────鎮守府に勤めてるんだが、もう私は限界かもしれない 作:れいのやつ Lv40
「はぁ……また死に損なったわ……こういう巡り合わせの星にでも生まれたのかしら」
駆逐艦、満潮。彼女もまた、ブラック鎮守府の日々を生き残り、この新たな鎮守府へと着任した艦娘だ。
「まぁ……私の修理中に艦隊全滅、なんてならなかっただけマシなのかしら」
前世では入渠中に駆逐隊全滅の経験をしたこともあるが、それを考えれば、鎮守府は壊滅し、提督も戦死してしまったとはいえ、それなりの艦娘が生存し各々が別々の鎮守府に引き取られていっただけでも幸運と言えるのかもしれないが。
しかし、この鎮守府の提督から下された命令には、未だに納得がいっていない。
「『無期限待機』って……なにそれ、意味わかんない……私が出なきゃ話にならないじゃない……」
満潮は、その言葉を思い出すだけで腹立たしく思えてくる。この鎮守府の連中は、あろうことか、この『満潮』に対して、出撃を禁じる命令を下したのだ。
「私は艦娘よ? 兵器として生まれてきたの! なのになんで戦っちゃいけないわけ!?」
いくら叫んでも、それで命令が撤回されるわけもなく。満潮はこの鎮守府に着任して数日を過ごした。しかし、やはりどうしても納得いかない。なぜ、自分が戦うことを禁じられなければならないのか。
「それとも、無能な兵器に用はないってわけ? あぁそう、私じゃ力不足ってこと? いや、そうだとしてもこんな命令は無いでしょうよ」
もし自分が国防を任せるに戦力として不安だというなら、改修素材にするでも、解体して新たな艦娘の建造費用にでもすればいいのだ。そうせずに待機命令など出す意味がわからない。満足に運用できない兵器など、維持しておく意味もないはずだ。
「もう……最悪……」
思わず愚痴が出てしまう。だがそれも仕方のないことだ。この数日間、ただひたすらに暇だった。何せ満潮は日常の過ごし方など知らない。今までずっと戦い続けてきたのだから当然だ。そもそも、満潮にとってみれば、こんな風に平和な時間を過ごすことが苦痛ですらあった。
「ホンットこの部隊はぬるいわね……仲良しごっこしてんじゃないんだから……」
ここの提督が言うには、「地獄を生き延びてきた君への休息期間だ」らしいが。満潮にとっては、そんなものは必要無かった。むしろ、何もせずこうしているほうが余計に疲れを感じて嫌になるほどだ。
「そもそも、『地獄』ですって? はっ、笑わせてくれるわ」
確かに前の鎮守府はろくでもない環境だった。毎日のように大破撤退を繰り返し、轟沈した戦友は数えきれず、いつ明日の朝日が見られなくなるかもわからない。しかしそれでも、あそこは決して『地獄』と呼べるような場所ではなかった。
「たかだか毎日死にかける程度が『地獄』? あの鎮守府での日々が、あの忌々しいスリガオの海と同列ですって? ――寝言は死んでから言いなさいよね」
吐き捨てるように呟いた満潮の言葉は、誰の耳に届くこともなく虚空へと消えていく。忌々しいが、待機命令が撤回されない以上、こうして飼い殺しにされている他ない。
「はぁ……どうしよう。朝潮型との交流でも……いや、無いわね。『アレ』と仲良くするのは無い」
同じ朝潮型の面々の顔を思い浮かべて即座に否定する。自分と同じく生き残り、別々の鎮守府に引き取られていったであろう、前の鎮守府の朝潮型の皆とならいくらでも会話したかったが、あの連中とは話してもろくなことにならないだろうという確信があった。
(ていうか、あいつら本当に私の姉妹なの?)
