一番道路は舗装されておらず、穏やかな自然に囲まれた歩きやすい土の道だった。ところどころに草むらや森林が密生し、生物の息遣いが聞こえる。太陽は照り、暖かな日差しが一面を輝かしていた。周りに人の気配はない。こんな自然、前の世界では滅多にお目にかかれないだろう。
歩いていると心地がいいので、俺は特に意味もなく、モンスターボールを取り出した。
「出てこいゼニガメ。」
ボールがひらいてゼニガメがあらわれる。キョロキョロと辺りを見回して、なぜ呼ばれたのかわかっていない風だった。
「なあ、天気もいいし、一緒に散歩でもしようぜ。」
ゼニガメは意外そうに首を傾げたが、それでも頷いてくれた。
マサラタウンでは知り合いを憚ってグリーンとしての態度で生活していたから、ゼニガメには人が変わったように見えるのかもしれない。
だが、態度を使い分けなければいけない場面は出てくるだろうな。それは知り合いに対してもそうだし、バトル相手に対してもだ。突然コロッと俺の態度が変わっても動揺しないように、今のうちに慣れてもらう必要があるかも。
俺の考えなど露知らず、ゼニガメはトコトコと横をついてくる。たまに撫でてやるとはにかんで、頭を擦り寄せてきたりする。かわいい。
なんというか、町の外に出たのだからもう少し殺伐としてるものだと思っていたが、案外平穏なんだな…。
なんて思いつつ、十分ほど歩いたろうか。どこからかバサッバサッと、鳥の羽ばたきが聞こえてきた。俺がとっさに上空を見上げると、そこには鳥ポケモン、ポッポが飛行していた。ゼニガメも気づいて、空をにらんで警戒心をあらわにしている。
ポッポはギラリと目を鋭くして、突然急降下してきた。しかも俺めがけて。くそ、やっぱり殺伐としてるじゃねえか!叫びたくなる衝動を抑えて、ゼニガメにすかさず指示を出す。
「みずでっぽう!」
ポッポの狙いをずらすようにステップを踏んで軽く攻撃をいなし、みずでっぽうの射程から離れる。
水撃は勢いよく放出され、ポッポを撃ち落とした。
「ポーッ…。」
間抜けな声を出して目を回しているポッポを眺める。たいした傷は負っていないようだ。まあ野生ポケモンとは言えむやみに大怪我を負わせていたら可哀想だからな。
ゲットしようかとも考えたが、やっぱりやめた。このポッポはあまり強そうじゃない。個体値を調べるすべはないが、一撃で伸されてしまうポケモンを捕まえる気にはならなかった。
また少し歩くと、今度はコラッタが現れる。チッチッ、と鳴き声をあげながら、こちらに飛びかかってきた。ていうかまた俺狙いかよ!トレーナーが攻撃されないのはゲームの中だけの話か…。
飛びのいてなんとか攻撃を回避し、ゼニガメに対処させる。
「たいあたりだ!」
攻撃がヒットし、コラッタは目を回して気絶した。野生のポケモン、ちょろい。またゲットするか悩んだが、やっぱり無視して歩き出した。
ゲームでもそうだったが、一番道路の草むらからはポッポとコラッタしか出現しないようだ。対処法をわかってしまえばさほど強敵ではなく、どちらもゼニガメが簡単に屠れる相手になった。
まあそんなわけで、それからも度々襲いくる野生ポケモンに対応しつつ、捕まえるべきか迷い、結局捕まえずに捨て置くというサイクルが続いていった。
またしばらく歩くと短パンを履いた少年に出会った。へえ、これがたんぱんこぞうか、などと呑気に構えていると、
「お前目があったな!トレーナー同士、目と目があったらポケモン勝負だ!」
なんて言って、いきなり勝負をふっかけてきた。俺はふっ、と嘲笑って、グリーンらしい態度を作る。
「はあ、おまえさあ、もうちょっと誘い文句考えたほうがいいぜ。どこの喧嘩番長だよまったく。」
「う、うるさいな!いいだろ別になんでも!それより勝負を受けるのかどうなんだ!」
たんぱんこぞうは恥ずかしそうに鼻をこすって顔を赤らめた。おまえの赤面は誰も求めてねえんだよ、と内心でごちる。
「まあ、受けてやるよ。自分がトレーナーとしてどの程度の実力があるのか、知っておきたいしな。」
「へっ、そうこなくちゃ!」
やつは嬉しそうに笑って、ボールを構える。
「行けコラッタ!」
ボールがはじけてポケモンが飛び出した。コラッタか。さっき散々戦ったから、対処法は万全だと思うけど。不安要素があるとすれば、トレーナーの存在か。後ろからポケモンに指示することでどれだけ動きが変わるのか、その辺は注目だな。
