レミール最期の日   作:獲ぬ鷹

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判決

パーパルディア皇国の元皇女、レミールは東京拘置所の独居房にいた。

 

わずか6㎡、畳3畳分の細長い部屋が彼女に与えられた生活の場だ。

彼女はここで寝起きし、三度の食事を取り、用を足す。

その様子はテレビカメラで24時間監視されている。

 

窮屈な空間ではあるが、生活は比較的自由だ。

新聞や雑誌、テレビを見ることもできるし、日記を書くこともできる。

何もする気にならなければゴロ寝していてもいい。

囚人と言っても懲役囚のように強制労働させられることもない。

 

彼女がやるべき「仕事」はただ一つ。

それをやるべき日はいつなのか、彼女には知る由もなかった。

 

 

 

戦争犯罪人を裁く特設法廷。

一月前、レミールの裁判はここで行われた。

罪状は「民間人の大量虐殺」

 

忘れもしない中央歴1640年1月18日、パーパルディア皇国軍はフェン王国に侵攻。

ニシノミヤコを陥落させ、その地に居合わせた日本人観光客203名を拘束した。

彼らを人質に日本の皇国への隷属を要求したが、日本は人質の即時解放を要求。

激昂したレミールは人質の処刑を命じ、全員が剣で惨殺された。

 

「あの時・・・」とレミールは思う。

 

「・・あの時、人質を解放していれば・・・いや解放とまでは言わずとも、

 生かしたまま日本との交渉を行っていれば・・・その冷静さが自分にあれば・・・

 日本の逆鱗に触れなければ・・・皇国が再起不能に追い込まれることも・・・

 私がこうなることもなかった・・・」

 

後悔の念は日に日に強くなる。

時計を巻き戻したい、あの日に戻りたい。

 

「・・しかし、今まではそれで何の問題もなかった・・・

 戻ったところで異なる判断ができるだろうか・・・

 結局、災いの根源は日本なのだ・・・日本がこの世界に転移してこなければ・・・

 その時点で私の運命は決まっていたのだ・・・」

 

思考は堂々巡りを繰り返す。

有益な結論は何一つ得られず、後悔と絶望の念がとめどなく膨らんでいく。

 

 

 

レミールの弁護人が選任された。それ自体彼女にとっては驚きだった。

なぜなら皇国には弁護人など存在せず、裁判は裁判官と検察官のみで行われるのが常だからだ。

 

弁護人との初接見の日、彼は開口一番こうまくし立てた。

 

「レミールさん、貴女の罪状は明々白々、無罪を勝ち取ることは100%不可能です。

 でもあきらめないでください。情状に訴え減刑を狙う作戦で行きましょう。

 この裁判、極刑を免れれば私たちの勝ちです。

 幸い、貴女は女性でしかも美人だ。

 我が国の裁判においては、美女に対しては裁判官の心証が甘くなる傾向が強い。

 実際、美女に死刑が宣告された事例はありません。

 ただし、貴女も努力する必要があります。

 従順でか弱い女性を演じましょう。傲岸不遜な態度は心証を悪くします。」

 

「私は無罪だ。なぜなら私は200名の日本人を犠牲にすることで、

 日本が焦土となりより多くの日本人の命が失われることを防ごうとしたからだ。

 これまでも同じことを何度もやった。その結果戦争が避けられ多くの人命が救われたのだ。

 それが日本の法に触れるとしても、それはこの世界の常識と日本の常識が異なるからだ。

 異世界の行為を日本の常識で裁くべきではない、そう思わないのか?」

 

「レミールさん」彼は冷たい目で彼女を見た。

「貴女の考えはよくわかりました。ですがその考えは我が国では通用しません。

 法廷でそのような主張は絶対しないと約束してください。

 もし約束を破ったら・・・私は即刻弁護人を辞任させていただきます」

 

「・・・」

 

自分の意見に耳を貸さない弁護人をレミールは睨みつけた。

しかし、この国での唯一の味方である彼を失うことは怖くてできなかった。

結局彼女は彼の弁護方針に従うことにした。

 

 

 

開廷初日。

検察官の起訴状朗読に続き証人尋問が行われた。

 

検察は日本の外交官と皇国第1外務局の職員を承認として喚問していた。

その中にはレミールの部下もいた。

彼らは口を揃えて、レミールが日本人の処刑を命じた大量虐殺の主犯であると証言した。

その様子を見て、レミールは皇国が完全に自分を見放したこと、むしろ自分を生贄にすることで、

日本との関係改善を図ろうとしていることを確信した。

 

弁護人は反対尋問を行わなかった。

事実関係では争わないという意思表示だった。

 

検察はさらに追加で証人を喚問した。

証人は中年の女性で、胸に遺影を抱えていた。

レミールはその遺影に見覚えがあった。

ニシノミヤコで処刑した203名のうちのひとり、若い男だった。

証人は男の母親だった。

 

検察官に促され、女性は口を開いた。

 

「息子は・・・息子は、大学の卒業旅行でフェン王国を訪れ、

 そこで何の罪もなく無惨に殺されました。

 就職も決まり前途洋々だった・・・親孝行で優しい息子でした。」

 

嗚咽交じりにそう語ると、レミールを指さして、

 

「この女が・・・この女が息子を、罪なき大勢の人を殺したのです!

 できることなら自分で仇を討ちたいのですがそれは叶わない・・・

 となれば司法の力に縋るしかありません!

 裁判長、この女を必ず死刑にしてください!」

 

そのときレミールが不意に立ち上がって叫んだ。

 

「無礼者!蛮族の平民風情が私を死刑にしろだと?皇国の高貴な血を引くこの私を?

 身の程をわきまえろ!

 貴様の息子の命など、私の万分の一の価値もないわ!」

 

裁判長が制止する。

 

「被告人は静粛に!勝手な発言は禁止します!」

 

「黙れ!そもそも貴様ら蛮族に私を裁く権利などない!

 私を今すぐ釈放しろ!この蛮族どもが!」

 

「被告人の退廷を命じる!」

 

廷吏に羽交い絞めにされ、レミールは退廷させられた。

その場にいた全員が唖然とし、弁護人は頭を抱えていた。

彼は全ての弁護活動が無意味であることを悟り、辞任を申し出た。

 

被告人と弁護人抜きで審理が再開した。

検察の論告求刑が行われ、当然ながら死刑が求刑された。

 

通常であれば、この後弁護人の最終弁論と被告人の最終陳述が行われるのだが、

両者とも不在のため省略された。

そのことを問題視する関係者もいなかった。

それほどレミールの振る舞いは常軌を逸していたのだ。

 

審理はこれで終了し、後は判決を待つだけ。

判決の言い渡しは翌日だった。

 

 

 

レミールは落ち着きを取り戻していた。

細い細い希望の糸を自ら断ち切ってしまったが、彼女は後悔していなかった。

 

「蛮族相手にしおらしく命乞いなど冗談ではない。私は死など恐れてはいない。

 連中が私を手にかけるというなら、皇女らしく誇りを持って運命を受け入れようではないか」

 

 

 

翌日。

 

「被告人を死刑に処す」

 

裁判長の判決言い渡しは主文から始まった。

通常、死刑判決の場合は理由を先に述べる。

そうしないと死刑判決に動揺した被告人が理由を冷静に聞くことができないからだ。

だが裁判長はそのような配慮を一切せず、続いて理由を淡々と読み上げた。

 

レミールは全くの無表情でそれを聞いていた。


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