白野ちゃんは叶えたい~凡才だけど頭脳労働~ 作:フロストエース(仮)
──休日。
それは、学生たちは部活動をしている者を除けば、ほぼ全員が休みを謳歌している。
友人と遊びに行ったり、家で寛いでいたり、買い物、気分転換、家事手伝い。各々が目的をもって安息日を消化し、疲れを癒し、次の月曜日に向けて英気を養うのである。
だが、何事にも例外とは付き物であり、白銀御行もその一人であった。
「労働労働楽しいなっと」
白銀は現在、アルバイトに勤しんでいる。というのも、白銀家は財政的にあまり余裕がなく、生活費の一端も彼のバイト代で賄われていた。
彼が金に細かい、というかドケチなのも、それが理由の一つである。
ちなみに、朝から新聞配達、それが終われば運送業のアルバイトを夕方まで。そして帰れば夕飯の仕度をし、余った時間は全て勉強に充てられる。
と言うのも、白銀は自身に一日10時間勉強を課しており、それが破られる事は余程の事でもなければ基本的には有り得ない。
故に、彼はアルバイトに家事に勉強にと、休日であっても多忙極まるのである。このハードスケジュールは彼にとって珍しくもなく、もはや白銀にとっては当然であり、当たり前にこなすべきルーチンワーク、即ち日常と化していた。
白銀にとっての休日とは、稼ぎ時に他ならない。平日は学校、生徒会が終わってからバイトのため、働ける時間が短いが、休みの日ならば、その制限も無くなる。絶好の働き日和となるのだ!
……あらかじめ言っておくが、彼は決して自分を極限まで追い込んで悦ぶ性癖ではないと、彼の名誉のためにも断言しておく。
とまあ、彼は今日も今日とて、休日返上の勢いで労働に精を出していたのである。
「ふぅ……」
昼も過ぎ、休憩を終える。白銀はまだ車の免許を持っていないので、トラックの助手席に乗り、相方が戻ってくるのを待っていた。
その間に、本日分の残っている配達先の確認を済ませようとリストを手に取る白銀。リストに書かれた名前を、上から順に見ていく。
「えー、あとは残り三件か。田中さんに堂本さん、ん? 横文字……最後のは外国人か?」
午前中にも何件か回ったのだが、それでもなお荷台にはまだ大量の荷物が残っている。その理由として考えられるのは、もしかすると、残った三件のうちの誰か宅に集中して荷物が残っているからかもしれない。
と、白銀がリストに目を通しているところに、ガチャリと扉の開く音が鳴り、運転手が休憩から戻ってきた。
「悪い悪い。トイレが思いの外混んでてさ。いやー、休日はどこもかしこも親子連れだったりで、公園なんかはトイレを使うのも一苦労だね」
相方の男が遅れた事に謝罪し、その釈明をする。白銀も、市民公園のトイレを昼食直後に使用したので、彼の言葉に納得していた。
「仕方ないですよ。コンビニですらトイレが混んでますからね。休日ってのはそういうもんですよ」
「だな。ま、俺たちはそんな休日を返上して働いてるワケだけど」
ですね、と笑い合いながら、二人は次の配達先に向かう準備を整え、トラックは発車する。
だいたいの地理に関しては、運転手の男も把握してはいるが、どこの家が誰の家かまで認識するなど到底不可能。故に、白銀が住所入りの地図を手に、助手席にて細部に至るまでのサポートをしていた。
「白銀くんって学校は秀知院に通ってるんだっけ? あそこってお金持ちが多いんでしょ? 社長の子どもとか、政治家の子どもだったりさ。有名どころだと、四宮グループの娘さんに、総理大臣の孫とか?」
「そうですね。他にも外国の王子に、とある筋関係の娘さん、警視庁総監の息子なんかも居ますね。あ、次の交差点右です」
「王子にヤクザに警察のトップってか? 何と言うか、流石は秀知院って感じのラインナップだな……」
男は感嘆の息を漏らしながらも、白銀の指示通り右折する。
彼のその反応は当然である。秀知院に通う生徒のほとんどは、いずれ国を背負うであろう人材ばかり。いわば秀知院学園は優秀な人材の宝庫とでもいうべき学舎なのだ。
故に、普通に生活していれば、そのような雲の上の存在と関わり合うなど、まず無い。身分制度の廃止された現代社会であっても、秀知院学園とそこに属する者たちは一般人にとって身近なようで遥か遠き存在なのである!
