白野ちゃんは叶えたい~凡才だけど頭脳労働~   作:フロストエース(仮)

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第5.5話 岸波白野は、(告白を)釣り上げたい。

 

 

 前回のあらすじです!

 

「一番多く釣った人には生徒会ブロマイドをプレゼント!」

 

「四宮の写真だと? ほしい! でも、手に入れるイコール告白……。ぐおぉ、どうすれば……?!」

 

「……会長の写真。絶対に手に入れてみせるわ。そのためなら、手段は問わない……!!」

 

 以上! さ~て、会長さんとかぐやさん、一体どちらが勝つのか? 釣り大会の勝敗の行方や如何に!?

 私としては、結果はどうでもいいんですけど~。そんなコトより、もっと私にセンパイとの絡みをプリーズ!

 

 というワケで、時間も押してますので中継先に画面を戻しまーす!

 

 

 

 放送協力:BBチャンネル(出張版)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かぐやの呼び掛けに対し、釣りに興じていた一人の少女が振り返る。

 

「……なに? 四宮サン」

 

 金髪をサイドアップにし、制服も着崩して、如何にもギャルギャルした容姿の彼女は、言ってはなんだが釣りをする場にあまり似つかわしくないように見えた。

 そんな彼女は、突然釣りの邪魔をされて、あからさまに迷惑そうな顔をする。

 

 だが、かぐやは彼女の態度に一切怯まない。

 

「ちょっと話があるの。こっちに来て」

 

「え、いきなりなんなの」

 

 むしろ堂々たる態度で早坂の手を掴むと、かぐやは彼女を引っ張って人気の少ない所にまで連行した。その際、少し周りから注目されるが、そんな事はお構い無しに。

 

 周囲に誰も居ないのを確認すると、かぐやは改めて早坂に向き直る。

 

「……それで、話というのはさっきのアレの件についてですか? ()()()()

 

 先程までの態度とは一変、早坂はかぐやに敬語を使い、その上敬称で呼ぶ。

 彼女の名は“早坂 愛”。彼女の正体、それはかぐや専属の侍女である。更に言うなら、彼女はかぐやに最も近しい存在でもある。

 かぐやが唯一何でも頼り、相談するような存在と言える。

 ギャルの格好は彼女の趣味も入っているが、学園においては擬態の意味も持つ。人前ではかぐやに対するよそよそしい態度も、自身が四宮家と縁のある出自である事を隠すため。そのほうが、かぐやにとっても早坂にとっても何かと都合が良いのである。

 

「アレですよね。会長の写真が欲しいんですよね。それで私に協力しろ、と」

 

「べ、別に会長の写真が欲しいんじゃないわ。ほら? 私含め生徒会の女子の写真が男子の手に渡るのは、あまり快くないでしょう? だから私が釣り大会で一位になって、岸波さんや藤原さんを守ろうと思ったのよ!」

 

「では、会長の写真は要らない、と?」

 

「欲しいわよ! じゃなくて! 会長の写真を常に手元に置いておけば、会長に告白させる為の計画立案にもインスピレーションがもっと湧いてくるような気がするの! だから、早坂にも手伝ってほしいのよ」

 

欲しいなら欲しいと素直に言えばいいのに……。まあ、いいですよ。かぐや様に協力する為に私も釣り大会に参加したんですし。それで? かぐや様が勝ったとして、そこで会長の写真を希望したら、それこそかぐや様自ら告白するようなものなのでは?」

 

 誤魔化すかぐやに、早坂は核心を突いた質問を投げ掛ける。気になる男子の写真一つで、何をやきもきしているのかと呆れているのだが、かぐやはまるで気付いていない。

 それどころか、早坂の問いかけに対し、秘中の策(かぐやにとっては)を得意気に披露する。

 

「そこで、よ。私が一位になると言ったけど、それは撤回します。私ではなく早坂、あなたが一位になるの。そして会長の写真を選びなさい。会長との勝負もあるけれど、この際そちらは負けても構わないわ。今回は罰ゲームも決めてないし、私はその敗北よりも、もっと重要で大きな勝利を得るの。そのためなら、会長に釣りで負けるなんて安いものよ」

 

「別にそれでも構いませんが、どうやって私を勝たせるおつもりですか?」

 

「簡単よ。私と早坂の合計を、早坂が釣った量として掲示するだけ。それに、岸波さんは明確なルールを言わなかったわ。大会と銘打っているけど、景品の発表も今初めて行われた事を考えると、釣った数を競うというのは大会の元々の趣旨ではない。景品はあくまで参加してくれた生徒たちへのオマケみたいのものでしょう。つまりルール自体が最初から存在しない。釣った魚を盗むとか卑怯な真似でもない限り、ある程度は黙認されると読んだわ」

