白野ちゃんは叶えたい~凡才だけど頭脳労働~   作:フロストエース(仮)

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第5.0話 岸波白野は釣り上げたい

 

 

 果たして、地獄のライブは終演し、もはや死に体、ヘロヘロになりながらも白銀と相方の男が帰った後。

 エリザはひとしきり歌って満足したのか、届いた荷物の整理のために部屋へと戻った。一応の気遣いもあったらしく、エリザによって自分の部屋まで運ばれたらしい白野は、ベッドの上で目が覚めた。

 

「うぅ……まだ頭がガンガンする」

 

 痛む頭を押さえつつ、白野は起き上がり、制服から部屋着へと着替え始める。部活から帰ってそのままエリザのライブに連行され、着替える暇が無かったので、今になってようやく着替えられたのだ。

 

 一体どれだけ気絶していたのか。昼過ぎに帰ってきたはずなのだが、気付けばもう日も暮れ始めている。およそ5時間ほどは気を失っていたようだ。

 

「我ながら迂闊だったな……。携帯置いていったのが(あだ)となったか」

 

 着替え終え、充電したまま部屋に置いていった携帯を手に取ると、使用人ほぼ全員から『エリザ帰還、待避せよ』といった具合の危険勧告のメッセージが何件も入っていた。これさえ知っていれば、昼に帰ってくる事もなかったのに……などと嘆いていると、扉をノックする音が鳴る。

 

『ご在室ですか、マスター?』

 

 若い男の声が扉の向こうから聞こえてくる。物腰柔らかではあるが、全てを射ぬくが如く鋭さも内包したその声の持ち主は、当然ながら白野の使用人の一人のもの。

 

「居るよ。どうかした、アルジュナ?」

 

『あと少しで夕食の時間ですので、よろしければ食卓までお越しを』

 

「分かった。伝えてくれてありがとう。もう少しで行くね」

 

 白野の返事に了承して、彼はその場を離れていく。

 

 アルジュナ───インド神話に名高き大英雄の名を冠した彼は、まさしくその大英雄と同一人物なのだが、それはこの際関係ない。ここで重要なのは、彼という一個人の人間性、キャラクター性である。そして、それは彼に限った話ではない。

 命を賭して戦うような展開も、死に溢れるような血生臭い結末も、この世界においては有り得ない事象であると白野は認識している。故に、英雄だとか、戦士であるとか、そういった事は些末な事でしかないのだ。

 

 アルジュナが下がってから数分程して、白野は友人から来ていたメッセージへの返信を出し終えたので部屋を出る。

 白野が昼間に帰ってきた時は、屋敷はエリザを除けばもぬけの殻だったが、ようやくの平穏さを取り戻しとばかりに、いつものように使用人たちが働く姿が目に映る。

 ただし、エリザから逃れていたために、現在に至るまでの仕事が滞ってしまっていたのだから、全員が慌ただしく動き回っている。中には、

 

「ひーん! 忙しすぎて全然手が回らないよー!! もう休みたい~! お腹すいたー!! それもこれも全部エリザベートのせいだー! ドラゴン娘のバカヤロー!!」

 

「口を動かす余裕があるなら、その余力を仕事に回して下さいません? まだまだ掃除する所は残ってるんですから。(わたくし)だって早く仕事を片付けて、ご主人様と優雅なディナータイムを過ごしたいんですからね!? あと、あなたの声エリザベートさんに似てるので、あまり叫ばないでくださいます?」

 

「そうは言うがな、キャスター。ライダーとて、空腹ならば万全の力は出せないものだ。日本の僧侶は時に修行として断食を敢行する事もあるとジナコが言っていた。そしてジナコはそれを自分ならまず不可能な苦行であると。空腹とはそれほどに辛く過酷な状態を指すと言えるだろう。だが、我々サーヴァントがそれに該当するのかは微妙ではあるがな」

 

 仕事に追われ泣き言を漏らす者も居れば、それを窘める者、そして庇う者も居た。エリザただ一人がもたらした破壊の(ライブ)は、白野を襲ったのみならず、それから逃れようとした者たちの時間をさえも奪い去ったと言えよう。

 もはや災害、いや。むしろテロじみた一種の人災である。

 

 声をかけて仕事の邪魔になるのも悪いので、白野は心の中で合掌するに留め、食堂へと向けて再度歩き出す。

 

