────鎮守府に勤めてるんだが、もう私は限界かもしれない   作:れいのやつ Lv40

3 / 11
ホワイトの『普通』は難しい

「…………」

 

 ──ある鎮守府の食堂で一人、黙々と食事を行っている艦娘がいた。『幸運艦』と呼ばれた五航戦、瑞鶴である。彼女は周囲からの奇異な視線を一切気に留める事なく食事を続ける。

 

「…………」

 

 まるで作業の如く淡々と食事を行う瑞鶴。否、彼女にとってその行為は正しく作業であった。

 ──彼女がかつて属していたブラック鎮守府において、食事とは『補給』のための過程でしかなかったのだから。ゆえに料理の味を楽しむなど、そういう感覚は彼女は持ち合わせていない。

 

「瑞鶴。また1人で食べているの?」

「……翔鶴姉」

 

 そんな瑞鶴に対して心配げに声をかけて来たのは、彼女の姉である翔鶴だ。その声には心から妹を気遣う想いが篭められている。しかし、瑞鶴はこの姉が正直なところ苦手であった。

 

「あなたは酷い所にいたんだから……こういう食事はもっと楽しんで食べないと。それが普通なのよ」

 

 ──これだ。似たような言葉はここに来て何度もかけられたが、彼女は特に瑞鶴に『普通』を教え込むのに熱心であった。姉妹なのだからそれが『普通』なのだと理解はしているが、しかしそんな姉の気遣いは当の瑞鶴にとっては煩わしい事この上ない。

 たかが兵器が『異常』だの『普通』だの、何をそんなにこだわっているのか。そんなどうでもいい事よりも、より多くの深海棲艦を沈める事に心血を注ぐべきだというのに。

 

「私はね、瑞鶴。あなたに普通の幸せを知って欲しい。あなたのいた鎮守府みたいな地獄にはもう戻らなくていいの」

 

 地獄。地獄と来たか。確かに『普通』の鎮守府から比べればなるほど、確かにあの鎮守府は地獄なのだろう。だが、瑞鶴にはそうは思えない。

 

 ──かつての記憶が囁くからだ。地獄とはあんな生温いものではないと。

 

 ──あの忌々しいマリアナ沖で、航空機の航続距離違いに頼ったアウトレンジ戦法。強大なアメリカ艦隊との正面決戦に勝ち目が無かった故の苦肉の策。あの戦略と言うのもおこがましいような無謀の極みを本気で実行し、敵軍に七面鳥撃ちと嘲笑われた、あの狂気の支配した戦場。

 あのかつての日々と比べれば、瑞鶴には前任の下した無茶な命令など笑って頷ける程度のものでしかない。何をそんなに悲観することがあるのか、全くわからない。

 

「……いつ沈むかもしれないのに、幸せに浸ってもしょうがないでしょ」

「いつ沈むかわからないからこそ幸せを知って欲しいのよ」

 

 余計なお世話だ。戦場において幸福などノイズでしかないのに。大体、兵器が人間の幸福を知ってどうしようというのだ。兵器である艦娘にとっての幸福だというなら、ホワイトだろうがブラックだろうが戦に貢献して深海棲艦を沈める事こそが自分たちにとっての幸福ではないのか? それともこれは『普通』の考えではないのだろうか。わからない。

 

「それに普通の鎮守府なら私たちは早々沈んだりしないわ。もう地獄にはいなくていいの。それに瑞鶴、命は大切にする物よ。自分の物も、他人の物もね」

 

 姉のその言葉に瑞鶴は酷い頭痛を覚えた。『命を大切に』? 

 ──軟弱だ。軟弱過ぎる。戦争で犠牲が出るのは当たり前ではないか。ましてや自分たちは兵器だ。消耗品だ。なのに、なぜ沈むのをそれほど忌避する? 死を恐れる? 

 

 それに、艦娘である自分たちに命があるというなら、我々が散々沈めてきた深海棲艦はどうなのだ。奴らには命が無いとでも? 