 

「……、へぇ~。流石はかぐや様。それほどまでの深慮、私では思い至りませんでした。わー、すごーい」

 

 棒読み感が半端ないが、かぐやは早坂の態度に何ら疑問を抱かない。

 早坂はかぐやの策の欠点に気付いていたが、あえて口には出さなかった。それこそ、藪を突いて蛇を出すような愚行に等しいからである。

 

「それにしても早坂も居てくれて助かったわ。さあ、お互いよく釣れる穴場を探しに行くわよ早坂!」

 

 勢い勇んで、釣竿を手に港沿いを歩くかぐや。流石に校内では接点を人目に見せていない事もあり、それぞれが違う場所で釣って、大会終了の頃合いを見て合算させようという腹積もりだった。

 早坂は主人とは別の方向……というか、元々釣っていた場所へと戻っていくのだが、ふと振り返り、自分とは逆方向を歩くかぐやを見てポツリとこぼす。

 

「かぐや様は失念してますけど、釣りって運要素強めなのでは……」

 

 早坂の言うように、釣りとは時に高度な技術も求められるものだが、往々にして運に左右されるのが常である。どんなに玄人、達人の釣り人であっても、釣り場に魚が居なければ何も釣り上げられはしない。

 確かにかぐやは天才である。しかし、育った環境は箱入りと呼ぶに等しく、まして釣りなど今回が初めての経験だ。故に、釣り人にとっての常識をかぐやが知らぬのも自明の理なのである!

 

 だが、一人よりも二人、というかぐやの考え自体は決して間違いではない。釣り上げた魚の大きさを競うのならともかく、今回は釣り上げた数を競うのであって、やはり手分けして釣るというのは賢いやり方と言えるだろう。

 かぐやと早坂、二人がどれだけ釣れるのか。全ては彼女らの運に掛かっている───!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かぐやは動いた、か……」

 

 景品発表を終えた白野は、かぐやが早速動きを見せている事は察知していた。そして、そんなかぐやとは対照的に、白銀がどうするべきかを悩んでいるのもまた承知している。

 

「かぐやの写真は欲しい。けど、選べば告白しているようなもの。でも、他の誰にも写真は渡したくない。なら自分が勝つしかない。ただし、誰を選ぼうと波風が立ちかねない……って、会長は思ってるんだろうね」

 

「……かなり強引な遣り口ではあるが、確かにこうなれば彼も勝ちに行かざるを得ないか。我がマスターながら、なかなかにエグい手を使うものだ」

 

「こう見えて私、あのAUOに育てられましたので。これくらいはしないと、あの二人の仲はそう簡単に進展なんてしないから。それに仕込みもしてあるし、大会終了後が楽しみかな?」

 

 簡単な講座を終えて自身の元に感想を言いに来たアーチャーに、不敵に笑って答えてみせる白野。その立ち振舞いからは、どことなく、かの英雄王を彷彿とさせるものがあった。

 流石、英雄王仕込みは伊達ではないという事か。それとも、英雄王による超英才教育という過酷な試練を乗り越えた自信の表れなのかもしれない。

 

「ところでマスター。この話には一切関係ない事だが、一つだけ確認しても?」

 

「なに? なにか気になる事でもあった?」

 

「いや、そうではないのだが……君の友人に藤原姓が居たな? それはあそこで、何故か全力で竿を振っている少女で良いのかな? あと、彼女に姉は居るのだろうか?」

 

 と、神妙な顔をして、クー・フーリンの横で釣りに全力で興じている千花へと目を向けるアーチャー。彼の質問は全てその通りだったので、白野は頷いて返す。すると、彼は深い溜め息と共に困り顔をした。

 

「やはり……確かに似ている……。なんというか、容姿や雰囲気など全体的に」

 

「え? 何の話?」

 

「いや、君が気にする事ではないよ。私の個人的な話というか問題でね……ハァ。では、話はこの辺りにして、私はレクチャーでもしに回ってくるとしよう」

 

 そう言って、彼は疲れたように息を吐き、釣りをする生徒たちを見て回りに行った。白野はその真意までは図りかねたのだが、なんとなく察しはついていた。

 

「……また新しい女か。うん、こういう時はお決まりのアレだよね。……爆ぜて、アーチャー!」

 

 白野の小さな叫びが彼に届く事もなく、当の彼はと言えば、女子生徒たちに黄色い声援を受けながら、「やれやれ」という風に釣りの実演をして見せているのだった。

 

 