 食堂、と言ったが、何故屋敷で食堂なのか。普通、金持ちの家の食事風景と言えば十数人以上は席に着けるだろう長いテーブルに、家の主人とその家族といった具合のたかが数人が掛けている程度。

 それを白野は、寂しい食事風景だと感じた。食事は気心の知れた者たちで共に卓を囲んでこそ。

 白野は家族を知らない。いや、血の繋がった家族など存在しない。家族の暖かさを感じた事などない。だが、自分を家族のように慕ってくれる者たちなら、白野にだって居る。

 

 だから、この屋敷では食堂という形式を採用した。学校のような、注文したら料理が出てくるようなものではないが、これならば否が応でも和気藹々と食事を摂るしかないだろう。

 孤独に食事を摂るのは良くない。食事というのは、何も栄養を摂取するためだけの行為ではない。誰かと共に食事をするというのは、心の栄養にもなる。

 食事とは、心身共に栄養を摂ってこそなのだ。

 

(そう。どんなに美味しい料理だとしても、一人寂しくご飯を食べるなんて私は嫌だ。せっかくなら、皆と食べたいと思うのは、何もおかしな事じゃないはずだ)

 

 果たして、何に対する言い訳だったのか。別に言葉には出していないが、心の中でとは言え、白野は何故か自問自答しなければならないような気がしたからした、それだけの事である。

 

 

 

 

 

 

 

 ───食堂。

 

「おっ。マスターじゃねえか。ようやっとお目覚めかい?」

 

「あ。アニキちっす。おかげさまで、さっき起きました」

 

「なんだよアニキって……。ま、無事で何よりなこった」

 

 食堂には、既に先客が居た。

 さっぱり気質、自由奔放、面倒見の良い兄貴こと、名を『クー・フーリン』。

 彼は岸波家の正式な使用人という訳ではない。一応ここに住んではいるが、どうにも一ヵ所に留まるのを好まぬようで、様々な店でアルバイトをして生計を立てているらしい。

 たまに屋敷で臨時の使用人として働く事もあるが、基本的には自由人なので、こうして顔を合わせる事も珍しいのである。

 

 ちなみに、クー・フーリンはその面倒見の良さとさっぱりした性格から、よく“アニキ”と呼ばれ親しまれているが、そのアニキにも最近は種類が増えているらしく、原典である槍ニキ、キャスニキ、プロトニキ、バサニキ……などなど。

 まるで需要と供給の関係のように、アニキは世間が求める声に応じて増え続けるのだ───、

 

「いやいやいや。んなポコポコ増えねぇよ。エリザベートじゃあるまいし。そういうのは派生筆頭の騎士王にでも任せとけっての」

 

「? 何の話?」

 

「何でもねえよ。こっちの話だこっちの話。にしても、飯時だってのに、今日は人数が少ないねぇ。あのドラゴン娘が原因だってのは分かるんだけどよ」

 

 彼の言葉に、白野も席に着きながら周囲に目を向ける。確かに白野とクー・フーリン、厨房に居るメンバー以外はまだ仕事に追われているようで、白野を呼びにきたアルジュナも不在だった。

 

「まあ、朝から屋敷内全ての業務が滞っていたからな。今日だけは特別に仕事は休み……なんて特例を認めてしまえば、それが今後も(まか)り通る恐れがあるのでね。時間は押しているが、せめて通常業務だけでも終わらせるようにしてもらっている」

 

 と、厨房から肌の浅黒い男が顔を覗かせる。厨房全てを一人で管理する責任者であり、岸波家の食事事情を一手に引き受ける男。

 白野が使用人たちの中でも特に信頼している存在だが、何故そこまで信頼しているのかは白野自身よく理解していないのであるが。

 

「アーチャー」

 

「かくいう私も、こうして全員分の夕食の支度に追われている。普段なら昼食後に夕食の下準備は済ませて、この時間には夕食は軽く手を加えるだけ。今頃は明日の仕込み作業に入っているはずなのだがね。まったく、エリザ嬢には困ったものだ」

 

 シェフ姿が妙に似合う男───アーチャーが、料理の載った皿を手に厨房から食堂へと来ながら、ここには居ないエリザへの苦言を呈する。

 

 アーチャーという名称は、決して彼の名前ではない。それは単なるクラス名、ある意味で記号とも言える。とある事情から名前の無い彼ではあるが、白野にとっては彼は『アーチャー』なのだ。もはやそれが彼の名前かのように、白野の内で定着していた。