「でも、俺は一般人ですけどね。秀知院に入ったのだって、親父が勝手に申し込んで、それがたまたま通ったってだけの話ですから」
「ああ、外部入学ってやつ? そりゃそうか。そうでもなきゃ、バイト入れまくったりしないか。ま、白銀くんには助けられてるから、職場の全員がありがたく思ってるよ」
ハハハ、と笑い合う二人。白銀自身、自分が特別な存在だとは思っていない。だから、秀知院の生徒だから、と遠慮されるのではなく、普通に気安く接してもらえる分には居心地が良かったのだ。
「えー……そこの角を入って、六軒先が配達先の住所です」
「了解。さっさと配達済ませて仕事終わらせるかぁ」
特に何事も無く、順調に配達を終わらせていく白銀たち。二軒目を終え、最後の配達先の住所を確認するのだが、そこで白銀はとある違和感を覚える。
「……この住所、そこはかとなく覚えがあるような……?」
「え? もしかして知り合いの家とか?」
「あ、いえ。宛名が外国の方っぽいんで、多分違うと思うんですが……」
白銀にそのような知人は今のところ居ない。もしかすると、生徒会絡みで何かあったかとも考える白銀だったが、やはり思い当たる節はなく、余計な思考を頭の中から追い出す。
どうあれ、次で最後なのだ。早めに終われば、その分だけ時間も余裕が生まれる。すなわち勉強の時間を早めに取れる。そうすれば、寝る時間も僅かではあるが増えるというもの。
白銀にとってまさしく、時は金なり、なのである。
果たして、余計な思考を排除した白銀は、最後の配達先へとやってきた。
目に入ってきたのは、豪邸───とまではいかないが、屋敷と呼ぶには十分な大きさと装飾の建物。如何にも金持ちが住んでいそうな家である。
「これまた立派なお屋敷だことで……。俺もいつかは、こんな家に住んでみたいもんだねぇ……」
相方の男も、屋敷を前にして感嘆の一言。純粋な憧れの目で、屋敷に見惚れていた。
だが、それも仕方ない事。庭の隅々に至るまでに行き届いた手入れだけで、この屋敷の質の高さが伺えるというもの。
となると、住んでいるのはどんな人物なのかと気になってくるのだが、車から降りた彼らに背後から掛かる声があった。
「配達ご苦労様です……って、会長!?」
「え、岸波? あ、そうだ思い出した! 覚えがあると思ったら、年賀状を出した時に書いた住所だ! あれ、でも宛名は『バートリー』だったはず……?」
ちょうど帰宅してきたらしい制服姿の岸波白野に、白銀は戸惑いを隠せない。白野の家の事はもちろん白銀とて聞き及んでいる。世界一と言っても過言ではない大富豪の家の養女、それが岸波白野であると彼は認識していた。
故に、屋敷に彼女が住んでいるだろう事自体には違和感も無ければ、不自然さも皆無。
しかし、宛名と住人の名前の不一致は、一体如何なる理由なのか。それだけが腑に落ちない白銀だったのだが、そこである事を思い出す。
(そういえば、圭ちゃんが言ってたな。岸波の家は多国籍状態だって)
たまに白野宅にお邪魔する間柄である白銀妹。その妹から聞いた話では、白野の屋敷で雇われている使用人は外国人がほとんどであるとか。
もしかしたら、宛名の人物もその内の一人ではないか、と推測する白銀。
そして、その推測は、白野の口から当たらずも遠からずであると判明する!