 アーチャーの女難の相について語るのは、この際一切関係ないので除外するとして、思考を恋愛頭脳戦(第三者目線)仕様に切り替える白野。

 今回の計画もとい作戦は、正直なところ賭けでもあった。参加者が少なければ開催自体が見送られる可能性もあり、逆に多すぎればブロマイドは一般の生徒の手に渡る確率の増加にも繋がる。

 つまるところ、参加する生徒の人数に大きく左右され、多すぎても少なすぎても計画が破綻しかねないというリスクを、企画立案当初から内包していたのだ。

 

 しかし、結果として20人という参加人数は、白野が理想とする程よい人数であり、この好機を逃せば次は無い。そう確信した白野は、強引とは理解しながらもブロマイド作戦を決行した。

 

 何故、最初からブロマイドを景品に、釣った数を競う事を公表しなかったのか。それこそ参加人数を極力抑えるためである。生徒会メンバーにはファンの居る者も存在し、中でも女子組はファンクラブ(非公認)すらも設立されていた。

 釣りという野暮ったい催し物ではあるものの、ファンが大挙して参加されでもしたら本末転倒。計画は実行前からご破算である。

 故に、ファンに対し餌となるような事前情報は与えなかったのだ。

 

 ちなみに、白野が釣りを題材にイベントを企画したのは、クー・フーリンによる釣りの誘いがそもそもの発端ではあるが、釣り大会参加人数がこれくらいで治まったのは、やはり釣り餌が虫であるという事が何より大きな要因であった。

 白野はその事を失念していたのだが、今回は運が良かったと見るべきだろう。昨今、男女を問わず虫に触れないという人口の増加傾向ではあるが、やはり触れる者は忌避なく触れる。

 釣り大会への参加が面倒、虫に触れないなどの要素が上手く噛み合った結果が、今日の釣り大会の様相なのである。

 

 

 計画は実行された。釣りは運に左右される以上、結果がどうなるか、あとは神のみぞ知るところ。

 

 なので、今は白野も純粋に釣りを楽しもうと、千花の隣へ行って自身も釣りを始めた。

 

「あ、白野ちゃん。釣りって楽しいですね! こう、ぐわーって振って、ぶわーんって飛んでいって!」

 

「いやいや、釣りの趣旨間違ってるかんな、お嬢ちゃん!?」

 

 魚を釣り上げてこその釣りなのだが、千花はどうやら、それまでの行程が気に入ってしまったらしかった。隣では、クー・フーリンが呆れたように笑っている。なんというか、傍目では親戚のお兄さんが年の離れた従妹の面倒を見ているかのような、なんともほのぼのとした光景でもあった。

 

「まあ、楽しんでもらえてるようで何よりかな」

 

「そうだ、白野ちゃんに聞きたいんですけど、ブロマイドなんていつの間に用意してたんですか? というか私、許可とか取られてないんですけど……?」

 

「それに関しては大丈夫。ほら、今年度の生徒会発足時に写真撮ったでしょ? あれを、それぞれ個人単位で胸から上の部分だけを拡大して、輪郭がくっきりするように軽く加工しただけのやつだから。そもそも見ようと思えば全校生徒の誰にでも見れる写真を使ってるしギリセーフだと思う……多分」

 

「いや~……加工してる時点でアウトな気がすんのは俺だけかね?」

 

「というか白野ちゃん、その自信無さげなのがすごく気になりますよ!?」

 

 千花の追及を笑って誤魔化す白野。これで、いつ白野がブロマイドを用意したのかという謎は解けた。

 ともあれ、疑問が解消された千花は、納得こそしていないが千花流の釣りを再開させる。それに倣う訳ではないが、白野も少しだけ距離を取って、針に餌を付けると海面へと投げ入れる。

 

「……海、かぁ」

 

 ポチャリと音を立てて、ルアーが海中に落ちる。そこから先は無心で浮きを眺めていた白野だったが、揺れる水面(みなも)を見つめているうちに、今は遥か遠く、懐かしい世界を思い出していた。

 

 ───帰れるなら帰りたい。でも、私はここで、まだやりたい事がある。別にやらなければならないのではなく、絶対にやるべき事というワケでもない。

 でも、やりたいと私は思った。義務ではなく、私の意思で。

 それがお節介なのだと分かっている。そして余計なお世話だとも。それでも、世話を焼きたくなったのだから仕方ない。

 ほら、よく言うでしょう? 心が命じた事は、誰にも止められはしない、と───。

 

 

 

 だから、岸波白野は彼ら彼女らの為にこそ動くのだ。それこそがお人好しと言われる所以であるとは、これっぽっちも自覚せずに。

 

 

 

「センパイ? ボーッとして、どうかしましたか?」

 