 ただ、社会的には名前が無いのは困るので、一応の名義は用意してあるから問題はない。

 

 アーチャーがクー・フーリンと白野の前に皿を置く。どうやら本日の夕食はチャーハンのようで、芳ばしい香りに両者の顔は笑顔に変わる。

 

「待ってました! テメェはいちいち気に食わねえ野郎だが、飯を作る腕前だけは一流だからな。旨いモンに罪はねえってヤツだ」

 

「美味しそう。いただきます」

 

「召し上がれ。そしてクー・フーリン。今の発言は単純に褒め言葉として受け取っておくが、減らず口が多いようなら今後も食事にありつけるとは思わない事だ」

 

 クー・フーリンに軽く牽制してアーチャーは厨房へと戻っていこうとする。言われたクー・フーリンはと言えば、特に気にするでもなく既に夕食に手を出し始めていた。

 

「それじゃ私も。……そういえば、アーチャーが料理を直接持ってくるのは珍しいような?」

 

 いつもなら、ウェイター係も居るのだが、白野が食堂で見かけたのはクー・フーリンとアーチャーのみ。もしかしたら厨房のスタッフも何人かは助っ人に出ているのかもしれない。

 そんな白野の疑問は当たっていたようで、アーチャーは振り返ると、疲れたように答えを口にした。

 

「ジャンヌは騎士王殿のお守りに派遣した。アルテラはそのジャンヌの監督役で同行している。今日に限っては忙しいこの時間に、もし彼女に来られてしまえば厨房(ここ)は一瞬で戦場と化すだろう。なので、申し訳ないが今日は騎士王には外食してもらった。無論、私のポケットマネーでね」

 

 一体いくらお金を出したのだろう。普段から哀愁漂わせている男は、いつにもまして、その気配を色濃くさせて遠くを見ていた。

 結構な額を渡されて困惑しただろうジャンヌ、アルテラの顔も容易に想像できる。事実、白野の脳内では、ジャンヌが申し訳なさそうに引き笑いしてお金を受け取って、アルテラはアーチャーに合掌していた。

 

「アルトリアもだけど、ジャンヌもよく食べるもんね。大人二人と子ども一人分でいくら渡したの?」

 

「………10だ」

 

「十万!? 一度の飯にどんだけ掛かるんだ、あの女ども……」

 

「おかげさまで、今月分の副収入はほとんど消えたとだけ言っておく」

 

 渡した額に食べていたチャーハンを吹き出す二人。流石にアーチャーに同情を禁じ得ない。今度から、緊急時手当てを出すようにギルガメッシュに打診しようと誓う白野だった。

 

 

 

 

 

 白野が夕食を半分まで食べ進めた頃、ようやく急ぎ仕事を終わらせた使用人たちが、疲れた顔をしながらぞろぞろと食堂に現れ始める。

 

「疲れたー! やっとご飯が食べられるよ~。アーチャー、今日の夕飯なに~?」

 

「チャーハンだ」

 

「えー。精一杯働いた後にそれだけだと、なんか物足りないよー!!」

 

 先程、白野が食堂に向かう途中で叱られていた美少女───ならぬ美少年、アストルフォが頬を膨らませてぶーぶー文句を言っている。

 白野にはちょうど良い量なのだが、よく食べる者たちには足りないらしく、アストルフォ以外も声には出さないが、黙々と頷いて賛同の意を示していた。

 

「不服であるのなら、足りない分は自分たちで調達したまえ。君たちだけではなく、私とて今日は忙しいのでね。人数分を用意するだけで手一杯だ。……こういう時に人手不足で困るとなると、外部からシェフを雇うべきか? そうだ、玉藻の前。疲れているところ悪いが、給仕の手伝いを頼む。あいにくとジャンヌは外に出ていてね」

 

「仕方ないですねぇ。どうせあれでしょう? 腹ペコ王様のお守りに出していると見ました。それにご主人様に良妻アピールできますし、お手伝いいたしましょうか」

 

 文句は受け付けないとばかりに、アーチャーはさっさと厨房へ引っ込む。戻る際に、和風な給仕服に身を包んだ狐耳の女性───玉藻の前に手伝いを依頼し、彼女はそれを承諾した。

 

 玉藻の前。白野の良妻を自称する彼女は、実は以前の宝探しの際に既に登場していたりする。

 そう、秀知院に潜入した三人のうちの一人。唯一、校内に変装して忍び込んだのが彼女なのだが、その変装というのが色々とアウトだったために後日、頭痛持ちでもないのに白野は頭が痛くなったのだった。

 

(せめて教師に変装してよ!? なんで学生服なんか着て生徒に変装しちゃったの!? それもギャル系! しかも変に似合ってたのが怖い!)

