────鎮守府に勤めてるんだが、もう私は限界かもしれない   作:れいのやつ Lv40

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────鎮守府に勤めてるんだが、もう私は限界かもしれない

「またか……」

 

 とある鎮守府、一人の男が溜息を吐いた。この鎮守府を預かる提督である。彼の手元には何枚かの書類があった。今見ているのは鎮守府にいる各艦娘からの要望などをまとめた物であった。

 

「提督、もしかしてまた彼女からですか?」

「ああ、『出撃嘆願書』だ」

 

 不安げな様子で提督に話しかけたのは秘書艦を務める艦娘、大淀である。彼らの会話からも分かるように、ある艦娘からの『出撃嘆願書』はここ最近毎日のように提出されていた。

 

「もう出撃しなくても大丈夫なのに……足柄さん、まだ前の所の感覚が抜けないんでしょうか」

「仕方ない。彼女にとっては休息日がある方が異常だったんだ」

 

 そう、件の出撃嘆願書は足柄からの物であった。そして「前の所」という台詞通り、足柄は元々この鎮守府の艦娘ではなく、別の鎮守府から異動してきた艦であった。

 それもただの鎮守府ではなく、艦娘に残酷な仕打ちをする提督が運営する鎮守府──所謂ブラック鎮守府の艦娘だったのである。

 

 ブラック鎮守府。艦娘にとっての地獄にも等しい悪しき鎮守府。その内容は多岐に渡る。足柄がいたのは所謂酷使系であった。

 

「休息どころか、睡眠時間すらほとんど無かったそうですからね。実際、この鎮守府に来てからも足柄さんはほとんど眠ってないです」

「馬鹿な話だよ。艦娘にも疲労は溜まるっていうのに」

 

 艦娘は兵器だが、同時に少女でもある。人間のように疲労も蓄積していく。疲労が溜まれば本来の性能を発揮するのは難しくなる。艦娘にも休息を与えるのが常識。しかし、そんな常識はブラック鎮守府には通用しない。

 

「例の鎮守府の艦娘は戦果を上げるための道具としか思われていなかったようですから。一日のほとんどを出撃と遠征に費やし、任務が終われば休みもなくまた出撃か遠征。そんな日々が続いてまともに性能が発揮できるわけもありません」

「建造されたばかりの艦娘は数日で沈むことも多かったらしいな。記録を見ると面子の入れ替わりが激しすぎる。まるで末期戦だ。足柄はよく沈まなかったな」

「足柄さんはあの鎮守府に早期に着任した古参のようですから。酷使にも慣れて問題なくなったのかもしれませんね」

 

 他の艦娘が無茶な運用に耐えられず次々沈んでいく中、初期から主力として活躍していたのが足柄であった。

 

「足柄さんが初期に着任しなければ早々にあの鎮守府は陥落していたでしょうね。本来なら幸運だったと喜ぶべきなのですが……」

「艦娘たちにとっては不幸でしかないな。足柄の活躍でブラック鎮守府が長く存続してしまったのは」

 

 提督と大淀は軍人として前線基地たる鎮守府があっけなく陥落しなかったことを喜ぶべきか、人として艦娘たちが数多く沈んだのを悲しむべきかわからなかった。ただ、ほぼ一人で鎮守府を存続させた足柄は称えられるべき存在なのは間違いない。

 

「ともかく、この嘆願書は受理できない。心情的にもそうだが、ブラック鎮守府から保護した艦娘への対応としても、3ヶ月は出撃は無理だ」

「メンタルケアのために作られた規則でしたっけ。この前足柄さんにも説明したんですが「メンタルなら問題ないから出撃させて」としか……」

 

 というか、大淀の記憶では顔を合わせる度に「出撃させろ」と言われているような気がする。そしてそれ以外の話をされた覚えがない。

 

「本人がそう言っても駄目だ。規則では一応提督の判断で様子見の出撃は許されているけど、そもそも心へのダメージは当人にはわかりにくいものだからな」

「そうですね。足柄さんも気付かない心の傷があるかもしれません」

「……そういえば、足柄は指輪をしていたな」

 

 提督は思い出していた。ブラック鎮守府が陥落し、生き残りとして引き取られてきた足柄の薬指には確かに指輪が光っていたのを。

 

「はい。足柄さんはケッコンカッコカリをしていたようです」

「そのせいかもしれないな。足柄が出撃したがるのは」

「……はい?」

 

 大淀は首をかしげた。ケッコンカッコカリと、足柄の出撃嘆願と何の関係があるのだろうか。

 

「ケッコンは提督との絆だ。俺たちから見ればブラック提督でも、足柄にとってはそうじゃなかったのかもしれない」

「信頼する提督を失った行き場のない感情をぶつける為に出撃したがっている?」

「推測だけどね」

 

 ケッコンカッコカリに至るほど信頼していた提督を失って、自棄になっているのかもしれない。もう戦うことでしか感情を抑えられないのかもしれない。

 