 横合いから掛けられた声に、ぼんやりしていた白野の意識が現実へと呼び戻される。いつの間にか、一人の女子生徒が白野の隣で、白野と同じように沿岸へと腰を下ろしていた。

 

「えっと、ごめん。誰だっけ?」

 

「えぇ~?! 可愛い後輩の顔を覚えてくれてないなんて、ショックだなぁ、わたし~! まあ、そうは言いつつ、別にわたしの名前はどうだっていいんですけど。そんなコトより! せっかくのイベントなんですし、楽しまないと損ですよ?」

 

「う、うん。ソウダネー」

 

 なんともイケイケな感じでグイグイと詰め寄ってくる少女に対し、白野はその勢いに負けて、たまらずたじたじとなる。

 後輩と名乗る少女に、白野は何ら心当たりはない。何となく、見た事があるような気がするのだが、はっきりとは思い出せないでいた。

 

 戸惑う白野を余所に、少女は楽しげに笑っている。

 覚えてくれていなくてもいい。忘れていたとしても構わない。ただ、一緒に居られるだけで十分───。

 そんな儚げな雰囲気を、少女は纏っていた。

 

「さあ、センパイ? どっちが多く釣れるか勝負です! 負けたほうは罰ゲームとかどうですか? 負けたほうが勝ったほうの言う事を一つだけ何でも聞く、みたいな」

 

「あ。それ私も参加します! 宝探しでは白野ちゃんと会長に遅れを取りましたからね。今度は勝ってみせますよ!」

 

 自身へ無邪気に笑いかける後輩と、勢い良く話に割り込んでくる千花に、釣られて白野も笑みがこぼれる。告白を釣り上げようと画策していた白野であったが、逆に自分が釣られる事となった瞬間であった。

 

「いいよ。やろう、釣り勝負。先に言っておくけど、手加減はしないからね」

 

 

 

 

 

 

「青春してるねぇ……」

 

 そんな少女たちの仲睦まじい様子を、クー・フーリンは釣りをしながらも優しい眼差しで見守っていたのはご愛嬌。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はてさて、あちらこちらで賑やかにイベントが進行する中、ただ一人だけ、様子のおかしな男が居た。

 楽しげな周囲とは打って変わって、いつにも増して眼をマジにしながら竿を握っているのは秀知院学園生徒会長───白銀御行その人である。

 

 この男、先程の景品発表から一人悶々と悩んでいたのだが、

 

「もういいや。とりあえず勝とう。後の事はその時に考えればいいや」

 

 と苦悩から逃げるが如く開き直り、ひとまず自身が一位になる事に専念したのだ。

 だが、そうは言っても白銀とて釣りに関しては素人。しかも、魚が苦手ときた。ゴム手袋こそしているが、やはり生きた魚に触るのは抵抗があった。

 しかも、いざ釣り上げた時に針を外すために必然的に触る必要があり、それを何度もしなければならないかと考えた時点で、彼の心は折れそうになっていた。

 

 そんな時だった。

 

「───お困りかね?」

 

 まるで、ヒロインのピンチに颯爽と駆け付けるヒーローのように、背の高い男が彼の元へ現れたのだ。

 

「あ、あなたは───弓塚さん!」

 

 そう、弓塚ことアーチャーである。

 

「いやなに。擬似餌といいゴム手袋といい、君の様子から察するに、虫や魚などに触れるのは苦手かと思ってね。だが、それを我慢してでも勝ちたい理由があるのだろう? そういった類いの努力は嫌いじゃない。なので私が手を貸そうじゃないか。まあ、単にお節介というヤツだよ」

 

 白野と別れて女子生徒たちにワーキャー言われていたはずのアーチャーだが、かねてより白銀の事が気になっていた。故に、合間を見て抜け出し、彼の元へと馳せ参じたのである。

 

「本気で勝ちを狙いに行くというのなら、君は何も気にする事なく釣りに集中するといい。釣り上げた魚の針は私が外そう」

 

「でも、手伝ってもらうなんて反則にならないですかね……?」

 

「そこは気にする必要はない。白野君はルールに関して明言しなかっただろう? 景品は用意こそしたが、この大会の目的は決して勝負事などではない。──楽しむ事。それこそがこの釣り大会の命題なのだろう。だから、私が君を手伝う事は何も問題はない。それに、だ。釣り上げる事自体は君が主体となる。あくまでも私はサポートに徹するのみ。二人で釣った分を合わせるならまだしも、この程度の協力は卑怯とは言わないはずだ」

 

 渋る白銀を説き伏せるアーチャー。ちなみに、具体的な例を出していた彼だったが、かぐやがその卑怯な手段を選んだという事をアーチャーは知らない。

 