 

 ……というのが、帰ってからそれを目にした白野の感想である。妙齢の女性が女子高生のコスプレをしているようにしか見えず、いわゆる“そういう系”のビデオを彷彿とさせるのだ。

 

 と、話が脱線したので戻すが、使用人たちは各々が運ばれてくるチャーハンを順次食べ始める。文句を言っていたアストルフォも、味には不満一つ無いようで、とてもいい笑顔で食べていた。

 

「はー食った食った! 確かに、ちと物足りないが味は満足だ!」

 

 先に食べ始めていたクー・フーリンが食べ終える。同じタイミングで食事を始めた白野は、まだ少し残っていたのだが、そんな事はお構い無しに彼は話しかける。

 

「そういや嬢ちゃん。学校はどうなんだ? ほれ、手の掛かる坊主と娘っ子が居るんだろ?」

 

「手が掛かるって言っても、恋愛方面でだけどね。かぐやは天性の秀才で、会長は努力型の天才だし、私なんかより頭良いのに世話の焼けるというか何というか……」

 

 白野は学友の顔を思い浮かべては溜め息を吐く。最近の悩みの種でもある、かぐやと白銀の二人の恋の行方。本来なら他人がどうこう口出しや手出しするべきではないだろう。

 だが、それでも二人の態度は非常に白野をやきもきさせるのだ。気になって気になって仕方がなく、あまりの進展の無さのままに半年間を無為に過ごしたのだから、ことここに至っては、お人好しの白野としては見過ごせなかったのである!

 

 白野が疲れたように息を漏らすので、クー・フーリンもまだ話題の二人の恋愛話が面白いところまで進んでいないのだと察したらしく、日頃の苦労を(いたわ)るように白野の頭をくしゃくしゃと撫で回す。

 

「ちょっと、髪が乱れる!」

 

「あん? んだよ。せっかく(ねぎら)ってやってんのによ。それに今日はもう外に出ねぇんだろ? なら髪が乱れようと構いやしねえって!」

 

 槍ニキは男らしくさっぱり気質な分、ナイーブ(?)な女心はなかなかに察しづらいのである。

 

「そういや、エリザベートは帰ってきてるってのに、相方の皇帝様はまだなんだな。外に用事でもあったか?」

 

「うん。ライン来てた。今日はアイドル友達と遊んでくるって。夜には帰ってくるらしいけど」

 

「アイドルねぇ……。竜の嬢ちゃんを見てて、いつも思ってたんだが、何がそんなに楽しいのかねぇ? 趣味の範疇を越えてんじゃねえか。趣味にやるならやっぱ釣りだな、うん。なーんも考えずに、ただ魚が引っ掛かるのを待つだけでいいし、何より気楽に楽しめるってもんよ。なんなら、マスターも一釣りどうかね?」

 

「うーん……生徒会に部活もあるし、あまり暇が取れないからなぁ。また今度、時間がある時にね。そうだ。どうせだしアーチャーも誘おうか」

 

 白野が他に誘うメンバーにアーチャーの名前を挙げた瞬間、彼は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「アーチャーか……。野郎、投影だか何だか知らねぇけどよ、新しい竿を金も払わずにバンバン取り出しやがるからな。あんなん反則だ反則! ま、いざやるとなったらオレが勝ってやるさ」

 

 アーチャーとクー・フーリン。ここでは詳しく説明しないが、何かと因縁のある二人は、趣味ですらかち合っていたらしい。

 

「釣り、かぁ……。ふむ、それも有りかも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───休み明けの月曜日。その放課後。

 

 

 

「釣り大会をしよう」

 

 

 

 生徒会の仕事が一段落し、全員でお茶をしている時に急に白野が口を開き、そんな提案をした。

 

