんとも間抜けな体勢であったが、運のいいことに奴は空振りして無様にひっくり返ることなく、辛うじてボールを蹴ることに成功した。

 

 しかし、恐らく私を狙ったのであろうそのボールは、ヘロヘロとあらぬ方向へ飛んでいく。

 

 無駄に斜め回転がかかったそのボール。もしこっちに飛んで来たらボレーで返してやろうと、スカートを気にしていた私は、曲芸じみたチャレンジをする必要がなくなったことにこっそり安堵してそれを見送った。

 

 自分のことに気を取られ、そのことが一瞬頭から抜け出てしまったのだ。

 

 視界からボールが消えて、私はようやく気が付いた。あのボールが向かった先には、まだマコたちが――

 

「……ッ!」

 

 私は息つく間もなく振り向いた。

 

 回転によって威圧的なうなりを上げるボール。それを怯えた目で見つめるマコたち。どう考えても間に合わない。

 

 わかっていても、私の身体は動いた。反射的にボールを追った足が一歩踏み出す。

 

 遅れて身体も追随して振り向き、ボールを真正面に据えた視界。私はそこに、彼の姿を見た。

 

 恐らく、堤防のほうからジャンプしたのだ。白髪ツンツン頭の少年が、ボールの前に突然飛び出した。

 

 キリ、と引き締まった目がボールと、そして不良を睨み、見事な姿勢制御で滑らかに動いた彼は、空中に飛ぶボールをその時蹴り返した。

 

 火炎を巻き散らし、竜巻のような尾を引きながら、ボールは私の横を突き抜ける。背後で「おひゃあっ!」と小太りの間抜けな声がして、次いで長身の「ぶへっ!」という既視感のある断末魔が聞こえた。

 

 身体に二、三歩と流された私は、頬に残る火炎の熱を感じながら振り返る。長身の不良は顔に煙るボールをめり込ませ、小太りの不良はそれを見てまた大口を開けていた。

 

「や、安井さぁん!て、てめえ……」

 

 と、馬鹿の一つ覚えに口火を切った小太りは、次の瞬間、瞳に先の白髪の少年の鋭い視線を浴びるや否や顔を青くし、踵を返した。

 

「お、覚えてろよーッ!」

 

 お手本のような捨て台詞を吐いて、気絶する長身の不良を担ぎ小太りは走り去っていく。それを呆然と眺めていると、ダメージから立ち直ったらしい円堂さんの、いつかのサッカーバカらしい声色が鼓膜に突き刺さった。

 

「待ってくれ!お前のシュートすげーな!もしよかったら、俺たちと一緒に練習しないか?」

 

 続く言葉はない。その時ようやく我に返った私が振り向くと、件のツンツン頭の少年は円堂さんに背を向け、階段を上っていた。

 

 その後姿に私ははっと思い立ち、階段下で佇む円堂さんに近寄ると、告げた。

 

「もう遅い時間ですし、申し訳ありませんけどそろそろわたしも失礼しますね?」

 

 私の存在が頭から抜けていたのであろう円堂さんが狼狽しているうちに、私はコートの子供たちに頭を下げた。

 

「すみませんでした。私が彼らを不用意に煽ってしまったせいで、皆さんを危険に晒してしまいました……」

 

「そ、そんなことないですっ!わたしも、あいつらにはムカついたし……そ、それにっ!誰もケガしなかったから、大丈夫ですっ!」

 

 もう一押しをする必要もなく、瞬時にそう言ってくれたマコに続いて周囲の男の子たちも首を縦に振る。その許しに淡く微笑んでから、時短の礼にと、私はマコに耳打ちをした。

 

「マコさんの必殺シュート、ちゃんと打てれば十分強力なものになると思いますよ。後は力を入れ過ぎないようにして、自信を持ってください」

 

 すると今度は嬉しそうにして顔を赤くする彼女に、「それでは」と会釈すると、円堂さんと秋さんにも礼をして、私はその輪から立ち去った。堤防の階段を上りきるころにはもう皆が気を取り戻したらしく、練習再開を告げる円堂さんの声を皮切りに、子供たちの微笑ましい喧噪が河川敷に響き渡っていた。