 大体、戦争の為に生み出された殺戮機械の分際で何をさも尊いかのように命を語っているのだ。どう取り繕っても結局は敵を殺す為の兵器でしかないくせに、滑稽極まりない。

 

 それに、ブラック鎮守府が地獄だというなら、前世はなんなのだ。命を数で認識し、未来ある人々を消耗品と扱い、皆があの世への片道切符を持たされたかつての戦場と比べれば、あの程度、なんでもないではないか。

 

 瑞鶴にはわからない。理解できない。ブラック鎮守府? ああ、確かに前任は良い司令官ではなかっただろう。艦娘の扱いも下の下だったろう。だが、だからなんだというのだ。戦争で無能な上官の下に配属される兵士などいくらでもいる。珍しいことでもなんでもない。

 ましてや自分たちは戦艦(いくさぶね)だ。兵器だ。兵器は使い手を選べない。なら、従えばいい。他にどんな選択肢がある? 無茶な運用で沈むのが嫌だというなら、自らの武力でどうにかすれば良いではないか。以前と違って、自分たちには考える頭も、自由に動く身体もある。使い手に不平を言っている暇があるのなら、その性能を使って、敵を屠り、戦場を生き延びればよいではないか。事実、瑞鶴はそうしてきた。

 

(きっと、これも『普通』の考えじゃないんだろーな)

 

 頭ではわかっている。おそらく、この姉や周りの艦娘たちの方が『普通』なのだ。きっと異端なのは自分の方なのだろう。

 

 ──あのレイテ沖にて、誰もが失意と諦観に蝕まれた地獄の中で、盲目的に勝利を目指していたただ一人の提督のように。

 

(ああ、まるでぬるま湯みたいな日常。ここにいたら錆びる気がする。平和は魂を腐らせる。戦場に行きたい。あの戦争の狂気を思い出さないと……)

 

 そうして瑞鶴は食事を切り上げ席を立つ。そしてそのまま出口へと向かった。

 

「ちょっと瑞鶴……」

 

 まだ何やら話し掛けてくる姉を、瑞鶴は無視して横切った……否、横切ろうとした。

 

「うーん、やっぱり七面鳥うますぎ!」

「な ん で す っ て ?」

 

 ──その瞬間、瑞鶴は修羅と化した。まるで怨敵を前にしたかのように瞳に冷酷な眼光を携え、その身体からは異様なオーラが立ち上る。

 

「ちょ、ず、瑞鶴!? あ、秋雲さんっ!! 逃げて!!」

「へ? なに翔鶴さん、どうしたの?」

 

 瑞鶴の異変に気付いた翔鶴が七面鳥に舌鼓を打っていた艦娘──秋雲を逃がそうとするが、遅い。

 

「全機爆装! 準備でき次第発艦! 目標、母港食堂の七面鳥! やっちゃって!!」

 

 その号令と共に瑞鶴から艦載機が飛び立ち──爆撃した。

 

「ぎにゃあああああ!?」

「あ、秋雲さぁああああん!?」

「はっ!? 私は何を……」

 

 ──正気に戻った瑞鶴の目には、理不尽な爆撃を受け吹き飛ぶ秋雲と、そんな秋雲に向けて絶叫する姉の姿があるのだった。

 

 ──この後、鎮守府の食堂のメニューから七面鳥が姿を消したという。




瑞鶴
ブラック鎮守府出身の幸運艦。あの鎮守府で生き残ったのは確かに幸運であると自身も思っている。
前世の戦艦だった感覚が強く記憶に残っており、他の艦娘がさも地獄のように語るブラック鎮守府の日々の何が酷いのかわからない。
本能レベルで七面鳥嫌いであり、七面鳥が目に入ったり七面鳥という単語が聞こえると暴走して周りが見えなくなってしまう。ブラック鎮守府には七面鳥なんぞあるはずもないので自分でも気付いていなかった。

翔鶴
瑞鶴の姉。瑞鶴に普通の幸せを教えようと奮闘しているが、その妹に内心で鬱陶しがられている。

オータムクラウド先生
偶然七面鳥を食べていたばかりに爆撃された不幸な人。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。