 もちろん、いきなりで、しかも何の脈絡もなくの発言に、かぐやは怪訝そうに、千花はぽけーっとした顔で、白銀は普段よりも一層眼光を鋭くさせて、それぞれが白野へと視線を送る。

 

「釣り大会、ですか。また唐突にどうしましたか岸波さん?」

 

「いや、今度の休みに釣りでもどうだって知人に誘われてさ。どうせなら誰か誘おうと思って。で、更にどうせなら生徒会主催の釣り大会でもしてみたらどうかと」

 

「おおー! 面白そうですね~! 私もやってみたいです!」

 

 かぐやは微妙そうにしているが、千花は興味津々といった具合に、身を乗り出して挙手している。そして白銀はと言えば……、

 

「へ、へぇ~。釣りな、釣り。うん、釣りってイイヨネ」

 

 平静さを装ってはいるが、声が僅かに上ずっていた。

 

(釣りって魚を釣るアレだよな!? えっ、ちょっと待って。俺、魚とか触るの無理なんだけど!?)

 

 何でもできる、何でも得意なオールマイティー人間に見られがちな白銀ではあるが、彼とて人間。苦手なものの一つや二つや三つは有って当然なのだ。

 そして、調理されていない素材そのままの魚が、白銀にとって苦手なものの一つだったのだ!

 

 だがしかし!

 

 今まで築き上げてきた秀知院での白銀のイメージを、ここで簡単に崩す訳にはいかない。由緒ある秀知院の生徒会会長としての威厳を守るため、そして何より気になる異性であるかぐやに弱味を見せる事だけは絶対に阻止すべき!

 ここは白銀にとっての正念場。なんとかこの危機を回避する必要が───

 

「せっかくだから、釣った魚はその場で調理して食べませんか? 私、釣りたての魚でお刺身とか食べたいです!」

 

「それいいかも。キャッチ&リリースもいいけど、やっぱり新鮮なうちに食べるのも釣りの醍醐味だしね。調理人兼インストラクターができそうな人がうちの使用人にいるから、そうしようか」

 

「やったー! タダで美味しいものが食べられますね!」

 

「いいな釣りとてもいい。魚ってのは栄養も豊富だからな。新鮮なうちに食えばDHAもより多く摂取できそうだし、種類にもよるが何より旨い。学校行事としてもネイチャー方面で良い体験会にもなるしな。よしやろうすぐやろう……と言いたいところだが、確か再来週の水曜日は校舎の点検だとかで午前授業だけだったか。ならその日の午後からで予定を組むか。では四宮と岸波庶務は各所への伝達をよろしく頼む。藤原書記は貼り紙の製作を学内広報と組んで行ってくれ。大至急でな。石上会計には必要経費を割り出してもらうとして、俺は校長に掛け合うとするか。なに、心配はいらん。是が非でも開催してやるとも」

 

 発案者の白野ですら引く勢いで、白銀は釣り大会に大賛成していた。先日のエリザによる多大なダメージもどこへやら、無垢な少年のように目をキラキラ───ではなくギラギラさせている。危ない人に見えなくもないので、若干怖い。

 

 それにしても、なんという変わり身の早さか。先程まで窮地を迎えていた人間とは思えないが、それには理由がある。

 

(調理しなくていいのなら、まだ希望が持てる! 触るのも捌くのもキツイが、あわよくばタダ飯が手に入るのは家計的にすごく助かるからな。火を通してあるのだけタッパーに詰めて、親父と圭ちゃんにも食べさせてあげよう)

 

 スキル・ドケチが発動し、苦手意識よりも苦しい家計を支えている白銀の金銭感覚が勝った瞬間である。

 

「ま、まあ、会長がそう言うんでしたら、先生方には私から伝えておきます」

 

「なら、言い出しっぺの私が会場を押さえるね。うちは漁業にも手を広げてるから、漁港が使わせてもらえるか漁業組合に話を通してみるよ。あと、竿は何本でもうちにあるから、レンタル料金も掛からないよ」

 

「わーい! 今から楽しみですよ~! あ、そうだ。姉様のお知り合い(気になる人)に釣りが好きな人がいるらしいから、話を聞いてみようかな?」

 

 それぞれが釣り大会開催のために動き始める───!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして当日。

 