 そんなワケで、アーチャーと協力体制を取った白銀であったが、釣るのは白銀である事に変わりはない。素人がどこまでやれるか。問題はそこだった。

 

「えっと、弓塚、さん? 何かコツとかってありますかね? こう、初心者でも簡単に釣る方法とか」

 

「釣りは運も絡んでくる。簡単に、とはいかないと思っておくべきだ。だが、掛かった魚を釣り上げるのにはコツがある。それは体で覚えるべきだろう。なので、ヒットした時に教えるとしよう。口で伝えるだけでは中々に難しいのでね。ではまず、ルアーが沿岸より少しだけ遠くになるよう意識して竿を振ってみたまえ」

 

 アーチャーのアドバイスに従って、少し強めに竿を振る白銀。ルアーが着水してからは、ひたすら待ちに徹する。

 

「君の場合、擬似餌を使っているのだが、その竿は私が手を加えた特別製でね。海中で擬似餌を自由自在に動かす事ができる。操作はリールの下に付いている十字キーで行うんだ」

 

 言われて、キーを適当に押してみる白銀。説明によると、上のキーを押すと擬似餌が上下に揺れる。下のキーでは左右に、右のキーだと擬似餌が生きた魚のように体を波打ちながら揺らめき、左のキーを押せば円を描くように回転するとの事だった。

 

 肉眼で海中での擬似餌の動きを確認するのは困難だが、その効果は視認せずとも分かるほど、如実に表れる。

 

「ん? もしかして引いてる……?」

 

「もしかしなくても引いてるな。よし、ではゆっくりリールを巻くんだ。遅すぎても駄目だが急がなくていい。焦って早く巻けば、魚に逃げられる可能性もあるのでね」

 

「わ、分かりました」

 

 指示の通り、慎重かつ丁寧に、白銀の手はリールを巻いていく。初めての体験に、自然と全身の筋肉も強張る。

 ゆっくりとではあるが、着実に魚影は海面へと近付いている。掛かった魚もうっすらとではあるが、目で捉える事ができる範囲にまでは来た。

 

「そろそろか。白銀君、ここまで来ればこっちのものだ。そのまま一気に巻け!」

 

「了解!」

 

 白銀の手が加速する。丁寧さとは程遠い、男らしさ溢れる力強い巻き。怒涛の勢いに、ついに掛かった魚が海面へと引っ張り上げられ、水飛沫を上げて暴れだす。

 ラストスパートとばかりに白銀はリールを巻きながら、教えられずとも竿を引いていた。直感的に、あるいは何処かで見た記憶があったのだろうか。無意識ではあるが、その様はさながら釣り人の姿そのものだった。

 

 白銀が奮戦する中で、アーチャーは網を構え、獲物が近付いてくるのを待つ。そして、白銀の渾身の引き上げで魚がすぐ近く、アーチャーの持つ網の射程圏内へと入る!

 

「もらった! 一匹目フィーーーッシュ!!」

 

 奇妙な決め台詞と共に、アーチャーが目にも留まらぬ速度で素早く網を振るえば、そこには白銀が釣り上げた魚が収まっていた。

 

「まずは一匹。見たまえ、君の力で釣り上げた最初の戦果だ」

 

「おぉ……俺が、釣ったんだ」

 

 釣れたのは初心者でも比較的簡単に釣れるとされるアジだった。さほど大きくはない。ともすればサイズとしては小さめですらある。

 だが、白銀は達成感を得ると同時に、ふつふつと湧き上がってる高揚に心を満たされていた。

 初めて、自分で魚を釣り上げた。手助けはあったが、それでも自分が釣ったのだ。他でもない己自身が。

 

 初めての勝利、初めての経験に、興奮するなと言うほうが無理だろう。そして、この成功により白銀は自信を持ち始める。

 

「イケる。イケるぞ俺は! 勝つんだ、勝ってやるぞ、俺は!!」

 

 今の自分は勢いに乗っていると(たかが一匹釣り上げただけで)確信した白銀。更に、アーチャーという釣りに詳しい助言者兼サポーターの存在が、白銀の過信度合いを助長させていた。

 アーチャーとて、それが分からない訳ではなかったのだが、彼は特に白銀を咎めるでもなく。

 と言うのも──

 

(過信も慢心も、あまり褒められたものではないが……。だが、魚への苦手意識を興奮状態により麻痺させられているのなら、敢えて注意はしないでおくのが得策か)

 

 ──という考えがあっての事だった。

 

 アーチャーの出したこの結論が、吉と出るか凶と出るか。答えは、釣り大会の最後に明らかとなる───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「釣りた~のし~い!!」

 

 

 

 ここに来て想定外の事態が、今まさに、白野の目の前で進行しつつあった。

 