コラッタは前歯をむき出しにしてゼニガメを威嚇している。態度や仕草から、ある程度バトル慣れしているのがわかる。
「先手はいただくぜ!コラッタ、たいあたり!」
かなりの速度、だが直線的な攻撃だ。俺は落ち着いてゼニガメに指示を出す。
「しっぽをふるで翻弄しろ。」
ゼニガメは相手に背中を向けて尻尾を器用に振り回した。尻尾の軌道は独特で、近づいてきたコラッタはあからさまに動揺する。ダメージにはあまり繋がらない技だが、近づくポケモンへの牽制として挟めば有用な効果を発揮する。
一番道路での道すがら、突貫してくるポケモンたちを傷つけずに追い返そうと試行錯誤するうちに、この使い方を見つけたのだ。
敵のたいあたりがとまる。隙ありとばかりに次の攻撃を叫ぶ。
「たいあたりだ!」
どん、と鈍い音がして、コラッタに攻撃がヒットする。体重の軽いコラッタは吹き飛ばされて、三メートルほど飛んでいった。だが倒れはしない。そこは流石に野生のポケモンとは違うか。俺は笑って、また攻撃を仕掛けた。
「よし、みずでっぽう。」
立ち上がったコラッタはなんとか避けるが、まだダメージを引きずってか、スピードはさほど出ていない。
「敵の動きをよく見ろ。連続でみずでっぽうだ。」
コラッタの進行方向を塞ぐように水撃を放っていく。詰め将棋のように逃げ道を潰し続け、ついにはコラッタはみずでっぽうに直撃した。
「コラッタ!?」
コラッタは完全にダウンしていた。たんぱんこぞうは顔をしかめて、コラッタをボールに戻した。
「まっ、こんなもんか。やっぱりこのあたりのトレーナーじゃ俺の相手にはならないな。」
もうほとんど素なんじゃないかというレベルで皮肉は自然に口をついて出る。たんぱんこぞうは悔しそうに歯噛みした。
「あんまり調子にのるなよ!お前なんてこの先のトレーナーたちに比べれば、全然弱いんだからな!」
「へえ、そうかよ。」
不敵に笑って、俺はその場を後にした。
なんというか、グリーンの悪役臭がすごい。
相手の実力が期待外れだったのは事実だ。ただ、そんな感情をグリーンの外面はああいう風に表現してしまう。別にやめることもできるが、まあ、今のところは不都合もないからな。当面はこのままの調子で行こう。うん。…そのうち戦ったトレーナー全員から嫌われそうな気がする。
それからかなり時間が経った。どれくらい歩いたろう。朝の9時ごろ家を出たはずだが、今太陽はちょうど真上のあたりに登っている。
あつい。気温はそれほどでもないのに、歩きづめで舗装されていない道は変に体力を消耗する。ゼニガメも疲労が見え始めていたので、少し前にボールに戻した。後どのくらいでトキワシティに着くのだろう。不安になって、少しだけ辺りを見回した。どこかで道を間違えたり、はしてないはずだけどな…。
あれからトレーナーとも何度か戦った。多少面白いバトルはあったが、それでも苦戦するほどの相手はおらず。旅の疲れと、不完全燃焼な連戦に辟易していた。
うまくいきすぎている。俺はそれが気に入らなかった。
不意に、顔に影がかかる。太陽が雲に入ったのか。いや、それならどれだけいいか。俺は何度目かになるため息をついて、上空を見上げた。やはりというかなんというか、そこにいたのはポッポだった。もう10回は戦っているだろう。見飽きた光景にうんざりしながら、ゼニガメを繰り出した。
だが、そのポッポは他の個体とはどこか違うようだった。上空を旋回しながら、こちらを値踏みするようにじっくりと視線を向けていた。3、4メートル上にいられてはみずでっぽうでも容易には捉えられない。それを知ってか知らずか、攻撃を仕掛けてくることもなく、出方を伺っているのだ。その瞳には、野生の鋭さの中にも怜悧を含んでいた。
なるほど、なかなか良さそうなポッポだな。俺は初めてボールを投げるに値しうるポケモンに出会えた気がした。
「ゼニガメ、あいつは多分そこそこ強いぞ。集中しろ。」
俺が小声で囁くと、ゼニガメは空を見据えて撃ち抜かんと狙いすました。
二匹は間合いを探り合いながら、視線を交わしている。俺は静かに、奴の動きの一切を観察していた。
強い羽ばたきの音とともに、ポッポは飛翔した。一瞬あっけにとられた。奴は敵対する俺たちとは逆方向、つまり今よりもさらに高く、天空へと登ったのだ。
逃げたのか、いやそんなはずない。けれどもポッポの姿は次第に小さくなり、ついには俺たちの視界から完全に消えた。