「あー、それってウチの居候のコトだね。我が家は使用人の他に何人か居候が住んでるの。その内の一人の荷物だと思うよ?」
なるほど、と白野の説明に納得する白銀。白野はと言えば、荷物が『バートリー』宛に届いたと分かるや、「またか」という顔で項垂れていた。
「岸波は部活の帰りか?」
「うん、そう。今日の部活は午前だけだったから、お昼を済ませて帰ってきたところ。会長は……バイトかな?」
だから彼女は休日なのに制服で外出していたのである。休日だろうと、学校には制服で。歴史ある秀知院の、それも生徒会の人間たるもの、生徒たちの模範となる振る舞いをするべきなのである。
「今日届いたって事は、今日は居るのかも。荷物の受取人を呼んでくるから、ちょっと待ってて」
そう言って、白野は白銀と隣の相方に軽く一礼して、屋敷の中へと消えていく。
白野が屋敷へ入ってすぐに、知らぬ間に停止していた相方の男は、再起動すると白銀へと詰め寄った。
「な、なあ! 今の女の子って白銀くんの同級生なのか!? なんだアレ!? 今時の女子高生ってあんなにレベル高いの!?」
興奮を隠そうともせず、男は唾を飛ばす勢いで捲し立てる。流石の白銀も、彼の様子に若干引き気味である。
「秀知院いいなぁ! あんな美少女とお近づきになれるなんて、羨ましい限りだよ!」
「……良い事ばかりでもないですけどね」
「え? なんて?」
「何でもないですよ。それより、荷物を下ろす準備しときましょう」
白銀は零れた本音を隠すように、相方の男を誤魔化しトラックの荷台へと向かう。秀知院学園の持つ、あまり褒められるべきではない側面を、わざわざ外部に漏らす必要はない。
秀知院に在籍する全ての人間が、それに当てはまる訳でもないのだから。
「呼ばれたから参上したわ、アタシ! さーて、アタシの荷物はどこかしら?」
白銀たちが荷下ろしの準備をしていると、白野が呼んできたであろう荷物の受取人らしき女の声が聞こえてくる。
その声を聞いた白銀の第一印象は、無垢なる乙女のような可憐さを持ちながら、妖しき女の艶やかさも含んでいて、なのに若さに溢れる少女のような幼さをも感じさせる───様々な矛盾を内包したかのような少女の声。
しかし、それ以上に白銀はその少女の声に、何故か奇妙な感覚を覚えていた。
(どこかで聞いた事があるような……?)
配達先の宛名に心当たりはなかった。だというのに、何故自分はその声を知っているような気がしているのか?
白銀は疑問に思いながらも、それを解消する間もなく声のする方へと相方の男と共に向かう。
トラックの前に立っていたのは、一人の少女。赤みの掛かった長い髪、下着が見えそうな程にやたらと短いスカート、露出度高めのニットに身を包み、そして何より目を引くのは側頭部から飛び出た
異様な姿ではあるが、やはりなんとなく白銀は彼女に見覚えがあった。
「え……、あーーー?!!」
と、白銀が少女について思い出そうとする横で、唐突に相方の男がすっとんきょうな叫びを上げる。
真横に居た白銀はたまらず両手で耳を塞ぎ、何事かと混乱するが、それは男も同じで、少女を指差しながらワナワナと震える手で、パクパクと口を開いては閉じてを繰り返していた。
どうにも、あまりの衝撃に言葉が出ないらしく、なんとか捻り出した声は、やはり気が動転したものとなっている。
「エ、
まるで、有り得ないものでも見たかのような男の反応。白銀はそれを訝しく思う。自分だけでなく、彼もまた彼女について知っていた。それも、この様子では、何なら自分なんかよりもよっぽど詳しく。
少女は男の驚きぶりに気を良くしたのか、嬉しそうに、そして自信に満ち満ちた笑顔で、勝ち誇ったように高笑いする。