「釣りって思ってたより簡単なんですね、白野ちゃん!」

 

「えっ、うん……」

 

 千花の釣りを甘く見たような言葉に対し、しかし狼狽えたような返事しかできない白野。それは無理もない話。千花のバケツには既に、もうこれ以上は何も入りきらない程に魚で溢れかえっていたのだ。

 

 バケツが足りず、追加で持ってきたバケツすらも魚で埋め尽くされつつあった。

 

「アジにイワシにメバルにカサゴ。ハッ……。まさしく入れ食い状態じゃねえか。こりゃアレだ、幸運ランクA以上はあるだろ、この嬢ちゃん。仕舞いにゃ鯛でも釣るんじゃねえの?」

 

 千花の大漁っぷりに驚愕しているのは白野だけではない。彼女の隣で釣っていたクー・フーリンも、千花の異様なまでの釣れ具合を前に、堪らず渇いた笑いを上げていたのである。

 

 悲しいかな、彼の幸運ランクはEで、最高でもDランク止まりであり、千花程に短時間で大量に釣れた事は無かった。

 

 破竹の勢いでバンバン釣り上げる千花の背景で、はためく大漁旗の幻影が見えるかの如し。ちなみに旗手は某聖女ではありませんのであしからず。

 

 ───と、こういった具合に、白野の予想を遥かに上回る千花の爆釣(ばくちょう)は、釣り大会を企画してまで白銀やかぐやに告白させようとしていた計画を破壊しかねない。

 計画の破綻を危惧した白野は、どうにか千花が釣り以外に興味を向くようアレコレと話を振ってみるのだが、それも一向に上手くいかなかった。

 

(ヤバい。千花の勢いを止められない……! うぅ……せっかく協力者も用意したのに、これじゃ計画が水の泡になる……。神様AUO様、お願いしますから、どうか、どうか、千花が優勝しませんように!)

 

 もはや、心の中で祈るしかなかった。

 

「たーのしい~、たーのしい~、釣りたーのし~い!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白銀は順調に滑り出し、千花がノリにノッている頃。かぐやはと言えば、

 

「案外釣れるものね」

 

 二人に負けず劣らず、快調に魚を釣り上げていた。

 早坂が案じていた釣れるかどうかという事も、天はかぐやに味方しているようで、千花に迫る勢いがあった。

 確実に運が向いている。風は自身に吹いている。それも紛れもなく追い風で、勝機を見出だしたかぐやが乗らないはずもない。

 釣って、針を外して、餌を付けて、浮きを投げて───の作業を単調に繰り返しているうちに、その手付きはもう素人のものではなく、経験者のソレである。

 

(この分だと、早坂の手を借りるまでも無かったかしら? ……まあ、どのみち()()()()ワケにはいかないから、早坂に頼むしかなかったけど。多く釣れるのは良いこと。勝ちを磐石なものにする為と思いましょうか)

 

 自分の釣果が大漁で、更に早坂の釣果も含めて考えた時、かぐやは勝ちを確信する。まだ早坂が釣った数も知らないというのに、だ。

 それだけ彼女が、早坂という侍女を信頼しているという事の裏返しでもある。

 

 

 時間は待ってはくれない。イベント開始が昼からで、釣った魚の調理と食事、夕方までには生徒を帰宅させる事を踏まえ、釣り自体は15時まで。それまでの間に釣り上げた魚の量で勝敗が決まる。

 かぐやは普段着けない腕時計に目を向ける。

 

「釣りって案外、時間が経つのが早いのね。もうこんな時間だなんて。……タイムリミットはもうすぐそこまで来てる。きっと私が勝つわ。他の誰にも、会長の写真を渡すものですか」

 

 暗殺者もかくやとばかりに、視線だけで人を殺せそうな程の鋭さを持ったかぐやの紅い瞳。その視線の先、見据えているのは魚ではなく、もはや勝利だけだった。

 

 

 

 

 そして、決着の刻が訪れる。

 

 

 アーチャーと別れ、簡易調理場付近へと赴いた白銀。両手に持った二つのバケツには、大量の魚が暴れ回って水飛沫を散らしている。

 そこへ、かぐやもまたバケツを携えてやってきた。

 

「おお、四宮。見てくれ、俺はこの通り大漁でな。お前はどれくらい釣れたんだ?」

 

「あらあら。会長はたくさん釣れたのですね。恥ずかしながら、私は……」

 

 そう言いながら、残念そうにバケツの中身を見せるかぐや。

 当然、彼女の策略通り、()()()()()()()は空である。

 

「ほう……。多芸なお前でも、流石に運をコントロールするのは無理だったか。なに、そう落ち込むな。たとえ一匹も釣れなくても御相伴には与れるだろうさ」

 

 ……この男、口ではこう言っているが、内心では今にも飛び上がりそうなほど勝ち誇っていた。

 

(イヤッホウ! 四宮に勉強以外で勝ったぜ!! おまけにタダ飯も大量確保だし、最高じゃん今日!!)

