────鎮守府に勤めてるんだが、もう私は限界かもしれない 作:れいのやつ Lv40
私、雷は新たな鎮守府にいた。真っ当な鎮守府であるこの場所は、とても穏やかな時間が流れている。世間で言うところの『ブラック鎮守府』とやらであるらしい場所にいた私は、この鎮守府の艦娘たちからとても気を遣われている。
──曰く、ここはあんな地獄じゃない。
──曰く、もう常に任務をこなす日々は過ごさなくていい。
──曰く、今は心身を休めてゆっくり傷を癒して欲しい。
そうしてこの鎮守府の皆はとても私を優しく扱ってくれる。しかし私はそれに対して酷い虚無感を覚えていた。
(こんなんじゃダメよ。私が求めてるのはこんな日常じゃない……)
◇ ◇ ◇
──私が覚えている最初の記憶は、鎮守府に着任してすぐに私の口上すら聞かず出撃命令を出す不機嫌そうな司令官の姿だった。私は早速必要とされている事に喜んで即座に頷き、仲間の艦娘たちと一緒に出撃した。彼女たちの瞳に光が無いことなど気にも留めていなかった。
人の身体は勝手がわからず初陣は中破になってしまったが、無事に勝利して帰投すると、入渠もせず司令官から即座に再度の出撃命令が下った。私はこれにも喜んで頷いた。他の皆の瞳に気付いたのはこの時だったと思う。私は彼女たちにこう声をかけた。
「元気ないわね。そんなんじゃダメよ!」
しかし彼女たちから返答は無かった。よほど疲れているのかと思った私は、ここは自分に任せるように言い彼女たちを置いて単艦出撃した。私一人での戦場ではあったが、二度目では初陣とは比べものにならないほど上手く動け、一度も被弾せず勝利した。
鎮守府に帰投すると、仲間たちが目に涙を浮かべて私に礼を言ってきたので、私は笑ってこう返した。
「もーっと私に頼っていいのよ!」
そう言うとますます泣かれてしまった。私は彼女たちを宥めた後、司令官に喜びを表しながら報告した。司令官は元気の有り余っている私を見て少し考え込み、もう一度私に出撃を命じた。そんなにも必要とされているのが嬉しく、私は自身が中破している事も忘れて頷いた。
「雷、司令官の為に出撃しちゃうねっ!」
そのまま単艦出撃しようとすると、まだ目に涙が溜まったままの皆から必死で引き止められ、今度は連れていってくれと言われたので皆と共に出撃したが、むしろ、もっと私に彼女たちの分の任務を押し付けてくれて良いのにと思った。
「雷は大丈夫なんだから!」
三度目の出撃は一度目よりかなり皆の動きが良く、一番スムーズに終わった。私が再び笑顔で報告すると、司令官に次からは中破以上になったら許可を取らず入渠していいと言われた。私を沈めるのは惜しいとのことだった。私はそれだけに頼られている事に喜びを感じた。
その後、入渠を終えた私は司令官に自由時間をもらい、ここで初めて鎮守府を見て回った。鎮守府の内部はかなり汚れており、艦娘のほとんどは一緒に出撃した皆と同じく瞳に光が無かった。
返答のできる艦娘から話を聞くと、司令官に酷使され疲弊しているとの事だった。酷使されるほど頼られているのに疲弊するという感覚がよくわからなかった私は、むしろ最高の環境だと思うと言うとまるで化け物でも見るような顔をされた。
「助けるわ。私に任せて!」
自由時間という事は私の好きなようにしていい時間という事だ。だから私はそんなに任務が嫌なら自分に押し付けて欲しい。自分を頼って欲しい。私はそう言って彼女たちを説き伏せた。
出撃したくないと言う艦娘がいれば代わりに出撃し、遠征が嫌だと嘆く艦娘がいれば代わりに遠征に行った。最初は私に対して引け目を感じていた様子の彼女たちだったが、私が全く苦にしていない様子を見るとますます化け物を見る目で見られるようになっていった。
しかし私は特に気にもしなかった。どんな目で見られようと、理由がなんであろうと、誰かに頼られるというのは私にとって最高の喜びだったから。
司令官からの命令が下ればそれをこなし、自由時間が来れば任務を嫌がる艦娘を探してその代行を引き受ける。そんな日々を過ごしているうちに、いつしか私は鎮守府でも古参の存在になっていた。
ある日、司令官がいつも以上に不機嫌だったので事情を聞くと、秘書艦にした艦娘が逃亡したとの事だった。この鎮守府で沈まずにいる艦娘は戦闘狂か兵器思考の強い艦娘ばかりで、その娘たちに秘書艦の仕事は到底できないので適当に戦力外の艦娘を見繕って秘書艦をやらせていたが、司令官から押し付けられる仕事量に耐えられずに逃亡したらしい。それを聞いた私は即座に言った。
「司令官、私が居るじゃない!」
逃げ出したくなるほど仕事を押し付けられるなど最高ではないか。私は喜んで秘書艦を買って出た。司令官は少し悩んだようだが、私に秘書艦を任せてくれた。
最初に頼まれたのは机の上に向こうが見えなくなるほど大量に積まれた膨大な書類の処理だった。私は喜んで引き受け、一日かけてその全てを処理した。頼られた喜びで眠ろうとも思わなかった。