「アッハハハ!! やっぱり人気者って辛いわね! いや、全然辛くないんだけど! アタシの知名度もかなり広まったみたいだし、このまま頂点もゲットしちゃったり?」
「はいはい。分かったから調子に乗らないの。浮かれてると、足元掬われるよ?」
再び外に出てきた白野が、少女の脳天にチョップを落とす。それなりに威力があったのか、少女は「ンギャ!?」と小さく悲鳴を上げ、頭を抱えてその場にしゃがみこむ。
「ゴメン、うちの居候が騒がしくて。ほら、エリザ。早く荷物を受けとるよ?」
「痛いじゃない子リス!? アタシってば頭痛持ちなのに、脳天チョップはヒドくない!?」
エリザと呼ばれた少女はすぐに復活したので、チョップに威力はあれど重みは無かったようである。
白銀は配達証明書にサインをもらい、早速荷物を下ろしに掛かる……のだが、やはりエリザという少女について疑問が残り、働きながら相方の男に聞いてみる事にした。
「さっきの子って、もしかして有名人だったりします?」
「え? なに、白銀くん知らないの!? 一昨年突如として現れ、瞬く間に多くの人気を獲得した二人組アイドルユニット、『Red Think』のエリザこと“エリちゃん”だよ!」
「レッド……シンク……、あ」
そこまで聞いてようやく、白銀はあの少女について思い出した。たまに見る程度のテレビで、雑誌で、妹が好んで聞いている楽曲で。その顔を、声を。白銀は見た事、聞いた事があったのだ。
(確か……『ドラゴン系アイドル』としてデビューして、あっという間に売れっ子になったんだったか?)
そこでようやく「なるほど」と白銀は心の中で納得の声を上げる。あのツノは、そういう路線だからこそのものなのだ。
ただ、仕事ではないオフの日までツノを付けたままなのは、些か奇異であるというか、仕事熱心と感心すべきというか。その点だけは、白銀は微妙に腑に落ちないのであった。
荷物の搬入も終え、後は帰るだけとなった頃。別れの挨拶をしようと白野とエリザを玄関口で待つ白銀。
待っている間、妙に相方が落ち着かないのが気になる白銀であったが、しばらく待ってもなかなか白野たちは現れない。もう大きな声で礼だけ済ませて帰ろうかと思ったその時。
「まだ居るわよね!? まだ居るに決まってるわ! まだ居るならちょっといいかしら!?」
少し息を荒げてエリザが玄関まで走ってきた。何やら白銀たちに用事があるらしく、全力疾走もかくやという勢いに床がかなり軋んだ音を上げていた。
「何か不備がありましたか?」
「そうじゃないわ。あなたたちに用があるの。ちょっとついて来てくれるかしら?」
「はぁ……。ところで岸波は?」
白銀は近くを確認してみるが、エリザの他には誰も居ない。そう、
白銀が妹から伝え聞く話では、白野の住む屋敷には使用人も多く住んでいるそうなのだが、荷物の搬入の際も誰一人としてすれ違う事もなく、それどころか影すらも見えなかった。
仕事中は特に何も思わなかったが、こうして落ち着いて改めて見れば、それは明らかに異様。大きな屋敷が、エリザや白野を除いてほぼ無人に近い状態というのは、普通とは言えないだろう。
だが、エリザはそんな事など微塵も気にする様子はなく、白銀の問いに答える。
「子リス? 子リスなら、今は特性防音ルームで寝てるわよ。アタシの歌声にうっとりしちゃったのね!」
「……寝た?」
先程まで眠そうな様子など、一切なかったのにも関わらず、白野は眠ってしまったという。それに、エリザはいくつかの気になる事を口走っていた。
(防音、歌声、寝た……。岸波はこの子の歌を聞いて眠ったのか? なら、俺たちに用事って、歌を聞いてくれって事か? ───ていうか、そもそも子リスって何!?)