 

 この通り、必死に笑みをこらえているのだが、白銀は忘れていた。釣り大会勝者は、生徒会役員のブロマイドを一枚選ぶ必要がある事を。

 長らく続いた興奮状態、そして勝ちに行く一心で釣り続けたために、目的ばかり先行し、景品について頭から抜け落ちてしまっていたのである。

 

「それもそうですね。では、せっかくですので私は会長が釣り上げたお魚で作った料理を戴きたいものです」

 

 僅かに悔しさを演出するかぐや。だがしかし、この女、全く悔しさなど感じていない!

 

(……目測ではあるけど、私と早坂の合算のほうが多いわね。おそらく会長には勝っている。問題は、会長以外の伏兵かしらね)

 

 かぐやは白銀から見せてもらったバケツを見て、白銀に対しての勝ちは確信していた。というのも、かぐや一人で釣った魚の数は、白銀のバケツ一つと同等。加えて早坂の釣った数は白銀のバケツ一つ分の1.5倍ほど。

 早坂と既に合流を済ませ、自分の釣った分を彼女に託してきたかぐやは、そうとは知らず勝ったと思い込んでいる白銀より、自分たちを凌駕しかねない他の者に意識を割いていたのである。

 さしあたって、かぐやが今一番危険視しているのは、これまで幾度となく告らせ作戦を破壊してきた人物───藤原千花に他ならない。

 と、そこへ、災厄をもたらすかの如く、かの人物が顕れる。

 

「あー! かぐやさんに会長! 見てくださいよ~、こんなに釣れちゃいました~!! 釣りって楽しいですね!!」

 

 ルンルンとスキップ弾ませ、両手にバケツを携えて千花も二人と合流を果たす。

 千花の持つバケツを覗き込む白銀とかぐやだったが、その中身を見て、

 

「な、んだ、と………?!」

 

 白銀が膝をついて崩れ落ちる。余裕で白銀の量を上回っているのは、一目瞭然だったからである。

 

「たいしたモンだぜ、この嬢ちゃんはよ。俺でも1時間や2時間そこらで、こんなに釣った事なんざねぇからな。まさしく幸運の女神に愛されてやがる」

 

「いやいや~。クーさんの教え方が上手だったんですよ~」

 

「……その呼ばれ方だと、一昔前の某釣り映画の主役の相方の渾名っぽいよね」

 

「なにその具体的な例え? 別に俺はそんな歳喰ってねぇからな!?」

 

 千花に遅れる形で、白野とクー・フーリンも並んでやってくる。ちなみにアーチャーは調理の準備に入っているので、この場には居ない。

 

 千花の釣果を目の当たりにした白銀は撃沈し、そしてかぐやは僅かに焦燥感に駆られていた。

 二杯のバケツに山盛りで積まれた魚群。衛生面で心配になる見た目をしているが、それにしたって大漁過ぎる。かぐやと早坂、二人の合計に迫るのではないかという程に。

 

(まずい。まずいわ。よもや二対一で接戦になるなんて……! あまつさえ、負ける可能性すら見えているなんて……!! 流石は藤原さん、明らかに浅そうなのに、どこまでも底が読めないわ。本当に、恐ろしい子……!!)

 

 この時初めて、早坂と手を組んで正解だったと心の底からかぐやは思う。

 

 おそらく、千花以上に個人でここまで釣っている者は居ないだろう。ならば、白銀が脱落した今、もはや千花とかぐや(プラス早坂)の決戦であると言えるだろう。

 

 勝利への執念に燃えるかぐや、呑気に笑っている千花。釣り大会の結末は、間もなく一人の少女の口から、直接伝えられる事になる。

 

「じゃ、簡易調理場に向かおうか。そこで判定と優勝発表をするから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───えー、という事で判定の結果、釣り大会で最も多くの魚を釣った優勝者は、早坂 愛さん、です!」

 

 

 

 白野の口から告げられた、優勝者の名前。それは何の事はない、予定通り早坂であった。つまりは、かぐやの思惑の通りに事が進んだ証明である。

 

 名前を呼ばれ、早坂は生徒たちの前に出て表彰される。日頃からギャルに擬態しているだけあって、称賛の声も拍手にも、ギャルらしく明るい笑顔を以て軽いノリで応えていた。

 