 

 ツンツン頭の少年に便乗しようやく脱出に成功した私は、その光景を見ながら数秒呆けると、ひとりごちた。

 

「……まあ、どうでもいいことよね」

 

 どうにも目を引かれてしまう彼らの様子に呟くと、私は無理矢理視線を切って歩き出した。

 

「ぼーっと見ていても、何の意味もありません」

 

 平坦に言う自分の声を聴きながら、私の脚は錆の浮いた橋名板に差し掛かった。どうせなら道を戻らずに馴染みのない帰路を辿ってみようか、なんて好奇心がないわけでもなかったが、誰かに見られれば品行方正で通っている私の印象が壊れかねないと、すぐに取りやめる。

 

「もう日も沈んじゃいましたし」

 

 夜に通学路外を徘徊して、あいつらのような不良に見られるのはぜひとも遠慮したいところだ。

 

 とりとめもなく思考を回しながら、橋名板の角を曲がって稲妻マークの橋に入る。すると――

 

「おい」

 

 数歩先、剥き出しの主構に背を預け、とっくに去ったと思っていたあのツンツン頭の少年が、私を待ち構えていたかのように鋭い視線を向けていた。

 

 突然の登場と、身構えずに受けた眼光のせいで私は普通に驚いた。それでも、彼が背を離して私に向き直る間に平静を取り戻すと、私は子供たちにやった時と同じように頭を下げて、言った。

 

「さっきはありがとうございます。おかげで誰もケガをせずに済みました。皆の分も、お礼を言わせてください」

 

「………」

 

 返事がない。さっきもそうだったが、無口な性質なのだろうか。あるいはただのコミュ障か。同級生のあの男の子のように、女の子と話すのが恥ずかしいお年頃なのか。

 

 どうであれ、反応がないのであればしょうがない。

 

 とにかく礼は言ったのだからと、私は流れ作業的に会釈して、彼の隣を通り抜けた。その直後だった。

 

「お前は、何故サッカーをやめたんだ」

 

「はい?」

 

 顔だけで振り向くと、思いがけず近い距離にあの引き締まった表情があった。

 

「あっちの女子と話していただろう。サッカーをやめたと。それに不良共を倒したあのボール、あんなことができる技術を持っていてサッカーができないわけがない。何故やめた」

 

(なんで私たちの会話を聞いているんですか?ストーカーですか?)

 

 ぐいと飲み込み、言葉を返す。

 

「『何故』、ですか。そちらこそ何故です?見も知らぬ女の子がサッカーをしなくなった理由なんて、知ったところであなたには何の利益もないじゃないですか」

 

「……俺も、だからだ」

 

 質問で返された彼はしばらく苦悶するそぶりを見せた後、絞り出すように言った。

 

 首を傾げながら、私はまた尋ねる。

 

「あなたも、サッカーをやめたんですか?」

 

「……ああ」

 

 それは果たして私の質問に対する答えなのだろうか。疑問ではあるが、うつむく彼にそれ以上答える気配はなく、拘束されるのも面倒だと、私は一つため息を吐き、答えた。

 

「別に、ただ飽きただけですよ。サッカーを、楽しいと思えなくなった。それだけです」

 

 本当に、彼はこんなことを聞いて何がしたかったのか。

 

 何を求めたのか知らないが、私のこのつまらない理由に彼も肩を落としたことだろう。そう思ったのだが、意外にも彼の表情には落胆などはなく、それどころかわずかに目を見開き驚愕しているようだった。

 

「……?私、何か驚かれるようなこと言いました?」

 

 つい尋ねると、彼は小さく「いや……」と呟き、そして訝しげな眼をして言った。

 

「サッカーを楽しめていないと、そんなふうには見えなかったんだ」




アニメとゲームを七対三くらいの割合でごちゃまぜにしてお送りしております。
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