疑問は尽きない。だが、待ってくれるかどうかはエリザにとって無関係。
「そんな事よりも! 用事よ用事! 頼んだ荷物のチェックがてら歌を聞いていかない? というか、聞いていきなさい!」
案の定とでも言うべきか。白銀の推測通り、彼女の用事とは見事に推測通り。まさしく的中であった。
さて、ここで誘いに乗るべきか。白銀としては仕事が早く済んだ分、早く帰って勉強に時間を回したいところではあるが、せっかくの申し出だ。お誘いを受けても良いか……と白銀は考えていたのだが。
「エリちゃんのナマ歌!? モチロン! 聞いていきます! いや、お聞かせくださいぃ!!」
相方がかなりの乗り気で、歓喜の涙を流しながら先に承諾してしまっていた。この流れでは、白銀だけが断るというのは厳しいだろう。
そもそも運転手は相方の男なので、彼が残る以上、白銀は歩いて戻らねばならない。もはや残る以外に選択肢はないのである。
「決まりね! それじゃ、案内するから付いて来なさい?」
意気揚々に屋敷内への案内を始めるエリザ。彼女の後ろを、街灯に集まってくる虫の如く追いかける相方の男。そしてその後ろを歩く白銀。
白銀は前を歩く二人の姿を見失わないように気を付けつつも、屋敷の観察もしていた。広いが手入れは隅々まで行き届いており、目につく範囲では埃一つない。屋敷に有りがちな調度品などもここにはあまり多くないが、そこは白野の方針というか意向なのだろう。
だが、やはりこうして見て回っても誰も見かけない。この人気の無さは、不思議を通り越して不気味ですらある。
しばらく続いた鼻唄混じりのエリザの誘導の下、ようやく目的地へと到着する。場所は岸波邸宅の地下二階。防音というだけあって、音の伝わり難い地下にその部屋は用意されているのだ。
「さあ、ここよ!」
開け放たれた扉、その先はレコーディングルームのようになっており、またはカラオケボックスのようでもあった。
「荷物はほとんどアタシの部屋に運んでもらったけど、新品のマイクの試用はここじゃないと許してくれないのよね。というワケで、早速おニューのマイクの御披露目よ!! アタシの歌を聞いていきなさい!!」
人気最高潮のアイドルが、目の前でナマ歌を披露してくれるVIP待遇に、期待で胸が弾まない訳がない。相方の男は無論のこと、白銀とてそれは同じ。
超人気アイドルの歌を直に聞いたなど、後で自慢できるネタとしては最高レベルのものだろう。実際、
(ヤッベ! 帰ったら圭ちゃんに自慢しよ!)
などと白銀も思っていた。
そう───
「じゃ、まずは肩慣らしから。『愛のドラドラドラぶ♪』!」
エリザが息を大きく吸い込む。いざ、歌が始まらんとした瞬間、白銀はふと思い出す。「あれ、岸波は?」……と。
「
「…………ッ?!!」
予想を遥かに越える歌声───否。予想を遥かに裏切る音程の外れ具合に、たまらず耳を両手で塞ぐ白銀。
苦悶に顔を歪めながら横を見れば、相方の男は白目を剥いて立ったまま気絶していた。口からは泡が吹き出ている。
「
エリザは完全に自分の世界に入ってしまっており、途中で歌が止まる気配は欠片もない。更に、ここが地下で防音も施されているため、地上にはこの地獄が伝わるはずもなく。
まず屋敷に人が居ないので、助けを期待できようもない。
「
(ぬぅおおぉぉ……!! まるで悪魔の叫び声を聞いているかのようだ……ッ!! あれは、岸波!?)
全力で耳を塞ぐ白銀の視界の端に、横たわる白野の姿が映る。彼女もまた、相方の男と同様に、白目を剥いておよそ女性がしてはいけない顔で気を失っていたのである!
エリザの「子リスは寝た」発言はある意味で正しい。より正確に言い表すなら、白野は彼女の歌声で卒倒した、というべきか。
気付くべきだったのだ。白野が歌を聞いていて眠ってしまった、などとエリザが答えた時に。
(アイドルなんだよな!? 本当にアイドルなんだよな!? え、コレでなんでCDとか出してんの!? テレビも出てるんだろ!? こんなん放送して大丈夫なのか!!?)
今すぐにでも白銀は逃げ出したかったが、倒れた二人を置いて逃げる事など彼にできようか。ここで一人逃げ出そうものなら、男が廃るというもの。
故に! 白銀はこの責め苦を必ず生き抜き、二人を助けだしてみせると誓う!