 その様子を遠巻きに見つめるのは、あえなく勝利を逃した千花と、そして影ながら勝利を掴んだかぐや。

 

「うぅ……負けちゃいました~」

 

「残念だったわね、藤原さん。また次の機会があれば、その時は私も藤原さんが勝てるように祈りますね」

 

 微笑みながら千花を慰めるかぐやであったが、その実、全く憐れんでなどいなかった。むしろ、その千花の敗北に対し心の中では「負けてくれてありがとう」と感謝すらしている程である。

 

 一安心しているのはかぐやだけではない。白銀も、女子が優勝した事で、かぐやの写真が男に渡る可能性が立ち消えたのでホッと一息ついていた。

 

「……敗れはしたが、魚料理を楽しめるんだ。それで良しとしようじゃないか、藤原書記」

 

「それもそうですね~。私、イワシの南蛮漬けとか食べたいなぁ」

 

「変わり身早いわね……」

 

 花より団子──とは意味合いが違うが、栄光より食い気が勝った瞬間であった。

 ともあれ、白野の企画した釣り大会は、まだ食事会が残っているが、これにて終了となる。告白させるまでには至らなかったが、かぐやは人知れず白銀の写真を得られたので、全くの無駄でもなかったと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───本日の勝敗結果。

 

 かぐやの勝利───

 

 

 

「──そうは問屋が卸しません。協力こそしましたが、写真を入手するだけなんて生温い。かぐや様には、確実に会長に告白してもらう、ないし、かぐや様へ告白させる。そのどちらかを為すためにこそ……だから、私は」

 

「私と、手を組んだんだものね。千花が追い上げてきた事は想定外だったけど……。さしあたっては、写真をダシに、会長とかぐやをデートさせようかな……」

 

 よもや、かぐやは思いもしまい。己が従者と、数少ない自らの友人が、裏で繋がっていようとは───。

 早坂が優勝する事は、かぐやにとってだけでなく、白野にとっても予定調和だったのである。

 

 白野の計画は、ここではまだ終わらない。真の狙いは、その先にこそある。それこそが、白銀とかぐやの『デートで告白!? ドキドキ大作戦!!』なのだ──!!

 

 

 

「ネーミングセンスが古くないですか?」

 

「………、」

 

 

 

 

 ───本日の勝敗結果。

 

 白野&早坂の勝利。

 

 

 

 

 




「蕩けるような甘い口付けを貴方に……。『メルティーキ〇ス』の始まりよ」

?「というワケで今日から始まった新番組、メルティ──」

BB「なーにがメ〇ティーキッス、ですか!? BBチャンネルのパチモンじゃないですか! というかメルトリリス、その名前は色々とマズイので使用禁止です!!」

メルト「あら? 本編にちゃっかり出演したBBさんじゃないの。本編に出られたんだから、今日くらいは私にこの裏側を譲りなさいな? それが親心というものでしょう?」

BB「く……痛い所を突いてきますね。流石はドS。創造主に対しても辛辣だなんて、我が娘ながら恐ろしい……」

メルト「ま、ここで下らないやり取りを続けても優雅じゃないし、今日は引き下がってあげる。それで、今日のテーマは何かしら?」

BB「なんでメルトが仕切ってるんです? ……はあ。今日は開催された釣り大会に関して、です」

BB「センパイと早坂さん、二人が協力関係にあるという事実については、今回のお話の中で僅かだけ伏線が張られていましたが、気付きましたか?」

メルト「ああ、アレでしょう。白野が口にした協力者の存在もだけど、早坂が釣り大会に参加した事自体も普通に変だったもの」

BB「原作を知っているなら、早坂さんがかぐやさんと常に行動を共にしている訳ではないと分かりますよね? ましてや、友人との外出に同行はあり得ないし、学校行事では余程の事でもなければ一緒には居ません。つまり、早坂さんがこの釣り大会に参加している事が既に奇妙な点であると言えます」

メルト「まあ、主人の身を案じて、という捉え方もできるでしょうけど、今回に限っては生徒会が主催だし、関係を疑われないためにも参加は避けて然るべき。でも参加した。それには理由があった……という事ね」

BB「結局のところ、釣り大会は作者さんがデート回にこじつける為だけに行われた───それが真相です」

メルト「ただ、それだけじゃ味気ないから、色々と脚色したというワケよ。例えば……BBの登場やアーチャーに女の存在を匂わせた事とかね。……自分で言ってて腹立たしくなってきたわ」

BB「センパイと早坂さんが知り合った経緯については、また別の機会に触れようかと思います。では、次回のBBチャンネルでお会いしましょう!」

メルト「次があるかは分からないけれど、もしあるなら、また会いに来てあげる。それじゃ、サヨナラ」


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