正直な話、あれが『朝潮型』だと言われても困惑しかなかった。満潮が知る『朝潮型』の姉妹たちとはあまりにも違っていたから。
『嫌なら戦わなくてもいいのよ』『ゆっくり心を休めてください』
「うぇ……」
この鎮守府の姉妹たちにかけられた言葉の数々を思い返して満潮は思わず口元を押さえた。補給の為でもないのに食べる羽目になった米や魚が胃から込み上げてくるような感覚すら覚えた。
「冗談じゃないわ……あんな奴らが姉妹とかありえないわよ……」
そうだ、あんなものが『朝潮型』であるはずがない。よりによって自分に、この『満潮』にあんな言葉をかける奴らが自分の姉妹であるはずがないのだ。
むしろ「また死に損なったわね。私たちも運がいい、いや悪いのかしら」と肩を竦めて、誰かが「次は誰が沈むと思う? そろそろ満潮だと思うんだけど」と笑えないジョークを飛ばして来て、満潮はそれに「それは外れね、そうなったら私があんたを先に沈めるもの」と悪態で返しながら、次なる戦場に赴くのだ。
満潮の姉妹はそんな連中だった。少なくとも、満潮の知る皆はそうだった。だからこそ、この鎮守府の連中のことは理解できなかったし、受け入れたくもなかった。
「そうよ……私の姉妹はあんな
吐き捨てるように呟いて、ふと気付く。気持ち悪いと思っているのは、自分だけなのか、と。
「……あぁ、そっか。そういうこと」
思い至って、思わず自嘲するように笑みを浮かべる。そうだ、あいつらも……この鎮守府の『朝潮型』もきっとそう思っているに違いない。
「ずっと不思議だったのよね」
満潮はずっとわからないことがあった。この鎮守府の連中は、満潮が未だに出撃を嘆願する度に、こう答えるのだ。
『もういいんです。もうあの提督はいないんです』
満潮にはその意味がわからなかった。なぜ自分が出撃を望む度に、死んだ前任の話が出てくるのか。なぜ誰も彼もが、悲しげな顔をして前任の死を語るのか。なぜ自分が戦うことを望まれていないのか。
その答えは、ひどく単純なものだった。
「簡単じゃない。あいつらも私のことが気持ち悪いのよ」
そう考えると、すべてのことに説明がつく気がした。そう、この鎮守府の連中は皆、満潮のことが気持ち悪いのだ。戦いしか知らず、平穏を望んでいない、そんな満潮のことを気味悪く思っているのだ。
「だから司令官のせいだと思おうとするんだわ。私を気持ち悪いと思っていることを認めたくなくて」
満潮が戦うことを望むのは、前任のせいだ。満潮が平穏を拒むのは、前の提督のせいだ。そうやって、満潮の『異常』の全てを前任のせいにすることで、この鎮守府の連中は自分を納得させようとしているのだ。
「バッカみたい。あの人と何にも変わんないじゃない」
結局のところ、前任と同じなのだ。彼が艦娘を兵器としか見ていなかったように、ここの連中は満潮を『被害者』というフィルターでしか見ていない。被害者だから、休息が必要だろう。被害者だから、戦うのは嫌だろう。そんな勝手な理屈を振りかざして、満潮に休息という名の鎖を巻きつけている。
「笑えるわね。結局、自分たちの考えが最優先で私のことを見てないのはあの人と同じなんだから」
そうだ、考えてみれば、この鎮守府にいる全員が、前任と同じように、満潮のことを見ようとしていない。『被害者』の個性など気にもしない。満潮が本心から出撃を望んでいるのに、それが戦いしか知らなかったせいだと決め付けて、もう戦わなくていいと慰めるのだ。それが侮蔑なのだとは夢にも思わずに。
「あいつらが私を理解しようとしないなら、私があいつらを理解しなくてもいいわよね?」
満潮はもうここの連中にはなにも期待しない。自分のことを理解しようともせず、ただ『可哀想』だという同情を押し付けるだけの連中に、これ以上付き合ってやる義理はないのだ。どうせ、あいつらは『どうして満潮の心を救えないのだろう』と悲劇のヒーローぶって嘆くだけだ。満潮の心を知る努力もしていない癖に。
ならば、満潮だって、あいつらのことなど知ろうとしなくてもいいはずだ。
「あ~あ。司令官が生きてればねぇ」
『被害者』だから戦わなくていいという連中と、『兵器』なのだから黙って戦えという前任。何も違いはない。それなら、満潮は前任の頃の方が良かった。少なくとも、彼は自分を『兵器』として扱ってくれた。望むとも望まずとも、戦いの日々に放り込まれ、余計な考えなど抱く余地もないあの頃が懐かしかった。
そう考えると、彼は満潮にとって、良き司令官だったと言えるのかもしれない。
「私がそう思わないと、あの人がかわいそうだもの」
言って、苦笑した。あの人が聞いたら激怒するだろう。兵器のくせに、人間様を哀れむなど何様だと。前任の口癖を思い出す。
『どうしてお前らは心なんかあるんだ? 兵器にそんなものは不要だろう』
「ええ、司令官。あんたの言った通りだわ」
まったくだ。この身が『兵器』であればどんなによかったか。物言わぬ戦艦のままだったなら、こんなにも惨めな思いはしないのに。
「なんで、私には心があるのかしら? どうして人の身体を得たのかしら?」
人間の身体などがあるから、使われなくなってしまうなら、前世の方がよほどマシだった。そもそもこういう思考が浮かんでくる事すらも、心があるからだというのだから傑作だ。
「私、なんでこんな部隊に配属されたのかしら」
――自嘲でしかなかったはずのその言葉が、本心からのものになるのは初めてだった。