 無事に学校からの許可も下りて、参加する生徒も生徒会が想定していたよりも多く集まった。

 会場となる漁港には、貸し切りバスに揺られること50分ほどで到着する。港は白野の(つて)である程度の漁船を残すのみで、ほとんどが沖に出払っている。なので釣りの邪魔になる事もない。沖釣りも一考したが、人数や安全性を考慮した上で、それは無しの方向で話はまとまっていた。

 

 午前授業が終わり、手配されたバスに参加する生徒たちが続々と乗り込んでいく。

 生徒会の面々は、参加希望者の名簿を手に点呼を取って回っている最中だった。

 

「………うん。これで全員かな」

 

「あとは同行してくれる先生を待つのみだな。それにしても、よくこれだけ集まったもんだ」

 

「そうですね~。私なんて、せいぜい5、6人くらいだと思ってましたよ~」

 

「それが、まさかの20人ですものね。秀知院全体としては少ないけど、それでも意外に参加希望者が多くて、私も驚きました」

 

 意外も意外。都会に慣れ親しんだ若者が、磯釣りに興味を示すとは思わなかったのだ。それも彼らが思っていた以上の人数の参加に、驚くなというほうが難しいだろう。

 

 点呼確認が終わってしばらくして、引率役の教師がようやくやってきたので、バスが目的地に向けて出発しようとする。

 生徒会メンバーは点呼確認のため、必然的に余った最前列に座るしかないのだが、白野はここぞとばかりに先制攻撃を仕掛けた。

 

「千花、一緒に座ろっか」

 

 いち早く腰かけると、隣の座席にポンポンと手を置いて千花を誘導し、ごく自然に白銀とかぐやのペアを相席させようとしたのである。

 

「お邪魔しまーす」

 

 何の疑いもなく千花が誘導され、並んで座るしかないと初めて気付く白銀とかぐやの二人。

 本来は30人は座れる座席数なのだが、男女の数が均等ではないために後ろのほうの座席で(まば)らになっていた。その上、空いた座席はバスの構造的に最前列は片側だけと、その後ろ一列分のみ。

 最前列に教師が座るとして、既に一列の半分は白野と千花で埋まってしまった。ゆえに、白銀とかぐやが並んで座るしかない状況なのである!

 

「俺たちも、す、座るか四宮」

 

「そ、うですね」

 

 他に席もなく、まさか補助席に座るなんて暴挙を二人が打てるはずもなく。互いに顔をそらしながら座る白銀とかぐや。

 その様子を、千花越しにニマニマと微笑みながら白野は見つめていた。

 

(ふふ。隣同士、存分に意識し合うといいよ……)

 

(白野ちゃん、なんかにやけてます……。それだけ釣り大会が楽しみだったんですね……!!)

 

 

 気になる異性の隣に座る。初心な二人には、それだけで頭も心もいっぱいいっぱいで、特にお得意のアクションを起こすでもなく、バスは目的地へと到着。

 隣同士に座っただけで何も進展のなかった二人に、白野は内心で、せっかく御膳立てしたのに、と悔しがっていた。

 だが、自身が釣り大会の主催側であるので反省は後回しにして、行事進行に努める。

 

「お待たせ、アーチャー。クー・フーリンも」

 

「まったくだ。待っている間に、先に始めさせてもらっていたよ」

 

「つってもだ。まだ全然釣れてないがね。ま、ちょうど良かったんじゃねえの?」

 

 先に会場入りしていた二人。何故この二人が居るのか、というのも、彼らは釣り経験者として白野がインストラクターを依頼したのだ。

 釣りが趣味ならば、色々とノウハウも心得ているはず。あわよくば、初心者にレクチャーしてもらおうという算段だった。

 

 バスから参加者全員が降りたのを確認し、参加者たちをインストラクター役の二人と、縁者である白野を囲むように並ばせる。ちょうど半円を描くような形だ。

 

「えー、この二人は今回の釣り大会で指導役をしていただく方々です。左から弓塚さん、そしてクーさんです。分からない事があれば二人に聞いてください」

 

 簡単に紹介された二人は、軽く前に出て会釈する。

 

「まーなんだ。あんまり気負う事はねぇよ。釣りってのは無心でやるもんだ。上手い下手なんぞ本来は気にするもんでもないからな。気楽にやろうや!」

 

「とはいっても、だ。釣具の使い方、フィッシングマナーなども当然ながら存在する。白野君の言う通り、分からない事は何でも聞いてくれて構わないのでね。遠慮なく聞きにくるといい」

 