「ただ、仮に足柄にとって良い提督だったとしても、戦うこと以外を教えなかったのはやはり俺は許せない。艦娘は人と同じ感情があるんだ。人と同じ楽しみを知るべきだ」

「提督……」

 

 確かに艦娘は兵器だ。だが、彼女たちには人と同じ身体がある。人と同じ感情がある。なのに、兵器としての生き方しか知らないなんて悲しいではないか。

 彼女たちはただの兵器ではない。人と同じく、笑い、泣き、怒り、楽しみ、そうやって生きていけるはずなのだ。いや、生きていくべきなのだ。

 

「提督、足柄さんを絶対に幸せにしてあげましょうね」

「ああ、もちろんだ」

 

 人の幸せを教えてあげよう。兵器としての生き方しか知らない彼女に。

 

   ◆   ◆   ◆

 

 そう提督と大淀が決意した頃、件の足柄は飢えていた。狼の如く飢えていた。

 

「うぅ……出撃ぃ……出撃がしたいぃ……」

 

 与えられた自室で机に突っ伏し、唸っていた。……提督と大淀は足柄がブラック鎮守府の艦娘だということに気を取られすぎて、ある事実を失念していた。

 

「なんでよぉ……なんで出撃が認められないのよぉ……メンタルケアってんならむしろ出撃こそ必要でしょお……私=出撃は常識でしょお……」

 

 ──そう。足柄は元々、戦場と勝利を何より求める艦娘。彼女が出撃を嘆願するのは、別にブラック鎮守府の影響でもなんでもなかった。

 

「せっかく前提督にもっと強くなれるようにしてもらったのに……私は自分が強くなったと実感できるあの時が、今自分がここに在るとわかるあの瞬間が一番好きなのに!」

 

 そしてこの足柄は、数ある足柄の中でも筋金入りであった。そもそも彼女がケッコンしたのも、「自分の強さが頭打ちになったのが不満だった」という、全く色気の無い理由だ。その経緯も主戦力である彼女の強さが頭打ちになった事に気付き、若干不安になったブラック提督が、ケッコンすればレベル上限が上がるのを知り、戦力増強のためにケッコンを持ち掛けて、彼女が「更に強くなれるなら!」と了承しただけである。提督が考えるようなロマンスは一切なかった。

 

「ああ……戦場が恋しい……前の環境ですら私には不足だったのに……」

 

 そう、彼女は足柄の中でも、戦場のスリルを味わい、生と死の狭間に身を置く事を好む、生粋の戦闘狂(バーサーカー)。同僚の艦娘たちが酷使され疲弊し沈んでいく中、彼女だけは嬉々として出撃するばかりか、むしろ出撃回数が少ないと零していた狂人である。

 

「……前の提督の時みたいに勝手に出撃してやろうかしら……でも前ほど好き勝手できる環境じゃないし……」

 

 手段のためには目的を選ばないろくでなしである彼女は、出撃予定でない時まで勝手に出撃し、撃沈者不明の戦果を多発させブラック提督を困らせていた。更にブラック提督は大破でないと入渠を許さなかったため、仲間の艦娘たちが大破寸前の中破で戦闘が終わりそうになった場合、その艦娘に誤射のふりをして沈まない程度の攻撃を仕掛け、強引に大破にして入渠できるようにしつつ「私の出撃機会も増えるし一石二鳥ね」などとのたまっていたようなどうしようもない艦娘である。

 

「ああ……あの天国から見放された外側の世界へ行きたい……血と硝煙の臭いに塗れ、狂気と悪夢に支配されたあの地獄をまた……」

 

 足柄が唯一生の充足を得られる場所は戦場だけだ。常に戦場に身を置いていなければ、彼女は生を実感できない。

 

「あああ、『まともでいる』ということがこんなに苦痛だなんて……! 正気で日常を過ごすなんて贅沢は私にはいらない! ただ、戦場と勝利さえあれば私は現在(いま)を実感できるのに……!」

 

 ────ホワイト鎮守府に勤めてるんだが、もう私は限界かもしれない。




足柄

三度の飯より出撃が好きな生粋の戦闘狂。天国より地獄を、正気より狂気を好む女。ブラックの影響?いいえ素です。酷使系ブラック鎮守府という本人的には最高の環境にいたが、さすがに一人では戦線を維持できず鎮守府が陥落。生き残って真っ当な鎮守府に引き取られたが、全く出撃できない現状に不満だらけ。

ブラック提督

足柄の提督だった人。艦娘を人とも思わず、兵器としてもメンテナンスを全くしないような下の下な運営をしていた。当然、艦娘たちのコンディションや士気は最悪。普通ならあっさり陥落しそうなところだが、状況が悪くなればなるほど士気が上がっていくという意味不明な性質を持つ足柄のおかげである程度なんとかなってしまっていた。しかし鎮守府の陥落時に彼も海の藻屑と消えた。足柄に生の充足を与えてくれた人。

提督

足柄の現在の提督。真っ当に艦娘を扱い真っ当な運営をしている真っ当な提督。真っ当すぎて正直面白みがない。足柄をブラック鎮守府の被害者だと思っている。
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