警戒を解かずに空に目を凝らしていると、10秒ほど経って、ポッポは再び姿を現した。だが、奴は今、太陽の中にいた。きつく照り輝く光を背にして、その体はオレンジに燃えている。まるで戦闘機のような超スピードで、まっすぐこちらをめがけて飛んでくる。太陽の光が邪魔でゼニガメは正確に狙いを定めることができない。さらには高所から急降下し、でんこうせっかを使うことで速度を加速させているのだ。考えたものだ。それにでんこうせっかなんて、野生のポッポはまず覚えていない技のはず。期待以上に面白くなりそうだ。
俺は手で庇を作り、スッと目を細めた。ほとんど見えない。だが、当てる方法はありそうだ。
「ゼニガメ、みずでっぽう!狙わずに撒き散らせ!」
無作為にみずでっぽうを空中にばらまく。ポッポは驚いたように速度を落としたが、もう遅い。完璧なタイミングで放たれた水壁は奴の目の前に展開され、回避は不可能。バシャッ、と音を立てて、水の中に突っ込んでいった。
みずでっぽうを点としてではなく、面で捉える。命中精度に多少難のある水撃をいかに当てるか考えた結果だ。
ポッポはそれでも空中にとどまっていた。ばら撒かれた分みずでっぽうの威力はあまりないが、それでも直撃を受けて飛んでいられるのは驚異的だ。
「みずでっぽうだ!今度はよく狙え!」
一本の放水がポッポを正確に撃ち抜かんと迫る。濡れそぼった翼ではまともに回避できないのか、のけぞるようにして直撃は防いだものの、また翼にかすってしまう。
奴はそれでも、持ちこたえてみせた。空中で苦しそうに羽ばたきを続け、自尊心のこもった瞳で、俺をまっすぐ見据えている。
「連続でみずでっぽう!」
まだ落ちないポッポを仕留めるため、たたみかけて攻撃を繰り返す。水は二撃、三撃と腹や翼を打ち、ついに奴は撃墜された。真っ逆さまに落ちていく最中、俺は用意していたモンスターボールをとっさに構え、投げつけた。空中でボールはポッポにぶつかり、中に収納する。カチッ、と音が鳴り、ゲットした合図である白い光がボールを満たした。
「ポッポゲットだぜ、ってな。」
薄く笑って、初ゲットの余韻を噛みしめるように呟いた。
ゼニガメは多少気の毒そうに俺の握っているボールを見ていた。まあ、こいつには弱いものいじめみたいな役回りをずっと押し付けてるからな。もともと優しい奴だし、心配するのも無理ないか。
俺はさっそくボールを開いて、ポッポを呼び出した。出てきたポッポは弱り切っていて、とても抵抗できる力は残っていない。バッグからきずぐすりを取り出し、使ってやると、多少マシになったようだ。調子を確かめるように翼をはためかせている。
「なあ、ポッポ。」
鋭い眼光がこちらを睨んだ。俺は気にせず話を続ける。
「お前は、もっと強くなりたくないのか?そんなに速く動けて、頭も切れる。この辺りの敵相手じゃ、物足りないだろ。」
ポッポは少し首をもたげた。
「そして、自分に満足もしてないはずだ。俺についてくれば、世界最強のトレーナーの手持ちポケモンにしてやる。誰にも負けない、無敵のポケモンに。なあ、俺と一緒に来ないか?」
ポッポはしばらく悩んでいる風だった。もしこいつが嫌がれば、俺は逃してやる気でいた。協力的でないポケモンをいくら連れ回したところで戦力にならない。だがポッポは逡巡ののち、小さく、けれども確かに頷いた。
「一緒に来てくれるのか?」
「ポッー。」
「ありがとな。」
語ったことに嘘はない。高潔さ、知性、そして戦闘センス。このポッポの器は相当なものだと思う。いずれゲームの彼と同じように、ポケモンリーグに挑戦する時がくるとして。こいつはきっと、俺の役に立ち、助けてくれる。
「よし、じゃあ新しい仲間も増えたことだし、先を急ぐか。まだまだ道のりは長いからな。」
俺はひとまず傷ついたポッポをボールに戻した。こいつの傷を癒すためにも、トキワシティに早く辿り着かないといけない。
前を向くと、看板が立っているのに気づく。さっきまでバトルに夢中で見えていなかった。
『1キロ先、トキワシティ。』
俺は苦笑いして、ゼニガメと一緒に、また一歩ずつ歩き出した。
コラッタは捕まえませんでした…。ゲームだと途中解雇されているので、それなら捕まえなくてもいいかな、と。
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