────鎮守府に勤めてるんだが、もう私は限界かもしれない   作:れいのやつ Lv40

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貴族艦五十鈴は正常でありたい

「五十鈴さん」

「あの……」

 

 唐突に話しかけてきた二人の艦娘に、話しかけられた側の人物──『貴族艦』五十鈴は煩わしげに目線を向けた。それに対し艦娘たちは、無意識なのか怯んだように後退る。

 

(……そんなに怖いなら放っておけばいいでしょうに)

 

 ──ブラック鎮守府出身の五十鈴にとって、他の艦娘との付き合いなど希薄なままでも問題ない。怯えるほど恐ろしいならば無視していればいいだろうに、なぜわざわざ話しかけてくるのだろうか。

 

「あ、あの、五十鈴さん!」

「私たちと一緒にお風呂に入りませんか!」

 

 勇気を持って言葉を発した様子の艦娘たちだったが、その内容は五十鈴には困惑しかもたらさない。

 

「お風呂ぉ? 血や硝煙で汚れているわけでもないのに、『洗浄』は不要でしょう?」

 

 五十鈴からすれば、艦娘の入浴というのは『兵器』が戦闘で汚れたのを洗浄するための行為だ。ここに来てから五十鈴は全く出撃していないのに、わざわざ入浴する必要性が見当たらない。

 

「そんなこと言わないで下さい! お風呂は身体を休めるのにとっても効果的なんですから!」

 

 余計なお世話だ。別に自分は休息など必要としていない。あの鎮守府では休息などできなかったが、特に任務に支障が出たことはなかったのだから。そもそも、『兵器』である自分に休日など不要だ。日ノ本の曜日は月月火水木金金。その精神でいれば、休日の無い日々など何とも思わなくなる。そう、前世の彼らのように。

 

「嫌な思い出を洗い流す意味も込めて……」

 

(嫌な思い出、ねぇ?)

 

 そう言われても、五十鈴には嫌な思い出などないのだが。なぜこのような扱いを受けるのかを、五十鈴は薄々察している。どうもここの艦娘たちは五十鈴のこの性格がブラック鎮守府での影響だと思っているらしい。勘違いもいいところだ。五十鈴の性格は生来のものである。あの鎮守府にいたせいで変わった所など……。

 

「ああ、無くは無かったわね」

 

 五十鈴は三日間顔を合わせなかった相手の名前を覚えられない。二日目に自ら忘れてしまうからだ。

 あの鎮守府では朝に顔を合わせた新しい仲間が夜には海の藻屑となっているなど珍しくもない。それが駆逐艦だろうが空母だろうが例外はない。むしろ初陣を乗り越えられる艦娘の方が希少なぐらいだ。ゆえに、共に戦場に出る艦隊の顔ぶれも一日毎に目まぐるしく入れ替わる。

 そんな日々が続くと、段々と親睦を深めるのが面倒になってくる。ゆえに、五十鈴は三日連続で顔を合わせるようになった相手の名前しか記憶しようとしない。今や五十鈴が姉妹艦以外で名前を覚えている艦娘といったら、自分と共にあの鎮守府を生き残った数人ぐらいだ。

 

 この鎮守府に着任した際も艦娘全員に自己紹介されたが、彼女らの名前も正直覚えていない。そもそも今話しかけてきている相手が誰かすらわかっていなかった。まだ物言わぬ戦艦(いくさぶね)だったころの知り合いかもしれないが、だからと言って艦娘となった今現在の姿を知っているわけではない。

 いや、もしかしたら知っていたのに忘れてしまったのかもしれないが、それも五十鈴にはどうでもいいことだった。別に仲間の名前を忘れていようが、その性能を把握していれば問題ないのだから。

 

「そうですよね! 意見した艦娘を解体しちゃうような提督のところにいたんです。五十鈴さんにも色々と忘れたいことがあると思いますから」

 

 どうやら五十鈴の独り言は返答と捉えられたらしい。しかし──またその話かと、五十鈴は嘆息した。いやに同情的な雰囲気でこの話題を出して慰められるのは既に一度や二度ではない。五十鈴は別に何とも思っていないのに。

 五十鈴個人としては別に前の提督に対して思うところはない。まぁ、確かに無茶な艦娘の運用には日々四苦八苦させられていたが、だからと言って不満など抱いていない。自分たち『道具』をどう使うかなど、人間の勝手なのだから。

 

(兵器の分際で提督に意見したから解体されただけでしょうに。それの何が問題なのだか)

 

 五十鈴は本気でそう思っている。艦娘はただの兵器だ。勝ちを手にするためにいくらでも犠牲にできる消耗品。それならば自分の思い通りに動く物の方が良いに決まっている。

 ここの艦娘はやたらと悲劇のようにこの話を語るが、五十鈴からすれば、道具のくせに使い手に文句をつける『不良品』が廃棄処分という当然の末路を辿っただけのことだ。何をそんなに嘆くことがある? むしろそちらの方が嘆かわしい。

 

(意見したぐらいで解体なんて、艦娘の命をなんだと思っている、とかかしら?)

 

 ──その思考に五十鈴は凄まじい忌避感を覚えた。

 

(──馬鹿馬鹿しい。私たちはそもそも生きていないでしょうに)

 

 今はこうして人のように過ごしているが、自分たちは本来は息もしないし鼓動も無い。自ら動いたりもしない。

 当然だ、自分たちは『物』なのだから。命なんてそもそも始めから存在しない。こうして会話していること自体が奇妙なのだ。

 

(やはり人間の身体を得たから、人間の価値観で動くのかしらね?)