 二人の話が終わったのを見計らい、白野はテキパキと事を進める。

 

「はい。それでは話はこの辺にして、釣竿を配っていきますので、受け取り次第、各自釣りを始めてください。この後、軽いレクチャーも行いますので、必要なら是非残ってください」

 

 白野の説明が終わると、生徒会メンバーが釣竿の配布に回り始める。全員が釣り未経験者という訳ではないので、何人かは釣竿を受けとると早速釣り始めているが、ほとんどがアーチャーの釣り講座を受けている。

 

 クー・フーリンは先に釣り始めていた生徒たちと、いつの間にか交ざって一緒に釣りを始めていた。彼は多くのアルバイトを掛け持ちしている事もあり、クー・フーリンの顔を見知った生徒もチラホラといるらしく、彼の誰にでも気安く接していける性格もあって、既に仲良くなっている生徒もいた。

 

 しばらく続いた釣り講座も終了し、全員が釣竿を手に沿岸へとバラける。釣りをする際は、あまり釣り人同士が近すぎないのが常識だ。近すぎては釣糸が絡んでしまう。

 釣り餌は基本的に見た目の気持ち悪い虫であり、そういったものが苦手な生徒───おもに女子───は、平気な者が釣り針に付けてやる。

 餌が触れなくて釣りを楽しめないとあっては、釣り大会に来た意味がない。触れるように克服するのも良い事かもしれないが、無理強いは良くない。

 

 そして、釣り餌に触れない系男子の白銀は、外部の人間であるアーチャーなら知られても問題ないだろうと考え、こっそりとどうにかならないか頼み込んだところ、特別に疑似餌……ルアーを用立ててもらえたのであった。

 ……無論、白野に内密にする事も口添えして。

 

(ふっ……。これで俺に死角はない! 懸念事項だった「餌に触れないなんて、会長ったらまるで女子のよう……お可愛いこと」問題は解消し、魚もゴム手袋を装着すればギリいける! 理由を聞かれたら、滑り止めという言い訳もできる! 釣るぜ、タダ飯!!)

 

 不敵に、不遜に、不躾に。静かではあるが急に笑い出す白銀に、近くに居たかぐやと千花が不審がる。変なテンションの上がり方をしているためか、彼はそれには全く気付かずに、むしろ自信たっぷりな様子でかぐやへ啖呵を切ってみせる。

 

「四宮、この俺が脂のたっぷりと乗った絶品の魚を釣り上げてやろう。DHAも大量に摂取できるヤツをな! だが、それを食ってしまえば俺の学力は更に向上するやもしれん。なに、心配せずとも四宮や藤原書記の分も俺が釣ってやるから存分に食うといい!」

 

 まだ一匹たりとも釣っていないのに、既に勝ち誇ったような態度の白銀。かぐやとてプライドの高さ故に、ただ素直に施しを受けるのは癪であり、その時あることを思い付く。

 

「いいえ会長。どうせなら、釣り上げた数を競いませんか? 釣り()()という名目ですし、勝敗を明確にするのも良い趣向かと。せっかく来たのですし、私も釣りを体験したいと思いますから」

 

「ふむ。いいだろう。まあ特に景品などは無いが───」

 

 

 

 

『えー、生徒会より追加でお知らせします。一番多く魚を釣り上げた人には、秀知院学園釣り名人の称号と、ささやかかつ誰得ではありますが、景品として生徒会役員の中から誰か一人選んで、選んだ人のブロマイドを一枚プレゼントします』

 

 

 

 

 

((えーーーー!!!??? そんな話聞いてないんですけどーーーー!!!???))

 

 

 白野による突然の拡声器を用いた連絡事項に、一瞬だけ静寂に包まれたが、すぐに黄色い歓声に漁港が呑み込まれる。

 生徒会主催の釣り大会に参加している時点で、参加者のそのほとんどが秀知院生徒会のファンばかり。秀知院でもトップクラスの眉目秀麗な面子が揃っているのだから、当然と言えば当然である。

 

 しかしながら、生徒会のブロマイドが景品となっているにも関わらず、白銀とかぐやは無論景品については初耳である。

 

(岸波ぃぃぃぃ!!!! 景品ありきとか聞いてないぞ!! というかブロマイドって何だ!? いつの間にそんなもん用意したの!?)

 

(そ、そんなもの……欲しいに決まってるじゃない!!)