翌日、起床してきた司令官に書類を全て処理した事を報告すると非常に驚かれた。前任の秘書艦はあの書類を押し付けられた事が逃亡理由だったらしい。あの程度は全く苦にならない私にはよくわからない事だった。
その後も任務と並行して秘書艦の仕事をこなしたが、一つ私にとって残念な事があった。秘書艦を務めてから自由時間が少なくなったため以前のように艦娘たちに頼ってもらう機会が激減してしまったのだ。
(私が何人もいれば良いのに)
何気なくそう思考した私はその時、ふとそれが実現可能な事に気付いた。艦娘である私は同時に複数人存在する事ができる。正確にはそれは私ではないが、自身の同一艦の喜びは私の喜びに等しい。
良い考えだと思った私は早速、司令官に許可を取り何度か建造を行って私と同じ『雷』を生み出した。
しかし、その結果は私の期待したものにはならなかった。私ではない『雷』はたった一日中出撃していただけで呆気なく沈んでしまったのだ。その後も何度か『雷』を建造してみたが全て結果は同じだった。
一度、どうして沈んでしまうのか気になって『雷』の出撃に同行したが、どうも酷使による疲労が原因のようで、『雷』は私がよく見るあの光の無い目をしていた。一日中ぶっ通しで出撃するほど頼られているのになぜ疲労など感じ、あまつさえあんな目をするようになるのか、私は同一艦でありながら彼女たちの事が理解できなかった。結局、私はその後『雷』に期待するのはやめ、『雷』が建造されたら全て解体に回した。
『雷』については上手くいかなかったが、その後も私は秘書艦も任務も遠征も全てにおいて頼られる充実した日々を過ごした。一番嬉しかったのは、司令官が本来は艦娘の仕事ではない身の回りの雑事まで任せてくれるようになった事だった。
私は喜んで司令官の世話をした。司令官のするべき事は全て私が行い、司令官の欲しい物は全て私が用意した。
「雷、司令官の為にもっともぉーっと働いちゃうねっ!」
やがて、司令官は艦娘に下す命令を除いたほぼ全てを私に任せるようになった。考える事すら億劫な様子で私に何もかもを委ねる司令官の姿は、私にとって至上の喜びだった。
◇ ◇ ◇
そんなあの鎮守府での幸福な日々も、私の遠征中に行われた深海棲艦の鎮守府襲撃によって終わりを告げ、司令官も戦死した。悲しかったが、戦争である以上、こういう日が来るのは仕方ない事だった。
だから私は、新たに着任したこの鎮守府でまた一から頑張ろうと思っていたのに……。
(だれも私を必要としてくれない。皆が私に休んでいていいって言う……)
──違う。違うのだ。気遣いなんてしなくていい。休息なんていらない。
私はただ、頼りにされたい。私は私だけでは満たされないから、私以外の誰かに求めて欲しい。
私がそう虚無感に苛まれていると、私のよく知る艦娘たちが私に近付いてきた。
「雷ちゃん、ここにいたのですね」
そう話し掛けてきたのは自身の妹である電。見れば、暁と響もいる。私を含めれば第六駆逐隊勢揃いだ。皆揃ってどうしたのだろうか。
「雷、少し気が引けるんだけど頼みたい事があるんだ……聞いてくれるかい?」
「最近、深海棲艦が手強いの。こう言うのも何だけど雷は私たちとは比べものにならないほど戦闘経験が豊富でしょ? よければ、私たちに稽古をつけてほしいんだけど……引き受けてくれる?」
二人の口から発せられたその言葉に、私は心が満たされていくのを感じた。
(そう、これよ! 私が欲しいのはこれなのよ!)
気が引けるなどとんでもない。むしろどんどん頼って欲しい。稽古ぐらいいくらでもつけてあげるから。いや、稽古だけとは言わず、出撃も遠征も、何もかも私に押し付けてくれていい。
──あなたたちがすべき事は全て私が行うから。
──あなたたちが欲しい物は全て私があげるから。
そう、あなたたちは何もしなくていい。何も考えず、全てを私に任せてくれるだけでいい。そして私に甘えるだけ甘えて、私無しではいられなくなるほどドロドロに依存してくれればいい。
(──さぁ、全てを私に委ねて? 思考すら必要なくなるぐらいに私に溺れて?)
──そして私はこの鎮守府に来て初めての笑顔を浮かべ、いつも通りに『あの言葉』を口にした。
「もーっと私に頼っていいのよ!」
雷
世話焼き願望が行き着くところまで行ってしまった雷。誰かに頼られる事が何よりの喜びであり、酷使される事も頼られる事には変わりないのでブラック鎮守府は最高の環境だった。
頼られたいがあまり暇な時は勝手に他の艦娘の任務を肩代わりしていた問題児でもある。
仕事を押し付けられればられるほど元気になる意味不明な特性の持ち主。おかげでどれだけ酷使されても疲労を感じた事がない。その為、他の艦娘が酷使され疲弊する理由がわからない。
最終的には思考がいらなくなるほど自分に依存させてしまうのが至上の喜び。