 

 そうだとしたら滑稽極まりない。人の身体を得ようが得まいが、今さら自分たちが兵器である事実は変えようがない。なのに、人の身体を得て、自由に動き回れるようになったからといって自分が兵器である事を忘れている連中が多すぎる。

 戦争で兵器が壊れるのは当然だし、使い捨てにされるのも日常のはず。兵器のくせにその扱いが不満だというなら、そちらの方が異常ではないのか? 人間ですら時には使い捨てにされるのが戦争だというのに。

 

「『牧場』なんて、二度と思い出さなくて良い事だと思います」

 

 そう思考を巡らせている内に、何やら話題が移っていたようだ。しかし、『牧場』か。

 

「……まぁ、確かにあれは気分の良いものではなかったわね」

 

 『牧場』とは、一部のブラック鎮守府で行われている行為を指す。一部の艦娘のみを一定まで育ててから改造を施し、改造で追加された装備を剥いだ後に近代化改修の素材にするという行為。

 その様がまるで家畜の養殖のように映ることから『牧場』と呼ばれる。艦娘を人と思わない外道行為であり、何より『牧場』が行われている鎮守府の艦娘の士気にも影響が出るということで基本的に非推奨行為だ。

 

 その中でも、五十鈴という艦娘は改造可能になるのが圧倒的に早く有用な装備が追加され、さらに改修素材として優秀な装備を得られる事から最も『牧場』の被害者になりやすい艦娘とされていた。

 ──彼女はブラック鎮守府の五十鈴の中で偶然最初に着任したため、そのまま戦闘用に運用され、結局最後まで生き残ったのだが。

 

「当然です! 艦娘、それも自分と同じ子たちが家畜のように扱われるなんて気分がいいはずありません!」

 

(不快だったのはそれではないのだけどね)

 

 五十鈴が不快だったのは提督の『牧場』行為に対してではない。というより『牧場』を知った際はむしろ感心したぐらいだ。自分という兵器にはそういう活用法もあったのかと。

 

 ──五十鈴が不快だったのは、装備を剥がされ、近代化改修の素材にされる五十鈴たちの見せた反応だ。『やめて』『嫌だ』『助けて』『消えたくない』……。

 

 ──あの弱々しい声を思い出し、五十鈴は忌々しげに舌打ちした。

 

 牧場だろうが素材だろうが、それが人間の決めた活用法であり、何より戦に貢献できるのならば何も問題ないではないか。所詮この身体は消耗品なのだから、未来への礎になれるのならば喜んで身を捧げるべきであろう。

 なのに、なぜ五十鈴たちがああも拒否反応を示すのか、彼女には本気でわからなかった。あれが自身と同じ『五十鈴』なのだと思うと虫酸が走る。

 

「五十鈴さん、人間は酷い人ばかりじゃありません」

「そうです。ちゃんと私たちを愛してくれる人もたくさんいます」

 

 愛。愛か。なるほど、道具として、人間に大切にされるというのは確かに心地好くはある。しかし、道具を大切にするあまり死蔵して、その性能を発揮させないのは本末転倒ではないのか? 

 

(いっそ勝手に出撃してやろうかしら)

 

 そんな考えまで浮かんでくるが、持ち主の意思もなく勝手に動く兵器などそれこそ前代未聞だ。兵器として有り得まい。まぁ、足柄や川内なんかは日常的にやっていたが。

 そうでなくとも、前任の元にいた頃は「敵を殺して来い」というだけの、作戦ですらない、しかし兵器としては至極わかりやすい方針を示されていた。そして数え切れないほどの深海棲艦を沈めたものだ。

 

(あの頃は良かったわね。ただ敵を屠っているだけで一日が終わっていたわ)

 

 ──五十鈴は『ブラック鎮守府』とやらだったらしい前の鎮守府での日々を懐かしみ──深く溜息をついた。その『昔を懐かしむ』という行為を行っていることこそが、自身が純粋な兵器でないということを証明する恐ろしい病であるような気がして。




五十鈴
ブラック鎮守府出身の貴族艦。ブラック鎮守府時代は仲間がコロコロ入れ替わっていたせいで、いつしか仲間の名前を覚えようとしなくなった。

普通に会話できるし表情も変わるため一見普通の艦娘に見える。が、内心は赤城以上に人間味が無い。自身を含めて艦娘を兵器としか認識しておらず、人間が艦娘にどんな扱いをしようが道具なのだから受け入れて然るべきだと思っている。

相手がどんな提督だろうが、意見したり、ましてや反発するなど有り得ない。黙って従わないなら兵器として不良品である、という思考の持ち主。
彼女は戦艦だった頃の感覚のまま艦娘となっているため、無茶な運用をされようが仲間が使い捨てにされようが、それが人間の決めた使い方ならなんとも思わない。ましてや以前より遥かに建造コストが低いのだし。

別にどういう扱いをされてもいいが、自身があたかも人間であるかのように主張する『異常』な艦娘にだけはなりたくない。

五十鈴牧場
みんな大好き五十鈴牧場。ブラック鎮守府でも当然の如く行われていた。なお、当の五十鈴は自身にこんな活用法があることを見つけた提督を賞賛していた模様。しかし五十鈴たちの悲痛な声は不快だった。

艦娘2人
五十鈴を気にかけて入浴に誘ったが、当の五十鈴からは名前すら記憶されていない不憫すぎる娘たち。
誰と誰なのかはご想像にお任せします。

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