「………ふぅ。まずは一曲歌い切ったわ! あら?」
歌い終えたエリザが、倒れた男の状態に気付く。これで終わってくれるならば───
「オーディエンスも満足してるみたいね! 感激のあまり気絶しちゃうなんて! まだ起きてるファンも居ることだし、次の曲に行くわよ!!」
(えーーーー!!??)
終わるはずもなく、地獄はまだまだ底が見える気配はない。いや、地獄はまだ始まったばかりなのだ。
「お次はヒットナンバーよ! 『恋はドラクル』!!」
それから、白銀が解放されたのは、2時間後の事だった。
───本日の勝敗結果。
白銀の敗北。(結局、途中でダウンしたため)
事の顛末を語るなら、何故、使用人たちは屋敷に居なかったのか。そこから解き明かすべきだろう。
白野の住む屋敷には、使用人の他に何人かの居候が住んでいる。エリザはその一人であり、売れっ子アイドルである彼女は仕事の関係で屋敷に居る事が少なく、ロケ地近辺のホテルに宿泊することも間々ある。
そんな彼女が、久々のオフに朝からずっと屋敷に居た。そして、白野や白銀たちが被害に遭ったように、エリザは歌を誰かに聞かせたがる性格をしている。
アイドルなのだから当然と言えば当然だ。だが、エリザにはアイドルとして致命的な欠点があった。
それこそが、超絶音痴である。
音痴、というには語弊があるかもしれない。彼女の歌声自体は絶世のものだ。それは、とある原初の王が保証している。ただ、音程の取り方に問題があった。
彼女が仕事以外で歌う時、それはたいてい自己満足によるものだ。自己満足、つまり自分の為だけに歌っている。好き勝手に音程も取らずに。
加えて、彼女は声量も大きい。大きな声量、外れすぎた音程、それらが合わさって、ヘルズミュージック足らしめていたのである。
これらを踏まえた上で考えてみてほしい。何故、使用人たちは屋敷に居なかったのか。
答えは、“エリザによるライブから逃れるため”である。
悲しいかな、白野は午後には帰るつもりだったので、携帯を充電したまま部活に向かい、エリザは白野とすれ違いで屋敷に帰ってきていた。故に、白野はエリザ帰宅を知る術もなく、使用人たちは携帯が充電されたまま置き去りになっている事も気付かず、エリザだけを残して屋敷から避難したが故に起きてしまった悲しい事件……というのが真相だ。
後日、白銀は白野にエリザの事について尋ねてみた。何故、あの音痴さでアイドルとしてやっていけているのか、と。
「それはね、エリザは自分の為だけに歌うと下手くそだけど、誰かの為に歌う時だけはすごく上手になるんだよ」
至極単純。エリザは仕事として歌う時は、白野の為を思って歌うように、とあるプロデューサーから調教、もとい訓練を施されたのである。
そのプロデューサー、そしてアイドルユニット『Red think』のもう一人が、後にまたも白銀の頭を悩ませるのだが、それはまた別の機会に……。
「お馴染みBBチャンネルのお時間です♪」
「実はセンパイの外出時には、毎回護衛としてアサシンさんが影から見守っています」
「今回もアサシンさんは護衛していましたが、センパイの帰宅を見届けて、彼はそのまま昼食に向かってしまったのです」
「アサシンさんも、センパイが携帯を置いていった事は知らないので、普通に家に帰ったセンパイに何の疑問も持たずに、昼食に行ってしまったワケですね」
「というワケで、起きてしまった悲しい事件なのでした~。というか、何でこのコーナーで真面目に補足してるんです、わたし?」
「というコトで、ここで無関係な話題を一つ。インドパナイですね? カルナさんもでしたが、どうしてインド系の神霊や英霊って常識外れなんですかねぇ? 私も大概バグってますけど、違う方向で振り切ってるというかぁ……」
「それでは無駄話はこの辺で。次回もお会いしましょう! 嫌って言っても無視しちゃうのが私、ですからね?」