 

 寝耳に水。されど、是が非でも景品を手に入れたい白銀とかぐや。しかし、今まさに勝負すると言った手前、ここで勝ちにいくのは互いに気まずい。

 更に、白銀の場合は誰のブロマイドを選ぶかにもよって、状況的に危険な事になりかねなかった。

 本命であるかぐやを選ぼうものなら、それはもう告白したも同然。それはかぐやにも言える事だが、白銀がそれを悟られまいと他の女子を選ぶとする。すると高確率で、その女子に好意を寄せていると誤解される可能性があった。

 逆に男子(石上)を選べば、違う意味でホの字と解釈されかねず、自分を選べばナルシスト以外の何物でもない。

 かといって、他の誰かにかぐやの写真など渡したくもない白銀は、かつてない程の葛藤に見舞われていた。

 

 その点、かぐやにはリスクがあまりない。かぐやにとって、千花と白野は数少ない友人だ。女子同士、友人同士ならば、男のソレより印象はそこまで悪くない。近年では友チョコという文化もあるくらいなのだから、ここで同性を選ぼうとも、

 

『選ぶなら、大切な友人のものを、と思いました』

 

 ──という言い訳も不自然ではないのだ!

 

 それでも、かぐやはやはり、白銀のブロマイドが欲しくて欲しくて堪らなかった。故に、その勝率を上げるためなら、どんな手段を取る事も厭わない。

 

「それでは会長。お互い健闘を」

 

「あ、ああ。健闘を祈る……」

 

 大量の冷や汗を流す白銀をよそに、笑顔でお辞儀すると、かぐやは釣竿とバケツを手に、ある人物の元へと歩いていく。かぐやが見出だした勝利への道筋。それを握る者の元へ───。

 

 

「ちょっといいかしら、早坂?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───かくして、白野が起案した釣り大会……を隠れ蓑とした、白銀とかぐやに告白させる事を目的とした真の計画は始動した。

 自分たちを待ち受ける罠など何も知らない二人は、見事に白野に釣り上げられたのである。

 

(会長には気の毒だけど、どっちも多少強引すぎるくらいでないと告白なんてできないでしょう? さあ二人とも、決戦の場は私が整えた。互いにブロマイドが欲しいのなら、互いのブロマイドを他の誰にも渡したくないのなら! 戦って勝ち取る以外に道はない! 存分に……告白しあいたまえ(Sword, or Love)……!!)

 

 

 

 ───続く!

 

 

 

 

 




「BB~チャンネル~!!」

「さてさて~。今回は初めての前後編ですね!」

「で・す・が~? そんなコトはBBちゃんには関係ありませーん! いつでもどこでもフリーダムな放送をモットーに。ここでは私が神です!」

「今日のお題はズバリ! “センパイのお家の使用人さんたち”について! まだ未登場の人も居ますが、そこは無視します♪」

「けっこうな数なんで、名前は真名を流して挙げていきますね? それでは~……じゃん!」

「無銘、玉藻の前、クー・フーリン、ジャンヌ、カルナ、アルジュナ、アストルフォ、ガウェイン、ロビンフッド、李書文、スカサハ、アルトリア……です!」

「おやおや? もしかして疑問に思いました? あると思っていた名前がない……って」

「その通り~! 今挙げたのは“使用人”です。名前の挙がらなかった人で、現界している方たちは使用人ではないからです」

「また次の機会に……は面倒なので、一気に紹介しちゃいますね?」

「ネロさん、エリちゃんの二人はアイドルをしています。あの音痴さでよくやってますよね~? 私なら、歌を聞く前に無言でボッシュートして虫空間にぽいっ、ですから」

「金ぴかさんはご存知金持ちライフを堪能中。ドレイクさんは金ぴかさんとの相性は最悪ですが、商人としての腕を買われて貿易担当しています。海賊に貿易を任せるとか、不安しかないですけど」

「口の悪い童話作家さんは覆面作家として活動中で、アルテラさんは小学校に通っています。みなさん大好きな幼女ですよ幼女!!」

「まあ、だいたいこんな感じですね。もしかしたら今後、思いもしない人がゲストで登場するかもですけど、あくまでメインはセンパイと生徒会のみなさんですので、あまり期待しすぎないように! BBちゃんとの約束ですよ?」

「ではまた次回。5.5話でお会いしましょ~う!」


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